「遅いじゃないの」
腕を組み待ち合わせ場所に立つエリカさんは、少し不機嫌そうな声を上げた。
さっきまで足元にじゃれ付いていたネコを構っていたのが見えたから、そんなに退屈してないはずだけど。それに、まだ約束の時刻の10分前だ。
「ごめんなさい、お待たせしました」
貴重な寄港日の休日。せっかく来てくれたんだから、怒らせる事はない。
「それじゃあ、どこに行きましょうか?」
「勝ったのはあなたでしょう? 今日一日、どこにでも付き合うわよ」
エリカさんが隊長になってから初めての、黒森峰との練習試合。基本が西住流でも、やっぱりお姉ちゃんとは癖が違う。最終盤で、エリカさんが一騎打ちにこだわってくれたから良かったものの、何度か読みを外して、総崩れになりそうな場面もあった。黒森峰との錬度の違いを、奇策で覆すような戦い方では、いずれ破綻する。もっと頑張って練習しなきゃ。
「……またコンビニ? さっき入ったばかりじゃない」
「さっきのはローソンで、今度はサークルKです!」
艦上とは違い、丘では探せば各コンビニに行き当たる。せっかくの機会だし、一通りは目を通したい。
「いいですか、エリカさん。一口にコンビニといっても、系列ごとに置いてある商品が違います」
「……はぁ」
「それに、季節によって棚の入れ替えがあるんですよ。今だと、秋限定の商品が――」
期間限定の栗や紫芋のスイーツを指し示す。エリカさんはどんよりした目のまま、プリン2つを手にするとレジに向かった。
「あ……払いますよ」
「それじゃ罰ゲームにならないじゃない」
負けたほうが一日言う事を聞く。流れでそういう約束を受けてしまったけれど、エリカさんにお金を出して欲しかった訳じゃない。ギクシャクしたままの関係を、少しでも修復できればと思ったからなのに。
「まあ、今月ピンチだから、これくらいで満足して貰えるなら助かるけど」
店の前のベンチに腰を下ろし、もそもそとスイーツを食べる。
……どうしよう、ぜんぜん盛り上がってない。自分の得意分野でならたくさん話せると思ったけど、思った以上に反応が薄い。コンビニ楽しくないのかな? ちょうど商品の切り替え時期で、目新しい品揃えになっていたはずなのに。
予定を映画にでも切り替えようかと思ったけど、今日の払いを持つつもりのエリカさんに、さらなる出費を強いるのも心苦しい。それに、今から組み替えられるほど、行き先のあてがない。こんな事なら、沙織さんからもっとお店を聞いておくんだった。
次の予定はボコも扱っているキャラクターショップだったけど、この流れはあまりに悪い気がする。お店の前をそのまま通り過ぎようとするも、エリカさんが足を止めた。
「どうしたの。ここ入るんでしょ?」
「え……ここはいいよ。また一人のときに来るから……」
ため息まじりで肩をすくめるエリカさん。
「そんなにチラチラ見られてちゃ、素通りって訳にはいかないでしょ」
そのまま店内に入ってしまう。
うぅ……ダメだ。すっかり呆れられてしまっているかも。
気落ちする私を、ボコが励ますように出迎えてくれる。愛里寿ちゃんのお願いでボコミュージアムが再建されてから、何種類かのボコが復刻されている。ひょっとしたら、手に入れられなかった物が入荷されているかも。
両目眼帯お腹包帯バージョン!
見た事のないボコが私を見てる!
両方眼帯だから目は合ってないけど!
話にしか聞いた事のないこの子も復刻されたんだ!
財布の中身と相談する。うん、買えない額じゃない。足りなければ、エリカさんに借りてでも抑えておきたい品物だ。
「……買うつもりなの?」
いつの間にか後ろに来ていたエリカさんが、渋い顔で呟く。
「うん! この子はデザインの収まりの悪さから、少数しか製造されなかったバージョンなんだよ。人気再燃してるのかなー、もう最後の一つだよ!」
「コレはやめといた方が良いんじゃない?」
なんだろう、面白くない事に付き合わされて、機嫌が悪いのかな? それでも私は、この感動を分かち合いたくて、力説を続けてしまう。
「ほら、片方が海賊マークで、もう片方がハートマークになってるの! どっちもちゃんと外せるんだよ!?」
指差す先で、小さな女の子が両目眼帯ボコを抱き上げる。
「ママー、わたしこの子がいいー!」
「――――!?」
直前までの私の熱い主張を聞いていたらしい少女の母親が、困ったような視線を向けてくる。私はあいまいに微笑んで引き下がるしかなかった。
今日は何もかもが上手くいかない日みたい。エリカさんとはぐれてしまった私は、公園のベンチで途方に暮れていた。
せっかく時間を作ってくれたのに、レアなボコを買い逃したショックでぼんやりしていたのか。不甲斐なさと申し訳なさで自己嫌悪に陥っていた私を、エリカさんのほうが見付けてくれた。
「まったく。しょぼくれてんじゃないわよ」
「……ごめんなさい」
どこかで買い物を済ませて来たらしいエリカさんが、ショップの手提げ袋を押し付けてくる。
「これは?」
「いいから開けてみなさいよ」
さっきのキャラクターショップのロゴの入った紙袋だ。きれいにラッピングされた包みの中から、
「ボコ!?」
目の前で売り切れたはずの、両目眼帯ボコが顔を覗かせた。
他のお店で探してくれたの? 手持ちが少ないって言ってたから、まさかさっきの女の子から……
「……何か失礼な事考えてない? 多分違うわよ」
喜んでいいのか驚けばいいのか分からずに固まっている私に、そっぽを向いたままエリカさんが続ける。
「あなた、来週誕生日でしょ? 大洗の寮に届けて貰うよう手配してたのを、先に受け取ってきただけよ」
「エリカさん!」
「黒森峰でもその趣味の悪いの並べてたでしょ。まったく、あなたと絡むといつも段取りグダグダだわ」
「嬉しい……ありがとう!」
ラッピングに使われていたリボンを解き、ボコの首に巻いてあげる。
「今日からこの子はエリボコ! エリカさんボッコボコです!」
「ん? 馬鹿にしてるの?」
「違います! この子はどれだけやられてもへこたれない、エリカさんのように強いボコです!」
「そ……そう? ふん。私も次は勝たせて――」
「でも勝てないの。それがボコだから!」
「…………」
誕生日もボコの事も、ちゃんと覚えていてくれたんだ。胸がいっぱいになって溢れそうになる涙を、エリボコを抱きしめてごまかす。
エリカさんはどんな表情で私を見ているんだろう。恥ずかしくて顔を上げられない。
「……エリカさん、今日時間まだいいですよね? ごはんも付き合って貰えます?」
「今日一日の約束だからね」
「ハンバーグの美味しいお店知ってます。今から行きましょう!」
乗船時間にはまだ余裕がある。急げば残りの予定もこなせそう。
「なにニヤニヤしてるのよ。子供っぽいって言いたいの?」
「ごめんなさい。Hamburg Steakだね」
「なんでちょっと良い発音なのよ? やっぱり馬鹿にしてるでしょ!?」
怒ってみせるエリカさんの声は柔らかい。
すれ違った時間は戻らないけれど、また積み重ねる事はできるはず。
エリボコを抱いた私は、エリカさんの手を引いて駆け出した。