ドラマCD5、継続の夏休みの続きのイメージです。
波の音に柔らかい弦の響きが混じる。
日はすでに傾いている。チューリップハットの旅人は、いつもの岩の上でいつもの様にカンテレを爪弾いていた。
「ミカまたサボってるー。木の実か何か見つかった?」
「必要なものでも、あり過ぎれば重荷になるんじゃないかな」
「何も見つからなかったんだね……」
いつも飄々としているミカでもお腹は空く。さすがに最初から探してないって事はないだろうけど、割り切りが早いというか、諦めが良すぎるというか。
手持ち無沙汰なまま、ミカの隣に座りカンテレの音に耳を傾ける。落ち着いた優しい音色。ミカは捉えどころがないが、決して無責任ではない。彼女がのんびりしているって事は、この状況にまだ余裕があるって事だ。
「そろそろ帰ろうか。ミッコは何か獲れたかな」
満足するまでカンテレを弄れたのか、お腹が空いたのか。たぶん、両方だろう。ねぐらに帰ると、ミッコは濡れたジャージを焚き火で乾かしていた。
「ミッコ、今日の成果は?」
頼れる操縦士はニンマリ笑い小さなバケツを指し示す。中には小ぶりな魚が3匹に、タコが2匹。アワビに似た貝が5つ――これは試してみないと食べられるかどうか分からない――。ミッコほど上手くは獲れないが、私も浜辺を回った方が良さそうだ。明日はミカも連れて行くことにしよう。
魚の焼けるいい匂いが漂い始める。今は思わぬ旅の空だけど、焚き火と食材とミカのカンテレがあれば、学校での暮らしとそう変わりはしない。特に、ミカはそう思ってるだろう。
「でも、毎日魚だとちょっと飽きちゃうね」
「せめてジャガイモとライ麦パンでもあれば、カレリアパイやカラクッコっぽいもの作れるんだけど……」
「人生において、炭水化物はそんなに必要な物かな?」
「かなり必要だよ! お腹の保ちが全然違うもの」
「そうかい。ほんとうに必要なものなら、北風が運んで来てくれるさ」
ミカが歌うように安請け合いをしてみせる。膝に載せたカンテレを爪弾きながらなのに、私やミッコより早く魚を食べ終わり、タコの足を咥えている。
「あー、ミカずるい! そのタコ焼けるの待ってたのにー!」
「そのうちなんて当てにならないよ。食べたいと思った時がその時さ」
ミカは私たちより身体や何やらが大きい。燃費が悪くなるのもやむを得ないのだろう。
「仕方ないなあ。ミッコ、そのタコ半分こね」
「了解。足は4本づつね」
何もない島のことだ。食事が済めば後はもう寝袋に入るしかない。魚獲りで疲れたらしいミッコは、もう軽い寝息を立てている。明かりが無ければ降るような満天の星空が堪能できるが、火を絶やせばさすがに凍えてしまう。旅慣れたミカが火の番をしてくれているが、いつ寝てるんだろう?
ミカはいつもの様に軽く目を閉じカンテレを爪弾いている。ミッコには優しい子守唄に聞こえているのかもしれない。
「ねえミカ。私たち、いつ学校に帰れるのかな?」
「さあ。明日かもしれないし、ずっとこのままかもしれない。それはそれで、楽しそうじゃないか」
学校でのミカを思い出す。授業や練習のあるなしに関わらず、気が向けばふらりと居なくなり、学園艦の好きな所にテントを張っていた。大きいとはいえ、所詮は船の甲板の上。ミカはいつも、一人波の向こうの遠い場所を眺めていた。ここはミカのその場所なんだろうか。
「ミカは卒業したらどうする? やっぱり、戦車道続けるの?」
大学選抜相手に、BT-42でパーシング3輌撃破。優勝校の大洗や、名門の黒森峰やプラウダにも引けを取らない戦績だ。どこの大学でもレギュラーを狙えるだろう。
「どうかな。明日の事は風に聞いてみないと分からないさ」
「もしそうなら、私も同じ大学に行けるように頑張って――」
弦を爪弾く指を止めたミカが、焚き火越しに見詰めている。
「ねえアキ。あんまり誰かを崇拝するということは、自分の自由を失うことなんだよ」
決して強い口調じゃなかった。いつも通りの、唄うような、諭すような語り方。それでも私はなんだか拒絶されたような気がして、少し寂しい気持ちのまま寝袋に潜り込んだ。
「……おやすみ、ミカ」
いつもの様に、私は日が昇るとすぐ寝袋から抜け出した。海辺へ連れて行こうと思っていたのに、ミカの姿はもう見あたらない。ミッコは今日もお手製のモリで魚を獲るという。カニや貝なら私にも獲れるだろう。場所を変え、岩場の方に向かってみる。
サザエに似た味のする、名も知らない小さな巻貝を集めていると、岩場の陰に手のひらより大きなカニを見つけた。カニはしばらく食べてない。なんとか捕まえられないかと、岩の隙間に手を伸ばす。触ったと思ったら、指先をしこたま挟まれた。
「――――~~ッ!?」
ビックリして手を引き抜こうとして、バランスを崩してしまう。気が付くと私は岩場の隙間から空を眺めていた。挟まる様な形で落っこちたらしい。抜け出そうと体を捻ろうとすると、腰に激痛が走る。どうやら強く打って痛めてしまったらしい。自分で身体を起こすどころか、大きな声を出すこともできない。
「おーい、アキー! そろそろ帰るよー?」
どのくらいそうしていただろうか。ミッコが探しに来てくれたが、気付かずに通り過ぎてしまう。そろそろ日が傾いて、気温が下がって来た。狭い島だから、いつか必ず見付けて貰えるはず。そう分かっていても、心細さで泣き出しそうになる。
「ああ、アキ! こんな所にいたのかい!?」
岩の隙間の葡萄酒色に染まる空に、水色のチューリップハットが覗く。
「さあ、手を伸ばして。すまない、痛むのかい? ミッコ、こっちだ! 手を貸してくれ!」
2人がかりで助け出された私は、日の落ちた浜辺をミカに背負われ、ねぐらへと運ばれていた。
安心してぐずぐずと泣き出してしまうのを、2人とも聞かないふりでいてくれる。
「……ねえミカ。ミカは孤独がいいの?」
一人でどこまでも行きたいの?
ミカの髪に顔をうずめる。みんなでいても、何故だかとても寂しかった。
「わたしはわたしの大事なものをちゃんと知っているよ」
つぶやく様な私の問いに、ミカは唄うように応えを返す。
「ただ、なんでも自分のものにして持ち帰ろうとするのは難しいってことを、知っているだけさ」
「…………」
私はミカのこと、大事だよ。
伝われ。
抱き付く腕に少しだけ力を込める。背中越し、互いの温もりを交換する。
「ミカ、明日はちゃんとアキの分も働いてくれなきゃダメだからね!」
振り返りながら、ミッコがクギを刺した。
「その役割分担に意味があるとは思えない」
「わがままバディだからといって、何でもわがままを通せるものじゃないよ」
ミッコの軽口に、ミカは珍しく絶句している。後ろから抱き付いた感触は、確かにかなり大きい。
誰からともなく笑い声があふれだす。
ミカに連れて行ってもらおうとは思わない。私もミッコも、自分が行きたい所へ行くだけだ。
でも、もう少し私たちの夏休みが続くのも悪くないかも。
降るような星空の下、笑いながら私たちは歩き続けた。