無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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初めまして。

小説を書くのは初心者のため、至らない点も多いかと思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。


第1話 グレイラット家の長男は、今日も面倒くさがり

 

人生というものは、どうにもままならない。

 

少なくとも、俺はそう思っていた。

 

前世の俺は、まあ……ろくでもない人間だった。

 

細かいことは省こう。今さら思い返したところで、気分が悪くなるだけだ。

 

ただ、一つだけ確かなことがある。

 

俺は一度死んで、人生をやり直すことになった。

 

しかも――。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 

……赤ん坊から。

 

いや、ちょっと待て。

 

俺、赤ん坊なの?

 

目の前には見知らぬ天井。耳元には知らない言葉。身体は思うように動かず、視界もぼんやりしている。

 

俺を抱き上げている男は、西洋風の顔立ちをしていた。

 

「生まれたぞ! 男の子だ!」

 

「ええ……あなた。この子、アルベルトって名前はどうかしら?」

 

「いい名前だ!」

 

……うん。

 

何もわからん。

 

とりあえず、状況を整理しよう。

 

俺は死んだ。

 

気がついたら赤ん坊になっていた。

 

周囲の人間は外国人っぽい。

 

そして、俺の名前はアルベルトらしい。

 

(……いや、情報が少なすぎるだろ)

 

そう思ったとき、ふと気づいた。

 

聞こえてくる言葉は知らない言語のはずなのに、なぜか意味がわかる。

 

周囲の人々の服装も、部屋の造りも、現代日本のものとは明らかに違う。

 

そして、俺を抱いている男の名前。

 

パウロ。

 

母親の名前はゼニス。

 

この家の姓は、グレイラット。

 

(…………え?)

 

いやいやいや。

 

待て待て待て。

 

グレイラット?

 

その名前、俺は知っている。

 

知っているどころじゃない。

 

前世で読んだ小説――『無職転生』。

 

その主人公、ルーデウス・グレイラット。

 

その家族の名前が、確か……。

 

(…………マジかよ)

 

俺は内心で頭を抱えた。

 

いや、赤ん坊なので実際には頭を抱えられないのだが、気持ちとしてはそういうことだ。

 

(無職転生の世界ってこと? マジで? いや、嘘だろ。あの世界、普通に死ぬじゃん。強い奴は頭おかしいくらい強いし、魔物もいるし、戦争もあるし、なんなら世界の命運まで絡んでくるじゃん)

 

しかも、俺は主人公ではない。

 

おそらく、原作には存在しない人間だ。

 

名前はアルベルト・グレイラット。

 

ルーデウスの兄。

 

……兄?

 

(いや、俺、兄なの? あのルーデウスの?)

 

これは困った。

 

非常に困った。

 

原作知識があるというのは、一見すると大きなアドバンテージに思える。

 

しかし、知識があるということは、危険も知っているということだ。

 

誰が強いのか。

 

どんな事件が起きるのか。

 

どういう連中が敵になるのか。

 

そして、どんな奴が簡単に人を殺すのか。

 

(……うん。やっぱり、目立たず生きよう)

 

そう決めた。

 

俺は二度目の人生を得たのだ。

 

せっかくなら、今度こそ平穏に暮らしたい。

 

金に困らず、腹いっぱい飯を食べて、好きなことをして、危険な目には遭わず、適当に人生を楽しむ。

 

最高じゃないか。

 

……ただし。

 

この世界で平穏に生きるには、一つ問題がある。

 

弱いと死ぬ。

 

とてもシンプルな話だ。

 

どれだけ目立たないように生きようが、どれだけ善良に暮らそうが、強い魔物に襲われれば終わり。

 

理不尽な戦いに巻き込まれれば終わり。

 

相手が悪党だった場合も、やっぱり終わり。

 

(……よし。強くなろう)

 

結論は出た。

 

別に世界最強になりたいわけじゃない。

 

英雄になりたいわけでもない。

 

ただ、いざというときに自分の身を守れるくらいには強くなりたい。

 

できれば、誰にも喧嘩を売られないくらい。

 

いや、そこまでいくと面倒か。

 

とにかく、死なない程度に強くなる。

 

それが俺の人生設計だった。

 

このときの俺は、まだ知らなかった。

 

この世界で強くなることが、どれほど大変なのか。

 

そして、自分がどれほど面倒くさがりなのかを。

 

いや、後者については前世から知っていた気もする。

 

     ◇

 

それから数年が経った。

 

俺はアルベルト・グレイラットとして、すくすくと成長していた。

 

父親はパウロ・グレイラット。

 

剣の腕が立ち、女好きで、少々いい加減なところもあるが、基本的には家族思いの男だ。

 

母親はゼニス・グレイラット。

 

優しく、面倒見がよく、家族を大切にしている。

 

そして、俺の弟として生まれたのがルーデウス・グレイラット。

 

原作の主人公である。

 

……うん。

 

やっぱり、どう考えても厄介な家庭だ。

 

もちろん、家族に不満があるわけじゃない。

 

むしろ、恵まれていると思う。

 

前世の俺にはなかったものが、ここにはたくさんある。

 

温かい食事。

 

優しい家族。

 

安心して眠れるベッド。

 

そして、未来をやり直す機会。

 

だからこそ、俺は決めていた。

 

この人生は大切にしよう、と。

 

ただし、努力をするかどうかは別の話である。

 

「アル! 何をぼーっとしてる!」

 

「……ん?」

 

ある日の昼下がり。

 

庭で父さんが剣を振っていた。

 

木剣を手に、何度も何度も素振りを繰り返している。

 

その動きは、子供の目から見ても見事だった。

 

無駄がなく、速く、力強い。

 

さすがはパウロ・グレイラット。

 

剣士としての実力は本物だ。

 

(へえ……。やっぱりすげえな)

 

俺は素直に感心した。

 

せっかく剣と魔法の世界に転生したのだ。

 

どうせなら、剣くらい使えるようになりたい。

 

魔法もいい。

 

魔法は非常に魅力的だ。

 

だが、剣にもロマンがある。

 

特に、重厚な鎧を身にまとい、剣を振るう騎士。

 

あれはいい。

 

実にいい。

 

男の子なら、一度くらい憧れるものだろう。

 

いや、俺はもう精神年齢的には立派な大人なのだが。

 

そこはそれ。

 

好きなものは好きなのだから仕方がない。

 

(……よし)

 

俺は立ち上がった。

 

「父さん」

 

「ん? どうした、アル?」

 

「剣、教えてくれない?」

 

パウロが目を丸くした。

 

「おお! お前、剣に興味があったのか!」

 

「まあ、うん」

 

「そうかそうか! いやあ、息子が剣を習いたいと言ってくれるのは嬉しいもんだな!」

 

父さんは満面の笑みを浮かべた。

 

……うん。

 

ちょっと勢いがすごい。

 

別に剣士としての熱い夢を語ったわけでもないのだが。

 

ただ、剣が使えたらかっこいいなと思っただけだ。

 

それに、剣を習っておけば将来役に立つだろう。

 

原作知識がある以上、いつ何が起きるかわからない。

 

最低限の戦闘能力は必要だ。

 

(まあ、ほどほどに頑張るか)

 

俺はそんなことを考えていた。

 

この時点では、本当にそれだけだった。

 

2 天才剣士、誕生……?

「よし、じゃあまずは基本からだ!」

 

「はい」

 

「剣を構えろ!」

 

「はい」

 

「足の位置はこうだ!」

 

「はい」

 

「腰を落とせ!」

 

「はい……」

 

……。

 

……。

 

……。

 

(きっつ……)

 

剣術の訓練が始まって、しばらく。

 

俺は早くも後悔していた。

 

いや、わかっていた。

 

わかっていたとも。

 

剣術というものが、ゲームのようにボタンを押せば習得できるものではないことくらい。

 

だが、実際にやってみると想像以上だった。

 

腕が痛い。

 

足が痛い。

 

腰が痛い。

 

そして、何よりも――。

 

(暑い)

 

夏の日差しが容赦なく照りつけている。

 

まだ鎧も着ていないのに、この有様だ。

 

先が思いやられる。

 

「アル! 集中しろ!」

 

「……はい」

 

俺は木剣を握り直した。

 

ここで投げ出すわけにはいかない。

 

強くならなければ、この世界で安心して暮らせないのだ。

 

それに、父さんも楽しそうだ。

 

息子が剣を習いたいと言い出したのだから、嬉しいのだろう。

 

ならば、少しくらいは頑張らなければ。

 

(よし。あと何回だ?)

 

「素振り、あと五十回!」

 

(五十回!?)

 

思わず叫びそうになった。

 

だが、俺は耐えた。

 

耐えて、木剣を振った。

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

四回。

 

五回。

 

(……早く終わらないかな)

 

六回。

 

七回。

 

八回。

 

九回。

 

十回。

 

(飯、まだかな)

 

十一回。

 

十二回。

 

十三回。

 

(昼寝したい)

 

十四回。

 

十五回。

 

(……あ、そういえば、今日のおかずなんだろう)

 

十六回。

 

十七回。

 

十八回。

 

「……ほう」

 

そのとき、父さんが感心したような声を漏らした。

 

「アル、お前……」

 

「はい?」

 

「疲れているはずなのに、動きが崩れていないな」

 

「……え?」

 

言われて、自分の動きを振り返る。

 

いや、普通に疲れている。

 

腕は重いし、汗もすごい。

 

ただ、早く終わらせたい一心で、なるべく無駄な動きをしないようにしていただけだ。

 

大きく振りかぶると疲れる。

 

力みすぎると疲れる。

 

だから、なるべく楽に、なるべく少ない動きで振る。

 

それだけである。

 

「普通、疲れてくると余計な力が入るもんだ。だが、お前は違う。動きの無駄が少ない」

 

「あー……」

 

(そりゃ、無駄な動きしたら疲れるし……)

 

「ただ回数をこなすんじゃなく、どうすれば効率よく剣を振れるか考えているんだな!」

 

「……え?」

 

「いいぞ、アル! その意識は大切だ!」

 

父さんは、なぜか嬉しそうに俺の肩を叩いた。

 

いや、違う。

 

違うんだ。

 

俺は別に、剣術の効率について深く考えていたわけじゃない。

 

ただ疲れたくないだけだ。

 

(……まあ、いいか)

 

わざわざ訂正するのも面倒くさい。

 

それに、褒められて悪い気はしない。

 

「ありがとうございます」

 

「うむ! その調子で頑張れ!」

 

……。

 

……。

 

……。

 

(しまった。褒められたせいで訓練が増えそう)

 

俺は早くも、自分の発言を後悔し始めていた。

 

     ◇

 

それから、さらに数日が経った。

 

俺は相変わらず、父さんの指導のもとで剣術の訓練を続けていた。

 

剣を振るうことにも、少しずつ慣れてきた。

 

もちろん、まだまだ未熟だ。

 

父さんのように軽々と剣を扱えるわけではないし、実戦でどれほど通用するかもわからない。

 

それでも、始めた頃に比べれば上達している。

 

……上達しているのだが。

 

(そろそろ休みが欲しい)

 

俺は心の中でぼやいた。

 

努力が嫌いなわけではない。

 

いや、嫌いかもしれない。

 

正確には、疲れる努力が嫌いだ。

 

楽して強くなれるなら、それが一番いい。

 

そんな都合のいい方法がないことくらい、わかっているのだが。

 

そんなある日。

 

ブエナ村に、旅の騎士が立ち寄った。

 

村の入り口近くで、馬に乗った男が休憩している。

 

身にまとっているのは、金属の胸当てに肩当て、そして頭部を覆う兜。

 

腰には長剣が吊るされていた。

 

全身を覆う重厚な装備ではない。ところどころ革製の防具も混じっている。

 

おそらく、長旅をするうえで動きやすさも考えた装備なのだろう。

 

だが、そんなことはアルベルトにとって些細な問題だった。

 

(…………かっけえ)

 

思わず足が止まった。

 

金属の防具。

 

腰の剣。

 

使い込まれた装備から漂う、歴戦の雰囲気。

 

(いや、いいな。ああいうの、マジでいいな……)

 

前世でゲームや漫画に親しんでいた俺にとって、鎧を着た騎士という存在は、いわば男のロマンそのものだった。

 

もちろん、実際に着れば重いだろうし、動きにくいだろう。

 

夏場など地獄に違いない。

 

手入れだって面倒くさそうだ。

 

だが、それでも。

 

(全身鎧って、やっぱり最高じゃね?)

 

俺の頭の中で、剣士としての将来像が急速に固まりつつあった。

 

全身を鎧で覆い、剣を構える。

 

敵の攻撃を受け止め、堂々と立つ。

 

そして、剣を振るう。

 

……うん。

 

最高だ。

 

軽装の剣士が素早く動き回る姿もかっこいい。

 

だが、重厚な鎧を着た騎士には、また別の魅力がある。

 

どっしりと構えた姿。

 

鋼の輝き。

 

兜の奥から敵を見据える眼差し。

 

(いい……。すごくいい……)

 

俺は騎士の姿を目で追った。

 

騎士が馬から降り、村人と話を始めても、つい目で追ってしまう。

 

すると、騎士がふとこちらを向いた。

 

「ん? 坊主、どうした?」

 

「……え?」

 

「俺の装備が気になるのか?」

 

「あ、はい」

 

俺は素直に頷いた。

 

「かっこいいなって」

 

騎士は一瞬きょとんとしたあと、豪快に笑った。

 

「ははは! そうかそうか! 鎧が好きか!」

 

「はい!」

 

「いい趣味してるじゃねえか。だが、見た目だけで選ぶと後悔するぞ。鎧ってのは重いし、手入れも面倒だ。動きやすさだって大事だからな」

 

「……なるほど」

 

(それでも、かっこいいものはかっこいいんだよなあ)

 

騎士は自分の胸当てを軽く叩いた。

 

「まあ、坊主が大きくなって剣士を目指すなら、いつか自分に合った装備を探すといい」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

騎士は満足そうに頷くと、村人との話に戻った。

 

俺はその場に立ち尽くしていた。

 

(…………欲しい)

 

鎧が。

 

猛烈に欲しくなってしまった。

 

いや、待て。

 

落ち着け、俺。

 

今の俺は子供だ。

 

しかも、剣術を習い始めたばかり。

 

いきなり立派な鎧を買ってもらえるはずがない。

 

それに、鎧は高そうだ。

 

家計のことも考えなければならない。

 

(……いや、訓練用の簡単なやつなら、どうにかなるんじゃないか?)

 

考え始めると、止まらなかった。

 

木製の防具でもいい。

 

金属製の胸当てだけでもいい。

 

できれば兜も欲しい。

 

いや、どうせなら全身鎧がいい。

 

(……よし)

 

俺は決意した。

 

父さんに相談してみよう。

 

駄目なら諦める。

 

……たぶん。

 

     ◇

 

俺は家に帰るなり、父さんを探した。

 

「父さん」

 

「おう、アル。どうした?」

 

「鎧が欲しい」

 

「…………は?」

 

父さんが固まった。

 

まあ、当然だろう。

 

剣を習いたいと言い出した息子が、今度は鎧を欲しがっているのだ。

 

しかも、まだ幼い子供である。

 

「鎧って……お前、鎧か?」

 

「うん」

 

「剣じゃなくて?」

 

「剣はあるし」

 

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」

 

父さんは困ったように頭をかいた。

 

「なんでまた鎧なんだ?」

 

俺は即答した。

 

「かっこいいから」

 

「…………」

 

父さんは、しばらく俺の顔を見つめていた。

 

(いや、そんな変なこと言ったか?)

 

鎧がかっこいい。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

男の子なら、誰だって一度くらいは憧れるだろう。

 

……たぶん。

 

「……そうか」

 

父さんは、なぜか真剣な顔で頷いた。

 

「お前には、お前なりの理想があるんだな」

 

(いや、ないけど)

 

「剣を習うだけじゃなく、自分がどういう剣士になりたいのか、ちゃんと考えているわけか」

 

(いや、だから、かっこいいからだって)

 

「わかった。ちょっと待ってろ」

 

そう言って、父さんは家の奥へと消えていった。

 

俺は首を傾げた。

 

……なんだ?

 

怒られなかった。

 

むしろ、何かを納得したような顔をしていた。

 

(まあ、いいか。もしかしたら鎧を買ってくれるかもしれないし)

 

俺は期待に胸を膨らませた。

 

そして数日後。

 

俺は簡素な訓練用の鎧を手に入れた。

 

さすがに本物の騎士が着るような立派な鎧ではない。

 

だが、胸当てや肩当て、腕や脚を守る防具が揃っている。

 

兜まである。

 

十分だ。

 

いや、むしろ最高だ。

 

「…………」

 

俺は鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。

 

そこには、全身を鎧で覆った小さな騎士がいた。

 

(…………うん)

 

(最高だな!)

 

思わずニヤけそうになった。

 

いや、これはいい。

 

やっぱり全身鎧はいい。

 

重さはあるし、関節部分も動かしにくい。

 

だが、それすらも味わい深い。

 

何より、見た目がいい。

 

(これだよ、これ。俺が求めていたのは)

 

俺は満足した。

 

これからは、この鎧を着て剣の訓練をしよう。

 

重い装備に慣れておけば、将来きっと役に立つ。

 

……いや、正直に言えば、そこまで深く考えてはいない。

 

かっこいいから着たい。

 

それが一番の理由だ。

 

「兄さん?」

 

背後から声がした。

 

振り返ると、ルーデウスが立っていた。

 

「どうした、ルディ?」

 

「……その格好、どうしたの?」

 

「鎧だけど」

 

「いや、それは見ればわかるよ」

 

ルーデウスは、俺の姿をじっと見つめていた。

 

そして、その表情が徐々に変化していく。

 

驚き。

 

困惑。

 

そして、なぜか妙に納得したような顔。

 

(……なんだ?)

 

俺は首を傾げた。

 

一方、ルーデウスの内心では、別のことが起きていた。

 

(兄さん、マジかよ……)

 

(幼い頃から剣を習って、今度は鎧まで着るようになったのか。いやいや、普通は動きにくいし暑いし、子供がわざわざ着るようなもんじゃないだろ……)

 

(……いや、待てよ?)

 

ルーデウスは、前世の知識を総動員して考えた。

 

(あえて不便な装備を使うことで、普段から負荷をかけて鍛えているってことか? いわゆる重りをつけて修行する的な?)

 

(いや、でも兄さんだぞ。あの真面目な顔で、何も考えてないわけがない。たぶん)

 

もちろん、俺は何も考えていない。

 

正確には、鎧を着る理由について、これといった深い考えなどなかった。

 

(くそっ……。俺は魔術の才能があるからって、ちょっと調子に乗っていたのかもしれない)

 

(兄さんは兄さんで、自分が目指す剣士像をちゃんと持っているんだな。しかも、それを口で説明するんじゃなくて、実際に行動に移している)

 

(……いや、待て。これって、けっこうすごいことなんじゃないか?)

 

ルーデウスは、少しだけ悔しくなった。

 

転生した自分には、前世の知識がある。

 

魔術の才能もある。

 

この世界で有利に生きていける条件は揃っているはずだった。

 

だが、兄は兄で、自分の道を進んでいる。

 

しかも、その姿には妙な説得力があった。

 

(……くそっ。俺も負けてられないな)

 

(まずは魔術だ。魔術で兄さんに勝つ。いや、別に勝たなくてもいいけど、兄として尊敬されるのは悪くない。むしろ、かなり気持ちいいはずだ)

 

(それにしても、全身鎧か……。ちょっとかっこいいな。いや、着ないけど。暑そうだし)

 

「兄さん」

 

「ん?」

 

「……かっこいいね、その鎧」

 

「だろ?」

 

俺は即答した。

 

「かっこいいから着てるんだ」

 

「…………!」

 

ルーデウスの目が見開かれた。

 

(かっこいいから。それだけか? いや、違う。余計な理屈を並べず、自分の信念を貫くということか……!)

 

違う。

 

本当に、ただかっこいいからである。

 

「僕も頑張るよ、兄さん!」

 

「お、おう?」

 

(なんだ急に。まあ、やる気が出たならいいことだけど)

 

ルーデウスは、力強く頷いた。

 

「僕も、自分の目標に向かって努力する!」

 

「……うん。頑張れ」

 

(俺の分まで頑張ってくれ)

 

俺は、心の中で弟を応援した。

 

その一方で、ルーデウスは決意を固めていた。

 

(兄さんは、幼い頃から自分の理想とする剣士像を確立しているんだ……! しかも、鎧を着ること自体を鍛錬の一環にしている。俺も負けていられない!)

 

……実に、前向きな誤解である。

 

そして、その誤解を訂正する者は誰もいなかった。

 

     ◇

 

その日の夕食。

 

俺は鎧を脱ぎ、いつもどおり食卓についていた。

 

鎧を着たまま食事をするのは、さすがに不便だからだ。

 

それに、せっかくの料理が冷めてしまう。

 

飯は温かいうちに食べる。

 

これは大切なことだ。

 

「アル」

 

父さんが、妙に真剣な顔で俺を見た。

 

「お前のことだがな」

 

「ん?」

 

「剣の訓練、明日から少し内容を変えようと思う」

 

(……嫌な予感)

 

「鎧を着て訓練するなら、それに合わせた鍛錬も必要だ。まずは鎧を着た状態での素振り。それから足運び。慣れてきたら、実戦形式の訓練も取り入れよう」

 

「…………」

 

(なんで?)

 

俺は箸を止めた。

 

いや、待て。

 

俺は鎧が欲しいと言っただけだ。

 

剣士としての理想とか、特別な鍛錬とか、そんな話をした覚えはない。

 

「アル。お前がどういう剣士になりたいのか、父さんも応援したいと思っている」

 

「……父さん」

 

「だから、遠慮せずに言え。どんな剣士を目指しているんだ?」

 

どんな剣士。

 

そんなもの、決まっている。

 

全身鎧を着て、剣を振るう騎士。

 

かっこいい騎士。

 

できれば強い騎士。

 

そして、できるだけ痛い思いをしない騎士。

 

……いや、最後のは口に出さないでおこう。

 

「……強い剣士、かな」

 

俺は無難に答えた。

 

実際、強くなりたいのは本当だ。

 

弱いままでは、この世界で安心して暮らせない。

 

だが、父さんはその言葉を聞くと、満足そうに頷いた。

 

「そうか。なら、なおさら頑張らないとな!」

 

(……あっ)

 

やってしまった。

 

何か、余計なことを言った気がする。

 

「兄さん、僕も応援してるよ!」

 

ルーデウスまで、目を輝かせている。

 

「……おう」

 

(いや、応援は嬉しいんだけどさ)

 

俺は、目の前の料理を見つめた。

 

おいしそうな肉料理。

 

焼きたてのパン。

 

温かいスープ。

 

これを食べ終えたら、今日はゆっくり休もう。

 

そう思っていたのに。

 

「明日は朝から鍛錬だ! アル、ルディ、早く寝ろよ!」

 

「はい、父さん!」

 

「……はい」

 

ルーデウスは元気よく返事をした。

 

俺は小さくため息をついた。

 

(……まあ、いいか)

 

強くなること自体は必要だ。

 

訓練だって、やればやるだけ身につく。

 

それに、父さんがやる気になっている以上、今さら嫌だとは言いづらい。

 

(……でも、明日はもうちょっと楽だといいな)

 

そんなことを考えながら、俺は最後の一口を食べた。

 

そして翌朝。

 

「アル! 起きろ!」

 

「…………ん?」

 

「鍛錬の時間だ!」

 

「…………は?」

 

窓の外は、まだ薄暗かった。

 

俺は布団の中で固まった。

 

「父さん……今、何時?」

 

「朝だ!」

 

「いや、それは見ればわかるけど……」

 

「さあ、着替えろ! 鎧も忘れるなよ!」

 

父さんは元気いっぱいだった。

 

その隣では、ルーデウスがすでに準備を終えている。

 

「兄さん、今日も頑張ろう!」

 

「…………」

 

(お前、なんでそんな元気なんだよ)

 

俺は心の中で叫んだ。

 

そして、ようやく理解した。

 

俺は、鎧を買ってもらうべきではなかったのかもしれない。

 

いや、違う。

 

鎧は悪くない。

 

悪いのは――。

 

(……くそっ。かっこいいってだけで、なんでこんなことに)

 

アルベルト・グレイラット。

 

彼はまだ知らない。

 

自分が何気なく着始めた鎧が、弟の人生観を変え、父親の期待を膨らませ、やがて周囲から恐れられる原因になることを。

 

そして何より。

 

彼自身が、いずれ本当に強くなってしまうことを。

 

ただし、本人の当面の目標は変わらない。

 

(……今日の訓練、早く終わらないかな)

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