無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
それから数か月。
俺は相変わらず、パウロの指導のもとで剣術の鍛錬を続けていた。
以前は攻撃を避けるだけで精一杯だったが、今では相手の動きを見ながら反撃の機会をうかがえるようになった。攻めるときも、ただ木剣を振るのではなく、その後の動きまで考える余裕が少しずつ生まれている。
もちろん、父さんにはまだまだ及ばない。
だが、成長している実感はあった。
問題は、その成長を父さんが見逃してくれないことだ。
「アルベルト、そろそろ実戦形式でやってみるか」
庭で木剣を構えていたパウロが、楽しそうに言った。
「実戦形式、ですか?」
「ああ。今日は俺も本気で攻める。お前も遠慮せずに仕掛けてこい。隙があれば打ち込んでいいぞ」
……本気で攻める。
五歳児相手に、そこまで張り切らなくてもいいと思う。
いや、俺の中身がどうであれ、身体は五歳児だ。もう少し年齢に合わせた指導というものがあってもいいのではないだろうか。
「分かりました」
俺は一度だけ息を吐き、木剣を握り直した。
「よし、来い!」
俺はすぐには踏み込まず、パウロの構えと足元を観察した。
先に動けば、父さんはそれに合わせて対応してくる。ならば、どこから攻めるかを決めてから動くべきだ。
……などと考えている間にも、時間は過ぎていく。
いつまでも待っていたら、それはそれで怒られそうだ。
俺は意を決して踏み込んだ。
木剣を斜めに振り下ろす。パウロはそれを受け止めたが、俺は力任せに押し込まず、すぐに剣を引いて次の動きに備えた。
「ほう。続けてみろ!」
パウロが反撃に移る。
俺は身体をずらして攻撃をかわし、その動きに合わせて木剣を返した。
だが、父さんは難なく受け止める。
木剣が交差した。
そのまま押し合うのは不利だ。俺は一度距離を取ろうとしたが、パウロは逃がしてくれなかった。
踏み込みながら連続して攻撃を仕掛けてくる。
一撃目を避け、二撃目を木剣で受け流す。三撃目は間に合わず、肩を軽く打たれた。
「一本!」
「……参りました」
早い。
こちらが一つ判断する間に、父さんはその先まで考えているようだった。
「今のは悪くなかったぞ。最初の攻撃のあと、すぐに次の動きへ移れたからな」
「ありがとうございます」
「ただ、距離を取るときに足が止まった。そこを狙われたんだ」
なるほど。
攻撃のあとまで考えることはできたが、反撃されたときの退き方までは十分に考えられていなかった。
頭では分かっていても、実際に身体を動かすとなると難しい。
「もう一度やるぞ!」
……休憩は?
聞く前に、パウロが木剣を構え直した。
俺も黙って構え直す。
ここで休憩を要求しても、たぶん聞き入れてはもらえない。それどころか、休憩を挟んで追加の一本が増える可能性すらある。
ならば、さっさと終わらせるために頑張るしかない。
俺は再び、父さんに向かって踏み込んだ。
◇
それからの鍛錬は、以前よりも実戦を意識したものになった。
パウロは毎回同じ攻め方をするわけではない。正面から押してくる日もあれば、こちらの攻撃を誘って反撃してくる日もある。俺が得意になりかけていた動きを封じ、別の方法を考えさせることもあった。
剣神流の鋭い攻撃、水神流の受けと反撃、北神流の柔軟な発想。
三つの流派を学びながら、俺は少しずつ実戦での対応力を身につけていった。
もちろん、一度に全部ができるようになるわけではない。
得意な動きが通じない相手には苦戦するし、考えすぎて反応が遅れることもある。避けることに集中しすぎて反撃の機会を逃したり、反撃を急いで次の攻撃をもらったりもした。
失敗するたびに、パウロから改善点を指摘される。
そして次の稽古で、また試す。
地味だが、結局はそれが一番確実な成長方法らしい。
……もっとも、成長のために毎回こんなに疲れる必要があるのかは、今も疑問だ。
◇
ある日の稽古の終わり、俺は木剣を下ろして荒い息を整えていた。
「よし。今日はここまでにするか」
その言葉を聞いて、俺は心の中で安堵した。
ようやく終わった。
今日の俺は、よく頑張ったと思う。褒められていい。可能なら、明日は休みにしてほしい。
「アルベルト」
「はい、父さん」
「お前、相手の動きをよく見るようになったな。攻撃を避けるだけじゃなく、次に何ができるか考えている」
「父さんに教わったおかげです」
「ははっ、そうだろうな!」
パウロは満足そうに笑った。
……しまった。素直に答えすぎたか。
「ただ、まだ相手に合わせすぎるところがある。自分から流れを作ることも覚えないとな」
「なるほど」
「次からは、お前から仕掛ける時間も増やそう」
待ってほしい。
今の話のどこから、鍛錬を増やす結論が出てきたのだろう。
俺はただ、成長を褒められただけではなかったのか。
「焦る必要はない。毎日少しずつ積み重ねていけばいいんだ」
それは正しい。
正しいのだが、父さんの言う「少しずつ」は、俺が考える「少しずつ」よりもだいぶ量が多い気がする。
◇
その夜、俺は鎧の手入れをしながら、今日の稽古を振り返った。
剣術は確実に上達している。
ただ技を覚えるだけでは足りない。相手の動きに対応し、状況に合わせて技を選び、失敗したら修正する。そうした経験を積むことで、ようやく実戦で使える技術になっていく。
パウロは剣神流、水神流、北神流のいずれも上級に達している。
俺にとって、これほど身近に優れた指導者がいるのは幸運だ。三つの流派を学ぶために、わざわざ遠くへ出かける必要もない。
……その代わり、逃げ場もない。
父さんは俺の成長を見て、次の課題を見つける。
俺が課題を乗り越えれば、さらに次の課題が出てくる。
終わりが見えない。
いや、終わりを求めるのが間違っているのかもしれない。強くなりたいなら、鍛錬を続ける必要がある。それくらいは理解している。
だからこそ、無茶をせず、着実に進めたい。
剣術を磨き、鎧を着て、必要な技術を身につける。
そして、いずれは魔術も覚える。
水、火、風の初級魔術。治癒魔術は中級まで。
どれも戦闘で目立つためではない。生き残る可能性を上げ、余計な苦労を減らすためだ。
俺は鎧の留め具を確認し、道具を片づけた。
剣術は一朝一夕では身につかない。魔術だって同じだろう。
ならば、焦らず一つずつ覚えていけばいい。
……できれば、稽古の量も一つずつ増やしてほしいものだが。
そんなことを考えながら、俺は寝床に入った。
翌日からも、パウロとの実戦形式の稽古は続いた。
そして季節が移り変わる頃には、俺の生活にも少しずつ変化が訪れ始めていた。