無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
ロキシーが家庭教師としてグレイラット家にやって来てから、二年ほどが経った。
この二年間で、ルディも俺も、それぞれの道で少しずつ成長していた。
ルディはロキシーから魔術を学び、その才能を伸ばしていった。
一方で、パウロから剣術の基礎も教わっている。本人は魔術のほうが好きらしいが、足運びや身体の動かし方など、剣術の稽古にも取り組んでいた。
俺はというと、パウロとの剣術の修行を続けていた。
実戦形式の稽古を重ねるうちに、相手の動きや攻撃の間合いを意識できるようになってきた。
もちろん、パウロにはまだまだ及ばない。
父さんは剣神流、水神流、北神流の三つすべてで上級の腕前を持っている。そんな相手に、少し稽古を積んだ程度の俺が簡単に勝てるはずもなかった。
それでも、何も考えずに打ち込んでいた頃と比べれば、成長はしている。
……成長するたびに稽古が厳しくなっている気もするが。
そして、この二年間でもう一つ変わったことがある。
俺は魔術を学び始めた。
きっかけは、ルディがロキシーから魔術を教わる姿を見たことだった。
剣術だけで、あらゆる危険に対応するのは難しい。相手が魔術師なら遠距離から攻撃される可能性もあるし、剣が届かない状況だってあるだろう。
だったら、自分も魔術を使えるようにしておいたほうがいい。
そう考え、ロキシーやゼニスに教わりながら、少しずつ魔術を身につけていった。
現在、俺が使えるのは初級の水魔術、火魔術、風魔術。そして、中級の治癒魔術だ。
とはいえ、魔術を覚えたからといって、何でも解決できるわけではない。
魔力には限りがある。傷を治すにも時間がかかるし、失った血や体力まで元通りになるわけではない。
それでも、使える手段が増えたことには意味がある。
剣術を鍛え、魔術を学び、危険な状況に陥る可能性を減らす。戦わずに済むなら戦わず、逃げられるなら逃げる。
それが、俺の生き残るための方針だった。
何しろ、俺は原作には存在しない人間だ。
前世の知識で、この世界の出来事をある程度は知っている。だが、俺がいることで未来がどう変わるのか、そもそも自分がどんな運命をたどるのかは分からない。
原作の知識は、未来を保証してくれるものではないのだ。
だからこそ、知識だけに頼らず、自分にできる準備を続けるしかなかった。
そんな日々の中でも、家族との暮らしは変わらず続いていた。
朝は剣術の稽古に励み、空いた時間には魔術を学ぶ。ルディもロキシーの指導を受けながら、着実に魔術の腕を伸ばしていた。
そして、ある日の夕食。
その日は、いつもより少し豪華な料理が食卓に並んでいた。
「よし、それじゃあ始めるか!」
パウロが満足げに手を叩いた。
「何を?」
ルディが不思議そうに首を傾げる。
「何って、お前の誕生日のお祝いだよ。今日で五歳だろうが」
「ああ、そうだった!」
ルディは少し照れくさそうに笑った。
「ルディ、お誕生日おめでとう」
ゼニスが優しく声をかける。
「ありがとう、母さん!」
「もう五歳か。早いものだな」
パウロは感慨深そうに息子を見つめた。
「ついこの間まで、あんなに小さかったのにな」
「あなた、それは毎年言ってない?」
ゼニスに指摘され、パウロは少し照れくさそうに笑った。
「子供の成長は早いんだよ!」
家族の笑い声が食卓に広がる。
こうして家族そろって誕生日を祝う。そんな何気ない時間が、俺は嫌いではなかった。
……いや、むしろ好きなのだろう。
だからこそ、失いたくないと思う。
「ルディ、剣術の稽古はどうだ? 少しは慣れてきたか?」
パウロが息子に尋ねた。
「うん。足運びとか、身体の動かし方は少しずつ分かってきたよ。でも、思った通りに身体を動かすのは難しいね」
「剣術は頭で考えるだけじゃ身につかないからな。何度も繰り返して、身体に覚えさせるんだ」
「分かってるよ。ちゃんと稽古してるから」
「ならいい。魔術が得意なのは分かるが、剣術も続けておいて損はないぞ」
「うん。剣術も頑張るよ。でも、やっぱり僕は魔術のほうが好きかな」
ルディはそう言って、少し笑った。
パウロは苦笑しながらも、息子の言葉を否定しなかった。
ルディは魔術に強い興味を持っているが、剣術をおろそかにしているわけではない。パウロの教えを受けながら、自分なりに努力を続けている。
その姿勢は素直に立派だと思う。
「そういえば、兄さんはどんな剣士になりたいの?」
突然話を振られ、俺は料理を口に運ぶ手を止めた。
「危険な相手と戦わずに済む剣士」
「……それは剣士なのか?」
パウロが思わず突っ込んだ。
「戦わずに済むなら、それが一番だろ。逃げられるなら逃げる。戦わなきゃいけないなら、できるだけ有利な状況を作る。わざわざ不利な条件で戦う必要はない」
「まあ、理屈は分かるが……」
パウロは腕を組み、少し考え込んだ。
「それでも、逃げられない相手と戦うことはある。そういうときに備えて、実力をつけておくんだ」
「分かってるよ」
俺は肩をすくめた。
だからこそ、毎日鍛えているのだ。
ただし、強くなること自体が目的ではない。危険を避け、いざというときに生き残るためだ。
その方針だけは、これからも変えるつもりはなかった。
食事が進み、ひと段落したところで、パウロが自分のそばに置いていた包みを手に取った。
「よし、次は俺からだ!」
「父さんからも?」
「ああ。五歳の誕生日だからな。そろそろ、こいつを渡しておこうと思っていた」
パウロが包みを開くと、中から現れたのは、鞘に収められた小ぶりの金属製の剣だった。
ルディは目を丸くした。
「これ、本物の剣?」
「ああ。もちろん、今すぐ実戦で使わせるつもりはない。だが、お前も剣術を習っているからな。自分の剣を持つのも悪くないだろう」
パウロは剣を鞘に収めたまま、ルディに差し出した。
「ただし、扱いには十分気をつけろ。木剣とは違うんだ。ふざけて振り回すんじゃないぞ」
「うん! ありがとう、父さん!」
ルディは両手で剣を受け取った。
鞘に収まった剣を、興味深そうに眺めている。
「大切にするよ!」
「よし。なら、まずは道具を大切にするところから覚えていけ」
パウロは満足そうに笑った。
……誕生日に金属製の剣か。
剣士の父親らしい贈り物ではある。
五歳児に本物の剣を渡すのは少し早い気もするが、パウロも扱い方を教えるつもりなのだろう。
続いて、ゼニスが別の包みを取り出した。
「ルディ、私からもプレゼントがあるわ」
「母さんから?」
「ええ。あなた、植物にも興味があるでしょう? だから、こんなものを用意してみたの」
ルディが包みを開くと、中には一冊の図鑑が入っていた。
さまざまな植物の絵や特徴が記された、植物図鑑だった。
「植物の図鑑……!」
ルディは目を輝かせ、さっそくページをめくった。
「すごい……! こんなにたくさん載ってるんだ!」
「庭に生えている植物も、森で見かける植物も、調べられるようにと思って。知らない植物を見つけたら、この本で調べてみるといいわ」
「ありがとう、母さん! これ、すごく嬉しいよ!」
ルディは夢中になってページを眺めていた。
ゼニスも、その様子を見て嬉しそうに微笑む。
「気に入ってくれてよかったわ」
金属製の剣に、植物図鑑。
パウロとゼニス、それぞれがルディのことを考えて選んだ贈り物らしい。
ルディは剣をそばに置き、図鑑のページを何度もめくっている。
……誕生日の食卓で図鑑に夢中になる五歳児か。
相変わらず、知識欲がすごい。
そのとき、ロキシーが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ルディ、私からも、誕生日のプレゼントがあります」
「えっ、師匠から?」
ルディが目を輝かせる。
ロキシーが差し出したのは、一本の杖だった。
「これまで学んだことを胸に、これからも魔術を学んでいくあなたに、使ってもらえればと思って用意しました」
「杖……!」
ルディは両手で杖を受け取ると、嬉しそうに眺めた。
「ありがとう、師匠! 大切にするよ!」
「ええ。これまで学んだことを忘れず、これからも努力してくださいね」
「うん!」
ロキシーは満足そうに頷いた。
パウロからは剣。ゼニスからは植物図鑑。そしてロキシーからは杖。
それぞれの思いが込められた贈り物を前に、ルディは終始嬉しそうだった。
俺はそんな弟の姿を眺めながら、静かに料理を口に運んだ。
この先、何が起こるのかは分からない。
それでも、今この瞬間に家族が笑っている。
その日常を守れるだけの力を身につけておこう。そう思うには、十分な光景だった。
「さて、ルディ」
ロキシーが声をかけた。
「明日、あなたの魔術の卒業試験を行います」
「えっ、明日!?」
ルディは驚いたように顔を上げた。
「はい。これまで学んできたことが、どれくらい身についているか確認しましょう」
「分かった。頑張るよ、師匠!」
ルディは杖を手に、力強く頷いた。
パウロとゼニスも、息子を応援するように微笑んでいる。
明日はルディの魔術の卒業試験。
俺もまた、自分の修行を続けていく。
……せめて明日の朝くらいは、追加訓練がありませんように。