無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第12話 兄は知らない未来に備える

 ロキシーが家庭教師としてグレイラット家にやって来てから、二年ほどが経った。

 

 この二年間で、ルディも俺も、それぞれの道で少しずつ成長していた。

 

 ルディはロキシーから魔術を学び、その才能を伸ばしていった。

 

 一方で、パウロから剣術の基礎も教わっている。本人は魔術のほうが好きらしいが、足運びや身体の動かし方など、剣術の稽古にも取り組んでいた。

 

 俺はというと、パウロとの剣術の修行を続けていた。

 

 実戦形式の稽古を重ねるうちに、相手の動きや攻撃の間合いを意識できるようになってきた。

 

 もちろん、パウロにはまだまだ及ばない。

 

 父さんは剣神流、水神流、北神流の三つすべてで上級の腕前を持っている。そんな相手に、少し稽古を積んだ程度の俺が簡単に勝てるはずもなかった。

 

 それでも、何も考えずに打ち込んでいた頃と比べれば、成長はしている。

 

 ……成長するたびに稽古が厳しくなっている気もするが。

 

 そして、この二年間でもう一つ変わったことがある。

 

 俺は魔術を学び始めた。

 

 きっかけは、ルディがロキシーから魔術を教わる姿を見たことだった。

 

 剣術だけで、あらゆる危険に対応するのは難しい。相手が魔術師なら遠距離から攻撃される可能性もあるし、剣が届かない状況だってあるだろう。

 

 だったら、自分も魔術を使えるようにしておいたほうがいい。

 

 そう考え、ロキシーやゼニスに教わりながら、少しずつ魔術を身につけていった。

 

 現在、俺が使えるのは初級の水魔術、火魔術、風魔術。そして、中級の治癒魔術だ。

 

 とはいえ、魔術を覚えたからといって、何でも解決できるわけではない。

 

 魔力には限りがある。傷を治すにも時間がかかるし、失った血や体力まで元通りになるわけではない。

 

 それでも、使える手段が増えたことには意味がある。

 

 剣術を鍛え、魔術を学び、危険な状況に陥る可能性を減らす。戦わずに済むなら戦わず、逃げられるなら逃げる。

 

 それが、俺の生き残るための方針だった。

 

 何しろ、俺は原作には存在しない人間だ。

 

 前世の知識で、この世界の出来事をある程度は知っている。だが、俺がいることで未来がどう変わるのか、そもそも自分がどんな運命をたどるのかは分からない。

 

 原作の知識は、未来を保証してくれるものではないのだ。

 

 だからこそ、知識だけに頼らず、自分にできる準備を続けるしかなかった。

 

 そんな日々の中でも、家族との暮らしは変わらず続いていた。

 

 朝は剣術の稽古に励み、空いた時間には魔術を学ぶ。ルディもロキシーの指導を受けながら、着実に魔術の腕を伸ばしていた。

 

 そして、ある日の夕食。

 

 その日は、いつもより少し豪華な料理が食卓に並んでいた。

 

「よし、それじゃあ始めるか!」

 

 パウロが満足げに手を叩いた。

 

「何を?」

 

 ルディが不思議そうに首を傾げる。

 

「何って、お前の誕生日のお祝いだよ。今日で五歳だろうが」

 

「ああ、そうだった!」

 

 ルディは少し照れくさそうに笑った。

 

「ルディ、お誕生日おめでとう」

 

 ゼニスが優しく声をかける。

 

「ありがとう、母さん!」

 

「もう五歳か。早いものだな」

 

 パウロは感慨深そうに息子を見つめた。

 

「ついこの間まで、あんなに小さかったのにな」

 

「あなた、それは毎年言ってない?」

 

 ゼニスに指摘され、パウロは少し照れくさそうに笑った。

 

「子供の成長は早いんだよ!」

 

 家族の笑い声が食卓に広がる。

 

 こうして家族そろって誕生日を祝う。そんな何気ない時間が、俺は嫌いではなかった。

 

 ……いや、むしろ好きなのだろう。

 

 だからこそ、失いたくないと思う。

 

「ルディ、剣術の稽古はどうだ? 少しは慣れてきたか?」

 

 パウロが息子に尋ねた。

 

「うん。足運びとか、身体の動かし方は少しずつ分かってきたよ。でも、思った通りに身体を動かすのは難しいね」

 

「剣術は頭で考えるだけじゃ身につかないからな。何度も繰り返して、身体に覚えさせるんだ」

 

「分かってるよ。ちゃんと稽古してるから」

 

「ならいい。魔術が得意なのは分かるが、剣術も続けておいて損はないぞ」

 

「うん。剣術も頑張るよ。でも、やっぱり僕は魔術のほうが好きかな」

 

 ルディはそう言って、少し笑った。

 

 パウロは苦笑しながらも、息子の言葉を否定しなかった。

 

 ルディは魔術に強い興味を持っているが、剣術をおろそかにしているわけではない。パウロの教えを受けながら、自分なりに努力を続けている。

 

 その姿勢は素直に立派だと思う。

 

「そういえば、兄さんはどんな剣士になりたいの?」

 

 突然話を振られ、俺は料理を口に運ぶ手を止めた。

 

「危険な相手と戦わずに済む剣士」

 

「……それは剣士なのか?」

 

 パウロが思わず突っ込んだ。

 

「戦わずに済むなら、それが一番だろ。逃げられるなら逃げる。戦わなきゃいけないなら、できるだけ有利な状況を作る。わざわざ不利な条件で戦う必要はない」

 

「まあ、理屈は分かるが……」

 

 パウロは腕を組み、少し考え込んだ。

 

「それでも、逃げられない相手と戦うことはある。そういうときに備えて、実力をつけておくんだ」

 

「分かってるよ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 だからこそ、毎日鍛えているのだ。

 

 ただし、強くなること自体が目的ではない。危険を避け、いざというときに生き残るためだ。

 

 その方針だけは、これからも変えるつもりはなかった。

 

 食事が進み、ひと段落したところで、パウロが自分のそばに置いていた包みを手に取った。

 

「よし、次は俺からだ!」

 

「父さんからも?」

 

「ああ。五歳の誕生日だからな。そろそろ、こいつを渡しておこうと思っていた」

 

 パウロが包みを開くと、中から現れたのは、鞘に収められた小ぶりの金属製の剣だった。

 

 ルディは目を丸くした。

 

「これ、本物の剣?」

 

「ああ。もちろん、今すぐ実戦で使わせるつもりはない。だが、お前も剣術を習っているからな。自分の剣を持つのも悪くないだろう」

 

 パウロは剣を鞘に収めたまま、ルディに差し出した。

 

「ただし、扱いには十分気をつけろ。木剣とは違うんだ。ふざけて振り回すんじゃないぞ」

 

「うん! ありがとう、父さん!」

 

 ルディは両手で剣を受け取った。

 

 鞘に収まった剣を、興味深そうに眺めている。

 

「大切にするよ!」

 

「よし。なら、まずは道具を大切にするところから覚えていけ」

 

 パウロは満足そうに笑った。

 

 ……誕生日に金属製の剣か。

 

 剣士の父親らしい贈り物ではある。

 

 五歳児に本物の剣を渡すのは少し早い気もするが、パウロも扱い方を教えるつもりなのだろう。

 

 続いて、ゼニスが別の包みを取り出した。

 

「ルディ、私からもプレゼントがあるわ」

 

「母さんから?」

 

「ええ。あなた、植物にも興味があるでしょう? だから、こんなものを用意してみたの」

 

 ルディが包みを開くと、中には一冊の図鑑が入っていた。

 

 さまざまな植物の絵や特徴が記された、植物図鑑だった。

 

「植物の図鑑……!」

 

 ルディは目を輝かせ、さっそくページをめくった。

 

「すごい……! こんなにたくさん載ってるんだ!」

 

「庭に生えている植物も、森で見かける植物も、調べられるようにと思って。知らない植物を見つけたら、この本で調べてみるといいわ」

 

「ありがとう、母さん! これ、すごく嬉しいよ!」

 

 ルディは夢中になってページを眺めていた。

 

 ゼニスも、その様子を見て嬉しそうに微笑む。

 

「気に入ってくれてよかったわ」

 

 金属製の剣に、植物図鑑。

 

 パウロとゼニス、それぞれがルディのことを考えて選んだ贈り物らしい。

 

 ルディは剣をそばに置き、図鑑のページを何度もめくっている。

 

 ……誕生日の食卓で図鑑に夢中になる五歳児か。

 

 相変わらず、知識欲がすごい。

 

 そのとき、ロキシーが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ルディ、私からも、誕生日のプレゼントがあります」

 

「えっ、師匠から?」

 

 ルディが目を輝かせる。

 

 ロキシーが差し出したのは、一本の杖だった。

 

「これまで学んだことを胸に、これからも魔術を学んでいくあなたに、使ってもらえればと思って用意しました」

 

「杖……!」

 

 ルディは両手で杖を受け取ると、嬉しそうに眺めた。

 

「ありがとう、師匠! 大切にするよ!」

 

「ええ。これまで学んだことを忘れず、これからも努力してくださいね」

 

「うん!」

 

 ロキシーは満足そうに頷いた。

 

 パウロからは剣。ゼニスからは植物図鑑。そしてロキシーからは杖。

 

 それぞれの思いが込められた贈り物を前に、ルディは終始嬉しそうだった。

 

 俺はそんな弟の姿を眺めながら、静かに料理を口に運んだ。

 

 この先、何が起こるのかは分からない。

 

 それでも、今この瞬間に家族が笑っている。

 

 その日常を守れるだけの力を身につけておこう。そう思うには、十分な光景だった。

 

「さて、ルディ」

 

 ロキシーが声をかけた。

 

「明日、あなたの魔術の卒業試験を行います」

 

「えっ、明日!?」

 

 ルディは驚いたように顔を上げた。

 

「はい。これまで学んできたことが、どれくらい身についているか確認しましょう」

 

「分かった。頑張るよ、師匠!」

 

 ルディは杖を手に、力強く頷いた。

 

 パウロとゼニスも、息子を応援するように微笑んでいる。

 

 明日はルディの魔術の卒業試験。

 

 俺もまた、自分の修行を続けていく。

 

 ……せめて明日の朝くらいは、追加訓練がありませんように。

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