無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

13 / 19
第13話 弟は聖級魔術に挑む

ロキシーがブエナ村にやってきてから、約二年。

 

ルディは五歳になり、魔術の腕を着実に伸ばしていた。

 

俺も七歳になり、相変わらず父さんとの剣術訓練を続けている。

 

この二年間、俺は剣術だけでなく魔術も学んできた。剣術だけでは対応できない状況もある。そう考えた俺は、ロキシーや母さんに教わりながら、少しずつ魔術を身につけてきた。

 

まだ使える魔術は限られているが、いざというときの備えにはなる。

 

一方、ルディは魔術の才能を存分に発揮していた。

 

そんなある日の朝。

 

「ルディ、今日は、魔術の卒業試験をしましょう」

 

ロキシーの言葉に、ルディの顔がぱっと明るくなった。

 

「卒業試験ですか?」

 

「はい。これまで学んできたことが、どれだけ身についているか確かめます」

 

「わかりました! 頑張ります!」

 

元気よく返事をするルディ。

 

しかし、ロキシーが続けた言葉によって、その表情は一変した。

 

「試験の場所は、村の外にある丘です」

 

「……え?」

 

ルディの顔から笑顔が消えた。

 

村の外。

 

その言葉が、ルディにとってどれほど大きな壁なのか、俺は知っている。

 

前世の記憶に由来する恐怖。ルディは庭の門を越えて外へ出ることさえ、簡単にはできない。

 

それでも、魔術の勉強を続けてきた彼にとって、卒業試験は大切な節目だ。

 

「む、村の外ですか……?」

 

「そうです。ここでは十分な魔術を使えませんから」

 

ロキシーは、いつもと変わらない落ち着いた口調で答えた。

 

ルディはうつむき、ぎゅっと拳を握った。

 

「……わかりました」

 

返事はしたものの、その顔には明らかな不安が浮かんでいた。

 

俺はルディの様子を見ながら、心の中で息を吐いた。

 

(ここが最初の大きな壁だな)

 

知っている。

 

原作で読んだ、魔術の卒業試験。

 

ロキシーが聖級魔術を披露し、ルディがそれを再現する、あの出来事だ。

 

だが、俺が知っているのは物語の展開だけ。

 

ルディが今どんな気持ちでいるのか、実際にこの場に立ってみなければわからない。

 

それに、俺は原作には存在しない人間だ。

 

知識があるからといって、すべてがその通りに進むとは限らない。

 

「ルディ」

 

俺は普段どおりに声をかけた。

 

「せっかくここまで勉強したんだろ? 試験、頑張ってこいよ」

 

「……うん」

 

ルディは小さくうなずいた。

 

無理に励ましすぎても仕方がない。

 

最後に一歩を踏み出すのは、ルディ自身なのだから。

 

◇

 

出発の時間になると、ロキシーは馬を連れてきた。

 

「ルディ、乗ってください。私が一緒に行きますから」

 

「は、はい……」

 

ルディは馬を見上げ、緊張した様子で近づいた。

 

村の外へ出る。

 

ただそれだけのことが、彼にとっては大きな挑戦だった。

 

ロキシーは急かさなかった。

 

ルディが馬に乗るのを手伝い、落ち着くまで待ってから、自分もその後ろに乗った。

 

「大丈夫です。私がついています」

 

「……はい、師匠」

 

馬がゆっくりと歩き出す。

 

庭の門を越える。

 

ルディは、きっと恐怖を感じているはずだ。それでも、彼は逃げ出さなかった。

 

俺は二人の背中を見送った。

 

(さて、どうなるか)

 

もちろん、結末は知っている。

 

それでも、知識を表に出すわけにはいかない。

 

俺は何も知らない兄として、二人が帰ってくるのを待つことにした。

 

◇

 

しばらくして、ロキシーとルディが帰ってきた。

 

二人とも濡れていた。

 

いや、濡れているというより、全身ずぶ濡れだ。

 

「おかえり。……何があったんだ?」

 

俺は初めて見る光景に驚いたような顔をした。

 

実際、二人が無事に戻ってきたことには安堵している。

 

ただ、ずぶ濡れになった理由は知っていた。

 

「アル兄さん!」

 

ルディは興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「師匠が、すごい魔術を見せてくれたんだ!」

 

「すごい魔術?」

 

「うん! 聖級の水魔術だよ!」

 

ルディは身振り手振りを交えながら、丘での出来事を説明し始めた。

 

ロキシーが天に向かって魔術を放ち、広範囲に雨を降らせたこと。

 

その魔術を見たルディが、自分でも再現しようと挑戦したこと。

 

そして、見事に成功させたこと。

 

「本当にできたんだよ! 師匠と同じように、雨を降らせることができたんだ!」

 

「へえ、聖級魔術か! すごいじゃないか!」

 

俺は素直に褒めた。

 

内心では、やはり原作どおりだと考えていた。

 

だが、それを口にすることはない。

 

「ルディ君は、本当に素晴らしい才能を持っていますね」

 

ロキシーも、誇らしげにルディを見つめていた。

 

「いえ、師匠が見本を見せてくれたからです!」

 

「それでも、実際に魔術を再現するのは簡単なことではありません」

 

ルディは照れくさそうに頬をかいた。

 

その顔を見ていると、こちらまで少し嬉しくなる。

 

原作を知っている俺にとって、これは予定されていた出来事の一つだ。

 

しかし、目の前で起きたこととして見れば、やはりすごい。

 

五歳の子供が、聖級の魔術を再現したのだから。

 

「よく頑張ったな、ルディ」

 

俺がそう言うと、ルディは嬉しそうに笑った。

 

その笑顔を見て、俺は胸の内で小さく息を吐いた。

 

(これで、ロキシーの教えを受ける時間も終わりか)

 

別れは、もうすぐそこまで来ていた。

 

◇

 

その日の夕方。

 

ロキシーは荷物をまとめ、旅立つ準備をしていた。

 

二年間、ルディに魔術を教えてくれた師匠。

 

その別れが近づくにつれ、家の中にはどこか寂しげな空気が漂っていた。

 

「ロキシーちゃん、もう行っちゃうんですか?」

 

ゼニスが尋ねると、ロキシーは静かにうなずいた。

 

「はい。私の役目はひとまず終わりましたから。これからは、別の場所で経験を積もうと思います」

 

「そうですか……。寂しくなりますね」

 

「私もです。皆さんには、とてもお世話になりました」

 

パウロも腕を組み、感慨深そうにロキシーを見ていた。

 

「ルディの魔術がここまで伸びたのは、あんたのおかげだ。ありがとうな」

 

「いえ。ルディ自身が努力した結果です」

 

その言葉に、ルディは少し照れたようにうつむいた。

 

ロキシーはそんなルディに向き直る。

 

「ルディ」

 

「はい、師匠!」

 

「これからも、魔術の勉強を続けてください。あなたなら、きっともっと成長できます」

 

「はい! 絶対に続けます!」

 

ルディは力強く答えた。

 

ロキシーは満足そうに微笑むと、懐から小さな包みを取り出した。

 

「それから、これを」

 

「えっ?」

 

「私からの餞別です。お守りのようなものだと思って、持っていてください」

 

ロキシーは包みをルディの手にそっと載せた。

 

「師匠からの……お守り?」

 

「はい。あなたがこれから先も、無事に成長できるように」

 

ルディは両手で包みを受け取った。

 

「ありがとうございます、師匠! 一生大切にします!」

 

その反応は、少々大げさにも見えた。

 

だが、ルディにとってロキシーは、初めて本格的に魔術を教えてくれた師匠だ。

 

その人からもらったものなら、大切にしたくなるのだろう。

 

……もっとも。

 

(知ってる。これも原作どおりだ)

 

俺は内心でそう思った。

 

ルディはお守りを大切そうにしまい、ロキシーに向かって深く頭を下げた。

 

「師匠、本当にありがとうございました!」

 

「こちらこそ。あなたに教えることができて、よかったです」

 

ロキシーはルディの頭にそっと手を置いた。

 

「さようなら、ルディ」

 

「……はい。さようなら、師匠!」

 

別れの挨拶を交わしたあと、ロキシーは俺たちにも頭を下げた。

 

「アル君も、これから頑張ってくださいね」

 

「はい。お世話になりました、ロキシー先生」

 

俺は礼を返した。

 

彼女は最後にもう一度微笑み、家を出ていった。

 

その背中が遠ざかるのを、俺たちは見送った。

 

◇

 

ロキシーが去ったあとの家は、少し静かになった。

 

ルディはもらったネックレスを大切にしまい、これまでの授業を振り返っているようだった。

 

父さんは、そんな弟の頭を軽く撫でた。

 

「魔術の勉強はひと区切りだな。だが、剣術の稽古はこれからも続けるぞ」

 

「はい、父さん」

 

ルディは素直にうなずいた。

 

魔術が好きなのは相変わらずだが、父さんから剣術も教わっている。これからも、両方を続けていくのだろう。

 

俺はその様子を見ながら、これからのことを考えていた。

 

ルディは、原作の物語を一歩ずつ進んでいる。

 

だが、俺は違う。

 

原作には存在しない人間。

 

この先に何が起こるのか、俺自身の未来については、何ひとつ確かなことがない。

 

だからこそ、準備を続ける。

 

剣術を鍛え、魔術を学び、必要な知識を身につける。

 

できるだけ危険を避け、無理をせず、それでも生き残るために必要な努力は惜しまない。

 

それが、俺のやり方だ。

 

(さて……明日からも、やることは変わらないな)

 

俺は小さく息を吐いた。

 

物語の先を知っていても、俺の未来までは書かれていない。

 

ならば、自分の身は自分で守るしかない。

 

それだけは、これから先も変わらないだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。