無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第14話 兄のひと言

「アル、右だ!」

 

パウロの木剣が横から迫った。

 

俺は身をひねったが、反応がわずかに遅れた。

 

ガツンッ!

 

木剣が胸当てに当たり、衝撃で足元が揺れる。体勢を立て直す前に、父さんの剣先が喉元で止まった。

 

「そこまでだ」

 

「……また負けか」

 

「今のは避けられただろ。鎧があるからといって、攻撃を受けていいわけじゃないぞ」

 

「分かってるよ」

 

「分かっているのと、できるのは別だ!」

 

パウロは笑いながら木剣を構え直した。

 

格上の剣士が相手なら、鎧ごと斬られることだってある。そもそも、攻撃を受けて体勢を崩せば、次の一撃を避けられなくなる。

 

だからといって、今の俺が父さんの攻撃をすべて避けられるわけでもない。

 

結局、もう一度挑むしかなかった。

 

「休憩にするぞ。水を飲んでこい」

 

ようやく訓練が中断され、俺は庭の端に置いてあった水差しへ向かった。

 

その時、玄関からルーデウスが顔を出した。

 

「父さん、兄さん。ちょっと出かけてくるね!」

 

手には、誕生日にゼニスからもらった植物図鑑がある。

 

「どこへ行くんだ?」

 

「村の外れ。図鑑に載っている植物を探してみようと思って」

 

「暗くなる前には帰ってこいよ」

 

「分かってるよ!」

 

ルーデウスは俺にも手を振った。

 

「アル兄さんも、頑張ってね」

 

「そっちも気をつけてな」

 

ルーデウスは図鑑を抱えて出かけていった。

 

俺は、その後ろ姿を見送る。

 

――今日だったな。

 

原作の知識が正しければ、ルーデウスは今日、緑色の髪をした子供と出会う。

 

そして、その出会いには少々面倒な騒動がついてくる。

 

だが、わざわざ先回りして二人の出会いを変えるつもりはなかった。ルーデウスにはルーデウスの人生がある。

 

俺が口を挟む必要があるとすれば、余計な誤解が生まれた時くらいだ。

 

「アル! 休憩は終わりだ!」

 

「もう?」

 

「もう、だ!」

 

俺は水差しを置き、木剣を手に取った。

 

どうやら、俺の午後はまだ終わりそうになかった。

 

◇

 

夕方。

 

「ただいま!」

 

ルーデウスが帰ってきた。

 

その声を聞いた直後、居間からパウロの低い声が響いた。

 

「ルディ。こっちへ来い」

 

帰宅早々、呼び出しとは。

 

俺は手入れしていた木剣から顔を上げた。

 

居間に入ったルーデウスは、父さんの険しい表情を見て足を止めた。

 

「今日、村の子供と喧嘩をしたそうだな?」

 

「え?」

 

「相手の子が怪我をしたと、その母親が言いに来た。お前が手を出したんだそうだな」

 

「違うよ、父さん。僕は――」

 

「なら、どうして相手が怪我をしているんだ?」

 

パウロの声が強くなる。

 

「魔術を習っているからといって、力を振り回していいわけじゃない。相手に怪我をさせるような真似をするな」

 

「だから、僕はそんなつもりじゃ……!」

 

「言い訳をするな!」

 

ルーデウスの肩がびくりと跳ねた。

 

俺は木剣を置いた。

 

相手の母親は、自分の息子が怪我をしたと訴えたのだろう。親として腹を立てる気持ちは分からなくもない。

 

だが、父さんはその話だけで判断してしまっている。

 

ルーデウスが何をしたのか、まだ聞いていないのに。

 

「父さん」

 

「なんだ、アル。今はルディに話をしているんだ」

 

「うん。だから、ルディの話も聞いてから判断した方がいいんじゃないかな」

 

パウロがこちらを振り返った。

 

「相手の子が怪我をしたのは事実だぞ」

 

「怪我をしたことと、ルディが一方的に悪いことをしたかどうかは別だよ。誰かを止めようとして揉めた可能性だってあるだろ?」

 

「……それは、そうだが」

 

「もちろん、何があったかは聞いてみないと分からないけどね」

 

俺はそれ以上、口を挟まなかった。

 

ルーデウスが何をしたのかは、本人に話してもらえばいい。

 

パウロはしばらく考え込んでいたが、やがて腕を組み直した。

 

「……分かった。ルディ、最初から説明してみろ」

 

ルーデウスは俺を一度見てから、口を開いた。

 

「村の外れで、緑色の髪をした子が何人かに囲まれていたんだ」

 

「緑色の髪?」

 

「うん。髪の色が気味悪いって、みんなでからかっていた。それで、僕が止めに入ったんだ」

 

ルーデウスの話によれば、その子は「シルフ」と名乗ったらしい。

 

子供たちが立ち去った後、ルーデウスはシルフと一緒に植物図鑑を眺めていたという。

 

ところが、再び揉め事になり、相手の子供の一人が怪我をした。

 

「わざと怪我をさせたわけじゃないよ。でも、あの子を一人にしておけなかったんだ」

 

ルーデウスは、父さんの目を見てそう言った。

 

パウロはすぐには答えなかった。

 

相手の母親から聞いた話とは、ずいぶん違う。

 

「……そうか」

 

やがて、父さんは息を吐いた。

 

「お前の話は分かった。相手の子にも事情を確認してみる必要があるな」

 

「父さん……」

 

「ただし、揉め事になれば自分も怪我をするかもしれない。次からは大人を呼ぶことも考えろ。相手が何をするか分からないからな」

 

「……うん」

 

パウロは少しだけ言いにくそうに顔をしかめた。

 

「それと、話を聞く前に怒鳴ったのは俺が悪かった。すまなかったな」

 

ルーデウスが目を丸くした。

 

父さんは短気なところがあるが、自分の間違いを認められない人ではない。

 

「誰かを助けようとしたことまで責めるつもりはない。だが、自分だけで解決しようとするなよ」

 

「分かった」

 

ルーデウスの表情から、ようやく緊張が抜けた。

 

俺は置いていた木剣を手に取った。

 

ひとまず、余計な誤解は解けたようだ。

 

◇

 

「アル、さっきは助かった」

 

ルーデウスが部屋へ戻った後、パウロが俺に声をかけた。

 

「俺も、相手の母親の話だけで決めつけるべきじゃなかったな」

 

「そう思うなら、次からは先に本人に聞けばいいよ」

 

「お前は時々、妙に冷静なことを言うな」

 

「父さんが熱くなりやすいだけじゃない?」

 

「おい!」

 

パウロが声を上げた。

 

俺はさっと視線を逸らす。

 

少々、言いすぎたかもしれない。

 

それでも、今回は話を聞いてもらえてよかった。

 

俺は原作を知っている。だから、今日の出来事がルーデウスにとって大切な出会いにつながることも知っていた。

 

だが、知識があるからといって、目の前の出来事をすべて思い通りにできるわけではない。

 

ルーデウスがシルフとどう付き合っていくかも、二人がこれから築いていく関係も、俺が決めることではなかった。

 

俺ができるのは、必要な時に少し手を貸すことくらいだ。

 

「さて、アル。明日の訓練だが――」

 

「待って。なんで今その話になるの?」

 

「今日の反省点が多かったからな!」

 

嫌な予感がした。

 

どうやら、明日の訓練も休みにはならないらしい。

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