無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
「アル、右だ!」
パウロの木剣が横から迫った。
俺は身をひねったが、反応がわずかに遅れた。
ガツンッ!
木剣が胸当てに当たり、衝撃で足元が揺れる。体勢を立て直す前に、父さんの剣先が喉元で止まった。
「そこまでだ」
「……また負けか」
「今のは避けられただろ。鎧があるからといって、攻撃を受けていいわけじゃないぞ」
「分かってるよ」
「分かっているのと、できるのは別だ!」
パウロは笑いながら木剣を構え直した。
格上の剣士が相手なら、鎧ごと斬られることだってある。そもそも、攻撃を受けて体勢を崩せば、次の一撃を避けられなくなる。
だからといって、今の俺が父さんの攻撃をすべて避けられるわけでもない。
結局、もう一度挑むしかなかった。
「休憩にするぞ。水を飲んでこい」
ようやく訓練が中断され、俺は庭の端に置いてあった水差しへ向かった。
その時、玄関からルーデウスが顔を出した。
「父さん、兄さん。ちょっと出かけてくるね!」
手には、誕生日にゼニスからもらった植物図鑑がある。
「どこへ行くんだ?」
「村の外れ。図鑑に載っている植物を探してみようと思って」
「暗くなる前には帰ってこいよ」
「分かってるよ!」
ルーデウスは俺にも手を振った。
「アル兄さんも、頑張ってね」
「そっちも気をつけてな」
ルーデウスは図鑑を抱えて出かけていった。
俺は、その後ろ姿を見送る。
――今日だったな。
原作の知識が正しければ、ルーデウスは今日、緑色の髪をした子供と出会う。
そして、その出会いには少々面倒な騒動がついてくる。
だが、わざわざ先回りして二人の出会いを変えるつもりはなかった。ルーデウスにはルーデウスの人生がある。
俺が口を挟む必要があるとすれば、余計な誤解が生まれた時くらいだ。
「アル! 休憩は終わりだ!」
「もう?」
「もう、だ!」
俺は水差しを置き、木剣を手に取った。
どうやら、俺の午後はまだ終わりそうになかった。
◇
夕方。
「ただいま!」
ルーデウスが帰ってきた。
その声を聞いた直後、居間からパウロの低い声が響いた。
「ルディ。こっちへ来い」
帰宅早々、呼び出しとは。
俺は手入れしていた木剣から顔を上げた。
居間に入ったルーデウスは、父さんの険しい表情を見て足を止めた。
「今日、村の子供と喧嘩をしたそうだな?」
「え?」
「相手の子が怪我をしたと、その母親が言いに来た。お前が手を出したんだそうだな」
「違うよ、父さん。僕は――」
「なら、どうして相手が怪我をしているんだ?」
パウロの声が強くなる。
「魔術を習っているからといって、力を振り回していいわけじゃない。相手に怪我をさせるような真似をするな」
「だから、僕はそんなつもりじゃ……!」
「言い訳をするな!」
ルーデウスの肩がびくりと跳ねた。
俺は木剣を置いた。
相手の母親は、自分の息子が怪我をしたと訴えたのだろう。親として腹を立てる気持ちは分からなくもない。
だが、父さんはその話だけで判断してしまっている。
ルーデウスが何をしたのか、まだ聞いていないのに。
「父さん」
「なんだ、アル。今はルディに話をしているんだ」
「うん。だから、ルディの話も聞いてから判断した方がいいんじゃないかな」
パウロがこちらを振り返った。
「相手の子が怪我をしたのは事実だぞ」
「怪我をしたことと、ルディが一方的に悪いことをしたかどうかは別だよ。誰かを止めようとして揉めた可能性だってあるだろ?」
「……それは、そうだが」
「もちろん、何があったかは聞いてみないと分からないけどね」
俺はそれ以上、口を挟まなかった。
ルーデウスが何をしたのかは、本人に話してもらえばいい。
パウロはしばらく考え込んでいたが、やがて腕を組み直した。
「……分かった。ルディ、最初から説明してみろ」
ルーデウスは俺を一度見てから、口を開いた。
「村の外れで、緑色の髪をした子が何人かに囲まれていたんだ」
「緑色の髪?」
「うん。髪の色が気味悪いって、みんなでからかっていた。それで、僕が止めに入ったんだ」
ルーデウスの話によれば、その子は「シルフ」と名乗ったらしい。
子供たちが立ち去った後、ルーデウスはシルフと一緒に植物図鑑を眺めていたという。
ところが、再び揉め事になり、相手の子供の一人が怪我をした。
「わざと怪我をさせたわけじゃないよ。でも、あの子を一人にしておけなかったんだ」
ルーデウスは、父さんの目を見てそう言った。
パウロはすぐには答えなかった。
相手の母親から聞いた話とは、ずいぶん違う。
「……そうか」
やがて、父さんは息を吐いた。
「お前の話は分かった。相手の子にも事情を確認してみる必要があるな」
「父さん……」
「ただし、揉め事になれば自分も怪我をするかもしれない。次からは大人を呼ぶことも考えろ。相手が何をするか分からないからな」
「……うん」
パウロは少しだけ言いにくそうに顔をしかめた。
「それと、話を聞く前に怒鳴ったのは俺が悪かった。すまなかったな」
ルーデウスが目を丸くした。
父さんは短気なところがあるが、自分の間違いを認められない人ではない。
「誰かを助けようとしたことまで責めるつもりはない。だが、自分だけで解決しようとするなよ」
「分かった」
ルーデウスの表情から、ようやく緊張が抜けた。
俺は置いていた木剣を手に取った。
ひとまず、余計な誤解は解けたようだ。
◇
「アル、さっきは助かった」
ルーデウスが部屋へ戻った後、パウロが俺に声をかけた。
「俺も、相手の母親の話だけで決めつけるべきじゃなかったな」
「そう思うなら、次からは先に本人に聞けばいいよ」
「お前は時々、妙に冷静なことを言うな」
「父さんが熱くなりやすいだけじゃない?」
「おい!」
パウロが声を上げた。
俺はさっと視線を逸らす。
少々、言いすぎたかもしれない。
それでも、今回は話を聞いてもらえてよかった。
俺は原作を知っている。だから、今日の出来事がルーデウスにとって大切な出会いにつながることも知っていた。
だが、知識があるからといって、目の前の出来事をすべて思い通りにできるわけではない。
ルーデウスがシルフとどう付き合っていくかも、二人がこれから築いていく関係も、俺が決めることではなかった。
俺ができるのは、必要な時に少し手を貸すことくらいだ。
「さて、アル。明日の訓練だが――」
「待って。なんで今その話になるの?」
「今日の反省点が多かったからな!」
嫌な予感がした。
どうやら、明日の訓練も休みにはならないらしい。