無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
翌朝、空は昨日の雨が嘘だったかのように晴れ渡っていた。
俺は庭に出ると、いつものように訓練用の木剣を手に取った。鎧の留め具を確かめ、腕を回して動きに問題がないことを確認する。
雨の日に休めたのはよかったが、訓練を一日休めば、それだけ先に進むのが遅れる。
……まあ、昨日は仕方ない。
「アル、準備はできたか?」
「いつでもいいよ、父さん」
パウロが木剣を構える。
俺も構えを取った。
昨日の騒ぎについて、パウロはそれ以上何も言わなかった。ルディにも話をしたのだろう。家の中で顔を合わせた時、ルディはいつもより少しだけ落ち着かない様子だった。
ただ、俺から何か聞くつもりはなかった。
原作知識で知っている出来事だからといって、俺がすべてを確認しなければならない理由はない。ルディとシルフィの間で解決することなら、本人たちに任せておけばいい。
俺には俺の訓練がある。
「いくぞ!」
パウロの木剣が迫る。
俺は正面から受けず、半歩だけ横へずれて攻撃を流した。そこから反撃へ移ろうとするが、パウロはすでに次の動作に入っていた。
木剣が肩口へ迫る。
俺は慌てて剣を引き戻し、かろうじて受け止めた。
「遅い!」
「分かってる!」
衝撃が腕に響く。
結局、俺は体勢を崩され、地面に片膝をついた。
「攻撃を流す判断は悪くない。だが、その後の動きが遅れている。相手が次に何をするか、考えるだけじゃ駄目だ。考えながら動け」
「それができたら苦労しないんだけどな……」
「だから訓練しているんだろうが!」
パウロの声が庭に響いた。
俺は立ち上がり、もう一度木剣を構える。
昨日の騒ぎを気にしている暇はない。
強くなるためというより、将来、無駄な危険を避けられるようになるために。俺は今日も剣を振るった。
◇
昼前、訓練を終えて家に戻ると、居間でルディとシルフが一緒にいた。
二人の間に、昨日のような騒がしさはない。
シルフは少し緊張した様子で座っていたが、ルディが何か話しかけると、小さく頷いた。
「……昨日は、ごめん」
ルディが頭を下げる。
「ぼ、僕、シルフが男の子だと思ってて……その、驚かせるつもりじゃなかったんだ」
「う、うん。もういいよ」
シルフはまだ少し気まずそうだったが、ルディの謝罪を受け入れたようだった。
俺は二人の様子を横目で見ながら、食卓の水差しに手を伸ばした。
なるほど。ひとまず仲直りはできたらしい。
それなら問題ない。
「アル兄さん、聞いてたの?」
ルディがこちらを振り返った。
「何を?」
「いや、今の話……」
「謝ってたのは聞こえたけど、それだけだよ」
俺は水を飲み、肩をすくめた。
「ちゃんと謝れたならいいんじゃないか?」
ルディは何か言いたそうにしていたが、結局、口を閉じた。
俺はそれ以上追及しなかった。
原作を知っている俺にとって、二人の関係がこれからどう変化していくかは、ある程度予想できる。
だが、予想できることと、口を出すべきことは別だ。
そもそも、俺が余計なことを言って二人の関係をこじらせたら、それこそ面倒である。
「それより、今日は何をして遊ぶんだ?」
俺が尋ねると、ルディは少し安心したように表情を緩めた。
「今日は外で魔術の練習をしようと思ってる。昨日は途中で雨が降ってきたから」
「そうか。今度は天気に気をつけろよ」
「分かってるよ!」
ルディはむっとした顔をした。
シルフが隣で小さく笑う。
二人の間に、少しずついつもの空気が戻っていた。
俺はその様子を確認すると、居間を後にした。
◇
午後、俺は自分の装備の手入れをしていた。
金属部分に汚れが残っていないかを確かめ、留め具を一つずつ点検する。鎧は身を守るための道具だ。手入れを怠れば、いざという時に役に立たない。
剣の稽古と同じくらい、こういう地味な作業も大切だった。
「アル、また鎧をいじっているのか?」
声をかけてきたのはパウロだった。
「いじってるんじゃなくて、手入れだよ」
「はいはい。だが、夢中になりすぎるなよ。夕食の時間には戻ってこい」
「分かってる」
パウロは笑いながら立ち去った。
俺は再び鎧へ視線を戻す。
いつか全身を覆う黒い鎧を手に入れる。
そのためにも、今の装備を大切に扱い、剣術も磨いていく必要がある。
目立ちたいわけじゃない。英雄になりたいわけでもない。
ただ、危険な目に遭わず、できるだけ安心して生きていきたい。
そのために必要な努力なら、惜しむつもりはなかった。
窓の外から、ルディとシルフの楽しそうな声が聞こえてくる。
俺は一度だけそちらを見て、それから作業に戻った。
二人は二人で、少しずつ関係を築いていけばいい。
俺は俺のやるべきことをやる。
それで十分だった。