無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第18話 緊急家族会議

その日の夕食後、俺は自室で鎧の手入れをしていた。

 

金具の緩みを確かめ、革紐の状態を確認する。将来、黒い全身鎧を身につけた剣士になるためにも、今ある装備を大切に扱うことは欠かせない。

 

そんな平穏な時間は、母さんの声によって唐突に終わりを告げた。

 

「アル、ルディ。二人とも、居間に来なさい」

 

いつもと変わらない声。

 

……なのに、なぜか嫌な予感がした。

 

俺は手入れ道具を片付け、居間へ向かった。

 

そこには、ゼニス、パウロ、リーリャが揃っていた。

 

パウロは妙に背筋を伸ばして座り、リーリャはいつも通り静かに控えている。

 

そして、ゼニスの表情は真剣そのものだった。

 

「……何かあったの?」

 

ルディが俺の隣で尋ねた。

 

「さあな」

 

俺は短く答えた。

 

もちろん、原作知識から察しはついていた。

 

だが、ここで俺が先回りして何かを言うわけにもいかない。

 

「二人とも、座ってちょうだい」

 

ゼニスに促され、俺たちはソファに腰を下ろした。

 

家族全員が揃ったところで、ゼニスが口を開いた。

 

「今日は、大事な話があります」

 

その言葉に、ルディが首を傾げる。

 

パウロはというと、目に見えて落ち着きがなかった。

 

……父さん、分かりやすすぎないか?

 

「実はね、私……赤ちゃんができたの」

 

「えっ?」

 

ルディが目を丸くした。

 

俺は表情を変えずに頷いた。

 

「そうなんだ。おめでとう、母さん」

 

「ありがとう、アル」

 

ゼニスは少し照れくさそうに微笑んだ。

 

ルディもすぐに笑顔になった。

 

「本当? 僕、お兄ちゃんになるんだ!」

 

「そうよ。アルもルディも、お兄ちゃんになるの」

 

ゼニスは嬉しそうだった。

 

家族が増える。

 

普通なら、喜ばしい話だ。

 

俺も弟か妹が生まれること自体には異論がない。家族が増えるのは、悪いことではないだろう。

 

ただし。

 

俺の視線は、パウロへと向いた。

 

父さんは、なぜそんなに顔色が悪いのだろうか。

 

その答えは、すぐに明らかになった。

 

「……それで、もう一つ話があります」

 

ゼニスが続けた。

 

今度はリーリャへ視線を向ける。

 

「リーリャも、妊娠しているそうです」

 

居間が静まり返った。

 

ルディは口を開けたまま固まっている。

 

俺は心の中で、そっと額を押さえた。

 

来たか。

 

原作知識で知っていた出来事だ。

 

ゼニスが妊娠し、その後にリーリャの妊娠が明らかになる。パウロの浮気が発覚し、家庭内で大騒動になる。

 

知識として知っていたからといって、目の前で起きれば気まずいものは気まずい。

 

しかも今回は、俺もその場にいる。

 

「……父さん?」

 

ルディが、ゆっくりとパウロを見た。

 

「いや、その……これはだな……」

 

パウロは言葉に詰まった。

 

ゼニスの笑顔は消えていた。

 

「パウロ」

 

「は、はい」

 

「説明してもらえるかしら?」

 

「……はい」

 

パウロの声が小さくなる。

 

俺は心の中で呟いた。

 

頑張れ、父さん。

 

いや、やっぱり頑張らなくていいから、正直に話してくれ。

 

◇

 

パウロは、リーリャとの関係について説明を始めた。

 

きっかけは、以前のことだった。

 

パウロが酒に酔い、リーリャと関係を持ってしまった。そして、それが一度きりでは終わらず、今回の妊娠につながったのだという。

 

説明を聞くほどに、パウロの立場が悪くなっていく。

 

当然だ。

 

ゼニスは妻であり、リーリャはこの家で働く使用人だ。

 

家の主人が使用人に手を出し、その結果として二人とも妊娠した。

 

家庭内の問題として、簡単に済ませられる話ではない。

 

「……そう」

 

ゼニスは静かに言った。

 

その静けさが、かえって怖かった。

 

パウロは深く頭を下げた。

 

「すまない、ゼニス。俺が悪かった」

 

「ええ。あなたが悪いわね」

 

即答だった。

 

パウロは何も言い返せなかった。

 

ルディは俺の隣で、状況を理解しようとしているようだった。

 

まあ、無理もない。まだ子供のルディにとって、父親の浮気だの、使用人の妊娠だのと言われても、すぐには理解できないだろう。

 

俺は詳しい事情を知らない、という顔をして話を聞いていた。

 

もちろん、実際には知っている。

 

原作知識がある俺にとって、ゼニスの妊娠が発覚した後にリーリャの妊娠も判明し、パウロの浮気が家族に知られるという展開は、記憶にあるものだった。

 

ただし、目の前で起きていることが、記憶している原作と寸分違わず同じというわけでもない。

 

細かい経緯や、その場にいる人間の反応には、わずかな違いがある。

 

俺がこの世界に存在している時点で、完全に同じ物語になるはずもないのだろう。

 

……まあ、概ね一緒だからいいんだけどさ。

 

今のところ、俺に直接関係するような変化はない。

 

ゼニスが怒るのも当然だし、パウロが責任を問われるのも当然。リーリャも自分のしたことを理解しているようだ。

 

なら、俺がわざわざ口を挟む必要はない。

 

原作知識があるからといって、すべてを思い通りに動かせるわけじゃないし、すべての出来事に介入するつもりもない。

 

俺はあくまで、この世界で生きている一人の人間だ。

 

自分にできることをして、余計な面倒には首を突っ込まない。

 

それが、俺の基本方針だった。

 

「リーリャ」

 

ゼニスが呼びかけた。

 

「はい」

 

リーリャは静かに頭を下げた。

 

「あなたも、話したいことがあるでしょう?」

 

「……私は、奥様に対して申し開きのできないことをいたしました」

 

リーリャは目を伏せた。

 

「どのような処分も、受け入れるつもりでおります」

 

その言葉に、ゼニスはしばらく黙っていた。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「私は、あなたをすぐに許せるわけではありません」

 

「はい」

 

「でも、お腹の子に罪はないわ」

 

リーリャが顔を上げた。

 

ゼニスは厳しい表情のまま、続けた。

 

「この子をどうするかは、これから考えましょう。あなたにも、パウロにも、きちんと責任を取ってもらいます」

 

「……ありがとうございます」

 

リーリャの声が、わずかに震えた。

 

パウロは深く頭を下げたまま、動かなかった。

 

俺はその様子を見て、内心で息を吐いた。

 

ゼニスは怒っている。

 

当然だろう。

 

それでも、子供には罪がないと考え、これからのことを話し合おうとしている。

 

母さんは強い人だ。

 

そして、父さんは後で相当大変なことになるだろう。

 

……自業自得だけどな。

 

◇

 

話し合いは、しばらく続いた。

 

リーリャをこの家から追い出すのか。

 

生まれてくる子供をどうするのか。

 

これからの家族関係をどうするのか。

 

決めなければならないことは、いくつもあった。

 

最終的に、ゼニスはリーリャを家から追い出さず、子供も受け入れる方向で話を進めることにした。

 

ただし、パウロには厳しい条件が付けられた。

 

「パウロ。これからは、家族に対して誠実でいること。リーリャにも、私にも、子供たちにもね」

 

「……分かった」

 

「分かっただけでは駄目よ。行動で示してちょうだい」

 

「はい……」

 

普段は豪快なパウロも、この時ばかりは完全にしおれていた。

 

ルディはまだ複雑そうな顔をしていたが、話し合いが終わる頃には、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

俺も、余計なことは言わなかった。

 

原作知識を持っているからといって、すべての出来事に介入する必要はない。

 

ただ、原作と概ね同じ結末に向かっているからといって、今後も同じことが起きると決めつけるのも危険だろう。

 

ほんの小さな違いが、いつか大きな変化につながる可能性だってある。

 

だからこそ、知識に頼り切るのではなく、目の前の状況を見て判断する必要がある。

 

……まあ、今回に関しては、父さんが自分のやらかしの責任を取る。それだけの話だ。

 

「アル?」

 

ゼニスに呼ばれて、俺は顔を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、これから家族が増えるんだなと思って」

 

そう答えると、ゼニスの表情が少し和らいだ。

 

「そうね。あなたたちも、お兄ちゃんとして手伝ってくれると嬉しいわ」

 

「できる範囲ならね」

 

「もう、アルったら」

 

ゼニスが苦笑した。

 

ルディも、ようやくいつもの調子を取り戻したようだった。

 

「僕も、弟か妹が生まれるの楽しみだよ!」

 

「そうね。二人とも、きっと可愛がってくれるわ」

 

家族会議は、まだ完全に問題が解決したわけではない。

 

パウロが信頼を取り戻すには時間がかかるだろうし、ゼニスとリーリャの間にも、簡単には埋まらない溝が残るはずだ。

 

それでも、今日ここで話し合ったことで、少なくとも家族として前へ進む道はできた。

 

俺は立ち上がり、居間を出ようとした。

 

「アル、どこへ行くんだ?」

 

パウロが尋ねる。

 

「鎧の手入れの続き。今日はもう訓練も終わったし」

 

「……そうか」

 

パウロは少し気まずそうに目を逸らした。

 

俺はそれを見て、肩をすくめた。

 

父さん。

 

自分で蒔いた種なんだから、ちゃんと責任を取ってくれよ。

 

俺はそう心の中で呟き、自室へ戻った。

 

これから先、家族はさらに増える。

 

原作と同じ部分もあれば、少しずつ違っていく部分もあるだろう。

 

だからといって、俺がそのすべてを変えようとする必要はない。

 

俺は俺のやるべきことを続ける。

 

剣を磨き、鎧を整え、魔術を学ぶ。

 

いつか何が起きても、自分と大切な人たちを守れるように。

 

……まあ、まずは父さんが家庭内で生き残れることを祈っておこう。

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