無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

2 / 4
第2話 兄は鎧を脱ぎたくない

朝。

 

 窓から差し込む日差しが、俺の顔を容赦なく照らしていた。

 

 いや、正確には日差しが差し込むよりも前から、俺の意識は覚醒しかけていた。

 

 理由は簡単だ。

 

「アルベルト! 起きろ! 今日から鎧を着て訓練するぞ!」

 

 父、パウロ・グレイラットの声が響いたからである。

 

 ……うん。

 

 聞こえなかったことにしよう。

 

 俺は毛布を頭まで引き上げた。

 

「アルベルト!」

 

 聞こえない。

 

「おい、起きているだろ!」

 

 聞こえないったら聞こえない。

 

 俺は今、人生で最も重要な選択を迫られている。

 

 起きるか。

 

 起きないか。

 

 いや、待て。

 

 そもそも今日は鎧を着て訓練する日だったな。

 

 …………。

 

 やっぱり寝よう。

 

「起きろぉぉぉ!」

 

「うわっ!?」

 

 毛布を剥ぎ取られた。

 

 くそっ!

 

 この世界の父親、朝から容赦がなさすぎる!

 

「父さん、まだ眠いんだけど……」

 

「剣士がそんなことでどうする! 鎧を着て戦うなら、普段から慣れておかなきゃならん!」

 

「いや、でも、普通に剣の練習だけじゃダメ?」

 

「ダメだ!」

 

 即答だった。

 

 俺は天井を見上げた。

 

 ああ、前世の俺よ。

 

 もし生まれ変わりなんてものがあると知っていたら、もう少し慎重に願い事をしただろうか。

 

 いや、どうだろう。

 

 全身鎧の剣士になりたいとは思った。

 

 思ったけどさ。

 

 毎朝こんなに早く起こされる人生は想定してなかったんだよ。

 

 かっこいい鎧を着て、颯爽と剣を振るう。

 

 それが俺の夢だった。

 

 なのに現実はどうだ。

 

 朝っぱらから叩き起こされ、重い鎧を着せられ、汗だくになりながら剣を振るう。

 

 夢と現実の落差がひどい。

 

 誰だよ、こんな人生を設計したやつ。

 

 ……俺か。

 

 くそっ、自業自得じゃねえか。

 

     ◇

 

 庭に出ると、すでにルーデウスがいた。

 

「兄さん、おはようございます!」

 

「おう……おはよう」

 

 元気だな、お前。

 

 なんでそんなに朝からやる気があるんだ。

 

 俺はまだ半分くらい夢の中にいるぞ。

 

 ルーデウスは俺の姿を見ると、目を輝かせた。

 

「今日も鎧を着て訓練するんですね!」

 

「……そうだな」

 

 できれば着たくない。

 

 いや、鎧自体は好きなんだ。

 

 見た目は最高だし、身につけると強くなった気がする。

 

 問題は、着ると重いことだ。

 

 そして暑い。

 

 さらに、脱ぐのが面倒くさい。

 

 なんという三重苦。

 

 だが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。

 

 なぜなら、俺は自分から鎧を欲しがった男だからだ。

 

 今さら「やっぱりいらない」と言ったら、パウロに何を言われるかわからない。

 

 それに、ルーデウスの前で格好悪い姿を見せるのも、なんとなく嫌だった。

 

 兄としての威厳というやつだ。

 

 ……いや、別にそんな大層なものじゃないけど。

 

 とにかく、俺は黙って鎧を身につけた。

 

 胸当て。

 

 肩当て。

 

 腕を守る防具。

 

 脚を覆う防具。

 

 最後に兜。

 

 よし。

 

 完成だ。

 

 鏡があったら、しばらく自分の姿を眺めていたい。

 

 かっけえ。

 

 やっぱり鎧って最高だな。

 

 ……重いけど。

 

「兄さん……」

 

 ルーデウスが、感極まったような声を出した。

 

「ん?」

 

「すごいです。鎧を着ることを、もう完全に自分の一部にしているんですね」

 

「……え?」

 

 何を言ってるんだ、こいつ。

 

 いや、違う。

 

 自分の一部というか、単に着ているだけなんだが。

 

「普通なら、重い鎧を着て動くことを嫌がると思います。でも兄さんは、最初からそれを当たり前のこととして受け入れている……」

 

 ルーデウスは何やら真剣な顔で俺を見つめていた。

 

「剣士としての理想が、しっかり定まっているんですね」

 

 ……。

 

 ……うん?

 

 いや、待て。

 

 何かがおかしい。

 

 俺はただ、鎧がかっこいいから着ているだけだ。

 

 重いのも暑いのも、できるなら避けたい。

 

 でも、ここで「いや、普通にかっこいいから」と言ったら、なんだか今までの努力まで台無しになりそうな気がする。

 

 どうしよう。

 

 否定するべきか?

 

 それとも、適当に頷いておくべきか?

 

 ……面倒くさいし、頷いておこう。

 

「……まあ、そんなところだ」

 

 俺は重々しく頷いた。

 

 その瞬間、ルーデウスの目がさらに輝いた。

 

「やっぱり……!」

 

 何がやっぱりなんだよ。

 

 怖いんだけど。

 

     ◇

 

「よし、まずは歩くところからだ!」

 

 パウロの声が飛んできた。

 

「鎧を着た状態で、庭を十周しろ!」

 

「……十周?」

 

「ああ!」

 

 俺は思わず空を見上げた。

 

 十周。

 

 十周か。

 

 この鎧を着て?

 

 まだ朝だぞ?

 

 俺、さっき起きたばかりなんだけど。

 

 せめて五周くらいじゃダメかな。

 

「父さん、五周じゃ……」

 

「十周だ!」

 

 はい。

 

 交渉決裂。

 

 俺は諦めて歩き始めた。

 

 一周目。

 

 まあ、まだいける。

 

 二周目。

 

 ちょっと肩が重い。

 

 三周目。

 

 暑い。

 

 四周目。

 

 兜の中が蒸れてきた。

 

 五周目。

 

 もう半分か。

 

 いや、まだ半分もあるのか。

 

 六周目。

 

 足が重い。

 

 七周目。

 

 なんで俺は鎧なんか欲しがったんだろう。

 

 八周目。

 

 いや、見た目はいいんだよ。

 

 見た目は。

 

 九周目。

 

 早く終われ。

 

 十周目。

 

 終わったぁぁぁ!

 

 俺はその場にしゃがみ込んだ。

 

 いや、正確には鎧が重すぎて、しゃがみ込む動作すら大変だった。

 

「はあ……はあ……」

 

 息が切れる。

 

 汗が流れる。

 

 暑い。

 

 重い。

 

 もう帰って寝たい。

 

「よく頑張ったな、アルベルト!」

 

 パウロが満足そうに笑った。

 

「最初は鎧に振り回されるものだが、最後まで姿勢を崩さなかったな!」

 

 ……そうかな?

 

 いや、途中で何度も崩れかけたけど。

 

「普通なら途中で嫌になって、動きが雑になる。だが、お前は最後まで一定のペースを保っていた」

 

 いや、違うんです。

 

 途中で走ったりしたら、余計に疲れると思っただけなんです。

 

 なるべく省エネで動いていただけなんです。

 

「鎧を着た状態での動き方を、もう理解し始めているのかもしれんな」

 

 パウロは感心したように頷いた。

 

 ……。

 

 まあ、褒められて悪い気はしない。

 

 俺はとりあえず、笑顔を作った。

 

「……ありがとうございます、父さん」

 

 すると、パウロはさらに嬉しそうな顔をした。

 

「よし! 次は剣を持って素振りだ!」

 

 …………。

 

 前言撤回。

 

 褒められても、いいことばかりじゃない。

 

     ◇

 

 素振りは、地獄だった。

 

 鎧を着たまま剣を振る。

 

 たったそれだけのことなのに、腕が重い。

 

 肩が痛い。

 

 いつもなら簡単にできる動きが、妙にぎこちなくなる。

 

 それでも、俺はなるべく無駄な力を使わないように剣を振った。

 

 一回。

 

 二回。

 

 三回。

 

 ……ああ、これ、どうすれば楽になるんだろう。

 

 腕だけで振ると疲れる。

 

 だったら、体全体を使えばいいのか?

 

 いや、でも、それだと今度は足腰に負担がかかる。

 

 うーん。

 

 難しいな。

 

 剣術って、ただ力任せに振ればいいってわけじゃないんだな。

 

 そんなことを考えながら、俺は少しずつ体の使い方を調整していった。

 

 剣を振るたびに、ほんのわずかに感覚が変わる。

 

 腕の力だけに頼るより、腰を使ったほうが楽だ。

 

 足の位置を少し変えると、踏ん張りやすくなる。

 

 鎧の重さに引っ張られないように、体の軸を意識する。

 

 ……お?

 

 なんか、さっきより楽になった気がする。

 

 これなら、もう少し続けられそうだ。

 

「ほう……」

 

 パウロが感心したような声を漏らした。

 

「鎧の重さに合わせて、動きを修正しているのか」

 

 いや、単純に疲れたくないだけです。

 

「最小限の動きで、効率よく剣を振ろうとしている……」

 

 違います。

 

 できるだけ楽をしたいだけです。

 

「なるほどな。鎧を着た状態での戦い方を、すでに模索しているわけか」

 

 違うってば。

 

 俺はただ、早く訓練を終わらせたいだけなんだよ!

 

 ……とは、さすがに言えなかった。

 

 だって、父さんの目がキラキラしている。

 

 なんかもう、期待に満ちあふれている。

 

 ここで「いや、面倒くさいからです」なんて言ったら、絶対に余計な訓練が増える。

 

 俺の勘がそう告げていた。

 

 だから俺は、黙って素振りを続けた。

 

 すると、パウロは腕を組み、深く頷いた。

 

「よし。明日からは、鎧を着たまま剣術の基礎を徹底的に鍛えよう」

 

 ……。

 

 ……あれ?

 

 なんか、嫌な予感がする。

 

     ◇

 

 訓練が終わった頃には、俺は完全にへばっていた。

 

 鎧を脱ぐのも一苦労だ。

 

 兜を外す。

 

 腕の防具を外す。

 

 肩当てを外す。

 

 胸当てを外す。

 

 ……ああ、面倒くさい。

 

 着るのも面倒だけど、脱ぐのも面倒だな。

 

 これ、もっと簡単に着脱できるようにならないだろうか。

 

 いっそ、鎧が勝手に着脱してくれればいいのに。

 

 いや、そんな都合のいいものがあるわけないか。

 

 俺は外した鎧を眺めた。

 

 やっぱり、かっこいい。

 

 見た目だけなら、何時間でも眺めていられる。

 

 ……着ていると暑いけど。

 

「兄さん、お疲れさまです!」

 

 ルーデウスがやってきた。

 

「……おう」

 

「今日の訓練、すごかったです!」

 

「そうか?」

 

「はい! 鎧の重さに苦戦しながらも、少しずつ動きを最適化していくなんて……」

 

 待て待て待て。

 

 なんだ、その大げさな表現は。

 

 俺は疲れない方法を探していただけだぞ。

 

「僕も、もっと頑張らないといけませんね!」

 

 ルーデウスは拳を握りしめた。

 

「兄さんが剣術を極めようとしているなら、僕も魔術をもっと勉強します!」

 

 ……おう。

 

 頑張れ、弟よ。

 

 俺としては、できればお前には魔術を極めてほしい。

 

 そうすれば、俺が面倒な相手と戦わずに済む場面も増えるかもしれない。

 

 いや、冗談だ。

 

 半分くらいは。

 

「兄さんみたいに、明確な理想を持てるようになりたいです!」

 

 ……理想。

 

 理想ねえ。

 

 俺の理想は、強くなって、できれば痛い目に遭わず、快適に暮らすことだ。

 

 あと、かっこいい鎧を着たい。

 

 それだけだ。

 

 でも、それを真面目に語るのは、なんだか恥ずかしい。

 

「……自分のペースで頑張ればいいさ」

 

 俺は適当にそう答えた。

 

 すると、ルーデウスは深く頷いた。

 

「自分のペース……。なるほど、焦らずに積み重ねることが大切なんですね」

 

 ……。

 

 違う。

 

 いや、間違ってはいないけど、そういう意味で言ったんじゃない。

 

 俺はただ、無理するなと言っただけだ。

 

 だが、ルーデウスはすでに何かを納得したような顔をしていた。

 

 ……まあ、いいか。

 

 弟がやる気になっているなら、それはそれでいいことだ。

 

 俺は鎧を抱え、家の中へと戻った。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 俺はベッドに寝転がりながら、今日の訓練を振り返っていた。

 

 鎧を着たまま走る。

 

 剣を振る。

 

 動きを工夫する。

 

 ……うん。

 

 正直、しんどい。

 

 でも、まあ。

 

 少しだけ、収穫もあった。

 

 鎧を着ていると動きづらいが、体の使い方を工夫すれば、ある程度は動きやすくなる。

 

 剣術も、力任せに振るだけでは効率が悪い。

 

 そんな当たり前のことを、身をもって学べた。

 

 それに、俺はこの世界で生きていかなければならない。

 

 前世の知識があるからといって、危険がなくなるわけじゃない。

 

 強くなっておくに越したことはないだろう。

 

 ……まあ、できれば苦労せずに強くなりたいけど。

 

 そんな都合のいい話、あるわけないよな。

 

 俺は寝返りを打った。

 

 明日も訓練か。

 

 はあ。

 

 面倒くさい。

 

 でも、鎧はかっこいい。

 

 この二つの気持ちが、俺の中でせめぎ合っていた。

 

 そして、最終的に勝つのは――

 

 たぶん、かっこよさのほうだ。

 

 だって、せっかく転生したんだ。

 

 どうせなら、好きな格好をして生きていきたいじゃないか。

 

 俺は目を閉じた。

 

 明日こそ、少しでも楽に訓練を終わらせよう。

 

 そう心に誓いながら。

 

 なお、翌朝もパウロに叩き起こされることになるのだが、それはまた別の話である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。