無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
ある日の朝。
グレイラット家では、家族全員が食卓を囲んで朝食を取っていた。
ゼニスとリーリャが用意した料理が並び、パウロはノルンをあやしながら食事をしている。リーリャのそばではアイシャが静かに眠っていた。
以前と比べて、食卓はずいぶん賑やかになった。
そんな中、ルディが食事の手を止め、パウロに声をかけた。
「父さん、お願いがあるんだけど」
「ん? どうした、ルディ」
パウロがパンを置いて息子を見る。
「僕、ラノア魔法大学に行きたいんだ」
その言葉に、ゼニスが驚いたように顔を上げた。
「ラノア魔法大学?」
「うん。最近、魔術の勉強が行き詰まっているんだ。今の環境では、これ以上の成長が難しいと思って。それで、もっと高度な魔術を学べる場所に行きたいんだ」
ルディは真剣な表情で説明した。
魔術に関して、こいつが努力を惜しまないことは家族全員が知っている。
幼い頃から独学で魔術を身につけ、ロキシーの指導を受けてからも、毎日のように鍛錬を続けてきた。
そんなルディが行き詰まりを感じているというのなら、本人なりに考えた末の願いなのだろう。
「それでね、シルフィにも話したんだ」
「シルフィちゃんに?」
ゼニスが尋ねる。
「うん。そしたら、置いて行かないでくれって泣きつかれちゃってさ」
「はははっ! 誰に似たんだろうな、その女たらしっぷりは!」
パウロが豪快に笑った。
「父さん! そういう話じゃないよ!」
ルディが慌てて否定する。
俺は黙って食事を続けた。
シルフィも一緒に行きたいと言ったのか。
まあ、あの二人の仲を考えれば不思議ではない。
ルディは少し咳払いをしてから、話を続けた。
「それで、シルフィの家はうちほどお金に余裕がないんだ。だから、シルフィも一緒に行けるように、お金を出してくれないかな?」
「なるほどな」
パウロは腕を組んだ。
そして、少し考えたあとに答えた。
「ダメだ」
「えっ?」
「理由はいくつかある。まず、お前一人なら何とかなるかもしれないが、二人となると厳しい。うちだって、金が湯水のようにあるわけじゃないんだ」
「でも……」
「それに、お前たちは大学に行くには幼すぎる」
パウロの言葉ははっきりしていた。
ルディは不満そうに口を閉じる。
しかし、すぐに諦めるつもりはないようだった。
「じゃあ、仕事を紹介してくれませんか」
「仕事?」
「うん。自分でお金を稼ぐよ。シルフィの分も、できるだけ自分で何とかしたいんだ」
パウロは息子の顔をじっと見つめた。
「……分かった。仕事を探してみる」
「本当?」
「ああ。ただし、無理な仕事はさせられないぞ」
「ありがとう、父さん!」
ルディは嬉しそうに笑った。
俺はそのやり取りを眺めながら、食事を終えた。
どうやら、ルディの旅立ちは思っていたより早くなりそうだ。
◇
それから数週間が経った。
ある日、グレイラット家に一人の女性が訪れた。
長い髪に獣の耳、そして腰には業物の剣。
その姿を見た瞬間、俺は彼女の正体を理解した。
ギレーヌ・デドルディア。
ボレアス家に仕える剣王だ。
「久しぶりだな、パウロ」
「ギレーヌか。わざわざ来てもらって悪いな」
「依頼の子供はどいつだ?」
「こいつだ」
パウロがルディの肩に手を置いた。
ギレーヌはルディを見下ろす。
「お前がルーデウスか?」
「はい。そうです」
ルディは礼儀正しく答えていた。
だが、その目はギレーヌの獣耳と尻尾に釘付けになっている。
(獣人キターーーッ!!)
……そんな心の声が聞こえてきそうな顔だ。
俺は思わず小さく息を吐いた。
ルディらしいといえば、ルディらしい。
ギレーヌは特に気にした様子もなく、パウロと仕事の確認を始めた。
その間、パウロはルディの方を見ていた。
そして、少し離れたところにいた俺にも視線を向ける。
俺は事前にパウロから話を聞いていた。
ルディがボレアス家へ向かうこと。
そして、そのためにシルフィと距離を置かせる必要があること。
俺は事情を知ったうえで、この場にいる。
だから、パウロがこれから何をするのかも分かっていた。
「ルディ」
「何、父さん?」
パウロの声に、ルディが振り返る。
「お前、シルフィとは距離を取れ」
「……は?」
ルディの表情が固まった。
「嫌に決まってるでしょ」
即答だった。
パウロは困ったように頭をかく。
「そうだよなぁ……」
その声には、どこか申し訳なさそうな響きがあった。
だが、次の瞬間。
パウロが手にしていた木剣を振るった。
「父さん!?」
ルディはとっさに反応した。
身を引き、抵抗しようとする。
しかし、相手はパウロだ。
剣術の腕では、まだまだ大きな差がある。
ルディが体勢を整えるよりも早く、パウロの木剣がその動きを封じた。
「悪く思うなよ、ルディ」
「ちょっ、父さん……!」
抵抗は続いたが、長くは持たなかった。
パウロはあっさりとルディを鎮圧し、気絶させる。
俺はその様子を黙って見守っていた。
……相変わらず、容赦がない。
もっとも、ここで俺が口を挟んだところで状況は変わらないだろう。
パウロは気絶したルディをギレーヌに引き渡した。
「こいつを頼む」
「分かった。任せておけ」
ギレーヌはルディを担ぎ直す。
「それじゃあ、行ってくる」
パウロが短く告げた。
ギレーヌは頷き、馬車へと歩き出す。
こうして、ルディはブエナ村を離れることになった。
◇
二人の姿が遠ざかっていく。
俺はその背中を静かに見送った。
ルーデウス・グレイラット。
俺の弟。
今日からボレアス家で新しい生活を始めることになる。
原作で知っている展開に近いとはいえ、実際に目の前で起きた出来事は、やはり少し違って見えた。
ルディは自分の意思で魔術を学びに行こうとした。
シルフィと一緒に行くために金を稼ごうとまでした。
その願いが叶わなかったことは、本人にとって悔しいだろう。
だが、これもルディ自身の人生だ。
俺ができることは、ここから先の弟を見守ることくらいだろう。
「アル」
パウロが俺を呼んだ。
「何?」
「ルディがいなくなると、少し寂しくなるな」
「そうだな」
「お前もそう思うか?」
「まあ、弟だからな」
そう答えると、パウロは少し笑った。
俺はもう一度、ルディが去っていった方向を見る。
……さて。
弟が旅立ったからといって、俺の日常が大きく変わるわけではない。
明日も剣の稽古はある。
魔術の練習も続けなければならない。
自分の身を守るための準備に終わりはない。
ルディが新しい場所で成長するように、俺もここで成長していこう。
そう考えながら、俺は家の中へ戻った。