無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第20話 弟旅立ち

ある日の朝。

 

グレイラット家では、家族全員が食卓を囲んで朝食を取っていた。

 

ゼニスとリーリャが用意した料理が並び、パウロはノルンをあやしながら食事をしている。リーリャのそばではアイシャが静かに眠っていた。

 

以前と比べて、食卓はずいぶん賑やかになった。

 

そんな中、ルディが食事の手を止め、パウロに声をかけた。

 

「父さん、お願いがあるんだけど」

 

「ん? どうした、ルディ」

 

パウロがパンを置いて息子を見る。

 

「僕、ラノア魔法大学に行きたいんだ」

 

その言葉に、ゼニスが驚いたように顔を上げた。

 

「ラノア魔法大学?」

 

「うん。最近、魔術の勉強が行き詰まっているんだ。今の環境では、これ以上の成長が難しいと思って。それで、もっと高度な魔術を学べる場所に行きたいんだ」

 

ルディは真剣な表情で説明した。

 

魔術に関して、こいつが努力を惜しまないことは家族全員が知っている。

 

幼い頃から独学で魔術を身につけ、ロキシーの指導を受けてからも、毎日のように鍛錬を続けてきた。

 

そんなルディが行き詰まりを感じているというのなら、本人なりに考えた末の願いなのだろう。

 

「それでね、シルフィにも話したんだ」

 

「シルフィちゃんに?」

 

ゼニスが尋ねる。

 

「うん。そしたら、置いて行かないでくれって泣きつかれちゃってさ」

 

「はははっ! 誰に似たんだろうな、その女たらしっぷりは!」

 

パウロが豪快に笑った。

 

「父さん! そういう話じゃないよ!」

 

ルディが慌てて否定する。

 

俺は黙って食事を続けた。

 

シルフィも一緒に行きたいと言ったのか。

 

まあ、あの二人の仲を考えれば不思議ではない。

 

ルディは少し咳払いをしてから、話を続けた。

 

「それで、シルフィの家はうちほどお金に余裕がないんだ。だから、シルフィも一緒に行けるように、お金を出してくれないかな?」

 

「なるほどな」

 

パウロは腕を組んだ。

 

そして、少し考えたあとに答えた。

 

「ダメだ」

 

「えっ?」

 

「理由はいくつかある。まず、お前一人なら何とかなるかもしれないが、二人となると厳しい。うちだって、金が湯水のようにあるわけじゃないんだ」

 

「でも……」

 

「それに、お前たちは大学に行くには幼すぎる」

 

パウロの言葉ははっきりしていた。

 

ルディは不満そうに口を閉じる。

 

しかし、すぐに諦めるつもりはないようだった。

 

「じゃあ、仕事を紹介してくれませんか」

 

「仕事?」

 

「うん。自分でお金を稼ぐよ。シルフィの分も、できるだけ自分で何とかしたいんだ」

 

パウロは息子の顔をじっと見つめた。

 

「……分かった。仕事を探してみる」

 

「本当?」

 

「ああ。ただし、無理な仕事はさせられないぞ」

 

「ありがとう、父さん!」

 

ルディは嬉しそうに笑った。

 

俺はそのやり取りを眺めながら、食事を終えた。

 

どうやら、ルディの旅立ちは思っていたより早くなりそうだ。

 

◇

 

それから数週間が経った。

 

ある日、グレイラット家に一人の女性が訪れた。

 

長い髪に獣の耳、そして腰には業物の剣。

 

その姿を見た瞬間、俺は彼女の正体を理解した。

 

ギレーヌ・デドルディア。

 

ボレアス家に仕える剣王だ。

 

「久しぶりだな、パウロ」

 

「ギレーヌか。わざわざ来てもらって悪いな」

 

「依頼の子供はどいつだ?」

 

「こいつだ」

 

パウロがルディの肩に手を置いた。

 

ギレーヌはルディを見下ろす。

 

「お前がルーデウスか?」

 

「はい。そうです」

 

ルディは礼儀正しく答えていた。

 

だが、その目はギレーヌの獣耳と尻尾に釘付けになっている。

 

(獣人キターーーッ!!)

 

……そんな心の声が聞こえてきそうな顔だ。

 

俺は思わず小さく息を吐いた。

 

ルディらしいといえば、ルディらしい。

 

ギレーヌは特に気にした様子もなく、パウロと仕事の確認を始めた。

 

その間、パウロはルディの方を見ていた。

 

そして、少し離れたところにいた俺にも視線を向ける。

 

俺は事前にパウロから話を聞いていた。

 

ルディがボレアス家へ向かうこと。

 

そして、そのためにシルフィと距離を置かせる必要があること。

 

俺は事情を知ったうえで、この場にいる。

 

だから、パウロがこれから何をするのかも分かっていた。

 

「ルディ」

 

「何、父さん?」

 

パウロの声に、ルディが振り返る。

 

「お前、シルフィとは距離を取れ」

 

「……は?」

 

ルディの表情が固まった。

 

「嫌に決まってるでしょ」

 

即答だった。

 

パウロは困ったように頭をかく。

 

「そうだよなぁ……」

 

その声には、どこか申し訳なさそうな響きがあった。

 

だが、次の瞬間。

 

パウロが手にしていた木剣を振るった。

 

「父さん!?」

 

ルディはとっさに反応した。

 

身を引き、抵抗しようとする。

 

しかし、相手はパウロだ。

 

剣術の腕では、まだまだ大きな差がある。

 

ルディが体勢を整えるよりも早く、パウロの木剣がその動きを封じた。

 

「悪く思うなよ、ルディ」

 

「ちょっ、父さん……!」

 

抵抗は続いたが、長くは持たなかった。

 

パウロはあっさりとルディを鎮圧し、気絶させる。

 

俺はその様子を黙って見守っていた。

 

……相変わらず、容赦がない。

 

もっとも、ここで俺が口を挟んだところで状況は変わらないだろう。

 

パウロは気絶したルディをギレーヌに引き渡した。

 

「こいつを頼む」

 

「分かった。任せておけ」

 

ギレーヌはルディを担ぎ直す。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

パウロが短く告げた。

 

ギレーヌは頷き、馬車へと歩き出す。

 

こうして、ルディはブエナ村を離れることになった。

 

◇

 

二人の姿が遠ざかっていく。

 

俺はその背中を静かに見送った。

 

ルーデウス・グレイラット。

 

俺の弟。

 

今日からボレアス家で新しい生活を始めることになる。

 

原作で知っている展開に近いとはいえ、実際に目の前で起きた出来事は、やはり少し違って見えた。

 

ルディは自分の意思で魔術を学びに行こうとした。

 

シルフィと一緒に行くために金を稼ごうとまでした。

 

その願いが叶わなかったことは、本人にとって悔しいだろう。

 

だが、これもルディ自身の人生だ。

 

俺ができることは、ここから先の弟を見守ることくらいだろう。

 

「アル」

 

パウロが俺を呼んだ。

 

「何?」

 

「ルディがいなくなると、少し寂しくなるな」

 

「そうだな」

 

「お前もそう思うか?」

 

「まあ、弟だからな」

 

そう答えると、パウロは少し笑った。

 

俺はもう一度、ルディが去っていった方向を見る。

 

……さて。

 

弟が旅立ったからといって、俺の日常が大きく変わるわけではない。

 

明日も剣の稽古はある。

 

魔術の練習も続けなければならない。

 

自分の身を守るための準備に終わりはない。

 

ルディが新しい場所で成長するように、俺もここで成長していこう。

 

そう考えながら、俺は家の中へ戻った。

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