無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第21話 弟がいない日常

ルーデウスが旅立ってから、家の中は少し静かになった。

 

朝食の席にあった弟の姿はなく、食卓で聞こえていた魔術の話も、シルフとの出来事もない。

 

ノルンはまだ小さく、アイシャも生まれたばかりだ。家の中が静かになったというより、騒がしさの種類が変わったというべきかもしれない。

 

俺の日常は、相変わらず訓練が中心だった。

 

剣術、魔術、身体を鍛えるための基礎訓練。どれも地味で、楽しいことばかりではない。

 

それでも、いざというときに動けない方が面倒だ。

 

「アル、今日は実戦形式を多めにやるぞ」

 

朝の訓練前、パウロが木剣を肩に担いで言った。

 

「また?」

 

「まただ。実戦で使えなきゃ意味がないからな」

 

俺は小さく息を吐き、木剣を構えた。

 

◇

 

最初は剣神流の打ち込みから始まった。

 

踏み込み、振り下ろし、引き戻す。基本の動作を繰り返し、速度と正確さを意識する。

 

パウロの剣は相変わらず速い。

 

こちらの攻撃を受け止めたと思えば、すぐに反撃が飛んでくる。俺はそれを避け、あるいは木剣で受けながら、次の動きを探した。

 

「もう一歩踏み込め!」

 

「分かってる!」

 

言われた通りに足を踏み込む。

 

その瞬間、いつもより身体が前に出た。

 

木剣がパウロの剣にぶつかり、乾いた音を立てる。

 

「……ん?」

 

パウロが一瞬だけ眉を動かした。

 

「どうしたの?」

 

「いや。今の打ち込み、少し重かったな」

 

「そう?」

 

自分ではいつも通りのつもりだった。

 

「気のせいか。続けるぞ」

 

その後は水神流の訓練に移った。

 

相手の攻撃を受け流し、隙を見て反撃する。力任せに受け止めるのではなく、剣の角度と身体の位置で攻撃を逸らす。

 

パウロの木剣が肩口へ迫る。

 

俺は反射的に剣を動かした。

 

カンッ!

 

受け流した木剣が、思ったよりも早く相手の懐へ戻る。

 

パウロは身体を引いて避けた。

 

「今の反応は悪くない」

 

「最近、少し慣れてきたのかも」

 

「そうかもしれんな」

 

パウロはそう答えたものの、俺の足元をちらりと見た。

 

俺は気づかなかった。

 

最後は北神流だ。

 

相手の意表を突き、状況に応じて動きを変える。わざと隙を見せたり、攻撃の軌道を変えたりする。

 

この流派は、型通りに動くだけでは通用しない。

 

俺はフェイントを交えながら攻めたが、パウロには簡単に見抜かれた。

 

「まだ動きが素直だな」

 

「父さんが相手だからだよ」

 

「相手のせいにするな」

 

そう言って、パウロは木剣を振る。

 

俺は身体をひねって避けた。

 

その動きも、いつもよりわずかに速かった。

 

パウロは何も言わなかった。

 

◇

 

昼前、休憩を挟んで実戦形式の訓練が始まった。

 

「今日は攻守を決めない。好きに攻めてこい」

 

「分かった」

 

俺は木剣を構え、パウロの動きをうかがった。

 

先に仕掛ければ、簡単に受け止められる。かといって待ち続けても、パウロの方から攻めてくる。

 

まずは距離を保ち、相手の踏み込みに合わせて動く。

 

パウロが一歩前へ出た。

 

俺はすぐに後退する。

 

その足運びに合わせて、パウロの木剣が伸びてきた。

 

右肩を狙った一撃。

 

俺は剣を傾け、軌道を逸らす。続けて反撃しようとしたが、パウロはすでに距離を取っていた。

 

「悪くない」

 

「どうも」

 

短く返し、再び構える。

 

今度は俺から仕掛けた。

 

右へ踏み込むと見せかけて、左へ体重を移す。北神流のフェイントを混ぜた動きだ。

 

パウロの視線がわずかに動いた。

 

そこを狙って踏み込む。

 

だが、パウロは俺の狙いを見抜いていた。

 

木剣が正面から迫る。

 

避けきれない。

 

そう判断した瞬間、身体が勝手に動いた。

 

足が地面を強く蹴る。

 

身体が軽い。

 

いつもなら届かない距離を、一瞬で詰めていた。

 

パウロの木剣が空を切る。

 

俺はその懐へ入り込み、木剣を振り上げた。

 

ガッ!

 

パウロの木剣が大きく弾かれた。

 

「なっ……!」

 

パウロの目が見開かれる。

 

俺自身も何が起きたのか分からなかった。

 

今の踏み込みは、明らかに普段と違った。腕に伝わった衝撃も、いつもの自分の力とは思えないほど重い。

 

「アル、止まれ!」

 

パウロの声で、俺は動きを止めた。

 

「今のは何だ?」

 

「何って……普通に避けただけだけど」

 

「普通じゃない。もう一度やってみろ」

 

言われた通りに構え直す。

 

しかし、何度試しても先ほどの動きは再現できなかった。

 

「……できないな」

 

「お前、今、自分の身体に何かした覚えはあるか?」

 

「ないよ。避けようとしたら、勝手に身体が動いたんだ」

 

パウロは俺をじっと見た。

 

それから、少し考えるように顎へ手を当てる。

 

「闘気か……?」

 

「闘気?」

 

「体内の魔力を使って、身体能力を強化する技術だ。魔術とは違う。剣士や戦士は身体を鍛えるうちに、自然とそれを纏えるようになる」

 

「俺が、それを使ったってこと?」

 

「おそらくな。さっきの踏み込みと打ち込みは、普通の身体能力だけじゃ説明がつかん」

 

パウロは驚きを隠せない様子だった。

 

「しかも、お前は自分で気づいていなかったんだろう?」

 

「うん」

 

「……そうか」

 

パウロはもう一度、俺の全身を眺めた。

 

「まだ一瞬だけだ。自分で自在に扱えるわけじゃない。だが、兆候が出たのは間違いない」

 

俺は自分の手を見た。

 

闘気。

 

この世界の剣士や戦士が、常人離れした身体能力を発揮するための技術。

 

それを、俺は知らないうちに使っていたらしい。

 

「今後も身体を鍛えろ。無理に再現しようとする必要はない。いつも通り訓練を続けていれば、いずれ自分で感覚をつかめるはずだ」

 

「分かった」

 

「しかし……驚いたな」

 

パウロはまだ感心したように俺を見ていた。

 

俺としては、できればこれ以上面倒なことが増えないでほしいのだが。

 

◇

 

その後も訓練は続いた。

 

剣術では三つの流派を繰り返し、身体の動きや間合いを確認する。闘気については、パウロから無理に意識しないように言われた。

 

午後は魔術の練習だ。

 

水を操り、火を起こし、風を動かす。どれも実用的な範囲では使えるようになってきたが、戦闘で自由自在に使えるほどではない。

 

回復魔術も同じだ。小さな傷なら治せるが、深い傷や大量の出血をすぐに元通りにできるわけではない。

 

剣術も魔術も、まだまだ鍛える必要がある。

 

夕方には、ゼニスからノルンとアイシャの面倒を見るように頼まれた。

 

「アル、少しだけノルンとアイシャを見ていてくれる?」

 

「分かった」

 

小さな妹達を見る。

 

ノルンとアイシャは俺の顔を見て、きゃっきゃと声を上げた。

 

ルーデウスがいなくなって、俺は家の中で一番上の子供になった。

 

以前なら、弟に任せていたこともある。だが今はそうはいかない。

 

まあ、面倒ではあるけれど、妹の世話くらいはする。

 

◇

 

夜。

 

自室で鎧の手入れをしながら、俺は昼間の出来事を思い返していた。

 

闘気。

 

自分では使ったつもりがないのに、身体が一瞬だけ別物のように動いた。

 

魔術のように呪文を唱えたわけでもない。魔力を外へ放出した感覚もなかった。

 

ただ、身体が軽くなった。

 

あれが闘気というものなのだろう。

 

まだ自在に使えるわけではない。次に同じことができる保証もない。

 

それでも、少しだけ前に進めた気がする。

 

剣術、魔術、回復魔術。そして闘気。

 

やることは多い。

 

俺は鎧の表面を布で拭き、最後に傷の具合を確かめた。

 

いつか全身を覆う黒い鎧を身につける。

 

その目標は変わらない。

 

ただ、その鎧を着こなすためにも、俺自身が強くならなければならない。

 

……明日も訓練か。

 

できれば休みたい。

 

だが、今日のようなことがまた起きるなら、鍛錬を続ける意味は十分にある。

 

俺は鎧を片づけ、明日に備えて眠ることにした。

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