無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~ 作:鎧の剣士
ルーデウスがボレアス家へ旅立ってから、一年が過ぎた。
ルーデウスは八歳になり、俺は十歳になった。
家の中では、ノルンとアイシャが元気に育っている。二人は同じ日に生まれた、同い年の妹たちだ。まだ幼く、目を離すとすぐにあちこちへ行こうとする。
以前よりも家の中は騒がしくなったが、それにも慣れた。
俺も十歳になった。
この世界では、五歳、十歳、十五歳といった節目の誕生日は特別なものらしい。毎年盛大に祝うわけではないが、十歳は大きな節目として扱われる。
グレイラット家でも、俺の誕生日を祝うことになった。
もっとも、俺には誕生日そのものよりも、楽しみにしているものがあった。
父さんに頼んでいた剣だ。
◇
少し前のこと。
俺は父さんに、鍛錬だけでなく実戦でも使える剣が欲しいと相談していた。
今まで使っていた木剣は、当然ながら実戦には使えない。金属製の剣も扱ったことはあるが、練習用のものや借り物ばかりだった。
いつか本当に戦うことになった時、使い慣れた自分の剣があった方がいい。
そう考えて、父さんに頼んだのだ。
「剣が欲しいのか?」
「ああ。鍛錬にも使えて、いざという時には実戦でも使えるやつがいい」
「なるほどな。どんな剣がいい?」
どんな剣がいいか、と聞かれて少し考えた。
長さや重さ、形状。剣にも色々な種類がある。
だが、俺が一番重視したいのはそこではなかった。
「とにかく、折れなくて曲がらない剣がいい」
「……頑丈さ最優先か?」
「そう。戦っている最中に剣が壊れたら困るだろ」
「まあ、そりゃそうだな。分かった。鍛冶屋に頼んでみる」
父さんは少し考えるような顔をしていたが、俺の注文を引き受けてくれた。
俺としては、かなり真面目な注文だった。
剣が折れなければ、少なくとも武器を失う危険は減る。曲がらないほど頑丈なら、多少無茶な使い方をしても簡単には壊れないだろう。
その時の俺は、剣の大きさや重さについて、特に注文をつけなかった。
それが後でどういう結果になるのか、この時はまだ知らなかった。
◇
そして誕生日当日。
家族から祝福の言葉をもらい、食卓にはいつもより少し豪華な料理が並んだ。
ノルンとアイシャも、まだよく分かっていないながら、周囲につられて楽しそうにしている。
その後、父さんが俺を呼んだ。
「アル。頼まれてたものだ」
そう言って差し出されたのは、布に包まれた長い何かだった。
俺は受け取ろうとして、思わず両手を使った。
重い。
布を外すと、そこには一本の大剣があった。
刃渡りは俺の身長よりも長い。柄も大きく、刀身は分厚い。見るからに頑丈そうな造りで、普通の剣よりも明らかに重そうだった。
というか、実際に重い。
「……これ?」
「お前が折れなくて曲がらない剣がいいって言ったんだろ。鍛冶屋に頼んで、頑丈さを重視して作ってもらった」
「いや、そうだけどさ……」
俺は大剣を持ち上げようとした。
両手で柄を握り、力を込める。
持ち上がった。
持ち上がったが、剣先が床に触れないようにするだけで精一杯だ。振り回すどころではない。
俺の身長より大きく、体格に対して明らかに過剰な大剣。
頑丈さを求めた結果、扱いやすさが犠牲になったらしい。
「どうだ? 気に入ったか?」
父さんが笑いながら聞いてくる。
「……頑丈そうなのは分かる」
「だろ? そう簡単には折れないし、曲がらないはずだ」
「でも、重すぎないか?」
「重い剣を振れるようになれば、普通の剣も扱いやすくなる。鍛錬にもなるだろ」
それはそうかもしれない。
いや、そういう問題なのだろうか。
俺は改めて大剣を見た。
実戦で使える剣が欲しいと頼んだはずなのに、どう見ても今の俺が実戦で使える代物ではない。
しかし、頑丈さという注文にはきっちり応えている。
「ありがとう、父さん。大事に使うよ」
「おう。しっかり鍛えろよ」
俺は大剣を抱え直した。
誕生日プレゼントとしては、かなり実用的だ。
ただし、使いこなせるようになるまでに、相当な鍛錬が必要になりそうだった。
◇
誕生日の祝いが終わった後、俺は庭で大剣を試してみた。
まずは持ち上げる。
次に構える。
そして、ゆっくりと振る。
剣先が大きく揺れた。重心が遠くにあるせいで、少し動かすだけでも腕と腰に負担がかかる。
無理に振り回せば、体勢を崩すだろう。
「こりゃ、しばらくは素振りだな……」
「そうだな。最初から振り回そうとするなよ」
隣で見ていた父さんが言った。
「重い武器は、力任せに扱えばいいってもんじゃない。足の位置、腰の向き、振り終わった後の姿勢。全部が崩れたら、次の動きに移れないぞ」
「分かってる」
「なら、まずは構えからだ」
俺は大剣を構え直した。
剣の重さに引っ張られないよう、足を開き、腰を落とす。
鎧の重さには、もう違和感がない。
身につけたまま歩き、座り、鍛錬することも当たり前になっている。関節の動きや革紐の締め具合も身体が覚えていた。
だからこそ、この大剣の重さが余計に目立つ。
鎧を着た状態で大剣を扱う。
それが俺の目指す戦い方だ。
簡単ではないが、目標がはっきりしている分、やることも分かりやすい。
◇
剣の鍛錬は、以前と変わらず父さんに見てもらっている。
剣神流では、踏み込みと攻撃の速度を意識する。
水神流では、相手の動きを見て受け流し、反撃につなげる。
北神流では、正面からの打ち合いにこだわらず、相手の予想を外す動きも学ぶ。
三つの流派を並行して学ぶのは簡単ではない。
それぞれの考え方が違うため、動きが混ざってしまうこともある。
「今のは剣神流の踏み込みじゃない。足が先に流れてる」
「分かってる」
「分かってるなら直せ。次だ」
父さんの木剣が迫る。
俺は水神流の構えで受けようとしたが、わずかに遅れた。
木剣が肩に当たり、鎧越しに鈍い衝撃が響く。
「くっ……!」
「受けるだけじゃ駄目だ。相手の力を利用して、次の動きにつなげろ」
「分かってるって」
「口より先に身体を動かせ」
相変わらず厳しい。
だが、父さんの指導は分かりやすい。俺の癖や未熟な部分を見抜き、必要なことを的確に教えてくれる。
そして、最近はもう一つ意識していることがあった。
闘気だ。
一年前の打ち合いで、俺は無意識のうちに闘気を使っていたらしい。
あの時のことを父さんは覚えていて、鍛錬の中で俺の身体の変化を確認している。
「アル。今日は走り込みからだ」
「また?」
「剣を振るだけが鍛錬じゃない。身体を動かし続けられなきゃ、実戦じゃすぐに動けなくなる」
俺は鎧を着たまま走り出した。
以前なら重さが気になっただろうが、今では身体の一部のようなものだ。
何度も走り、息を整え、再び走る。
身体が温まってくると、少しずつ感覚が変わってくる。
足が軽い。
地面を蹴った時、身体が普段よりも前へ進む。
それだけではない。疲労で鈍くなり始めたはずの身体が、思ったよりも動いてくれる。
「その感覚を覚えておけ」
走り終えた俺に、父さんが言った。
「闘気は魔術とは違う。外に何かを放つわけじゃない。身体そのものを強くするものだ」
「身体を強くする……」
「そうだ。力も速さも、反応も、守りもな。剣士が鍛錬を続けるうちに自然と身につけていくものだ」
「じゃあ、今の感覚が?」
「そうかもしれない。だが、まだ安定していない。焦るな」
俺は自分の手を握った。
魔術のように詠唱して発動するものではない。
身体を鍛え、その中で自然に身につけていく。
そう考えると、これまでの鍛錬が無駄ではなかったということだろう。
◇
走り込みの後は、再び父さんとの打ち合いになった。
俺は剣を構える。
父さんの動きを見て、踏み込む。
一度目の攻撃は受け流され、二度目は距離を取られた。
だが、三度目。
身体が軽くなる感覚があった。
足が地面を蹴り、身体が前へ出る。
木剣を振り抜く。
父さんは受け止めたが、その腕がわずかに押し戻された。
「……今の感覚だ」
父さんが目を細めた。
「分かったのか?」
「少しだけ」
「なら、忘れるな。今の感覚を何度でも再現できるようにしろ」
俺は頷いた。
ほんの一瞬だった。
長く続けることはできないし、好きな時に使えるわけでもない。身体の動きが少し良くなった程度で、父さんとの差が埋まったわけではない。
それでも、自分の意思で闘気を使えた。
これは大きな進歩だ。
「よし。今日はここまでにするか」
「もう終わり?」
「その身体で無理をしても意味がない。休むのも鍛錬のうちだ」
父さんはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
俺は息を吐き、木剣を下ろした。
大剣を使いこなすにも、闘気を身につけるにも、まだまだ時間がかかる。
だが、一歩ずつ進んでいる。
◇
剣の鍛錬が終わると、今度は魔術の練習だ。
水、火、風の魔術は、生活や戦闘で役立つように少しずつ練習を続けている。
治癒魔術も同じだ。
怪我をした時に自分で応急処置ができるように、繰り返し練習している。
もちろん、治癒魔術ですべてが解決するわけではない。
大きな傷をすぐに治せるわけではないし、失った血や体力まで戻るわけでもない。
それでも、何もできないよりはずっといい。
俺は魔術の練習を終えると、道具を片付けた。
剣術も魔術も、どちらか一方だけでは不安が残る。
生き残るために必要なものは、できるだけ身につけておきたい。
面倒だと思うこともあるが、後で痛い目を見るよりはマシだ。
◇
ただ、家の外での人間関係は、少し面倒なことになっていた。
シルフィエットだ。
ルーデウスがボレアス家へ送られることを、俺は事前に知っていた。
そして、そのことをシルフィエットには話さなかった。
シルフィエットがルーデウスと離れるのを嫌がることも、ある程度は予想できていた。
それでも、俺は何も言わなかった。
ルーデウスがボレアス家へ行くのは、必要なことだと考えていたからだ。
原作の流れを大きく変えれば、先のことがどうなるか分からなくなる。
俺自身の安全を考えれば、余計な介入は避けるべきだ。
そう判断した。
ある日、顔を合わせた時、シルフィエットは俺に目を向けた。
「……アル」
「何?」
「ルディがボレアス家に行くこと、前から知ってたんだよね?」
「知ってたよ」
「どうして教えてくれなかったの?」
「言う必要がなかったから」
その瞬間、シルフィエットの表情が硬くなった。
「……そう」
それきり、シルフィエットは口を閉ざした。
俺が何か言うのを待っているようにも見えたが、特に言うことはない。
「じゃあね」
シルフィエットはそれだけ言って、俺から離れていった。
それから、シルフィエットは俺と口を利かなくなった。
挨拶をしても返事はない。話しかけても無視される。顔を合わせれば、露骨に不機嫌そうな顔をされる。
どうやら、かなり怒っているらしい。
まあ、そうだろう。
大切な友人が遠くへ行くと知っていたのに、何も教えてもらえなかったのだから。
ただ、俺としては謝るつもりはなかった。
ルーデウスの人生はルーデウスのものだ。
俺が余計なことをして、彼の未来を変える必要はない。
シルフィエットに嫌われることになったとしても、それは仕方がない。
……少し気まずいのは確かだが。
◇
夜。
俺は自室で鎧の手入れをしていた。
毎日身につけている鎧は、もう身体に馴染んでいる。
着る時も脱ぐ時も、留め具や革紐の扱いに迷うことはない。歩く時に金属が擦れる音も、関節が動く感触も、すっかり聞き慣れた。
汚れを落とし、金具の状態を確認する。
傷があれば手入れをして、革紐が緩んでいれば締め直す。
今日からは、新しい大剣も手入れの対象だ。
壁に立てかけた大剣を見る。
俺の身長よりも大きく、今の俺には重すぎる剣。
あれを自在に扱えるようになるには、相当な時間が必要だろう。
闘気もまだ安定していない。
剣術も、魔術も、まだまだ未熟だ。
それでも、やるべきことは分かっている。
鍛える。
備える。
そして、できるだけ危険な目に遭わないようにする。
俺は鎧の最後の留め具を確認し、手入れ道具を片付けた。
十歳になった。
節目の年に手に入れたのは、身の丈に合わないほど大きな剣。
これを使いこなせるようになる頃には、今より少しは生き残りやすくなっているだろう。
そう考えながら、俺は明日の鍛錬のことを思い浮かべた。