無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第22話 兄は一歩ずつ強くなる

ルーデウスがボレアス家へ旅立ってから、一年が過ぎた。

 

ルーデウスは八歳になり、俺は十歳になった。

 

家の中では、ノルンとアイシャが元気に育っている。二人は同じ日に生まれた、同い年の妹たちだ。まだ幼く、目を離すとすぐにあちこちへ行こうとする。

 

以前よりも家の中は騒がしくなったが、それにも慣れた。

 

俺も十歳になった。

 

この世界では、五歳、十歳、十五歳といった節目の誕生日は特別なものらしい。毎年盛大に祝うわけではないが、十歳は大きな節目として扱われる。

 

グレイラット家でも、俺の誕生日を祝うことになった。

 

もっとも、俺には誕生日そのものよりも、楽しみにしているものがあった。

 

父さんに頼んでいた剣だ。

 

◇

 

少し前のこと。

 

俺は父さんに、鍛錬だけでなく実戦でも使える剣が欲しいと相談していた。

 

今まで使っていた木剣は、当然ながら実戦には使えない。金属製の剣も扱ったことはあるが、練習用のものや借り物ばかりだった。

 

いつか本当に戦うことになった時、使い慣れた自分の剣があった方がいい。

 

そう考えて、父さんに頼んだのだ。

 

「剣が欲しいのか?」

 

「ああ。鍛錬にも使えて、いざという時には実戦でも使えるやつがいい」

 

「なるほどな。どんな剣がいい?」

 

どんな剣がいいか、と聞かれて少し考えた。

 

長さや重さ、形状。剣にも色々な種類がある。

 

だが、俺が一番重視したいのはそこではなかった。

 

「とにかく、折れなくて曲がらない剣がいい」

 

「……頑丈さ最優先か?」

 

「そう。戦っている最中に剣が壊れたら困るだろ」

 

「まあ、そりゃそうだな。分かった。鍛冶屋に頼んでみる」

 

父さんは少し考えるような顔をしていたが、俺の注文を引き受けてくれた。

 

俺としては、かなり真面目な注文だった。

 

剣が折れなければ、少なくとも武器を失う危険は減る。曲がらないほど頑丈なら、多少無茶な使い方をしても簡単には壊れないだろう。

 

その時の俺は、剣の大きさや重さについて、特に注文をつけなかった。

 

それが後でどういう結果になるのか、この時はまだ知らなかった。

 

◇

 

そして誕生日当日。

 

家族から祝福の言葉をもらい、食卓にはいつもより少し豪華な料理が並んだ。

 

ノルンとアイシャも、まだよく分かっていないながら、周囲につられて楽しそうにしている。

 

その後、父さんが俺を呼んだ。

 

「アル。頼まれてたものだ」

 

そう言って差し出されたのは、布に包まれた長い何かだった。

 

俺は受け取ろうとして、思わず両手を使った。

 

重い。

 

布を外すと、そこには一本の大剣があった。

 

刃渡りは俺の身長よりも長い。柄も大きく、刀身は分厚い。見るからに頑丈そうな造りで、普通の剣よりも明らかに重そうだった。

 

というか、実際に重い。

 

「……これ?」

 

「お前が折れなくて曲がらない剣がいいって言ったんだろ。鍛冶屋に頼んで、頑丈さを重視して作ってもらった」

 

「いや、そうだけどさ……」

 

俺は大剣を持ち上げようとした。

 

両手で柄を握り、力を込める。

 

持ち上がった。

 

持ち上がったが、剣先が床に触れないようにするだけで精一杯だ。振り回すどころではない。

 

俺の身長より大きく、体格に対して明らかに過剰な大剣。

 

頑丈さを求めた結果、扱いやすさが犠牲になったらしい。

 

「どうだ? 気に入ったか?」

 

父さんが笑いながら聞いてくる。

 

「……頑丈そうなのは分かる」

 

「だろ? そう簡単には折れないし、曲がらないはずだ」

 

「でも、重すぎないか?」

 

「重い剣を振れるようになれば、普通の剣も扱いやすくなる。鍛錬にもなるだろ」

 

それはそうかもしれない。

 

いや、そういう問題なのだろうか。

 

俺は改めて大剣を見た。

 

実戦で使える剣が欲しいと頼んだはずなのに、どう見ても今の俺が実戦で使える代物ではない。

 

しかし、頑丈さという注文にはきっちり応えている。

 

「ありがとう、父さん。大事に使うよ」

 

「おう。しっかり鍛えろよ」

 

俺は大剣を抱え直した。

 

誕生日プレゼントとしては、かなり実用的だ。

 

ただし、使いこなせるようになるまでに、相当な鍛錬が必要になりそうだった。

 

◇

 

誕生日の祝いが終わった後、俺は庭で大剣を試してみた。

 

まずは持ち上げる。

 

次に構える。

 

そして、ゆっくりと振る。

 

剣先が大きく揺れた。重心が遠くにあるせいで、少し動かすだけでも腕と腰に負担がかかる。

 

無理に振り回せば、体勢を崩すだろう。

 

「こりゃ、しばらくは素振りだな……」

 

「そうだな。最初から振り回そうとするなよ」

 

隣で見ていた父さんが言った。

 

「重い武器は、力任せに扱えばいいってもんじゃない。足の位置、腰の向き、振り終わった後の姿勢。全部が崩れたら、次の動きに移れないぞ」

 

「分かってる」

 

「なら、まずは構えからだ」

 

俺は大剣を構え直した。

 

剣の重さに引っ張られないよう、足を開き、腰を落とす。

 

鎧の重さには、もう違和感がない。

 

身につけたまま歩き、座り、鍛錬することも当たり前になっている。関節の動きや革紐の締め具合も身体が覚えていた。

 

だからこそ、この大剣の重さが余計に目立つ。

 

鎧を着た状態で大剣を扱う。

 

それが俺の目指す戦い方だ。

 

簡単ではないが、目標がはっきりしている分、やることも分かりやすい。

 

◇

 

剣の鍛錬は、以前と変わらず父さんに見てもらっている。

 

剣神流では、踏み込みと攻撃の速度を意識する。

 

水神流では、相手の動きを見て受け流し、反撃につなげる。

 

北神流では、正面からの打ち合いにこだわらず、相手の予想を外す動きも学ぶ。

 

三つの流派を並行して学ぶのは簡単ではない。

 

それぞれの考え方が違うため、動きが混ざってしまうこともある。

 

「今のは剣神流の踏み込みじゃない。足が先に流れてる」

 

「分かってる」

 

「分かってるなら直せ。次だ」

 

父さんの木剣が迫る。

 

俺は水神流の構えで受けようとしたが、わずかに遅れた。

 

木剣が肩に当たり、鎧越しに鈍い衝撃が響く。

 

「くっ……!」

 

「受けるだけじゃ駄目だ。相手の力を利用して、次の動きにつなげろ」

 

「分かってるって」

 

「口より先に身体を動かせ」

 

相変わらず厳しい。

 

だが、父さんの指導は分かりやすい。俺の癖や未熟な部分を見抜き、必要なことを的確に教えてくれる。

 

そして、最近はもう一つ意識していることがあった。

 

闘気だ。

 

一年前の打ち合いで、俺は無意識のうちに闘気を使っていたらしい。

 

あの時のことを父さんは覚えていて、鍛錬の中で俺の身体の変化を確認している。

 

「アル。今日は走り込みからだ」

 

「また?」

 

「剣を振るだけが鍛錬じゃない。身体を動かし続けられなきゃ、実戦じゃすぐに動けなくなる」

 

俺は鎧を着たまま走り出した。

 

以前なら重さが気になっただろうが、今では身体の一部のようなものだ。

 

何度も走り、息を整え、再び走る。

 

身体が温まってくると、少しずつ感覚が変わってくる。

 

足が軽い。

 

地面を蹴った時、身体が普段よりも前へ進む。

 

それだけではない。疲労で鈍くなり始めたはずの身体が、思ったよりも動いてくれる。

 

「その感覚を覚えておけ」

 

走り終えた俺に、父さんが言った。

 

「闘気は魔術とは違う。外に何かを放つわけじゃない。身体そのものを強くするものだ」

 

「身体を強くする……」

 

「そうだ。力も速さも、反応も、守りもな。剣士が鍛錬を続けるうちに自然と身につけていくものだ」

 

「じゃあ、今の感覚が?」

 

「そうかもしれない。だが、まだ安定していない。焦るな」

 

俺は自分の手を握った。

 

魔術のように詠唱して発動するものではない。

 

身体を鍛え、その中で自然に身につけていく。

 

そう考えると、これまでの鍛錬が無駄ではなかったということだろう。

 

◇

 

走り込みの後は、再び父さんとの打ち合いになった。

 

俺は剣を構える。

 

父さんの動きを見て、踏み込む。

 

一度目の攻撃は受け流され、二度目は距離を取られた。

 

だが、三度目。

 

身体が軽くなる感覚があった。

 

足が地面を蹴り、身体が前へ出る。

 

木剣を振り抜く。

 

父さんは受け止めたが、その腕がわずかに押し戻された。

 

「……今の感覚だ」

 

父さんが目を細めた。

 

「分かったのか?」

 

「少しだけ」

 

「なら、忘れるな。今の感覚を何度でも再現できるようにしろ」

 

俺は頷いた。

 

ほんの一瞬だった。

 

長く続けることはできないし、好きな時に使えるわけでもない。身体の動きが少し良くなった程度で、父さんとの差が埋まったわけではない。

 

それでも、自分の意思で闘気を使えた。

 

これは大きな進歩だ。

 

「よし。今日はここまでにするか」

 

「もう終わり?」

 

「その身体で無理をしても意味がない。休むのも鍛錬のうちだ」

 

父さんはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。

 

俺は息を吐き、木剣を下ろした。

 

大剣を使いこなすにも、闘気を身につけるにも、まだまだ時間がかかる。

 

だが、一歩ずつ進んでいる。

 

◇

 

剣の鍛錬が終わると、今度は魔術の練習だ。

 

水、火、風の魔術は、生活や戦闘で役立つように少しずつ練習を続けている。

 

治癒魔術も同じだ。

 

怪我をした時に自分で応急処置ができるように、繰り返し練習している。

 

もちろん、治癒魔術ですべてが解決するわけではない。

 

大きな傷をすぐに治せるわけではないし、失った血や体力まで戻るわけでもない。

 

それでも、何もできないよりはずっといい。

 

俺は魔術の練習を終えると、道具を片付けた。

 

剣術も魔術も、どちらか一方だけでは不安が残る。

 

生き残るために必要なものは、できるだけ身につけておきたい。

 

面倒だと思うこともあるが、後で痛い目を見るよりはマシだ。

 

◇

 

ただ、家の外での人間関係は、少し面倒なことになっていた。

 

シルフィエットだ。

 

ルーデウスがボレアス家へ送られることを、俺は事前に知っていた。

 

そして、そのことをシルフィエットには話さなかった。

 

シルフィエットがルーデウスと離れるのを嫌がることも、ある程度は予想できていた。

 

それでも、俺は何も言わなかった。

 

ルーデウスがボレアス家へ行くのは、必要なことだと考えていたからだ。

 

原作の流れを大きく変えれば、先のことがどうなるか分からなくなる。

 

俺自身の安全を考えれば、余計な介入は避けるべきだ。

 

そう判断した。

 

ある日、顔を合わせた時、シルフィエットは俺に目を向けた。

 

「……アル」

 

「何?」

 

「ルディがボレアス家に行くこと、前から知ってたんだよね?」

 

「知ってたよ」

 

「どうして教えてくれなかったの?」

 

「言う必要がなかったから」

 

その瞬間、シルフィエットの表情が硬くなった。

 

「……そう」

 

それきり、シルフィエットは口を閉ざした。

 

俺が何か言うのを待っているようにも見えたが、特に言うことはない。

 

「じゃあね」

 

シルフィエットはそれだけ言って、俺から離れていった。

 

それから、シルフィエットは俺と口を利かなくなった。

 

挨拶をしても返事はない。話しかけても無視される。顔を合わせれば、露骨に不機嫌そうな顔をされる。

 

どうやら、かなり怒っているらしい。

 

まあ、そうだろう。

 

大切な友人が遠くへ行くと知っていたのに、何も教えてもらえなかったのだから。

 

ただ、俺としては謝るつもりはなかった。

 

ルーデウスの人生はルーデウスのものだ。

 

俺が余計なことをして、彼の未来を変える必要はない。

 

シルフィエットに嫌われることになったとしても、それは仕方がない。

 

……少し気まずいのは確かだが。

 

◇

 

夜。

 

俺は自室で鎧の手入れをしていた。

 

毎日身につけている鎧は、もう身体に馴染んでいる。

 

着る時も脱ぐ時も、留め具や革紐の扱いに迷うことはない。歩く時に金属が擦れる音も、関節が動く感触も、すっかり聞き慣れた。

 

汚れを落とし、金具の状態を確認する。

 

傷があれば手入れをして、革紐が緩んでいれば締め直す。

 

今日からは、新しい大剣も手入れの対象だ。

 

壁に立てかけた大剣を見る。

 

俺の身長よりも大きく、今の俺には重すぎる剣。

 

あれを自在に扱えるようになるには、相当な時間が必要だろう。

 

闘気もまだ安定していない。

 

剣術も、魔術も、まだまだ未熟だ。

 

それでも、やるべきことは分かっている。

 

鍛える。

 

備える。

 

そして、できるだけ危険な目に遭わないようにする。

 

俺は鎧の最後の留め具を確認し、手入れ道具を片付けた。

 

十歳になった。

 

節目の年に手に入れたのは、身の丈に合わないほど大きな剣。

 

これを使いこなせるようになる頃には、今より少しは生き残りやすくなっているだろう。

 

そう考えながら、俺は明日の鍛錬のことを思い浮かべた。

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