兄は全身鎧の剣士 作:鎧の剣士
十二歳になった。
毎日の鍛錬は続いているが、以前とは少し状況が変わっていた。
大剣を使った三大流派の修行が、ようやく一つの形になってきたのだ。
剣神流、水神流、北神流。
それぞれの流派を大剣で扱うために試行錯誤を重ね、今では三流派とも上級の技術を実戦で使えるようになっている。
もちろん、上級になったからといって完成したわけではない。
大剣という特殊な武器を使う以上、通常の剣とは違った工夫が必要になる。
それでも、以前に比べれば戦い方の幅は大きく広がった。
そして最近、俺の鍛錬には新しい内容が加わっていた。
魔物討伐だ。
父さんと一緒に、実際の魔物を狩る仕事を引き受けるようになったのである。
訓練相手と違い、魔物は手加減してくれない。
失敗すれば怪我をするし、場合によっては命を落とす。
だからこそ、実戦経験を積むことには意味があった。
……できれば、危険な仕事は避けたいところだけど。
◇
「アル、準備はできたか?」
父さんが玄関で声をかけてきた。
「うん。鎧も大剣も問題ないよ」
俺は全身鎧の留め具を確認した。
背中には大剣。
普段から身につけている装備だが、魔物討伐となればいつも以上に点検する。
「今日は森の近くに出る魔物の討伐だ。数はそれほど多くないらしいが、油断するなよ」
「分かってる」
「特に、魔物の動きをよく見ることだ。人間相手とは勝手が違うからな」
父さんはそう言って歩き出した。
俺もその後に続く。
今回の依頼は、村の近くに現れた魔物の討伐だった。
被害が出る前に数を減らしてほしいという話らしい。
報酬も出るし、実戦経験も積める。
一石二鳥だ。
……父さんと一緒なら、危険もある程度は避けられるだろう。
◇
森に入ってしばらく進むと、父さんが足を止めた。
「いるな」
俺も気配を探る。
少し離れた茂みの向こうで、何かが動いていた。
「魔物か?」
「ああ。数は三匹だ」
父さんが剣を抜く。
俺も背中の大剣を手に取った。
茂みから現れたのは、犬に似た姿の魔物だった。
普通の犬よりも大きく、鋭い牙が目立つ。
一匹がこちらに気づくと、低く唸りながら地面を蹴った。
「アル、右の二匹を頼む。左は俺が引き受ける」
「分かった」
魔物が飛びかかってくる。
俺は大剣を構え、闘気を身体に巡らせた。
最初の一匹が正面から突っ込んでくる。
剣神流。
踏み込みと同時に身体を加速させ、大剣を振り抜く。
重い刀身が空気を切り裂いた。
魔物は避けようとしたが、踏み込みの速さに対応できなかった。
大剣がその身体を捉える。
一撃で仕留めることができた。
続いて二匹目が横から迫る。
俺は大剣を引き戻しながら、身体の向きを変えた。
しかし、魔物の動きは予想よりも速い。
爪が鎧に当たる。
ガンッ!
金属音が響いた。
「っ!」
衝撃はあったが、鎧のおかげで大きな傷にはならなかった。
俺はそのまま大剣の刀身を前に出す。
魔物の次の攻撃を受け止めた。
水神流。
大剣に伝わった衝撃を利用し、身体を回転させる。
足を踏み替え、鎧と大剣の重量を乗せて上から叩きつけた。
魔物は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「よし……」
残る一匹は、父さんの方へ向かっていた。
父さんは魔物の攻撃を軽々とかわし、反撃を入れている。
あっという間に決着がついた。
「終わったな」
父さんが剣を収める。
「そっちはどうだった?」
「二匹とも倒したよ」
「そうか。鎧に傷はないか?」
「少し当たったけど、大丈夫」
「ならいい。だが、今の二匹目の攻撃は危なかったぞ」
父さんの表情が少し厳しくなる。
「鎧を着ているからって、攻撃をわざと受けるな。相手の力や爪がどれほど強いか分からないんだ。鎧を着ていても、やられるときはやられる。最悪、殺されるぞ」
「分かってる」
「本当に分かってるか?」
「……次から気をつける」
父さんはため息をついた。
「まあ、実戦だからな。経験を積んで覚えていけ」
俺は頷いた。
鎧があるからといって、何でも受け止めていいわけではない。
防御できることと、無傷で済むことは別だ。
そこは忘れないようにしよう。
◇
討伐した魔物を確認し、必要な処理を済ませる。
その後も森の周辺を調べたが、ほかに魔物の姿はなかった。
「今日はこれで終わりだな」
父さんが言った。
「思ったより早かったね」
「数が少なかったからな。いつもこうとは限らないぞ」
「そうだね」
父さんは歩きながら話を続けた。
「アル、お前は三つの流派を大剣で使えるようになってきた。だが、技を使えることと、戦いに勝てることは別だ」
「うん」
「相手の種類によっても戦い方は変わる。人間と魔物では動きも違うし、同じ魔物でも大きさや特徴が違う。毎回同じ技を使えばいいわけじゃない」
「状況に合わせて使い分けろってこと?」
「そういうことだ」
俺は背中の大剣に手を添えた。
剣神流で攻める。
水神流で守り、反撃する。
北神流で相手の予想を外す。
それぞれの技術を覚えたとしても、使う場面を間違えれば意味がない。
実戦では、その判断も必要になる。
「父さん」
「なんだ?」
「魔物の討伐って、これからも一緒に行ける?」
「もちろんだ。ただし、無理はさせない。危険な相手なら俺が止める」
「分かった」
これからも経験を積めるなら悪くない。
……まあ、仕事をする以上は報酬も欲しいところだが。
◇
家に戻ると、ノルンとアイシャが出迎えてくれた。
二人は四歳になり、以前よりも元気に家の中を走り回っている。
「アル兄、おかえり!」
「今日はどこに行ってたの?」
「魔物を狩りに行ってたんだ」
「魔物?」
ノルンが目を丸くする。
「怖くなかった?」
「父さんも一緒だったからね」
「お父さん強いもんね!」
アイシャが嬉しそうに言った。
「ああ。父さんは強いよ」
それは間違いない。
俺もかなり鍛えてきたつもりだが、実戦経験では父さんに及ばない。
魔物との戦いでも、父さんは状況を見極めるのが早い。
俺が技を使うことに意識を向けている間にも、父さんは周囲の状況を確認している。
まだ学ぶことは多い。
「アル兄、その大きな剣で魔物を倒したの?」
「そうだよ」
「すごい!」
ノルンが大剣を見上げる。
「でも、危ないから触っちゃ駄目だよ」
「分かってる!」
二人は元気よく返事をした。
本当に分かっているのか少し不安だが、今はそれ以上言わないでおこう。
◇
それからも、父さんとの魔物討伐は続いた。
森に出る魔物を狩ったり、街道に現れた魔物を追い払ったり。
依頼の内容によって、相手も状況も違う。
ある時は剣神流で一気に仕留め、ある時は水神流で攻撃を受け流して反撃する。
相手がこちらの攻撃を警戒している時には、北神流の変則的な動きも使う。
ただし、どんな相手にも通用するわけではない。
大きな魔物の攻撃を受け止めきれず、後ろへ吹き飛ばされたこともあった。
素早い魔物に翻弄され、父さんに助けられたこともある。
そのたびに、父さんから注意を受けた。
「技にこだわりすぎるな。勝つために何が必要かを考えろ」
その言葉は何度も聞いた。
確かに、流派の技を使うこと自体が目的になってはいけない。
生き残り、相手を倒す。
そのために剣術があるのだから。
◇
そんな日々を過ごしているうちに、ルーデウスの十歳の誕生日が近づいていた。
ルーデウスは今もボレアス家で生活している。
離れて暮らすようになってから、それなりの時間が経った。
もちろん、俺はこの先に何が起こるのかを知っている。
原作知識があるからだ。
ルーデウスが十歳の誕生日を迎えた後、フィットア領を巻き込む大規模な転移事件が発生する。
それがどれほど多くの人間の運命を変えることになるのかも、俺は知っていた。
ただ、知っているからといって、すべてを思い通りにできるわけではない。
今の俺にできることは限られている。
自分の鍛錬を続けること。
父さんとの仕事を通じて実戦経験を積むこと。
そして、いざという時に家族を守れるだけの力を身につけておくことだ。
ルーデウスの十歳の誕生日が過ぎれば、いよいよ原作の大きな転換点が訪れる。
その時に備えて、今できることを続けていこう。
俺はそう考えながら、再び大剣を手に取った。