兄は全身鎧の剣士 作:鎧の剣士
ルーデウスの十歳の誕生日の翌日。
俺たちは、いつもと変わらない朝を迎えていた。
――いや。
正確には、いつもと同じではなかった。
このところ、辺りの様子がおかしくなっていた。
森の奥から、これまで姿を見せなかった魔物が出てくるようになったのだ。
しかも、動きが妙に素早い。
一度こちらを見つけると、執拗に追いかけてくる。
明らかに、何かが違う。
そう感じていたのは、俺だけではなかった。
「アルベルト、準備をしろ。ロールズたちと合流する」
パウロに声をかけられ、俺はすぐに立ち上がった。
「分かりました」
シルフィエットの父親であるロールズも合流し、俺たちは手分けして周辺の魔物を討伐することになった。
俺は大剣を背負い、全身鎧を身につける。
以前なら、魔物を前にすれば多少の緊張もあった。
だが、今は違う。
これまで何度も実戦を経験してきた。
剣を握る手にも、自然と力が入る。
森へ入ってしばらくすると、魔物の気配が近づいてきた。
「来るぞ」
パウロの声と同時に、木々の隙間から魔物が飛び出してくる。
牙をむき出しにしながら、こちらへ一斉に襲いかかってきた。
「――行くぞ」
俺は大地を蹴った。
剣神流。
闘気で身体を加速させ、一気に間合いを詰める。
大剣を振り抜く。
一匹が勢いよく吹き飛び、そのまま動かなくなった。
間髪入れず、別の一匹が横から飛びかかってくる。
俺は大剣を盾のように構えた。
爪が刀身へ叩きつけられる。
衝撃を受け止めながら、その力を利用して身体を回転させる。
水神流。
相手の力を受け流し、その勢いを反撃へと繋げる。
大剣の一撃が魔物を捉えた。
残った一匹が距離を取ろうとする。
ならば――こちらから追う。
北神流。
正面から追いかけるのではなく、相手の動きを読んで進路を塞ぐ。
大剣の長い間合いを利用し、逃げ道を潰す。
そして、最後の一撃を叩き込んだ。
魔物が地面へ倒れる。
「……ふぅ」
息を吐く。
迷いはなかった。
剣神流、水神流、北神流。
それぞれの特徴を意識しながら戦うこともできる。
けれど最近は、いちいち考えるより先に身体が動くことも増えてきた。
三つの流派が、少しずつ俺の身体に馴染んできている。
「見事だな」
ロールズが感心したように声を上げる。
「パウロさん。あの歳で、あれほどの剣術を……」
「まだ十二歳だぞ、あいつ」
パウロは呆れたように俺を見る。
「それでも、着実に強くなってる。しかも、かなりの速度でな」
「……そうですか」
俺は曖昧に返事をする。
実際のところ、俺が考えているのはもっと単純だ。
できるだけ早く終わらせたい。
怪我もしたくない。
そして、家に帰りたい。
ただ、それだけだ。
なのに周囲からは、俺がひたすら強さを求めて鍛錬しているように見えているらしい。
……まあ、訂正するほどのことでもないか。
魔物を片付け終え、俺たちは森を後にした。
「これで一段落だ。アルベルト、帰るぞ」
「はい」
パウロと並んで家路を急ぐ。
夕暮れの空が、少しずつ赤く染まっていく。
家が見えてくると、ノルンとアイシャがこちらへ駆けてきた。
「おかえりー!」
「おかえりなさい!」
二人の後ろから母さんが姿を見せ、その隣にはリーリャもいる。
「ただいま」
「お疲れ様でした」
そんなやり取りを交わした直後だった。
パウロが足を止めた。
俺もつられて、空を見上げる。
西の空。
ルーデウスがいるボレアス家の方角だ。
そこに、不穏な雲が渦を巻いていた。
「……あれ、何?」
ノルンが不安そうに呟く。
「変な雲ね……」
母さんも眉を寄せる。
「ルーデウスのところ、大丈夫かしら」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
俺は知っている。
あれが何なのか。
そして、この先に何が起こるのかも。
ついに来た。
そう思った。
頭では分かっていた。
いつか、この日が来ることも。
それでも――実際に目の前にすると、怖かった。
何かしなければならない。
そう思う。
けれど、今の俺に何ができる?
分からない。
ただ立っていることしかできない自分が、ひどく歯がゆかった。
「……」
俺は空を見つめる。
何も起こらなければいい。
そんな願いが、頭の中をよぎる。
その時だった。
雲の中心が、まばゆく輝いた。
「……っ!」
光が生まれた。
それは一瞬のうちに膨れ上がり、周囲を白く染めていく。
地面が揺れた。
風が吹き荒れる。
「みんな、伏せろ!」
パウロの叫び声が響く。
同時に、パウロはノルンを抱き上げた。
リーリャもアイシャを抱きしめる。
母さんは一人で身をかがめ、俺も咄嗟に身構えた。
何が起こるのか分からない。
分からないからこそ、身体に力を込める。
けれど――
光は、あまりにも速かった。
視界が白く染まる。
音が消える。
身体が浮いたような感覚に襲われる。
そして――
俺たちは、光の中へと飲み込まれた。
◇
今、どこにいるのかすら分からない。
俺は周囲を見回した。
見知らぬ森。
当然だ。
ここがどこなのか、俺には分からない。
けれど――慌てる必要はない。
この状況が何なのか、俺は知っている。
原作で起きた出来事と同じなら、俺たちはフィットア領全体を巻き込んだ転移事件に巻き込まれたはずだ。
問題は、その結果として自分がどこへ飛ばされたのか。
そして、家族がどこへ飛ばされたのか。
「……父さんとノルンは一緒だった」
パウロがノルンを抱き上げていた。
「リーリャとアイシャも一緒」
こちらも、少なくとも二人は一緒だ。
母さんだけは、一人だった。
「……母さん、大丈夫かな」
そこだけは少し気になる。
けれど、今ここで考え続けても答えは出ない。
俺は大剣の柄を握り直した。
まずは自分の現在地を確認する。
それから、周囲の状況を把握する。
そして、可能なら家族の行方を探す。
やることは決まっている。
「……さて」
俺は小さく息を吐いた。
「ここからどうするか、だな」
幸い、武器もある。
鎧も無事だ。
身体にも大きな異常はない。
なら、動ける。
原作で知っている情報が、どこまで役に立つかは分からない。
俺自身が転移したことで、知っている未来から外れている可能性もある。
だからこそ、油断はできない。
「まずは、この森を抜けるか」
俺は大剣を背負い直した。
見知らぬ土地。
頼れる者もいない。
それでも、立ち止まっている理由はない。
知っていることを頼りに、できることから始める。
そう決めて、俺は森の中へと歩き出した。
白い光に包まれた世界の先で――
俺の新しい旅が始まった。