兄は全身鎧の剣士 作:鎧の剣士
見渡す限り、知らない木々ばかりが続いていた。
方角も分からない。地図もない。それでも立ち止まっていても何も始まらない。俺は大剣を背負い、とにかく歩き始めた。
「水と、食べるものを探さなきゃ……」
小さくつぶやく声が木々に吸い込まれる。鎧の重さがいつもよりずっと重く感じる。不安がそうさせるのか、それとも本当に長い距離を歩いているのか —— それすら分からない。
とにかく人の気配のある場所へ。街でも村でもいい。誰かに会える場所へ。それが唯一の手がかりだ。
歩き続けること半日。木々の密度が少しずつ変わり、視界が開け始めた頃、前方に動く気配を感じた。
—— 魔物じゃない。人だ。
木の陰からそっとうかがう。そこには一人の男が立っていた。
人族の 50 代後半に見える。口元には髭が生え、落ち着いた風格が漂っている。白髪混じりの黒髪は無造作に肩まで伸び、手には長剣ではなく金属製の長棍を携えている。一見すると旅人のようだが —— その佇まいはあまりにも静かで、まるで周囲の空気そのものを掌握しているかのようだ。
—— こいつ、もしかして……。
心臓が鼓動を速める。まだ確信はない。だけどその雰囲気、手にする武器、どれを取っても知っている姿と重なる。ここで出会えるなんて —— そう思うと、足が自然に前へ出ていた。
俺が木陰から出ると、男はすぐにこちらに気づき、長棍の手を緩めないまま穏やかな声をかけてきた。
「おや、こんな場所に珍しい。君、子供か? しかも立派な鎧に大剣…… 随分と渋い装備だなあ」
俺は大剣の柄から手を離し、一歩前に出て深く頭を下げる。
「突然すみません。その…… あなたの佇まい、とても強者に見受けられました。よろしければ、ぜひ手合わせをお願い致します」
男は目を細め、驚いたように俺を眺める。
「ほう。いきなりそう来るか。随分と真っ直ぐな子供だな。名前はなんというんだ?」
「アルベルトです」
「アルベルトか。俺はシャンドル。シャンドル・フォン・グランドール。別に名を知られているわけでもないのに、俺が強者だなんてよく分かったものだ」
—— やっぱり。
内心で思わず息を呑む。シャンドル・フォン・グランドールと名乗っているが、この人こそ北神2世として有名な人物。本名はアレックス・カールマン・ライバック —— その人に間違いない。
だからといって、それを知っているとは言わず、俺はただ真っ直ぐに見つめ返す。
「見ていれば分かります。手加減なしでお願いします」
シャンドルはくつくつと笑いながら長棍を構え直す。
「はは、面白い。いいだろう。だが痛くても泣くなよ」
「はい!」
俺は大剣を抜く。頼りになる相棒を構えると、自然と三つの流派の動きが頭を巡る。
シャンドルが踏み込む。音もなく距離が詰まり、長棍がしなるようにして伸びてくる —— 速い。俺は水神流で受け流そうと剣を振るが、棍の軌道が一瞬で変わり、逆の方向から迫ってくる。
「っ!」
とっさに身をかわす。だがその隙に、棍の先端が俺の鎧の側面をかすめる。鈍い音が鳴り、体がよろける。
「速い……」
態勢を立て直し、今度は剣神流で踏み込む。最大限まで加速し、真正面から一撃を叩き込む。だがシャンドルはそれを軽くいなすように棍で弾き返すだけ。俺の力がまるで伝わらない。
「まだまだだな」
穏やかな声が聞こえた次の瞬間、視界から相手が消える。気づけば背後に長棍が突きつけられていた。
「降参です」
俺は素直に剣を下げる。わずか数瞬の出来事だった。手応えすら与えてもらえなかった。それほどまでに圧倒的な実力差があった。
シャンドルは長棍を収め、にっこりと笑う。
「見事な構えだ。三つの流れを混ぜて戦っているのか。面白い。だがまだそれぞれが別々に動いている。一つになれば、もっと強くなる」
俺は胸が躍るのを感じた。間違いない。北神2世 —— アレックス・カールマン・ライバック。この人だ。
一歩前に進み、改めて深く頭を下げる。
「シャンドルさん。弟子にしてください。俺、強くなりたいんです。家族を探すためにも」
シャンドルは俺をじっと見つめ、やがて髭の下で穏やかに笑った。
「ふむ。立ち合いの後に即決か。実に潔い。久しぶりだな、こういうのは」
少し間を置いて、彼は続ける。
「俺は剣にこだわらない。長い棍を使う。それは単純に、リーチが長い方が有利だからだ。剣神流は斬撃を飛ばし、水神流はどんな攻撃も受け流す。なら最初から届く武器を持てばいい。それが俺の流儀だ。それでもいいか?」
「はい! 剣でも棍でも、何でも教わります。全部吸収します!」
俺が力強く答えると、シャンドルは大きくうなずいた。
「よし。ならば今すぐとはいかないが、俺が認めるまでついてこい。覚悟はいるぞ。北神流は体術も歩法も、生きる姿勢そのものを学ぶ流派だからな」
「はい! よろしくお願いします!」
深く頭を下げたまま、胸の奥が熱くなる。不安はまだ消えない。だけど進むべき道が見えた。頼るべき人ができた。本名はアレックス —— 今はシャンドルと名乗るこの人が、俺の師となる。
シャンドルは俺の肩を軽く叩く。
「行くぞ。まずは人里まで案内する。そこからだ」
「はい!」
こうして俺の旅は、シャンドルと共に歩み始めた。まずは家族を見つけること。そのために強くなる。今はただ、目の前の師の背中を追う。
白い光の向こうで始まった物語は、新たな一歩を刻んだ。