無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第3話 鎧の剣士、魔術を知らない

転生してから、しばらくの時間が過ぎた。

 

 俺、アルベルト・グレイラットは、今日も庭で剣を振っていた。

 

 もちろん、鎧を着て。

 

 ……いや、別に毎日着る必要はないと思うんだよ。

 

 でも、父さん――パウロが言うには、鎧を着た状態で体を動かすことに慣れておけば、いざというときに役立つらしい。

 

 それはわかる。

 

 わかるんだけどさ。

 

「はあ……暑い」

 

 俺は剣を下ろし、兜の隙間から息を吐いた。

 

 まだ朝だというのに、すでに汗をかいている。

 

 鎧の中は蒸し暑いし、腕は重いし、足も疲れる。

 

 これで敵と戦えと言われたら、俺は敵より先に暑さと戦うことになりそうだ。

 

 ……いや、鎧を着ている以上、そこから逃げるわけにもいかないんだけど。

 

 俺は鎧を見下ろした。

 

 見た目はいい。

 

 本当にいい。

 

 全身を金属で覆った剣士。

 

 剣を構えれば、それだけで強そうに見える。

 

 最高だ。

 

 ただし、実際に着て動くと大変である。

 

 人生とはままならないものだ。

 

「兄さん!」

 

 そんなことを考えていると、ルーデウスがやってきた。

 

「おう、ルーデウス。どうした?」

 

「魔術の練習をしていたんですけど、少し休憩しようと思って」

 

「へえ。頑張ってるな」

 

「はい!」

 

 ルーデウスは元気よく返事をした。

 

 うんうん。

 

 弟が努力するのはいいことだ。

 

 俺も見習わなければならない。

 

 ……とはいえ、今は休憩したい。

 

 俺は心の中で大きく頷いた。

 

 よし。

 

 俺も休憩しよう。

 

 そう思って剣を片づけようとした、そのときだった。

 

「兄さんは、今日も剣術の鍛錬ですか?」

 

「まあな」

 

「毎日続けているなんて、すごいです」

 

「いや、別に……」

 

 すごいというより、やめる理由がないだけだ。

 

 それに、パウロに見つかったら、どうせ訓練させられる。

 

 だったら最初からやっておいたほうが、後で面倒が少ない。

 

 そういう、非常に合理的な理由である。

 

 ……合理的?

 

 いや、単に怒られたくないだけだな。

 

「それで、ルーデウス。魔術って、そんなに便利なのか?」

 

「え?」

 

 ルーデウスが首を傾げた。

 

 俺は自分の鎧を指さした。

 

「例えば、こういう鎧の手入れとかさ。魔術で簡単にできたりしないのか?」

 

 そう。

 

 俺が最近、気になっていたこと。

 

 それは魔術の利便性である。

 

 この世界には魔術が存在する。

 

 しかも、ルーデウスは幼いながらに魔術を使いこなしている。

 

 だったら、何か便利な使い方があるのではないだろうか。

 

 例えば、鎧についた汚れを落とす魔術。

 

 汗で蒸れた鎧を冷やす魔術。

 

 できれば、鎧を着たり脱いだりするのを手伝ってくれる魔術。

 

 最後のはさすがに無理かもしれないが、夢を見るくらいは自由だろう。

 

「鎧の手入れ、ですか?」

 

「そうそう。汚れを落としたり、錆びないようにしたりさ。魔術でできたら便利だと思わないか?」

 

 ルーデウスは少し考え込んだ。

 

「うーん……。水を使えば汚れは落とせますし、火を使えば乾かすこともできると思いますけど……」

 

「おお!」

 

 できるのか!

 

 さすが魔術。

 

 文明の利器だ。

 

「ただ、錆びないようにするとなると、ちょっと工夫が必要かもしれません」

 

「なるほどなあ」

 

 俺は感心した。

 

 この世界の魔術、思ったより便利だ。

 

 これなら鎧の手入れも、少しは楽になるかもしれない。

 

 いや、待てよ。

 

 水で洗って、火で乾かす。

 

 つまり、ルーデウスに頼めば、鎧の手入れが楽になる可能性があるということだ。

 

 これはいい。

 

 弟の才能を活用する。

 

 兄弟の助け合い。

 

 素晴らしい。

 

「ルーデウス」

 

「はい?」

 

「今度、鎧の手入れを手伝ってくれないか?」

 

「……鎧の手入れを?」

 

「ああ。魔術を使えば、普通にやるより楽そうだし」

 

 ルーデウスは、なぜか少し驚いた顔をした。

 

 そして、俺の鎧をじっと見つめた。

 

「兄さんは……」

 

「ん?」

 

「剣術だけでなく、魔術との連携まで考えているんですね」

 

「……は?」

 

 何を言っているんだ、こいつ。

 

 いやいやいや。

 

 違う違う。

 

 俺はただ、鎧の手入れを楽にしたいだけだ。

 

 魔術との連携とか、そんな格好いい話じゃない。

 

「剣士が魔術を使うことを考えるのは、悪くないと思うんだ」

 

 俺はとりあえず、適当に答えた。

 

 だって、否定したら話が長くなりそうだったから。

 

 すると、ルーデウスは目を輝かせた。

 

「なるほど……! 剣術と魔術を別々に考えるのではなく、組み合わせて使うことも大切なんですね!」

 

 ……。

 

 違うんだけどなあ。

 

 俺は心の中で頭を抱えた。

 

 どうしてこうなるんだ。

 

 俺が「楽をしたい」と言うと、なぜか周囲には「深い戦術を考えている」と伝わってしまう。

 

 いや、そもそも俺の言い方が悪いのか?

 

 でも、毎回そこまで考えて話すのも面倒くさい。

 

 ……まあ、いいか。

 

 ルーデウスがやる気になったなら、別に損はない。

 

 俺はそう自分に言い聞かせた。

 

     ◇

 

 その日の昼過ぎ。

 

 俺は鎧を外し、庭の隅で休んでいた。

 

 いやあ、鎧を脱ぐと涼しい。

 

 人類の文明って素晴らしい。

 

 いや、この場合は鎧を脱いだだけだけど。

 

 俺がそんなことを考えていると、ルーデウスが水を持ってやってきた。

 

「兄さん、少し試してみてもいいですか?」

 

「何を?」

 

「鎧の汚れを落とす魔術です」

 

「おお、頼む!」

 

 俺は即答した。

 

 助かる。

 

 これで鎧の手入れが少しでも楽になるなら、大歓迎だ。

 

 ルーデウスは鎧の前に立ち、集中し始めた。

 

 小さな水の塊が生まれ、鎧の表面へと流れていく。

 

 水は金属の表面を滑り、泥や汗の跡を洗い流した。

 

「おおお……!」

 

 思わず声が出た。

 

 すごい。

 

 普通に便利だ。

 

 これなら布で何度も拭く手間が減る。

 

 ルーデウスはさらに水を操り、鎧の細かい隙間に入り込んだ汚れまで洗い流していった。

 

 ……天才か?

 

 いや、実際に天才なんだろうな。

 

 原作知識がある俺としては、ルーデウスが優れた魔術師になることは知っている。

 

 ただ、こうして目の前で見せられると、改めて感心する。

 

 すごい才能だ。

 

 俺も負けていられない。

 

 ……いや、別に魔術で勝負するつもりはないけど。

 

「兄さん、どうでしょう?」

 

「すごいぞ! めちゃくちゃ便利だ!」

 

 俺が素直に褒めると、ルーデウスは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

 うん。

 

 いい弟を持ったものだ。

 

 これからも、ぜひ鎧の手入れをお願いしたい。

 

 俺は心の中で、そんなことを考えていた。

 

 だが、そのとき。

 

「……兄さん」

 

「ん?」

 

「この魔術、戦闘でも使えると思いませんか?」

 

「戦闘?」

 

「はい。相手の動きを水で妨害したり、視界を遮ったり……。鎧の隙間に水を流し込むことも、理論上はできるかもしれません」

 

 ……。

 

 おい。

 

 なんか、物騒な話になってきたぞ。

 

 俺は思わず自分の鎧を見た。

 

 いや、待て。

 

 それは困る。

 

 鎧の隙間に水を流し込まれたら、普通に不快だ。

 

 しかも、戦闘中にやられたら大変なことになる。

 

 俺は慌てて首を振った。

 

「いやいや、そこまでしなくてもいいだろ。普通に汚れが落ちれば十分だ」

 

「……!」

 

 ルーデウスが目を見開いた。

 

「そうか……!」

 

 えっ。

 

 何が?

 

「兄さんは、魔術の威力よりも実用性を重視しているんですね!」

 

「……え?」

 

「戦闘で使えるかどうかだけでなく、普段の生活で役立つかどうかも大切にしている……。確かに、魔術は戦いのためだけにあるわけじゃありませんからね!」

 

 ルーデウスは、ひとりで納得したように頷いていた。

 

 ……。

 

 いや、俺はただ、鎧の隙間に水が入ったら気持ち悪いと思っただけなんだが。

 

 なんでそんなに感動しているんだ。

 

 俺はもう、何も言わないことにした。

 

 余計なことを言えば、さらに誤解が深まりそうな気がする。

 

 沈黙は金。

 

 鎧も金属。

 

 つまり、俺は今、金属的な沈黙を守っているわけだ。

 

 ……何を言っているんだ、俺は。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 パウロが庭にやってきた。

 

「おい、アルベルト。今日の訓練はどうだった?」

 

「えっと……いつも通り?」

 

「そうか。ルーデウスから話を聞いたぞ」

 

 ……ん?

 

 俺は嫌な予感を覚えた。

 

「魔術を使った鎧の手入れについて、いろいろ考えていたそうだな」

 

 ああ。

 

 その話か。

 

「いや、考えていたというか、ただ便利そうだなって……」

 

「なるほど。剣術だけにこだわらず、ほかの技術も取り入れようとしているわけか」

 

「……まあ」

 

 違う。

 

 いや、違わないけど、違う。

 

 俺は単に、楽をしたいだけなんだ。

 

 だが、パウロは真剣な表情で頷いた。

 

「剣士だからといって、剣だけを考えていればいいわけじゃない。周囲の環境や、使える道具をどう活用するかも大切だ」

 

「……そうだね」

 

「お前はまだ幼いが、そういうことに気づけるのはいいことだ」

 

 パウロは俺の肩を叩いた。

 

「よし。明日からは、剣術の訓練に加えて、鎧の手入れも自分でしっかりやるんだぞ!」

 

「……え?」

 

 待って。

 

 今、何て言った?

 

「魔術に頼りきりになるわけにはいかんからな。道具の扱いも、剣士にとって大切な技術だ」

 

 いやいやいや。

 

 俺は魔術に頼りきるなんて一言も言っていない。

 

 そもそも、鎧の手入れを楽にしたかっただけだ。

 

 なのに、どうして手入れの訓練が追加されるんだ。

 

 俺は空を見上げた。

 

 夕焼けがきれいだ。

 

 世界はこんなにも美しいのに、俺の明日はどうしてこんなにも厳しいのだろう。

 

 ……いや、原因はだいたい俺なんだけどさ。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 俺は自室で、鎧の手入れをしていた。

 

 布で表面を拭き、汚れを落とし、細かい部分を確認する。

 

 ……面倒くさい。

 

 いや、本当に面倒くさい。

 

 でも、鎧は大切だ。

 

 これから強くなるためにも、装備の手入れくらいは覚えておいたほうがいい。

 

 それはわかっている。

 

 わかっているんだけどさ。

 

 誰か代わりにやってくれないかな。

 

 ルーデウスに頼む?

 

 いや、さすがに毎回頼るのは兄としてどうなんだ。

 

 パウロに頼む?

 

 もっと怒られそうだ。

 

 ……自分でやるしかないか。

 

 俺はため息をつきながら、布を動かした。

 

 そのとき、ふと気づいた。

 

 鎧の表面に、細かな傷が増えている。

 

 訓練で使っているのだから当然だ。

 

 だが、これを放置しておけば、いつか大きな問題になるかもしれない。

 

 剣も、鎧も、使えば傷つく。

 

 だからこそ、手入れが必要なのだ。

 

 ……なるほどな。

 

 俺は少しだけ、真面目な気持ちになった。

 

 この世界で生きていく以上、強くなるだけでは足りない。

 

 武器や防具を扱う知識も必要だし、危険を避ける工夫も必要だ。

 

 前世の知識があるからといって、何でもうまくいくわけじゃない。

 

 むしろ、知っているからこそ、油断してはいけないのかもしれない。

 

 ……うん。

 

 今日は、ちょっといいことを考えた気がする。

 

 俺は満足げに頷いた。

 

 よし。

 

 明日からも頑張ろう。

 

 できるだけ楽に。

 

 できるだけ安全に。

 

 そして、できるだけかっこよく。

 

 それが俺の目標だ。

 

 ……まあ、明日の訓練が増えたことだけは、どうしても納得できないけど。

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