無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第4話 弟の魔術と兄の勘違い

朝。

 

 目覚まし時計のない世界でも、朝はやってくる。

 

 そして、朝がやってくるということは――。

 

「アルベルト、起きろ! 今日も訓練だ!」

 

 パウロの声が響くということだ。

 

 ……いや、もう少し寝かせてくれ。

 

 俺は布団の中で目を閉じた。

 

 前世の俺は、朝が苦手だった。

 

 そして転生した今も、朝が苦手だった。

 

 人間、そう簡単には変わらないらしい。

 

「アルベルト!」

 

「……起きてる」

 

「なら、さっさと着替えろ!」

 

 はいはい。

 

 わかりましたよ。

 

 俺は重い体を起こし、顔を洗ってから鎧を身につけた。

 

 金属の部品を確かめ、留め具を締める。

 

 何度も繰り返している作業なので、だいぶ慣れてきた。

 

 もっとも、慣れたからといって面倒くさくなくなったわけではない。

 

 鎧は重い。

 

 着るのも面倒。

 

 脱ぐのも面倒。

 

 しかも、これから暑くなる季節だ。

 

 ……俺はどうして、こんなものを好き好んで着ているんだろう。

 

 答えは簡単だ。

 

 かっこいいからだ。

 

 それだけである。

 

 それだけなのだが、今さら引き返すつもりもなかった。

 

 だって、かっこいいし。

 

     ◇

 

「よし、まずは素振りだ!」

 

 パウロの指示に従い、俺は木剣を構えた。

 

「いち、に、さん、し!」

 

 木剣を振り下ろす。

 

 振り上げる。

 

 また振り下ろす。

 

 ……疲れる。

 

 剣術の訓練というのは、どうしてこうも地味なのだろう。

 

 もっとこう、華麗な必殺技を身につけたり、目にも止まらぬ速さで剣を振ったりするものではないのか。

 

 いや、現実はそんなに甘くない。

 

 強くなるには、地道な努力が必要だ。

 

 それくらいは俺にもわかる。

 

 だからこそ、できるだけ無駄な体力を使わないように振る。

 

 力任せに振り回せば、すぐに疲れる。

 

 姿勢を崩せば、余計な力が必要になる。

 

 ならば、なるべく楽に、なるべく同じ動きを繰り返せるようにした方がいい。

 

 要するに、疲れたくないのである。

 

「……ほう」

 

 パウロが俺の動きを見て、感心したように声を漏らした。

 

 えっ。

 

 何?

 

 今の、何か変だった?

 

「アルベルト。ずいぶんと無駄のない動きになってきたな」

 

「そう?」

 

「ああ。力任せに振るのではなく、動きを整えている。体力を温存しながら、何度でも同じ動作を繰り返せるようにしているんだろう?」

 

 いや、単純に疲れたくないだけです。

 

 とは言えなかった。

 

 言ったところで、何か余計な訓練を追加されそうな気がする。

 

「……まあ、そんな感じ」

 

「そうか。自分なりに考えているんだな」

 

 パウロは満足そうにうなずいた。

 

 違う。

 

 俺の考えていることは、もっと単純だ。

 

 早く終わらないかな、である。

 

 しかし、わざわざ訂正する必要もないだろう。

 

 勘違いされていても、今のところ困ることはない。

 

 ……たぶん。

 

     ◇

 

 訓練を終えた俺は、ようやく木剣を置いた。

 

 腕がだるい。

 

 汗もかいた。

 

 鎧の内側が蒸れている。

 

 そろそろ鎧の通気性を改善する方法を考えた方がいいかもしれない。

 

 いや、鎧に通気性を求めるのは間違っているのだろうか。

 

 そもそも、全身を金属で覆っている時点で暑いに決まっている。

 

 ……まあ、かっこいいからいいか。

 

「兄さん!」

 

 声をかけられて振り向くと、ルーデウスが立っていた。

 

 最近のルーデウスは、魔術の練習に熱心だ。

 

 幼いながらも、ずいぶんと真剣に取り組んでいる。

 

 俺としては、才能のある弟に無理に張り合うつもりはなかった。

 

 勝てるところは勝つ。

 

 勝てないところは、なるべく関わらない。

 

 それが俺の生存戦略である。

 

「どうした、ルーデウス?」

 

「兄さんは、どうしてそんなに鎧が好きなの?」

 

 ……またその話か。

 

 俺は自分の鎧を見下ろした。

 

 どうして好きなのか。

 

 そんなもの、決まっている。

 

「かっこいいから」

 

「……え?」

 

「かっこいいだろ、これ」

 

 俺は鎧の胸当てを軽く叩いた。

 

 金属の音が鳴る。

 

 うん。

 

 いい音だ。

 

 ルーデウスは、何かを考え込むように黙り込んだ。

 

 そして、ゆっくりとうなずいた。

 

「なるほど……」

 

 何がなるほどなんだ。

 

「兄さんは、自分が目指す剣士の姿を、もうはっきりと決めているんだね」

 

「ん?」

 

「ただ剣を振るうだけじゃない。鎧を身につけ、身を守りながら戦う。それが兄さんの理想なんだ」

 

 ……いや、そこまで考えてない。

 

 確かに、身を守ることは大切だ。

 

 この世界には魔物もいるし、剣術がどれだけ上達しても、危険なものは危険だ。

 

 痛いのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌だ。

 

 だから鎧を着る。

 

 それに、かっこいい。

 

 この二つが俺の理由だ。

 

 だが、ルーデウスは真剣な顔で俺を見ている。

 

「僕も、もっと頑張らないと……」

 

 そう言って、彼は自分の手を握りしめた。

 

 何を頑張るつもりなのかは知らないが、やる気があるのはいいことだ。

 

「おう。頑張れよ」

 

「うん!」

 

 ルーデウスは元気よく返事をした。

 

 ……弟が頑張っているのだから、俺も頑張らないとな。

 

 とはいえ、今日はもう十分頑張ったと思う。

 

 そろそろ休憩してもいいはずだ。

 

     ◇

 

「兄さん、魔術を見ていかない?」

 

 休憩できると思った矢先、ルーデウスからそんな誘いを受けた。

 

「魔術?」

 

「うん。今、水を出す練習をしているんだ」

 

 魔術。

 

 この世界に生まれた以上、興味がないわけではない。

 

 ただ、俺は剣士を目指している。

 

 魔術まで本格的に覚えようとしたら、訓練の時間が増えるだろう。

 

 それは困る。

 

 とても困る。

 

「見るだけならいいぞ」

 

「本当? じゃあ、こっちに来て!」

 

 ルーデウスは嬉しそうに俺を誘った。

 

 俺は鎧を着たまま、彼の後をついていく。

 

 少し歩くだけでも、金属が擦れる音がする。

 

 ……やっぱり、軽い鎧が欲しい。

 

 いや、軽くしたら防御力が落ちるのだろうか。

 

 その辺りは、もっと詳しく調べる必要がありそうだ。

 

 ルーデウスは俺の前に立ち、両手を構えた。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 ルーデウスが手を構えると、その手元に水が生まれた。

 

 小さな水の球が浮かび、やがて地面へと落ちていく。

 

「やっぱり便利だな、それ」

 

 俺は自分の鎧を見下ろした。

 

 以前、ルーデウスは水魔術を戦闘に応用する方法についても話していた。

 

 相手の動きを妨害したり、視界を遮ったり。鎧の隙間に水を流し込むなんて案まで出していた気がする。

 

 ……正直、そこまでして戦いたくはない。

 

 それよりも、俺が気になるのは日常生活での使い道だ。

 

 前にルーデウスに水魔術で鎧を洗ってもらったときは、かなり楽だった。

 

 あれを毎回自分でできたら、どれだけ助かることか。

 

 ……いや、そもそも俺が水魔術を覚えればいいのか?

 

 いやいや、待て。

 

 魔術を覚えるとなれば、また訓練が増える。

 

 それは困る。

 

 やはり、ルーデウスに頼むのが一番だ。

 

「兄さん、鎧の手入れにはずいぶん気を遣っているんだね」

 

「そりゃ、自分の装備だからな。壊れたら困るだろ?」

 

 俺としては、ごく当たり前のことを言ったつもりだった。

 

 しかし、ルーデウスは感心したようにうなずいた。

 

「なるほど……。自分の装備を大切にすることも、剣士にとって重要なんだね」

 

「まあ、そうだな」

 

 別に、そんな大層な話ではない。

 

 高いものを買ったら大事に使う。

 

 それと同じだ。

 

「そうだ、兄さん。火の魔術を使えば、洗った鎧を乾かすのにも役立つかもしれないよ」

 

「おお、それは便利そうだな!」

 

 思わず声が弾んだ。

 

 洗うだけでなく、乾かす手間まで減らせるなら最高だ。

 

 ただし、火加減を間違えて鎧を傷めるのは勘弁してほしい。

 

 便利さを求めた結果、鎧を買い直す羽目になったら本末転倒だ。

 

 ……やっぱり、魔術って便利だな。

 

 覚えるのは面倒だけど。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 訓練とルーデウスの魔術見学を終えた俺は、ようやく家に戻った。

 

 ちょうど夕食の支度ができたところだった。

 

「おかえりなさい、アルベルト」

 

 ゼニスが優しく声をかけてくれる。

 

「ただいま」

 

「今日も訓練だったのね。疲れていない?」

 

「ちょっと疲れた」

 

「まあ。あまり無理をしては駄目よ」

 

 ゼニスは心配そうに俺を見た。

 

 そのそばでは、リーリャが食卓に料理を並べていた。

 

「アルベルト様、本日も鎧のお手入れをなさるのですか?」

 

「うん。汚れたままにしておくのも嫌だからね」

 

「熱心でいらっしゃいますね」

 

 リーリャは丁寧に頭を下げた。

 

 熱心というより、錆びたら困るからだ。

 

 ただ、それを説明するのも面倒なので、俺は曖昧に笑っておいた。

 

 やがてパウロもやってきて、俺たちは夕食を囲んだ。

 

「そういえば、今日ルーデウスに魔術を見せてもらったんだ」

 

 俺がそう話すと、パウロが興味深そうに顔を上げた。

 

「ほう。どうだった?」

 

「便利そうだったよ。水が出せるから、鎧の手入れも楽になるしな」

 

「鎧の手入れか……」

 

 パウロは腕を組み、何かを考えるようにうなった。

 

「剣術だけでなく、装備の手入れや魔術の使い道まで考えているわけか。なかなかいい視点だな」

 

 ……いや、だから掃除の話なんだって。

 

「魔術は戦いだけに使うものじゃないからね」

 

 ルーデウスまで、真面目な顔で言った。

 

「兄さんの話を聞いて、僕ももっといろいろな使い方を考えてみたくなったよ」

 

「そうか。そりゃよかった」

 

 俺は食事を続けた。

 

 うん。

 

 今日の料理もうまい。

 

 やはり、訓練の後の飯は格別だ。

 

「アルベルトは、昔から自分で考えて行動するところがあるな」

 

 パウロが満足そうに言った。

 

「これからも、その調子で頑張れよ」

 

「……うん」

 

 俺はうなずいた。

 

 ここで否定して話が長くなるのは避けたい。

 

 とりあえず、褒められたらうなずいておく。

 

 それが一番楽だ。

 

 隣では、ルーデウスが何やら決意を固めたような顔をしている。

 

 ……なんだろう。

 

 また変なことを考えていなければいいのだが。

 

     ◇

 

 夕食の後、俺は鎧の手入れをすることにした。

 

 表面についた汚れを落とし、留め具を確認する。

 

 金属部分に異常がないか、ひとつずつ確かめていく。

 

 こういう作業は面倒だ。

 

 できることなら、誰かが勝手にやってくれたらいいのにと思う。

 

 だが、自分の身を守るための装備だ。

 

 手入れを怠って、いざというときに壊れたら笑えない。

 

 強くなるために訓練することも大切だが、危険を減らす工夫も必要なのだろう。

 

 ……まあ、だからといって、好き好んで危ない目に遭いたいわけではない。

 

 俺は安全に強くなりたい。

 

 痛い思いはしたくない。

 

 できれば楽をしたい。

 

 そして、かっこいい鎧を着ていたい。

 

 この四つが、今の俺の目標だった。

 

 ずいぶん欲張りな目標かもしれないが、別にいいだろう。

 

 どうせなら、全部かなえたい。

 

「よし、終わり」

 

 鎧の手入れを終え、俺は大きく伸びをした。

 

 今日はもう寝よう。

 

 明日も訓練がある。

 

 ……明日も?

 

 そういえば、パウロが何か言っていたような気がする。

 

 嫌な予感がした。

 

     ◇

 

 そして翌朝。

 

「アルベルト、ルーデウス!」

 

 パウロの声が響いた。

 

「今日は剣術と魔術、それぞれの使い道について考えてみよう!」

 

 ……は?

 

 俺は思わず固まった。

 

 いや、待て。

 

 俺は魔術を覚えるなんて一言も言っていない。

 

 ただ、便利そうだと言っただけだ。

 

 鎧の手入れに使えたらいいな、と。

 

 それだけなのに、どうして剣術と魔術の連携の話になっているんだ?

 

「兄さん、一緒に頑張ろう!」

 

 ルーデウスが、やる気に満ちた顔でこちらを見た。

 

 パウロも期待に満ちた目を向けてくる。

 

 ……逃げたい。

 

 今すぐ逃げたい。

 

 しかし、ここで嫌だと言ったら、理由を聞かれるだろう。

 

 説明するのも面倒だ。

 

 俺はゆっくりと息を吐いた。

 

「……わかった」

 

 こうして俺は、自分の何気ない発言が原因で、望んでもいない方向へ話が進んでいくのを、またひとつ学んだのだった。

 

 いや、学んだところで、次も同じことをやる気がする。

 

 だって、面倒なことは面倒なのだから。

 

 そして、俺はまだ知らない。

 

 弟のルーデウスが、俺の何気ない言葉をきっかけに、魔術と剣術の可能性を真剣に考え始めていることを。

 

 もちろん、俺自身は魔術を本格的に覚えるつもりなど、今のところまったくなかった。

 

 俺が欲しいのは、便利な鎧と、ほどほどの訓練と、平穏な毎日なのだから。

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