無職転生 ~愚弟の兄は全身鎧の剣士~   作:鎧の剣士

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第7話 兄は攻めるのも面倒くさい

「今日は、アルから仕掛けてみろ」

 

朝の庭で、パウロが稽古棒を構えた。

 

俺は木剣を握ったまま、父さんを見上げる。

 

「仕掛ける、ですか?」

 

「そうだ。相手の攻撃を待つだけじゃなく、自分から動いて相手の反応を引き出すんだ。剣を振るだけが攻めじゃないからな」

 

なるほど。

 

昨日は槍を想定した相手に、どう対処するかを学んだ。

 

今日は、こちらから相手を動かす練習らしい。

 

……できれば、相手が勝手に隙を見せてくれるのが理想なのだが。

 

そう都合よくはいかないから、こうして練習しているのだろう。

 

俺は木剣を構えた。

 

「お願いします」

 

「おう、来い!」

 

パウロが待ち構える。

 

俺はすぐには斬りかからなかった。

 

真正面から攻めても、父さんに簡単に止められるだけだ。かといって、何もせずにいれば怒られる。

 

つまり、何かをしているように見せながら、できるだけ危険を避けたい。

 

……いや、ちゃんと練習しよう。

 

俺は一歩、前に出た。

 

パウロの視線がこちらに向く。

 

もう一歩進もうとすると、稽古棒の先端がわずかに動いた。

 

俺は足を止める。

 

「ほう」

 

パウロが頷いた。

 

「相手の反応を見ているのか?」

 

「はい」

 

嘘ではない。

 

危なそうだったから止まったのだが、そのときの相手の反応を見たのも事実だ。

 

「いいぞ。相手がどう動くかを確かめるのも、攻めの一つだ。無闇に突っ込む必要はない」

 

おお。

 

どうやら、今のところは正解らしい。

 

無闇に突っ込まなくていい。

 

なんと素晴らしい言葉だろう。

 

俺はこの方針を大切にしていきたい。

 

◇

 

「もう一度だ。今度は、相手の反応を利用してみろ!」

 

パウロの声に、俺は内心でため息をついた。

 

反応を利用する。

 

言葉にするのは簡単だが、実際にやるとなると難しい。

 

とりあえず、俺は木剣を前に出し、攻撃するように見せた。

 

パウロの稽古棒がこちらを向く。

 

その瞬間、俺は踏み込もうとした。

 

だが、パウロは一歩下がった。

 

木剣は空を切る。

 

「惜しいな」

 

父さんが笑う。

 

いや、惜しいのだろうか。

 

相手の反応を引き出すところまでは成功した気がするのだが。

 

「今のは、相手を動かすことだけで満足してしまったな」

 

パウロが続けた。

 

「相手が動いたあと、自分が何をするのか。それを考えておかなきゃいけない」

 

俺は木剣を構え直した。

 

確かに、相手を動かしたところで、こちらが何もできなければ意味がない。

 

相手の反応を見てから考えていては、間に合わないこともある。

 

つまり、仕掛ける前に、その先まで考えておく必要があるわけだ。

 

……面倒くさい。

 

だが、理屈は分かる。

 

相手が右に動いたらどうするのか。

 

後ろに下がったらどうするのか。

 

攻撃を止めて反撃してきたらどうするのか。

 

考えることが多すぎる。

 

俺は剣術を習い始めたことを、ほんの少しだけ後悔した。

 

いや、鎧を着て格好よく戦うという夢を諦めるわけにはいかない。

 

ここは耐えるしかないだろう。

 

「もう一度、やってみます」

 

「おう!」

 

俺は再びパウロに向かっていった。

 

◇

 

その後も、何度か同じ練習を繰り返した。

 

相手を誘おうとすれば、こちらの動きが不自然になる。

 

自然に攻撃しようとすれば、相手の反応を利用する余裕がなくなる。

 

うまくいったと思っても、パウロは簡単に対応してくる。

 

当然だ。父さんは俺よりずっと経験豊富なのだから。

 

それでも、失敗を繰り返すうちに、一つだけ分かったことがある。

 

相手を思いどおりに動かすことは難しい。

 

ならば、相手がどう動いても対応できるように、あらかじめ選択肢を用意しておけばいいのではないか。

 

もちろん、すべての状況に備えることなどできない。

 

それでも、何も考えずに攻めるよりはマシだろう。

 

俺は次の動きを考えながら、木剣を構え直した。

 

「よし、今日はここまでだ!」

 

その声を聞いた瞬間、俺の肩から力が抜けた。

 

助かった。

 

「今日は、相手の反応を引き出すことを考えられていたな。まだ、その先の攻めにつなげるのは難しいが、焦る必要はない」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「こういう技術は、何度も繰り返して身につけるものだ。これからも頑張れよ」

 

……何度も繰り返す。

 

できれば、あまり繰り返したくない言葉である。

 

とはいえ、今日の練習は無駄ではなかった。

 

相手を動かすことと、その動きを利用することは別物だ。

 

それだけでも覚えておけば、いつか役に立つだろう。

 

俺は木剣を片づけ、家へ戻った。

 

◇

 

昼食の席では、パウロが今日の訓練について話していた。

 

「アルは、自分から仕掛ける練習を始めたんだ。まだうまく攻めにつなげられないが、考え方は悪くない」

 

「そうなのね。頑張っているのね、アル」

 

ゼニスが微笑む。

 

「まあ、まだまだだよ」

 

俺はそう答えて、食事を続けた。

 

向かいに座るルーデウスは、何やら考え込んでいる。

 

「兄さん。相手の反応を引き出すって、魔術でもできるのかな?」

 

「さあな。相手がどう動くかによるんじゃないか?」

 

俺は深く考えずに答えた。

 

魔術については、ルーデウスのほうが詳しい。

 

俺が口を出したところで、たいした助言にはならないだろう。

 

「例えば、相手が避けたくなる場所に魔術を撃てば、動く方向をある程度は誘導できるかもしれない……」

 

ルーデウスは小さく呟いた。

 

……おお。

 

何やら、自分で答えを見つけ始めたようだ。

 

俺は魔術を使えないので、その考えがどれほど実用的なのかは分からない。

 

ただ、自分で工夫しようとするのはいいことだろう。

 

そして、弟が魔術を極めてくれれば、俺も便利な魔術を教えてもらえるかもしれない。

 

鎧の汚れを落とす魔術は、すでに使ってもらっている。

 

次は、鎧の中を涼しくする魔術などどうだろうか。

 

汗をかく量が減れば、手入れも少しは楽になるはずだ。

 

……いや、そもそも鎧を着て訓練しなければいいという話ではない。

 

それでは俺の夢が台無しになってしまう。

 

「そういえば、ルディの魔術もずいぶん上達したわね」

 

ゼニスが言った。

 

「ああ。独学であれだけ使えるのは大したものだ」

 

パウロも頷いた。

 

「だが、これからもっと学ぶなら、きちんと教えてくれる先生がいたほうがいいかもしれんな」

 

「先生?」

 

ルーデウスが顔を上げる。

 

「ああ。家庭教師を探してみるのもいいかもしれないな」

 

家庭教師。

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に一人の人物が浮かんだ。

 

……ああ、そうか。

 

ルーデウスの家庭教師といえば、ロキシーだ。

 

青い髪の魔族で、水聖級魔術師。

 

前世で知っていた物語では、ルーデウスに魔術を教える師匠となる人物だった。

 

もちろん、この世界で実際に会ったことはない。

 

前世の知識が、今後もそのまま通用する保証だってない。

 

それでも、家庭教師を雇うという話が出たのなら、彼女がやって来る可能性は十分にあるだろう。

 

……ついに会うことになるのか。

 

いや、待て。

 

ロキシーが来るということは、ルーデウスの魔術がさらに伸びるかもしれないということだ。

 

弟が強くなるのはいいことだ。

 

将来、何か危険なことが起きたときにも、頼りになるかもしれない。

 

問題は、俺まで魔術を習うよう勧められる可能性だ。

 

剣術だけでも毎日訓練しているのに、これ以上やることを増やされたら困る。

 

俺は剣士になりたいのであって、何でもできる万能人間を目指しているわけではない。

 

……ただ、治癒魔術くらいなら、覚えておいても損はないのかもしれない。

 

母さんが治癒魔術を使うところは、これまでにも何度か見ている。

 

怪我を治せるというのは、素直に便利だと思う。

 

だが、習得するとなれば話は別だ。

 

魔術を覚えるための時間と手間を考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。

 

怪我をしたら母さんに治してもらえばいい。

 

今のところ、それで困っていないのだから。

 

……まあ、将来、自分で治せたほうが楽だと思う日が来るかもしれないが。

 

「兄さん?」

 

ルーデウスの声で、俺は我に返った。

 

「どうしたの? 難しい顔をしてたけど」

 

「いや。家庭教師が来るなら、ルディも忙しくなるだろうと思ってな」

 

「うん! もっと魔術を覚えられるかもしれない!」

 

ルーデウスは嬉しそうに頷いた。

 

その様子を見て、俺も小さく頷く。

 

まあ、いいことではある。

 

ロキシーが来るなら、原作どおりに進む部分もあるだろうし、俺の知らない展開になる部分もあるだろう。

 

だったら、余計なことをせず、まずは様子を見るのが一番だ。

 

安全第一。

 

面倒ごとはできるだけ回避。

 

そして、可能なら楽をする。

 

それが俺の生き方である。

 

◇

 

昼食のあと、俺はいつものように鎧の手入れをした。

 

今日の訓練を思い返すと、まだまだ課題は多い。

 

相手の反応を引き出すこと。

 

そして、その反応を利用して攻めること。

 

簡単には身につかないだろうが、少しずつ練習していくしかない。

 

俺は鎧の表面を布で拭き、傷や汚れがないことを確かめた。

 

剣術を鍛え、鎧を着て、できるだけ安全に戦う。

 

そのために必要な努力なら、するつもりだ。

 

ただし、必要以上の努力はしたくない。

 

魔術だって、便利なものなら興味はある。

 

怪我を自分で治せるようになれば、治療を頼む手間も省けるかもしれない。

 

だが、それは今すぐ覚えなければならないものでもない。

 

まずは剣術だ。

 

それから、必要になったら考えよう。

 

俺は鎧を片づけ、明日の予定に思いを巡らせた。

 

……できれば、明日は訓練が軽めでありますように。

 

まあ、父さんの性格を考えると、あまり期待はできないのだが。

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