とある学園都市の第零位《ゼロナンバー》   作:右左右左右

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第18話 観測する者、される者

《外部観測者接触計画》

 

《候補識別:ZERO》

 

《観測対象追加:保留》

 

「……これ、いつから準備してたの?」

 

 七月二十八日、午後一時十二分。

 

 地下貨物搬送施設、ECHO中央保管庫。

 

 N-13は、記録端末の画面を見つめていた。

 

 隣には久遠零司。

 

 向かい側では、実験管理責任者の鳴瀬沙耶が、青ざめた顔で資料を確認している。

 

「計画の登録自体は七月十二日です」

 

 鳴瀬が答えた。

 

「ただし、第三段階の詳細については、私にも知らされていませんでした」

 

「……じゃあ、誰が決めたの?」

 

「上位管理者です」

 

「……その人の名前は?」

 

「記録されていません」

 

 少女は眉をひそめた。

 

 また同じ答えだ。

 

 上位管理者。

 

 特別な権限。

 

 閲覧制限。

 

 誰も正体を知らない人物が、自分たちの行動を決めようとしている。

 

「……零司」

 

「ん?」

 

「……これ、どう思う?」

 

 少年は画面を眺めていた。

 

 そして、あっさりと答える。

 

「僕を調べるつもりだったんでしょ?」

 

「……うん」

 

「だったら、何を調べたかったのか見ればいいんじゃない?」

 

 零司は、計画概要の下に並ぶ項目を指差した。

 

《第三段階・試験目的》

 

《外部観測者の異能干渉特性の記録》

 

《N-13との接触による観測条件の変化》

 

《基準信号E-12Rを用いた比較測定》

 

 少女が息を呑む。

 

「……わたしと、あなたを?」

 

「そうみたい」

 

 零司は笑った。

 

「僕が君の近くで能力を使ったら、どうなるか知りたいんだろうね」

 

 鳴瀬が口を開いた。

 

「N-13の能力は、通常の観測手段では測定結果が不安定になります」

 

「……それは、聞いた」

 

「一方、ZEROの能力は、既存の能力分類に収まらない現象を引き起こします」

 

 鳴瀬は画面を切り替えた。

 

「この二つを同時に観測することで、従来の測定方法では捉えられない情報を取得しようとしたのではないかと」

 

「へえ」

 

 零司が、少しだけ身を乗り出した。

 

「つまり、僕を測るためにこの子を使おうとしたんだ」

 

「……その可能性があります」

 

 少女の拳が握りしめられる。

 

「……わたし、道具じゃない」

 

 鳴瀬は答えなかった。

 

 零司は、画面の隅に表示された別の文字列へ視線を向けていた。

 

《第三段階・開始条件》

 

《外部観測者:施設内到達》

 

《観測干渉対象:同一区画内》

 

《基準観測装置:接続待機》

 

「……ん?」

 

 零司が目を細める。

 

「ねえ、鳴瀬さん」

 

「……何でしょう」

 

「この条件、もう揃ってない?」

 

 鳴瀬の指が止まった。

 

 ZERO。

 

 久遠零司。

 

 N-13。

 

 そして、ECHO中央保管庫。

 

 すべてが同じ場所に存在している。

 

「……まさか」

 

 鳴瀬が、端末へ手を伸ばした。

 

 その瞬間。

 

 ピッ。

 

 短い電子音。

 

《第三段階》

 

《試験条件成立》

 

《観測開始》

 

「……っ!」

 

 鳴瀬の顔色が変わった。

 

「待ってください! 私は承認していません!」

 

 しかし、装置は停止しなかった。

 

     ◇

 

 中央保管庫の天井が開いた。

 

 現れたのは、複数の小型観測装置だった。

 

 円筒形の本体。

 

 精密なセンサー。

 

 赤外線測定器。

 

 周囲の環境を記録するための機器が、次々と起動していく。

 

《観測対象:ZERO》

 

《観測対象:N-13》

 

《基準信号:E-12R》

 

 N-13が後ずさった。

 

「……何、これ……!」

 

 鳴瀬は操作端末へ駆け寄った。

 

「停止命令を受け付けない……!?」

 

 零司は、天井の装置を見上げていた。

 

「へえ」

 

 いつもの気の抜けた声。

 

 しかし、その目には興味が宿っている。

 

「結構本格的だね」

 

「……零司!」

 

 少女が叫んだ。

 

「……早く、止めて!」

 

「んー」

 

 零司は少し考えた。

 

「でも、まだ何もしてこないよ?」

 

「……見られてる!」

 

「そうだね」

 

 少年は笑った。

 

「じゃあ、何を見たいのか聞いてみようか」

 

 その瞬間。

 

 保管庫の大型ディスプレイが起動した。

 

《第三段階・観測要求》

 

《ZERO:能力行使》

 

《N-13:観測干渉発現》

 

「……なるほど」

 

 零司が、静かに笑った。

 

「僕たちに能力を使わせたいんだ」

 

 N-13は画面を睨んだ。

 

「……勝手に……!」

 

 そして、はっきりと言った。

 

「……協力しない」

 

 零司が振り返る。

 

「そう?」

 

「……うん」

 

 少女は頷いた。

 

「……わたしは、実験のために能力を使わない」

 

「そっか」

 

 零司は、再び天井を見上げた。

 

 そして。

 

「じゃあ、僕だけ遊んでみようかな」

 

 少女が目を見開いた。

 

「……え?」

 

「どんなものが測れるのか、ちょっと気になるし」

 

 零司は、楽しそうに笑った。

 

「向こうも僕に興味あるみたいだからね」

 

 そのとき。

 

 鳴瀬の端末に、新たな表示が現れた。

 

《観測対象ZERO》

 

《能力行使要求:継続》

 

《未達成時:環境負荷試験へ移行》

 

「……環境負荷?」

 

 鳴瀬が呟いた。

 

 その意味を理解するより早く、保管庫の隔壁が動き始めた。

 

     ◇

 

 ガコンッ!

 

 重い金属音。

 

 中央保管庫を囲む隔壁が、一斉に閉鎖された。

 

《区画封鎖》

 

《環境負荷試験:開始》

 

 次の瞬間。

 

 天井から、複数の金属製アームが降下した。

 

 先端には、高出力の衝撃発生装置。

 

 研究施設で使用される、耐久試験用の機器だった。

 

「……何をするつもり……!」

 

 鳴瀬が叫ぶ。

 

 しかし、返答はない。

 

 装置は、N-13へ向きを変えた。

 

《観測干渉対象:刺激付与》

 

《反応測定:待機》

 

 少女の表情が強張った。

 

「……わたしを?」

 

 アームの先端が開く。

 

 衝撃装置が起動した。

 

 その瞬間。

 

 バキンッ!

 

 乾いた音が響いた。

 

 アームの先端が、根元から折れ曲がっていた。

 

 続いて、二本目。

 

 三本目。

 

 四本目。

 

 すべての装置が、次々と変形していく。

 

「……あーあ」

 

 零司が、小さくため息をついた。

 

「そういうことするんだ」

 

 少年は、天井へ視線を向けた。

 

 そこには、無数の観測装置。

 

 そのすべてが、零司の行動を記録しようとしていた。

 

「……ねえ」

 

 零司が口を開いた。

 

「見てるんでしょ?」

 

 当然、返事はない。

 

「僕の能力、調べたいんだよね?」

 

 少年は、ゆっくりと右手を持ち上げた。

 

「じゃあさ」

 

 その口元に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

 

「ちゃんと測ってね?」

 

 次の瞬間。

 

 保管庫の空気が、震えた。

 

     ◇

 

《警告》

 

《環境測定値異常》

 

《重力方向偏差》

 

《空気圧分布異常》

 

《局所電磁場変動》

 

「……何が起きている!?」

 

 別の管理区画。

 

 黒いスーツを着た男が、モニターを睨んでいた。

 

 彼の名は、御影直哉。

 

 PROJECT:ECHO第三段階の実施管理を任されている人物だった。

 

 画面には、中央保管庫の測定結果が並んでいる。

 

 しかし、その値は異常だった。

 

 重力方向。

 

 圧力。

 

 電磁場。

 

 物体の運動条件。

 

 それらが、互いに整合しない値を示している。

 

「……測定装置の故障か!?」

 

『いいえ。装置そのものは正常です!』

 

 研究員の声が響く。

 

『同じ場所を測定しているはずなのに、機器ごとに異なる値が出ています!』

 

「……馬鹿な」

 

 御影は、画面を切り替えた。

 

 中央保管庫。

 

 そこには、久遠零司が映っていた。

 

 少年は、楽しそうに天井を見上げている。

 

「……久遠零司」

 

 御影が呟く。

 

 この少年の能力を測定する。

 

 それが、第三段階の目的だった。

 

 N-13の観測干渉能力を利用し、通常の測定では得られない情報を取得する。

 

 そうすれば、ZEROの能力構造に近づけるはずだった。

 

 少なくとも、計画書にはそう記されていた。

 

 だが。

 

《演算処理負荷:上昇》

 

《測定値整合性:不成立》

 

《解析不能》

 

「……何だ、これは……!」

 

 研究員が叫ぶ。

 

『測定対象の現象が、観測するたびに変化しています!』

 

 御影は、モニターへ顔を近づけた。

 

 そこには、信じられない数値が並んでいた。

 

 装置が誤作動しているわけではない。

 

 久遠零司が、測定機器の周囲で物理現象の成立条件を次々と変更している。

 

 ある装置には、異常な圧力を測定させる。

 

 別の装置には、通常とは異なる電磁場を記録させる。

 

 さらに別の装置には、同じ地点で矛盾する運動条件を観測させる。

 

 個々の測定値は、その瞬間には正しい。

 

 だが、それらを一つの現象として説明することができない。

 

「……ふざけているのか」

 

 御影の声が震えた。

 

 そのとき。

 

 モニターの向こうで、零司が笑った。

 

『ねえ』

 

 少年の声が、通信装置から響く。

 

『ちゃんと測れてる?』

 

「…………!」

 

『難しい?』

 

 その声は、心底楽しそうだった。

 

『じゃあ、もう少し簡単にしようか』

 

 直後。

 

 すべての測定値が、正常範囲へ戻った。

 

 御影が息を呑む。

 

「……止まった?」

 

 しかし。

 

 次の瞬間。

 

《観測装置:全系統停止》

 

《測定不能》

 

 警告音が響いた。

 

 御影は、画面を睨んだ。

 

「……何をした!」

 

 答えはなかった。

 

 ただ、中央保管庫の観測装置が、次々と動作を停止していた。

 

 電源は入っている。

 

 制御信号も正常。

 

 だが、測定に必要な物理現象が、成立しなくなっている。

 

 光を検出できないセンサー。

 

 電位差を記録できない測定器。

 

 圧力変化を読み取れない装置。

 

 それらが、次々と機能を失っていく。

 

 御影は、ようやく理解した。

 

 久遠零司は、測定を妨害しているのではない。

 

 自分たちが何を測ろうとしているのかを見たうえで、その測定が成立する条件そのものを崩している。

 

「……これが」

 

 御影は、震える声で呟いた。

 

「……第零位……」

 

     ◇

 

「……零司」

 

 中央保管庫。

 

 N-13は、停止した観測装置を見上げていた。

 

「……全部、壊したの?」

 

「壊してないよ」

 

 零司は笑った。

 

「ちょっと使えなくしただけ」

 

 鳴瀬が、呆然と画面を見つめている。

 

「……測定系統が、すべて停止している……」

 

 零司は肩をすくめた。

 

「だって、面倒なんだもん」

 

「……面倒?」

 

「うん」

 

 少年は、少しだけ笑った。

 

「調べたいなら、勝手に調べればいいと思うけど」

 

 その瞳が、僅かに細くなる。

 

「僕が協力するかどうかは、別の話でしょ?」

 

 鳴瀬は、何も言えなかった。

 

 そのとき。

 

「……待って」

 

 N-13が、端末へ視線を向けた。

 

 観測装置が停止したことで、研究用の管理画面に異常が発生している。

 

 そこには、第三段階の試験記録が並んでいた。

 

《観測対象ZERO》

 

《測定結果:取得失敗》

 

《N-13観測干渉:未発現》

 

《基準信号E-12R:待機》

 

 少女の目が、一つの項目で止まった。

 

「……E-12R」

 

 昨日、零司が自分の端末から取り外してくれた、後付けの通信基板。

 

 その製造系列と共通する識別番号。

 

「……これ」

 

 少女は保管袋を取り出した。

 

 中には、小さな基板が入っている。

 

「……まだ、使える?」

 

 鳴瀬が顔を上げる。

 

「……装置そのものは、破損していなければ」

 

 少女は、基板を見つめた。

 

 研究施設が、自分を観測するために仕込んだもの。

 

 それを、自分の意思で利用できるのなら。

 

「……零司」

 

「ん?」

 

「……これ、調べたい」

 

 少年は基板を覗き込んだ。

 

「何を?」

 

「……N-12の信号」

 

 少女は続ける。

 

「……この装置が、基準信号を受け取る仕組みなら」

 

 少しだけ息を吸う。

 

「……どこから送られてきたのか、調べられるかもしれない」

 

 零司は、少しだけ目を細めた。

 

「へえ」

 

 少女は、鳴瀬へ向き直った。

 

「……この装置の通信記録、見せて」

 

 鳴瀬は迷った。

 

 しかし、今さら拒否できる状況ではなかった。

 

「……分かりました」

 

 中央端末を操作する。

 

 そこには、基準信号E-12Rに関する履歴が保存されていた。

 

《最終同期要求》

 

《七月二十七日 二十三時十四分》

 

《受信対象:N-13端末》

 

《同期元:中継識別R-4》

 

「……R-4?」

 

 少女が呟く。

 

 鳴瀬が頷く。

 

「観測基準信号を中継するための管理装置です」

 

「……どこにあるの?」

 

「確認します」

 

 鳴瀬が、識別番号を照会した。

 

 画面が切り替わる。

 

《中継識別:R-4》

 

《設置区画:第七学区》

 

《管理状態:外部運用》

 

 少女の目が見開かれた。

 

「……やっぱり、第七学区」

 

 だが、続く項目で指が止まった。

 

《設置位置:非公開》

 

「……場所が分からない」

 

 鳴瀬は頷いた。

 

「外部管理装置の詳細位置は、上位権限によって制限されています」

 

 少女は唇を噛んだ。

 

 また、そこで止まる。

 

 しかし。

 

「……待って」

 

 画面をもう一度確認する。

 

 中継識別R-4。

 

 設置位置は非公開。

 

 だが、通信記録には別の情報が残っていた。

 

《中継方式:有線》

 

「……有線?」

 

 少女が呟く。

 

 鳴瀬が顔を上げる。

 

「ええ」

 

「……じゃあ、通信経路が残ってるんじゃない?」

 

 鳴瀬は、少しだけ目を見開いた。

 

「……経路?」

 

「……どこから繋がってるか」

 

 少女は続けた。

 

「……無線じゃないなら、どこかの設備を通ってるはず」

 

 鳴瀬は、数秒ほど黙っていた。

 

 そして、端末を操作する。

 

《中継経路照会》

 

《R-4》

 

《接続先設備:第七学区・旧通信管理棟》

 

 少女の呼吸が止まった。

 

「……あった」

 

 零司が、画面を覗き込む。

 

「……へえ」

 

 少年は、楽しそうに笑った。

 

「今度は建物が出てきたね」

 

     ◇

 

 午後二時三十一分。

 

 別の管理区画。

 

 御影直哉は、端末に表示された異常報告を見つめていた。

 

《第三段階》

 

《観測結果:取得失敗》

 

《施設制御:一部喪失》

 

《研究資料:外部閲覧》

 

「……最悪だ」

 

 小さく呟く。

 

 目の前の少年。

 

 久遠零司。

 

 その能力は、事前資料に記載されていた以上のものだった。

 

 観測しようとすれば、測定条件を変えられる。

 

 攻撃しようとすれば、武装を無力化される。

 

 閉じ込めようとしても、物理的な拘束は成立しない。

 

 そして。

 

 必要なら、人を殺すことさえ躊躇しない。

 

「……これ以上、刺激するべきではないな」

 

 御影は、静かに息を吐いた。

 

 しかし。

 

 そのときだった。

 

 端末に、新しい通知が届いた。

 

《上位管理系統》

 

《第三段階評価:継続》

 

《観測対象ZERO:接触維持》

 

 御影の表情が変わる。

 

「……まだ続けるつもりか」

 

 続いて、別の指示。

 

《対象N-13》

 

《次段階への移行を優先》

 

「…………」

 

 御影は、しばらく画面を見つめていた。

 

 そして。

 

「……なるほど」

 

 小さく呟く。

 

 第三段階は、失敗した。

 

 少なくとも、測定計画としては。

 

 だが。

 

 上位管理者は、まだ計画を止めるつもりがない。

 

 むしろ。

 

 久遠零司が関わり続けることを、望んでいるようだった。

 

「……何を考えている」

 

 御影は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 そして、操作端末へ手を伸ばす。

 

《次段階準備》

 

《対象:N-13》

 

《外部管理装置R-4》

 

《接続確認:待機》

 

 承認。

 

 その瞬間。

 

 別の画面に、一つの文字列が表示された。

 

《観測基準対象:N-12》

 

《状態:未確認》

 

 御影は、その表示を見つめた。

 

「……十二号」

 

 低い声で呟く。

 

「お前がどこにいるのかは知らんが……」

 

 そこで言葉を切った。

 

 そして。

 

「……まだ終わっていないぞ」

 

 静かに告げた。

 

     ◇

 

 午後三時過ぎ。

 

 地下貨物搬送施設、中央保管庫。

 

「……これで、終わり?」

 

 N-13が尋ねた。

 

 零司は、保存された記録を確認していた。

 

「今のところはね」

 

 少女は頷いた。

 

 PROJECT:ECHO。

 

 第三段階。

 

 ZEROを観測対象として利用する計画。

 

 そして、基準信号E-12R。

 

 今日、ようやくその一部が明らかになった。

 

 しかし。

 

 N-12本人の行方は、まだ分からない。

 

 少女は、端末を握りしめた。

 

「……第七学区」

 

 小さく呟く。

 

「……旧通信管理棟」

 

 そこに行けば、何かが分かるかもしれない。

 

 少なくとも、基準信号がどこから送られているのか、調べることはできる。

 

「……零司」

 

「ん?」

 

「……次は、そこに行きたい」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「いいよ」

 

 あっさりと頷いた。

 

 少女は、少し驚いた。

 

「……面倒じゃないの?」

 

「面倒だよ」

 

 即答だった。

 

「でも、面白そうじゃん」

 

 零司は笑った。

 

「僕を研究しようとしてる人が、まだ何か隠してるみたいだし」

 

 少女は、小さく頷いた。

 

 そして。

 

「……ありがとう」

 

 零司が目を瞬かせる。

 

「……お礼?」

 

「……うん」

 

 少女は、少しだけ俯いた。

 

「……今日も、助けてもらったから」

 

 零司は、少し考えた。

 

 それから、笑った。

 

「どういたしまして」

 

 そのとき。

 

 八雲誠司が、二人へ近づいてきた。

 

「……久遠様」

 

「ん?」

 

「……一つ、お願いがございます」

 

 零司は、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「まだあるの?」

 

「……はい」

 

「面倒だなぁ」

 

 八雲は、苦笑した。

 

「……そうおっしゃらずに」

 

 そして、静かに続ける。

 

「R-4について、私も同行させていただけませんか」

 

 少女が顔を上げる。

 

「……どうして?」

 

 八雲は、少しだけ目を伏せた。

 

「……七月十二日の命令について、まだ確認したいことがございます」

 

 少女は、しばらく男を見つめていた。

 

 八雲誠司。

 

 自分たちを利用しようとした人物。

 

 N-12の情報を隠していた男。

 

 だが、彼自身も何者かの命令によって動かされていた。

 

 そして、その管理権限はすでに停止されている。

 

「……分かった」

 

 少女は、静かに頷いた。

 

「……でも、条件がある」

 

 八雲が顔を上げる。

 

「……何でしょう」

 

「……もう、嘘をつかないで」

 

 八雲は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……できる限り、そういたします」

 

 少女は眉をひそめた。

 

「……できる限り?」

 

「……正直に申し上げれば、すべてをお話しできる保証はありません」

 

 八雲は、静かに答えた。

 

「私自身、まだ把握していないことが多いのです」

 

 少女は、少しだけ考えた。

 

 それから。

 

「……分かった」

 

 小さく頷いた。

 

「……でも、隠したことが分かったら、もう協力しない」

 

 八雲は、静かに頭を下げた。

 

「……承知しました」

 

 零司は、そのやり取りを眺めていた。

 

 そして。

 

「……決まりだね」

 

 楽しそうに笑った。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 少女は頷いた。

 

 次の目的地。

 

 第七学区、旧通信管理棟。

 

 そこには、N-12に関連する基準信号の中継装置が存在している。

 

 そして。

 

 何者かが、そこで次の段階を準備していることを。

 

 このときの三人は、まだ知らなかった。

 

 ただ。

 

 久遠零司だけは、少しだけ違っていた。

 

 彼は、今回の実験を思い返していた。

 

 自分を測ろうとした観測装置。

 

 その測定結果を、簡単に狂わせることができた。

 

 だが。

 

 計画の中枢にいる人物は、まだ姿を見せていない。

 

 何を考えているのか。

 

 どこまで自分を理解しているのか。

 

 それは、まだ分からない。

 

「……ふふっ」

 

 零司は、小さく笑った。

 

「……楽しみだなぁ」

 

 少女が振り返る。

 

「……何が?」

 

「次の人」

 

 零司は、軽く肩をすくめた。

 

「今度こそ、少しは面白い人だといいんだけど」

 

 その声には、期待が滲んでいた。

 

 学園都市の第零位。

 

 久遠零司。

 

 彼は、まだ知らない。

 

 自分が観測される側から、観測する側へと回り始めていることを。

 

 そして。

 

 PROJECT:ECHOの本当の目的が、ようやく姿を現そうとしていることを。

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