八月八日、午後三時四十八分。
学園都市第七学区、三沢塾。
「――入れ」
低い声が響いた。
その直後、目の前の扉がひとりでに開いた。
「……おお」
久遠零司が感心したように声を上げる。
「便利だね、それ」
「感心している場合か!」
ステイル=マグヌスが怒鳴った。
上条当麻も警戒した様子で開いた扉を見つめている。
その向こうに広がっていたのは、広い執務室だった。
高価そうな調度品。
壁一面の書棚。
窓際に置かれた大きな机。
その中央に、一人の男が立っている。
白いスーツ。
緑色の髪。
そして、神経質そうな表情。
「……アウレオルス=イザード」
ステイルが呟いた。
男は静かに顔を上げた。
「当然。ここまで辿り着いたことは評価しよう」
その視線が、ステイルから上条へ移る。
そして最後に、零司で止まった。
「……貴様は何者だ」
「久遠零司」
「名前ではない。何故、私の術式へ干渉できる」
「そっち?」
零司は肩をすくめた。
「会って早々、質問ばっかりだね」
アウレオルスの眉が動く。
ステイルが一歩前へ出た。
「アウレオルス。僕たちは姫神秋沙を引き取りに来た」
「……当然。用件は把握している」
「なら話が早い。彼女を解放しろ」
アウレオルスは答えなかった。
代わりに、部屋の奥へ視線を向ける。
そこには、巫女装束の少女がいた。
姫神秋沙。
彼女は窓際の椅子に座り、三人を見つめていた。
「……来たんだ」
小さな声。
上条が顔を上げる。
「姫神!」
「……上条君」
姫神は、僅かに目を細めた。
「……本当に来た」
「当たり前だろ。助けに来たんだからな!」
その言葉に、姫神の表情が僅かに緩んだ。
しかし。
「――動くな」
アウレオルスの声が響いた。
瞬間。
上条の足元で、床が変形した。
「うおっ!?」
両足を覆うように石材が盛り上がり、動きを封じる。
ステイルが即座にルーンを取り出した。
「――炎よ!」
紅蓮の炎が、アウレオルスへ向かって放たれる。
だが。
「消えよ」
たった一言。
炎が消滅した。
最初から存在しなかったかのように。
「……っ!」
ステイルの表情が強張る。
零司は、その光景を眺めていた。
そして、口元を緩める。
「……へえ」
アウレオルスが顔を向ける。
「何がおかしい」
「いや、すごいなって」
零司は、消えた炎のあった空間を見つめた。
「魔力の流れを切ったわけじゃない。燃えるっていう結果そのものを消したんだ」
ステイルの目が細くなる。
「……分かるのか?」
「何となくね」
零司は頷いた。
「でも、これって普通の魔術とは随分違うよね」
アウレオルスの表情が変わった。
「……当然」
男は、ゆっくりと右手を持ち上げた。
「これこそが黄金錬成。アルス=マグナだ」
細い針が、その手に握られている。
「私の思い描く事象は、現実となる」
零司の瞳が細くなった。
「……それ、本当?」
「当然だ」
「何でも?」
「そうだ」
「ふうん」
零司は少し考えた。
そして。
「じゃあ、試してみようか」
◇
「……何?」
アウレオルスが眉をひそめた。
その瞬間。
男の手から、細い針が消えた。
「……っ!?」
視線を落とす。
先ほどまで確かに握っていた針。
それが、いつの間にか零司の指先へ移動していた。
「……これ、何に使うの?」
零司は針を眺めた。
アウレオルスの表情が険しくなる。
「返せ」
「はい」
零司は、あっさりと投げ返した。
針が空中を飛ぶ。
アウレオルスが受け止める。
その一連の動作を見て、ステイルは眉をひそめた。
(……何を考えている?)
敵の道具を奪った。
それなら、そのまま破壊すればいい。
しかし、零司は返した。
まるで。
相手がどう使うのか、見たがっているように。
「……貴様」
アウレオルスが、低く呟いた。
「私を試しているのか?」
「そうだよ?」
即答だった。
「だって、何でも現実にできるんでしょ?」
零司は笑った。
「それなら、ちょっと面白そうじゃん」
上条が顔をしかめる。
「久遠! お前、何やってんだ!」
「実験?」
「敵に実験させんな!」
「えー」
零司は不満そうに口を尖らせた。
そのとき。
「……ならば」
アウレオルスが、静かに針を首元へ突き刺した。
その表情から、動揺が消える。
「望みどおり、見せてやろう」
そして。
「――地に伏せよ」
瞬間。
上条の身体が床へ叩きつけられた。
「ぐっ!?」
ステイルも膝をつく。
凄まじい圧力。
まるで、天井そのものが落ちてきたかのようだった。
だが。
「……あれ?」
零司は立っていた。
何事もなかったかのように。
アウレオルスの表情が変わる。
「……何故だ」
零司は足元を見た。
周囲の空間には、確かに魔術的な干渉が働いている。
指定された対象を地面へ押しつけるという結果。
その現象が、現実のものとして成立していた。
しかし。
零司の周囲だけ、その条件が書き換えられている。
「……うん」
少年は頷いた。
「やっぱり、こっちの方がいいかな」
その瞬間。
上条とステイルに掛かっていた圧力が消えた。
「……っ!?」
ステイルが顔を上げる。
零司は、軽く肩を回した。
「物理的な力っていうより、そういう状態にしてるんだね」
アウレオルスが目を見開いた。
「……貴様、何をした」
「君が作った結果を、ちょっと変えた」
零司は笑った。
「結構便利だね、この魔術」
その言葉に、アウレオルスの顔が歪んだ。
「……愚弄するか」
「褒めてるんだけどなぁ」
零司は首を傾げた。
「もっと見せてよ」
◇
アウレオルスが針を刺す。
「――鋼鉄の槍よ、貫け」
直後。
何もない空間から、無数の槍が出現した。
鋭い切っ先。
それらが、一斉に零司へ向かう。
しかし。
ガキンッ!
すべての槍が、少年の目前で停止した。
「……遅いね」
零司が指を動かす。
槍が、空中で方向を変えた。
その切っ先が、アウレオルスへ向けられる。
「……っ!」
男が叫ぶ。
「消えよ!」
瞬間。
槍が消滅した。
零司は感心したように頷く。
「便利便利」
「……貴様ぁ!」
アウレオルスの声が荒くなる。
次の瞬間。
床が隆起した。
壁が歪む。
天井から巨大な刃が現れる。
さらに、何もない空間へ炎が生まれた。
そのすべてが、零司へ襲い掛かる。
しかし。
少年は動かなかった。
「……ふうん」
片手を上げる。
炎が消える。
刃が砕ける。
壁が元へ戻る。
床の隆起が収まる。
そして。
アウレオルスの足元だけ、床が不自然に沈んだ。
「……っ!?」
男が体勢を崩す。
次の瞬間、身体が宙へ浮き上がった。
腕。
脚。
胴体。
それぞれへ異なる方向から力が掛かる。
「……何だ、これは!」
「僕の番」
零司が笑った。
アウレオルスの身体が、壁際へ移動する。
そのまま、壁面へ押しつけられた。
「ぐっ……!」
手足が動かない。
針を刺すこともできない。
零司は、その様子を眺めた。
「……ねえ」
少年が口を開く。
「その力、本当に何でもできるの?」
アウレオルスは、苦しげに顔を上げた。
「……当然だ!」
「じゃあ、何で僕を倒せないの?」
沈黙。
その瞬間。
男の表情が、僅かに揺れた。
零司は、それを見逃さなかった。
「……ああ」
小さく笑う。
「なるほどね」
◇
「……久遠」
上条が、呆然と呟いた。
目の前では、黄金錬成を完成させた錬金術師が、壁へ押しつけられている。
しかも。
それをやっているのは、つい先ほどまで一緒に歩いていた少年だった。
「……お前、本当に何者なんだよ」
零司は振り返った。
「前にも言ったでしょ?」
「いや、レベル0って話だろ!?」
「うん」
「絶対嘘だろ!」
「記録上は本当だよ」
「そういう問題じゃねえ!」
零司は、楽しそうに笑った。
その隣で、ステイルが険しい表情を浮かべていた。
「……久遠零司」
「ん?」
「君が強いことは分かった。だが、ここで遊んでいる時間はない」
「……ああ、巫女さん?」
「それだけじゃない」
ステイルは、部屋の奥を見た。
そこには、もう一つの扉があった。
その向こう。
微かに、魔力の気配がする。
「……あの子がいる」
零司が首を傾げた。
「誰?」
「インデックスだ」
上条の表情が変わった。
「……何だと!?」
ステイルが頷く。
「どうやら、僕たちの後を追ってきたらしい」
「……あいつ!」
上条が、思わず頭を抱えた。
そして、奥の扉へ駆け寄る。
だが。
「――開くな」
アウレオルスの声が響いた。
次の瞬間。
扉が、壁の一部へ変化した。
「……っ!?」
上条が足を止める。
零司は、壁を眺めた。
「……また面倒なことを」
少年が、軽く指を動かす。
壁の一部が、ゆっくりと変形した。
そこに、扉の輪郭が現れる。
さらに、魔術的な境界へ位相勅令が働く。
通路を閉ざすという条件が、局所的に解除された。
そして。
ギィ……。
扉が開いた。
「……はい」
零司が上条へ手を振る。
「どうぞ」
「……助かった!」
上条が駆け込む。
ステイルも後を追った。
零司は、壁へ押しつけられたアウレオルスへ視線を戻した。
「……さて」
その口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「君は何がしたかったの?」
◇
「……私の目的だと?」
アウレオルスが、低く呟いた。
零司は頷いた。
「うん」
「……知ってどうする」
「面白かったら聞く」
即答だった。
「退屈だったら帰る」
「…………」
アウレオルスは、少年を睨んだ。
その瞳には怒りが宿っている。
しかし。
同時に。
どこか疲れ切ったような色もあった。
「……私は」
男が口を開く。
「……一人の少女を救うために、ここまで来た」
零司は、少しだけ目を細めた。
「少女?」
「そうだ」
アウレオルスは、ゆっくりと続けた。
「彼女は、膨大な魔道書の知識を抱えていた」
その言葉に、零司の瞳が動いた。
「……インデックス?」
「……知っているのか」
「さっき会ったよ」
零司は答えた。
「ご飯食べてた」
「…………」
アウレオルスの表情が固まった。
「……何?」
「すごい食欲だった」
零司は、少しだけ笑った。
「上条君、財布が大変そうだったよ」
アウレオルスは、何も言えなかった。
そのとき。
奥の扉から、上条の声が聞こえてきた。
「おい! 大丈夫か、インデックス!」
そして。
「……とうま……?」
少女の声。
白い修道服を着たインデックスが、上条に支えられて姿を現した。
眠らされていたのか、まだ少し足元が覚束ない。
ステイルが、その後ろから続く。
「……無事のようだね」
上条が頷く。
「ああ。ちょっと眠らされてただけみたいだ」
零司は、インデックスを見た。
「やっほー」
「……あれ?」
少女が目を瞬かせる。
「ポテトの人?」
「そうそう」
零司は笑った。
「また会ったね」
その気の抜けたやり取りを。
アウレオルスは、呆然と見つめていた。
「……インデックス」
小さく呟く。
少女が顔を向ける。
「……あなたは?」
アウレオルスの表情が揺れた。
かつて、自分が救おうとした少女。
彼女のために魔術を研究した。
禁忌へ手を伸ばした。
教会を離れた。
すべてを捨てて、黄金錬成へ到達した。
だが。
その少女は、目の前で普通に笑っている。
自分ではなく。
別の少年の隣で。
「……何故だ」
アウレオルスが呟いた。
「……何故、彼女が……」
◇
「……アウレオルス」
ステイルが、静かに口を開いた。
その声には、僅かな苦さがあった。
「もう終わったんだ」
「……何?」
「インデックスは、すでに救われている」
アウレオルスの瞳が大きく開かれた。
「……馬鹿な」
「彼女の記憶を一年ごとに消す必要は、もうない」
「……何を」
「首輪は破壊された」
ステイルは続ける。
「上条当麻がやったんだ」
沈黙。
アウレオルスが、ゆっくりと上条へ視線を向けた。
黒髪の少年。
特別な魔術師ではない。
高度な錬金術を扱えるわけでもない。
ただ、右手に異能を打ち消す力を持つ少年。
「……こいつが?」
アウレオルスが呟く。
上条は、静かに頷いた。
「ああ」
「……貴様が?」
「俺が、やった」
その言葉に。
アウレオルスの表情が、崩れた。
黄金錬成。
世界を思いどおりに変える力。
それを手に入れるために、費やした時間。
捨ててきたもの。
犠牲にしてきたもの。
それらが、たった一言で意味を失った。
「……ふざけるな」
男の声が震える。
「……そんなことが」
ステイルは、何も言わなかった。
零司も黙っていた。
ただ、アウレオルスの表情を観察している。
「……あり得るものか!」
男が叫んだ。
その瞬間。
部屋全体が、激しく揺れた。
◇
ゴゴゴゴゴッ!
壁に亀裂が走る。
床が変形する。
天井から、無数の刃が現れた。
「……っ!?」
上条が身構える。
インデックスを庇うように前へ出た。
ステイルもルーンを構える。
しかし。
零司だけは、アウレオルスを見つめていた。
「……ああ」
小さく呟く。
「そういうことか」
先ほどまで、男の術式は比較的安定していた。
針を首元へ刺す。
言葉を発する。
その結果が、現実へ反映される。
だが今は違う。
言葉にしていない現象まで、次々と発生している。
怒り。
焦り。
恐怖。
それらが、術式へ直接影響していた。
(……言葉そのものじゃない)
零司の目が細くなる。
(……思い描いたことが、現実になる)
それなら。
大きな欠点がある。
自分自身が、何を現実だと確信できるのか。
その確信が揺らげば。
「……君さ」
零司が、静かに口を開いた。
アウレオルスが顔を向ける。
「……何だ!」
「もう、その子は助かってるんでしょ?」
「…………!」
「だったら、何でまだ戦ってるの?」
アウレオルスは、答えられなかった。
零司は続ける。
「目的がなくなったなら、帰ればいいじゃん」
その言葉に。
アウレオルスの顔が、激しく歪んだ。
「……黙れ!」
「えー」
「貴様に何が分かる!」
「別に分かんないよ」
零司は、あっさりと答えた。
「君の事情なんて知らないし」
そして。
「でも、今の君、全然楽しそうじゃないね」
沈黙。
アウレオルスは、目を見開いた。
目の前の少年は、自分の努力を否定したわけではない。
救おうとした想いを嘲笑ったわけでもない。
ただ。
目的を失ったまま、怒り続けていることを不思議に思っている。
その無邪気さが、ひどく癇に障った。
「……貴様ぁ!」
アウレオルスが叫ぶ。
その瞬間。
零司を拘束していた空間が、大きく歪んだ。
「……ん?」
零司が顔を上げる。
アウレオルスは、怒りに震えながら告げた。
「――この男を、別の空間へ隔離せよ!」
次の瞬間。
零司の周囲の景色が、消えた。
◇
「……へえ」
久遠零司は、真っ白な空間に立っていた。
壁もない。
床もない。
天井もない。
どこまでも続く、白い領域。
アウレオルスの黄金錬成によって、局所的な空間の接続関係が変更されていた。
「……なるほどね」
零司は、周囲を見渡す。
物理的な移動ではない。
空間そのものの扱いが変わっている。
通常の万象演算だけでは、現在の位置関係を元へ戻すことが難しい。
しかし。
「……こっちなら」
零司は、ゆっくりと右手を上げた。
位相勅令。
世界の位相へ働きかける力。
白い空間へ、細い亀裂が走る。
「……うん」
零司は、小さく笑った。
「こういう使い方もできるんだ」
亀裂が広がる。
その向こうに、元の執務室が見え始めた。
そして。
零司は、一歩を踏み出した。
◇
その数瞬前。
「……久遠!?」
上条が叫んだ。
目の前から、零司が消えた。
突然。
何の前触れもなく。
ステイルが顔を上げる。
「……空間そのものを切り離したのか!?」
アウレオルスは、荒い息を吐いていた。
「……当然」
男は、震える手で針を首元へ刺す。
「私に、不可能などない!」
そして。
上条へ視線を向けた。
「……貴様だ」
低い声。
「……貴様さえ、いなければ」
上条は、静かに拳を握りしめた。
「……何だよ」
「……貴様が、私のすべてを奪った!」
その言葉に、上条の表情が変わった。
「……ふざけんな」
低い声だった。
アウレオルスが目を見開く。
上条は、一歩前へ出た。
「インデックスは、誰かのものじゃねえだろ」
「…………!」
「お前がどれだけ頑張ったのか、俺には分からねえ」
上条は続けた。
「だけどな」
その右拳が、強く握りしめられる。
「助かったなら、それでいいじゃねえか!」
アウレオルスの顔が歪んだ。
「……黙れ!」
次の瞬間。
上条の周囲に、無数の刃が出現した。
上条は右手を突き出す。
真正面から迫った刃へ触れる。
パキンッ!
魔術によって成立していた刃が、砕け散った。
しかし。
次の攻撃は、背後からだった。
床が盛り上がる。
壁が迫る。
天井が崩れる。
上条は、必死に右手を振るった。
触れた魔術が、次々と消えていく。
「……くそっ!」
ステイルがルーンを投げる。
「上条当麻! 下がれ!」
「……嫌だ!」
上条は叫んだ。
「俺は、こいつに言わなきゃいけないことがある!」
アウレオルスの目が、激しく揺れた。
そのとき。
「――その右腕を、切り落とせ」
低い声が響いた。
次の瞬間。
上条の右肩に、鋭い痛みが走った。
「……っ!?」
何かが、床へ落ちる。
赤い飛沫。
上条の身体が、大きく傾いた。
「……とうま!?」
インデックスの悲鳴。
ステイルの顔色が変わる。
「……上条当麻!」
そして。
アウレオルスは、荒い息を吐いた。
「……当然」
その目には、狂気に近い色が浮かんでいた。
「……これで、幻想殺しは失われた」
上条は、膝をついた。
失われた右腕。
そこから流れ出す血。
身体が、激しい痛みに震える。
だが。
その目は、まだアウレオルスを見つめていた。
◇
パキンッ!
乾いた音が響いた。
白い空間に亀裂が走る。
そして。
「……ただいま」
久遠零司が、執務室へ戻ってきた。
しかし。
その直後。
少年の足が止まった。
「……あれ?」
床には、上条当麻が膝をついていた。
右腕が失われている。
その周囲には、血が広がっていた。
「……うわ」
零司が、小さく呟く。
「随分と派手にやったね」
アウレオルスが振り返った。
「……馬鹿な!」
その表情が、凍りつく。
「……何故、戻ってこられる!」
「ちょっと道を直しただけ」
零司は肩をすくめた。
そして、上条へ視線を向ける。
「……上条君、大丈夫?」
「……大丈夫に、見えるかよ……!」
上条が、苦しげに答えた。
零司は、少しだけ考えた。
「……見えないね」
そのときだった。
零司の表情が変わった。
「……ん?」
上条の右肩。
失われた腕の、その先。
そこから、何かが動き始めていた。
魔力ではない。
通常の超能力でもない。
位相勅令で触れてきた魔術的な現象とも、明らかに違う。
零司の灰紫色の瞳が、細くなる。
「……何、あれ」
初めてだった。
目の前の現象を、すぐに理解できない。
そして。
その瞬間。
上条の右肩から、巨大な何かが姿を現した。
鋭い牙。
異形の顎。
人間の腕とは到底思えない輪郭。
それは、まるで。
――竜だった。
「…………!」
ステイルが息を呑む。
インデックスが目を見開く。
アウレオルスの顔から、血の気が引いた。
「……何だ、それは……!」
そして。
零司は。
静かに、その光景を見つめていた。
灰紫色の瞳が、僅かに見開かれる。
次の瞬間。
「……なるほど」
少年の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
「……君の右手」
上条当麻を見る。
以前、地下街で自分の能力を打ち消した右手。
その中に、何かが隠されていることは薄々感じていた。
だが。
まさか、こんなものが出てくるとは思わなかった。
「……そういうことか」
零司は、小さく笑った。
その目には、これまで以上に強い興味が宿っていた。
「……上条当麻」
少年は、静かに呟いた。
「君、僕が思ってたよりずっと面白いね」
そして。
黄金錬成の術者が、恐怖に顔を歪める中。
竜の顎が、ゆっくりと開かれた。