とある学園都市の第零位《ゼロナンバー》   作:右左右左右

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第26話 最強の、その先で

 八月十日、午後八時五十二分。

 

 学園都市第七学区、旧貨物操車場。

 

 轟音が夜空を震わせた。

 

 貨物コンテナが横倒しになり、積み上げられていた鉄骨が宙を舞う。

 

 その中心で、二人の少年が向かい合っていた。

 

 学園都市第一位。

 

 一方通行。

 

 そして、非公式の第零位。

 

 久遠零司。

 

「――オラァッ!」

 

 一方通行が地面を蹴った。

 

 踏み込んだコンクリートが砕け、白い影が一直線に加速する。

 

 その右手が、零司の顔面へ伸びた。

 

 触れれば終わり。

 

 ただの打撃ではない。

 

 人体内部の血流すら操作できる一方通行にとって、接触そのものが致命的な攻撃となる。

 

 しかし。

 

 零司は、その場からほとんど動かなかった。

 

 右足を僅かに引く。

 

 それだけで、身体が横へ滑った。

 

 靴底と地面の摩擦。

 

 身体に働く加速度。

 

 それらが調整され、必要な距離だけ位置が変わる。

 

 一方通行の指先が空を切った。

 

 背後のコンテナが、内側から叩かれたように吹き飛ぶ。

 

 ガシャアアアンッ!

 

「……チッ!」

 

 一方通行は振り返った。

 

「ちょこまか逃げやがって!」

 

「触られると危ないからね」

 

 零司は、両手をポケットに入れたまま答えた。

 

「君の能力、結構物騒だし」

 

「……ハッ!」

 

 赤い瞳が細くなる。

 

「分かってンなら大人しく死ねよ!」

 

 一方通行が、再び踏み込む。

 

 しかし、今度は零司へ直接向かわなかった。

 

 足元の地面を蹴り砕く。

 

 無数のコンクリート片が宙を舞った。

 

 それらが、四方八方へ広がる。

 

 そして。

 

 次の瞬間。

 

 すべてが零司へ向かって加速した。

 

「――避けてみろよ!」

 

 正面。

 

 左右。

 

 頭上。

 

 複数の方向から迫る破片。

 

 だが、零司は笑った。

 

「それ、さっきも見たよ」

 

 少年の周囲で、空気が奇妙に揺らいだ。

 

 飛来する破片が、次々と軌道を変えていく。

 

 あるものは地面へ。

 

 あるものは別の破片へ。

 

 そして、残りは二人の間にある空間を通り過ぎ、背後のコンテナへ突き刺さった。

 

 ガガガガッ!

 

 金属板に無数の穴が開く。

 

 しかし。

 

「――甘ェんだよ!」

 

 一方通行が笑った。

 

 その瞬間、背後のコンテナへ突き刺さった破片が、一斉に引き抜かれた。

 

 さらに、コンテナそのものが大きく歪む。

 

 零司が横へ視線を向けた。

 

「……へえ」

 

 直後。

 

 巨大な鉄板が、横殴りに迫った。

 

 その質量は、先ほどの破片とは比較にならない。

 

 零司は避けなかった。

 

 鉄板へ働く力を変え、進行方向を僅かにずらす。

 

 頭上を巨大な金属板が通過した。

 

 しかし。

 

 一方通行の狙いは、そこではなかった。

 

「――そこだァ!」

 

 鉄板の陰から、白い影が飛び出した。

 

 視界を遮る巨大な障害物。

 

 その背後に隠れて、一方通行はすでに距離を詰めていた。

 

 右手が伸びる。

 

 零司の首筋へ。

 

「……なるほど」

 

 少年の目が細くなった。

 

 次の瞬間。

 

 一方通行の足元から、乾いた音が響いた。

 

 パキンッ!

 

 地面の表面が、突然砕けた。

 

「……あァ!?」

 

 足場が崩れる。

 

 だが、一方通行は転倒しなかった。

 

 自身へ働く力を操作し、空中で姿勢を立て直す。

 

 そのまま、さらに加速した。

 

「そンなもンが通じるかよ!」

 

 今度こそ、右手が零司へ届く。

 

 しかし。

 

 指先が触れる寸前。

 

 零司の身体が、ふわりと横へ移動した。

 

 無駄のない回避。

 

 一方通行の手は、またしても空を切った。

 

 そして。

 

 ドゴォンッ!

 

 その先にあった金属製の支柱が、根元から吹き飛んだ。

 

 零司は、壊れた支柱を眺めた。

 

「……結構、考えてるんだね」

 

「……あァ?」

 

「鉄板を目隠しにして、その陰から近づいた」

 

 零司は笑った。

 

「ちゃんと戦い慣れてる」

 

 その言葉に。

 

 一方通行の口元が歪んだ。

 

「……クカカッ!」

 

 そして。

 

「テメェ、随分と余裕じゃねェか!」

 

「まあね」

 

「だったら――!」

 

 赤い瞳が鋭くなる。

 

「そいつがいつまで続くか、試してやるよ!」

 

     ◇

 

 午後八時五十四分。

 

 旧貨物操車場、北側外周。

 

「……すごい」

 

 N-13は、遠くの戦闘を見つめていた。

 

 コンテナが吹き飛ぶ。

 

 地面が砕ける。

 

 巨大な鉄骨が宙を舞う。

 

 それなのに。

 

 零司は、一度もまともな攻撃を受けていなかった。

 

「……零司、強いね」

 

 N-12が小さく呟く。

 

「……うん」

 

 N-13は頷いた。

 

 零司が強いことは知っていた。

 

 PROJECT:ECHOから逃げ出した後も、何度もその力を見てきた。

 

 しかし。

 

 目の前の白髪の少年も、明らかに普通ではない。

 

「……第一位って、あんなに強いんだ」

 

 N-13が呟く。

 

 その隣で、ミサカ九九七一号が口を開いた。

 

「学園都市第一位、一方通行の能力はベクトル操作です」

 

「……ベクトル?」

 

「はい。運動、熱、電気など、方向と大きさを持つ物理量へ干渉する能力です」

 

 少女は、淡々と説明した。

 

「通常の攻撃は、身体へ届く前に反射されます」

 

 N-12が顔を向ける。

 

「……零司の攻撃も?」

 

「現時点で、一方通行の反射を突破した攻撃は確認されていません」

 

 N-13の表情が、僅かに変わった。

 

「……じゃあ、零司でも倒せないの?」

 

「不明です」

 

 九九七一号は、戦闘を見つめた。

 

「ただし、久遠零司は一方通行の身体へ直接干渉するのではなく、周囲の環境条件を変更しています」

 

 N-12が首を傾げる。

 

「……どういうこと?」

 

「一方通行の反射は、外部から接近する攻撃に対して機能しています」

 

 少女は続けた。

 

「しかし、地面そのものの強度や周囲の構造が変化した場合、反射だけでは移動先を確保できない状況が生じます」

 

「……そっか」

 

 N-13は、遠くの零司を見た。

 

 万象演算。

 

 物理現象の成立条件へ干渉する能力。

 

 一方通行のベクトル操作とは、異なる性質を持つ力。

 

 だからこそ、二人の戦闘は通常の能力者同士とは違っていた。

 

 そのとき。

 

 N-12が、ふと顔を上げた。

 

「……待って」

 

「……何?」

 

「……あの車」

 

 少女が指差した先。

 

 操車場の外周道路。

 

 そこへ、黒い車両が二台進入してきた。

 

 ライトは消えている。

 

 車体に所属を示す表示もない。

 

「……研究員の車?」

 

 N-13が尋ねた。

 

 N-12は、首を横へ振った。

 

「……違うと思う」

 

「……どうして?」

 

「……こっちに来てる」

 

 その言葉が終わる前に。

 

 車両の扉が開いた。

 

     ◇

 

『対象を確認』

 

 黒い戦闘服の男が、通信装置へ報告した。

 

『N-12、N-13、ミサカ九九七一号』

 

『ZEROは?』

 

『第一位と交戦中』

 

『了解。予定どおり処理しろ』

 

 男は短く答えた。

 

『了解』

 

 そして、周囲の隊員へ指示する。

 

「第一班は右から回れ。第二班は退路を塞げ」

 

 武装した男たちが、素早く散開した。

 

 狙いは明確だった。

 

 零司ではない。

 

 その周囲にいる三人の少女。

 

「……対象は三名。生存していれば拘束、抵抗する場合は排除を許可されている」

 

 隊長が告げる。

 

「ただし、ZEROとの正面戦闘は避けろ」

 

 部下が頷いた。

 

「了解」

 

 その直後。

 

 銃声が響いた。

 

     ◇

 

 パパパパッ!

 

「……っ!」

 

 N-13が、咄嗟にN-12の腕を引いた。

 

 銃弾が、二人のいた場所を通過する。

 

 背後の鉄板に火花が散った。

 

「……走って!」

 

 N-12が叫ぶ。

 

 三人は、コンテナの陰へ飛び込んだ。

 

 続いて、足元へ銃弾が突き刺さる。

 

 砂埃が舞い上がった。

 

「……何で!」

 

 N-13が息を切らせながら叫ぶ。

 

「……零司と戦ってるんじゃないの!?」

 

「……違う」

 

 N-12が答えた。

 

「……最初から、わたしたちを狙ってる」

 

 かつての記憶が蘇る。

 

 PROJECT:ECHO。

 

 研究施設から逃げ出した自分たちを追ってきた武装兵。

 

 強い能力者へ正面から挑む必要はない。

 

 守ろうとする相手を狙う。

 

 それだけで、相手の行動を制限できる。

 

「……零司を呼ぶ?」

 

 N-13が尋ねた。

 

 N-12は、僅かに迷った。

 

 その間にも、追跡者の足音が近づいてくる。

 

 しかし。

 

「……待ってください」

 

 九九七一号が口を開いた。

 

 二人が振り返る。

 

「ミサカにも、できることがあります」

 

「……何?」

 

「敵部隊は通信装置と電子照準機器を使用しています」

 

 九九七一号は、自分の手を見た。

 

「ミサカは微弱な電気を操作できます。限定的な機器妨害であれば可能です」

 

 N-13が目を瞬かせた。

 

「……できるの?」

 

「成功する保証はありません」

 

 少女は答えた。

 

「しかし、試す価値はあります」

 

 その言葉に。

 

 N-12が、小さく笑った。

 

「……うん」

 

 そして、周囲を見渡した。

 

「……じゃあ、わたしは逃げ道を探す」

 

 N-13も頷く。

 

「……わたしは、あの人たちの注意を逸らす」

 

 九九七一号が二人を見た。

 

「……役割を分担するのですね」

 

「……そう」

 

 N-13は頷いた。

 

「……零司に、全部任せたくないから」

 

 その言葉に。

 

 九九七一号は、数秒ほど黙っていた。

 

 そして。

 

「……了解しました」

 

 静かに答えた。

 

     ◇

 

 午後八時五十六分。

 

 操車場中央。

 

 凄まじい風が吹き荒れていた。

 

「――クカカッ!」

 

 一方通行が笑う。

 

 周囲の空気が、渦を巻くように集まっていく。

 

 単純な突風ではない。

 

 空気の流れを複数の方向へ分け、圧力差を作り出している。

 

 その中心に、零司が立っていた。

 

「……なるほど」

 

 少年は、周囲を見渡した。

 

 右側から迫る高圧の気流。

 

 左側には、逆方向へ流れる空気。

 

 正面には、急激な圧力の変化。

 

 空間そのものが、巨大な罠になっていた。

 

「……面白い使い方だね」

 

「――オラァッ!」

 

 一方通行が叫んだ。

 

 次の瞬間。

 

 複数の気流が、一斉に零司へ向かった。

 

 だが。

 

 それらは、少年へ届かなかった。

 

 空気の密度。

 

 圧力の伝達。

 

 そして、周囲の流体条件。

 

 それらが、同時に変更されていく。

 

 迫っていた気流が、途中で進路を変えた。

 

 左右へ。

 

 上空へ。

 

 さらに、互いに異なる方向へ流れ始める。

 

 ドォンッ!

 

 空気同士が衝突し、巨大な音を立てた。

 

 一方通行の目が細くなる。

 

「……テメェ」

 

 そして。

 

 口元が、獰猛に歪んだ。

 

「そいつを待ってたンだよ!」

 

 零司が、僅かに眉を上げた。

 

「……ん?」

 

 その直後。

 

 一方通行が動いた。

 

 先ほどまで零司が変更していた気流。

 

 その一部へ、さらに別のベクトルが与えられる。

 

 零司が流れを変えた空気。

 

 そこに、一方通行が新しい運動を与えたのだ。

 

 結果。

 

 予想外の方向から、圧縮された空気が迫った。

 

「――そこだァ!」

 

 零司の背後。

 

 空気が、一瞬で圧縮される。

 

 そして。

 

 ドンッ!

 

 凄まじい衝撃が発生した。

 

 砂埃が舞い上がる。

 

 零司の身体が、後方へ滑った。

 

 靴底が地面を削る。

 

 しかし。

 

 数メートルほど移動したところで、少年は停止した。

 

「……へえ」

 

 零司が、ゆっくりと顔を上げる。

 

 制服の上着が、少しだけ破れていた。

 

 だが、身体に目立った損傷はない。

 

「僕が変えた流れを利用したんだ」

 

 一方通行が笑った。

 

「……ハッ!」

 

 赤い瞳が鋭くなる。

 

「テメェだけが、考えてると思うンじゃねェぞ!」

 

 零司は、しばらく白髪の少年を見つめていた。

 

 そして。

 

「……そうだね」

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

「じゃあ、もう少し複雑にしてみようか」

 

 次の瞬間。

 

 操車場の地面が、奇妙な音を立てた。

 

 パキンッ。

 

 地面の表面に、細い亀裂が走る。

 

 一方通行が顔を下げる。

 

「……あァ?」

 

 その瞬間。

 

 足元のコンクリートが、突然軟らかく変形した。

 

 いや。

 

 実際に液体へ変化したわけではない。

 

 荷重を支える条件が変更され、通常とは異なる変形を起こしているのだ。

 

「……チッ!」

 

 一方通行が、空中へ跳んだ。

 

 自身へ働く力を操作する。

 

 そのまま、零司へ向かって加速した。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 周囲の鉄骨が、一斉に軋み始めた。

 

 ガギギギッ!

 

 鉄骨の一部が、不自然に湾曲する。

 

 そのまま、一方通行の進行方向へ倒れ込んだ。

 

「……邪魔くせェ!」

 

 一方通行が、鉄骨へ触れる。

 

 ガァンッ!

 

 巨大な金属が、凄まじい勢いで弾き飛ばされた。

 

 しかし。

 

 その先でも、別の変化が起きていた。

 

 足場の強度。

 

 空気の流れ。

 

 構造材の荷重。

 

 それらが、次々と変更されていく。

 

 一方通行は、舌打ちした。

 

「……テメェ!」

 

 零司は、笑っていた。

 

「君の反射って、すごい便利だよね」

 

「……あァ?」

 

「でも、反射するだけじゃ解決しないこともあるでしょ?」

 

 その言葉に、一方通行の表情が変わった。

 

 零司は続ける。

 

「地面がなくなっても、君は動ける」

 

「…………」

 

「空気の流れを変えても、君は対応できる」

 

 そして。

 

「じゃあ、それを同時に続けたらどうなるんだろうね?」

 

 一方通行の赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……クカカッ!」

 

 その口元が、大きく歪んだ。

 

「上等だァ!」

 

 次の瞬間。

 

 白髪の少年が、地面を踏み抜いた。

 

 轟音。

 

 周囲のコンクリートが砕け散る。

 

 さらに、空気の流れが急激に変化した。

 

 零司の作った複数の条件へ、別のベクトルが重ねられる。

 

 空気。

 

 地面。

 

 鉄骨。

 

 そのすべてが、二人の能力によって複雑に動き始めた。

 

 だが。

 

 零司は、その光景を見て笑っていた。

 

「……いいね」

 

 その灰紫色の瞳が、細くなる。

 

「やっぱり、第一位は強い」

 

 その言葉に。

 

 一方通行は、さらに笑みを深めた。

 

「……ハッ!」

 

 そして。

 

「まだまだ、こんなもンじゃねェぞ!」

 

     ◇

 

 午後八時五十八分。

 

 北側貨物通路。

 

「……右!」

 

 N-12が叫んだ。

 

 N-13が、進行方向を変える。

 

 直後。

 

 銃弾が、左側の壁を貫いた。

 

 ガンッ!

 

「……っ!」

 

 三人は、狭い通路へ飛び込んだ。

 

 背後から、武装した男たちが追ってくる。

 

「……対象を見失った!」

 

「監視映像を確認しろ!」

 

『映像が不安定だ! 位置が一致しない!』

 

 N-13の観測干渉。

 

 人間の注意や、記録された映像の認識に不一致を生じさせる能力。

 

 その影響によって、追跡側は三人の正確な位置を把握できなくなっていた。

 

 しかし。

 

 完全に姿を消したわけではない。

 

 熱源を検出する装置には、依然として反応が残っている。

 

「……そこだ!」

 

 一人の男が、端末を確認した。

 

 そして、銃を向ける。

 

 その瞬間。

 

 パチッ!

 

 小さな電気音。

 

「……あ?」

 

 男の通信装置へ雑音が走る。

 

 照準装置の表示が乱れた。

 

「……故障か!?」

 

 その隙に、三人は通路の奥へ走った。

 

「……成功しました」

 

 九九七一号が呟く。

 

 その指先には、微弱な電気が残っていた。

 

 N-13が顔を向ける。

 

「……すごい!」

 

「限定的な電子機器への干渉です」

 

 少女は答えた。

 

「長時間の妨害はできません」

 

「……十分だよ!」

 

 N-13が笑った。

 

 そのとき。

 

 N-12が、急に足を止めた。

 

「……待って!」

 

 正面。

 

 貨物通路の出口。

 

 そこに、小さな赤いランプが見えた。

 

 さらに、通路の側面に取り付けられた不自然な装置。

 

 N-12の表情が変わる。

 

「……あれ」

 

「……何?」

 

「……罠」

 

 N-13が息を呑んだ。

 

「……え?」

 

「……出口に、何か仕掛けてる」

 

 N-12は、周囲を見渡した。

 

 背後には追跡部隊。

 

 前方には、正体不明の装置。

 

 そのまま進めば、確実に何かが起きる。

 

「……こっち!」

 

 N-12が、側面の作業扉を指差した。

 

 三人が駆け寄る。

 

 しかし。

 

 ガチャッ!

 

 鍵が掛かっていた。

 

「……っ!」

 

 N-13が顔を上げる。

 

「……どうするの!?」

 

 九九七一号が、扉へ手を伸ばした。

 

「電子錠への干渉を試みます」

 

 指先から、微弱な電流が流れる。

 

 しかし。

 

《認証拒否》

 

 扉は開かない。

 

「……解除できません」

 

 背後から、足音が迫る。

 

 N-12は、扉の周囲を確認した。

 

 古い作業用扉。

 

 側面には、外側から固定するための金具。

 

 そして、その下には工具箱が置かれている。

 

「……これ!」

 

 N-12が、工具箱から金属製の棒を取り出した。

 

 固定具の隙間へ差し込む。

 

 力を掛ける。

 

 ガギッ!

 

 金属が軋んだ。

 

「……っ!」

 

 包帯のない腕に、力が入る。

 

 さらに押し込む。

 

 ガキンッ!

 

 古い固定具が外れた。

 

「……開いた!」

 

 N-13が叫ぶ。

 

 三人は、作業扉の内側へ飛び込んだ。

 

 その直後。

 

 背後で、短い電子音が響いた。

 

 ピッ。

 

 N-12が振り返る。

 

 通路の出口。

 

 赤いランプ。

 

 その点滅速度が、急激に上がっていた。

 

「……伏せて!」

 

 少女が叫んだ。

 

 次の瞬間。

 

 爆発が起きた。

 

     ◇

 

 ドォォンッ!

 

 凄まじい轟音。

 

 貨物通路が、大きく揺れた。

 

 壁が砕け、鉄製の扉が吹き飛ぶ。

 

「……っ!」

 

 N-13が、咄嗟に九九七一号を押し倒した。

 

 直後。

 

 巨大な破片が、頭上を通過する。

 

 ガシャアアアンッ!

 

 金属片が、壁へ激突した。

 

 N-12は、床へ倒れ込んでいた。

 

「……十二号!」

 

 N-13が叫ぶ。

 

 N-12が、ゆっくりと顔を上げた。

 

 頬に浅い傷。

 

 左腕には、破片で切った傷ができている。

 

 血が、袖を赤く染め始めていた。

 

「……大丈夫」

 

 N-12が、苦しげに答えた。

 

「……動ける」

 

「……大丈夫じゃない!」

 

 N-13が、駆け寄る。

 

 しかし。

 

 そのとき。

 

 崩れた通路の向こうから、足音が聞こえた。

 

「……生存者を確認」

 

 低い声。

 

「処理を続行する」

 

 N-13の表情が変わった。

 

 倒れたN-12。

 

 傍にいる九九七一号。

 

 そして、迫ってくる武装した男たち。

 

 少女は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……来ないで」

 

 小さな声。

 

 男たちは、構わず銃を向けた。

 

「対象確認。射撃準備」

 

「……来ないで!」

 

 N-13の声が強くなる。

 

 その瞬間。

 

 男たちの視線が、一斉に揺らいだ。

 

 目の前にいたはずの少女。

 

 その位置が、どうしても定まらない。

 

「……何だ!?」

 

「……どこにいる!」

 

 しかし。

 

 一人の男が、端末を確認した。

 

「……熱源反応は残っている」

 

 銃口が、ゆっくりと動く。

 

 N-13の方へ。

 

 そのとき。

 

 九九七一号が、男の通信装置へ視線を向けた。

 

 パチッ!

 

 小さな電気音。

 

 照準表示が乱れる。

 

「……またか!」

 

 男が舌打ちした。

 

 しかし、今度は銃を下ろさなかった。

 

 照準装置を無視し、直接目で狙う。

 

「……だったら!」

 

 引き金へ、指が掛かる。

 

 その瞬間。

 

 男の足元が、不自然に沈んだ。

 

「……え?」

 

 直後。

 

 身体が、横方向へ弾き飛ばされた。

 

 ガンッ!

 

 背中が壁へ激突する。

 

 銃が床を滑った。

 

 続いて。

 

 他の男たちの足元でも、異変が起きた。

 

 荷重を支える床が、突然傾く。

 

 複数の隊員が、まともに立っていられなくなった。

 

「……何だ!?」

 

「……床が!」

 

 そして。

 

 崩れた通路の奥から、声がした。

 

「……ごめんね」

 

     ◇

 

 久遠零司だった。

 

 両手は、相変わらずポケットに入ったまま。

 

 その表情には、先ほどまでの楽しそうな笑みがなかった。

 

「ちょっと遅くなった」

 

「……零司!」

 

 N-13が叫んだ。

 

 零司は、倒れたN-12を見た。

 

 血の滲んだ左腕。

 

 頬の傷。

 

 そして、周囲に散らばった爆発物の破片。

 

「……なるほど」

 

 静かに呟く。

 

 その瞳が、僅かに細くなった。

 

「……君たち」

 

 武装した男たちへ視線を向ける。

 

「誰の命令?」

 

 返答はない。

 

 一人の男が、通信装置へ手を伸ばした。

 

『対象ZEROが到着。第二段階へ――』

 

 通信は、そこで途切れた。

 

 装置の内部が、突然変形したからだ。

 

 バキッ!

 

「……っ!?」

 

 男が、驚愕の表情で零司を見る。

 

 少年は、静かに続けた。

 

「質問してるんだけど」

 

 男は、答えなかった。

 

 代わりに、腰へ手を伸ばす。

 

 小型の起爆装置。

 

 その操作部へ、指が掛かる。

 

 零司の目が細くなった。

 

「……ああ」

 

 そして。

 

「また、それ?」

 

 次の瞬間。

 

 起爆装置が、男の手から離れた。

 

 それだけではない。

 

 男の右腕が、不自然な方向へ折れ曲がった。

 

「――がああっ!?」

 

 悲鳴が響く。

 

 起爆装置が、床へ落ちる。

 

 しかし。

 

 別の男が、背後から動いた。

 

 その手には、もう一つの小型装置。

 

 すでに親指がスイッチへ掛かっていた。

 

「……っ!」

 

 N-13が息を呑む。

 

 次の瞬間。

 

 男の身体が、壁へ激突した。

 

 ドゴンッ!

 

 鈍い音。

 

 そのまま、床へ崩れ落ちる。

 

 手から離れた装置が、地面を転がった。

 

 男は、もう動かなかった。

 

 零司は、倒れた身体を一度だけ確認した。

 

 呼吸はない。

 

「……一人、死亡」

 

 淡々と呟いた。

 

 その言葉に。

 

 N-13が、顔を上げた。

 

「……零司」

 

「何?」

 

「……今の人」

 

 少女は、僅かに言葉を詰まらせた。

 

「……また、殺したの?」

 

「うん」

 

 即答だった。

 

 N-13の表情が曇った。

 

「……止めるだけじゃ、駄目だった?」

 

 零司は、少女を見つめた。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「できたかもしれないね」

 

 静かに答えた。

 

「……じゃあ」

 

「でも、あの人は起爆装置を押そうとしてた」

 

 零司は続ける。

 

「君たちが近くにいる状態で、もう一度爆発させるつもりだった」

 

「…………」

 

「だから、確実に止めた」

 

 その声には、怒りも興奮もなかった。

 

 ただ、必要だと判断した行動を取った。

 

 それだけだった。

 

 N-13は、唇を噛んだ。

 

「……嫌だった」

 

「そっか」

 

 零司は頷いた。

 

「……でも」

 

 N-13が顔を上げる。

 

「……助けてくれたのは、分かってる」

 

「うん」

 

「……だけど、人が死ぬのは嫌」

 

 零司は、しばらく少女を見つめていた。

 

 そして。

 

「……それでいいんじゃない?」

 

 小さく答えた。

 

 N-13が目を瞬かせる。

 

「……え?」

 

「君まで、僕と同じ考えになる必要ないでしょ」

 

 少年は肩をすくめた。

 

「僕は僕の判断をした。君はそれを嫌だと思った」

 

 そして。

 

「別に、同じ意見じゃなくてもいいよ」

 

 N-13は、少年を見つめた。

 

 零司は、いつもそうだった。

 

 自分の判断を他人へ押しつけない。

 

 その代わり、他人の価値観によって自分の行動を変えることも少ない。

 

「……そっか」

 

 N-13は、小さく呟いた。

 

 零司は、それ以上何も言わなかった。

 

 ただ、N-12の左腕へ視線を向けた。

 

「……歩ける?」

 

「……うん」

 

 N-12が頷いた。

 

「……大丈夫」

 

「じゃあ、帰りに診てもらおうか」

 

 その言葉に。

 

 N-12が、小さく笑った。

 

「……うん」

 

 零司は、倒れた男たちを見た。

 

 そして、足元へ転がっていた黒い通信端末を拾い上げる。

 

「……これ、もらっておこうかな」

 

 N-13が首を傾げる。

 

「……何?」

 

「通信装置」

 

 零司は、端末を裏返した。

 

 外装には、複数の管理番号が記されている。

 

「……誰が送ってきたのか、調べられるかもしれないし」

 

 そのまま、ポケットへしまった。

 

 そして。

 

「……さて」

 

 少年が、顔を上げた。

 

「そろそろ帰ろうか」

 

 だが。

 

 背後から、低い声が響いた。

 

「――オイオイ」

 

     ◇

 

「……勝手に終わらせンじゃねェよ」

 

 崩れた通路の向こう。

 

 白髪の少年が、ゆっくりと姿を現した。

 

 一方通行。

 

 その赤い瞳が、零司を捉えている。

 

「……まだ、俺との決着がついてねェだろ?」

 

 零司は、少しだけ眉を上げた。

 

「……追いかけてきたんだ」

 

「当たり前だろォが」

 

 一方通行は、周囲を見渡した。

 

 倒れた武装兵。

 

 破壊された通路。

 

 そして、N-12たち。

 

「……何だ、こいつら」

 

 零司が答える。

 

「君の実験を管理してる人たちの別部隊みたい」

 

「……あァ?」

 

「僕たちを殺しに来たらしいよ」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行が、鼻で笑った。

 

「……くだらねェ」

 

 その視線が、倒れた男たちへ向けられる。

 

「俺の実験に、勝手に別の連中を混ぜてンじゃねェよ」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「そこは同感」

 

「……勘違いすンなよ」

 

 一方通行の目が細くなる。

 

「俺は、テメェの味方になったわけじゃねェ」

 

「知ってるよ」

 

 零司は頷いた。

 

 そして。

 

「でも、今は続きできないかな」

 

「……あァ?」

 

 零司は、N-12たちへ視線を向けた。

 

「こっちが先だから」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……テメェ」

 

 そして。

 

 獰猛に笑った。

 

「……クカカッ!」

 

 その身体から、異様な圧力が漂い始める。

 

「俺から逃げるつもりかよ!」

 

 次の瞬間。

 

 一方通行が、地面を蹴った。

 

 轟音。

 

 白い影が、零司へ迫る。

 

 しかし。

 

 零司は、動かなかった。

 

 その代わり。

 

 周囲の空気が、不自然に流れ始めた。

 

 一方通行の進行方向。

 

 そこに、複数の圧力差が生まれる。

 

 さらに。

 

 足元のコンクリートが、局所的に崩れ始めた。

 

「……また、それかよ!」

 

 一方通行が叫んだ。

 

 だが、すぐに対応する。

 

 空気の流れを操作する。

 

 身体へ働く力を変更する。

 

 そして、進行方向を修正した。

 

 次の瞬間。

 

 白髪の少年の右手が、零司へ迫った。

 

 しかし。

 

 触れる寸前。

 

 零司の身体が、僅かに横へ移動した。

 

 右手が空を切る。

 

 直後。

 

 背後の壁が、凄まじい音を立てて砕け散った。

 

 ドゴォンッ!

 

「……あらら」

 

 零司が、軽く息を吐く。

 

「結構、本気なんだね」

 

「……当たり前だろォが!」

 

 一方通行が叫ぶ。

 

「俺の相手してンのはテメェだろ!」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……そうだね」

 

 その灰紫色の瞳が、細くなる。

 

「じゃあ、一つだけ試してみようか」

 

 次の瞬間。

 

 操車場の空気が、奇妙な音を立てた。

 

     ◇

 

 一方通行が、眉をひそめた。

 

「……あァ?」

 

 周囲の空気が、急激に変化している。

 

 圧力。

 

 密度。

 

 温度。

 

 そのすべてが、複雑に組み替えられていた。

 

 だが、直接的な攻撃ではない。

 

 零司は、一方通行の反射を突破しようとしていなかった。

 

 周囲の空間を、移動しにくい環境へ変更している。

 

 さらに。

 

 足元の地面が、微妙に変形した。

 

 立っている場所。

 

 移動先。

 

 そして、その先の支持構造。

 

 それらが、次々と変化していく。

 

「……チッ!」

 

 一方通行が舌打ちした。

 

 だが、すぐに笑った。

 

「……クカカッ!」

 

 次の瞬間。

 

 白髪の少年が、地面を踏み抜いた。

 

 周囲のコンクリートが砕け散る。

 

 さらに、空気の流れを操作する。

 

 零司が作った圧力差を、強引に組み替えていく。

 

 その結果。

 

 周囲に配置されていた鉄骨が、凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 

 ガシャアアアンッ!

 

「……どうだァ!」

 

 一方通行が叫ぶ。

 

 しかし。

 

 零司は、笑っていた。

 

「……やっぱりね」

 

「……何がだ!」

 

「君、そうやって全部対応できるんだ」

 

 零司は頷いた。

 

「じゃあ、僕がやってること、ちゃんと分かってるんだね」

 

 一方通行の赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……テメェ」

 

 そして。

 

「……俺を試してやがったのか」

 

「うん」

 

 零司は、あっさりと答えた。

 

「だって、第一位でしょ?」

 

 その言葉に。

 

 一方通行が、声を上げて笑った。

 

「……クカカカッ!」

 

 そして。

 

「……いいぜ」

 

 その赤い瞳が、獰猛に細くなる。

 

「だったら、次はもっとすげェもンを見せてやるよ!」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「楽しみにしてる」

 

 その瞬間。

 

 一方通行が、足元の地面を蹴った。

 

 凄まじい加速。

 

 白い影が、零司へ向かって飛び出す。

 

 しかし。

 

 その直後。

 

 操車場のスピーカーから、機械的な音声が流れた。

 

《第九九七一次実験》

 

《計画外能力者の介入を確認》

 

《実験条件:重大な逸脱》

 

《本実験:無効》

 

 その言葉に。

 

 一方通行の動きが、僅かに止まった。

 

「……あァ?」

 

 スピーカーから、続けて音声が流れる。

 

《対象個体:生存》

 

《実験継続:不可》

 

《追加観測記録:保存》

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行が、低く笑った。

 

「……ハッ」

 

 その視線が、零司へ向けられる。

 

「……随分と勝手な連中だなァ」

 

 零司は肩をすくめた。

 

「そうだね」

 

 白髪の少年は、しばらく零司を見つめていた。

 

 そして。

 

「……今日は、ここまでにしといてやる」

 

 低い声。

 

「だが、次は逃がさねェ」

 

 零司は笑った。

 

「期待してるよ」

 

 一方通行は、鼻で笑った。

 

「……チッ」

 

 そのまま、踵を返す。

 

 そして。

 

「……オイ、ZERO」

 

 零司が顔を上げた。

 

「何?」

 

「……テメェ」

 

 白髪の少年は、振り返らなかった。

 

「……何で、そいつらを守る?」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……そうだね」

 

 小さく笑う。

 

「僕のところにいる子たちだから、かな」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……あァ?」

 

「他の人に勝手に壊されるの、嫌なんだよね」

 

 その答えに。

 

 一方通行は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……クソくだらねェ」

 

 小さく吐き捨てた。

 

 零司は、楽しそうに笑った。

 

「そう?」

 

 そのまま、N-12たちへ顔を向ける。

 

「……行こっか」

 

 N-13が頷いた。

 

「……うん」

 

 九九七一号も、小さく頷く。

 

 一方通行は、少年たちの背中を見送った。

 

 そして。

 

「……第零位、か」

 

 低く呟く。

 

 赤い瞳が、僅かに細くなった。

 

「……面白ェじゃねェか」

 

     ◇

 

 午後九時二十一分。

 

 旧貨物操車場、管理棟。

 

「……何だと!?」

 

 研究主任が、机を叩いた。

 

「……目撃者処理班が壊滅!?」

 

『一部の隊員が負傷、指揮系統は機能停止しています』

 

「……馬鹿な!」

 

 主任は、画面を睨んだ。

 

 そこには、先ほどまでの戦闘記録が表示されていた。

 

 久遠零司。

 

 一方通行。

 

 両者の能力が干渉し、周囲の物理条件が何度も変更されている。

 

 研究主任は、荒い息を吐いた。

 

「……第零位」

 

 その声には、恐怖と興奮が混じっていた。

 

 第一位。

 

 学園都市最強の超能力者。

 

 その相手と互角に近い攻防を行い、なお余力を残している少年。

 

「……これは」

 

 主任が呟く。

 

「……想定以上だ」

 

 隣の研究員が、震える声で尋ねた。

 

「……どうしますか」

 

 主任は、しばらく考えた。

 

 そして。

 

「……実験結果を保存しろ」

 

「……ですが、九九七一号は生存しています」

 

「分かっている!」

 

 主任が怒鳴った。

 

 その直後。

 

 少しだけ声を落とす。

 

「……今回の実験は、無効だ」

 

 研究員が目を見開く。

 

「……無効?」

 

「予定外の能力者が介入し、戦闘条件が成立していない」

 

 主任は、画面を見つめた。

 

「……次回実験は予定どおり進める」

 

 そして。

 

「ZEROについては、上位管理者へ報告しろ」

 

 研究員が頷いた。

 

 画面が切り替わる。

 

《第九九七一次実験》

 

《結果:無効》

 

《対象個体:生存》

 

《計画外能力者:ZERO》

 

《追加観測データ:保存》

 

 さらに。

 

《目撃者処理》

 

《結果:失敗》

 

《対象:生存確認》

 

 主任は、深く息を吐いた。

 

「……厄介なことになった」

 

 そして。

 

 画面の隅に、新しい通知が届いた。

 

《上位管理者より》

 

《ZEROへの直接的な攻撃を一時停止》

 

《能力情報の収集を優先》

 

 その内容を見て。

 

 主任は、僅かに目を細めた。

 

「……なるほど」

 

 誰かが、すでに動いている。

 

 久遠零司という存在を、単なる妨害者として排除するのではなく。

 

 研究対象として扱おうとしている。

 

 その事実に。

 

 主任は、薄く笑った。

 

     ◇

 

 午後十時三十六分。

 

 第七学区。

 

「……痛っ」

 

 N-12が、小さく声を漏らした。

 

「動かないで」

 

 N-13が、傷口へ消毒液を塗る。

 

「……しみる」

 

「……我慢して」

 

 テーブルの上には、救急用品が並んでいた。

 

 零司は、ソファに座っている。

 

 その隣には、ミサカ九九七一号。

 

 少女は、初めて入った部屋を静かに見渡していた。

 

「……質問があります」

 

 零司が顔を向ける。

 

「何?」

 

「……ミサカは、本日死亡する予定でした」

 

「そうだね」

 

「しかし、現在も生存しています」

 

「うん」

 

「……この状況を、どう解釈すればよいのでしょうか」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……予定が変わったんでしょ?」

 

 あっさりと答えた。

 

 少女は、目を瞬かせた。

 

「……予定が」

 

「うん」

 

 零司は頷いた。

 

「別に、予定どおりに生きる必要なんてないじゃん」

 

 その言葉に。

 

 九九七一号は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……そうですか」

 

 小さく答えた。

 

 零司は、立ち上がった。

 

「……さて」

 

 N-13が顔を向ける。

 

「……どこ行くの?」

 

「コンビニ」

 

「……え?」

 

「飲み物買ってくる」

 

 九九七一号が顔を上げた。

 

 零司は、少女を見た。

 

「……何味がいい?」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……昼間と同じものを希望します」

 

 九九七一号が答えた。

 

 零司は、笑った。

 

「了解」

 

 そのまま、玄関へ向かう。

 

 N-13が、呆れたように息を吐いた。

 

「……本当に、自由だね」

 

 N-12が、小さく笑った。

 

「……うん」

 

 そのとき。

 

 N-13が、ふと口を開いた。

 

「……ねえ、零司」

 

 少年が振り返る。

 

「何?」

 

「……次も、あの人と戦うの?」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

 学園都市第一位。

 

 一方通行。

 

 反射。

 

 ベクトル操作。

 

 そして、あの異常な戦闘能力。

 

「……そうだね」

 

 少年の口元に、薄い笑みが浮かぶ。

 

「また会いたいかな」

 

 N-13は、少しだけ眉をひそめた。

 

「……危ないよ」

 

「知ってる」

 

「……それでも?」

 

「うん」

 

 零司は頷いた。

 

「だって、久しぶりに楽しかったし」

 

 N-13は、何とも言えない顔をした。

 

 零司は笑った。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 扉が閉まる。

 

 部屋には、三人の少女が残された。

 

 N-12。

 

 N-13。

 

 そして、ミサカ九九七一号。

 

 それぞれ異なる研究施設で作られ、番号を与えられた少女たち。

 

 しかし。

 

 今夜だけは、誰かの命令に従うためではなく。

 

 自分の意思で、ここにいた。

 

     ◇

 

 同日、午後十一時五十九分。

 

 学園都市第七学区、某研究施設。

 

《絶対能力進化計画》

 

《第九九七一次実験:無効》

 

《対象個体:生存》

 

《次回実験:予定どおり》

 

 白衣姿の男が、端末を見つめていた。

 

 その画面には、第一位と第零位の戦闘記録が表示されている。

 

 一方通行。

 

 あらゆるベクトルを操作する、最強の超能力者。

 

 そして。

 

 久遠零司。

 

 物理条件そのものへ干渉する、規格外の能力者。

 

 その二人が交戦した。

 

「……興味深い」

 

 男は、小さく呟いた。

 

 第一位の反射は、破られていない。

 

 しかし、零司の能力は、反射を突破せずに周囲の環境へ干渉していた。

 

 その結果。

 

 一方通行は、通常とは異なる対応を強いられている。

 

「……なるほど」

 

 男は、別の資料を開いた。

 

《追加観測候補》

 

《識別:ZERO》

 

《能力分類:未確定》

 

《観測優先度:高》

 

 そして。

 

 その画面の下に、小さな項目が表示された。

 

《関連人物》

 

《N-12》

 

《N-13》

 

《ミサカ九九七一号》

 

 男の目が細くなる。

 

「……第零位にも」

 

 静かに呟く。

 

「……守るものが、あるということか」

 

 その表情に、薄い笑みが浮かんだ。

 

 第一位と第零位。

 

 学園都市の表と裏に存在する、二人の規格外。

 

 その関係は、まだ始まったばかりだった。

 

 そして。

 

 久遠零司という少年を巡る、新たな思惑が動き始めようとしていた。

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