とある学園都市の第零位《ゼロナンバー》   作:右左右左右

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第28話 十六分の生存競争

 八月十一日、午後五時四十四分。

 

 学園都市第七学区、北部共同物流管理区画。

 

「――十六分」

 

 御坂美琴が、腕時計を確認した。

 

 午後六時。

 

 ミサカ九九七二号の実験開始時刻。

 

 それまでに第十学区の旧変電区画へ到着しなければならない。

 

「ねえ、久遠!」

 

「何?」

 

「どうやって行くのよ!」

 

「車?」

 

「車って、あんた免許持ってんの!?」

 

「持ってない」

 

「駄目じゃない!」

 

 零司は肩をすくめた。

 

「じゃあ、運転しなくてもいい車にしようか」

 

「……は?」

 

 少年が指差した先。

 

 そこには、物流施設で使用されている無人搬送車が停まっていた。

 

 電動式の大型車両。

 

 運転席は存在するが、通常は自動制御で走行する仕組みになっている。

 

「……あれ?」

 

「そう」

 

「ちょっと待ちなさいよ。勝手に使ったら――」

 

「御坂さん」

 

 零司が振り返った。

 

「あと十五分だよ」

 

「…………!」

 

 美琴は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 そして。

 

「……分かったわよ!」

 

 車両へ駆け寄る。

 

 車体の制御盤に手を当て、電子回路へ干渉した。

 

 ロックが解除される。

 

 内部の制御画面が起動した。

 

《搬送先を指定してください》

 

「……第十学区、旧変電区画!」

 

《経路を検索しています》

 

《該当施設への直接経路なし》

 

「……くっ!」

 

 美琴が歯を食いしばる。

 

 その隣から、零司が画面を覗き込んだ。

 

「途中まで行ければいいんじゃない?」

 

「途中?」

 

「そこからは考える」

 

「……あんた、本当に!」

 

 言い返しかけた美琴が、途中で口を閉じる。

 

 画面に別の経路が表示されたからだ。

 

 第十学区へ続く物流専用道路。

 

 そこを利用すれば、少なくとも目的地の近くまでは行ける。

 

「……これ!」

 

 美琴が操作を確定した。

 

《走行開始》

 

 車両が動き始める。

 

 零司が、荷台の固定具へ手を置いた。

 

「じゃあ、少し急ごうか」

 

「……何する気?」

 

「揺れないようにしておく」

 

 車体を支える構造材へ働く応力を調整する。

 

 路面との接触条件。

 

 車体の姿勢。

 

 急な加減速で乗員へ掛かる力。

 

 必要な部分だけを制御した。

 

 直後。

 

 車両が加速した。

 

「きゃあっ!?」

 

 美琴が座席を掴む。

 

「ちょっと! 速すぎるでしょ!」

 

「大丈夫だよ」

 

「どこが!?」

 

「前に車いないし」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 零司は笑った。

 

 ただし、その目は前方を見ていた。

 

 時間がない。

 

 そして、今回は相手もそれを分かっている。

 

 わざわざ実験時刻を繰り上げたのだ。

 

 自分たちを急がせるために。

 

(……さて)

 

 少年は、窓の外へ視線を向けた。

 

(どんな仕掛けがあるのかな)

 

     ◇

 

 午後五時四十八分。

 

 第十学区、旧変電区画。

 

「……予定より早いですね」

 

 ミサカ九九七二号が呟いた。

 

 巨大な実験室。

 

 周囲には古い変圧設備や送電施設の残骸が並んでいる。

 

 その中央に、少女は立っていた。

 

 茶色い髪。

 

 白いブラウス。

 

 灰色のプリーツスカート。

 

 そして、頭に装着されたゴーグル。

 

 首元には、小型の測定装置。

 

 手首には、実験用の識別端末が取り付けられている。

 

「実験開始は十八時だ」

 

 白衣姿の研究員が答えた。

 

「まだ十二分ある」

 

「了解しました」

 

 少女は頷いた。

 

 そして、周囲を見渡す。

 

 戦闘区域。

 

 観測設備。

 

 隔壁。

 

 そのすべてが、自分の死亡を前提として準備されている。

 

 特に疑問はなかった。

 

 今までは。

 

『――九九七二号』

 

 不意に。

 

 頭の中へ、情報が流れ込んできた。

 

 ミサカネットワーク。

 

 同じ基礎能力を持つ妹達が利用する、情報共有の仕組み。

 

『こちら九九七一号です』

 

 九九七二号が、僅かに目を見開いた。

 

『当該個体の生存記録を確認しました』

 

『はい』

 

『実験は終了したのではないのですか』

 

『予定された実験は無効となりました』

 

 九九七一号から、次々と情報が送られてくる。

 

 貨物操車場。

 

 学園都市第一位。

 

 黒髪に銀色の髪が混じる少年。

 

 そして。

 

 一缶の飲み物。

 

『……これは?』

 

『昨日、ミサカが購入した飲料です』

 

『味覚情報が含まれています』

 

『はい』

 

 九九七一号から、追加の情報が届く。

 

『甘いものでした』

 

『……甘い』

 

『はい』

 

 九九七二号は、静かに目を伏せた。

 

『ミサカは、まだその味を知りません』

 

『同じ製品を購入すれば確認できます』

 

『……しかし』

 

 少女は、自分の手を見た。

 

『ミサカは、本日死亡する予定です』

 

 少しの沈黙。

 

 そして。

 

 九九七一号から、短い返信が届いた。

 

『予定は変更できます』

 

 九九七二号の指先が、僅かに動いた。

 

     ◇

 

 午後五時五十三分。

 

 第十学区、旧変電区画外周。

 

「……着いた!」

 

 美琴が車両から飛び降りた。

 

 目の前には、古い送電施設が広がっている。

 

 錆びた鉄塔。

 

 巨大な変圧器。

 

 複雑に張り巡らされた高圧ケーブル。

 

 そして、その奥。

 

 地下へ続く搬入口。

 

「……あそこね!」

 

 美琴が走り出す。

 

 しかし。

 

 次の瞬間。

 

 バチンッ!

 

 目の前で、激しい火花が散った。

 

「……っ!?」

 

 美琴が立ち止まる。

 

 地面には、複数の金属製支柱。

 

 その間に、細い導線が張られている。

 

 高圧の電流が流れていた。

 

「……電気の罠?」

 

 零司が、少しだけ眉を上げた。

 

 美琴は、不敵に笑った。

 

「……私相手に電気?」

 

 右手を伸ばす。

 

 次の瞬間。

 

 導線に流れていた電流が、美琴の指先へ集まった。

 

 パチパチッ。

 

 青白い火花。

 

 少女は、そのまま電流を地面へ逃がした。

 

「……残念でした!」

 

 零司が、感心したように頷く。

 

「便利だね」

 

「……あんたに言われたくないわよ!」

 

 そのとき。

 

 地面が、小さく震えた。

 

 零司が顔を上げる。

 

「……御坂さん」

 

「何?」

 

「その電気、罠じゃなかったかも」

 

「……え?」

 

 直後。

 

 地面の下から、巨大な金属製の杭が突き上がった。

 

 ゴォンッ!

 

「……っ!」

 

 美琴が跳び退く。

 

 さらに、周囲の地面が次々と盛り上がる。

 

 鋼鉄製の隔壁。

 

 地下から押し上げられたそれが、二人を囲もうとしていた。

 

「……何よ、これ!」

 

「電気が切れたら動く仕組みかな」

 

 零司は、隔壁へ視線を向けた。

 

 外部からの電力供給が失われた場合、蓄えられた機械的な力で隔壁を作動させる仕掛け。

 

 つまり。

 

 美琴が電流を無力化することまで、想定されていた。

 

「……なるほどね」

 

 零司が笑った。

 

「少しは考えてるじゃん」

 

「感心してる場合!?」

 

 美琴が叫ぶ。

 

 その背後。

 

 巨大な隔壁が、凄まじい勢いで迫った。

 

 しかし。

 

 ガギンッ!

 

 空中で停止する。

 

 零司が指先を動かした。

 

 次の瞬間。

 

 隔壁を支えていた金属製の支柱が、根元から折れ曲がった。

 

 巨大な鋼板が、横方向へ倒れる。

 

 ドォンッ!

 

 地面が揺れた。

 

「……はい」

 

 零司が、軽く手を振る。

 

「道、できたよ」

 

 美琴は、倒れた隔壁を見つめていた。

 

 そして。

 

「……あんた、本当に何者なのよ」

 

「久遠零司」

 

「それは聞いた!」

 

 零司は笑った。

 

「あと七分」

 

 その言葉に。

 

 美琴の表情が変わった。

 

「……行くわよ!」

 

     ◇

 

 午後五時五十六分。

 

 旧変電区画、地下実験室。

 

「……おいおい」

 

 低い声が響いた。

 

 白髪の少年が、実験室へ入ってくる。

 

 赤い瞳。

 

 細い身体。

 

 学園都市第一位。

 

 一方通行。

 

「何でこんな早ェ時間になってンだよ」

 

 研究主任が、慌てて頭を下げた。

 

「申し訳ありません。前回の実験に計画外の能力者が介入したため、日程の再調整を行いまして」

 

「……チッ」

 

 一方通行が舌打ちした。

 

「だからって俺の予定まで勝手に変えンじゃねェよ」

 

「……重ねてお詫び申し上げます」

 

 少年は、面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 そして。

 

 実験室の中央に立つ少女を見た。

 

「……また同じ顔か」

 

 九九七二号が、静かに頭を下げる。

 

「ミサカ九九七二号です」

 

「知るかよ」

 

 一方通行は、鼻で笑った。

 

「で? 今日はちゃンと始められンのか?」

 

 研究主任が頷く。

 

「はい。対象個体も配置済みです」

 

 そのとき。

 

「……質問があります」

 

 九九七二号が口を開いた。

 

 主任が顔を向ける。

 

「何だ」

 

「ミサカは、本日の実験へ参加しないことを希望します」

 

 沈黙。

 

 主任が、目を瞬かせた。

 

「……何?」

 

「実験への参加を希望しません」

 

 少女は、同じ言葉を繰り返した。

 

 主任の表情が変わる。

 

「……何を言っている」

 

「ミサカは、別の行動を希望しています」

 

「……馬鹿な」

 

 研究主任は、端末へ視線を向けた。

 

 そして。

 

「予定どおり実施する。配置につけ」

 

「拒否します」

 

 その瞬間。

 

 一方通行が、僅かに目を細めた。

 

「……あァ?」

 

 九九七二号は、少女らしいとは言い難い平坦な声で続けた。

 

「ミサカは、まだ確認したいことがあります」

 

「……確認?」

 

「甘い飲料の味です」

 

「…………」

 

 一方通行が、数秒ほど黙った。

 

 そして。

 

「……ハァ?」

 

 思わず、間の抜けた声を漏らした。

 

「テメェ、何言ってンだ?」

 

 九九七二号は、真剣な顔で答えた。

 

「ミサカは、甘い飲料を飲んだ経験がありません」

 

「……だから何だよ」

 

「死亡した場合、その経験を得ることができません」

 

 少女は、一方通行を見た。

 

「そのため、実験への参加を希望しません」

 

 沈黙。

 

 次の瞬間。

 

 一方通行が、声を上げて笑った。

 

「……クカカカッ!」

 

 肩を揺らす。

 

「何だそりゃ!」

 

 しかし。

 

 笑い声が止まった後。

 

 その赤い瞳が、僅かに細くなった。

 

「……誰に吹き込まれた?」

 

 九九七二号は、答えた。

 

「ミサカ九九七一号の生存記録です」

 

「……あァ?」

 

 その番号を聞いた瞬間。

 

 一方通行の表情が変わった。

 

 昨日。

 

 予定外の能力者によって実験が中断された。

 

 そのときの個体。

 

「……あの野郎か」

 

 低く呟く。

 

 黒髪に銀色の髪が混じる少年。

 

 久遠零司。

 

 自称、第零位。

 

「……ハッ」

 

 一方通行が、鼻で笑った。

 

「くだらねェことしやがって」

 

 研究主任が、慌てて口を挟んだ。

 

「申し訳ありません。対象個体の行動を修正します」

 

 端末へ指を伸ばす。

 

 次の瞬間。

 

 九九七二号の手首に取り付けられていた装置が作動した。

 

 バチッ!

 

「……っ!」

 

 少女の身体が、僅かに震えた。

 

 電気刺激。

 

 筋肉へ直接作用する、拘束用の装置だった。

 

「……命令に従え」

 

 主任が、低く告げる。

 

「お前は実験用の個体だ」

 

 九九七二号は、歯を食いしばった。

 

 それでも。

 

「……拒否します」

 

 小さく答えた。

 

     ◇

 

 午後五時五十八分。

 

 旧変電区画、地下連絡通路。

 

「……もうすぐ!」

 

 美琴が、走りながら叫んだ。

 

 目の前には、巨大な防爆扉。

 

 その向こうから、微かな機械音が聞こえてくる。

 

「……ここね!」

 

 美琴が手を伸ばす。

 

 電子錠へ干渉する。

 

 しかし。

 

《認証拒否》

 

「……っ!」

 

 もう一度。

 

 回路へ電流を流す。

 

 だが、扉は開かない。

 

「……駄目!」

 

 美琴が、歯を食いしばった。

 

「この扉、電子制御だけじゃない!」

 

「そうだね」

 

 零司が、扉を見た。

 

 厚い鋼板。

 

 複数の機械式固定具。

 

 そして、背後から掛けられた物理的なロック。

 

「……じゃあ」

 

 少年は、ゆっくりと右手を上げた。

 

「開けようか」

 

 次の瞬間。

 

 ガギンッ!

 

 固定具が、一斉に歪んだ。

 

 巨大な防爆扉が、中央から引き裂かれる。

 

 ゴォンッ!

 

 金属片が、床へ落ちた。

 

 美琴は、思わず目を見開いた。

 

「……うわ」

 

 零司が顔を向ける。

 

「何?」

 

「……いや」

 

 美琴は、壊れた扉を見た。

 

「……もう何も言わないわ」

 

「それは助かる」

 

 その瞬間。

 

 実験室の中から、声が響いた。

 

「――何だァ?」

 

 美琴の表情が変わる。

 

 そして。

 

 扉の向こうに立つ、白髪の少年を見た。

 

     ◇

 

「……久しぶり」

 

 零司が、片手を上げた。

 

 一方通行は、ゆっくりと振り返った。

 

「……テメェ」

 

 赤い瞳が、細くなる。

 

「……ZERO」

 

「覚えてくれてたんだ」

 

「忘れるわけねェだろ」

 

 白髪の少年の口元が、歪んだ。

 

「昨日の続きか?」

 

「それもいいけど」

 

 零司は、実験室の中央を見た。

 

 そこには、九九七二号が立っている。

 

 手首の装置。

 

 そして、苦痛に僅かに歪んだ表情。

 

「……その前に」

 

 零司が、研究主任へ視線を向けた。

 

「君、何してるの?」

 

 主任の顔色が変わる。

 

「……久遠零司!?」

 

 次の瞬間。

 

 少女の手首に取り付けられていた拘束装置が、空中へ浮き上がった。

 

 内部の電子回路が分解され、細かな部品となって床へ落ちる。

 

「……っ!?」

 

 九九七二号が目を瞬かせた。

 

 零司は、軽く肩をすくめた。

 

「痛そうだったから」

 

 そのとき。

 

「――あんたが!」

 

 美琴が、一歩前へ出た。

 

 その身体から、青白い火花が散る。

 

「一方通行……!」

 

 白髪の少年が顔を向けた。

 

 そして。

 

「……あァ?」

 

 数秒の沈黙。

 

 赤い瞳が、ゆっくりと細くなる。

 

「……何だァ」

 

 口元が歪む。

 

「オリジナルじゃねェか」

 

 美琴の表情が強張った。

 

「……オリジナル?」

 

「ああ」

 

 一方通行は、九九七二号を指差した。

 

「そいつらの元になった、第三位だろ?」

 

「…………!」

 

 美琴の拳が握りしめられる。

 

「……あんた」

 

 声が震えた。

 

「……この子たちを、殺してるの?」

 

「そうだよ」

 

 即答だった。

 

「それが実験だからなァ」

 

 その瞬間。

 

 美琴の身体から、激しい電撃が迸った。

 

「――ふざけんじゃないわよ!」

 

 青白い雷光。

 

 それが、一直線に一方通行へ向かう。

 

 しかし。

 

 バチィンッ!

 

 電撃は、白髪の少年へ届かなかった。

 

 その直前で方向を変える。

 

 反射。

 

 あらゆるベクトルを操作する、一方通行の能力。

 

「……っ!?」

 

 美琴が、目を見開いた。

 

 一方通行は、楽しそうに笑った。

 

「……クカカッ!」

 

 そして。

 

「第三位程度の電撃が、俺に通用すると思ってンのか?」

 

 美琴は、歯を食いしばった。

 

「……だったら!」

 

 足元から、黒い砂が舞い上がる。

 

 砂鉄。

 

 磁力によって集められたそれが、細い帯となって伸びる。

 

 無数の黒い刃。

 

 それらが、一方通行へ向かう。

 

 しかし。

 

 ガギギギッ!

 

 すべてが弾き返された。

 

「……っ!」

 

 美琴が、咄嗟に砂鉄を引き戻す。

 

 だが。

 

 一方通行は、すでに動いていた。

 

「――オラァッ!」

 

 足元を蹴る。

 

 爆発的な加速。

 

 白い影が、美琴へ迫る。

 

「……!」

 

 美琴が、咄嗟に身体を引いた。

 

 しかし、間に合わない。

 

 その瞬間。

 

 一方通行の足元で、地面が大きく沈んだ。

 

「……あァ!?」

 

 体勢が、僅かに崩れる。

 

 次の瞬間。

 

 美琴の身体が、横方向へ引き寄せられた。

 

 一方通行の手が空を切る。

 

 直後。

 

 背後の壁が、凄まじい音を立てて砕け散った。

 

 ドゴォンッ!

 

「……っ!」

 

 美琴が、息を呑む。

 

 その隣で。

 

 零司が、軽く手を振った。

 

「危なかったね」

 

「……あんた!」

 

 美琴が顔を向ける。

 

「……助かったわ!」

 

「どういたしまして」

 

 一方通行は、二人を見比べていた。

 

 そして。

 

「……クカカッ」

 

 口元が、大きく歪んだ。

 

「……いいぜ」

 

 その赤い瞳が、鋭くなる。

 

「二人まとめて相手してやるよ!」

 

     ◇

 

 午後六時一分。

 

 旧変電区画、中央管理室。

 

《第九九七二次実験》

 

《予定開始時刻超過》

 

《計画外能力者介入》

 

《通常戦闘実施:困難》

 

「……主任!」

 

 研究員が、叫んだ。

 

「ZEROと第三位が、第一位と交戦しています!」

 

 管理責任者の男は、モニターを見つめていた。

 

 映し出されているのは、三人の能力者。

 

 第一位。

 

 第三位。

 

 そして、非公式の第零位。

 

「……構わん」

 

 男は、静かに答えた。

 

「予定どおりだ」

 

 研究員が目を開く。

 

「……予定どおり?」

 

「当然だ」

 

 男は、別の端末を操作した。

 

《非常時情報保全》

 

《実施条件:実験環境の重大な逸脱》

 

《手順:観測記録の外部移送》

 

《第二段階:現地設備の破棄》

 

 研究員の顔色が変わった。

 

「……まさか」

 

「ここは、すでに放棄する」

 

 男は、淡々と告げた。

 

「必要な記録は、外部へ移送した」

 

「……しかし、まだ対象個体が!」

 

「構わん」

 

 短い返答。

 

「本日の実験は、失敗だ」

 

 そして。

 

「……失敗した実験施設に、価値はない」

 

 その瞬間。

 

 管理端末へ、新しい命令が入力された。

 

《現地設備破棄》

 

《開始》

 

     ◇

 

 午後六時二分。

 

 地下実験室。

 

「……っ!?」

 

 零司が、突然顔を上げた。

 

 壁の内部。

 

 床下。

 

 そして、天井の構造材。

 

 複数の場所で、異常な熱と圧力の変化が発生している。

 

「……ああ」

 

 小さく呟く。

 

「また、そういうの」

 

 美琴が顔を向ける。

 

「……何?」

 

 その瞬間。

 

 ゴォンッ!

 

 実験室全体が、大きく揺れた。

 

「……っ!」

 

 天井から、コンクリート片が落下する。

 

 美琴が、咄嗟に九九七二号へ駆け寄った。

 

「――危ない!」

 

 少女を抱え、横へ跳ぶ。

 

 直後。

 

 巨大な天井材が、二人のいた場所へ落下した。

 

 ドゴォンッ!

 

 粉塵が舞い上がる。

 

「……っ!」

 

 美琴が、息を吐いた。

 

 しかし。

 

 その上から、さらに巨大な構造材が落下し始めた。

 

「……嘘でしょ!」

 

 美琴が顔を上げる。

 

 その瞬間。

 

 零司の右手が動いた。

 

 ガギンッ!

 

 落下していた構造材が、空中で停止する。

 

 さらに、周囲の壁が不自然に軋んだ。

 

 支柱へ働く力が、急激に変化している。

 

「……御坂さん!」

 

 零司が叫んだ。

 

「その子、連れて出て!」

 

「……あんたは!?」

 

「こっちを止める!」

 

 その瞬間。

 

 一方通行が、口元を歪めた。

 

「……オイオイ」

 

 白髪の少年は、周囲を見渡した。

 

「……実験場、壊す気かよ」

 

 零司は、天井を見上げたまま答えた。

 

「研究員が、証拠を消そうとしてるみたい」

 

「……ハッ」

 

 一方通行が、鼻で笑った。

 

「勝手なことしやがって」

 

 その足元へ、巨大な鉄骨が落下する。

 

 しかし。

 

 ガギンッ!

 

 鉄骨は、少年へ触れた瞬間に弾き返された。

 

 凄まじい速度で、天井へ向かって飛ぶ。

 

 ドゴォンッ!

 

 さらに天井が砕ける。

 

「……ちょっと!」

 

 零司が、思わず声を上げた。

 

 一方通行が顔を向ける。

 

「……あァ?」

 

「余計に壊さないでよ!」

 

「知るかよ!」

 

 白髪の少年が笑った。

 

「俺に落ちてきたモンが悪ィんだろ!」

 

「……もう」

 

 零司は、面倒くさそうに息を吐いた。

 

 そのとき。

 

 美琴が、九九七二号の手を掴んだ。

 

「……行くわよ!」

 

 しかし。

 

 九九七二号は、動かなかった。

 

「……待ってください」

 

「……何!?」

 

「まだ、内部に研究員が残っています」

 

 美琴が顔を上げる。

 

 実験室の奥。

 

 崩れかけた管理区画。

 

 そこに、二人の研究員が閉じ込められていた。

 

「……っ!」

 

 美琴が、歯を食いしばる。

 

 零司が、二人を見た。

 

「……御坂さん」

 

「……分かってる!」

 

 美琴が叫んだ。

 

「……あいつらも、助ける!」

 

 その言葉に。

 

 零司は、少しだけ目を細めた。

 

「……そう」

 

 そして。

 

「じゃあ、任せたよ」

 

     ◇

 

 午後六時四分。

 

 地下実験室。

 

 轟音が響き続けていた。

 

 天井が砕ける。

 

 床が揺れる。

 

 壁の内部で、断続的な爆発が発生する。

 

 零司は、周囲の構造材へ働く力を調整し続けていた。

 

 落下する鉄骨。

 

 崩れる床。

 

 飛散する破片。

 

 それらを、必要な範囲で停止させる。

 

 しかし。

 

 その隣。

 

 一方通行が、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「……オイ、ZERO」

 

「何?」

 

「……昨日の続きはどうした?」

 

 零司は、天井を見上げたまま答える。

 

「今、忙しいんだけど」

 

「……クカカッ!」

 

 一方通行が笑った。

 

「テメェ、俺から逃げてばっかじゃねェか」

 

「……そう?」

 

 零司が、顔を向けた。

 

 その瞬間。

 

 白髪の少年が、地面を蹴った。

 

「――オラァッ!」

 

 凄まじい加速。

 

 その右手が、零司へ迫る。

 

 しかし。

 

 零司は、身体を僅かに傾けた。

 

 その横を、一方通行の手が通過する。

 

 直後。

 

 背後の壁が、爆発したように砕けた。

 

「……危ないね」

 

 零司が呟く。

 

 そして。

 

 右手を上げた。

 

 その瞬間。

 

 一方通行の足元で、床の支持力が急激に失われた。

 

「……っ!?」

 

 白髪の少年の身体が、僅かに沈む。

 

 だが。

 

 すぐにベクトルを操作し、姿勢を立て直した。

 

「……またそれかよ!」

 

「そうだね」

 

 零司は頷いた。

 

「だから、少し変えてみようか」

 

 次の瞬間。

 

 一方通行の周囲で、空気の流れが変化した。

 

 さらに、床の摩擦が失われる。

 

 天井の破片が、複数の方向から落下する。

 

 それらは、一方通行へ直接ぶつけるためのものではなかった。

 

 相手の行動を制限するための、環境操作。

 

 しかし。

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が、獰猛に笑った。

 

 周囲の空気を操作する。

 

 床へ働く力を利用する。

 

 さらに、落下する破片の運動を変える。

 

 そのすべてを、同時に処理していた。

 

「……テメェのやり方は、昨日見たンだよ!」

 

 その瞬間。

 

 零司の背後で、巨大な空気の塊が形成された。

 

「……っ!」

 

 少年が振り返る。

 

 遅い。

 

 ドンッ!

 

 圧縮された空気が、身体を叩いた。

 

 零司の身体が、数メートルほど吹き飛ぶ。

 

 壁へ激突する寸前。

 

 周囲の運動条件を変更し、速度を落とした。

 

「……っ」

 

 靴底が床を擦る。

 

 零司は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 口元に、薄い笑み。

 

「……なるほど」

 

 その瞳が、細くなる。

 

「昨日より、上手くなってるね」

 

 一方通行が、楽しそうに笑った。

 

「……当たり前だろ!」

 

 そして。

 

「テメェだけが、考えてると思うンじゃねェ!」

 

 その言葉に。

 

 零司は、初めて少しだけ真剣な表情を浮かべた。

 

「……そうだね」

 

 次の瞬間。

 

 周囲の物理条件が、一斉に変化した。

 

     ◇

 

 午後六時五分。

 

 地下管理区画。

 

「……こっち!」

 

 美琴が、九九七二号の手を引いた。

 

 その背後には、救出した研究員が二人。

 

 しかし。

 

 通路の先。

 

 そこには、巨大な防爆扉が降り始めていた。

 

「……っ!」

 

 美琴が、咄嗟に電撃を放つ。

 

 だが、扉は止まらない。

 

 機械式の非常閉鎖装置。

 

 電子回路を破壊しても、動作を停止しない仕組みだった。

 

「……だったら!」

 

 美琴は、床へ手を触れた。

 

 砂鉄が舞い上がる。

 

 黒い帯となった砂鉄が、扉の下へ滑り込んだ。

 

 巨大な防爆扉。

 

 その下部へ、砂鉄が集中する。

 

 ガギギギッ!

 

 耳障りな金属音。

 

 扉の降下速度が、僅かに落ちる。

 

「……今!」

 

 美琴が叫ぶ。

 

 研究員たちが、扉の下を潜った。

 

 続いて、九九七二号。

 

 そして。

 

 美琴自身も、滑り込む。

 

 その直後。

 

 ゴォンッ!

 

 巨大な防爆扉が、完全に閉じた。

 

「……っ!」

 

 美琴は、床へ膝をついた。

 

 額に汗が浮かんでいる。

 

 九九七二号が、顔を向けた。

 

「……質問があります」

 

「……何?」

 

「何故、研究員まで救出したのですか」

 

 美琴は、少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして。

 

「……何でって」

 

 小さく息を吐く。

 

「……死にそうだったからよ」

 

「……それだけでしょうか」

 

「それだけで十分でしょ」

 

 美琴は、少女を見た。

 

「……あんたも、そうよ」

 

 九九七二号の瞳が、僅かに揺れる。

 

「……ミサカも?」

 

「そう」

 

 美琴は頷いた。

 

「……誰かの研究のために、死ぬ必要なんかない」

 

 その言葉に。

 

 九九七二号は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……了解しました」

 

 小さく答えた。

 

 美琴は、少しだけ笑った。

 

「……よし」

 

 立ち上がる。

 

「じゃあ、早く外に出るわよ!」

 

     ◇

 

 午後六時七分。

 

 地下実験室。

 

 ゴゴゴゴゴッ!

 

 室内全体が、大きく揺れていた。

 

 しかし。

 

 先ほどまでとは、明らかに様子が違う。

 

 崩れかけていた天井が、途中で停止している。

 

 床も、壁も。

 

 必要な部分だけが、不自然な形で支えられていた。

 

 零司の万象演算。

 

 物理条件の変更によって、崩壊を一時的に抑え込んでいる。

 

 その中心で。

 

 一方通行が、ゆっくりと立っていた。

 

「……チッ」

 

 白髪の少年が、舌打ちした。

 

 周囲の空気。

 

 床の支持力。

 

 構造材に働く応力。

 

 そのすべてが、絶えず変化している。

 

 それでも、一方通行の反射は機能していた。

 

 しかし。

 

 攻撃するための条件が、次々と変更されている。

 

「……テメェ」

 

 赤い瞳が、零司を捉える。

 

「……何がしたい」

 

「今は、ここが崩れないようにしてる」

 

 零司は答えた。

 

「君が暴れると、余計に面倒なんだけど」

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が鼻で笑った。

 

「俺に指図すンじゃねェよ」

 

「別に命令してないよ」

 

 零司は肩をすくめた。

 

 そのとき。

 

 遠くで、非常用の通信装置が作動した。

 

《警告》

 

《現地設備破棄、最終段階》

 

《残り三十秒》

 

 零司の表情が変わった。

 

「……ああ」

 

 小さく呟く。

 

「まだあるんだ」

 

 一方通行も、顔を上げた。

 

「……何だァ?」

 

 天井の奥。

 

 壁の内部。

 

 複数の場所で、異常な熱反応が発生し始める。

 

 残されていた破壊装置。

 

 それらが、同時に作動しようとしていた。

 

 零司は、少しだけ眉をひそめた。

 

 目の前の第一位。

 

 そして、崩れかけた施設。

 

 両方へ同時に対応することはできる。

 

 しかし、それには相応の集中が必要だった。

 

「……ねえ」

 

 一方通行が顔を向ける。

 

「……あァ?」

 

「君さ」

 

 零司は、軽く笑った。

 

「このままだと、実験場なくなるよ?」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行が、獰猛に笑った。

 

「……クカカッ!」

 

 その赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……だから何だよ」

 

「次、戦う場所なくなるじゃん」

 

「……はァ?」

 

「君、まだ続きしたいんでしょ?」

 

 一方通行は、数秒ほど黙った。

 

 そして。

 

「……ハッ!」

 

 鼻で笑う。

 

「……テメェ、面白ェこと言うじゃねェか」

 

 その右手が、ゆっくりと持ち上がった。

 

「……だったら」

 

 白髪の少年が、天井を見上げる。

 

「……このクソみてェな仕掛け、全部吹き飛ばしてやるよ!」

 

「……いや」

 

 零司が、即座に口を挟んだ。

 

「吹き飛ばすのはやめて」

 

「……あァ!?」

 

「余計に壊れるでしょ」

 

「知るかよ!」

 

 零司は、深々と息を吐いた。

 

「……本当に、面倒だね」

 

 その瞬間。

 

 少年が、右手を上げた。

 

 同時に。

 

 一方通行も、地面を踏みしめた。

 

 次の瞬間。

 

 二人の能力が、同じ空間へ作用した。

 

     ◇

 

 午後六時八分。

 

 旧変電区画、地上。

 

 ドォォンッ!

 

 巨大な轟音。

 

 地面が、大きく揺れた。

 

「……っ!?」

 

 美琴が振り返る。

 

 旧変電区画の地下から、白い煙が噴き上がっている。

 

 しかし。

 

 施設全体が崩壊することはなかった。

 

 地面の一部が隆起する。

 

 複数の金属製支柱が、不自然な方向へ曲がる。

 

 そして。

 

 地下から発生した衝撃が、上方へ逃がされていった。

 

「……何、あれ」

 

 美琴が、呆然と呟いた。

 

 その隣で、九九七二号が静かに顔を上げた。

 

「……異常なエネルギー変動を確認しました」

 

「……分かってるわよ」

 

 美琴は、地下施設を見つめた。

 

「……あの二人」

 

 小さく息を吐く。

 

「……本当に、何なのよ」

 

 その瞬間。

 

 地面の一部が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 そして。

 

 二人の少年が、姿を現した。

 

 白髪。

 

 黒髪に銀色の髪。

 

 一方通行。

 

 久遠零司。

 

 その姿を見て。

 

 美琴は、思わず声を上げた。

 

「……生きてた!」

 

 零司が、顔を向ける。

 

「失礼な」

 

「……だって、あんな爆発が!」

 

「止めたからね」

 

 零司は、軽く肩をすくめた。

 

 その隣で、一方通行が舌打ちした。

 

「……チッ」

 

 赤い瞳が、美琴と九九七二号へ向けられる。

 

「……まだ生きてンのかよ」

 

 美琴の表情が変わった。

 

「……あんた!」

 

 しかし。

 

 その前に。

 

 零司が、一歩前へ出た。

 

「……ねえ、一方通行」

 

「……あァ?」

 

「今日の実験、もうできないよね」

 

 零司は、崩れた施設を指差した。

 

「場所、壊れちゃったし」

 

 一方通行は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……ハッ」

 

 鼻で笑った。

 

「……くだらねェ」

 

 そのまま、踵を返す。

 

 零司が首を傾げる。

 

「……帰るの?」

 

「当たり前だろ」

 

 一方通行は、振り返らなかった。

 

「実験場がねェンなら、ここにいても意味ねェだろ」

 

 そして。

 

「……ZERO」

 

 低い声。

 

 零司が顔を上げる。

 

「何?」

 

「……次は、こんな中途半端じゃ終わらせねェ」

 

 その赤い瞳が、鋭くなる。

 

「俺の反射を、どうにかできる方法でも考えてこい」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「……そうだね」

 

 そして。

 

「僕も、もう少し研究してみるよ」

 

 一方通行が、声を上げて笑った。

 

「……クカカッ!」

 

 そのまま、夜の街へ歩き出す。

 

 零司は、しばらくその背中を眺めていた。

 

 そして。

 

「……いいね」

 

 小さく呟く。

 

「やっぱり、第一位は面白い」

 

     ◇

 

 午後六時二十一分。

 

 旧変電区画、外周道路。

 

「……それで」

 

 美琴が、零司を見上げた。

 

「……あんた、本当に何者なの?」

 

「久遠零司」

 

「それは聞いた!」

 

「じゃあ、何が知りたいの?」

 

「……能力よ!」

 

 美琴が叫んだ。

 

「第一位とまともに戦える能力者なんて、普通じゃないわよ!」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

「……まあ、そうかもね」

 

「……自覚あるんじゃない!」

 

 美琴は、深々と息を吐いた。

 

 そして。

 

 九九七二号へ視線を向ける。

 

「……それより」

 

 その声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「……あんた、大丈夫?」

 

 九九七二号は頷いた。

 

「はい。軽度の電気刺激による影響を除き、身体機能に重大な異常は確認されていません」

 

「……そっか」

 

 美琴は、小さく息を吐いた。

 

 そして。

 

「……よかった」

 

 その言葉に。

 

 九九七二号は、僅かに目を瞬かせた。

 

「……質問があります」

 

「……何?」

 

「何故、ミサカの無事を喜ぶのですか」

 

 美琴は、少女を見つめた。

 

 自分と同じ顔。

 

 自分と同じ声。

 

 けれど、別の人間。

 

「……そんなの」

 

 少しだけ言葉を探す。

 

 そして。

 

「……無事だったら、嬉しいに決まってるでしょ」

 

 静かに答えた。

 

 九九七二号は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……了解しました」

 

 小さく頷いた。

 

 そのとき。

 

 零司が、口を開いた。

 

「……ところでさ」

 

 美琴が顔を向ける。

 

「……何?」

 

「君、今からどうするの?」

 

「……決まってるでしょ」

 

 美琴は、拳を握りしめた。

 

「……この実験を、全部止める」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「……いいね」

 

「……あんたは?」

 

「僕?」

 

 零司は、少し考えた。

 

 そして。

 

「……そうだね」

 

 その灰紫色の瞳が、細くなる。

 

「……誰が、ここまでやらせたのか」

 

 少しだけ笑う。

 

「……そっちを調べてみようかな」

 

 美琴は、少年を見つめた。

 

「……どういう意味?」

 

「今日の実験」

 

 零司は、崩れた施設を指差した。

 

「わざわざ時間を繰り上げて、僕たちを呼び寄せたでしょ?」

 

 その言葉に、美琴の表情が変わった。

 

「……え?」

 

「研究施設を壊す準備までしてた」

 

 零司は続ける。

 

「だったら、最初からここで僕たちを足止めするつもりだったんじゃない?」

 

 美琴は、黙った。

 

 そして。

 

「……じゃあ」

 

 小さく呟く。

 

「……本当の目的は?」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「……さあ?」

 

 肩をすくめる。

 

「でも、面白いことになってきたね」

 

 その言葉に。

 

 美琴は、何とも言えない顔をした。

 

「……あんた、本当に」

 

 そして。

 

「……変な奴ね」

 

 零司は、楽しそうに笑った。

 

「よく言われる」

 

     ◇

 

 午後十一時四十八分。

 

 学園都市某所。

 

「……第九九七二次実験、失敗」

 

 暗い室内。

 

 一人の男が、端末を見つめていた。

 

 画面には、複数の報告が表示されている。

 

《第九九七二次実験》

 

《結果:無効》

 

《対象個体:生存》

 

《計画外能力者:ZERO》

 

《第三位:御坂美琴》

 

《現地設備:破棄完了》

 

 男は、静かに目を細めた。

 

「……予定どおりだ」

 

 その声に、隣の研究員が顔を上げる。

 

「……予定どおり、ですか?」

 

「少なくとも、必要な情報は得られた」

 

 男は、別の資料を開いた。

 

《ZERO》

 

《第一位との交戦記録:二件》

 

《観測結果:部分取得》

 

《対外部能力者戦闘時の行動傾向:記録》

 

 画面には、零司と一方通行の戦闘記録が表示されていた。

 

 物理条件の変更。

 

 反射への対応。

 

 そして、崩壊する施設を制御しながら行った戦闘。

 

「……興味深い」

 

 男が、呟いた。

 

 第一位。

 

 一方通行。

 

 その能力へ対抗できる可能性を持つ、第零位。

 

 さらに。

 

 零司の行動には、明らかな特徴があった。

 

 自分自身への攻撃には、余裕を持って対応する。

 

 しかし。

 

 関係者が危険に晒されると、行動の優先順位が変化する。

 

 その結果、戦闘を途中で切り上げる場合がある。

 

「……なるほど」

 

 男は、別の資料を開いた。

 

《関連人物》

 

《N-12》

 

《N-13》

 

《ミサカ九九七一号》

 

《ミサカ九九七二号》

 

 その表示を見て。

 

 男は、ゆっくりと笑った。

 

「……第零位にも、行動を制御するための条件がある」

 

 隣の研究員が、顔を上げる。

 

「……次は、どうしますか」

 

 男は、しばらく考えた。

 

 そして。

 

「……絶対能力進化計画は、継続する」

 

 静かに答えた。

 

「ただし、ZEROについては別の対応が必要だ」

 

 その手が、端末へ伸びる。

 

《追加観測》

 

《対象:ZERO》

 

《関連人物の行動情報:収集》

 

《直接排除:保留》

 

 男は、画面を見つめた。

 

 そして。

 

「……次は、あの少年が何を選ぶのか」

 

 小さく呟いた。

 

「……確かめてみよう」

 

 学園都市の暗部。

 

 その奥で、別の思惑が動き始めていた。

 

 第一位をレベル6へ進化させるための研究。

 

 そして、その計画へ介入した第零位。

 

 二つの存在は、すでに研究者たちの興味の中心となっていた。

 

 だが。

 

 彼らは、まだ理解していない。

 

 久遠零司が、自分に向けられた悪意を知ったとき。

 

 必ずしも、相手の計画に付き合ってくれるとは限らないことを。




話が出来上がっていれば8時から24時までの偶数時で投稿しています。

会話に違和感を持ったりした場合は感想で伝えてもらえるとありがたいです
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