とある学園都市の第零位《ゼロナンバー》   作:右左右左右

33 / 33
第33話 最強という名の檻

 八月十四日、午後七時二十一分。

 

 学園都市第七学区。

 

 空き缶が潰れた。

 

 乾いた音を立て、路上に転がっていたアルミ缶が一瞬でひしゃげる。

 

 続いて、その残骸が弾丸のように跳ね上がった。

 

「――オラァッ!」

 

 一方通行の声とともに、金属片が零司の顔面へ殺到する。

 

 だが、届かない。

 

 缶の破片は少年の手前で軌道を変え、足元のアスファルトへ突き刺さった。

 

「相変わらず、挨拶が物騒だね」

 

「テメェが余計なこと言い出すからだろォが!」

 

 一方通行が口元を歪める。

 

 赤い瞳には、明確な敵意が浮かんでいた。

 

「俺の実験を何度も邪魔しておいて、今度は説教でもする気かァ?」

 

「説教は嫌いなんだけどね」

 

 零司は、両手をポケットに入れたまま答えた。

 

「君が何を考えてるのか、ちょっと気になっただけ」

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が地面を踏みつける。

 

 その瞬間、足元のアスファルトに亀裂が走った。

 

 しかし、破片が飛び上がるより早く、零司が口を開いた。

 

「その前に、場所を変えようか」

 

「あァ?」

 

「ここ、普通に人がいるし」

 

 二人の背後にはコンビニがある。

 

 歩道には学生が行き交い、交差点では車が信号待ちをしていた。

 

「僕は構わないけど、邪魔が入ると面倒でしょ?」

 

「……逃げるつもりかよ」

 

「君と遊べる場所を探してあげてるんだよ」

 

 一方通行の笑みが深くなる。

 

「……クカカッ!」

 

 その足元が爆ぜた。

 

「いいぜ! どこへでも付き合ってやるよ!」

 

 直後、白い影が夜の街へ飛び出した。

 

 零司も地面を離れる。

 

 身体へ働く加速度と空気抵抗が調整され、少年は建物の上を滑るように移動した。

 

 後方から轟音が迫る。

 

 一方通行だ。

 

 建物の屋上を次々と蹴り砕きながら、恐るべき速度で追いかけてくる。

 

 零司は振り返らなかった。

 

 代わりに、進行方向の廃工業区画へ視線を向ける。

 

「……あそこなら、ちょうどいいかな」

 

     ◇

 

 午後七時二十八分。

 

 第七学区、旧河川調整施設。

 

 巨大なコンクリート製の水路。

 

 使われなくなった水門。

 

 錆びた管理用の橋。

 

 周囲は立入禁止区域となっており、照明のほとんどが消えていた。

 

 その中央へ、零司が降り立った。

 

「……うん。悪くない」

 

 直後。

 

 ドォンッ!

 

 対岸のコンクリートが砕け散った。

 

 一方通行が着地したのだ。

 

 白い髪が夜風に揺れる。

 

「……で?」

 

 赤い瞳が零司を捉えた。

 

「ここなら好きに暴れられるってわけか」

 

「そういうこと」

 

「……クカカッ!」

 

 一方通行が笑った。

 

「だったら、遠慮は要らねェなァ!」

 

 白髪の少年が地面を蹴ろうとする。

 

 しかし。

 

 零司の方が早かった。

 

 ガギギギギッ!

 

「……あァ!?」

 

 一方通行の左右。

 

 巨大な水門の支持柱が、同時に内側へ折れ曲がった。

 

 数十トンものコンクリートと鋼材が、二方向から白髪の少年へ殺到する。

 

 回避する間もない。

 

 ドゴォォンッ!

 

 凄まじい衝突音。

 

 巨大な構造物が、中央で激突した。

 

 周囲に破片が飛び散る。

 

 だが。

 

「――くだらねェ!」

 

 爆発するような衝撃とともに、コンクリートが四散した。

 

 その中心に、一方通行が立っている。

 

 無傷。

 

 当然だった。

 

 彼の身体へ向かう物理的な衝撃は、反射によって弾き返される。

 

「こんなガラクタで俺を潰せると思ってンのか!」

 

「思ってないよ」

 

 零司は、平然と答えた。

 

「最初からそれで倒せたら、第一位も大したことないでしょ」

 

「……あァ?」

 

 一方通行が眉をひそめる。

 

 その瞬間。

 

 足元から、異様な音が響いた。

 

 ゴボッ。

 

 崩れたコンクリートの隙間。

 

 そこから、大量の水が噴き上がった。

 

 いや。

 

 ただの噴水ではない。

 

 水路の奥に残されていた水が、圧力差によって一箇所へ集中していた。

 

 次の瞬間。

 

 ドパァァンッ!

 

 巨大な水柱が、一方通行を真下から襲った。

 

「……チッ!」

 

 水流は反射され、周囲へ弾け飛ぶ。

 

 だが、零司の攻撃はそれで終わらない。

 

 空中へ散った水が、今度は複数の流れへ分かれた。

 

 正面。

 

 左右。

 

 さらに頭上。

 

 別々の角度から高圧水流が襲いかかる。

 

「――オラァッ!」

 

 一方通行が右足を踏み込んだ。

 

 その周囲に強烈な気流が発生する。

 

 水流が巻き込まれ、巨大な渦となって吹き飛んだ。

 

 しかし。

 

 その先では、すでに別の変化が始まっていた。

 

 ガギンッ!

 

 頭上を走る管理用の橋。

 

 その支持部分が、突然大きく歪んだ。

 

 巨大な橋桁が傾く。

 

 一方通行の進行方向を塞ぐように、鋼鉄の塊が落下した。

 

「……テメェ!」

 

 白髪の少年が触れた瞬間、橋桁は凄まじい勢いで弾き返された。

 

 ドゴォンッ!

 

 鋼材が対岸へ激突する。

 

 だが、そのときには零司の次の攻撃が始まっていた。

 

 水路の両側で、細い亀裂が一斉に走る。

 

 コンクリートが破断し、無数の巨大な破片が宙へ浮き上がった。

 

「……次は、こっち」

 

 零司が呟く。

 

 直後。

 

 破片が一斉に加速した。

 

     ◇

 

 ガガガガガッ!

 

 無数のコンクリート片が、一方通行を中心に炸裂する。

 

 正面から迫る破片は反射。

 

 背後からの攻撃も反射。

 

 頭上から落下する巨大な塊も、身体へ届くことなく弾き飛ばされていく。

 

 しかし、零司の攻撃には一定の規則性があった。

 

 同じ方向から続けて攻撃しない。

 

 一つ目の攻撃が反射された直後、別の方向から次の攻撃を仕掛ける。

 

 さらに、反射された破片の着地点まで利用し、周囲の地形を作り替えていた。

 

「……クカカッ!」

 

 一方通行が笑う。

 

「やるじゃねェか!」

 

 白髪の少年が、足元を踏み抜いた。

 

 ドォンッ!

 

 巨大な衝撃。

 

 周囲のコンクリートが砕け、飛び散った破片へ新たなベクトルが与えられる。

 

 今度は一方通行からの反撃だった。

 

「――全部返してやるよ!」

 

 無数の破片が零司へ殺到する。

 

 だが。

 

 零司は、避けようともしなかった。

 

 破片が飛来する。

 

 その直前。

 

 進行方向が変わった。

 

 零司の左右へ流れ、背後の壁へ激突する。

 

 しかし。

 

「――そいつはもう見たンだよ!」

 

 一方通行が叫んだ。

 

 その瞬間、背後の壁に突き刺さった破片が再び動き始める。

 

 零司がそちらへ注意を向ける。

 

 だが、白髪の少年はすでに別の攻撃を準備していた。

 

 周囲の空気が、急激に圧縮される。

 

 さらに、足元の水が大量に持ち上がった。

 

 コンクリート。

 

 空気。

 

 水。

 

 三種類の攻撃が、異なる方向から同時に零司へ向かう。

 

 だが。

 

 零司の口元が、僅かに上がった。

 

「……なるほど」

 

 その瞬間。

 

 三つの攻撃が互いに衝突した。

 

 破片の進行方向が変わる。

 

 高圧水流が圧縮空気へ巻き込まれる。

 

 その衝撃で、周囲に激しい水飛沫が舞い上がった。

 

 ドォォンッ!

 

 巨大な音が響く。

 

 一方通行は、目を細めた。

 

「……あァ?」

 

 零司は、反撃すら受けていなかった。

 

 正確には、三つの攻撃が彼へ届く前に、互いの運動を妨げ合っていた。

 

「……組み合わせはよかったね」

 

 零司が言った。

 

「でも、攻撃のタイミングが揃いすぎかな」

 

「……テメェ!」

 

 一方通行の赤い瞳が鋭くなる。

 

 その直後。

 

 白い影が、地面を蹴った。

 

 一直線。

 

 凄まじい速度で零司へ迫る。

 

 しかし。

 

 今度も零司は、相手の接近を待たなかった。

 

 足元のコンクリートが盛り上がる。

 

 一方通行の進行方向へ、巨大な壁がせり出した。

 

「――邪魔だァ!」

 

 白髪の少年が触れる。

 

 壁が吹き飛ぶ。

 

 しかし、その背後。

 

 今度は鋼鉄製の配管が、巨大な輪を描くように変形していた。

 

 複数の配管が、一方通行の周囲を取り囲む。

 

「……あァ!?」

 

 さらに。

 

 水路の底から、圧縮された水が噴き上がった。

 

 逃げ道を塞ぐように、複数の水柱が立ち上がる。

 

 一方通行は舌打ちした。

 

「……チッ!」

 

 反射によって配管を吹き飛ばす。

 

 続いて、自分の身体へ加速度を与え、上空へ移動した。

 

 しかし、そこにも。

 

 ガギギギッ!

 

 管理橋から外れた巨大な鋼材が、進路を塞ぐように落下していた。

 

「――なめてンじゃねェぞ!」

 

 一方通行が、鋼材を弾き飛ばした。

 

 そして、その反動を利用して一気に上空へ抜ける。

 

 次の瞬間。

 

 水路全体を揺るがすような轟音が響いた。

 

     ◇

 

 午後七時三十四分。

 

 旧河川調整施設、上空。

 

「――オラァッ!」

 

 一方通行が、空気を操った。

 

 凄まじい気流が渦を巻く。

 

 周囲の水滴や瓦礫が巻き上がり、巨大な竜巻のような流れが形成されていく。

 

 その中心に、白髪の少年がいた。

 

「今度はこっちの番だァ!」

 

 直後。

 

 圧縮された空気が、一直線に零司へ向かって放たれた。

 

 その圧力は、通常の防壁では耐えられないほど強烈だった。

 

 だが。

 

「……へえ」

 

 零司は、空中へ浮かんでいた。

 

 身体を支える力。

 

 周囲の空気抵抗。

 

 加速に伴う負荷。

 

 それらを調整し、地面に頼らず姿勢を保っている。

 

 少年の前方で、空気の流れが変化した。

 

 迫っていた気流が、左右へ分かれる。

 

 さらに、その一部が上空へ逃がされた。

 

 ドォンッ!

 

 圧縮空気が周囲の構造物へ激突する。

 

 零司の制服が、僅かに揺れた。

 

 それだけだった。

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が笑った。

 

 そして、身体を加速させる。

 

 今度は空中戦。

 

 足場の制約がないなら、直接距離を詰めればいい。

 

 白い影が、一気に零司へ迫った。

 

 その右手が伸びる。

 

 だが。

 

 零司の姿が、僅かに横へ移動した。

 

 指先が空を切る。

 

 次の瞬間。

 

 少年の背後で、空気が急激に圧縮された。

 

「……っ!?」

 

 一方通行が振り返る。

 

 そこには、無数の金属片が浮かんでいた。

 

 先ほどまでに破壊された配管。

 

 管理橋の破片。

 

 そして、細かな鋼材。

 

 それらが、空中で複数の層を形成している。

 

「……今度は何だァ?」

 

「ちょっとした実験」

 

 零司が、静かに答えた。

 

 次の瞬間。

 

 金属片が、一斉に加速した。

 

 正面からの攻撃。

 

 一方通行は鼻で笑った。

 

「――くだらねェ!」

 

 反射。

 

 迫った金属片が、凄まじい勢いで弾き返される。

 

 しかし。

 

 その直後。

 

 一方通行の背後で、巨大な音が響いた。

 

 ガァンッ!

 

 反射された金属片が、別の鋼材へ激突したのだ。

 

 零司は、その衝突位置も計算に入れていた。

 

 さらに。

 

 衝突によって生じた衝撃が、別の金属片へ伝わっていく。

 

 ガガガガッ!

 

 連続する衝突。

 

 反射された運動量が、周囲の鋼材を次々と動かしていく。

 

 その結果。

 

 一方通行の周囲で、複数の金属片が新しい軌道を描き始めた。

 

「……テメェ!」

 

 一方通行が、目を細める。

 

 零司は笑っていた。

 

「君が弾き返した力も、使えるからね」

 

 その言葉に。

 

 一方通行の口元が、ゆっくりと歪んだ。

 

「……クカカッ!」

 

 そして。

 

「だったら、反射する方向を変えりゃいいだけだろォが!」

 

 白髪の少年が、右足を振り抜いた。

 

 空中にあった金属片が、凄まじい速度で吹き飛ぶ。

 

 さらに、周囲の気流が変化した。

 

 零司の仕掛けた衝突の連鎖。

 

 その一部へ、新しいベクトルが与えられる。

 

 結果。

 

 複数の金属片が、零司へ向かって加速した。

 

 零司は、少しだけ目を細めた。

 

「……いいね」

 

 直後。

 

 金属片が、少年の周囲を通過した。

 

 その進路は、すべて変更されていた。

 

 だが。

 

 一方通行は、そこで終わらなかった。

 

 金属片の陰から、一気に距離を詰める。

 

「――そこだァ!」

 

 右手が伸びる。

 

 零司の首筋へ。

 

 しかし。

 

 届く寸前。

 

 零司の身体が、斜め後方へ移動した。

 

 一方通行の手が空を切る。

 

 その直後。

 

 零司の背後にあった巨大な配管が、突然動き始めた。

 

 ガギギギッ!

 

 配管の先端が、一方通行の進路を塞ぐ。

 

 さらに、別の方向から鋼材が迫った。

 

「……チッ!」

 

 一方通行が、反射によってそれらを弾き飛ばす。

 

 しかし、零司はすでに次の位置へ移動していた。

 

 そして。

 

 今度は、水路の側壁が大きく軋み始めた。

 

     ◇

 

「……オイオイ」

 

 一方通行が、下方を見た。

 

 巨大なコンクリート製の壁。

 

 その表面に、無数の亀裂が走っている。

 

 さらに、壁の内部から低い音が響き始めた。

 

 ゴゴゴゴッ。

 

 零司は、片足をゆっくりと地面へ下ろした。

 

「……そろそろ、少し大きいのを試そうか」

 

「……あァ?」

 

 その瞬間。

 

 巨大な水門が、動いた。

 

 数十年にわたって水流を制御してきた、巨大な鋼鉄製の構造物。

 

 その支持部分が、内部から変形していく。

 

 ガギギギギッ!

 

 金属が軋む。

 

 ボルトが外れる。

 

 そして。

 

 ドォォンッ!

 

 巨大な水門が、水路の中央へ倒れ込んだ。

 

 しかし、それだけではない。

 

 倒れた水門を押すように、背後から大量の水が流れ始める。

 

 巨大な鋼鉄の塊。

 

 その背後から押し寄せる水圧。

 

 さらに、周囲のコンクリート壁までが進行方向を制限するように変形していた。

 

 一方通行の周囲が、巨大な圧力容器へ変わっていく。

 

「……ッ!」

 

 白髪の少年が、目を細めた。

 

 反射によって、身体への衝撃は届かない。

 

 だが、周囲の構造物は別だ。

 

 鋼鉄を反射で吹き飛ばしても、背後から水が押し寄せる。

 

 水を弾き返せば、その圧力が周囲の壁へ伝わる。

 

 壁を破壊すれば、崩れた構造材が次の障害物になる。

 

 零司は、一方通行の反射を突破しようとしていなかった。

 

 反射された後の物理現象まで利用し、戦闘空間を組み替え続けていたのだ。

 

「……なるほどなァ」

 

 一方通行の口元が歪む。

 

「テメェ、俺を閉じ込めるつもりか」

 

「できるかどうか、試してみたくて」

 

 零司が答えた。

 

「第一位なら、どう抜けるのかなって」

 

 その言葉に。

 

 一方通行は、声を上げて笑った。

 

「……クカカカッ!」

 

 そして。

 

「――上等だァ!」

 

 次の瞬間。

 

 凄まじい轟音が響いた。

 

 白髪の少年を中心に、周囲の空気が爆発的に加速する。

 

 さらに、接触した構造物へ新しいベクトルが与えられた。

 

 巨大な水門が、外側へ弾き飛ばされる。

 

 水流が、複数の方向へ吹き飛ぶ。

 

 周囲のコンクリートが、次々と砕け散った。

 

 ドゴォォンッ!

 

 そして。

 

 白い影が、崩壊する構造物の上方へ飛び出した。

 

「――どうだァ!」

 

 一方通行が叫ぶ。

 

 その身体には、傷一つない。

 

 反射も、完全に機能している。

 

 だが。

 

 零司は、すでに別の場所へ移動していた。

 

「……さすが」

 

 少年が、静かに笑った。

 

「ちゃんと抜けたね」

 

「……テメェ!」

 

 一方通行が、歯を剥き出しにする。

 

 零司は、壊れた水門を一度見た。

 

 そして。

 

「でも、これで分かったよ」

 

「……何がだ!」

 

「君を倒す必要は、やっぱりないってこと」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

     ◇

 

 午後七時四十一分。

 

 旧河川調整施設。

 

 激しかった轟音が、ようやく収まった。

 

 水路の中央には、巨大な瓦礫が散乱している。

 

 折れ曲がった鋼材。

 

 砕けたコンクリート。

 

 そして、破壊された水門。

 

 その上に、一方通行が立っていた。

 

「……何を言ってやがる」

 

 低い声。

 

 零司は、少し離れた場所へ降り立った。

 

「君、強いよ」

 

「……あァ?」

 

「反射は破れてないし、僕の攻撃にも全部対応してる」

 

 零司は、平然と続けた。

 

「普通の能力者じゃ、まず勝てないだろうね」

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が笑う。

 

「当たり前だろォが!」

 

「でも」

 

 零司の灰紫色の瞳が、白髪の少年を捉えた。

 

「君、さっきから僕の攻撃に対応するので忙しかったでしょ?」

 

「……何?」

 

「逃げ道を作ったり、飛んできたものを弾き返したり」

 

 零司は、壊れた水門を指差した。

 

「その間に、誰かを助けるくらいの時間は十分あったと思うよ」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……テメェ」

 

「君を倒さなくても、実験は邪魔できる」

 

 零司は続けた。

 

「実際、三人助けたしね」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……クカカッ!」

 

 一方通行が、低く笑った。

 

「だったら、俺はテメェを倒せばいいだけだろォが!」

 

「そうだね」

 

 零司は、あっさりと頷いた。

 

「できるなら、それでいいと思うよ」

 

 その返答に。

 

 一方通行の笑みが消えた。

 

「…………」

 

 零司は続ける。

 

「でもさ」

 

 少年は、少しだけ首を傾げた。

 

「君、本当にそこまでして実験を続けたいの?」

 

 一方通行の赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……あァ?」

 

「もう第一位なんでしょ?」

 

「……それが?」

 

「普通の能力者じゃ、君に勝てない」

 

 零司は、静かに尋ねた。

 

「だったら、どうしてレベル6になりたいの?」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行が、鼻で笑った。

 

「……何も分かってねェな」

 

「そう?」

 

「最強ってのはなァ」

 

 白髪の少年が、ゆっくりと歩き始めた。

 

「誰にも負けねェってだけじゃ足りねェんだよ」

 

 零司は黙っていた。

 

「誰も逆らおうと思わねェ」

 

「…………」

 

「誰も戦おうなんざ考えねェ」

 

 赤い瞳が、鋭くなる。

 

「そういう存在になって、初めて意味があンだよ」

 

 零司は、しばらく少年を見つめていた。

 

 そして。

 

「……へえ」

 

 小さく頷いた。

 

「君、戦うのが嫌なんだ」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……あァ?」

 

「誰も戦おうと思わなくなるくらい、強くなりたいんでしょ?」

 

「……勝手に決めつけンな!」

 

 一方通行が、地面を蹴った。

 

 砕けたコンクリートが宙を舞う。

 

 しかし。

 

 零司は、それより早く攻撃していた。

 

 ガギンッ!

 

 一方通行の足元。

 

 巨大な鋼材が、横方向へ跳ね上がった。

 

「……っ!?」

 

 白髪の少年が、反射によって鋼材を弾き返す。

 

 だが、その反動で周囲の瓦礫が崩れ、進行方向を塞いだ。

 

 零司は、その光景を見ながら言った。

 

「……ほら」

 

「……何がだ!」

 

「今だって、僕に攻撃されたら反撃するでしょ?」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「別に、戦わなくてもいいのに」

 

 一方通行の表情が険しくなる。

 

「……テメェ!」

 

 その瞬間。

 

 白髪の少年が、凄まじい速度で飛び出した。

 

 だが。

 

 零司は、もうその場にはいなかった。

 

     ◇

 

 ドォンッ!

 

 一方通行の右手が、背後のコンクリートを粉砕した。

 

 零司は、数メートル離れた場所に立っている。

 

「……ねえ、一方通行」

 

「……あァ!?」

 

「君、そんなに強いのに」

 

 零司は、静かに続けた。

 

「どうして研究者の言うとおりに人を殺してるの?」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の動きが止まった。

 

「…………」

 

「研究者が時間を決めて、場所を決めて、相手まで用意してくれる」

 

 零司は、淡々と続ける。

 

「君は、そこへ行って殺すだけ」

 

 一方通行の赤い瞳が、細くなる。

 

「……テメェ」

 

「それって、君が本当にやりたいことなの?」

 

 沈黙。

 

 水路を流れる水の音だけが響いた。

 

 やがて。

 

「……黙れ」

 

 一方通行が呟いた。

 

「……何?」

 

「――黙れっつってンだよ!」

 

 白髪の少年が、地面を踏み抜いた。

 

 凄まじい衝撃。

 

 周囲の瓦礫が、一斉に跳ね上がる。

 

 しかし。

 

 その直後。

 

 零司の周囲で、別の変化が起きた。

 

 巨大なコンクリート片が持ち上がる。

 

 続いて、鋼材が不自然に折れ曲がった。

 

 さらに、水路の底から大量の水が噴き上がる。

 

 零司は、すでに次の攻撃を準備していた。

 

「……じゃあ、もう一つ」

 

 静かな声。

 

「君、あの子たちを本当に殺したいの?」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の表情が、激しく歪んだ。

 

「――人形を壊してるだけだろォが!」

 

 白髪の少年が叫ぶ。

 

「同じ顔! 同じ声! 同じ喋り方!」

 

 そして。

 

「研究所で作られた、実験用の人形だ!」

 

 零司は、動かなかった。

 

 その灰紫色の瞳が、僅かに細くなる。

 

「……そう」

 

 静かな声。

 

「じゃあ、君は知らないんだね」

 

 一方通行の眉が動いた。

 

「……何をだ」

 

「九九七一号が、甘いジュースを気に入ったこと」

 

「……あァ?」

 

「九九七二号が、自分で飲み物を選ぶようになったこと」

 

 零司は、続ける。

 

「九九七三号が、死にたくないって言ったこと」

 

 一方通行は、黙っていた。

 

「同じ顔でも、同じ人間じゃないよ」

 

 零司は、静かに告げた。

 

「あの子たち、一人ずつ違うから」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……くだらねェ!」

 

 一方通行が、吐き捨てた。

 

「少し喋った程度で、人間になれると思ってンのか!」

 

 零司は、首を傾げた。

 

「逆じゃない?」

 

「……あァ?」

 

「最初から人間だから、自分で考えるんでしょ」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の表情が、凍りついた。

 

     ◇

 

 午後七時五十三分。

 

 旧河川調整施設。

 

 一方通行は、黙っていた。

 

 赤い瞳には、苛立ちが浮かんでいる。

 

 だが。

 

 先ほどまでのように、すぐ攻撃してこようとはしなかった。

 

「……テメェ」

 

 低い声。

 

「正義の味方にでもなったつもりか?」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

「全然」

 

 即答だった。

 

「僕、そんなに優しくないよ」

 

「……あァ?」

 

「興味がなかったら、あの子たちだって助けなかったかもしれないし」

 

 零司は、平然と続けた。

 

「僕が殺した人間だっている」

 

 一方通行の眉が動いた。

 

 零司は、壊れた水門へ視線を向けた。

 

「自分の大切なものを守るためなら、他の誰かを犠牲にすることもあると思う」

 

 そして。

 

「だから、君に人を殺すななんて説教するつもりはないよ」

 

 一方通行は、しばらく少年を見つめていた。

 

「……だったら」

 

 赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……何で、俺の邪魔をする?」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「僕が助けたい子を、君が殺そうとしてるから」

 

 短い答えだった。

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

 一方通行は、目を細めた。

 

「……随分と勝手な野郎だなァ」

 

「そうだね」

 

 零司は頷いた。

 

「でも、君だって勝手に殺してるんでしょ?」

 

「…………」

 

「だったら、お互い様じゃない?」

 

 その言葉に。

 

 一方通行は、声を上げて笑った。

 

「……クカカカッ!」

 

 そして。

 

「……いいぜ」

 

 赤い瞳が、獰猛に細くなる。

 

「だったら、俺はテメェを倒して実験を続けるだけだ!」

 

 零司は、静かに頷いた。

 

「そうだね」

 

 その瞬間。

 

 周囲に散乱していた金属片が、一斉に浮かび上がった。

 

 一方通行の表情が変わる。

 

「……あァ!?」

 

 さらに、足元の水面が大きく波打った。

 

 零司は、両手をポケットに入れたまま笑った。

 

「じゃあ、続ける?」

 

 白髪の少年が、獰猛に笑う。

 

「――上等だァ!」

 

 その直後。

 

 一方通行が、地面を踏み抜いた。

 

 同時に。

 

 零司の周囲から、無数の金属片が加速する。

 

 正面。

 

 左右。

 

 そして、頭上。

 

 複数の方向から、一方通行を襲った。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 すべてが反射された。

 

 金属片が周囲へ吹き飛ぶ。

 

 しかし、零司はすでに別の攻撃へ移っていた。

 

 足元の水が、巨大な柱となって立ち上がる。

 

 さらに、背後のコンクリート壁が内側へ傾いた。

 

 複数の攻撃。

 

 異なる方向。

 

 そして、異なるタイミング。

 

 一方通行は、反射とベクトル操作を駆使して対応する。

 

 水柱を吹き飛ばす。

 

 コンクリートを砕く。

 

 金属片を弾き返す。

 

 そのすべてを、瞬時に行っていた。

 

「……クカカッ!」

 

 一方通行が笑う。

 

「……どうしたァ!」

 

 白髪の少年が、零司へ向かって加速した。

 

「もっとすげェ攻撃を見せてみろよ!」

 

 零司の口元が上がる。

 

「……いいの?」

 

 その瞬間。

 

 水路の底から、巨大な轟音が響いた。

 

 ゴゴゴゴッ。

 

 一方通行が、僅かに目を細める。

 

「……何だ?」

 

 直後。

 

 足元のコンクリートが、大きく割れた。

 

 巨大な亀裂。

 

 その両側から、複数の構造材がせり上がる。

 

 さらに、水路の奥から高圧水流が噴き上がった。

 

 一方通行を中心に、巨大な構造物が次々と動き始める。

 

「……テメェ!」

 

 白髪の少年が、目を見開く。

 

 零司は、静かに笑った。

 

「さっきより、少し複雑にしてみた」

 

 次の瞬間。

 

 巨大な鋼材が、複数の方向から一方通行へ殺到する。

 

 ドゴォォンッ!

 

 凄まじい轟音。

 

 だが。

 

「――なめてンじゃねェぞ!」

 

 一方通行が、すべてを弾き返した。

 

 巨大な構造物が吹き飛ぶ。

 

 さらに、周囲の空気が爆発的に流れ始めた。

 

 その力で、白髪の少年が上空へ抜ける。

 

 しかし。

 

 そこには、零司が立っていた。

 

 空中。

 

 何もない場所。

 

 それでも、少年は平然と浮かんでいる。

 

「……どうだった?」

 

 零司が尋ねた。

 

 一方通行は、歯を剥き出しにした。

 

「……クソが!」

 

 その表情を見て、零司は少しだけ笑った。

 

「……やっぱり、君は強いね」

 

「……当たり前だろォが!」

 

「うん」

 

 零司は頷いた。

 

「だから、聞きたいんだよ」

 

 一方通行の眉が動く。

 

「……何をだ」

 

「そんなに強い君が」

 

 少年の灰紫色の瞳が、白髪の少年を捉える。

 

「どうして、研究者の予定に従って人を殺してるのか」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……チッ」

 

 一方通行が、舌打ちした。

 

 その表情には、苛立ちが浮かんでいた。

 

 だが。

 

 今度は、すぐに攻撃してこなかった。

 

     ◇

 

 午後八時二分。

 

 旧河川調整施設。

 

 戦闘は、ようやく止まっていた。

 

 周囲には、破壊された構造物が散乱している。

 

 巨大な水門。

 

 砕けたコンクリート。

 

 歪んだ金属製の配管。

 

 その中央で、二人の少年が向かい合っていた。

 

「……テメェ」

 

 一方通行が、低く呟く。

 

「……勝ったつもりかよ」

 

 零司は、首を傾げた。

 

「別に?」

 

「……あァ?」

 

「君の反射、まだ破ってないし」

 

 零司は、あっさりと答えた。

 

「攻撃も、全部防がれたね」

 

 一方通行の口元が歪む。

 

「……ハッ!」

 

「でも」

 

 零司は、静かに続けた。

 

「僕も、君に負けてないよ」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行が、低く笑った。

 

「……クカカッ」

 

 その赤い瞳が、鋭くなる。

 

「……上等だァ」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「今日は、ここまでにしようか」

 

「……あァ!?」

 

「君と話したかったことは、だいたい聞けたし」

 

 一方通行は、少年を睨んだ。

 

「……テメェ、何様のつもりだ」

 

「久遠零司」

 

「……そういう意味じゃねェ!」

 

 零司は、楽しそうに笑った。

 

 そして。

 

「……ねえ、一方通行」

 

「……何だ!」

 

「九九七一号たち、まだ生きてるよ」

 

 一方通行の表情が、僅かに変わった。

 

「……あァ?」

 

「九九七二号も、九九七三号も」

 

 零司は、静かに続けた。

 

「今は、僕の家にいる」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……くだらねェ」

 

 一方通行が、吐き捨てる。

 

 だが。

 

 その声には、先ほどまでのような勢いがなかった。

 

「……それで?」

 

 零司が尋ねる。

 

 一方通行は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……本当に」

 

 低い声。

 

「……死にたくねェって言ったのか」

 

 零司は、静かに頷いた。

 

「言ったよ」

 

「…………」

 

「三人ともね」

 

 一方通行は、視線を逸らした。

 

 零司は続けた。

 

「会ってみる?」

 

 その言葉に。

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……あァ?」

 

「本人たちがよければだけど」

 

 零司は、肩をすくめた。

 

「直接聞けばいいでしょ」

 

 一方通行は、何も答えなかった。

 

 やがて。

 

「……知るかよ」

 

 低く吐き捨てた。

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「そっか」

 

 そのまま、踵を返す。

 

「じゃあ、またね」

 

 一方通行は、少年の背中を睨んでいた。

 

 そして。

 

「――オイ!」

 

 零司が振り返る。

 

「何?」

 

「……次は」

 

 白髪の少年が、歯を剥き出しにする。

 

「……次は、こんなもンじゃ終わらせねェからな!」

 

 零司は笑った。

 

「楽しみにしてるよ」

 

 そのまま、夜の街へ向かって歩き始めた。

 

     ◇

 

 午後八時二十六分。

 

 第七学区、久遠零司の自宅。

 

「……おかえり」

 

 玄関の扉が開くと、N-13が顔を出した。

 

「ただいま」

 

 零司が答える。

 

 その後ろから、N-12が覗き込んだ。

 

「……怪我は?」

 

「してないよ」

 

「……本当に?」

 

「本当に」

 

 零司は笑った。

 

 N-13が、少しだけ息を吐く。

 

「……よかった」

 

 部屋へ入る。

 

 そこには、三人の少女が座っていた。

 

 九九七一号。

 

 九九七二号。

 

 九九七三号。

 

「……質問があります」

 

 九九七一号が口を開いた。

 

「何?」

 

「一方通行との接触は、どうなりましたか」

 

 零司は、ソファへ腰を下ろした。

 

「話してきたよ」

 

「……戦闘は?」

 

「したよ」

 

 N-13が顔を上げる。

 

「……やっぱり」

 

「向こうもやる気だったからね」

 

 零司は、あっさりと答えた。

 

 N-12が、少しだけ眉をひそめる。

 

「……それで、勝ったの?」

 

「決着はついてないよ」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「でも、楽しかった」

 

「……零司らしいね」

 

 N-13が、小さく呟いた。

 

 そのとき。

 

 九九七一号が、再び口を開いた。

 

「……一方通行は、何と言っていましたか」

 

 零司は、少女を見た。

 

「君たちが、本当に死にたくないって言ったのか聞かれた」

 

 その言葉に。

 

 三人の少女が、僅かに目を見開いた。

 

「……ミサカたちが?」

 

 九九七二号が尋ねる。

 

「そう」

 

 零司は頷いた。

 

「だから、本当だって答えた」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……そうですか」

 

 九九七一号が、小さく頷いた。

 

 零司は、少女を見つめた。

 

「……それと」

 

「何でしょうか」

 

「直接、会ってみるかって聞いておいた」

 

 その言葉に。

 

 N-13が、目を見開いた。

 

「……え?」

 

 零司は、九九七一号を見た。

 

「君たちがよければ、会って話してみてもいいと思う」

 

 九九七二号が、少しだけ首を傾げた。

 

「……ミサカたちの意思を、確認していただけるのですか」

 

「もちろん」

 

 零司は頷いた。

 

「会いたくないなら、会わなくていいよ」

 

 その言葉に。

 

 九九七三号が、小さく目を伏せた。

 

「……ミサカは」

 

 静かな声。

 

「……まだ、怖いです」

 

 N-13が、少女へ顔を向けた。

 

 九九七三号は続ける。

 

「一方通行との接触は、ミサカにとって死亡の可能性を連想させます」

 

 零司は頷いた。

 

「そっか」

 

 そして。

 

「じゃあ、無理しなくていいよ」

 

 九九七三号は、僅かに目を瞬かせた。

 

「……よろしいのですか」

 

「うん」

 

 零司は笑った。

 

「怖いのに、わざわざ会う必要ないでしょ」

 

 その言葉に。

 

 少女は、小さく頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 その隣で。

 

 九九七一号が、静かに口を開いた。

 

「……ミサカは」

 

 零司が顔を向ける。

 

「何?」

 

「……会ってみたいと考えています」

 

 N-13の表情が変わった。

 

「……本当に?」

 

「はい」

 

 九九七一号は頷いた。

 

「ミサカは、予定された死亡を回避しました」

 

 そして。

 

「現在も生存していることを、本人へ伝えたいと考えています」

 

 零司は、しばらく少女を見つめていた。

 

 そして。

 

「……分かった」

 

 静かに頷いた。

 

「じゃあ、そうしようか」

 

     ◇

 

 同日、午後九時四十三分。

 

 第七学区。

 

 一方通行は、自室のソファへ倒れ込んだ。

 

「……クソが」

 

 低く呟く。

 

 その手には、缶コーヒー。

 

 だが、開ける気にはならなかった。

 

 久遠零司。

 

 あの少年との三度目の戦闘。

 

 結局、決着はつかなかった。

 

 反射は破られていない。

 

 攻撃も、まともには受けていない。

 

 だが。

 

 相手を倒すこともできなかった。

 

 それどころか。

 

 あの少年は、自分へ次々と攻撃を仕掛けてきた。

 

 巨大な水門。

 

 高圧水流。

 

 鋼材。

 

 コンクリート。

 

 そのすべてを、まるで玩具でも扱うように操っていた。

 

 しかも。

 

 身体を動かす必要すらない。

 

「……第零位、か」

 

 赤い瞳が、僅かに細くなる。

 

 最強。

 

 学園都市第一位。

 

 その肩書きは、誰にも譲るつもりがない。

 

 だが。

 

 目の前の少年は、そんな肩書きなど気にしていなかった。

 

 戦うことを楽しみ。

 

 勝敗に固執せず。

 

 自分の気分で人を助ける。

 

 そして。

 

『君、そんなに強いのに、どうして研究者の言うとおりに人を殺してるの?』

 

 あの言葉。

 

「……チッ」

 

 一方通行は、舌打ちした。

 

 何度も聞いた説明。

 

 妹達は実験用に製造された個体。

 

 人間ではなく、研究のための存在。

 

 そう教えられてきた。

 

 自分も、そう扱ってきた。

 

 だが。

 

『九九七一号が、甘いジュースを気に入ったこと』

 

 思い出す。

 

『九九七二号が、自分で飲み物を選ぶようになったこと』

 

 くだらない。

 

 そんなもの、能力の成長には関係ない。

 

『九九七三号が、死にたくないって言ったこと』

 

「…………」

 

 一方通行は、缶コーヒーを見つめた。

 

 そして。

 

 ふと、思い出した。

 

 数日前。

 

 旧貨物操車場。

 

 死にかけた九九七〇号。

 

 あの少女へ、自分は確かに問いかけた。

 

『怖くねェのか』

 

 少女は、恐怖による生理反応があると答えた。

 

 それでも、予定された実験結果を受け入れていた。

 

「……クソが」

 

 白髪の少年は、缶をテーブルへ置いた。

 

 そのとき。

 

 携帯端末が振動した。

 

《絶対能力進化計画》

 

《次回実験:調整中》

 

《実験運用方式の変更について、後日通知予定》

 

 一方通行は、画面を睨んだ。

 

 研究者たちは、まだ実験を続けるつもりらしい。

 

 それは分かっていた。

 

 だが。

 

 次の実験対象が、また同じ顔をした少女だとしたら。

 

 その少女も。

 

 死にたくないと言うのだろうか。

 

「…………」

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

 一方通行は、端末を裏返した。

 

「……知るかよ」

 

 低く呟く。

 

 しかし。

 

 その声には、以前のような確信がなかった。

 

 最強になれば、誰も自分へ挑まなくなる。

 

 誰も傷つけずに済むほどの力を手に入れれば。

 

 そんな考えを、いつから抱いていたのか。

 

 今となっては、自分でもよく分からない。

 

 ただ。

 

 目の前に現れた第零位は、そんな自分へ平然と言い放った。

 

『君、戦うのが嫌なんだ』

 

 そして。

 

『君は、あの子たちを本当に殺したいの?』

 

「……うるせェ」

 

 一方通行は、目を閉じた。

 

 だが。

 

 その言葉は、簡単には消えてくれなかった。

 

 学園都市第一位。

 

 最強の超能力者。

 

 その少年が、初めて自分自身の選択を疑い始めていた。

 

 そして、まだ気づいていなかった。

 

 久遠零司が自分の前に現れたことで、これまで当然だった日常が、すでに変わり始めていることに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

とある科学の擬似発現(作者:ついついつい)(原作:とある魔術の禁書目録 )

※主人公含めオリジナルキャラ登場&都合のいいように原作の一部を改変しています。(例:多重能力者研究が軽視されてます。旧約の序盤で顕著だった科学と魔術の別みたいなものは軽んじています。)▼学園都市第8位の超能力者、瀬川空。▼彼の能力『擬似発現(エミュレーター)』は、自らの自我を完全に「空洞化」させることで、外界のあらゆる物理法則や異能の理を演算領域に取…


総合評価:41/評価:-.--/連載:94話/更新日時:2026年11月04日(水) 12:00 小説情報

【推しの子】達を包む夜空は星を堕とさせない(作者:C-RhYme)(原作:推しの子)

▼推しの子を読み終えて、登場人物たちに救いがあってほしくて執筆開始!▼登場人物たちはもう頑張ったんだから原作にいない人をぶっこんで頑張ってもらえばいいがコンセプト。▼前世の記憶なんてものもなく、原作知識もない人物が導く物語。▼原作開始までシリアスっぽい感じの文章になるけど本編が始まったらいちゃいちゃしてもらう予定。▼タグのアンチ・ヘイトは念のため。主人公は性…


総合評価:1183/評価:7.82/連載:49話/更新日時:2026年11月02日(月) 00:00 小説情報

あかねのたいよう(作者:かぜのこ)(原作:推しの子)

▼ 私、黒川あかねの原点には、いつもたいよう(彼)がいた。▼【挿絵表示】▼ ※オリ主×黒川あかねの(主に)恋愛モノ。あかねが実質的な主人公です。▼ ※各自、閲覧設定の調整を推奨。▼ ※Geminiを利用して加筆修正をしています。▼ ※にわかが調べつつ書いています。


総合評価:1071/評価:7.53/連載:66話/更新日時:2026年10月31日(土) 06:00 小説情報

魅力至上主義の教室(作者:Mr.♟️)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

地雷だと思った方はブラウザバックしてください。▼神様転生なので、地雷の人は本当にブラウザバック推奨。▼オリ主ハーレム?モノです。▼タグは随時更新します。▼挿絵は全てAI絵になります。▼オリ主:神代 凪(かみしろ なぎ)


総合評価:4131/評価:8.16/連載:28話/更新日時:2026年10月30日(金) 00:00 小説情報

正邦のキセキ(作者:lalaland)(原作:黒子のバスケ)

アメリカから帰国した銀城蓮が選んだ進学先は、正邦高校だった。▼コート全体を見渡し、味方を活かして勝利へ導く司令塔としての顔。▼そしてその内側には、まったく異なるバスケットをする“もう一人の自分”がいる。▼火神大我、黒子テツヤ、緑間真太郎、青峰大輝――。▼「キセキの世代」をはじめとする強者たちが集う高校バスケで、銀城蓮は正邦とともに全国の頂点を目指す。


総合評価:1195/評価:8.5/連載:58話/更新日時:2026年10月30日(金) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>