とある学園都市の第零位《ゼロナンバー》   作:右左右左右

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第34話 人形ではない証明

 八月十五日、午前九時十四分。

 

 学園都市第七学区。

 

「……会うんだね」

 

 N-13の問いに、ミサカ九九七一号は静かに頷いた。

 

「はい。ミサカは一方通行との面会を希望します、とミサカは改めて意思を表明します」

 

 久遠零司の部屋。

 

 テーブルを囲む五人の少女たちの間には、いつもとは違う緊張感が漂っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 九九七一号。

 

 九九七二号。

 

 九九七三号。

 

 そして、N-12とN-13。

 

 話題になっているのは、学園都市第一位との面会だった。

 

「……怖くないの?」

 

 N-13が尋ねる。

 

「恐怖はあります」

 

 九九七一号は即答した。

 

「ミサカは本来、八月十日の実験で死亡する予定でした。一方通行との接触は、その状況を想起させます」

 

「……だったら」

 

「しかし」

 

 九九七一号が顔を上げた。

 

「恐怖があることと、会いたいと考えることは矛盾しません」

 

 N-13は口を閉じた。

 

 その言葉を聞いていた九九七二号が、静かに頷く。

 

「ミサカも面会を希望します」

 

「……九九七二号も?」

 

「はい。ただし、今回は九九七一号の意思を優先することが適切と判断します」

 

 九九七三号は、二人を見つめていた。

 

 そして、小さく口を開く。

 

「……ミサカは、同行を希望しません」

 

 N-13が振り返る。

 

「……うん」

 

「一方通行との再接触を想像すると、身体に強い緊張が生じます」

 

 九九七三号は、自分の手を見つめた。

 

「ミサカは、まだ会いたくありません」

 

「それでいいよ」

 

 ソファから声がした。

 

 久遠零司だった。

 

 黒髪に銀色の髪が混じる少年は、携帯端末を操作しながら会話を聞いていた。

 

「全員で行く必要なんてないでしょ」

 

 九九七三号が顔を上げる。

 

「……よろしいのですか」

 

「君が嫌なら、行かなくていいよ」

 

 零司は、あっさりと答えた。

 

「誰に会うかくらい、自分で決めればいい」

 

 その言葉に、九九七三号は小さく頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 零司は端末を置いた。

 

「じゃあ、九九七一号」

 

「はい」

 

「本当に会いたいんだね?」

 

「はい」

 

「分かった」

 

 零司は立ち上がった。

 

「まずは、向こうに聞いてくるよ」

 

 N-12が顔を上げる。

 

「……一方通行に?」

 

「うん」

 

「……来てくれるかな」

 

「さあ?」

 

 零司は肩をすくめた。

 

「来なかったら、それはそれでいいんじゃない?」

 

 その答えに、九九七一号が頷いた。

 

「ミサカは面会を希望しますが、相手に強制する意図はありません」

 

「そういうこと」

 

 零司は笑った。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 玄関へ向かう。

 

 その背中へ、N-13が声を掛けた。

 

「……零司」

 

「何?」

 

「……今度は、戦わないよね?」

 

 零司は少し考えた。

 

「向こう次第かな」

 

「……もう」

 

 N-13が眉をひそめる。

 

 零司は笑った。

 

「少なくとも、今日は喧嘩しに行くわけじゃないよ」

 

 そう告げて、玄関の扉を開いた。

 

     ◇

 

 午前十一時二分。

 

 第七学区、某コンビニエンスストア。

 

「……またテメェか」

 

 一方通行は、露骨に顔をしかめた。

 

 手には缶コーヒー。

 

 その正面には、久遠零司が立っている。

 

「こんにちは」

 

「何がこんにちはだ」

 

 白髪の少年は舌打ちした。

 

「昨日あンだけ暴れて、まだ足りねェってのか?」

 

「今日は違う用事」

 

「……あァ?」

 

「九九七一号が、君に会いたいって」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の手が止まった。

 

「…………は?」

 

「だから、君に会って話したいんだって」

 

 零司は、平然と続けた。

 

「昨日、直接会ってみるかって聞いたでしょ?」

 

「……テメェ」

 

 一方通行の赤い瞳が細くなる。

 

「本気で言ってンのか?」

 

「うん」

 

「……あの人形が、俺に会いたいだァ?」

 

「そうらしいよ」

 

「……ハッ!」

 

 一方通行は鼻で笑った。

 

「何の冗談だよ」

 

 零司は、何も答えなかった。

 

 白髪の少年が続ける。

 

「俺はあいつを殺す予定だったンだぞ?」

 

「知ってる」

 

「……それなのに、会いてェって?」

 

「本人がそう言ってるんだから、そうなんでしょ」

 

 一方通行は、しばらく零司を睨んでいた。

 

 だが、目の前の少年はまったく動じていない。

 

「……クソが」

 

 低く吐き捨てる。

 

「何を考えてやがる」

 

「僕じゃなくて、あの子に聞けば?」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「来るなら、午後二時。第七学区の旧防災訓練広場」

 

「……行くとは言ってねェぞ」

 

「うん」

 

 零司は頷いた。

 

「来なくてもいいよ」

 

 そして、踵を返した。

 

「じゃあね」

 

「……オイ!」

 

 背後から声が響く。

 

 零司が振り返る。

 

「何?」

 

 一方通行は、缶コーヒーを握ったまま立っていた。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして。

 

「……あいつ」

 

 低い声。

 

「本当に、俺を怖がってねェのか?」

 

 零司は少し考えた。

 

「怖がってるよ」

 

「……あァ?」

 

「普通に怖いって言ってた」

 

 その返答に、一方通行の眉が動く。

 

「……だったら、何で来る?」

 

「だから、本人に聞けばいいじゃん」

 

 零司は笑った。

 

「君も、知りたいんでしょ?」

 

 一方通行は、何も答えなかった。

 

 零司は、それ以上追及しない。

 

 そのまま背を向けて歩き出した。

 

 残された一方通行は、しばらくその背中を睨んでいた。

 

「……クソが」

 

 小さく呟く。

 

 そして、手元の缶コーヒーへ視線を落とした。

 

     ◇

 

 午後一時四十三分。

 

 第七学区、旧防災訓練広場。

 

「……ここ?」

 

 御坂美琴が周囲を見渡した。

 

 広い舗装地。

 

 使用されなくなった訓練施設。

 

 そして、周囲を囲む金網。

 

 普段は立ち入る者も少ない、静かな場所だった。

 

「そう」

 

 零司が答える。

 

「人が少ないし、見通しもいいからね」

 

 美琴は、その隣に立つ九九七一号を見た。

 

「……本当に大丈夫?」

 

「はい」

 

 少女は頷いた。

 

「ミサカは、自分の意思でここへ来ました」

 

「……そう」

 

 美琴は、少しだけ唇を噛んだ。

 

 一方通行。

 

 妹達を殺してきた張本人。

 

 自分のDNAから生まれた少女たちを、実験のために殺害し続けてきた能力者。

 

 その相手と、目の前の少女を会わせる。

 

 理屈では理解していた。

 

 だが、感情が追いつかない。

 

「……ねえ、久遠」

 

「何?」

 

「あいつが何かしたら、すぐ止めるわよ」

 

「もちろん」

 

 零司は頷いた。

 

「僕もそうするつもり」

 

「……そう」

 

 美琴は小さく息を吐いた。

 

 そのとき。

 

 広場の入口から、足音が響いた。

 

「……チッ」

 

 不機嫌そうな声。

 

「面倒くせェことに巻き込みやがって」

 

 白髪の少年が姿を現した。

 

 一方通行。

 

 学園都市第一位。

 

 その赤い瞳が、零司を捉える。

 

「……来たぞ、ZERO」

 

 零司が笑った。

 

「律儀だね」

 

「……ぶっ殺すぞ」

 

「今日はやめておこうか」

 

「……チッ」

 

 一方通行は舌打ちした。

 

 そして。

 

 零司の隣に立つ少女へ視線を移した。

 

「…………」

 

 茶色い髪。

 

 白いブラウス。

 

 灰色のプリーツスカート。

 

 頭に装着されたゴーグル。

 

 ミサカ九九七一号。

 

 八月十日。

 

 自分が殺すはずだった個体。

 

「……おい」

 

 一方通行が口を開いた。

 

「何でテメェが生きてンだよ」

 

 九九七一号は、静かに答えた。

 

「久遠零司の介入により、実験が中止されたためです」

 

「……ンなこたァ知ってンだよ」

 

 白髪の少年が、顔をしかめる。

 

「俺が聞いてンのは、何でわざわざ俺に会いに来たかってことだ」

 

 九九七一号は、少しだけ間を置いた。

 

 そして。

 

「あなたへ、確認したいことがあります」

 

「……あァ?」

 

「ミサカ九九七〇号を、覚えていますか」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の表情が変わった。

 

     ◇

 

「……九九七〇号?」

 

「はい」

 

 九九七一号が頷く。

 

「八月十日午前零時十七分、第七学区旧貨物操車場において死亡した個体です」

 

 一方通行は、何も答えなかった。

 

 だが。

 

 その記録には、覚えがあった。

 

 旧貨物操車場。

 

 倒れた少女。

 

 そして。

 

『……怖くねェのか』

 

 自分が問いかけた言葉。

 

『恐怖による生理反応は確認されています』

 

 あの返答。

 

「……あァ」

 

 一方通行が、低く答えた。

 

「覚えてるぜ」

 

 九九七一号の目が、僅かに開かれる。

 

「……そうですか」

 

「……それがどうした」

 

 少女は、少しだけ視線を落とした。

 

「ミサカネットワークには、九九七〇号が最後に共有した情報の一部が残されています」

 

「……ネットワーク?」

 

「はい」

 

 九九七一号は頷いた。

 

「すべての記憶が共有されるわけではありません。しかし、当時の状況と感情に関する断片的な情報は残されています」

 

 一方通行の赤い瞳が細くなる。

 

「……それで?」

 

「九九七〇号は、恐怖を感じていました」

 

 静かな声。

 

「しかし、その感情を実験拒否の理由として扱いませんでした」

 

「……だから何だ」

 

「ミサカも、以前は同じでした」

 

 九九七一号は、自分の手を見つめた。

 

「死亡することを予定された結果として受け入れていました」

 

 そして、顔を上げる。

 

「ですが、現在は異なります」

 

 一方通行は、黙っていた。

 

「ミサカは、まだ生きたいと考えています」

 

「…………」

 

「それを、自分で決めました」

 

 白髪の少年は、目を細めた。

 

「……クカカッ」

 

 低く笑う。

 

「随分と立派なことを言うようになったじゃねェか」

 

 九九七一号は、首を傾げた。

 

「立派であるかどうかは不明です」

 

「……あァ?」

 

「ただし、ミサカは現在の生活を継続したいと考えています」

 

 その返答に、一方通行は眉をひそめた。

 

「……生活?」

 

「はい」

 

 九九七一号は頷いた。

 

「朝食を取り、買い物をし、他の個体やN-12たちと会話しています」

 

「……くだらねェ」

 

 一方通行が、吐き捨てた。

 

「そんなことが何だってンだよ」

 

 九九七一号は、答えた。

 

「ミサカにとっては、重要なことです」

 

 その声に、迷いはなかった。

 

     ◇

 

「……テメェ」

 

 一方通行が、低く呟いた。

 

「何を期待してンだ?」

 

 九九七一号が顔を上げる。

 

「……期待?」

 

「俺に謝れってのか?」

 

 白髪の少年が、口元を歪める。

 

「それとも、実験をやめろって泣きつきに来たのか?」

 

 美琴の拳が、強く握りしめられた。

 

 青白い火花が散る。

 

 だが、零司は動かなかった。

 

 九九七一号自身の答えを待っていた。

 

「……いいえ」

 

 少女は、静かに首を横へ振った。

 

「ミサカは、謝罪を要求するために来たのではありません」

 

「……あァ?」

 

「また、あなたを許すためでもありません」

 

 その言葉に。

 

 一方通行の表情が、僅かに変わった。

 

「…………」

 

 九九七一号は続けた。

 

「ミサカは、あなたを許していません」

 

 静かな声。

 

 怒鳴ることもない。

 

 涙を流すこともない。

 

 ただ、自分の意思を告げていた。

 

「あなたは、九九七〇号を殺害しました」

 

「……知ってる」

 

「そして、それ以前にも多くのミサカが死亡しています」

 

 一方通行は、黙っていた。

 

「ミサカが生存したことによって、それらの事実が変わるわけではありません」

 

 少女は、一歩前へ出た。

 

 美琴の表情が変わる。

 

「……ちょっと」

 

 だが、九九七一号は止まらなかった。

 

「ミサカは、あなたに知ってほしかったのです」

 

 一方通行が、赤い瞳を細める。

 

「……何をだ」

 

「あなたが殺そうとした個体が、現在も生きていることを」

 

「…………」

 

「そして、死亡した個体にも、恐怖や意思が存在していた可能性があることを」

 

 一方通行は、しばらく少女を見つめていた。

 

 その顔は、御坂美琴と同じだった。

 

 だが、目の前の少女は御坂美琴ではない。

 

 研究員の指示に従って死ぬはずだった個体。

 

 その個体が、今は自分の意思でここへ来ている。

 

「……だったら」

 

 一方通行が、低く呟いた。

 

「……俺が次の実験をやめりゃ、満足か?」

 

 九九七一号は、すぐには答えなかった。

 

 そして。

 

「ミサカは、次の個体が死亡しないことを望みます」

 

 静かに告げる。

 

「しかし、それによって過去の死亡が取り消されるわけではありません」

 

「…………」

 

「ミサカは、あなたを許すかどうかも、まだ決めていません」

 

 一方通行の口元が歪んだ。

 

「……クカカッ」

 

 だが、その笑いにはいつもの勢いがなかった。

 

「随分と勝手な人形だなァ」

 

 その瞬間。

 

「――人形じゃないわよ!」

 

 美琴の声が響いた。

 

     ◇

 

「……御坂さん」

 

 零司が、静かに呼びかけた。

 

 しかし、美琴は止まらなかった。

 

「あんた、まだそんなこと言ってるの!?」

 

 一方通行が顔を向ける。

 

「……あァ?」

 

「この子が何を言ってるか、分からないの!?」

 

 青白い火花が、美琴の身体から散った。

 

 その目には、明確な怒りが浮かんでいる。

 

「殺された子たちは、もう戻ってこないのよ!」

 

「……知るかよ」

 

「……っ!」

 

 一方通行が、低く笑った。

 

「実験用の人形を何体壊そうが、俺の勝手だろォが」

 

 その言葉に。

 

 美琴の表情が変わった。

 

 次の瞬間。

 

 青白い電撃が迸る。

 

「――あんたぁっ!」

 

 だが。

 

 電撃は一方通行へ届かなかった。

 

 放電経路が、空中で変化したのだ。

 

 青白い光が左右へ分かれ、地面へ流れていく。

 

「……っ!?」

 

 美琴が、目を見開いた。

 

 零司は、彼女を見ていた。

 

「御坂さん」

 

「……何よ!」

 

「今は、九九七一号が話してるんでしょ?」

 

「……でも!」

 

「君が怒るのは分かるよ」

 

 零司は、静かに続けた。

 

「でも、あの子の話を途中で終わらせるのは違うんじゃない?」

 

 美琴は、言葉を詰まらせた。

 

 そして。

 

 九九七一号を見る。

 

 少女は、美琴を見つめていた。

 

「……御坂美琴」

 

「……何?」

 

「ミサカのために怒っていただき、ありがとうございます」

 

「…………」

 

「ですが、ミサカは自分の言葉で伝えたいと考えています」

 

 美琴の表情が、僅かに緩んだ。

 

 そして。

 

「……分かったわ」

 

 小さく頷く。

 

「……ごめん」

 

 九九七一号は、首を横へ振った。

 

「謝罪は不要です」

 

 その返答に、美琴は苦笑した。

 

 零司は、二人の様子を見ていた。

 

 そして、再び一方通行へ視線を向ける。

 

「……じゃあ、続けようか」

 

 一方通行が舌打ちする。

 

「……チッ」

 

     ◇

 

 午後二時十七分。

 

 旧防災訓練広場。

 

「……一つ、聞いてもよいでしょうか」

 

 九九七一号が口を開いた。

 

 一方通行が、面倒くさそうに顔を向ける。

 

「……まだあンのかよ」

 

「はい」

 

「……何だ」

 

 少女は、静かに尋ねた。

 

「あなたは、ミサカたちが死にたくないと考えていることを、今後も無視しますか」

 

 その瞬間。

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「…………」

 

 零司は、何も言わなかった。

 

 美琴も、少女を見つめていた。

 

 一方通行は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……テメェらが何を考えてようが」

 

 低い声。

 

「……俺には関係ねェ」

 

 九九七一号は、頷いた。

 

「……そうですか」

 

 その返答は、あまりにも静かだった。

 

 まるで、予想していた結果を確認したかのように。

 

 だが。

 

「では、ミサカも自分の判断に従います」

 

 一方通行の眉が動く。

 

「……何?」

 

「ミサカは、あなたに殺されることを拒否します」

 

 少女は、はっきりと告げた。

 

「今後も、生存を希望します」

 

「……ハッ!」

 

 一方通行が、鼻で笑った。

 

「俺に逆らうってのか?」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

「必要であれば、抵抗します」

 

 その言葉に。

 

 一方通行は、目を見開いた。

 

 実験用の人形。

 

 命令に従い。

 

 予定された死亡を受け入れる存在。

 

 そのはずだった少女が、自分へ抵抗すると言っている。

 

「……クカカッ」

 

 白髪の少年が、低く笑った。

 

 そして。

 

「……だったら」

 

 一歩前へ出る。

 

「……今ここで、実験の続きをしてやろうか?」

 

 その瞬間。

 

 広場の空気が変わった。

 

     ◇

 

 ガギンッ!

 

 一方通行の足元。

 

 厚い舗装地が、突然大きく歪んだ。

 

「……あァ!?」

 

 次の瞬間。

 

 巨大なコンクリート片が、下方から跳ね上がった。

 

 一方通行の身体へ向かって加速する。

 

「――チッ!」

 

 反射。

 

 コンクリートが、凄まじい勢いで弾き返された。

 

 しかし。

 

 その先では、すでに別の攻撃が始まっていた。

 

 広場の周囲に設置されていた金属製の訓練設備。

 

 その支持具が、一斉に変形する。

 

 ガギギギッ!

 

 複数の鋼材が、異なる方向から一方通行へ殺到した。

 

「……テメェ!」

 

 一方通行が叫ぶ。

 

 鋼材は反射され、周囲へ吹き飛んだ。

 

 だが、零司は攻撃を止めなかった。

 

 地面の支持構造。

 

 空気圧。

 

 金属の応力。

 

 それらを同時に変更し、一方通行の周囲だけを戦闘区域へ変えていく。

 

 九九七一号や美琴のいる場所には、瓦礫一つ飛んでこなかった。

 

「――ZERO!」

 

 一方通行が、怒鳴った。

 

 その声に。

 

 零司が、静かに答える。

 

「何?」

 

 少年の両手は、ポケットに入ったままだった。

 

「君、今何て言った?」

 

「……あァ!?」

 

「実験の続きをするって」

 

 零司の灰紫色の瞳が、細くなる。

 

「僕の目の前で?」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……テメェ」

 

 その瞬間。

 

 零司の周囲に、複数の金属片が浮かび上がった。

 

 それらが、一斉に加速する。

 

 ドゴォンッ!

 

 一方通行が、すべてを反射した。

 

 だが、その衝撃で周囲の構造物が崩れ、移動経路が塞がれる。

 

 さらに、別の方向から鋼材が迫る。

 

「……クソが!」

 

 一方通行が舌打ちした。

 

 反射で弾き返す。

 

 身体のベクトルを操作し、上空へ移動する。

 

 だが、その先でも圧縮された空気が待ち構えていた。

 

 零司は、一歩も動いていない。

 

「……ねえ、一方通行」

 

 静かな声。

 

「君、僕と遊びたいの?」

 

 白髪の少年が、零司を睨んだ。

 

「……あァ!?」

 

「だったら、ちゃんと相手してあげるよ」

 

 零司は、少しだけ笑った。

 

「でも、あの子に手を出すなら話は別」

 

 その声に、先ほどまでの気楽さはなかった。

 

「次は、僕も途中でやめるとは限らないから」

 

 一方通行は、しばらく零司を睨んでいた。

 

 そして。

 

「……チッ!」

 

 舌打ちする。

 

 身体の周囲に渦巻いていた気流が、ゆっくりと収まった。

 

「……分かったよ」

 

 低い声。

 

「今日はやめてやる」

 

 零司は、静かに頷いた。

 

「そう」

 

 次の瞬間。

 

 周囲の構造物の動きが止まった。

 

 歪んだ鋼材が、地面へ落ちる。

 

 砕けたコンクリートが、乾いた音を立てて転がった。

 

 戦闘は、数十秒で終わっていた。

 

     ◇

 

「……一方通行」

 

 九九七一号が、静かに呼びかけた。

 

 白髪の少年が、顔を向ける。

 

「……何だよ」

 

「最後に、一つだけ」

 

「……まだあンのか」

 

「はい」

 

 九九七一号は、自分の胸元へ手を当てた。

 

「ミサカは、あなたに会ってよかったと考えています」

 

 その言葉に。

 

 一方通行が、目を細めた。

 

「……はァ?」

 

「あなたが、ミサカたちを人形だと考えていることを確認できました」

 

「……それで?」

 

「今後、その認識が変わるかどうかは、あなた自身の問題です」

 

 少女は、静かに続けた。

 

「ですが、ミサカは今日の会話を記憶します」

 

「…………」

 

「そして、あなたにも記憶してほしいと考えています」

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「……何をだ」

 

「ミサカ九九七一号が、あなたに会いに来たことを」

 

 少女は、一歩後ろへ下がった。

 

「ミサカは、ミサカ九九七一号です」

 

 その声は、決して大きくなかった。

 

 だが。

 

 一方通行には、はっきりと聞こえていた。

 

「九九七〇号ではありません」

 

「…………」

 

「九九七二号でも、九九七三号でもありません」

 

 少女は、静かに頭を下げた。

 

「一人の個体として、あなたに会いに来ました」

 

 そして。

 

「……本日は、ありがとうございました」

 

 一方通行は、何も答えなかった。

 

 九九七一号は、それ以上言葉を重ねない。

 

 零司の方へ振り返った。

 

「……久遠零司」

 

「何?」

 

「ミサカの用件は終了しました」

 

 零司は頷いた。

 

「そっか」

 

 そして。

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

「はい」

 

 九九七一号が頷く。

 

 美琴も、二人へ歩み寄った。

 

 そのまま三人は、広場の出口へ向かう。

 

 一方通行は、黙ってその背中を見送っていた。

 

 だが。

 

 途中で、零司が振り返った。

 

「……ああ、そうだ」

 

 一方通行が顔を上げる。

 

「……何だよ」

 

「君、さっき実験の続きをするって言ったよね」

 

「……あァ?」

 

 零司は、静かに笑った。

 

「僕、冗談だとは思ってないから」

 

 その言葉に。

 

 一方通行の表情が変わった。

 

「…………」

 

「次にあの子たちを殺そうとするなら、また僕が止めるよ」

 

 そして。

 

「そのときは、今日より面倒なことになると思うけど」

 

 零司は、肩をすくめた。

 

「まあ、君が決めることだね」

 

 そのまま、背を向ける。

 

 白髪の少年は、何も答えなかった。

 

     ◇

 

 午後三時三十八分。

 

 第七学区、久遠零司の自宅。

 

「……おかえり」

 

 玄関の扉が開くと、N-13が顔を出した。

 

「ただいま」

 

 零司が答える。

 

 その後ろには、九九七一号。

 

 さらに、御坂美琴。

 

「……大丈夫だった?」

 

 N-13が尋ねた。

 

 九九七一号は頷いた。

 

「はい。ミサカは無事に帰還しました」

 

「……よかった」

 

 N-13が、ほっと息を吐いた。

 

 その奥から、九九七二号と九九七三号が姿を見せる。

 

「面会は、どうでしたか」

 

 九九七二号が尋ねた。

 

 九九七一号は、少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……一方通行は、ミサカたちを人形と認識していました」

 

 九九七三号が、目を伏せる。

 

「……そうですか」

 

「はい」

 

 九九七一号は頷いた。

 

「ただし、ミサカの意思を直接伝えることはできました」

 

 N-12が顔を上げる。

 

「……それで?」

 

 九九七一号は、静かに答えた。

 

「ミサカは、今後も生きたいと考えています」

 

 短い言葉だった。

 

 N-13が、微笑んだ。

 

「……うん」

 

 そのとき。

 

 美琴が、零司へ顔を向けた。

 

「……ねえ」

 

「何?」

 

「あんた、今日も攻撃したわね」

 

「したね」

 

 零司は、あっさりと頷いた。

 

 美琴が、深く息を吐く。

 

「……相手があいつだから、仕方ないけど」

 

「そう?」

 

「でも、あんたが本気で戦い始めたら、周りがどうなるか分からないでしょ」

 

 零司は、少しだけ考えた。

 

「今日はちゃんと場所を選んだよ」

 

「……そういう問題じゃなくて」

 

 美琴は、言葉を詰まらせた。

 

 そして。

 

「……まあ、いいわ」

 

 小さく息を吐く。

 

「今日は、あの子が無事に帰ってきたんだから」

 

 零司は笑った。

 

「そうだね」

 

 その言葉に。

 

 美琴も、少しだけ表情を緩めた。

 

     ◇

 

 午後六時四十二分。

 

 第七学区、某研究施設。

 

「……第一位から、連絡は?」

 

 研究主任が尋ねた。

 

 隣の研究員が、端末を確認する。

 

「現在、正式な回答はありません」

 

「……そうか」

 

 主任は、画面を見つめた。

 

《絶対能力進化計画》

 

《実験運用:暫定保留》

 

《次回実験:調整中》

 

《協力能力者:一方通行》

 

 その下に、新しい項目が追加されている。

 

《個体行動傾向》

 

《九九七一号:計画外接触》

 

《接触対象:一方通行》

 

《結果:観測情報不足》

 

 主任の目が細くなる。

 

「……直接会ったのか」

 

 研究員が頷く。

 

「はい。ただし、接触内容については十分な記録が取得できていません」

 

「……ZEROが同行していたためか」

 

「その可能性があります」

 

 主任は、しばらく画面を見つめていた。

 

 そして。

 

「……厄介だな」

 

 小さく呟いた。

 

 久遠零司。

 

 御坂美琴。

 

 そして、妹達。

 

 これまで実験用の個体として管理されていた少女たちが、自分の意思で行動し始めている。

 

 その影響は、研究計画の運用にも現れ始めていた。

 

「……第一位へ、連絡を入れろ」

 

 主任が告げた。

 

「実験再開時の協力意思を確認する」

 

 研究員が頷く。

 

「了解しました」

 

 端末が操作される。

 

《一方通行》

 

《実験再開に関する意向確認》

 

《送信》

 

 数秒後。

 

 通信が接続された。

 

『……あァ?』

 

 不機嫌そうな声。

 

「一方通行さん。絶対能力進化計画の運用再開について、ご連絡しました」

 

『……で?』

 

「次回実験の日程は現在調整中ですが、再開後もご協力いただけますでしょうか」

 

 短い沈黙。

 

 そして。

 

『……オイ』

 

「はい?」

 

『テメェら、俺が何も考えずに命令を聞くと思ってンのか?』

 

 研究主任の表情が変わった。

 

「……何をおっしゃっているのですか」

 

『実験の予定を勝手に決めて、俺を呼び出して』

 

 低い声。

 

『そのたびに、同じ顔の人形を連れてきやがる』

 

「……それが研究計画ですので」

 

『……チッ』

 

 一方通行が、舌打ちした。

 

『次の予定は、まだ決めンな』

 

 主任が、目を見開いた。

 

「……それは、どういう意味でしょうか」

 

『そのまンまの意味だ』

 

 そして。

 

『俺が参加するかどうかは、俺が決める』

 

 通信が切れた。

 

 研究主任は、端末を見つめていた。

 

 数秒後。

 

「……どうしますか」

 

 研究員が尋ねる。

 

 主任は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 絶対能力進化計画。

 

 第一位をレベル6へ進化させるための研究。

 

 その中心にいる能力者が、実験の参加について態度を変え始めた。

 

「……上位管理者へ報告しろ」

 

 主任が、静かに告げる。

 

「第一位の協力意思が不確定となった」

 

 研究員が頷く。

 

「了解しました」

 

 そして、報告書の作成を始めた。

 

 だが、主任は別の資料を開いていた。

 

《研究計画》

 

《継続条件》

 

《協力能力者の参加》

 

 そこには、実験を進めるために必要な条件が並んでいる。

 

 第一位の協力。

 

 量産個体の管理。

 

 研究設備。

 

 そして、実験実施の承認。

 

 主任は、低く呟いた。

 

「……こうなれば」

 

 その目が細くなる。

 

「……計画そのものの運用を、見直す必要があるな」

 

     ◇

 

 午後九時十七分。

 

 第七学区。

 

 一方通行は、自室のソファに座っていた。

 

 テーブルには、開けられていない缶コーヒー。

 

 その隣には、携帯端末。

 

 画面には、先ほどの研究施設からの連絡履歴が表示されている。

 

「……クソが」

 

 白髪の少年は、低く呟いた。

 

 今日、会った少女。

 

 ミサカ九九七一号。

 

 自分が殺すはずだった個体。

 

 その少女は、確かに生きていた。

 

 しかも。

 

 自分の意思で、会いに来た。

 

『ミサカは、あなたを許していません』

 

 あの言葉。

 

「…………」

 

 一方通行は、目を閉じた。

 

 謝罪を求められたわけではない。

 

 許してほしいと言われたわけでもない。

 

 ただ。

 

 自分が殺そうとした少女が、生きていることを伝えに来た。

 

 それだけだった。

 

『ミサカは、ミサカ九九七一号です』

 

 その言葉が、頭から離れなかった。

 

 同じ顔。

 

 同じ声。

 

 同じように製造された個体。

 

 だが。

 

 あの少女は、自分を九九七一号だと名乗った。

 

 他の個体とは違う存在として。

 

「……くだらねェ」

 

 一方通行は、低く呟いた。

 

 しかし。

 

 その声には、確信がなかった。

 

 ふと、思い出す。

 

 八月十日。

 

 旧貨物操車場。

 

 死亡した九九七〇号。

 

 あの少女へ、自分は問いかけた。

 

『怖くねェのか』

 

 その答えは。

 

『恐怖による生理反応は確認されています』

 

「…………」

 

 一方通行は、目を開いた。

 

 そして、携帯端末を手に取った。

 

 絶対能力進化計画。

 

 実験再開に関する通知。

 

 その画面を、しばらく見つめる。

 

「……チッ」

 

 舌打ち。

 

 そして。

 

 端末を裏返した。

 

「……俺が決めるっつってンだろ」

 

 誰に聞かせるでもない、低い声。

 

 学園都市第一位。

 

 一方通行。

 

 その少年は、まだ自分の行為を悔いてはいなかった。

 

 殺した妹達を、許されない罪として受け入れたわけでもない。

 

 だが。

 

 少なくとも、研究者に言われるまま次の実験へ向かうことには、疑問を抱き始めていた。

 

 そして。

 

 その変化を、研究者たちは歓迎していなかった。

 

     ◇

 

 同日、午後十一時三十八分。

 

 学園都市第十八学区。

 

 薄暗い管理室。

 

 一人の男が、報告書を読み終えた。

 

《絶対能力進化計画》

 

《協力能力者:一方通行》

 

《参加意思:不確定》

 

《実験運用:継続困難》

 

 男は、資料を机へ置いた。

 

「……なるほど」

 

 静かな声。

 

 その隣で、研究員が尋ねる。

 

「……今後、どう対応しますか」

 

 男は、しばらく考えた。

 

 第一位。

 

 一方通行。

 

 絶対能力進化計画の中心となる能力者。

 

 その協力が得られなければ、従来の実験方式は成立しない。

 

 だが。

 

 研究計画に関わる組織は、一つではない。

 

 予算。

 

 設備。

 

 研究員。

 

 そして、量産個体。

 

 それらは、まだ残されている。

 

「……計画を中止するつもりはない」

 

 男が告げた。

 

「しかし、従来の方式では難しいだろう」

 

 研究員が顔を上げる。

 

「……では?」

 

 男は、別の資料を開いた。

 

 そこには、複数の研究計画が記されている。

 

 絶対能力進化計画。

 

 量産型能力者研究。

 

 そして、過去に凍結された複数の関連研究。

 

「……我々は、研究者だ」

 

 男は、静かに続けた。

 

「一つの方法が使えなくなったなら、別の方法を検討する」

 

 研究員が、頷く。

 

「……了解しました」

 

 男は、画面を見つめた。

 

 久遠零司。

 

 御坂美琴。

 

 一方通行。

 

 そして、妹達。

 

 彼らの行動によって、研究計画は大きく変化し始めている。

 

 だが。

 

 その変化が、必ずしも妹達にとって望ましい結果になるとは限らない。

 

 男は、静かに呟いた。

 

「……ZERO」

 

 その目が細くなる。

 

「君が守ろうとしているものは、本当にすべて守り切れるのかな」

 

 研究者たちは、まだ諦めていなかった。

 

 そして。

 

 久遠零司も、まだ知らなかった。

 

 自分の介入によって救われる者がいる一方で、別の場所では異なる運命が動き始めていることを。

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