もしも異能がディスクロージャーされたら? 作:パラレル・ゲーマー
二〇二六年十一月二日、月曜日。午後六時三十分。
元ボクシング世界統一王者の橘迅が、自身の公式Xで「俺は能力者で、今も裏のプロ格闘技リーグで現役選手として戦っている」と衝撃のカミングアウトを行い、時速百二十キロで疾走するトレーニング動画を公開してから、丸二日が経過していた。
週明けの月曜日を迎えても、日本のスポーツ界とインターネットの熱狂は冷めるどころか、ますます温度を上げていた。
ワイドショーやスポーツ紙は連日、橘が口にした『能力者向けのプロ格闘技リーグ』の正体を探ろうと躍起になり、ネット上では「本当にそんなリーグが実在するのか?」「どんなルールで、どんな能力を持った連中が戦っているんだ?」「一般公開のエキシビションマッチはいつ実現するのか?」という議論が昼夜を問わず繰り返されていた。
だが、土曜日の昼に橘が「政府機関から調整が必要だと連絡が来たので、いったん待ちます!」と投稿して以降、具体的な続報はまだ出ていなかった。
そんな焦れるような待機ムードが日本中を包んでいた月曜日の夕方。
午後六時三十分ちょうどに、橘迅の公式Xアカウントが突如として更新された。
それは彼自身の言葉ではなく、本日開設されたばかりの公式認証バッジ付きアカウント――『PCL(Professional Ability Combat League)公式広報』が出した最初の告知ポストを、橘が引用リポストしたものだった。
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PCL公式 / Professional Ability Combat League ✓ (@PCL_Official_JP)
【特別公開のお知らせ】
このたび、関係行政機関との安全基準協議ならびに権利確認を経て、当リーグ(PCL)において過去に開催された公式試合のアーカイブ映像1本を、一般の皆様へ向けて特別公開することとなりました。
本映像の公開にあたっては、対戦した両選手より映像および能力概要の開示に関する正式な許諾を得ております。
本日 20:00 より、新設されたPCL公式YouTubeチャンネルおよび特設Webサイトにてプレミア公開いたします。
なお、今回は初めて異能格闘技をご覧になる一般視聴者の皆様に競技本来の駆け引きを楽しんでいただくため、事前の選手能力データを伏せた「特別編集版(実況音声なし)」としてお届けいたします。
ぜひ、画面の中で何が起きているのかを予想しながらお楽しみください。
(※本映像は過去に収録された公式戦の記録であり、新規興行の開催告知ではございません)
[YouTube プレミア公開待機枠リンク]
(2026年11月2日 18:30)
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橘 迅 / Jin Tachibana ✓ (@Jin_Tachibana) [引用リポスト]
きたあああああああ!!!w
ついに運営と政府の許可が下りて、PCLの過去の公式戦が1試合だけ一般公開されることになりました!
俺が出てる『フィジカル・ストライカー部門(打撃・身体強化系クラス)』とは違う『フィールド部門』の試合なんですけど、これがもうめちゃくちゃ面白いんですよ!
予備知識なしで見た方が絶対びっくりすると思うんで、内容は言いませんw
今夜20時、みんなでリアタイしましょう!!
(2026年11月2日 18:31投稿/19:55時点で8.4万リポスト・29万いいね)
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【5ちゃんねる:ニュース速報+】
スレタイ:【超速報】異能格闘技リーグ『PCL』、今夜20時に過去の公式試合映像をYouTubeで世界初公開へ!! ★1
1 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:32:10.00 ID:PCL_Debut
橘迅が所属する裏の異能格闘技リーグ『PCL(Professional Ability Combat League)』が公式アカウントを開設。
関係機関との調整と出場選手2名の許諾が取れたとして、本日20時より過去の公式戦アーカイブ映像をプレミア公開すると発表!
なお、最初は両選手の能力を伏せた状態で放送するとのこと。
15 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:32:38.12 ID:Finally_Here
きたあああああああああああああああ!!!!
29 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:33:01.45 ID:Real_League
PCL(プロフェッショナル・アビリティ・コンバット・リーグ)!?
橘が言ってた能力者専用のプロ格闘技団体、本当に実在してたのかよ!! しかもロゴデザインとか特設サイトの作りが、UFCやRIZINみたいにめちゃくちゃ洗練されててガチの大手プロ興行じゃん!
52 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:33:30.88 ID:Fast_Work
土曜日に橘が「調整中」って言ってたから、見られるとしても数ヶ月先かと思ってたのに、月曜の夜にもう見られるのかよ! 仕事早すぎて草www
78 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:34:02.19 ID:Archive_Note
>>52
いや、新しく会場借りて公開試合をやるんじゃなくて、「過去にやった公式戦の録画アーカイブの中で、出場した選手2人から顔出しと能力公開のOKが出た試合」を1本だけ先に出すって形だな。
観客席にいた一般の登録能力者の顔とか、会場の所在地がバレないような試合を選んだんだろう。政府の担当官も週末徹夜でチェックしたんだろうなw
110 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:34:35.60 ID:Guess_Ability
しかも「初めてご覧になる皆様のために、選手の能力情報を伏せた特別編集版をお届けします」ってのが最高にワクワクするんだが!!
つまり、どんな超能力を持ってるか俺たちがリアルタイムで推理しながら見ろってことだろ!?
145 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 18:35:10.04 ID:Field_Match
橘のコメント見ると「俺のフィジカル・ストライカー部門とは違う『フィールド部門』の試合」って書いてあるな。
リングじゃなくてフィールドで戦う格闘技ってどういうことだ? とにかく20時までに風呂入って飯食ってテレビの前に正座待機だわ!!
午後七時五十五分。
公開開始の五分前には、PCL公式YouTubeチャンネルのプレミア公開待機枠の同時接続者数は、すでに国内だけで百八十万人を突破し、さらに英語やスペイン語のコメントを書き込む海外からの視聴者も加わって、秒単位で数字が膨れ上がっていた。
格闘技ファン、ボクシングファン、FPSやアクションゲームの愛好家、そして「異能者が実際にどうやって戦うのか」を一目見ようと集まった一般の会社員や学生たち。誰もが固唾を呑んで、黒い背景に銀色の『PCL』のエンブレムが回転する待機画面を見つめている。
【YouTube プレミア公開・ライブチャット欄(19:58〜20:00)】
> 名無しA:あと2分!!!
> 名無しB:同接220万人超えてて草、サーバー落ちるなよ!
> 名無しC:これ本当にスポーツの試合なんだよな? 渋谷みたいな殺し合いじゃないよな?
> 名無しD:橘迅が「めちゃくちゃ面白い」って太鼓判押してた競技だぞ、絶対エンタメとして完成されてるはず
> 名無しE:今回は橘は出ないんだよな、どんな選手が出てくるんだ?
> 名無しF:名前も能力も最初は全部シークレットらしいw
> 名無しG:何を見せられるのか1ミリも予想つかなくて草
> 名無しH:カウントダウン始まったぞ!! 10、9、8……
午後八時ちょうど。
カウントダウンが『0』になった瞬間、重厚なシンセサイザーのサウンドとともに画面が切り替わり、黒い背景に白文字で、簡潔な案内テロップが浮かび上がった。
『【本映像をご覧になる皆様へ】
・本映像は、PCL公式戦(市街地型フィールドマッチ部門)の過去の試合記録です。
・出場する両選手は、公認された競技規則および安全規定を理解し、合意の上で対戦しています。
・試合は連盟が管理する専用の隔離フィールド内で行われており、致死性の高い能力行使や規定外の危険装備については、事前の厳格な安全審査により制限されています。
・映像は「記録専門の能力者」によって撮影された複数の視点を再編集したものです。両選手の申告能力名は、試合終了後に表示されます』
余計な前口上や、仰々しいナレーションは一切なかった。
わずか十五秒の案内表示がフェードアウトすると同時に、画面には、誰も見たことのない「異能格闘技の戦場」が映し出された。
*
【アーカイブ再生 0:00〜】
最初に視聴者の目に飛び込んできたのは、四角いキャンバスとロープに囲まれたボクシングのリングでもなければ、金網に囲まれたオクタゴンでもなかった。
夕暮れ時の人工照明に照らし出された、鉄筋コンクリート造・六階建ての古びた「廃ビル」の外観だった。
ガラスが抜けた窓枠、剥がれ落ちた外壁のタイル。かつては雑居オフィスビルとして使われていたらしきその建物は、周囲を高い防壁に囲まれたPCLの専用管理フィールド内にそびえ立っている。
次の瞬間、画面のカメラが、まるで重力を持たない幽霊のようにふわりと空中を滑って上昇し始めた。
一階のエントランスから二階、三階へと外壁に沿って駆け上がったかと思うと、ガラスのない四階の窓枠から建物の中へと音もなく滑り込み、そのまま薄暗い廊下を抜け、天井のコンクリートスラブを「透過」するようにして三階の階段室、二階のオフィスフロアへと、流れるようなワンカットで建物内部の構造を俯瞰していく。
ドローンのプロペラ音もなければ、カメラマンの足音や影も一切映り込んでいない。文字通り、空間のあらゆる座標から自在に光景を切り取る「神の視点(フリーカメラ)」だった。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 0:15)】
> 名無し:おおおおおおお!?
> 名無し:いきなりカメラワークがどうなってんだよこれ!!
> 名無し:小型ドローンか? いや、今カメラが天井の床をそのまま貫通して下の階に降りなかったか!?
> 名無し:冒頭の注意書きに「記録専門の能力者によって撮影」って書いてあったぞ!
> 名無し:撮影スタッフ自体が、空間透過か遠隔視覚系の異能者なのかよwww
> 名無し:すげえ、FPSゲームの観戦モード(スペクテイター・カメラ)と全く同じ動きだ! 建物の構造が一発で分かるぞ!
> 名無し:ていうかリングどこだよ!? この6階建ての廃ビル丸ごと1棟が試合会場(フィールド)なのか!?
画面の左上には、シンプルに『RED SIDE(赤コーナー)』と『BLUE SIDE(青コーナー)』という小さなインジケーターだけが表示されている。選手のプロフィールも、能力のヒントも書かれていない。
やがて自由視点カメラが、一階の薄暗いエントランスホールへと降りていき、正面の入り口でピタリと止まった。
再生時間、0分45秒。
開け放たれた鉄扉の向こうから、カツン、カツン、と硬いブーツの足音を響かせて、一人の男が建物の中へと足を踏み入れてきた。
画面の左上に『RED SIDE』の赤い枠が一瞬だけ光る。
現れたのは、身長百九十センチを優に超える、熊のように筋骨隆々とした大柄な男だった。
年齢は三十代前半ほど。短く刈り上げた頭に精悍な顎髭を蓄え、上半身には分厚い胸板と肩の筋肉が浮き出る黒のコンバットシャツ、下半身には動きやすいタクティカルパンツを着用し、両手には総合格闘技(MMA)で使われるようなオープンフィンガーグローブをはめている。
それだけの大巨漢でありながら、その足運びにはドタドタとした重さが微塵もなく、周囲の物音や気配を探るように、驚くほど静かでバランスの取れた摺り足でエントランスの中央へと進み出た。
両手には、何も持っていない。丸腰である。
大男は一階エレベーターホールの手前で足を止めると、薄暗い廊下の奥と、二階へ続く階段の踊り場を鋭い眼差しで一瞥した。
そして、落ち着いた仕草で右腕を持ち上げ、自分の胸の少し前――何もない虚空に向かって、オープンフィンガーグローブをはめた右手をスッと突き出した。
視聴者の誰もが「準備運動か?」「構えをとったのか?」と思った、その直後だった。
ズブッ、と。
大男の右手首から先が、まるで目に見えない水面の向こう側へ差し込まれたかのように、何もない空中の空間で「途切れて」消えた。
傷口があるわけでも、黒い穴が開いたわけでもない。ただ、空間そのものに目に見えないポケットの入り口が存在するかのように、彼の前腕が肘のあたりまで虚空の中へと深く沈み込んだのである。
大男は空中で何か分厚いものをガッチリと掴むと、上腕二頭筋を隆起させて、それを手前へと一気に引きずり出した。
ズルリ、と何もない空間から現れたのは――縦百二十センチ、横六十センチはあろうかという、分厚い特殊ポリカーボネートと金属フレームで作られた黒塗りの『大型防護盾(バリスティック・シールド)』だった。
優に二十キロ以上はありそうな重厚な盾だったが、大男は左手をグリップへ通して前腕の固定帯を締めると、左腕一本で軽々と持ち上げ、構えた。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 1:10)】
スレタイ:【実況】PCL異能格闘技・初公開アーカイブ視聴スレ ★2
184 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:12.05 ID:wP9x1mQz
!?!?!?!?
192 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:15.44 ID:kL3n8vBw
は???????
205 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:18.89 ID:mR7c2xYp
おい、今どこから出した!?
218 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:22.10 ID:tJ5d9pLk
盾!? 機動隊が持ってるようなクソデカいシールドが何もない空気中から出てきたぞ!?
234 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:26.55 ID:wQ2s4fGh
ていうか、盾が出る前にあいつの右腕が何もない空間の中にズボッて肘まで埋まってなかったか!? どういう映像だよこれ!!
251 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:30.12 ID:zX8v1bNm
盾を召喚する能力か!?
視聴者の混乱をよそに、画面の中の大男は、左腕に巨大な防護盾を構えたまま、もう一度右手を何もない空間へと差し込んだ。
今度は手首までしか入れず、チャッと素早い動きで何かを引き抜く。
彼の右手に握られていたのは、先端に二つの電極がついた、無骨な黒いバトン型の『競技用スタンガン』だった。大男が親指でスイッチを軽くテストすると、バチバチッ! と青白い電気のスパークが薄暗い廊下を照らし出した。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 1:35)】
289 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:38.40 ID:eR4t6yUi
今度はスタンガン出てきたぞ!?
304 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:42.19 ID:oP0a2sDf
盾だけじゃないのかよ!! 武器まで出てきた!!
322 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:46.88 ID:gH7j9kLz
ちょっと待て、空間に手を突っ込んでいろんな道具を取り出してるってことは……ドラえもんの四次元ポケットか!?
345 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:51.02 ID:xC3v5bNm
いや、ゲームやラノベで言うところの『アイテムボックス(インベントリ)』だろこれ!!
368 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:01:55.33 ID:qW1e3rTy
ああああああああ!! アイテムボックス能力者か!!!
現実にあんな空間収納の異能があるのかよ、めちゃくちゃ便利そうで羨ましいんだがwww
390 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:02:01.15 ID:uI8o0pAs
おい待て、これ格闘技の試合だよな!? なんで190センチのマッチョが最初から防護盾とスタンガン装備して廃ビル探索始めてんだよwww
412 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:02:06.77 ID:dF4g6hJk
冒頭に「市街地型フィールドマッチ部門」「装備は事前の安全審査済み」って書いてあったろ! アイテムボックスみたいに道具を出し入れする異能者が本領発揮できるように、最初から事前登録した非殺傷装備の持ち込みがルールで認められてる部門なんだよ!
438 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:02:12.40 ID:lZ2x4cVb
なるほどな! 素手で殴り合うだけのルールにしたら、アイテムボックス持ちはただの無能力者になっちゃうもんなw
……ていうか、さっきからこの大男(RED SIDE)しか画面に映ってないけど、肝心の対戦相手(BLUE SIDE)はどこにいるんだよ?
*
【アーカイブ再生 2:10〜】
左手に防護盾、右手にスタンガンを構えた大男は、一階の廊下をクリアリングするように慎重に歩き、階段を上って二階のオフィスフロアへと足を踏み入れた。
カメラが一度、天井付近からの「神視点(俯瞰アングル)」へと切り替わる。
二階のフロアは、真ん中に長い廊下が一本通っており、その両脇にガラスの割れた会議室や、錆びたスチール机が転がる事務室がいくつも並んでいる構造だ。
だが、俯瞰カメラが二階フロアの端から端までを映し出しても、そこには階段から上がってきた大男の姿しか存在しなかった。
廊下の奥にも、部屋の柱の陰にも、対戦相手らしき人影はどこにも見えない。
『まだ相手と鉢合わせしてないのか?』『相手は6階とかの別の階からスタートしてるのかな?』
チャット欄の視聴者たちがそんな風に思い始めた時だった。
画面の中の二階の廊下で、大男がピタリと足を止めた。
彼の全身の筋肉が張り詰め、防護盾を顔のすぐ前まで引き上げて、じりじりと背中を壁の方へと寄せ始める。明らかに「すぐ近くに敵がいる」という警戒態勢だ。
すると画面の右上に『RED SIDE — PLAYER POV(赤側選手・一人称視点)』という小さな表示が出現し、映像が突然「大男自身の目線」へと切り替わった。
視聴者の画面の左半分には、自分が構えている防護盾の分厚い縁と覗き窓が映り、その向こうには、薄暗く静まり返った二階の廊下が伸びている。
床には古い書類の束や埃が落ちているだけで、やはり正面には誰もいない。
ふうーっ、ふうーっ、という大男自身の低く静かな呼吸音だけが響く。
一秒。二秒。
大男の視線が、誰もいないはずの正面の空間――距離にしてわずか二メートル先の何もない床の一点へと向けられた、まさにその瞬間。
ガァンッ!!!
鼓膜を突き破るような凄まじい打撃音とともに、大男が構えていた防護盾の右側面に、目に見えない何かが猛烈な質量をもって激突した。
一人称視点のカメラが激しく揺れ、体重百キロを超えるはずの大男の身体が、衝撃だけで半歩うしろへと強引に押し込まれた。分厚いポリカーボネート製の盾の表面がミシミシと音を立ててたわんでいる。
だが――盾の向こうの至近距離には、誰の姿も映っていない。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 2:45)】
> 名無し:うわあああああああ!?
> 名無し:びっくりしたあああああ!! 心臓止まるかと思った!!
> 名無し:何!? 今なにが起きた!?
> 名無し:盾が真正面から思いっきり殴られたぞ!! でも目の前に誰もいない!!
> 名無し:遠距離からの空気弾(衝撃波)か!?
> 名無し:いや、今の音は何かが直接ぶつかった音だぞ! まさか……透明人間!?
視聴者が息を呑む間もなく、映像は再び「背後からの自由追尾視点」へと切り替わった。
大男が盾を押し返しながら、右手のスタンガンを正面の何もない空間へ向けて素早く薙ぎ払う。
しかしスタンガンの先端は空を切り、そのわずかコンマ数秒後――大男のがら空きになった左脇腹のコンバットシャツが、見えない拳か蹴りによって内側からえぐられるように深く窪んだ。
ドォンッ!!
「ぐっ……!」と大男が低くうめき、咄嗟に左肘を下げてレバー(肝臓)への直撃をガードしながら、横へとステップを踏んで距離を取ろうとする。
だが、見えない攻撃者は逃がさない。
大男が動いた先へ先回りしていたかのように、今度は真後ろからふくらはぎを刈り取るような鋭いローキックが炸裂し、大男の巨体がぐらりと傾く。大男が驚異的な体幹で踏みとどまって背後へ裏拳を振るうと、すでにそこには誰もいないのか空を切り、直後には再び正面の盾の上部へ、跳び膝蹴りのような重い一撃が突き刺さった。
前後左右、三百六十度。
何もない虚空から、一秒に二発、三発という圧倒的な手数で打撃の嵐が降り注いでいく。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 3:30)】
512 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:03:32.12 ID:Invis_Attack
何も見えないのに四方八方からボコボコに殴られてる!!
これ遠距離攻撃じゃない、すぐ目の前に『透明人間』がいて、大男の周りをぐるぐる回りながらインファイト仕掛けてるんだ!!
538 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:03:38.45 ID:Shield_Save
うわあ、大男が最初にエントランスで防護盾を出してなかったら、最初の10秒で顔面にカウンター食らってKOされてたぞこれ!
透明化能力なんて格闘技でどうやって対策すんだよ、完全な無理ゲーじゃん!!
565 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:03:45.88 ID:Wait_Look_Close
いや待て、よく見ろ! この大男の方も相当ヤバいぞ!
相手が完全に透明で1ミリも見えてないのに、1発目が当たった瞬間の衣服の擦れる音と床の軋み、空気の流れだけで2発目以降の軌道を予測して、急所の顎とレバーだけは全部肘と盾でガードして致命傷を防いでる!!
592 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:03:52.19 ID:Pro_Defense
本当だ、ただのデカい素人じゃなくて、ディフェンス技術が超一流のプロ格闘家だ……。
しかも今のローキック、普通の人間が食らったら1発で足の骨が折れるくらいの威力が入ってるのに、大男は体勢崩しただけで普通にステップ踏み直してる。この大男も、アイテムボックスだけじゃなくて橘迅と同じような『身体能力強化』を持ってるんじゃないか!?
大男が盾を前に突き出し、見えないラッシュの間隙を縫って廊下の曲がり角まで大きくバックステップで離脱したところで、再生時間が4分00秒に達した。
そこで映像が一瞬だけブラックアウトし、画面の中央に青い文字が浮かび上がった。
『 BLUE SIDE — PLAYER POV 』
*
【アーカイブ再生 4:00〜】
画面が再び明るくなった瞬間、二百万人の視聴者は、先ほどまでとはまったく異なる景色を見せられてハッと息を呑んだ。
そこに映し出されていたのは、廊下の角で防護盾を構え、油断なくこちらを睨みつけている「大男の正面の姿」だった。
しかも、カメラの位置が異常に近い。大男の構える盾からわずか一メートル半ほどしか離れていない至近距離で、低く構えた誰かの目線が、ゆらゆらと小刻みにリズムを取りながら大男の周囲を横に回り込んでいる。
ところが――大男の鋭い瞳は、目の前にいるはずの「この視点の主」を捉えておらず、わずかに明後日の方向(数十センチ右側の空間)を警戒して見据えていた。
試すように、映像が二秒間だけ「天井からの神視点」へと切り替わる。
神視点の映像では、廊下の角で盾を構えている大男の目の前には、やはり誰一人として映っていない。ただの空っぽの廊下だ。
そして再び、『BLUE SIDE — PLAYER POV』へと画面が戻る。
そこには、すぐ目の前で息を潜めている大男の横顔と、がら空きになった右脇腹が、手を伸ばせば届く距離にクッキリと映し出されていた。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 4:25)】
> 名無し:……え?
> 名無し:今の視点、誰の目線だ!?
> 名無し:大男のすぐ目の前に立ってるのに、大男と目が合ってないぞ!
> 名無し:しかも神視点に切り替わると、そこには誰もいない!!
> 名無し:ああああああああ!! これ『透明人間側(BLUE SIDE)の一人称視点』かああああ!!
> 名無し:すげえええええ!! 透明になってる選手本人の目からは、相手がこう見えてるのか!!
> 名無し:これもう完全にステルスアクションゲームの画面じゃねえか!
> 名無し:相手からは自分が一切見えてない状態で、こんな至近距離まで歩いて近づけるのかよ、怖すぎるだろwww
青側(透明人間)の一人称視点のまま、戦闘が再開される。
視聴者は、透明人間の視界をそのまま共有することになった。
よく観察すると、この青側の選手が、単に「姿が見えないから適当に近づいて殴っている」のではないことが、その視線の動きから痛いほど伝わってきた。
青側の視線は、大男の顔ではなく、大男の「両足のつま先の向き」と「左肩の筋肉の張り」、そして「盾の下端の角度」を冷静に観察している。
大男が物音を頼りに盾をほんの少し右へ傾けた瞬間、青側の視点は音もなくスッと左へ半歩スライドする。大男の視界の死角、かつ盾を振り戻すのにコンマ数秒の遅れが生じる絶妙なポジションだ。
そのまま青側の視点がグッと低く沈み込み――同時に、大男から離れた位置にある床の古い空き缶を、つま先で軽く「コン」と蹴って転がした。
カラン、と右側で空き缶が鳴る。
大男が反射的にそちらへ盾とスタンガンを向けた瞬間、青側の視点が猛烈な初速で大男の左懐へと飛び込んだ。
視界の端から突き出された引き締まった右拳(青側の選手自身の腕も、彼自身の主観視点の中だけでは半透明の輪郭としてわずかに認識できるよう編集されている)が、大男の盾の裏側をすり抜け、無防備な顎のすぐ下――鎖骨のあたりへと正確無比な角度で突き刺さる。
バァンッ!!
乾いた炸裂音とともに大男の巨体が大きくのけぞる。
大男が気合とともに左腕の盾を横殴りに振り回して反撃するが、青側の視点は打撃を当てた0.1秒後にはすでにその場を離れ、バックステップで三メートル後方へと綺麗に離脱していた。大男の盾が虚しく空を切るのを、安全な距離から冷静に見つめている。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 5:40)】
688 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:05:42.10 ID:Stealth_Master
透明人間、うっめええええええええ!!
712 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:05:48.33 ID:Not_Just_Invis
ただ透明になって殴ってるだけじゃないぞこいつ!
わざと空き缶蹴って音を立てて、大男の盾の向きを誘導してから逆サイドの死角に踏み込んで、1発当てたら欲張らずに即バックステップで離脱してる! 完璧なヒット&アウェーだ!
740 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:05:55.89 ID:Double_Cheat
姿が完全に透明なだけでも反則なのに、ステップの速さとパンチの打ち方が完全にプロのストライカー(打撃格闘家)じゃねえかwww
しかも踏み込みのスピード、普通の人間より明らかに速いぞ。こっちの青側も基礎的な身体能力強化を持ってるっぽいな!
772 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:06:04.12 ID:Three_Views
ていうか、この動画の編集(カメラ切り替え)が神すぎるだろ!
・透明人間のPOV:「よし、空き缶で釣って左から殴るぞ」と狙いが全部わかる
・神視点:空き缶が勝手に転がったと思ったら、大男が何もない空間から殴られて吹っ飛ぶ
・大男のPOV:音の方に盾を向けたら、全然違う方向からいきなり衝撃が飛んでくるホラー映像
この3つをテンポよく切り替えて見せてくれるから、画面の前の俺たちは「うわあ大男、そっちは罠だ、後ろにいるぞ!!」ってハラハラしながら見られるんだな!
805 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:06:15.55 ID:Blue_Advantage
しかし、ここまで5分間見てきて、試合展開としては完全に青(透明人間)のワンサイドゲームだぞ。
大男(赤)も頑丈さとガードの上手さでダウンこそ取ってないけど、有効打は10対0くらいで透明人間が取ってる。アイテムボックスからいくら武器を出したって、相手の場所が分からなきゃ当てようがないもんな。このまま判定かダメージ蓄積で透明人間が勝つんじゃね?
視聴者の誰もが「透明化という能力が格闘技において圧倒的に有利すぎる」と感じ始めていた、再生時間6分30秒。
鎖骨への打撃を受けて廊下の奥――階段室の前の少し開けたフロアまで後退した大男が、盾の陰でフーッと大きく息を吐き出した。
そして彼は、右手に持っていたスタンガンを一度腰のホルスターに収めると、再び何もない空間(アイテムボックス)の中へと右腕を深く突っ込んだ。
「今度はどんな武器を出す気だ?」「マシンガンや火炎放射器はルール違反だろ?」とチャット欄がざわつく中。
大男が空間からズルリと引きずり出したのは、武器でも防具でもなかった。
ホームセンターや工事現場でよく見かけるような、重さ三十キロほどの茶色い『大きな麻袋(土嚢袋)』だった。
大男は左腕の盾で前方を警戒しながら、右手だけで麻袋の口を縛っていた紐をブチッと引きちぎった。
そして、麻袋の底を掴んで逆さまにすると、自分の周囲半径五メートルほどのコンクリート床一面に、袋の中身をバサァァァッ!! と勢いよくぶちまけて広げ始めたのである。
床一面にざらざらと音を立てて広がったのは、白っぽく乾燥した大量の「砂(硅砂)」だった。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 6:45)】
> 名無し:砂!?!?
> 名無し:なんでアイテムボックスから工事用の砂袋が出てくんだよwww
> 名無し:清めの塩でも撒いて除霊する気か? 相手は幽霊じゃなくて生身の人間だぞw
> 名無し:……いや、待てよ
> 名無し:あっ!!
> 名無し:足跡かあああああああ!!!
> 名無し:なるほどおおおおお!! 床一面に砂を撒いておけば、透明人間が近づいてきた時に砂の上に『足跡』がつくし、踏んだ時にジャリッて音も鳴る!!
> 名無し:アイテムボックスの中に最初から「対透明・隠密能力者用の砂袋」を仕込んでおいたのか! 頭いいなこの大男!!
大男は空になった土嚢袋を脇へ放り、腰のホルスターから一本目の競技用スタンガンを抜き直した。画面が「天井からの神視点」へと切り替わる。
二階の階段室前のフロア一面に、白い砂の絨毯が薄く広がっており、その中心で大男が防護盾とスタンガンを構えて仁王立ちしている。
周囲には誰もいない。
だが、数秒後。
大男の左斜め前、砂が撒かれたエリアの境界線あたりで、誰もいないはずの白い砂の表面が「サクッ」と音を立てて靴の形に丸く窪み、わずかな砂埃が舞い上がった。
大男の瞳がギョロリとそちらを向く。
見えない相手が踏み込んだその位置へ向けて、大男はコンマ一秒の遅れもなく、左腕の二十キロの防護盾を砲弾のように突き出して突進した。
ガゴォンッ!!
「ちっ!」というような短い息遣いが空気を揺らし、透明人間が慌てて盾の突進を両腕でガードして後方へと跳び退く。着地した場所の砂がザザッと大きく滑って二本の軌跡を描き、大男はそこへすかさず追撃の右ローキックを叩き込んだ。
初めて、大男の攻撃が見えない相手の脚を捉え、鈍いヒット音が響く。
しかし、透明人間側もただやられてはいなかった。
『BLUE SIDE — PLAYER POV』に切り替わると、足元の砂を見て瞬時に不利を悟った透明人間が、すぐさま廊下の脇に転がっていた古いスチール机の天板へと飛び乗り、そこからさらに壁の手すりを蹴って、一度も床の砂を踏まない「空中・高所移動」へと戦術を切り替える様子が映し出された。
砂によって絶対の不可視性が破られ、それを立体機動で上回ろうとする透明人間。
試合はここから、単なる能力の押し付け合いを超えた、プロフェッショナル同士の緻密で息詰まる「読み合い」の領域へと突入していった。
*
【アーカイブ再生 7:00〜】
砂の撒かれたフロアを舞台に、両者の攻防のテンポが一段と跳ね上がる。
透明人間は、床の砂を直接走り抜けるのをやめ、遠くから一歩だけ砂の端に踏み込んでは、大男がそちらへ盾を向けた瞬間にバックステップで砂の外へ出るフェイントを繰り返した。あるいは、壁際のロッカーの上から跳躍し、大男の頭上(盾の上側)から鋭い踵落としを振り下ろす。
だが、序盤の四分間で相手の打撃のリーチとステップのリズムを完全に身体で覚えた大男は、もはや最初の頃のように振り回されてはいなかった。
『BLUE SIDE — PLAYER POV(透明人間の主観視点)』で見ると、その恐ろしさがよく分かった。
透明人間がロッカーの上から音もなく跳びかかった瞬間、下の大男は上を見るよりも早く、わずかな空気の圧縮音だけで角度を察知し、防護盾を斜め上へ突き上げて踵落としをガッチリと受け止める。
透明人間が着地と同時に右へ回り込もうとすれば、大男はまるで「透明人間が次にどこへ着地するか」を最初から計算していたかのように、そちらの床へあらかじめ前足を踏み出して進路を塞いでいるのだ。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 7:50)】
890 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:07:52.15 ID:High_Level_IQ
おおお、砂撒いてから大男のディフェンスと反応速度が劇的に上がってるぞ!!
915 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:07:58.40 ID:Footwork_Limit
砂を踏まないように机の上や壁際から跳んで攻撃するってことは、裏を返せば「透明人間が攻撃してくるコースが机や壁のある方向に限定される」ってことだからな!
大男は足跡だけじゃなくて、砂を使って相手の進入ルートそのものを限定させてるんだ!
942 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:08:05.12 ID:Both_Genius
でも透明人間の方もめちゃくちゃ上手いぞ、大男が上を警戒したら、わざと砂を蹴り上げて目潰しみたいに砂煙を飛ばしてから下段にタックル入れてる!
おい、これ完全に格闘ゲームの全国大会決勝レベルの読み合いじゃん! 異能格闘技ってこんなに頭使う競技だったのかよ、面白すぎるだろwww
そして、再生時間8分20秒。
試合の最初の大きなクライマックスが訪れた。
長いラリーの末、大男が廊下のL字の曲がり角を背にする位置までじわりと下がった。
少し呼吸が荒くなっているように見える。左腕に構えた重い防護盾の位置が、疲労のせいか、ほんの十センチほど下へと下がり、大男の「右肩から顎にかけてのライン」に、これまで一度も見せなかった無防備な隙間が生まれた。
『BLUE SIDE — PLAYER POV』の画面が、その隙を捉えてグッと焦点を合わせる。
大男が角に詰まり、ガードが下がった。ここで右のオーバーハンド(上から被せる大振りのフック)を顎に叩き込めば、一撃で意識を刈り取れる――格闘家であれば誰もが飛びつかずにはいられない、絶好のフィニッシュの好機だった。
透明人間が、勝負を決めるべく最大の出力で床を蹴り、大男の右側面へと猛烈なスピードで踏み込んだ。
一歩目。砂のない廊下の端を蹴る。
二歩目。大男の懐へ入るため、砂のエリアの端をわずかに踏んで跳躍し、見えない右拳を大男の顎へと振り抜こうとした、その刹那。
パァン、と床の砂が小さく跳ねた。
下がっていたはずの大男の瞳が、獰猛な光を宿してカッと見開かれた。
疲れ切ったように見えた大男の右肩は、しかし意図的に開けられていた。砂を踏む位置と踏み込む角度を絞らせ、相手が打撃を放つ一瞬を待っていたのだ。
大男は左の防護盾を内側へ絞り込むように回転させ、飛んできた見えない右フックを盾の縁でガァンッ!! と強引に弾き飛ばした。
そして、右手からスタンガンを床へわざと落として空にしたオープンフィンガーグローブの掌を、弾かれた反動で体勢が浮いた透明人間の「何もない空間にあるはずの右前腕」へ向けて、鷲掴みにするように突き出した。
ガシィッ!!
鈍い肉体の衝突音とともに、大男の巨大な右手が、何もない空中の1点でピタリと止まった。
映像が『RED SIDE — PLAYER POV(大男の主観視点)』へと切り替わる。
目の前には誰もいない。しかし、大男の右手の五本の指は、目に見えない誰かの引き締まった手首と前腕の道着を、万力のような怪力で確実に握り潰すように掴み取っていた!
直後、映像が『BLUE SIDE — PLAYER POV(透明人間の主観視点)』へと切り替わる。
自分の右腕を鉄の鎖のような手で掴まれ、目の前で百九十センチの大男がニヤリと獰猛に笑いながら、ダンプカーのような質量で一歩踏み込んでくる、身の毛もよだつようなドアップの迫力。
「――っ!!」
透明人間がもう片方の左拳で大男の顔面を殴りつけ、足をバタつかせて関節技で抜け出そうと必死の抵抗を見せる。
だが、柔道やレスリングの高度な組み技(グラップリング)技術と『身体能力強化』を兼ね備えた大男は、一度掴んだ獲物を絶対に離さない。顔面へのパンチを額の硬い部分で強引に受け止めながら、掴んだ見えない右腕を軸にして相手の重心を鮮やかに掬い上げ、そのまま廊下のコンクリート壁へと全力で叩きつけた!
ドゴォォォンッ!!
誰もいないはずの壁面が、人間の背中の形にバキバキッと陥没して白い石膏ボードの破片が飛び散る。
大男は、見えない相手の手首を右手で掴んだまま、左腕に固定した盾へ体重をかけてその胴体を壁へ押さえつけた。前腕の固定帯が盾を支えているため、左手の指だけはグリップから離せる。その左手を腰の予備ホルスターへ伸ばし、二本目の『競技用スタンガン』を引き抜いた。
バチバチバチッ! と青白い電流が爆ぜる。右手では相手の手首を離さず、左腕の盾で胴体を押さえたまま、左手に握ったスタンガンの電極を見えない胸元へと突き出した。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 8:40)】
> 名無し:捕まえたああああああああああ!!!
> 名無し:見えないのに腕を掴んだぞ!?!?
> 名無し:うおおおおおおお!! 右肩を開けてたのは誘い(ベイト)だったのか!!
> 名無し:大男すげえええええ!! 打撃を盾で弾いた瞬間の手首の位置を完全に読んで掴み取った!!
> 名無し:しかもそのまま投げ技で壁に叩きつけて、盾でプレスして完全に動きを封じてる! あのフィジカルで組み技まで達人級なのかよ!
> 名無し:予備のスタンガン抜いたぞ!! 距離ゼロ、逃げ場なし!!
> 名無し:決まったあああああ!! 大男の逆転勝ちだああああ!!
二百万人の視聴者の誰もが「ここで試合終了だ」と確信し、拳を握りしめた、再生時間8分45秒。
大男が突き出したスタンガンの先端が、見えない相手の胸元に触れる、ほんのコンマゼロ数秒前のことだった。
フッ、と。
壁に押し付けていた大男の盾と、相手の手首を掴んでいた右手から、突然すべての「質量と手応え」が掻き消えた。
まるで掴んでいた氷の塊が一瞬で気体に変わったかのように、大男の右手は空を掴み、体重を預けていた防護盾がそのまま誰もいなくなった陥没した壁へとゴンッとぶつかる。
その直後。
大男の背後、約六メートル離れた階段室の入り口付近の床で、タタンッ、と誰かが着地する軽い足音が響いた。
大男が弾かれたように振り返るが、そこには誰もいない。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 8:55)】
スレタイ:【実況】PCL異能格闘技・初公開アーカイブ視聴スレ ★5
210 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:08:55.12 ID:What_Happened
…………は?
225 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:08:58.45 ID:Gone_Again
消えた!?
239 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:02.10 ID:No_Idiot
>>225
いや、もともと最初から透明で消えてただろww
258 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:06.88 ID:Gone_Again
>>239
違う違うそうじゃない!! 見た目が消えたんじゃなくて、大男が壁と盾でガッチリ挟み込んで手首を掴んでた「肉体そのもの」が、腕の中から一瞬で消えたんだぞ!!
どう見ても関節技で振りほどいた動きじゃなかった、大男の指が閉じたまま空振りしてたじゃねえか!
パニックになるコメント欄の疑問に答えるように、画面に『REPLAY — BLUE SIDE POV(青側視点・スローリプレイ)』の文字が表示された。
直前の映像が再生される。
壁に叩きつけられた透明人間の視界の目の前に、大男の巨大な盾と、青白くスパークするスタンガンの先端が迫る。物理的に抜け出す隙間は一ミリもない。
しかし、スタンガンが触れる寸前――画面の視界がノイズのように一瞬だけギュッと歪み、次のフレーム(0.03秒後)には、なんとカメラの座標が「大男の六メートル真後ろの廊下」へと、途中の移動過程を一切すっ飛ばして一瞬で切り替わっていたのである!
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 9:20)】
302 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:22.19 ID:Blink_Move
ああああああああああああ!!!
318 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:25.60 ID:Teleport_Too
瞬間移動(テレポーテーション)!?!?
335 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:29.04 ID:Two_Abilities
おいふざけんな、あの透明人間、透明化だけじゃなくて『短距離の瞬間移動(ブリンク)』まで持ってんのかよ!!
ひとりで複数能力持ちかよ、なんだそのチートキャラはwww
360 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:09:35.80 ID:Gamer_Build
完全にFPSやMOBAの暗殺者(アサシン)キャラのスキル構成じゃねーか!!
パッシブスキル:常時ステルス(透明化)+身体強化
アクティブスキル:ブリンク(拘束解除&瞬間移動)
こんなん格闘技でどうやって倒すんだよ、無理ゲーにもほどがあるだろwww
映像は再び試合の続きへと戻る。
せっかく命がけの誘いで捕まえた相手を、理不尽極まりない「瞬間移動」で逃げられた大男。
普通ならここで心が折れるか、焦りを見せるはずだった。
だが、カメラが大男の顔をアップで抜くと、彼は空振りした右手を一度グーパーと開閉して感触を確かめたあと、左手のスタンガンを右手へ持ち替え、盾のグリップを握り直した。階段室の方を見つめ、口の端をほんのわずかだけニヤリと吊り上げる。
――なるほど。今のが、お前の逃げ札か。
歴戦のプロファイターである彼の表情には、相手を取り逃がした焦りではなく、初めて手札の一端が見えたことを楽しむような、静かな闘志が宿っていた。
*
【アーカイブ再生 10:00〜】
試合時間は中盤の十分を過ぎた。
緊急離脱のブリンクを使って窮地を脱した青側(透明人間)だが、それによって彼の戦闘力が落ちたわけでは決してなかった。
透明化は依然として維持されており、一度捕まったことで大男のカウンターの間合いを警戒した透明人間は、さらに狡猾で鋭いアウトボクシングと奇襲を繰り返した。
大男が二階の砂のエリアから動かないと見るや、透明人間は廊下に落ちていた消火器のホースや折れたパイプ椅子を蹴り飛ばして砂の上を荒らし、視界を塞いだ隙に側面から飛び込んで、盾で隠れていない大男の太ももや脇腹へ重いミドルキックを的確に蓄積させていく。
バシィッ! ドォンッ! と重い打撃音が響くたび、大男のコンバットシャツが破れ、巨体がわずかに揺れる。
【YouTube ライブチャット(再生 10:45)】
> 名無し:透明人間、やっぱりつえええええ!!
> 名無し:さっき捕まったのに全然ビビってないどころか、大男のカウンターの間合いを見切って外から削りに来てる!
> 名無し:しかもあいつ、もう一回捕まりそうになってもまた瞬間移動(ブリンク)で逃げられるんだろ?
> 名無し:大男、脚にかなりダメージ溜まってきてないか? アイテムボックスだけじゃこれ以上どうしようもなくね?
防戦一方に見える大男。
しかし、彼の視線は目の前の見えない敵だけでなく、建物全体の構造――二階から三階へと続く階段室の幅、踊り場の天井の高さ、そして三階廊下のドアの配置へと冷静に巡らされていた。
このまま広い二階のオフィスフロアで戦い続ければ、三百六十度どこからでも進入できる透明人間のスピードと手数に押し切られる。
再生時間、11分10秒。
大男は敵のローキックを盾の下端で受け止めながら、右手のスタンガンを腰のホルスターへ収め、背中から階段室へと入り、一段、二段と三階へ向かって後退し始めた。
そして移動しながら、右手をアイテムボックスの空間へと立て続けに突っ込み、これまでにないペースで次々と「道具」を引きずり出し始めたのである。
だが、彼が空中のポケットから取り出したのは、剣でも銃でも爆弾でもなかった。
一つ目は、ジュラルミン製の『折り畳み式・自立型防護パネル(高さ1.5メートル)』を四枚。大男は一枚を階段の踊り場へ広げ、もう一枚を三階廊下の入口へ据えると、残り二枚を廊下最奥の防火シャッター手前まで運び、左右の壁際へ立てた。
続いて、オフィスで使われるような『軽量アルミフレームのパーテーション(間仕切り板)』を四枚。三枚を三階廊下の左右へ互い違いに置き、最後の一枚は奥の防火シャッター脇の壁へ、斜めに立てかけていく。
さらに『追加の砂袋』を二袋取り出し、ナイフで底を裂いて三階の狭い廊下へ砂を撒くと、太いナイロン製の『競技用捕縛ネット(網)』を丸めて左腕の盾の裏側のフックに引っ掛けた。
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 11:50)】
スレタイ:【実況】PCL異能格闘技・初公開アーカイブ視聴スレ ★7
412 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:11:52.10 ID:More_Items
おい、今度は何を出してんだよあいつ!?
435 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:11:56.45 ID:Panel_Party
自立式のバリケードパネルに、オフィスのパーテーションに、予備の砂袋に、網!?
まだそんなもんが腹の中から出てくるのかよ、四次元倉庫にもほどがあるだろwww
458 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:12:01.88 ID:Moving_Co
こいつ普段の本業、絶対に引っ越し業者かイベント設営会社だろwww 手際が良すぎるわ!
489 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:12:08.19 ID:Tactical_Gen
いや笑うとこじゃねえ、大男のやってることの意味が分かったぞ!!
2階の広いフロアから3階の狭い廊下に移動して、しかも階段や廊下の入口、それに奥の壁際へバリケードを置いて、通れる場所を狭めてるんだ!
こうやってパーテーションまで互い違いに置けば、相手が透明でも「踏み込みやすい経路と攻撃できる角度」をかなり絞り込めるぞ!
520 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:12:15.55 ID:Fortnite_Build
うわああああ、自分のインベントリから建材出して地形そのものを自分に有利な要塞に作り変えていくのか!!
ステルス暗殺者キャラに対して、クラフト&トラップ建築ビルドで空間制圧(エリアコントロール)を仕掛けてやがる!!
透明人間は三階廊下の入口で足を止めた。神視点には誰も映らないが、砂の上に小さな跡が一つ残り、それきり動かなくなった。
次の瞬間、階段室の上方でかすかな物音がした。大男は盾を引き寄せ、廊下の奥から階段室の方へ視線を戻した。
もちろん、青側(透明人間)も百戦錬磨のプロである。大男が三階の廊下に即席のバリケード迷路を作っている意図を即座に見抜き、単純にその狭い通路の正面から歩いて引っかかるような真似はしなかった。
再生時間、12分50秒。
映像が三つの視点を激しく行き来し、息もつかせぬ攻防を映し出す。
まず『神視点』。
三階の階段室と廊下の接続部。大男がバリケードの陰で、左腕の盾と腰のホルスターから抜き直した右手のスタンガンを構えている。床には砂、左右にはアルミの軽量パーテーション。周囲には誰も映っていない。
次に『BLUE SIDE — PLAYER POV(透明人間の主観視点)』。
透明人間は、床の砂もバリケードも完全に無視し、なんと階段室の壁の突起と防火扉の上枠に指先をかけて、天井スラブすれすれの高さ二メートル五十センチの位置を、スパイダーマンのように壁伝いに移動して大男の背後へと回り込んでいた!
そして『RED SIDE — PLAYER POV(大男の主観視点)』。
大男の視界には、やはり誰も見えていない。
だが――透明人間が天井近くから大男の斜め後ろへ飛び降りようと壁を蹴った瞬間、下に立てかけられていた軽いアルミ製パーテーションの端が、カタッ、と数ミリだけ揺れた。
大男の目が、その数ミリの揺れを逃さなかった。
振り向きざまに、大男が右手のスタンガンを斜め上の空間へ向けて突き上げる!
空中の透明人間が、自分の胸元の寸前でスパークする電極を見て、空中で強引に身体をひねり、大男の盾の表面を足場にして蹴ることで紙一重で直撃を躱す。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 13:20)】
> 名無し:うおおおおおおおおお!!!
> 名無し:今の攻防すごすぎるだろ!!
> 名無し:青側視点だと「よし、上から完全に背後を取った!」って見えたのに、大男がノールックで真上にスタンガン突き出してきて心臓止まったわ!!
> 名無し:なんで分かったんだよ!? あ、さっき置いた軽いパーテーションが風圧でちょっとだけ揺れたのか!!
> 名無し:あのパーテーション、道を塞ぐための頑丈な壁じゃなくて、透明人間が近くを通った時の空気の揺れを検知するための「センサー(鳴子)」としてわざと軽いヤツを置いてたのかよ!!
> 名無し:神視点で見てた俺たちすら気づかなかったぞ! 1試合の中にどれだけ伏線と駆け引きが詰まってんだよこれ!!
再生時間、14分00秒。大男は右手のスタンガンを腰のホルスターへ収め、盾を構えたまま三階廊下の奥へと退いていた。
試合時間が十五分に迫り、透明人間側も焦りを見せ始めた。
大男がアイテムボックスから次々と障害物を取り出して通路を埋めていくため、時間が経てば経つほど、透明人間が自由にステップを踏める空間が削り取られていくのだ。このまま持久戦に持ち込まれれば、完全に袋の鼠になる。
ここで勝負を決めるしかない。
透明人間は決断し、リスクを冒して猛攻に出た。
廊下の奥へ下がりながら新たなパネルを取り出そうとした大男の隙を突き、透明人間が助走をつけて三階廊下の入口に設置された自立式防護パネルの上端を踏み台にして跳躍、大男の頭上から、ガードを固める盾ごと脳天を揺らすような全体重を乗せた飛び膝蹴りを叩き込んだ!
ガゴォォォンッ!!
凄まじい衝撃音。大男は盾で受け止めたものの、蓄積していた脚へのダメージも重なり、ついにその強靭な右膝がガクッと大きく折れて床の砂の上に片膝をついた。
さらに透明人間は着地と同時に大男の左側面へ回り込み、レバーから顎へと目にもとまらぬ四連打のコンビネーションを叩き込む。
大男は防戦一方となり、背中から三階廊下の最も奥――行き止まりの防火シャッターの前までズルズルと後退させられた。
【YouTube ライブチャット(再生 14:50)】
> 名無し:効いたあああああ!! 大男が初めて膝をついたぞ!!
> 名無し:透明人間の猛ラッシュ!! やっぱり最後はスピードと手数が勝つのか!?
> 名無し:大男、後ろが行き止まりのシャッターだ! もう下がれないぞ!!
『BLUE SIDE — PLAYER POV(透明人間の主観視点)』には、シャッターを背にして荒い息を吐き、左腕の防護盾が下がって再び「右肩から胸元」が大きく開いた大男の苦しげな姿が映し出されていた。
今度こそ、決着の瞬間だった。
*
【アーカイブ再生 15:30〜】
三階廊下の最奥、シャッターの前。
追い詰められた大男は、下がった防護盾の陰から、血走った目で正面の「砂が敷き詰められた狭い通路」を睨みつけている。
大男の左右には、十一分台に廊下の最奥まで運び込んだ二枚の自立式防護パネルが立ち、壁との間の低い隙間を塞いでいた。
そして大男の斜め上――防火シャッター脇の壁際には、あの軽いアルミ製パーテーションが一枚、斜めに立てかけられていた。
透明人間の主観視点が、冷静にその状況を分析する。
今、大男の右肩はがら空きだ。
だが、透明人間もプロである。8分20秒の最初の捕獲劇で、「大男が右肩を開けて待っている時は、足元の砂の跳ねを見てカウンターの掴みを狙っている罠だ」ということは骨身に染みて学習していた。
もし今、正面の床の砂を踏んで地上から踏み込めば、大男は最後の力を振り絞って盾を合わせ、再び腕を掴みに来るだろう。
――ならば、地上の罠には乗らない。
透明人間はまず、自分の前にあった小石をつま先で蹴り、正面の砂の上へと転がした。
ザッ、と正面の砂が鳴る。
大男がそちらへ反応して盾と重心をわずかに下へ沈めたのを確認した瞬間、透明人間は地上からは踏み込まず、左側の壁に据え付けられた消火栓のボックスを足場にして高く跳躍した!
大男が地上を警戒している隙を突き、斜め上空――立てかけられた軽量パーテーションのすぐ上の死角から飛び込んで、無防備な顔面へ空中からトドメの右ストレートを撃ち抜く。
透明人間の主観映像では、大男の左側頭部が無防備に見えた。跳躍は成功し、拳はまっすぐその顔面へ伸びていく。
だが――。
空中に飛び出した透明人間の視界の中で。
下を向いていた大男が、ふいに顔を上げた。だが、その視線は透明人間の現在位置よりもわずかに右へずれている。まだこちらを捉えてはいない――そのはずだった。
透明人間は、大男の右手が何も握っていないことに気づいた。
盾で受け止めようとする動きもない。空いた右手は、左腕の盾の裏に軽く添えられているだけだ。
拳が顔面へ届くまで、あとわずか。
透明人間の身体が空中でパーテーションのすぐ上を通過し、仕切り板が風圧でカタリと揺れた、その瞬間。
大男は盾を構えることすらしなかった。
左腕の盾の裏のフックから、あらかじめ取り出して準備していた最後の装備――四隅に重い鉛のウェイトがついた『競技用・高強度捕縛ネット』を右手で引き抜き、空中のその一点へ向けて、下から覆い被せるように全力で投擲・展開したのである!
バサァァァッ!!
青側(透明人間)の主観視点が、画面いっぱいに広がった黒い網目によって完全に覆い尽くされる。
「しまっ――!」と透明人間が空中で強引に身体をひねって回避しようとするが、すでに全体重を乗せて前方へ跳躍した後の空中では、物理的に軌道を曲げることはできない。
次の瞬間、『神視点』のカメラに衝撃的な光景が映し出された。
誰もいないはずの空中で、広がった黒い捕縛ネットが「見えない人間の全身」にピタリと引っかかり、そのまま鉛のウェイトが遠心力でぐるぐると巻き付いて、何もない空間にくっきりと「網に包まれた人間の立体的な輪郭」を浮かび上がらせたのだ!
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(再生 16:15)】
> 名無し:うおおおおおおおおおおおお!!!
> 名無し:ネットだあああああああ!!!
> 名無し:何もない空中に網を投げたら、人間の形が浮かび上がったぞ!!
> 名無し:透明人間、完全に網に絡まって床に落ちたああああ!!
> 名無し:ちょっと待て、今の大男の読み、深すぎないか!?
> 名無し:1回目に「右肩を開けて地上の砂で捕まえる」を見せたのが全部この最後の伏線だったのかよ!! 2回目は相手が絶対に地上を警戒して上から飛んでくるって読んで、空中の1点に網を張って待ってたんだ!!
> 名無し:アイテムボックスの人、頭脳がバトル漫画の主人公すぎるだろ!!
> 名無し:でも待て! まだだ、透明人間にはさっきの『瞬間移動(ブリンク)』があるぞ! またワープして網から抜けるんじゃないのか!?
再生時間、16分30秒。
網に絡まったままドサリと床の砂の上に落下した透明人間が、強化された身体能力で網を引きちぎろうと激しく暴れる。
だが、大男は一秒の猶予も与えなかった。
落ちた網の塊へ向かって時速数十キロの猛烈なタックルで突進すると、二十キロの防護盾を上から蓋をするように叩きつけ、百キロを超える自らの巨体ごと完全なマウントポジション(馬乗り)でのしかかったのである。
一度目の捕獲の時とは状況が決定的に違った。
網によって手足の自由が奪われ、位置が完全に視覚化されている。
透明人間が最後の力を振り絞ってブリッジで跳ね返そうとするが、大男はプロレスラーや柔術家のような完璧な重心移動で相手の腰と肩を床に縫い止め、片手で網の上から見えない襟首をガッチリと締め上げた。道具の力だけでなく、大男自身の圧倒的なグラップリング技術が、相手のあらゆる脱出ルートを完全に塗り潰していく。
画面が『BLUE SIDE — PLAYER POV(透明人間の主観視点)』へと切り替わる。
網目越しに、自分の真上に覆いかぶさる大男の険しくも力強い顔が見える。
逃げようと身体をよじるが、ビクともしない。
先ほど(8分45秒)の絶体絶命の場面では、ここで視界が歪んで六メートル後方へと「瞬間移動(ブリンク)」が発動した。視聴者の誰もが「今だ、飛べ!」と息を呑んで画面を見つめた。
しかし――一秒経っても、二秒経っても、景色は変わらなかった。
瞬間移動は、起きない。
大男が右手で引き抜いた競技用スタンガンの先端が、網の上から透明人間の胸元へとガツンと押し当てられ、バチバチバチッ!! と激しい青白いスパークが弾けた。
直後、外周の監視スピーカーから鋭い電子ブザー音が鳴り響き、画面の中央に巨大な文字が浮かび上がった。
『 MATCH OVER 』『 TIME 16:52 — WINNER : RED SIDE 』
【5ちゃんねる:ニュース速報+(実況スレ・再生 17:05)】
スレタイ:【実況】PCL異能格闘技・初公開アーカイブ視聴スレ ★10
701 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:17:05.12 ID:Match_Over
決まったああああああああああああああ!!!
724 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:17:09.45 ID:Red_Wins
アイテムボックスの大男、大逆転勝利いいいいいい!!!
750 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:17:14.88 ID:No_Blink_Why
おい、最後、透明人間が瞬間移動(ブリンク)を使わなかったぞ!?
なんでだ!? やっぱり「1試合に1回しか使えない」とか「クールタイムがめちゃくちゃ長い」っていう能力の回数制限(制約)があったのか!?
782 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:17:21.19 ID:Big_Brain_Red
>>750
そうかもしれん! あれだけ慎重に立ち回っていたのに、一度捕まったときだけ瞬間移動したってことは、何か重い制約があるのかもな。
大男も、あの脱出を見たあと妙に落ち着いてたよな。今思えば、相手が気軽には使えない切り札を見せたと考えていたのかもしれない。
815 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:17:28.60 ID:Masterpiece
最初は透明になれる方が絶対勝つと思ってたのに、最後は次にどっちがどう動くのか、全然読めなくなってたわ。
しかも大男だけじゃなく、透明人間の方もずっと工夫してたからな。負けた青側にも拍手したい。いい試合だった!
画面の中では、試合終了のブザーが鳴ると同時に、ネットの下で荒い息を吐いていた空間が陽炎のように揺らぎ、黒髪を短く刈り込んだ精悍な中肉中背の男性選手(BLUE SIDE)の姿が、すっと実体化して現れた。
大男(RED SIDE)は試合終了のブザーと同時にスタンガンを腰のホルスターへ戻し、左腕の防護盾を床へ置いてマウントを解いた。絡まった捕縛ネットを自分の手で素早く外してやると、右手のグローブを脱ぎ、仰向けになった青側の選手へ大きな手を差し出した。
青側の選手は、天井を見上げて「くそーっ、一本取られた!」とでも言うように悔しそうに苦笑いを浮かべたあと、大男の手をガッチリと握り返して引き起こされた。
二人は互いの肩をバンバンと叩き合い、笑顔で言葉を交わして拳を合わせる(グータッチ)。大男が「お前の最後の飛び膝、危うく意識飛ぶところだったぞ」とでも言ったのか、自分の顎を指差して肩をすくめ、青側の選手も網を指差して笑っている。
勝負が終わっても、二人の顔に相手への敵意はない。悔しそうに笑う敗者と、先に手を差し出す勝者。その姿に、映像越しの観客から拍手のコメントが流れ始めた。
*
【アーカイブ再生 18:10〜(エンディング)】
二人の選手が笑顔で肩を並べて廃ビルの出口へと歩いていく後ろ姿がフェードアウトし、画面が静かに暗転する。
そして動画の最後の二十秒間、黒い背景の上に、両選手が連盟に公式登録している「自己申告能力」の概要だけが、極めてシンプルなテキストで表示された。
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【 PCL OFFICIAL ARCHIVE — ABILITY DATA 】
■ RED SIDE(Winner)
申告能力:『アイテムボックス』『身体能力強化』
■ BLUE SIDE
申告能力:『透明化』『ブリンク』『身体能力強化』
(※各能力の詳細な発動条件・容量・使用回数制限等のデータは、選手の戦術機密保護のため非公開とさせていただきます。ご視聴ありがとうございました)
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それ以上の解説や、蛇足な種明かしは一切なく、再生時間18分30秒でプレミア公開動画は幕を閉じた。
【YouTube ライブチャット & 5ちゃんねる実況スレ(動画終了直後)】
> 名無し:ああああああああ!! やっぱり『アイテムボックス』と『透明化』『ブリンク』だった!!
> 名無し:俺たちの推理、全部ドンピシャで当たってたじゃねえか!!
> 名無し:しかも最後に「詳細な発動条件や使用回数制限は選手の戦術機密のため非公開」って出るのがリアルなプロスポーツっぽくて最高だな!
> 名無し:回数制限を公式がバラしちゃったら、次にこの青側の選手と戦う対戦相手にネタバレになっちゃうもんなw
> 名無し:両方ともベースに『身体能力強化』持ってたんだな、どうりで動きも打撃も人間離れしてたわけだ!
> 名無し:いやああああ面白かった!! 8888888888888!!
午後八時二十分。
わずか十八分半のアーカイブ映像が終了した直後、日本のX(旧Twitter)のトレンド、スポーツニュースサイト、そしてゲーム・格闘技コミュニティは、大爆発を起こしたかのようにこの一戦の感想で埋め尽くされた。
熱気の中心にあったのは、ただ派手な異能を見たという驚きではない。自分ならどう戦うか、あの攻防はどう成立したのか――試合について語る人々の声が増えていた。
直後に更新された橘迅の公式Xには、わずか数分で数万件のリプライが殺到した。
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橘 迅 / Jin Tachibana ✓ (@Jin_Tachibana)
皆さん、ご視聴ありがとうございました! どうでした?w
異能格闘技、めちゃくちゃ面白いでしょ!!
今回の二人もPCLのフィールド部門ではトップクラスに技術が高いすごい選手たちなんですよ。
ちなみに俺が普段出てるのは『フィジカル・ストライカー部門(打撃・身体強化系クラス)』。ああいう障害物のない専用リングで打撃中心に戦うので、今回とはまた全然違った超高速の試合になります。そっちもいつか絶対見てほしいなー!
一般公開のエキシビションマッチ、実現できるように引き続き連盟や政府の方と調整してもらってます! また報告しますねw
(2026年11月2日 20:22 / 11万リポスト・45万いいね)
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【5ちゃんねる:ニュース速報+(20時30分・感想総合スレ)】
スレタイ:【神試合】PCL初公開アーカイブ「アイテムボックスVS透明人間」、想像の100倍面白かった件www ★15
1 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:25:00.00 ID:Best_Bout_PCL
本日20時に公開された異能格闘技リーグ『PCL』の初公開アーカイブ映像、同時接続者数は最終的に310万人を突破し、現在もアーカイブ再生数が秒速で伸び続けている模様。
みんな、率直な感想はどうだった?
18 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:25:32.12 ID:Apology_First
まず最初に謝らせてくれ。すまん。
31 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:25:48.45 ID:What_Sorry
>>18
なんだよ急にw
49 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:26:12.88 ID:Apology_First
>>31
土曜日に橘迅が「異能格闘技は面白い」って言った時、俺は正直「どうせ能力の強い奴がチート技ぶっぱなしてワンパンで殴り合うだけの大味な競技だろ」ってナメてたんだよ。
まさか『透明人間』と『アイテムボックス』っていう組み合わせで、あんな1秒も目が離せない極限の頭脳戦と心理戦が成立するとは思わなかった! 完全に俺の浅はかさだったわ!
78 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:26:45.19 ID:Agree_100
>>49
それはマジでわかる。
俺も最初は「アイテムボックスってRPGの荷物持ちスキルじゃん、透明化して瞬間移動する暗殺者に勝てるわけねえだろw」って100%青側が勝つと思って見てたもん。
それが最後には、ネットが広がった瞬間は赤側を応援して、ブリンクが起きなかった瞬間は青側に「逃げろ!」って叫んでた。気づけばどっちの選手も好きになってたわw
115 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:27:22.33 ID:MMA_Fan_View
格闘技ファンとして一番感動したのは、二人が「能力だけに頼ってる素人」じゃなくて、ベースにある打撃の間合いやディフェンス、組み技の重心移動が完全に超一流のプロ格闘家だったことだな。
透明人間の方も、見えないことに甘えずに足音やフェイントを使ってたし、大男の方も最後は道具じゃなくて自分のグラップリング技術で抑え込んで勝った。これぞ正真正銘の「異能格闘技(マーシャルアーツ)」だよ!
154 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:28:05.10 ID:Gamer_Perspective
ゲーマー目線で言うと、撮影してる「記録能力者」のカメラワークと視点切り替えが革命的すぎたww
神視点で全体の配置を見せてから、透明人間の主観視点で「後ろに張り付いてる恐怖」を見せ、大男の主観視点で「何も見えない中から殴られる絶望」と「仕切りが数ミリ揺れたのに気づく瞬間」を見せてくれるんだもん。
俺、配信終わったあともう2周目見返してるけど、「あ、11分30秒の時点で大男が天井チラッと見てパーテーションの角度調整してる!」って新しい発見がボロボロ出てきて一生味するぞこの動画ww
198 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:28:48.77 ID:Free_Content
ていうか、こんな超絶クオリティの試合映像がYouTubeで無料で見られたのバグだろ!?
で、一番重要なことを聞くけど、第2弾の動画はいつ公開されるんだ!?
235 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:29:15.40 ID:Sub_Done
そこが一番重要だよな!!
とりあえずPCLの公式YouTubeチャンネル、開始30分でチャンネル登録者数150万人突破してて草。俺も秒で登録して通知オンにしたわ!
272 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:29:50.12 ID:Understand_Jin
……なんかさ、この試合を見て、土曜日に橘迅が言ってた言葉の本当の意味がようやく分かった気がするわ。
305 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:30:12.88 ID:What_Meaning
>>272
どういう意味?
340 :名無しさん@涙目です:2026/11/02(月) 20:30:45.00 ID:Understand_Jin
>>305
こんなに手に汗握る、最高にスリリングで面白いプロスポーツの世界が、先週の水曜日まで異能の存在そのものが秘密だったせいで、ずっと俺たち一般人には知らされずにいたってことだよ。
選手たちからしたら、これだけ凄い技術と知略を尽くして戦ってるんだもん、「一般の人たちにも俺たちの試合を見てほしい!」って思うのは当たり前だよな。
早く橘の『フィジカル・ストライカー部門』の試合も見たいし、生の会場でチケット買って声援送らせてくれええええ!!
午後八時三十分。PCL公式の試合映像は、プレミア公開が終わったあとも再生され続けていた。
砂が跳ねる一瞬を見返す者、透明人間の主観視点で隙を探す者、アルミの仕切りが揺れた数フレームをコマ送りする者。あの十八分半を、何度も確かめる人々がいた。
『さっきの攻防、もう一回見て!』『二周目で分かった、あの大男はここで足の位置を変えてる!』
実況スレには新しい発見が次々と書き込まれ、その合間に、同じ質問が何度も流れていた。
『で、次の試合はいつ公開されるんだ?』
PCLの広報担当者は、公式窓口へ押し寄せる同じ問い合わせを眺めて苦笑した。
「……次に公開できるアーカイブ、何本ある?」
隣のスタッフが慌てて一覧を開く。数時間前まで存在すら知られていなかったリーグには、早くも次の試合を待つ観客がいた。
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