一本の蝋燭が灯す暗闇の中に俺はいた。
俺は書き続ける。意味のある文字の羅列を。
俺は描き続ける。人々の目を引く鮮烈な絵を。
俺は掻き続ける。頭皮が削れ、髪が抜け落ちようとも。
俺から出た文を取り込み、絵は物語を得る。
血と混ざりあった皮膚が絵に落ち、絵の持つナイフに赤の色を付ける。
「完成だ……」
そう呟いた最中。鋭い轟音と共に天井に亀裂が入る。部屋に眩い光が差し込む。
「……」
銀の長髪をなびかせ、周囲に羽根を揺らめかせながら現れたソレは文字通りの天使。
見る者の心を奪って離さないであろうその美しさは俺にとって憎しみに変わる。
……もうきやがったか。神の使いは。
『こんにちは。地球の皆さん。私はアナタ達の神 です』
数年前、この世界に突如として舞い降りた膨大な質量を持つ機械の塊。
地球外生命体の侵略か。それともとある国が生み出した巨大兵器か。混乱する人類の前に神はこう告げた。
『私は人類を救済しに来ました』
『神』が発した言葉は正しかった。
食糧難も。戦争・紛争も。人種問題も。
全て『神』が送ってきた機械によって解決した。
人類が誕生から抱え続けた問題は機械の神の手によって終わった。
全ての問題が解決した頃には人類のほとんどが『神』を認め、崇めていた。
そんな『神』はこれまでの行為の唯一の見返りとして人間の作り出す物語全てに幸せを求めた。
俗にいう悲劇と呼ばれる物語は全て『神』の前に集められ、消し去られた。
そして悲劇を生み出す作家は『神』の名において処刑されていった。
誰も『神』の所業を疑わなかった。
『悲劇』が無くなるだけで、人類全体が救われるのだから。安いものだと考えていたのだろう。
一寸たりの悲劇を許さない
物語から悲劇はなくなり、ありきたりなハッピーエンドばかりだ。
そして俺のように隠れて悲劇を作り出す作家を処刑する為に生み出されたのがあの天使だ。
姿こそ美しいが神から与えられたこの世のものとは思えない兵器を携え、数多もの同胞を殺してきた。
あの無表情は変わることはない。
悪魔……いや、死神だ。
「『悲劇』を感知しました。貴方が作ったのですか」
淡々と。無機質に天使は俺に語りかける。
「ああ。そうだよ」
否定する義理もない。刑事に追い詰められ、観念した犯人のように俺は答える。
「そうですか」
最愛の恋人を殺してしまった悲劇。
それを込めた作品を冷徹な目で確認した天使は無表情のまま宙へと浮かぶ。
「『悲劇』を排除します」
その言葉と共に天使の羽が次々と機械のものへと変わってゆく。
人間の科学力では到底到達できないような兵器の数々が俺へと向けられる。
兵器の起動に必要なエネルギーを溜めるためか、強い衝撃が部屋を揺らす。
さっきまで俺の部屋を照らしていた唯一の細い太陽が崩れ落ち、俺の作品へと堕ちる。
「さようなら。貴方の来世に」
天使から放たれた光が俺を飲み込んでゆく。
蝋燭で燃えゆく絵を俺は眺めていた。
人間は悲しみがあるから進める事もあるというのに。
─ああ。なんて悲劇だ。