悪役令嬢フルバレッタ・クラウディウス。
魔導学園の卒業パーティに参加し、喜んでいたのも束の間。
彼女は婚約者である第一王子から婚約の破棄を突き付けられてしまう。
身に覚えがあまりなく、多少の誤解やスレ違いにより起きてしまった悲劇。
果たしてフルバレッタは王子の誤解を解く事が出来るのか!?
そして少女の指を斬り落としてしまったフルバレッタに対し、提示された示談の条件とは……?

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第1話

 

「フルバレッタ! お前との婚約は破棄させて貰う!」

 

 その一言にパーティ会場は静まり返った。

 王立魔導学園の卒業式。それを祝したパーティであった。

 声を上げたのはこの国の第一王子ヨハネス。傍らにいる少女を抱き留め、空いた左手はある女性を指差していた。

 長い金髪をアップポニーに纏め、その涼し気な貌にぴったりの菫色のドレスを身に纏っている。

 貴族然とした可憐な装いだ。————腰に差した長刀を除けば。

 彼女こそは悪名高い首斬り令嬢。フルバレッタ・クラウディウスである。

 

「……王子様。いま、……なんと?」

 

 フルバレッタはその大きい瞳を濡らし、崩れ落ちる様に膝を付いた。——ただし付けたのは左膝だけだ。

 

「……婚約破棄をすると言ったんだ! 気狂いめ! お前が何をしたか白日の下に晒す時が来た! 貴様……シャーディの指を斬っただろう!?」

 

 王子は隣の少女の左手首を握り、ともに天に掲げた。

 包帯が巻かれていて分かり辛いが、確かに少女の掌はあるべき姿をしていなかった。

 

「ちがっ……! 誤解ですっ! 爪っ、爪を切ってあげようとしたのです! なのにその方が急に動いてしまうから……! それに彼女は私のハンカチをズタズタに切り裂いたのよ! 不細工な笑みを浮かべながらっ! ……あれはお祖母様の形見であったのにっ!」

 

 フルバレッタの悲痛な慟哭が会場に響く。

 しかしこの場に彼女の味方は一人として居なかった。

 フルバレッタは肩を落とし、泣きながら刀の柄に指を掛けた。

 

「何を言っているっ! 仮に貴様の言っている事が真だったとしても! ハンカチと小指で釣り合いが取れるものかぁ!」

 

「何を仰いますの!? 指は10本もあるではないですか!」

 

 周囲の人間がどよめいた。確かに人の指の数は10本もある。足を合わせれば20本だ。

 加えて切られたのは小指。剣を握りにくくはなるものの、実生活には影響を及ぼしにくい。

 フルバレッタの一撃は極めて計算されたカッティングであった。

 会場の空気が変わり、フルバレッタに傾く——!

 

「おまっ……はぁ!? 人に欠けても良い指なんかある筈ないだろ! シャーディは文字通り傷物だ! 今後縁談などくる筈がない! お前が斬ったのは彼女の未来そのものだ!」

 

 王子の言葉に同意の言葉があがる。確かに小指を斬られては剣が握りにくい。フルバレッタはシャーディの未来を奪ってしまったのだ。

 再び王子が優勢となった。心無い野次がフルバレッタを襲い、彼女は嗚咽を漏らしながら鯉口を切った。

 

「でもっ! …………でも私は王子様を愛しているのです。どうか愚かな私にもう一度チャンスを下さい。指が必要ならばいくらでも取って参ります! だからどうか再び私の手を握ってくださいまし!」

 

「くどいっ! 貴様に機会など与えたら何人死ぬか分からぬ! 余生は鎖と手を繋ぎ、地下牢で過ごすが良かろう」

 

 そう言ってヨハネスは片腕を挙げ、合図を送った。

 招待客に扮していた兵士がフルバレッタを取り囲む。

 なんと卒業パーティは最初から彼女を嵌めるための罠だったのだ。

 

「嗚呼! そんな……」

 

「処刑しないのは元婚約者への温情だ。……さらばだ。二度と会う事は無いだろう」

 

 物憂げな表情を背に隠し、ヨハネスが場を離れる。

 そう……、フ(・)ル(・)バ(・)レ(・)ッ(・)タ(・)に(・)背(・)中(・)を(・)見(・)せ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)。

 

「見せましたわね…………隙を」

 

 そこは既にフルバレッタの射程であった。鞘より抜き放たれた刃が、シャンデリアの光を受けて輝く。

 ————その銘は妖刀ゲイシャブレイド。

 フルバレッタが隣国の将軍から首と共に頂戴した業物である。

 獲物に向かい飛び掛かる姿はまさしく人虎。狙いは首だ。

 ギャラリーは息を呑んだ。誰もが凶刃に討たれる王子の姿を幻視した。————だが、

 

 ————カキンッ!

 

「なァ!?」

 

「…………そうくると思っていたぞ」

 

 翠色の結界がフルバレッタの一刀を防いだ!

 これはヨハネスの得意とする結界魔法————エメラルド・シールド! 学園首席の実力は伊達ではなかった。

 これでは刃が通らない。フルバレッタは結界を蹴り、その反動で元の位置に着地した。

 

「…………お強くなられましたわね」

 

「僕を強くしたのは貴様という婚約者への怒りだ。……そしてこの因縁にも終止符を打つ時が来た!」

 

 ヨハネスが手袋を叩きつけた。決闘の作法だ!

 怒涛の展開にギャラリー達も困惑する。

 それも当然だ。現国王は息子がヨハネスしかいない種無しである。唯一の王子であるヨハネスが倒れれば国が割れるは必至! 一体誰がそんな決闘を認めようか?

 

「……その決闘、私が立ち会おう」

 

「なっ……父上!?」

 

「国王様!?」

 

 なんと立会人に名乗り出たのは件の種無し本人であった。

 ヨハネスは驚愕に震えている。

 フルバレッタは土下座で震えている。

 流石の彼女も権威には弱かった。弱過ぎた。

 しかしそれならば疑問が残る。……何故フルバレッタはヨハネスに逆らっていたのだろうか?

 

「顔が好みでないので」

 

 なるほど。

 

「婚約破棄は王家の花形だ。お前にもそれがやってくるとは感慨深いよ。やっぱり平民の女の子も可愛いものな……素朴な感じが……な?」

 

「父上(種無し)……」

 

 ヨハネスの瞳から僅かな光が溢れ落ちた。

 それは怒り、悲しみ、失望、侮蔑、諦観。……様々な感情の籠った一雫であった。

 

「……まあいいさ。父上公認なら誰も手出しは出来ない。堂々と打ち滅ぼしてやる!」

 

 ヨハネスが腰から杖を抜いた。会場のボルテージはMAXだ。ただいまのオッズは1:100で王子が劣勢。

 果たしてこの逆境を乗り越えられるのか……?

 

「…………分かりました。私も覚悟を致しましょう!」

 

 ————ドスン!

 

「何ッ!?」

 

 フルバレッタが胸元から出した何かを落とした。それは大音を立てて床板を砕き、カーペットを歪ませた。

 

「嘘ッ! あれは確かに私がズタズタにした筈。なのに何故!?」

 

 ここに来てシャーディが初めて口を開いた。

 そうそれは祖母のハンカチであった。失われた形見が何故……?

 

「ふっ。あれは偽物(フェイク)ですわ。突然ハンカチを盗まれズタズタに引き裂かれそうな予感がした私はこっそり偽物とすり替えて置いたのです!」

 

 なんとあの時のハンカチは偽物だった! 突然ハンカチを盗まれズタズタに引き裂かれそうな予感がしたフルバレッタにすり替えられていたのだ!

 シャーディの歯軋りが会場に響き渡る。それも当然だ。彼女にとっては指斬られ損である。

 フルバレッタは武力だけではなく、知能戦もイケる口だった。

 そして疑問の中心は再びハンカチそのものに戻る。床を沈ませる程の重量。まさか——、

 

「これは私の拘束具。2トンあるハンカチを捨てる事により全力で敵を屠る事が出来るのです。……さあ! 今の私を止められますか? 止められるなら止めてみろ!」

 

「馬鹿げ過ぎだろッ!?」

 

 ヨハネスは焦燥からか先手で結界を張ってしまった。

 これは悪手である。隔絶した実力者との死合で穴熊など愚の骨頂。

 しかし対するフルバレッタは刀を鞘に収めた。

 どうしてだフルバレッタ!? ……もしや王子に対する情に絆されてしまったのか?

 ——————否ッ!

 フルバレッタの眼は死んでいない! 鮫のような愛らしい瞳を煌々と光らせていた。

 これはまさか…………!?

 

「I A I G I R I だあああああああああッ!!」

 

 国王が吠えた。国王はフルバレッタの熱心なファンであった。

 鞘引きにより極限まで減らされた摩擦が、神速の抜刀を可能にする。

 

「…………カハッ」

 

 豆腐のように結界は裂かれ、ヨハネスは斬られた事にすら気付かずに地に伏せた。

 

「……安心なさいまし。峰打ちですわ」

 

 その割に王子の腹からケチャップ染みた何かが止まらない。

 

「この刀は両刃でしたわ!」

 

 おちゃめさんめ。

 

「勝者——フルバレッタ・クラウディウス!」

 

 国王がフルバレッタの手を掴んで天へと掲げた。

 ギャラリーからの凄まじい喝采と熱狂が勝者に贈られる。国王もフルバレッタたんと合法的に接触出来て嬉しそうだ。

 

「ううっ……えっぐ……ぐす」

 

 対してシャーディ嬢は泣き崩れていた。

 彼女はヨハネス王子に全張りしていた。そのため無一文になった。

 ギャンブルでは一攫千金を狙うタイプだったのである。

 

 ——フルバレッタ! ——フルバレッタ! ——フルバレッタ!

 

 止まぬフルバレッタコールに良い気持ちになるフルバレッタ。本日の主役は君だ。今日くらいは少女らしく、その表情を綻ばせても良いだろう。

 

「……相変わらず良い死合だったよ」

 

「……国王様」

 

 ファンの顔で話し掛ける国王に対して即土下座を切るフルバレッタ。相変わらず権力に弱い。

 

「ははっ、楽にしてくれていいんだよ。……しかし何だかんだで息子も生きている様だ。腕を上げたな」

 

 王子はしぶとくも存命されていた。傷は深いがなんとか治癒魔法が間に合った様だ。悪運の強い奴である。

 

「ふふっ、王子様を斬るのは初めてでは御座いませんので。少しだけコツを掴みましたわ」

 

「それはすごい! ちゃんと成長していてえらいよ! ……流石は我(・)が(・)国(・)の(・)大(・)将(・)軍(・)だな!」

 

 

 ————悪役令嬢フルバレッタ。

 彼女は元隣国王子の婚約者であり、現在は王国の大将軍を務めていた。

 

「もっと成長して、次は国王を目指しますわよ!」

 

 そう言ってはにかむ姿は兜菊の様に嫋やかだ。

 ……頑張れフルバレッタ! 君の未来はドドメ色に輝いているぞ!

                     

                                                                  おわり


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