羂索との話し合いから、しばらくが経った。
最初に動き出したのは、治療を求める人々だった。
父の紹介で訪れる患者とは、少しばかり事情が異なる。彼らは私の力を知っているわけではない。ただ、紹介者を通じて「身体を若返らせることができる者がいる」と聞き、その効果を確かめるためにやって来る。
私の治療は、普通の医療とは違う。
身体の悪いところを治すだけではなく、年齢を重ねた肉体そのものを若い状態に戻す。病気や怪我を治すのとは、少しばかり勝手が違うのだ。
魂と肉体は密接に結びついている。
肉体だけを若返らせても、魂とのずれが大きくなれば不具合が生じる。だから、私は肉体の変化に合わせて魂にも手を加える。どこまで変化させるのか、どの程度の状態を維持するのか。相手の魂を観察しながら、少しずつ調整していく。
以前よりも、ずっと安定して施術できるようになっていた。
「本当に、若返るのかね?」
最初にやって来た老人は、私を見るなり、疑わしそうに尋ねた。
「はい。どのくらい若返りたいですか?」
「できるだけ、だ」
「それなら、まずは一年分にしましょう。身体の状態を確認してから、次を決めればいいと思います」
「一年か……。それで、対価は?」
「妊娠している女性なら一人。それ以外なら、十人ほどです」
老人の表情が止まった。
「……人間を?」
「はい」
私は頷いた。
「妊婦さんの場合は、胎児も含めて研究に使えます。それ以外の方は、人数が必要になりますので」
「ずいぶんと違うものだな」
「そうですね。こちらとしては、その方が効率がいいんです」
妊婦一人と、それ以外の人間十人。
私にとっては、それが一年分の若返りに対する基準だった。
妊娠した経緯は関係ない。望んで妊娠したのか、望まない妊娠だったのか。相手との間に愛情があったのか、そうではなかったのか。今の研究では、どれも対価を決める条件にはならない。
胎児の魂を研究に使えること。それが重要だった。
「妊娠できる女性を用意できるのでしたら、妊娠させてからの方が効率的です。同じ一人でも、こちらでは十人分に相当しますので」
「……なるほど」
「それと、妊婦さんの場合は本人も必要です。胎児だけを渡されても困りますから」
「本人も、かね?」
「はい。母親の魂と胎児の魂は繋がっています。その関係も調べたいんです」
老人はしばらく考え込んでいたが、やがて紹介者と相談し、条件に合う人間を用意すると約束した。
私はそれを見送って、次の患者の準備を始めた。
若返りの施術は、研究にも役立つ。
年齢を重ねた魂を若い状態に近づけることで、魂と肉体の関係について新しい知見が得られる。治療の報酬として研究対象を提供してもらえるのなら、私にとっては一石二鳥だった。
それから、もう一つ。
妊娠を望まない女性たちのための窓口も動き始めていた。
生活に余裕がない人。家庭の事情を抱えている人。妊娠を継続できない理由がある人。
彼女たちにとって必要なのは、できるだけ負担の少ない中絶の機会だった。
私は紹介された女性たちに、費用を抑えた形で処置を受けられることを伝える。必要な手続きを整え、彼女たちが望む結果を得られるようにする。
その後に残るものについて、研究に使うことは説明しなかった。
彼女たちが求めているのは、望まない妊娠を終わらせることだ。私が必要としているのは、その過程で得られる胎児の魂だった。
互いの目的は一致している。
それで十分だった。
もちろん、すべてが順調に進むわけではない。
紹介された人の中には、直前になって考えを変える人もいた。事情が変わることもあれば、周囲の説得で決断を覆すこともある。
そういう場合は無理に進めない。
必要な人間を確保する方法は一つではないし、ここで問題を起こして窓口そのものを失うのは避けたい。
集まった胎児の魂については、別途、研究に使えるように処理することにした。
胎児の魂は、そのままでは保管にも実験にも扱いづらい。そこで私は、無為転変で魂の形を小さく整えることにした。
真人が改造人間を小さくして持ち運んでいたように、魂の形そのものを変えてしまえばいい。
もちろん、これは本格的な精製ではない。
魂の性質を変えたり、他の魂と融合させたりするのは、もっと後の工程だ。今やっているのは、あくまで一次加工。保管しやすく、実験の際に取り出して扱いやすい形に整えているだけだった。
加工した魂は、専用の容器に収めていく。
小さく整えられた魂を確認し、回収した時期や状態を記録する。容器の中に並べておけば、必要なときに取り出せる。
これらは、いずれ私自身のために作る賢者の石の材料になる。
もっとも、すべてを無傷のまま残しておくつもりはなかった。加工方法を確かめるために使うものもあれば、融合実験の途中で消費するものもある。
研究に使う以上、減っていくのは仕方がない。
そのためにも、材料は多い方がいい。
*
若返りを求める人々からの紹介も増えていった。
彼らは私の治療を受けることで若さを取り戻す。私はその対価として、研究に必要な人間を受け取る。
妊娠している女性を一人用意できるなら、それが最も効率がいい。そうでなければ、十人ほど。
人選については、紹介者に任せていた。
身寄りがない者、犯罪に関わった者、いなくなっても周囲が大きく騒がない者。そうした人間を探す伝手を持つ者たちが、少しずつ私の周囲に集まってくる。
彼らにとっても、私の治療は魅力的な取引なのだろう。
そして、ある日。
「こちらが、今回の対価です」
紹介者が連れてきたのは、一人の女性だった。
年齢は二十代。お腹は少し膨らんでいて、妊娠していることが分かる。
女性は私を見ると、不安そうに視線を動かした。
「……ここは、どこなんですか?」
「私の研究室だよ」
「研究室……?」
「うん。今日から、ここで過ごしてもらうことになるの」
女性の表情が強張った。
「どういうことですか? 私は、何も聞いていません」
「若返りの治療を受けた人から、対価として紹介されたんだよ」
「対価……?」
「そう。あなたを一人、こちらに渡してもらう約束だったの」
女性は紹介者の方を振り返った。
「どういうことですか。私はそんな話、聞いていません」
「申し訳ありませんが、こちらも約束ですので」
「待ってください。私は、そんなつもりじゃ……」
女性の声が震え始める。
私は紹介者から受け取った書類に目を通した。
年齢、健康状態、妊娠週数。大きな問題はなさそうだった。
「この人、妊娠しているんだね」
「はい。条件には合っています」
「そっか。ありがとう」
私は書類を閉じた。
女性はまだ何かを訴えていたが、紹介者は必要な説明を済ませると帰っていった。
残された女性は、私と研究室の扉を交互に見ていた。
「帰してください」
「それはできないよ」
「お願いします。私、何も悪いことはしていません」
「うん」
「お金なら払います。家族にも連絡します。だから、ここから出してください」
「お金はいらないよ。もう対価は受け取っているから」
女性は私の言葉を理解できなかったようだった。
何度か口を開きかけて、結局、何も言えずに俯く。
私は椅子を用意し、彼女に座るよう促した。
「まずは身体の状態を確認するね」
「嫌です」
「すぐに終わるよ」
「嫌です! 触らないで!」
女性は腹部をかばうように両腕を回した。
その仕草を見て、私は少しだけ考えた。
母親は胎児を守ろうとしている。
それ自体は珍しいことではない。人間は、自分の身体の中にいる子供を大切にする。生まれる前から愛情を抱く人もいるし、まだ顔も見ていない相手のために自分の生活を変える人もいる。
この女性もそうなのだろう。
「お腹の子がいるんです。お願いします。その子には何もしないでください」
「うん。いるね」
「お願いします……」
「ちゃんと調べるよ」
「そうじゃない! 何もしないでって言ってるんです!」
私は首を傾げた。
彼女が何を望んでいるのかは分かっている。
けれど、それは私の研究とは別の話だった。
私は女性の身体に触れ、魂の状態を確認した。
年齢相応の魂。大きな損傷はなく、肉体との結びつきも安定している。
そして、その内側にもう一つ。
胎児の魂があった。
小さい。
生まれてからの経験を持たず、まだ自分自身の形を作り上げている途中の魂。母親の魂と強く結びついているものの、完全に一体化しているわけではない。
私は以前から、この関係に興味を持っていた。
母親の魂と胎児の魂は、どのように繋がっているのか。胎児の魂は、母親の魂からどれほど独立しているのか。胎児の魂だけに変化を与えた場合、母親にはどのような影響が出るのか。
確かめたいことはいくつもある。
「……何を見ているんですか?」
「あなたの魂だよ」
「魂……?」
「それと、お腹の子の魂」
女性の顔色が変わった。
「どうして、そんなことが分かるんですか……?」
「私の術式だから」
「お願いです。あの子には何もしないでください」
「そうだね。まずは状態を確認してからにしよう」
私は女性を椅子に座らせた。
拘束する必要があるかどうか、少し考える。彼女は何度も立ち上がろうとしていたし、実験中に動かれると困る。
結局、必要な範囲だけ身体を固定することにした。
「やめてください!」
「動かないでね。危ないから」
「嫌! 誰か! 誰か助けて!」
女性の声が研究室に響いた。
私は手元の資料を確認し、記録用の紙を用意する。
今日の実験では、母親の魂と胎児の魂の関係を調べる。まずは双方の形を記録し、その後、胎児の魂にだけ変化を与えてみる。
母親の魂にどのような反応が起こるかも、同時に観察する。
「それじゃあ、始めようか」
「待って! お願い、やめて!」
私は女性の腹部に手を添えた。
母親の魂を認識し、その内側にある胎児の魂へ意識を向ける。
二つの魂は、思っていた以上に密接に繋がっていた。
胎児の魂は母親の魂に包まれるように存在している。単純に切り離せるものではない。母親の魂に触れず、胎児の魂だけを変化させるには、境界を正確に見極める必要がある。
私は慎重に意識を進めた。
「いや……!」
女性が身をよじる。
「お願い、やめて! この子は私の子なの!」
「うん」
「私が産むんです! この子は、私の子供なんです!」
「そうだね」
「だったら、どうして……!」
私は返事をせず、魂の状態を確認した。
母親の感情が強くなるにつれて、二つの魂の結びつきにも変化が見られる。
恐怖。焦り。子供を守ろうとする意識。
母親の魂に現れた変化は、胎児の魂にも影響しているのだろうか。
それとも、元々存在していた結びつきが、強い感情によって表面化しているだけなのだろうか。
興味深い。
私は記録を取った。
「何を書いているんですか……?」
「今の状態だよ」
「やめてください。お願いですから、私の話を聞いてください」
「聞いてるよ」
「だったら、やめて!」
「でも、まだ終わってないから」
女性は何かを言いかけて、泣き崩れた。
私はその様子を見ながら、もう一度、胎児の魂に意識を集中させる。
少しずつ、魂の形を整えていく。
大きく変化させる必要はない。今は、魂の形を保ったまま小さくできるかを確かめたい。
真人が改造人間を小さくしていたように、魂の形そのものを変えてしまえばいい。
ただし、今回は後で別の魂と融合させる予定がある。必要以上に形を崩してしまうと、後の実験に支障が出るかもしれない。
私は輪郭を確認しながら、少しずつ加工を進めた。
「いやああああっ!」
女性の悲鳴が上がる。
彼女には、私が何をしているのか分からない。
ただ、自分の子供に何かが起きていることだけは理解しているのだろう。
「お願い……お願いだから、返して……」
私は手を止めた。
胎児の魂は、小さくなっても輪郭を保っている。母親の魂との結びつきも、完全には失われていない。
思っていたよりも、安定している。
もう少し調整すれば、保管にも使える形になりそうだった。
「……どうして?」
女性が呟いた。
「どうして、そんなことができるの……?」
「できるからだよ」
「この子は、私の子なのに……」
「うん」
私は頷いた。
それも分かっている。
彼女にとって、この子は自分の子供だ。生まれてくるのを待っていたのかもしれない。名前を考えていたのかもしれない。どんな顔をしているのか、どんな声で泣くのか、どんなふうに育つのかを想像していたのかもしれない。
けれど、私にとっては研究対象だった。
どちらか一方の認識が、もう一方を否定するわけではない。
「もう少しだけ、調べさせてね」
私は再び意識を集中させた。
最後の調整を終える。
小さく整えられた胎児の魂は、母親の魂から切り離され、私の手元に収まった。
母親の魂には、急激な変化が生じている。
私はすぐに状態を確認した。
魂の形が変わったわけではない。けれど、これまで存在していた結びつきが失われたことで、母親の魂には明確な反応が現れていた。
予想以上に大きな変化だった。
「……返して」
女性が呟く。
「お願い。返してよ……」
私は手元の魂を確認した。
小さくなっているけれど、輪郭は崩れていない。これなら、他の魂と組み合わせる際にも扱いやすいだろう。
私は保管用の容器を取り出し、その中に収めた。
「うん。上手くできたね」
思わず笑みがこぼれた。
初めての条件で、ここまで綺麗に加工できた。母親の魂との結びつきについても、新しいことが分かった。
次は、別の条件で試してみたい。
「……あの子は?」
女性が尋ねた。
「どこにいるんですか?」
「ここだよ」
私は容器を見せた。
女性の視線が、私の手元に向けられる。
「……何、それ」
「あなたのお腹にいた子の魂だよ」
女性はしばらく動かなかった。
やがて、容器に向かって手を伸ばそうとする。
「返して……」
「これは研究に使うから、返せないよ」
「返して!」
女性の声が再び大きくなる。
「お願い! 返して! 私の子なの!」
「うん。そうだね」
私は容器を片付けた。
女性は泣いていた。
私はその様子を眺めながら、次の記録を整理する。
母親の魂には、胎児の魂を失ったことによる変化が残っている。これを別の実験に利用できるかもしれない。
胎児の魂を小さく加工した際、母親側の魂にどの程度の影響が出るのか。母親の魂を先に加工した場合と、胎児の魂を先に加工した場合では違いがあるのか。
まだ調べることは多い。
「それじゃあ、次はあなたのことを調べようか」
私は女性に向き直った。
「……え?」
「あなたの魂も、少し調べたいんだ」
「もう、やめて……」
「大丈夫。今度はあなたの方だよ」
女性は首を横に振った。
私は記録用の紙を新しく取り出した。
*
その後も、研究対象は増えていった。
妊婦だけではない。
若返り治療の対価として提供された人間や、別の伝手から紹介された人間。彼らは年齢も性別も経歴も違っていた。
私はそれぞれの魂を観察し、必要な実験を行った。
最初に調べるのは、魂の基本的な形だった。
どのような構造をしているのか。肉体のどの部分と結びついているのか。どこまでが個人の性質で、どこからが肉体の働きを支える部分なのか。
魂と肉体は一体だ。
けれど、何もかもが一つの塊になっているわけではない。
魂の中には、記憶に関わる部分がある。感覚を受け取り、処理するための部分。身体を動かすための部分。そうした機能を担う構造が、それぞれ複雑に絡み合っている。
少なくとも、私の観察ではそう見えた。
ならば、それらを一つずつ調整すればどうなるだろう。
魂の反発を生むものが、個人ごとに異なる記憶や経験、肉体の機能に関係しているのなら、それらを整理することで融合しやすくできるかもしれない。
私はまず、記憶に関わる部分に注目した。
人間は生まれてから、様々な経験を積み重ねていく。
その経験が魂に刻まれ、個人ごとの形を作っているのなら、記憶を処理することで魂の個性を弱められるのではないか。
ただし、記憶そのものをすべて消してしまえばいいわけではない。
魂の形を保つために必要な部分まで失われれば、今度は融合以前に魂そのものが不安定になる。
どこまでなら取り除けるのか。
何を残す必要があるのか。
私は実験体の魂を観察しながら、少しずつ条件を変えていった。
「……何をした?」
実験台の男が、ぼんやりとした声で尋ねた。
「少し調整しただけだよ」
「調整……?」
「さっきまでのこと、覚えてる?」
男は答えなかった。
目を動かし、周囲を見回している。
「ここは……どこだ?」
「私の研究室だよ」
「俺は、どうしてここに……」
記憶の一部が曖昧になっている。
けれど、魂そのものは崩れていない。
私は記録を取った。
記憶に関わる部分を変化させると、魂の輪郭にも変化が生じる。個人の経験に由来する細かな凹凸が減り、全体の形が少しずつ単純になっていく。
興味深い結果だった。
しかし、これだけでは足りない。
記憶を処理した魂同士でも、まだ反発が起こる。
経験によって形成された個人差を弱めても、魂の中には別の違いが残っているらしい。
次は、肉体の機能に関わる部分を調べることにした。
*
運動機能。
感覚機能。
その他、肉体を維持するために必要な様々な働き。
それらを担う部分は、魂の中でどのように配置されているのか。
私は実験体の魂を観察し、対応する部分を一つずつ探していった。
最初に目をつけたのは、運動に関わる部分だった。
人間の身体は、意識したとおりに動く。
手を伸ばす。指を曲げる。歩く。走る。そうした動作を実現するための働きが、魂のどこにあるのか。
それを調べるため、私は実験体の運動に関わる部分を一時的に変化させてみた。
「……あれ?」
男が自分の手を見つめた。
「どうしたの?」
「手が……」
男は指を動かそうとした。
しかし、思ったようには動かない。
「動かない……。おい、何をした!」
「今、身体を動かす部分を調べているんだよ」
「元に戻せ!」
「まだ途中だから、ちょっと待ってね」
「ふざけるな!」
男は腕を動かそうとする。
その動きはぎこちなく、本人の意思と肉体の反応が噛み合っていない。
私はその様子を観察し、記録した。
運動機能に関わる部分を変化させると、魂の形にも明確な変化が出る。けれど、変化させた部分を元に戻せば、肉体の動きも回復する。
つまり、そこは魂の中でも独立性の高い構造なのかもしれない。
次に感覚機能を調べた。
視覚。聴覚。触覚。痛みを感じる働き。
人間が外界から情報を受け取るための部分だ。
これらも魂の中に、それぞれ対応する構造があるように見えた。
私は一つずつ変化を与え、どのような影響が出るのかを確かめる。
実験体は、最初こそ何が起きているのか分からずにいた。
やがて、何かがおかしいと気づく。
「聞こえない……?」
「どうしたの?」
「お前、今、何か言ったか?」
「うん。聞こえてる?」
「何も聞こえない!」
私は記録を取った。
聴覚に関わる部分を変化させたことで、外からの音を受け取れなくなっている。
それ以外の感覚は残っているようだった。
次は、触覚に関わる部分。
実験体は自分の身体を見下ろし、私が触れていることに気づいていない様子だった。
反応がない。
けれど、肉体そのものに変化が生じたわけではない。
感覚を受け取る部分だけが、うまく働いていない。
私はその結果を記録した。
人間の魂は、思っていた以上に細かく分けて考えられる。
ただし、細かく分けられることと、簡単に融合できることは別だった。
記憶を処理した魂。運動機能を調整した魂。感覚機能を調整した魂。
それぞれを組み合わせてみても、必ずしも反発が小さくなるわけではない。
むしろ、機能を損なったことで魂の形が不安定になり、融合が失敗する場合もあった。
私は失敗した結果を見つめた。
魂の一部を取り除けばいいわけではない。
必要な機能を残しながら、個体ごとの違いを小さくする。
そのためには、どの部分をどう処理するべきなのか。
まだ答えは出ていなかった。
*
実験は、次第に複雑になっていった。
記憶の処理だけを行った魂。
運動機能に関わる部分を調整した魂。
感覚機能に関わる部分を調整した魂。
それらを単独で融合させる場合と、複数の処理を組み合わせてから融合させる場合。
条件を変えるたびに、結果を記録する。
最初は反発が大きく、すぐに分離してしまった組み合わせも、処理の仕方を変えることで少しずつ安定するようになった。
もちろん、失敗も多い。
魂の形が崩れ、元の状態を維持できなくなる。複数の魂が互いに押し合い、どれか一つの形に引きずられる。あるいは、融合したように見えても、少し時間が経つと境界が浮かび上がってくる。
そうした結果を見ていると、魂の融合は思っていた以上に難しいのだと分かる。
ただ、同時に、可能性も見えてきていた。
魂の反発は、単純に魂の強さだけで決まるものではない。
それぞれの魂が持つ個性や、肉体との結びつき方、記憶や経験の積み重ね。そうした違いが複雑に絡み合っている。
ならば、融合の前にそれらを整理しておけばいい。
魂をそのままぶつけ合わせるのではなく、互いに馴染みやすい状態に整えてから組み合わせる。
それが、今の研究の方向性だった。
「お願いだ……」
ある実験の最中、男が呟いた。
「もう、何もしないでくれ……」
私は手を止めた。
「どうして?」
「もう分かっただろ……。頼むから、終わりにしてくれ」
「まだ分かっていないことがあるよ」
「もう十分だろ……!」
「ううん。まだ足りない」
私は男の魂を確認した。
記憶に関わる部分の処理は、かなり安定している。運動機能の一部も調整済みだ。感覚機能については、まだ処理の途中だった。
この状態で融合を試す価値はある。
「もう少しだけ頑張ってね」
「嫌だ……」
「すぐ終わるかもしれないよ」
「嫌だ! もう嫌なんだ!」
男は泣いていた。
私はその表情を見た。
恐怖や苦痛によって魂が変化することは、これまでの実験でも確認できている。今の状態が、融合の成功率に影響する可能性もある。
ただし、それは別の条件として記録すべきだろう。
私は男の魂に意識を戻した。
今回の実験で確認したいのは、処理した魂同士の反発がどの程度減るかということだ。
余計な条件を混ぜるのは、あまりよくない。
そう考えて、私は実験を続けた。
*
研究を続けるうちに、胎児の魂についても確かなことが分かってきた。
胎児の魂は、生まれてからの経験を持たない。
そのため、記憶や経験に由来する個体差が形成されておらず、成熟した人間の魂と比べて、融合の妨げになる要素が少ない。
もちろん、魂そのものが弱ければ意味がない。いくら反発が少なくても、他の魂と融合する前に形を維持できなくなってしまうからだ。
けれど、実際に胎児の魂を使って加工と融合の実験を繰り返した結果、その心配は必要ないことが分かった。
胎児の魂は、加工材料として十分な強度を持っていた。
さらに、一次加工した魂同士を組み合わせた際の反発も、成熟した人間の魂を使った場合より小さい。記憶や肉体の機能に関わる部分を細かく調整する必要も少なく、融合後の状態も安定しやすかった。
これは、私にとって理想的な結果だった。
人間の魂として必要な強度を持ちながら、経験によって形成された個体差がない。
賢者の石を作るための材料として、これ以上のものはないだろう。
これまでの実験結果から、私は自分自身の賢者の石には胎児の魂を主材料として使うことに決めた。
もちろん、胎児の魂なら何でもいいわけではない。
魂そのものが弱すぎれば、他の魂と融合する前に形を維持できなくなる。反対に、母親との結びつきが強く残りすぎている場合は、加工の際に余計な反応が出ることもある。
だから、一次加工したものをすべて使えるわけではなかった。
いくつかは、すでに実験で消費している。
残ったものは、私自身の賢者の石のために保管しておく。
それ以外の人間の魂は、別の用途に回す。
魂の処理方法を調べるための実験材料。そして、次に作る試作型賢者の石の材料だ。
用途を分けておけば、必要な材料を間違えずに済む。
私は保管棚の前に立ち、容器を一つずつ確認した。
胎児の魂を収めた容器。
実験用に加工した人間の魂を収めた容器。
まだ加工していない魂を収めた容器。
それぞれに記録を付け、必要なときに取り出せるようにしてある。
研究材料が増えるのは、嬉しいことだった。
これだけあれば、まだ試していない条件も確かめられる。
私は資料を開き、次の実験計画を考えた。
記憶処理の方法を変えた場合。
運動機能や感覚機能を残す範囲を変えた場合。
それらを組み合わせた場合。
そして、処理した魂を複数融合させた場合。
まだまだ調べることは多い。
*
若返りを求める人々からの紹介は、今も続いていた。
彼らは私の治療を受けることで若さを取り戻す。私はその対価として、研究に必要な人間を受け取る。
妊娠している女性を一人用意できるなら、それが最も効率がいい。そうでなければ、十人ほど。
人選については、紹介者に任せていた。
私が直接、誰かを探し回る必要はない。
必要な人間が用意され、私は研究に使う。
それだけだ。
もちろん、研究対象が増えれば、管理するものも増える。
魂の状態を記録し、加工の進み具合を確認し、実験の結果を整理する。どの魂を何に使ったのか、どの段階で失敗したのか。そうした情報を残しておかなければ、同じ失敗を繰り返すことになる。
私は資料を整理しながら、今後の研究について考えていた。
魂の反発を抑える方法は、少しずつ見えてきている。
記憶や経験に由来する違いを減らす。肉体の機能を担う部分を整理する。魂の形を整え、互いに馴染みやすい状態にする。
それらを組み合わせれば、もっと大きな規模の融合にも耐えられるかもしれない。
最終的には、膨大な数の魂を一つにまとめたい。
それができれば、賢者の石の製造に必要な技術は大きく前進する。
今回の実験は、そのための準備だった。
「フランドール様、次の方がお見えです」
「はーい。今行くね」
返事をして、手元の資料を閉じた。
今日は若返りを希望する老人が一人。その後に、研究対象として紹介された人間が数人。
やることは多い。
でも、悪くない毎日だった。
研究に必要なものが集まり、試せることが増えていく。今まで手の届かなかった実験にも、少しずつ手を伸ばせるようになってきた。
父が病気だった頃には、ここまで大きな研究をすることはできなかった。
今は違う。
人を集める伝手がある。研究に使える場所がある。必要な材料も、以前よりずっと手に入りやすくなった。
羂索のおかげだ。
もちろん、彼が何を考えているのかは分からない。私に協力する理由も、すべてを話してくれたわけではない。
けれど、今のところは互いに都合がいい。
私が研究を進めるほど、彼にも見せられる成果が増える。
そのうち、約束したものも形になるだろう。
私は資料を棚に戻し、研究室を出た。
次は、どんな結果が得られるだろう。
それを考えるだけで、胸が弾んだ。