時代・舞台
昭和22年(1947年)
山間の温泉町。戦争の傷跡がまだ残り、復員兵や引揚者が暮らしを立て直そうとしている。一方、食糧事情や貧富の差は家庭ごとに大きく異なっている。
登場人物
・武男(25歳):戦地から復員して半年。戦地で飢えを経験したことが忘れられず、食べ物を粗末にすることができない。
・老婆(70歳くらい):町の食堂の女将。
終戦から2年経った昭和22年冬。
日本中どこもかしこも空襲で焼野原となり、C町もご多分に漏れずすべてを焼き尽くされてしまった。
それでも人は生き残った以上、生き続けなければならない。
隣町の港には復員兵や引揚者が故郷へと向けて散っていくが、山間部に温泉が湧くC町でしばらく滞在する者は多い。
中にはそのままこの町に腰を下ろす者もいて、町の復興の担い手となっている。
25歳の武男もまた復員兵のひとりである。
半年ほど前に帰国して故郷に戻ったのだが、懐かしい故郷の村も空襲にあって母親は死亡して家も燃えてしまっていた。
幼馴染もみな戦地へ赴き、帰って来たのは武男だけであった。
知る人もなく喪失感や孤独感に圧し潰されそうになった彼は故郷を後にした。
もちろん行くあてなどないのだが、大切なものがすべてなくなってしまった故郷にいるよりはマシだと考えたのだ。
そしてたどり着いたのがC町である。
C町の外れに小さな食堂が建っている。
ここは空襲で焼け残ったようで、夕方になると武男と同じような復員兵の若者が行列を成して店へと入っていった。
そして出てくる時には誰もが満足そうな表情になっており、きっと美味しいものを食べさせてくれるのだろうと武男は列に並んだ。
小一時間ほど待ってようやく店に入ると70代くらいの老婆がひとりで店を切り盛りしている。
一度に10人程度の客しか入れない小さな店に大勢の人間が来るのだから行列になるのも無理はない。
「いらっしゃい、お客さん。初めてかい?」
老婆に声をかけられた武男は答えた。
「はい。今日この町に着いたばかりです」
「そうかい。ウチは雑穀粥しか出せないがそれでいいかい?」
「それで十分です。食べられるものなら何でもいいです」
「それならそこに掛けて少し待っておくれ」
店の端に空いている席がひとつあり、椅子に腰かけていると老婆が粥の入った椀を運んできた。
黒い漆塗りの器には金の蒔絵で福寿草の花の絵が描かれている。
「お待ちどう。さあ、お食べ。ただしこの一椀だけだ。おかわりをしてはいけないよ」
武男は老婆の言葉に疑問を抱くことはなかった。
単純に材料が手に入らないからひとり一椀しか出せないのは仕方がないのだと思って出された粥を大事に食べることにした。
数種の雑穀にわずかな白米が入った粥から美味しそうな湯気が立っている。
「いただきます。…これは!」
粥をひと口食べた武男は驚いた。
少年時代に母に作ってもらったものと同じ味がしたのだ。
食べていると穏やかな気持ちになった。
弟と一緒に遊んだことや夕方になって家に戻るといつも母が夕飯を作って待っていてくれたこともありありと思い出せた。
戦地で飢えを経験したことが忘れられず、食べ物を粗末にすることができない武男は米粒をひとつも残さず全部きれいに平らげたのだった。
そしてもっと食べたいという欲が湧いてきたが一椀だけだということでその日は店を出た。
翌日も夕方になると武男は食堂に足を向けた。
やはり行列ができていてしばらく待つことになりそうだが、そんなことが苦にならないほどこの店の粥は美味いのだ。
いや、美味いだけではなく食べると幸せな気分になれる。
ならば1時間でも2時間でも待ち続けようと思える。
客はみな同じ気持ちなのだろう。
誰もが黙って順番が来るのを待っていた。
そして順番が回ってきて店に入り、空いている席に座って待っていると昨日と同じように粥の椀が運ばれてきた。
「お待ちどう。さあ、お食べ。ただしこの一椀だけだ。おかわりをしてはいけないよ」
武男が粥を口にすると苦しかった戦地の記憶は薄れ、代わりに故郷で母と弟と暮らした幸福な日々が鮮明になる。
貧しくとも毎日朝晩の食事はできたし、一緒に食べてくれる家族もいた。
戦場において食事が単に生きていくために必要な行為であったが、本来食事とは腹と心を満たす人間としての自然な欲求だ。
ただ死なないためにお世辞にも料理とは言えない
雑穀ばかりの粥だが、戦場で食べた糧食よりもはるかに美味い。
武男は十分に満たされて店を出たのだった。
武男は食堂に通い続けた。
老婆の粥を食べれば食べるほど嫌なことは忘れ、忘れていた幸せな記憶が戻ってくるのだからやめられるはずがない。
そして7日目、武男はもっと食べたくなって2杯目を注文した。
しかし老婆は厳しい顔をして注文を拒んだ。
「粥は一椀だけだと言ったろ? 今日はこれで帰って明日また来ればいい」
「いいや、オレは今食べたいんだ!」
「これ以上食べてはいけないよ。食べるとおまえはすべて忘れてしまう。何もかも失ってしまうよ」
武男は戦地で弟を守れなかったこと、自分だけが日本へ帰ってきたことへの罪悪感に苦しんでいた。
南方の島に送られた武男と弟は敵と戦うことよりも感染症や飢えとの戦いの方が辛く厳しいものであった。
日本からの食糧を運ぶ船が敵の潜水艦や飛行機によってほとんど沈められて食糧は届かず、ジャングルの中のヤシの実やバナナ、タロイモなど食べられるものをかき集めても数万人の兵士が腹を満たすだけの量にはならない。
兵士たちはジャングルを切り開いてサツマイモなどの畑を作ったが、敵の空爆撃でその畑は焼き払われた。
部隊は食べ物を求めてジャングルの中を何百キロも歩いて移動しなければならなかったが、道なき泥沼や険しい山を超えるには膨大なエネルギーを消費する。
わずかに食糧を得たとしても移動で消費するエネルギーの方が圧倒的に多かった。
補給という命綱を断たれたまま歩き続けた結果、エネルギーが切れて倒れていく。
さらに食糧不足の中でマラリアやアメーバ赤痢といった感染症に罹り、高熱や下痢に襲われると人間の体力は急速に奪われ「「戦争栄養失調症」という拒食状態に陥る。
こうなると目の前に食べ物があっても体が受け付けず、そのまま死に至るのだった。
マラリアに罹った弟の最後の願いは「母さんの飯が食いたい」で、その「母さんの飯」と同じくらい美味しい粥を食べていることが弟に対して申し訳ないという気持ちを抱いてしまう。
しかし粥をもっとたくさん食べればその罪悪感と戦場の記憶を消すことができるのではないかと考えた武男は老婆の静止を振り払って鍋の中の粥を椀に盛った。
そしてひと口食べると戦地で苦しんだ記憶が遠のき、亡くなった戦友の顔も、目の前で息を引き取った弟の姿も消えていった。
椀の中の粥を全部食べ終えた瞬間、武男は戦地の記憶を完全に失った。
それと同時に故郷で母と弟と暮らした日々もすべて思い出せなくなってしまった。
武男は茫然自失の状態でふらふらと店の外へ出て行ってしまったのだった。
店を出た武男は雪の降る中、行くあてもなく歩き続けた。
彼にはもう何も残っていない。
戦争での辛い記憶も、母と弟と過ごした幼い頃の幸せな記憶も、さらに自分が何者なのか、また何のためにここにいるのかなどもわからなくなり、最後に「生きる」ということすら忘れてしまった。
老婆の言葉の「何もかも失う」というのは生きる意志すら失われるという意味であった。
毎日少しずつ食べて少しずつ心の傷を癒していれば良かったというのに、老婆の忠告を無視したために武男はこのようなことになってしまったのだ。
彼は苦しみを忘れたかっただけだ。
彼だけでなく戦争を経験した者ならば誰もがそう思う。
しかし苦しみを忘れることと乗り越えることは違う。
彼は老婆の粥と出会って食欲を満たすと同時に戦争によって壊された自分の心をかつての幸福な時間へ戻すことができると信じた。
実際に幸せな思い出が彼の心を癒したのだが、現在の人生から逃げたいと思うようになっていったのかもしれない。
そしてすべてを失い生きることも忘れてしまった彼は…
C町と隣町の境の峠道でひとりの青年の遺体が雪の中で発見された。
死後1週間ほど経っていて、胃袋が空っぽだったことから死因は餓死と判断された。
身元を示すものはなく、その身なりから復員兵だということはわかったがそれだけである。
そして軍服のポケットからはボロボロになった写真が出てきた。
そこには母親と弟と本人の3人だと思われる幸せそうな家族が写っていたのだった。