バイオパンク・ヴィラン ~金と家の名前で好き勝手する、兵器王のドラ息子~ 作:泥酔ネコ
なんちゃって悪役が多すぎたのでガチで性格の悪いドブカスが好き勝手する作品を自給しようと思い書いてみました。レオンのドブカスっぷりとそのせいで巻き込まれる事件を楽しんでください。
生まれ変わったら大当たりだった。
それで決めた。
二度目の人生は好き勝手に生きてやる、と。
一度目の人生がどうだったかは言わない。
ここではない別の世界で、別の名前で、さして面白くもない毎日を送り、ある日あっけなく死んだ。それだけの話だ。
死ぬというのがどういうことかを、僕はこの体に生まれる前から知っている。あれはもう二度と御免である!
二度目に目を開けたとき、僕は乳母の腕の中の赤ん坊になっていた。
この世界は、前の世界で言えば百年ほど昔によく似ている。
通りには角ばった自動車と路面電車が走り、夜になればラジオが流行り歌と株価を代わる代わる読み上げる、そういう時代だ。
最初は少しがっかりした。
前の世界には、死んだ男が剣と魔法の世界に生まれ変わって、竜を斬ったり王女を助けたり魔法で無双したりする話が山ほどあったのだ。
自分の番が来たなら、せめて火の玉の一つくらいは出せる体に生まれたかった。
だが、がっかりしたのは最初の数年だけだった。
魔法は無い代わりに、この世界にはもっと面白い物があったのだ。
ここの人間は化け物じみた生き物を百年かけて家畜のように飼い慣らし、その血や肉や骨を片っ端から人の役に立てている。
生き物を扱う学問だけが、前の世界よりずっと先を行っているのである。
失くした腕は
兵隊は生きた筋肉で動く
金持ちは薬で疲れを消し、皺を伸ばし、若さを買う。旧大陸には秘伝の薬で歳を取らなくなった貴族の家まであるという。
火の玉は出せなくても、金を積めば体ごと作り替えられる世界。
これはこれで前の世界の剣と魔法よりよほど夢がある、と僕は思った。
実際ここ何年か、街では体をいじるのが流行りになっている。
港の若い人足が三月分の給料をつぎ込んで腕を
連中は
なけなしの給料で買った作り物の腕で胸を張るのだから、おめでたいマヌケどもである。
そして、僕は生まれた家がまた大当たりだった。
新大陸一の兵器会社、アッシュクロフト社。
陸軍の銃と砲弾なら半分、
兵器で成り上がった家だが、今では自動車も鉄鋼も銀行も、辺境の開拓も怪物狩りの請負も手がけている。
僕はその家の次男だ。
家のある港町は、家の先代が誰も住まない干潟を買って一から作らせた会社の街で、通りを見回る警備会社まで、たどっていけばだいたいうちの身内に行き着く。
金も腐るほどあって、その金で街ごと動かせる家に生まれたのだと分かって、僕は本気で勝ったと思ったのである。
あれから十九年、僕は今もその勝ちを一晩も無駄にせず、毎晩きっちりと使い続けている。
◇
この春から通い始めた、繁華街のクラブの一番奥の席である。
前に通っていた店は歌い手の顔にも酒の味にも飽きたので、さっさと見限った。
この店にはまだ飽きていない。
この店は生まれつきの美人しか置かない。
港の安い店へ行けば胸や脚を美しいものに換えた女が酌をしてくれる。昔は何度か遊んだが、今はもう行かない。
換えた女なら、僕の手元に最高傑作がいるからだ。
この晩、僕はその店の奥半分を丸ごと借り切っていた。
理由は特に無い。強いて言えばそういう気分だったんだ。
卓の上には店で一番高いシャンパンが林のように並んでいる。
僕の取り巻きの会社の幹部の息子たちが五、六人。そばかすの散った調子のいい両替屋の倅。それから僕の護衛の娘。
護衛の娘は卓の端で小さな体を椅子に沈め、拳銃の入った黒い革の鞄を膝の上に抱えていた。
黙っていれば可愛い顔が退屈で今にも欠伸をしそうだ。
舞台では金色に染めた髪の歌い手が歌っている。
この店の看板で、今では僕の女だ。他の客がその女に向ける眼差しを見て、僕は優越感を感じることができる。
ただ楽団の演奏がどうにも眠たかった。
僕は札入れを開けて、港の人足の日当ほどの百ダル札を一枚つまみ、丸めて舞台の譜面台めがけて放ってやる。
「もっと速く! 速くしたら、もう一枚だ!どんどん投げるぞ!」
すると楽団の連中が目の色を変えた。
ゆったりした曲がたちまち速くなり、太鼓が跳ね、喇叭の音が裏返る。札を一枚投げるたびに、曲は一段ずつ速くなった。
「レオン、そんなに速くちゃ歌えないわよ!」
舞台の上から歌い手が悲鳴まじりに抗議してきた。
抗議しながら笑っているのが、いかにもこの女らしくて可愛い。
「じゃあ、ここで歌え」
僕は卓の上の瓶を腕で払いのけて空いた所を手で叩いた。床で一本割れたが、誰も振り向かない。
歌い手は一瞬呆れた顔をしてから、舞台を降りてきて卓に上がり、靴を脱ぎ捨てて歌い出した。
「さすがレオン!」
両替屋の倅が調子よくグラスを掲げ、取り巻きたちがどっと笑った。
いい晩だ、と思った。こういう晩のために、僕は生まれ変わったのだ!
気分がいいので取り巻きたちにも飲ませることにする。
「よし!一気だ。一番最後に飲み終わった奴は、次の一本を瓶ごとな」
「えっ、またですか、レオンさん」
幹部の息子の一人が青い顔でグラスを見下ろした。
さっきから三度目である。
顔色が悪いのは知っているが、知ったことではない。
僕が飲めと言ったら飲むのが取り巻きというものだ。
「嫌なら帰っていいぞ。明日から、お前の席は無いけどな」
それで全員が黙ってグラスを掴む。
五、六人の喉が一斉に上下するのを眺めるのは、なかなかいい見物だった。
一番遅かったのはそばかすの両替屋の倅だった。
瓶を抱えて半分ほど空けたところで、倅の顔色がだんだんおかしな色に変わっている。
面白い顔だ。
「……ちょ、ちょっと、失礼」
口を押さえてロビーへ駆け出していく背中を、みんなで指さして笑う。
しばらくしてクロークのほうから若い女の悲鳴が上がった。
「お客様、そこは、そこは帽子の――!」
駆けつけてみると、倅はクロークの台に預けてあった帽子の一つに顔を突っ込んで盛大に戻していた。
上等の山高帽である。クロークの娘が半泣きで倅の背中と帽子を代わる代わる見ている。
僕は腹を抱えて笑った。
腹がよじれるほど笑ったのは久しぶりだ。
誰の帽子かは知らないが、きっといい帽子だったのだろう。
それがまた可笑しかった!
「レオン、笑ってる場合じゃないわよ……」
裸足で卓を降りてきた歌い手が呆れ顔で僕の袖を引く。もっとも、その口元も半分笑っているが。
「いいよ、帽子代は僕が払う。三つでも四つでも戻せ」
倅は涙目で頷いて、律儀に二つ目の帽子に手を伸ばした。
倅をクロークに置いて席に戻ると、歌い手はまた卓の上に上がり、楽団は札欲しさに目の回るような速さで弾き続けていた。
気分が上がる。
ところが。
「――いい加減にしたまえ」
声は仕切りの向こうの卓から声がかかった。
口髭をきれいに整えた五十がらみの紳士で、上等の夜会服を着込み、連れの女の前でこれ見よがしに顔をしかめている。
「いつまでこの騒音を続ける気だ。女を卓に上げ、楽団を札で煽り、仲間に無理やり酒を流し込ませて、挙句にクロークで吐かせるとは何事だ。ここは場末の酒場ではないのだぞ。支配人、あの騒がしい坊やたちを黙らせたまえ」
店の中がすっと静かになる。
楽団の手が止まり、卓の上の歌い手の声も途中で切れた。せっかくのいい気分に、冷や水を浴びせられたようなものである。
支配人が揉み手をしながら、僕と紳士の卓の間を行ったり来たりして、青くなったり白くなったりしている。
ああ、むかつく。
こめかみがひくりと引きつった。
この口髭のクソ親父が! 親の金で遊ぶ若造を叱りつけて、連れの女にいい顔を見せたいだけの、薄っぺらな説教親父だ。
「おじさん」
僕は椅子にふんぞり返ったまま、なるべく愛想のいい声を出した。腹の中が煮えくり返っているときほど、声は甘く出るものだ。
「うるさかったです?」
「音の問題ではない。品の問題だ。親の金でこうも見苦しく騒ぐとは、どこの家の――」
「アッシュクロフトです」
紳士の口が途中で止まった。
口髭の下で、唇が二度三度、何か言いかけては閉じる。
さっきまでの威勢はどこへやら、である。
いい顔だった! この名前を聞いた大人は、たいていこういう顔をする。
偉そうにしていた大人が、名前一つで口ごもるこの顔を見るのが、僕は生まれ変わってからの楽しみの一つだ。
「……だとしても、だ。品位というものが――」
「支配人」
僕は紳士の言葉を最後まで聞かなかった。説教の続きなど、聞いてやる義理はどこにも無い。
「この店のシャンパン、棚に残ってるのを全部。それから、楽団は朝まで僕が買う。金はいくらでも撒くから、一番速いのを一晩じゅうだ」
「は、はいっ、ただいま!」
支配人が揉み手をしながら転がるように飛んでいった。
紳士の顔が今度は真っ赤になる。
椅子を蹴るように立ち上がり、連れの女の腕を乱暴に掴んだ。連れの女は顔を顰める。
「話にならん。帰るぞ」
逃げるのかこのクソ親父。
「帰るんですか? 残念だなあ」
煽るように言った。アッシュクロフトの名を聞いて口ごもる程度の男だ。いくら恥をかかせたところで、こっちが困ることにはなるまい。
そうだいいことを思いついた。
僕は膝の鞄を指で叩いて退屈そうにしていた娘のほうを見た。
「なあ。あのおじさん、ずいぶん喉が渇いてるみたいだ」
護衛の娘の目がぱっと輝いた。
この娘は人を痛めつけていいと言われた時、いつも本当に嬉しそうな顔をする。
「どのくらい?」
「ロビーの噴水くらい」
「はーい」
娘は鞄を椅子に置いて、とことこと紳士の前まで歩いていく。
紳士が何か言う前に、小さな手が夜会服の襟と腰のベルトを掴んだ。紳士の顔に初めて本物の怯えが浮かんだのが見えた。
次の瞬間、自分の倍は重そうな口髭の紳士が娘の頭の上に持ち上がる。
僕の金で取り替えてやった腕は、見た目よりずっと力がある。
「な、何を、下ろせ、下ろさんか!」
手足をばたつかせる紳士を担いだまま、娘は軽い足取りでロビーへ出ていく。
取り巻きたちが歓声を上げて後を追い、僕もグラスを持ってのんびりと付いていった。
こういう見物は、急ぐと損をしてしまう。
ロビーの真ん中には大理石の噴水がある。
娘はその縁に立つとためらいもせずに腕を振った。
ロビーじゅうに響くほど盛大な水音が上がる。
噴水の水の中で、紳士が尻もちをついたまま口をぱくぱくさせ、整えた口髭からは水が滴り、上等の夜会服がべったりと肌に貼りついていた。
取り巻きたちが手を叩いて笑い転げた。紳士の連れの女まで噴水の縁で口元を手で隠し、肩を震わせている。
「見ろよ、口髭が噴水の飾りみたいだ!」
両替屋の倅などは笑いすぎて柱にしがみついている。僕もつられて腹を抱えた。
僕はちょうど運ばれてきたシャンパンの瓶を一本、支配人の手から取った。
栓を抜いて噴水の縁に立つ。
「喉が渇いてるでしょう?おじさん。そんな顔をしてる。ほら遠慮しないで飲みなよ」
シャンパンの瓶を逆さにする。我ながら気前のいい話である。
一本一万ダル、工員の三か月分の給料にあたる泡が、紳士の頭の上から噴水の水の中へどぼどぼと注がれていく。
「ほら、みんなも」
取り巻きたちが歓声を上げ、我先にと瓶の栓を抜いては噴水の中の紳士めがけて次々に逆さにしていった。
噴水の水が見る見る金色に泡立ち、甘ったるい匂いがロビーいっぱいに広がっていく。
こんなに愉快な噴水は前の世界でも見たことがない。
「こ、こんな真似をして、ただで済むと思うな! 警察を呼ぶぞ!」
泡まみれの紳士が噴水の中から怒鳴った。声だけは威勢がいいのが、かえって哀れだ。
「どうぞどうぞ。電話ならクロークの横にありますよ」
僕はにっこり笑ってクロークのほうを指さしてやった。
この街で警官を呼んで困るのが誰なのか、口髭のおじさんはまだ分かっていないらしい。
紳士の顔から怒りがゆっくり抜け落ちていくのが、噴水の縁からでもよく見えた。
代わりにそこに浮かんだのは、たぶん生まれて初めて味わう種類の惨めさだろう。
それを見ながら飲むシャンパンは格別にうまい!!
前の世界でこんな真似をしたら、どうなっていたか。
翌朝には、誰かが手のひらの板で撮った動画が出回って、名前も顔も親の勤め先も晒されて、見ず知らずの何万人に寄ってたかって石を投げられていただろう。
この世界にはそんな物は無い。
新聞はうちの会社の広告で食っているし、金持ちの道楽を誰かが咎めたところで、それで何かが起きる訳でもない。
人の命の扱いからして、前の世界よりずっと雑なのだ。
前の世界で誰もが口を揃えて唱えていた正しさ。
他人の目を気にして、言いたいことも飲み込んで、行儀よく我慢するのが偉いという、あの息の詰まるお行儀。
そんなものはここではかけらも役に立たない!
欲しければ買えばいい。気に入らなければ黙らせればいい。
それを咎める正しさなど、この世界のどこにも転がっていないのだから。
最高の世界じゃないか。
舞台のほうから楽団がまた狂ったように弾き出す音が聞こえてきた。
歌い手の声がそれに続く。
取り巻きたちが噴水の周りで手を叩き、護衛の娘が縁に腰かけて、紳士が這い上がろうとするたびに、つま先でちょんと水の中へ押し戻している。
まったく、いい晩だ!
噴水の中の紳士がどこの誰なのかは知らないし、知りたいとも思わない。
それを言うなら、今夜の最後に自分がどこで眠ることになるのかも、今はどうでもいい。
ただ一つ確かなのは、せっかく大当たりを引いた二度目の人生はこうでなくちゃいけないということだ。