バイオパンク・ヴィラン ~金と家の名前で好き勝手する、兵器王のドラ息子~ 作:泥酔ネコ
中央通りから一本裏へ折れる角で、トビーの運転する赤い車が大きく揺れた。
腹の底がぐるりと寝返りを打ち、酸っぱい物が喉の奥までせり上がってくる。
歌い手のルシールと踊り子のベティに、中央通りの洋品店で絹のストッキングを買ってやる約束だった。助手席では用心棒のジーナが鞄を膝に抱えている。
洋品店の前には停める所が無いので、車は裏手の僕の駐車場に入れることにした。
ゆうべの酒がまだ腹の底に居座っているのだ。
ホテルで水を何杯飲もうが、熱い湯に浸かろうが、出ていく気は無いらしい。
昼の陽射しがやけに白くて目の奥に刺さる。
帽子のつばを下ろしても、通りの車の警笛が一つ鳴るたびに、こめかみの内側で跳ね返る。
後ろの座席で両脇から女の香水に挟まれているのも、今日ばかりはありがたくない。
ルシールの毛皮の毛先が鼻をくすぐるたびに、くしゃみと一緒に別の物まで出てきそうになる。
トビーがまた角を曲がる。
わざと揺らしているんじゃないかと、僕は本気で疑った!
「トビー! 次に曲がったら、お前の後頭部に吐くぞ」
「曲がらないと駐車場に着かないよ。……あ、もう一回曲がる」
トビーはハンドルを切りながら、申し訳なさそうな声で正直に白状した。白状するくらいなら、せめて揺らさずに曲がってほしい。
「あたしの毛皮には吐かないでよ、レオン。吐くならベティのほうを向いて」
「なんであたしなのよ。あたしの帽子だって昨日おろしたばかりなんだから」
両脇で女二人がまた取り合いを始めた。今度は僕の吐く向きの取り合いだ。
駐車場は中央通りから一本南に入った、銀行の裏手の土地である。
もとは古い倉庫が建っていた所で、倉庫を壊して石を敷いて白い線を引いただけの場所だが、中央通りの百貨店と銀行に車で来る客にはほかに停める所が無い。
一時間二ダル、一日停めれば十ダル。
細かいことは番頭に任せてあるので、僕がここに来るのは自分の車を停めるときだけだ。
一本裏へ入ると、通りの顔が変わる。
表の百貨店の飾り窓の代わりに、工員相手の安食堂と質屋と、煤けた煉瓦の壁が続く。
駐車場の向かいの路地の入口に、ペンキで描いた腕の絵がある。
肘から先が赤く塗ってあって、横に白い字で「ウェア 取付・手直し 即日 分割可」。
街の連中が「肉屋」と呼ぶ、免許の無い施術所の看板だ。
「あそこの肉屋、まだやってるんだ。先月、港の子が脚を換えに入って、三日で腐って死んだのに」
助手席のジーナが看板を見上げて、なぜか少し楽しそうに言う。
「やだ、腐るの? 脚が?」
「腐るよ。最初は繋ぎ目が紫になって、次の日には黒くなって、三日目には臭いで分かるの。熟れすぎた桃みたいな――」
「やめろ! 今それを聞かせるな」
ベティが身を乗り出して訊くものだから、ジーナは僕の顔色をちらりと見てから、嬉々として先を話してみせた。
僕の顔が青くなるほど、話す声のほうは弾んでいく。
叔父の警備会社がひと月に一度は塗りつぶすのに、翌週には同じ壁に新しい腕が生えている。
路地の奥で瓶の割れる音がして、誰かが怒鳴った。
昼の日中でも、ああいう路地の奥まで入っていく者はいない。
知るか。こっちは口の中の酸っぱい唾を飲み込むので忙しいのだ。
その駐車場の入口が塞がっていた。
中央通りで見たのと同じ黒い安物の車が一台、入口の真ん中に斜めに突っ込んだまま止まっている。
その脇で腕貫をはめた痩せた番頭と入口の小屋の係の男が、運転席の誰かに向かって何か言い合っていた。
後ろに客の車が二台、立ち往生している。
「……何だ、あれ」
トビーが車を止めた。止めた途端、限界が来た。
「トビー、扉」
「え?」
僕は自分で扉を押し開けて、駐車場の脇の溝に転がり出た。
石の溝に膝をついてゆうべの琥珀色の酒を残らず返した。二度、三度。
涙が滲んで鼻の奥がつんと痛む。
胃が空っぽになっても、まだ体が勝手に何かを押し出そうとする。
最悪だ。
「うわ、出た」
「ちゃんと止めたからね。僕の運転のせいじゃないからね」
「レオン、生きてる? ねえ、あたしの毛皮に付いてないわよね?」
後ろからベティの面白がる声と、トビーの言い訳と、ルシールの毛皮の心配が三つ重なって降ってくる。
誰一人、僕の背中をさすりに来ない。
薄情な連中だ。
背中をさすってくれたのは、いつの間にか助手席から降りてきたジーナだった。
それから黙ってハンカチを一枚差し出してきた。
「……悪い」
「自分の駐車場の溝に吐く人、初めて見た」
「それ、慰めてるのか」
「別に。面白いから見てただけ」
ジーナは本当に面白そうに笑って、最後に一度だけ背中を強めに叩いた。
口を拭ったハンカチを突き返すと、ジーナは広げもせずにポケットの奥へ押し込んだ。
捨てろと言ったら「やだ、あたしのだもん」と返ってきた。
もう二度と、酒なんか飲まない。今日四度目の誓いを僕は溝に向かって立てた。
立ち上がると、番頭が僕に気づいて真っ青になっている。
五十がらみの、鼻の先に眼鏡を引っかけた男で、銀行を勤め上げて三年前からここを任せているが、こんな顔を見るのは初めてだ。
「わ、レオン様! これはその、お見苦しいところを……」
「見苦しいのは僕のほうだよ。……ところであれは何? 入口を塞がれたら、僕の車が入れないだろ!」
腹が立った。どこのマヌケだ、人の駐車場の入口で寝てやがるのは!
こっちは吐いたばかりで、早く洋品店の椅子に座りたいのだ。
誰が何で揉めていようと知ったことではないが、それが僕の通り道を塞いでいるとなれば話は別だ。
「
「煩わせてるだろ、今」
番頭は眼鏡の奥で目を白黒させて、黙り込んだ。
こういう細かい話を僕の前に持ってこないために、この男に給料を払っているというのに、入口を塞がれたまま客の車まで立ち往生させているのだから、世話は無い。
僕は黒い車の運転席を覗き込んだ。
男が一人、ハンドルを握りしめている。三十五か、六か。
工員の作業着の上に季節外れの古い外套を羽織っている。
外套の左の袖口から覗く手は、色が違った。
灰色がかった、毛の無い獣の皮のような色だ。
ハンドルにしがみつく腕に袖がずり上がって、前腕の半ばの繋ぎ目まで見えている。人の肌と作り物の皮の境が太く盛り上がっていた。
見ているだけで胃がまたむかつく。
その左手が震えている。
ハンドルを握ったまま、小刻みに震え続けている。
額には四月の昼だというのに汗が浮き、目の白い所が細い血の筋で赤く濁っていた。
開いた窓から、鼻を突く臭いがした。
汗と、それから生の肉を置きっぱなしにしたような甘ったるい臭いだ。
「……アッシュクロフトの、レオン様、ですか」
男は僕を見上げて、すがるようなかすれた声を出した。
「造兵廠の、旋盤におりました。この腕は三年前に機械に持っていかれまして。財団の病院じゃ、木の腕しかくれませんので、隣の州まで行って、借金をして、換えました。換えた者は、もう上には上がれません。それでも、旋盤の前には戻れたんです。戻れたんですが……先月、職場で喧嘩をしちまいまして」
「職長を殴ったのだそうです。換えた腕で」
番頭が僕の後ろから、汚い物の話でもするように小声で付け足した。
「職長は顎の骨が折れまして、この男はその日のうちに首に。社宅も追い出されまして、今はこの車で寝起きしているそうで」
父の造兵廠で腕を失い、父の財団の病院で木の腕しか貰えず、父の次男の
よく出来た話だ、と思った。思っただけで気の毒だとは少しも思わなかった。
レオン、と後ろでトビーが僕の袖を引いた。いつもの軽い声ではなかった。
「その人、サップ切れだよ。うちの窓口にもときどき来るんだ。社内券を全部サップの代に替えていく人。手が震えだしたら、あと何日か、って親父が言ってた」
港の裏の言葉が、両替屋の倅の口からすらすら出てくるのが妙に可笑しい。
「あと何日かって、何がだよ」
「……
トビーは言ってから、自分の言葉にぞっとしたような顔をした。
車の座席でルシールが毛皮の襟をかき合わせる。ベティだけが面白そうに身を乗り出している。
トビーの親父の窓口には、ああいう手の震えた客が月に一人は来るのだろう。
換えた腕の男が怒りっぽくなって職長を殴り、首になる。
首になれば社内券が入らず、社内券が入らなければ薬が買えない。
薬が切れればますます怒りっぽくなって、その先が、ゆうべ屋敷でミス・ケンドリックが口にした
丘の上の屋敷にいれば
それが今、僕の駐車場の入口でハンドルを握って震えている。
冗談じゃない。
「来月には、きっと、どこかで仕事を見つけます。港でも、どこでも。それまで払いを待っていただけませんか。この車が無くなったら、寝る所ももう……」
「来月の話は来月すればいい」
僕は車の屋根に手をついて、男を見下ろした。
腹の中でゆうべから溜まっていた面白くない気分が、すうっと晴れていくのが分かる。
ケスラーの娘には会うたびに言い負かされ、兄には頭を下げるしかない。
だが、この男は違う。この男の寝床は僕の一言でどうにでもなる。
悪くない。
「払えないなら、鍵を置いて降りろ! 車はうちの物だ。払い終わるまでは、ずっとうちの物なんだよ。契約のときに番頭がそう言った筈だ」
男の顔がくしゃりと歪んだ。
泣くのかと思った。だが、違った。
男は歯を食いしばっている。食いしばった歯の隙間から、ぐるる、と低い音が漏れた。
人の喉から出る音ではない。
震えていた左手がぴたりと止まり、拳を作り、それから運転席の扉の内側に叩きつけられた。
鉄の扉が外へ向かって大きく膨らんだ!
拳の形に扉の外板が盛り上がっている。
屋根に手をついていた僕はその衝撃をまともに掌に受けて、後ろへ飛びのいた。
飛びのいた拍子にさっき吐いた溝に片足を突っ込んで、尻から石畳に落ちる。
心臓が喉の奥まで跳ね上がってくる。
男が膨らんだ扉を内側から押し開けようとする。
その左手首を横から白い手が掴んだ。
「あは」
ジーナだ。
銃の入った鞄は僕の車の助手席に置いたままやってきたらしく、素手で男の手首を掴んでいる。
男の灰色の手と、ジーナの白い手。
借金で買った手と、僕が金を積んだ手だ。握られて軋んだのは男の手のほうだった。
「ねえ、今の、もう一回やって。唸るやつ」
ジーナは心の底から嬉しそうに笑いながら、男の手首を少しずつ外側へ捻っていく。
男がまた唸った。今度は唸り声というより、悲鳴に近い。
男の体が運転席の窓から半分引きずり出されていく。
「ジーナ、それ以上は――」
トビーが真っ青な顔をしている。
「その人、本当に危ないよ。薬が切れかけてるときに痛くすると、かえって……」
「知ってる。だから面白いんじゃん」
ジーナは男の手首を車の扉に押しつけたまま、もう片方の手で男の右手の中の鍵を探り当てた。
それから、男の指を一本ずつ鍵から剥がしていく。
一本剥がすたびに男の口から短い声が漏れ、ジーナの口の端が持ち上がる。
最後の一本を剥がし終えると、ジーナは鍵をつまみ上げて、尻もちをついたままの僕のほうへ放ってきた。
僕は受け取り損ねた。鍵は僕の膝で一度跳ねて溝に落ちる。
情けない話だが、膝が笑っている。
ジーナがいるのだから危ないことなど何も無かった筈だが、それでも、鉄の扉が内側から膨らむ音は思ったよりずっと大きかった。
あれが扉ではなく、僕の頭だったらどうなっていたのか。考えたくもない。
溝に突っ込んだ靴が、ぐちゃりと鳴った。
車の中でベティが口を押さえて肩を揺らしている。
「見るな! 扉を見ろ、扉を!」
怒鳴ってから、怒鳴る相手が違うことに気がついた。
「……もういい、ジーナ。放してやれ」
「えー」
「放せ! 番頭、こいつに百ダル渡せ。僕の金から」
番頭が眼鏡の奥で目を丸くした。ジーナがつまらなそうに男の手首から手を離す。
車の中にずり落ちた男が汗だくの顔を上げて、信じられないものを見るように僕を見た。
別に情けをかけた訳ではない。
この男が薬の切れた体で街をうろついて
兄の「家の恥だ」をまた朝の食堂で聞かされるなんて、考えただけで二日酔いとは別の胸焼けがしてくる。
番頭に金を握らせて、僕の目の届かない遠くの町へでも行かせてしまうのが、一番手っ取り早くて楽だ。
「サップは週に五十ダルだよ。百ダルなら、二週間ぶんだね」
トビーが誰に言うともなく、小さな声で数字を出した。薬の値段まですらすら口から出てくる。
両替屋の店で毎日のように数えている値段なのだろう。
「酒に使うか薬に使うかは、こいつの勝手だ。……ほら、受け取ったら降りて、消えろ! 二度と、僕の駐車場の前に立つな」
男は番頭の差し出した紙幣を、震える右手で受け取った。それから何か言いかけて、やめた。
礼を言うつもりだったのか、恨み言を言うつもりだったのか、僕には分からない。
分かろうとも思わなかった。
男は灰色の左手を外套の袖に隠すようにして車を降りると、立ち往生していた客の車の脇をすり抜けて、中央通りとは反対の港のほうへ歩いていく。
港の裏の安い宿と安い薬の店が固まっている方角だ。
ジーナが助手席から鞄を取り上げて、退屈そうに男の背中を見送る。
「あいつ、二週間もたないよ。目がもう半分あっちに行ってた」
「あっちって、どっちだよ」
「獣のほう」
ジーナはそれだけ言って、洋品店のほうへさっさと歩き出した。
ベティが車の座席から身を乗り出して、「ねえ、今の見た? 扉が膨らんだわよ、扉が!」と叫んでいる。
ルシールは毛皮の襟に顔を埋めたまま、こちらを見ようともしない。
番頭が膨らんだ扉を見下ろして、深い溜め息をついた。
「……この車は修繕に出して、また売りに出します。レオン様、お手数をおかけいたしました」
「売るなら、同じ値で工員に売れ。頭金も取り直しだ」
番頭は眼鏡を指で押し上げて、一呼吸だけ僕の顔を見た。
「……さようで。新しいほうの値で、でございますね」
「扉を直せば新しいのと変わらないだろ。あいつがこれまで払った分は、うちの物だ!」
トビーが運転席の脇で小さく口笛を吹きかけてやめた。
「同じ車で、二度儲かるんだ……」
感心しているのか呆れているのか、どっちつかずの声だ。両替屋の倅でもこういう回し方は思いつかなかったらしい。
「それと、次から、こういうのを僕の前に出すな。何のためにお前に任せてると思ってるんだ!」
「は、はい。申し訳ございません」
番頭は何度も頭を下げた。下げるたびに眼鏡が鼻の先までずり落ちる。
それから下げた頭を戻すついでのように、声を落として身を乗り出した。
「お詫びと申しては何ですが、一つお耳に。……中央通りはこのとおり、毎日満杯でございまして。港の北のほうに、古い倉庫の出物がございます。港の荷主のトラックと、引き取った車の置き場にちょうどよろしいかと。安うございますし、今の借り手には出ていってもらって、石を敷けばすぐに」
片方の靴がぐっしょりと冷たい。さっき溝に突っ込んだほうの足だ。
倉庫の借り手がどこの誰かなど、今の僕にはこの靴の中の水ほども気にならない。
「買え。細かいことは任せる」
「かしこまりました」
番頭はほっとした顔で、今日いちばん深く頭を下げた。
番頭が何を買おうと、月末の封筒が厚くなるなら僕に文句は無い。
僕は溝の中から鍵を拾い上げて、番頭の手に押しつけた。
鍵は男の汗と溝の水とでまだ生温かく湿っていた。
◇
それから約束どおり、ルシールとベティに絹のストッキングを買ってやった。
中央通りの洋品店の売り場で、二人は硝子の陳列台に並んだ絹の色見本を前にまたしても取り合いを始める。
「その肌色はあたしが先に目を付けたの!」
「目を付けただけでしょ。手に取ったのはあたしよ」
「ベティ、あんた、脚が細すぎて肌色なんか似合わないじゃない」
「ルシールこそ、その色じゃ太腿が太く見えるわよ」
店員の娘が引きつった笑顔のまま、助けを求めるようにこちらを見る。
僕はまだ少し残っている頭痛を指で押さえながら、陳列台を手で払うように示した。
「二人ともその色、四足ずつだ! これで文句無いだろ」
二人はぴたりと口をつぐみ、それから同時に勝ち誇ったような顔で互いを見る。
どちらも勝ったつもりでいるらしい。店員の娘がほっとしたように肩を下ろした。
ジーナには新しい白い襟のブラウスを一枚。
「血が付くと目立つ」
「ジーナお前ホント……顔は可愛いのに」
僕は額を押さえて、心の底から呆れた。
白いブラウスを買ってもらって、最初に気にするのが血の染みなのだ。
「なに。可愛いのは知ってるけど」
ジーナは真顔でそう言うと、ブラウスの包みを胸に抱えたまま店を出るまで一度も離さなかった。
トビーは店の外の歩道で、通りがかりの靴磨きの少年と株の話を始めていて、僕が呼ぶまで戻ってこなかった。
ホテルに戻って、仕立て屋が届けてきた新しい
昨日の午後に誂えて、一晩で縫わせた灰色の細い縞の一着だ。
鏡の中の顔は二日酔いが抜けて、頬に血の色が戻っている。
母似の顔だと、屋敷の古い使用人たちは言う。
今夜もいい男だ。
この顔でモナークの奥の席に座る。来ない晩も空けておくよう言いつけてある、僕の席に。
その席を今夜使わせろと、ケスラーの娘が支配人に言ってきている。
あの娘が何と言おうと、僕の席は僕の席だ。
夜十時を少し過ぎて、トビーの運転でモナークの前に車を着けた。
昼間あれほど暴れていた胃は、夕方にホテルで流し込んだ牡蠣のスープのおかげか、すっかり大人しくなっている。
頭の中の鐘ももう鳴っていない。
車を降りると、店の扉の向こうから楽団の音と、シャンパンの栓の抜ける乾いた音が聞こえてきて、喉が勝手にごくりと鳴った。
もう二度と飲まない、と誓ったのはたしか今日の昼のことだったと思うが、細かいことはもう覚えていない。
店の入り口の脇に見慣れない大きな車が停まっていた。艶のある濃い緑色の車体に、銀の飾り。
扉に小さく描かれた印は、ケスラー・インダストリーズの社章である。
その車の横に男が二人、立っていた。
どちらも店の扉の庇に頭が届きそうな大男だった。
黒い外套の袖から覗く手首の上に、太い縄を巻きつけたような繋ぎ目がぐるりと一周していた。