BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~ 作:冬冬✻
第10話 UNTIL YOU RETURN
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俺の言葉は叶わない
逆様の世界に
ただ消えていく
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時計の針は時を刻み続けていく。それは必ずしも希望へのカウントダウンとは限らない。
浦原喜助が十二番隊隊長となってから、およそ10年の月日が流れた。
護廷十三隊の顔ぶれも新しい顔が増え、それは柊たちにとっても時間の流れを感じさせるものであった。十年前は入隊したばかりだった隊士が今では新人に隊務を教えている。それを見る度に、少しずつ世界は変わり続けているのだと感じさせられる。
ただ、そんな中でも変わらないものがあった。平子は毎日冗談を言うし、柊はそれに呆れる。そんな関係は今でも変わらない。そしてこれからも変わらないそう考えていた。
「平子隊長、今度はこの書類の印をお願いします」
「さっき押したやんけ」
「さっきのとは、別の書類です」
「俺からしたら似たようなもんやねん」
「似てても別は別ですよ」
一歩も引き下がらない柊に平子は露骨に顔をしかめた。しかし、結局折れて印を手に取る。いつもと何も変わらない風景だ。
そうして一つ片付いたところで、柊が次の書類を渡そうとする、その時、執務室の戸が開いた。
「柊君。昨日、頼まれた件についてだが、本人へ連絡しておいたよ」
中へ入ってきたのは藍染であった。
「ありがとうございます。本人何か言ってました?」
「ああ。どうやら、記載漏れだったそうだ。訂正するように伝えておいたから、後ほど本人から再提出があるはずだよ」
昨日、巡察中に経路を変えた班の報告を受け取った。それには、変更後の道筋は書かれているが、その理由が抜け落ちていた。そのため、藍染へ確認を頼んでいたのである。
「それで、経路変更理由の方は、何て言ってました?」
藍染はその言葉が予想外だったのか、少し目を丸くした。
「それについても記載するように伝えておいたよ。申し訳ないが、後で報告書の内容から確認してもらえるかな?」
「いえ、すみません。藍染副隊長のことだから、一緒に聞いてるかもと思って、早とちりしました」
いつも、藍染ならこういう時に理由まで聞いている。その癖でつい今回も聞いてしまった。しかし、彼にも忙しいなどの理由があるのだろう。そこを考慮できてなかった自分のミスだ。ただ、調子でも悪いのかと、少し気になるのも確かではあるが。
「藍染副隊長」
「何かな?」
「気のせいだったら、申し訳ないんですが……最近少し疲れてます?」
藍染が、僅かに首を傾げた。
「そう思うかい?」
「まあ少しだけ……前はこういう場合に、経路変更理由の方も聞いていた様な気がしたので」
「……なるほど。確かに最近は君が気づいてくれるものだから、それに甘えていたかもしれないね。次からは私の方でも確認しておくよ」
そう言うと、藍染はいつも通りに微笑み、手元の書類を抱え直した。
「今回みたいに、気になることがあれば、また教えてくれるかな?」
「はい。それはまあ大丈夫ですけど……」
「ありがとう。助かるよ」
藍染はそれだけ言って、部屋を去っていった。戸が閉まる音を聞きながら、柊は報告書を机の端へ揃える。そして、机で嫌そうな顔をしながら書類に印を押す平子に話しかけた。
「平子隊長。少しいいですか?」
平子が、印を置いてこちらを見る。
「なんや? どないした、周介」
「最近、少し気になってることがあるんですよね……」
「気になってること? お前が何か気にしてるなんていつものことやんけ」
「聞く気がないならいいです」
「冗談や冗談! 気になってるなら話してみィや」
「なんか、ここ一ヶ月くらい、藍染副隊長の様子が変な気がするんですよね」
「惣右介の様子が変? どういうことや」
「何かいつもと判断の仕方が違うというか。前なら三歩先を見ていたのが、今は目の前のことだけ見てるような気がして」
「なんや、ようするに惣右介がバカになったいう話しか?」
「人聞き悪いこと言わないでくださいよ……。
別に馬鹿になったなんて言ってませんよ。
ただ、前ほど余裕がない気がするので、体調でも悪いのかなって」
実際、藍染の仕事量は多い。それをいつも先のことまで見据えながら捌いていたのは、本人も無理をしていた可能性は大いにあった。
「……いつからや言うた?」
その質問を投げかけた平子の表情から、いつもの軽さが消えているのを感じた。彼も藍染のことが心配なのだろうか。
「大体、一ヶ月前くらいですかね。あんまり正確には覚えてないですけど」
「そうか」
平子は手元の書類へ視線を戻した。いつもであれば、ここで軽口の一つや二つ言ってそうなところだが、それ以上何も続かなかった。柊もそれ以上は話さず、平子へ渡す次の書類を探す。
そして、書類を探していると、一件だけ毛色の違う妙なものを見つけた。それは、流魂街で起きている、魂魄の失踪に関する報告だった。内容は、住人が衣服だけを残して消えたというもの。そして、奇妙なことに、似た事例が、多くの地域で上がってきているらしい。
柊はおかしな現象だと思いつつも、理由を説明できる何かもすぐには思い当たらないため、書類を戻した。そして、平子に渡す書類をまた探し始めた。
***
その日の午後のことであった。
「朝倉が戻ってけえへん?」
平子が報告を受けて眉を寄せていた。
「はい。昨日の夜の巡回から戻ってきておらず、自室にも帰っていないようでした。今朝、それに気づき数名を捜索に向かわせましたが、まだ誰も発見できていないとのことで……」
柊は筆を置いた。数時間の遅れであれば、正直なところよくあるものだ。しかし、昨夜から隊舎にも自室にも帰っておらず、捜索隊も見つけられないとなると、ただ事ではない。
「周介。現場、見てきてくれるか」
「分かりました。ただ、原因不明の失踪事件となると、俺一人では手に余るかもしれません。念の為、藍染副隊長にも同行をお願いしてきます」
「……惣右介にか」
「はい。何が起きてるか分からない以上、二人がかりで慎重に動くべきだと思うので」
仮に一人で行って、自分まで帰れなくなれば、本末転倒である。それこそ、芋づる式に行方不明が連続しかねない。
平子は柊を見ながら、少し考え込んでいる。何か気がかりなことでもあるのだろうか。それから、机の上に置かれた魂魄失踪の書類へと一度目を落とした。
「ほな俺も行く」
柊の方へ向き直った平子の口からは、意外な言葉が飛び出してきた。
「平子隊長もですか?」
「うちの隊士が行方不明なんや。俺が行くんは、別におかしないやろ」
「それは、そうですけど……」
いくら行方不明者が出たとはいえ、まだ事件と確定したわけでもない。そして、副隊長と第三席が現場へ向かう。ここに更に隊長が加わるのは、些か過剰な人員配置に思えた。
しかし、平子が部下を本気で心配する男だということはわかっている。
柊は結局頷き、三人で現場へと向かうことになった。
***
流魂街のハズレの雑木林の中。そこで朝倉が発見された。
しかし、見つかったのは彼自身ではなく、死覇装や携帯していた荷物など、彼以外の全てだった。
道の脇には、一組の死覇装が落ちていた。真黒い布の海に綺麗に結ばれたままの白い帯だけが浮いている。脱いだ様な跡もなければ、何か戦闘をした跡も存在しない。朝倉本人は居ないのに、そこにあるもの全てが、彼がここにいたことを証明しているようだった。
「……ここって朝倉の昨夜の巡回経路だよね?」
「はい。偶然この付近を通りがかった隊士が、朝倉の姿を見たようですが、その目撃地点もここからすぐ近くです」
現地で先行捜索していた隊士の答えを聞き、柊は膝を折った。目の前の死覇装はどうにも朝倉自身が脱ぎ捨てた物には見えない。流魂街の魂魄失踪と同じ空白を感じる。
「この付近一帯において、血痕も争った跡も、見つかっていないそうだ」
現場の隊士から話を聞き終えた藍染が、情報を伝えに戻ってきた。
「誰かに襲われたにしては、あまりに綺麗すぎますよね……」
「そうだね。ただ、その事実だけでは無事とは言えない。やはり、捜索の方は引き続き行う必要があるだろう」
その言葉を聞いて、少し思うことがあった。朝倉が仮にどこかへ逃げているのなら、それでいい。何かの事情で、自力で戻れなくなっているのなら、早く見つけなければならない。だが、目の前のそれは、まるで本人がこの場で消え去ったかのように思わせてくる。
この雑木林を進んでいけば、この謎の手がかりはあるのだろうか。そう思いながら柊が林の奥を見つめていると。
「周介」
少し離れて立っていた平子に呼びかけられた。
「勝手に先行くなよ」
「……はい」
確かに、これが何らかの事件であった場合、一人で進んでいくのはあまりに危険な行為だ。自らの認識を改めていると、平子が周囲の林へ目を凝らしているのが見えた。目を細くして、真剣な表情で辺りを見渡している。柊も同じように辺りを見たが、風に揺れる枝の向こうには、無造作に広がる林しか見えなかった。
隣では藍染が、何やら捜索隊の隊士から話を伺っているようだ。こういう時に、彼がいるのは心強く思う。
二人の様子を見ながら、柊はふと思う。
三人で来てよかったと。
***
翌日、十二番隊。
「……服だけ、ねぇ……」
浦原は、机に広げた資料へ目を落としていた。先日の朝倉信行失踪についての資料である。住人の消失に続き、死神も失踪した。関連が証明されたわけではないが、少なくとも事件現場の状況は異常なまでに酷似していた。今朝から九番隊が調査に出ているが、原因が分かったという報告は、未だに入って来ていない。
「何でさっきから同じとこばっか見てんねん」
ひよ里の声に顔を上げる。
「いやァ、少し気になることがありましてねェ。ひよりサン、拳西サンたちのところへ行って来てもらえませんか?」
「ウチが?」
「ええ。現地の様子を確認してきてほしいんス」
「なんでやねん! もっと下っ端のヤツにやらせればええやんけ!」
「スイマセン。ただ、こういうことをしっかりと任せられるのは、ひよ里さんくらいなんスよ」
思わぬ言葉にひよ里の目が丸くなる。
「魂魄消失の現場のサンプルは、解決のために重要っス。頼りにしてるんスよ、ひよ里さん」
何の恥ずかしげもなく『頼りにしてる』と言ってきた浦原。やがて顔を赤くしながらも
扉の前に向かい、振り返る。
「帰ってきたらおはぎ奢らせたるからな!!」
そう言い残し、扉を閉める。
浦原はその様子を見ながら、優しく微笑んでいた。
「ありがとうございまス。ひよ里さん」
***
日も暮れ、瀞霊廷に夜が落ちた頃。五番隊へ伝令が駆け込んできた。
魂魄消失の調査に出ていた九番隊との連絡が途絶えたのだ。
「……まさか、拳西らまでか……!」
平子が勢いよく立ち上がった。それを見て、柊もすぐに席を立つ。
「平子隊長。これ、やっぱり昨日の件と……」
「まだそうと決まったわけちゃう。せやから、俺が見てくるわ」
「今からですか? 一番隊からの指示も、まだ――」
「待っとる間に、何かあってからやと遅いやろ」
いつにも増して、真剣な眼差し。思わず、柊は何も言い返せなかった。
平子はもう戸口へ向かっている。慌ててその背中を追いかけた。
「周介。お前は残れ」
「……一人で行かれるんですか?」
「せや」
「六車隊長とも連絡が取れないんですよね。だったら、あまりにも危険なんじゃ……」
「先に行って様子見てくるだけや。お前は、ここで待っとけ」
そう口にして、平子は廊下の奥へ目をやった。そして、人影がないことを確かめ、声を落とす。
「……惣右介に気ィつけェ」
柊の眉が寄った。
「藍染副隊長に?」
「今は惣右介と五番隊で待っとけ。絶対ついてくんなよ」
「待ってください。それ、どういう――」
「惣右介がついてこんよう、見張っといてや」
そう言った平子の表情は先程までの険しいものが少しだけなくなっていた。いつものような軽口をついてるようにも見える。しかし、この状態で藍染すら連れて行かないのが、どうにも違和感を持たせた。
「平子隊長。何か、知ってるんですか?」
「……帰ったら質問には答えたる」
しばらく平子を見ていた。
こうなれば、意地でも聞かないだろうな。
そう思い、やがてゆっくりと頷く。
「……分かりました。帰ってくるまで、待ってます」
「頼んだで」
平子はいつもの軽い笑みだけ残して、前へ向き直った。そして、隊舎を後にする。
***
林の中へ入るにつれ、血の臭いが濃くなった。まだ乾き切らない血生臭さが辺りに漂っている。
何があったんや……。
その時、微かに地を叩く衝撃音が耳に入った。平子はその場で足を止め、木々の間へと目を凝らす。折れた枝。抉れた地面。その先に、小柄な人影があった。
「……ひよ里?」
金髪の少女が、こちらを振り返った。その顔を見た瞬間、考えるよりも先に脚が地を蹴っていた。
少女の背後では、白い仮面を被った巨大な何かが拳を振り下ろしている。
平子は刀を抜き、振り下ろされた拳を受けた。腕へ衝撃が走る。足は土を削りながらも、ひよ里の前でどうにか踏みとどまった。
「刀も抜かずにアホか! 死ぬとこやったぞ」
ひよ里は何か言いたげにしたが、いつもの調子では言葉を返さなかった。正確には、返さなかった。
「……抜けるわけ、ないやろ……」
その返答に違和感を覚え、もう一度目の前の存在へ向き直った。
丁度、月夜の光が射し込み、目の前の巨体を照らした。平子はその光景に息を飲む。目の前にいるのは虚。それは間違いない。ただ、その体には見慣れた文字が刻まれていた。69、そう六車拳西に刻まれたものと同じ文字が。
「ッ……拳西!?」
仮面の奥から、濁った唸り声が漏れた。目の前の存在は紛れもなく拳西である。彼と過ごしてきた長い時間がそれを平子真子に突きつけてくる。それなのに、こちらへ向けられる霊圧は、普段の彼のものだけではなかった。
「真子……あれ、何やねん……」
「こっちが聞きたいわ……!」
平子自身、何が起きているのか理解が出来なかった。なぜ虚の仮面を付けているのかも。白や他の隊士はどうなったのかも。そして、これが朝倉の失踪事件とどのような繋がりがあるのかも。
突如頭上に大きな霊圧を感じた。平子はひよ里の腕を掴んで一気に横へ跳ぶ。土を踏みしめながら着地し、先程まで自分たちが立っていた場所を見た。そこは地面が大きくえぐられており、その上には緑髪の少女が虚の仮面を付け立っていた。
間違いない、あれは白だ。拳西に続き彼女も、虚の霊圧が混じり、大きく揺らいでいる。
「最悪や……白まで拳西と同じになっとんのか」
「真子、どうやって止めるつもりやねん」
「それを、今考えとる。それより、何でお前がここにおるんや、ひよ里!」
「喜助に言われて、調べに来たんや! そしたら――」
言葉の途中で、拳西が踏み込んできた。平子はひよ里を右手にしっかりと抱えながら、左手だけで、再び刀を持ち上げる。直後、拳を受け止めた腕が軋む。
何や、この腕力!?
片腕じゃ、止めきれん……ッ!
直後、横から別の刃が割り込んだ。
「真子、下がれ!」
ラブだった。その後ろへ、ローズとリサが降り立つ。さらに大柄な影が木々の間を抜け、有昭田鉢玄が両手を構えた。
「総隊長の命令で来たがよ……どうなってんだ、この状況」
「俺にも分からん! 拳西と白を止めるんが先や!」
「あれが、本当にあの二人なのかい……?」
ローズの表情には強い困惑の色が浮かんでいた。
当然だ。死神が虚の仮面を付けて暴れているなど、前代未聞の事件なのだから。
「ラブ! リサ! ローズ! やるしかあらへん!」
その声に三人は無言で頷き、刃を構えた。
***
増援で仲間が増えたとて、相手が仲間であることは変わらない。繰り返し襲いかかる二人を三人がかりで押し留め、鉢玄の縛道がその身体を拘束するまでに、林の木々は幾本も倒れていた。
ようやく、一息つける。そう思ったところで、手に抱えたひよ里が咳き込みだした。少し心配になり、手元へ視線を落とす。
「……ひよ里?」
「離、せ……」
ひよ里は絞り出すような声で口にした。そして、もう一度。
「離せ言うとるやろ!」
今度は感情的にひよ里が吠える。次の瞬間、その口からは白い何かが漏れ出していた。そして平子の肩から胸元にかけて、斬撃が走る。
「なッ―――」
平子が声にならない声を漏らしながら、その場に倒れ込んだ、その時であった。視界の全てが闇に呑み込まれた。
何も見えない。何も聞こえない。理解が追いつかない。何が起きた?
膝が折れ、刀を握る指からは力が抜けていくのがわかる。
そして、闇が晴れた時、立っている仲間はいない。
代わりに先程までそこに居なかった男が目の前に立っていた。
「……お前、東仙」
そこに立っていたのは、六車拳西の部下であり、先の先遣隊の一人であった、東仙要であった。
そして、平子の驚きも束の間、草を踏み鳴らし、二つの足音が近づいてきた。
「おや。柊君は連れてこなかったんですね。平子隊長」
耳に入ってきたのは、穏やかな声だった。
聞き違えるはずもない程に、何度も聞いてきた、そして意識し続けた声。それでも、その男がここにいることだけが、すぐには理解できなかった。
平子はゆっくりと音のなる方へ視線を向けると、そこには先程、五番隊に置いてきたはずの、藍染惣右介と市丸ギンの姿があった。
「藍染……! やっぱし、お前やったんか……」
「流石ですね、平子隊長。やはり、あなたは鋭い人だ。いつからですか?」
「お前が、母ちゃんの子宮の中、おるときからや……。それより、なんでお前がここにおんねん……! お前は確かに置いてきたはずや」
その問いかけに、藍染はまるで当たり前のことを言うように答えた。
「あなたが見ていたのは、私の代わりを務める者です。私の斬魄刀があれば、別人を私だと認識させることもできる。それが鏡花水月の能力ですよ」
平子は息を呑んだ。裏切られたことにではない。寧ろ、それを警戒し続けた。だから近くに置いていた。目を離さないようにしていた。それなのに、見張っていた相手さえ違ったというのか。
「……藍染……お前……」
立ち上がろうとした腕が、震えた。
傷の痛みとは違う。身体の奥を、何かが掻き回している。口の中へせり上がるものを吐き出そうとすると、喉から、自分のものとは思えない音が漏れた。
「柊君からは、最近、判断が以前と違うと言われたそうですよ。私の代わりをしていた者から、報告がありました」
藍染の声が続いた。
「彼は実に興味深い存在だ。この一ヶ月の私の思考が普段と異なるという違和感を感じ取ったのだろう。しかし、君はそれを活かせなかったようだね」
「……周介に……何する気ィや……」
藍染は答えなかった。
ただ、僅かに目を細める。その顔を見上げたまま、平子は隊舎に残してきた青年のことを思い浮かべた。
あいつは今も、藍染に見える何かと一緒にいる。
自分の言いつけを守って、待っている。
帰ったら話すと言った。だから、それまでは待つだろう。
だが、自分が帰らなかったら。
最後に残した言葉を、あいつはどう受け取る。
『惣右介に、気ィつけェ』
書き留めてきた帳面を、もし見つけてしまったら。
『あいつを見てる俺を、あいつも見てる』
痛みの合間に、別の声が聞こえた。
『初めまして。今日入隊した柊周介です』
まだ、着慣れない死覇装を身につけ、姿勢を正しながらこちらを見る青年。その顔にには少しだけ緊張が残っている。
『おう。よろしゅうな、周介』
そう返すと、僅かに肩の力が抜けた。
次に浮かんだのは、廊下で自分を待ち構えていた青年の顔だった。
『平子隊長、どこ行ってたんですか?』
『暇やから、ひよ里揶揄ってきたわ』
『はあ』
『何や、その反応』
『いえ、別に』
別に、と言いながら、しっかり書類を差し出してきた。あの頃にはもう、ずいぶん遠慮がなくなっていた。
訓練場で、風が吹いていた。
土の上へ残った斬撃の跡を、周介が何度も見ている。
『周介、やっとできたやんけ、始解』
『見ていただいて、ありがとうございました』
『そんな気にせんでええわ。お前が成長したら、俺が仕事サボれるからな』
『……平子隊長の善意に、期待した俺が馬鹿でした』
『冗談や、冗談! まあとりあえず、おめでとさん』
少し呆れた顔のまま、それでも嬉しそうに笑っていた。
『周介。お前、明日から三席や』
『俺がですか?』
あの時は、本当に驚いていた。
冗談の種明かしを待っているようだったので、何も言わずにいると、今度は心底困った顔になった。
『いや、他にもっと適任の人がいるんじゃないですか?』
『俺が決めたことや。それに、俺はお前ならやれるって信じとるで。俺の言うこと、信じられへんか?』
『そういうわけじゃないですけど……』
『なら決まりやな。明日から頑張れよ。応援しとるからな』
青年は渋々と頷いた。
しかし、いつしか当然のように三席の仕事をこなし、自分の代わりに隊士たちの面倒まで見るようになっていた。
そして。
『帰ったら質問には答えたる』
最後に思い出したのは、自分の声だった。
土を掻く指先が、震える。
アカンで、周介……踏み込んだらアカン……!
警告のつもりだった。自分が戻るまで、気をつけていればいい。その先のことは、帰ってから話せばいいのだと、そう思っていた。
しかし、甘かった。
俺の誤算やった……こいつは俺の想像してた以上に危険な男やった……!
彼は、分からないことを分かったことにして済ませない。自分が消えれば、理由を探そうとするかもしれない。怖がりながらも、最後に渡したあの言葉を手掛かりにして。
お前が深追いしてこいつに踏み込めば……俺と同じようにお前も……。
「私自身、彼がこの事件の真相と私の真実に気づくのか、少し興味がある」
目の前の男が言った。
平子は顔を上げ、声を出そうとしたが、息が喉に引っかかって上手く喋れない。
藍染は、その様子を静かに見下ろしていた。
「今、君の頭にそれが過ぎったように、私も彼がこの場所へ踏み込む可能性を否定しないよ。平子隊長」
何が、興味や。
その言葉を叩きつけたかった。立ち上がり、その首に斬りかかりたかった。
だが、この腕は身体を支えることさえできない。頬を覆い始めた白いものが広がっているのも感じる。
明日も、周介は五番隊でこの男に声をかけるのだろう。
おはようございます、と、いつもと同じように。
しかし、その隣に、自分はいない。
「さようなら。平子隊長」
刀が、持ち上がった。
逃げろ。
周介、逃げろ。
届けようとした声が、喉の奥で引き裂けた。怒りも、後悔も、形になってくれない。仲間を呼ぶことも、待っている部下へ言葉を返すこともできないまま、平子は叫ぶ。
獣のような声が夜へ響いた。
***
次の瞬間、刃と刃がぶつかり、火花が散った。平子と藍染の間に黒い外套を身につけた男が立ち塞がったのだ。
「おや。これはまた、面白いお客様だ……」
男は藍染の言葉に対して何も返さない。
そして、刀を押し返すと、藍染も後ろへ後退した。男はそれを確認してから背後へ目をやる。そこには、平子が倒れている。その顔を、白い仮面が覆っていた。
さらに奥には、ひよ里の小さな身体が見えた。
「喜助ェ、なんで来た……」
「平子サン、随分趣味の悪い仮面っスね」
そう言った浦原の表情は、先程までの険しいものと違い、いつも通りのとぼけた顔つきだった。
浦原は藍染の方へ向き直り、口にした。
「……藍染、副隊長。ここで何を?」
「……何も」
両者の間に長い沈黙が生まれる。
「偶然にも戦闘で負傷した隊長たちを発見、救助を試みていたところです」
先に口を開いたのは藍染だった。
「……なぜ、嘘をつくんスか?」
「嘘ですか……副隊長が隊長を救助することに、何か問題でも?」
「違う。引っかかってるのは、そこじゃない。戦闘で負傷した? これが負傷? 嘘言っちゃいけない。これは……虚化だ」
風が林の木々を揺らす。木々まで浦原の発言に衝撃を受けているようだった。しかし、そんな中でも、藍染の表情は静かなままであった。
「魂魄消失案件。次々と魂魄が掻き消えるように居なくなり、この事態にまで至った。恐らくそれは、虚化の実験っス……」
浦原は少しだけ間を置いた後に続けた。
「そう……何者かのね。まあこの状況で、何者か?なんて暈す必要はないかもしれないっスけど……」
そう口にした浦原の視線は、不敵な笑みを浮かべる藍染の方へと向けられていた。
「やはり君は……思った通りの男だ……」
そう呟いた藍染は刀を鞘に収めた。
「今夜、ここへ来てくれてよかった……。
ギン、要、目的は充分果たした。引くよ」
藍染が踵を返すと、ギンと東仙もそれに続いた。
「待て藍染!! 話は未だ――」
そう叫んだ浦原の声を掻き消すように、背後から膨れ上がった霊圧と低く太い声が飛んでくる。
「お避けくだされ!! 浦原殿!!」
浦原が振り返ると、背後で鉄裁が掌を、藍染へと向けていた。
「破道の八十八!! 飛竜撃賊震天雷炮!!!!」
瞬間、高位の鬼道が、林を照らした。激しい雷撃が藍染の背へと迫る。しかし。
「縛道の八十一 断空」
その光は、藍染の前に現れた巨大な障壁に阻まれた。衝撃が地面を揺らし、土煙が立ち込む。
晴れた時には、既に藍染たちの姿は消えていた。
「――馬鹿な!? 副隊長が、詠唱破棄した断空で、私の鬼道を止めた――」
鬼道衆の総帥である鉄裁にとって、その事実は藍染の異常性を示すには、あまりにも分かりやすいものだった。
鉄裁は鬼道を避けて、身を伏せていた浦原の方を向き、取り逃してしまったことを詫びた。そして直ぐに。
「……追いますか」
鉄裁の問いに、浦原はすぐには答えなかった。
浦原自身、目の前の巨大な一撃を詠唱破棄の縛道で防がれたことが頭から離れなかったからだ。
あの男は一体、何者なのか……そう考えていると、背後から苦しげな声が上がった。平子の顔を覆う仮面が、先程よりも広がっている。
二人は平子の元へ駆け寄り、膝を折る。
「藍染たちのことは後回しにしましょう。今は平子殿たちの処置を!!」
「だけど、ここまで虚化が進行した状態じゃ、ここでの処置は――」
「浦原殿……貴方は、このことについて、何か知ってのおいでのようだ。虚化という耳慣れぬ言葉を持つ、このことについて……!」
平子の仮面の形成は更に進んでいく。まるで魂魄が自ら命を絶とうとしているかのように、苦痛の叫び声を上げていた。
「ならば、このことの対処法も知っている……。そう考えて宜しいか」
浦原はその言葉に目を伏せ、地に伏せる平子へと視線を動かす。そして、暫しの沈黙の後、鉄裁へと向き直り、閉ざしていた口を開いた。
「……知ってます。賭けのような方法ですが……」
「――しかし、何も無いよりはいい……」
鉄裁は何かを決断したような表情で、立ち上がった。
「今から、彼ら八人全員を、この状態のまま十二番隊舎へと運びます……!!」
「この状態のまま!? そんなことどうやって……」
「時間停止と空間転移を使います……」
「――何だって!?」
浦原はそれら二つを使用することの意味を理解していた。だからこそ、鉄裁の覚悟の重さに目を見開いた。
「どちらも禁術であり、使用は厳に戒められております……ですので、暫しの間、耳と目を……お塞ぎ願いたい……!!」
低い詠唱が林の中へ響き、周囲の空間が歪み始めた。倒れている八人の姿が、その中に包まれる。
***
五番隊の執務室で柊が目を覚ます。昨夜から平子の帰りを待ち続け、気がつけば夜が明けていた。夜遅くまで、藍染とともに待っていたが、彼は帰隊しなかった。日を越えた頃に藍染に自分は一人で隊舎へ残ることを伝え、自席で平子を待つことにした。そして、いつの間にか眠っていたようで、たった今目が覚めたのだった。
『帰ったら質問には答えたる』
昨夜、あの声が何度も頭に蘇った。
あの時何を考えていたのか。彼が帰られなければそれはわからないことだ。
「平子隊長……」
思わず、声が漏れだした。彼を呼ぶ声が。
暫くして、一番隊からの伝令が来た。
「柊三席。昨夜の件で、通達が」
柊は勢いよく立ち上がり、隊士の方へ駆け寄った。差し出された紙を受け取り、目を通すと、そこには、よく知る名前が並んでいた。
平子真子、他七名。
虚化を確認。虚として処分対象とする旨の裁定。
続いて、浦原喜助と握菱鉄裁の名があった。
死神を虚化させる実験を行ったこと、禁術の使用が確認されたことを対象として、それぞれ処罰を受けることが記されている。
柊は紙を持ったまま、動かなかった。
「それと……こちらは追加の報告です」
伝令の声が続く。
「四楓院夜一隊長が、浦原喜助らの逃走を幇助。現在、共に所在不明とのことです」
「…………は?」
第10話 UNTIL YOU RETURN 完
ここまで本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
皆様のおかげで、無事に第10話を迎えることができました。
今後も引き続き、本作をお楽しみいただければ幸いです。
また、感想や評価などをいただけますと、今後の執筆の励みになります。
これからも『BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~』をよろしくお願いいたします。