BLEACH ~No Future Worth Your Ruin~   作:冬冬✻

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第9話 CHERRY BLOSSOMS IN THE BREEZE

――――――――――――――――

 

この名に誇りを纏うことが

私の生まれた証

ならば、いつの日か

あの気高い桜の木のように

 

――――――――――――――――

 

 

 五番隊隊舎、隊長室。

 

「平子隊長、来ましたよ」

 

「入ってええで」

 

 障子の外から声をかけると、待っていたとばかりに返事が来た。

 あまりの速さに、柊は一瞬、嫌な予感を覚える。

 

 でも、まあ行くしかないよな……

 

 覚悟を決めて障子を開けると、平子が封筒を手に待ち構えていた。

 

「で、何ですか? 用って」

 

「これ、俺の代わりに持ってってや」

 

「いいんですけど、誰に渡す書類ですか、これ」

 

「六番隊の蒼純副隊長や」

 

「蒼純さんに? 分かりました。六番隊に持っていっておきます」

 

「あー、それなんやけどな」

 

 平子が視線を逸らした。勿論、柊もそれを見逃さなかった。部屋へ入る前の予感が、早くも当たりそうである。

 

「どうしました?」

 

「蒼純副隊長な、今は屋敷におるらしいねん」

 

「屋敷って、朽木邸に?」

 

 平子が頷く。

 

「……朽木邸に?」

 

 少しの沈黙の後に、今度はゆっくりと頷いた。

 

「………え」

 

 他隊へ書類を届けること自体は、珍しくない。相手が副隊長であることも、別におかしくはなかった。

 

 ただ、四大貴族の私邸を訪ねるとなると、隊舎へ顔を出すのとは話が違う。

 

「平子隊長が行けばいいんじゃないですか?」

 

 平子はしばらく目を閉じていた。やがて、やけに重々しく口を開く。

 

「周介。俺は今な、めっちゃ忙しいねん。そらもう、飯も食えへんぐらい忙しいんや」

 

「何でそんなに忙しいんですか?」

 

「新しく手に入れたコイツ、聴き終わらなあかんのや」

 

 いつの間にか、平子の手には一枚のレコードがあった。

 

「…………」

 

「周介?」

 

「……はい、何でしょう?」

 

「怒っとる?」

 

「いえ、別に。ただ、後で沢山働いてもらいますからね?」

 

 柊は笑顔で答えた。

 

「おう……」

 

 平子はレコードを、そっと膝へ下ろした。

 

 

***

 

 

 朽木家。四大貴族の一角。

 

 その門前に立った柊は、封筒が懐にあることを確かめてから、改めて目の前の門を見上げた。

 

「……で、どうするんだろう」

 

 貴族の生まれでもなければ、このような屋敷を訪ね慣れているわけでもない。声をかけるべきだろうかと考えていると、門の脇から一人の男が近づいてきた。

 

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

 

 門番らしい。柊は封筒を取り出し、姿勢を正した。

 

「五番隊三席の柊周介と申します。朽木蒼純副隊長に、平子隊長からお預かりした書類を届けに参りました」

 

「五番隊の柊三席様ですね。少々お待ちください」

 

 男は一礼し、屋敷の奥へ姿を消した。

 

 程なくして、今度は落ち着いた身なりの老人が現れる。

 

「お待たせいたしました。五番隊の柊三席でいらっしゃいますね」

 

「はい。平子隊長より、蒼純副隊長に書類を届けるよう頼まれまして」

 

「承っております。私、朽木家の家令を務めております、清家信恒と申します」

 

「これはご丁寧に。よろしくお願いします」

 

「蒼純様にお取り次ぎいたします。どうぞ、こちらへ」

 

 清家に案内され、柊はようやく門をくぐった。

 

 その先には、手入れの行き届いた緑豊かな庭が広がっていた。屋敷は奥にも横にも広がり、どこまで続いているのか、すぐには見当がつかない。

 

「広いな……」

 

 思わず漏らすと、清家が振り返った。

 

「皆様、初めてお訪ねになった際には、同じことを仰います」

 

「やっぱり、そうなんですか?」

 

「ええ。以前、平子隊長がお見えになった際も、それはそれは驚かれておりました」

 

「ああ、何となく想像つきます……」

 

 門をくぐった平子が目を見開き、叫ぶ。

 

『何で自宅が隊舎より広いねん!』

 

 そんな姿が容易に浮かび、柊は少し笑う。そして、清家の後について廊下へと上がった。

 

 しばらく進むと、庭の方から、鋭い風切り音が聞こえてきた。

 音の鳴る方へ視線を向けると、そこには木刀を振る、一人の少年が見えた。背筋はしっかりと伸ばされており、振り下ろした剣先にも余計な揺れがない。次の一太刀へ移る足運びまで、丁寧に揃えられていた。

 

 つい歩みを緩めると、清家も柊の視線を追った。

 

「あちらは白哉坊っちゃまにございます。蒼純様の御子息で、いずれ朽木家当主を継ぐ御方です」

 

「蒼純さんの……」

 

 改めて顔を見ると、確かに面影があった。木刀を構え直した時の横顔などは、とりわけよく似ている。

 

「似てますね」

 

「蒼純様に、でございますね?」

 

「はい。蒼純さんがあれくらいの齢の頃は、あんな感じだったのかなって」

 

 清家の目元が、僅かに和らいだ。そして暫く何かを思い出すように目を閉じていた。

 

「あの頃の蒼純坊っちゃまと白哉坊っちゃまは、確かによく似ておられます。ご成長なさるたびに、私もそう感じております」

 

 白哉の背後には、桜の木が並んでいた。枝から離れた花弁が、一枚、少年の目の前を通り過ぎたが、目もくれずに、木刀を再び振り抜いていた。

 

「……なんだか、桜みたいですね」

 

「桜、でございますか?」

 

「はい。あの木に負けないくらい気高くて。これから先が楽しみになるところも、少し似ている気がします」

 

 清家も白哉と後ろの桜の木々たちを眺め、それから静かに頷いた。

 

「確かに、そうかもしれませんな」

 

 そこで白哉が、こちらの視線に気づいた。清家から柊へ視線を移し、わずかに眉を寄せる。しかし、すぐに向き直り、木刀を振り始めた。

 

 熱心だな。

 

 柊はもう一度その立ち姿を見てから、歩き出した清家を追った。

 

 

***

 

 

「蒼純様、信恒にございます。五番隊の柊三席をお連れいたしました」

 

 障子の前で清家が声をかけると、中から穏やかな返事があった。

 

「ありがとう、信恒。柊三席、中へどうぞ」

 

「失礼します」

 

 柊が障子を開けると、部屋の中央に朽木蒼純が座っていた。白哉の父であり、六番隊の副隊長でもある。

 

「柊三席、遥々ご苦労様です。私の身体が弱いばかりに、申し訳ない」

 

「いえ、気にしないでください。蒼純さんには、いつもお世話になってるので」

 

 勧められた座布団へ座り、柊は封筒を差し出した。

 

「本日は平子隊長の代わりに参ったのですね」

 

「はい。これを渡してほしいと頼まれまして」

 

「ありがとうございます。本来なら、私が伺うべきだったのですが……」

 

 封筒を受け取る蒼純の眉が下がった。柊は小さく首を振る。

 

「そんなに気に病まないでください。今日ここに来られて、良かったと思うこともありましたので」

 

「良かったこと、ですか?」

 

「はい」

 

 庭で見た少年を思い出す。あの齢で、あれだけ整った太刀筋を身につけている。どのような稽古を重ねてきたのか、本人と少し話してみたくなった。

 

「それは良かった。客人が満足して帰られることは、朽木家の者としても嬉しい限りです」

 

「ええ、本当に」

 

 柊が頷くと、蒼純は少し間を置いた。

 

「白哉ですかね?」

 

「……どうして分かったんです?」

 

「何となく、ですかね。柊三席の表情を見ていたら、ふと浮かんだだけです」

 

「何となく、ですか」

 

「はい。人の心を読む力など、私にはありませんから」

 

 蒼純は、そう言って口元を緩めた。

 

 柊も笑ったが、本当に何となくなのだろうか、とは思う。平子に連れられた先で、初めてこの人に会った時にも、思いがけない言葉をかけられた。

 

『柊君は人をよく見ているのですね。自身のことも同じように見ることができれば、きっと今より多くを救える者になられますよ』

 

 確か、そんな言葉だった。

 

 あの時は意味がよく分からず、今も、はっきり答えられるわけではない。ただ、就任式の日に藍染から言われたことと、妙に重なっていた。

 

「じゃあ、そういうことにしておきます」

 

 柊が答えると、蒼純は障子の方へ目を向けた。正確には、その向こう側にいる、白哉の方だろうか。先程から、彼の木刀の発する風切り音がここまで届いていた。

 

「柊三席。白哉に会っていきませんか?」

 

「白哉君に?」

 

「ええ。あの子も、いずれ柊三席と仕事をする日も来るでしょう。その前に一度話をさせておきたいと思いまして」

 

「はい。俺も少し話してみたかったので、ぜひ」

 

 蒼純は頷き、ゆっくりと立ち上がった。障子を開け、柊の方へ振り返る。

 

「では、行きましょう」

 

 

***

 

 

 庭へ出ると、白哉はまだ木刀を振っていた。

 近くで聞くと、その音は一層鋭い。柊が太刀筋を目で追っている間に、蒼純が声をかけた。

 

「白哉、少しいいかい?」

 

 白哉は剣を止め、こちらへ向き直った。父の隣に柊がいることを確かめ、それからこちらへ足を運んでくる。

 

「父様、どうされましたか?」

 

「白哉に紹介したい人がいてね。五番隊三席の、柊周介君だよ」

 

「五番隊の三席……」

 

「ああ。私もいつもお世話になっていてね。今日も、私の身体を気遣って、ここまで足を運んでくださったんだ」

 

 その言葉に、白哉は柊をしばらく見つめた後、姿勢を正した。

 

「父がお世話になっております。朽木白哉と申します」

 

「こちらこそ、初めまして。五番隊三席の柊周介と申します」

 

 二人が頭を上げると、白哉は父へ顔を戻した。

 

「それで、父様は何故、柊三席を私に?」

 

 もっともな疑問だった。突然、初めて見る男を第三席だからと紹介されても、どうすればいいか分からないだろう。

 

 だが、蒼純の答えは、柊にとっても思いがけないものであった。

 

「親心というものかな」

 

「親心、ですか?」

 

「ああ。白哉の稽古もお父様に任せきりで、普段、あまり父親らしいことをしてあげられていないからね」

 

 蒼純が申し訳なさそうに笑う。白哉は木刀を握る手を引き寄せ、すぐに口を開いた。

 

「確かに、爺様は私に剣を教えてくださっています。しかし、父様も私にこの名を付け、人として何を大切にするべきかを教えてくださいました!」

 

「白哉……」

 

 蒼純の目が、僅かに見開かれた。

 

 父へ言い切った後で、白哉は少しだけ視線を落とす。柊はその様子を見て、遠くから眺めていた時よりも、ずっと近くに少年の姿を感じた。

 

「白哉君は、何を大切にするべきだと思う?」

 

 白哉が顔を上げた。突然の問いに一瞬だけ、大きく目を見開いていたが、直ぐに返す言葉を探し始めた。

 

「私は……誇りを守ることこそが、最も大切なことだと思う」

 

「誇りを守る、か。確かに大切なことだね」

 

 頷くと、白哉の眉が寄った。

 

「今の言葉、まるで誇りよりも優先すべきことがあると言っているように聞こえるが。柊三席は、何を守るべきだと考える」

 

「そうだね。俺も、誇りを守ることは大切だと思うよ。俺たち死神には、特にね」

 

「ならば――」

 

「でも、何を誇りとするかも、人によって違う気がするんだ。白哉君はたぶん、家の誇りや、死神の誇り。そういうものが大切なんじゃないかな?」

 

「当然だ。朽木家の者として、それらを誇りとせずに何を誇る!」

 

 白哉の声が強くなった。柊は頷き、少年の顔を見たまま続ける。

 

「それも一つの答えなんじゃないかな。蒼純さんだって、きっと朽木家としての誇りを大切にしてると思う。ただ、俺は少し違うんだ」

 

 自分の三席という肩書きを、頭に浮かべた。確かに、この地位は特別なものではあるのだろう。勿論、それに伴う責任もある。それは分かっている。

 

「俺にとっての地位や名誉は、この三席って肩書きなんだろうけど。誇りを守るためなら、そんなもの捨てたって構わないと思ってる」

 

 白哉は何か言いかけ、口を閉じた。木刀を握る指に力がこもる。

 

「勿論、立場に責任はあると思ってるよ。それに、白哉君が背負っているものが、俺とは違うこともね。ただ、俺はもっと身近なものを守りたい。家族や仲間、それに、ここで生きる人たち。世界から見たら小さいかもしれないけど、俺はそれを守りたい」

 

 蒼純は口を挟まず、ただ黙って、二人の傍らに立っていた。

 

 白哉はしばらく柊を見つめ、低く言った。

 

「柊三席。貴殿に、この名の重みなど分かるまい……」

 

「分からないよ」

 

 柊からの即答に、白哉の眉が僅かに動いた。

 

「俺がその重みを知ることは、どう足掻いてもできない。でも、それでいいんじゃない? 他人だからこそ見えることも、きっとあると思うから」

 

 うまく言えているのかは、分からなかった。柊自身も、口にしながら、自分の考えを確かめていた。

 

「少なくとも俺は、全員が一つだけの考えでいるよりも、人それぞれ、色んな考えがある方が、よっぽど生きてるって気がするな」

 

「貴殿の考えと私の考えでは、相容れぬようだな」

 

「そうかもね。でも、全てがそうとは限らないんじゃないかな。噛み合うことも、噛み合わないこともある。人ってそういうものじゃない?」

 

 白哉は答えず、目を閉じた。唇を結び、木刀を握り直す。柊もそれ以上は続けずに待った。

 やがて蒼純が、静かに声をかける。

 

「白哉。何も、今すぐ答えを出す必要はないんだ。答えはこれから生きていく上で、探していけばいい」

 

「父様……」

 

「私にも、柊三席とお前の言うことの、どちらが真に正しいのかは分からない。だから、私もまだ、それを探す道の途中なんだ」

 

「父様でも?」

 

「ああ。それに、きっとお父様でも、その答えはすぐに出せるものではないはずだよ。だからこそ、日々生きて、自分と向き合っていく。それしかできないから、精一杯やるのだろうね」

 

「自分と、向き合う……」

 

 そう呟いた、白哉の表情からは、先程までの険しさが、少し抜けていた。

 

 ほどなく白哉が稽古へ戻ると、柊と蒼純も、少し離れた縁側へ移った。木刀を振り上げる少年を見ながら、蒼純が小さく息を吐く。

 

「柊三席、申し訳ない。あの子も、この家の名と向き合おうと必死なのでしょう。ただ、まだ少し、答えを急ぐ癖があるようで」

 

「いえ、気になさらないでください。俺はあれくらいの齢の頃に、あそこまでしっかり考えられてなかったので。凄いと思いますよ、本当に」

 

 庭では、再び木刀を振り抜く音が響き始めていた。先程よりも一太刀ごとに力がこもり、踏み込む足も強い。

 あの話の何かが、彼の中に引っかかっているのだろうか。柊は口を挟まず、その太刀筋を目で追っていた。

 

 

***

 

 

「おお、頑張っているようじゃな。白哉」

 

 庭の向こうから、隊長羽織を着た老人が歩いてきた。六番隊隊長、朽木銀嶺。蒼純の父であり、白哉の祖父にあたる人物だった。

 

 柊は蒼純と共に一礼する。白哉は稽古を止め、顔を明るくした。

 

「爺様! 屋敷に戻られたのですね」

 

「うむ。少々用ができてな」

 

「用、ですか?」

 

「お前に客じゃぞ。白哉」

 

「私に?」

 

 白哉が首を傾げた、その時だった。右頬へ、ふいに黒い布の膨らみが押しつけられる。

 

「おのれ……ッ!」

 

 白哉は瞬時に木刀を振るった。だが、そこにあった死覇装は既に消え、剣は空を切る。

 

「出たな、化猫!」

 

「はっはっは! 化猫とはご挨拶じゃな、白哉坊」

 

 少し離れた場所に、四楓院夜一が立っていた。二番隊の隊長は、白哉の剣などまるで気にしていない様子で、楽しげに笑っている。

 

「何故、貴様がここにいる!」

 

「せっかく遊びに来てやったというのに、つれないのう」

 

「黙れ! 誰が貴様に遊びに来てほしいと頼んだ! そもそも、朽木家次期当主たる私に、遊びなど必要ない!」

 

「果たして、そうかのう。お主はどう思う、柊」

 

「え? 俺に聞くんですか?」

 

「柊という名の者が、お主以外にこの場におるか?」

 

「いないですね」

 

「じゃあ、そういうことじゃ」

 

 いや、どういうことなんだろう。

 

 そう思いつつも、柊は白哉へ目を向けた。少年は木刀を握ったまま、こちらの答えを待っている。

 

 立派な当主になるために、稽古を重ねる。その熱心さは、先程から見ていた。

 けれど、何もかも今のうちに決めてしまわなくてもいいのだと、蒼純は話していたのではなかったか。

 

「白哉君。今すぐに、時間の全てを未来のために使わなくてもいいんじゃない? まずは今を大事にしてみるのも、大切なんじゃないかな」

 

「お主もそう思うんじゃな、柊」

 

 夜一はにやりと笑った。白哉の方は、相変わらず納得のいかない顔をしている。

 

「白哉坊よ。お主の腕前、久しぶりに見てやるかのう」

 

 言い終えるより早く、夜一の姿が消えた。次に見えた時には、白哉の背後に立っている。

 伸びた手が、髪を束ねる紐を解いた。

 

「貴様ッ!」

 

 白哉が振り向きざまに木刀を薙ぐ。だが、夜一は既に塀の上にいた。手には奪った髪紐が揺れている。

 

「はっはっは! おなごに髪紐を奪われるとは、朽木家の将来が思いやられるのう」

 

 柊はつい、目を細めた。

 この人、やっぱり性格悪いな。

 

「……そこを動くなよ、四楓院夜一……!」

 

 白哉の顔が赤くなっている。先程まで家の名を背負い、言葉を選んでいた少年とは、随分違う表情だった。

 

「悔しかったら、取り返してみせい。白哉坊!」

 

「待てッ! 四楓院夜一!」

 

 叫び終わる頃には、塀の上からも姿が消えていた。白哉が追おうと足を踏み出す。その横へ、柊も歩み寄った。

 

「白哉君」

 

「何だ、柊三席!」

 

「俺と一緒に、夜一さんに一泡吹かせてみない?」

 

「何を馬鹿な――」

 

 白哉の言葉が止まったが、柊の表情に冗談の色が浮かんでいないことに気づくと。

 

「何か……策があるのか?」

 

「うん。ちょっとね」

 

 二人の間を、風に乗った桜の花弁が通り抜けていった。

 

 

***

 

 その頃、四楓院夜一は少し離れた母屋の屋根に立っていた。風に死覇装と羽織を靡かせながら愉しそうに呟く。

 

「さて、そろそろかのう…」

 

その直後、夜一を間に挟むように、屋根の上に二つの人影が現れた。

 

「遅かったのう、白哉坊。それに柊も」

 

「勘違いするな。貴様にわざと逃げる猶予を与えてやっただけだ!」

 

「猶予とな。それで、儂を捕らえる算段はついたのか?」

 

 夜一の目が、柊へ向いた。

 

「どうでしょうね。それは見てからのお楽しみということで」

 

「では、捕まえてみい。二人とも」

 

 最初に動いたのは、白哉だった。

 

 瓦を蹴り、瞬歩で間を詰める。その動きに合わせ、柊は夜一の前方へ縛道を放った。

 

 詠唱破棄の術だ。捕らえたとしても、長くは止められないだろう。だが、目的は彼女を捕らえることではない。後方へ誘導することだった。

 

 光が届くより先に、夜一は白哉から距離を取るように後退した。しかし、柊は既に、その逃げ先へと瞬歩で回り込んでいる。

 

「やるのう。二人とも」

 

「その余裕、すぐに崩してくれる!」

 

 白哉が追う。夜一の進行方向には柊、背後からは白哉が迫っていた。

 夜一は足を止めず、横へ向きを変えた。柊はそれを見て刀を抜き、夜一の進まんとする方へ切っ先を向ける。

 

「まさか……お主」

 

「疾れ、風切!」

 

 振り抜いた刃から、風圧が走った。

 

 威力を落とし、その分、幅と射程を広げる。人を斬るためではない。夜一の進路へ、風の壁を置くためだった。

 

 夜一は瓦へ片足を突き立てた。次の瞬間、身体が上空へ跳ね上がる。

 

「しかし、これならどうじゃ!」

 

 一跳びで、距離が開いた。到底、そのまま追いつける高さではない。

 柊は夜一を追って跳ばず、白哉へ視線を戻した。少年も、こちらを目がけて走っている。

 

 ――夜一を追い始める前、二人で交わした会話が頭をよぎった。

 

『今言った流れで進めば、たぶん夜一さんは上空へ飛ぶ』

 

『そうかもしれぬな。しかし、あの化猫の全力の瞬歩を、空中で捕らえられるのか?』

 

『そこが一番の問題だね。俺も白哉君も、夜一さんとは速さも距離も違いすぎる』

 

『ならば、作戦にならぬではないか!』

 

『でも、俺たちは二人いる。一人で追いつけないからって、作戦が失敗するとは限らないよ』

 

 白哉が、言い返しかけた口を閉じた。

 

『では、どうする?』

 

『俺の風に君を乗せる』

 

 

 二人が夜一が立っていた場所まで辿り着いた瞬間。柊は上空の夜一目がけて風切を構える。そして白哉は何と、その刀身の腹に足を乗せたのであった。

 

「行くよ、白哉!」

 

「来い!」

 

 腕へ重みがかかった。柊は足を踏みしめ、夜一へ向けて刀を振り上げる。

 

「風切!」

 

 同時に、白哉が蹴った。

 刀身を足場に放った瞬歩へ、吹き上がる風が重なる。少年の身体は真っ直ぐに押し上げられ、柊の頭上を一気に抜けていった。

 

 夜一の顔が、こちらへ向いた。

 白哉は腕を伸ばす。その先には、風に揺れる髪紐があった。

 

 届く。

 

 そう思った瞬間、夜一が空中で身を捻った。指先は髪紐を掠めることなく空を切り、白哉の背へ、夜一の足が触れる。

 夜一はそこを足場に、地上へ消えた。

 

 寄る辺をなくした白哉の身体が空中で傾く。伸ばした腕は宙を掻き、そのまま屋根の脇へ落ち始めた。

 柊は刀を収め、瓦を蹴った。

 

 落下地点へ瞬歩で入り、両腕を広げる。少年の背と脚を受け止め、膝を沈めて重みを逃がした。勢いよく落下して来た白哉の身体は腕の中で止まる。

 

「柊三席! 何故、あの化猫の方へ走らなかった! 今、向こうへ走れば、髪紐を奪えたはずだ!」

 

 顔を上げた白哉が、すぐに叫んだ。柊はその声を聞き、ようやく息を吐く。

 

「良かった」

 

「何? 良かっただと?」

 

「うん。白哉君に怪我がなくて良かったよ」

 

 白哉が黙った。それから、確かめるように柊の顔を見る。

 

「勝負に負けた。それなのに、良かっただと?」

 

「確かに、勝負には負けちゃったね。それは悔しいかもしれない」

 

「なら――」

 

「でも、ここで君を怪我させるくらいなら、俺は喜んで負け犬になるよ」

 

 白哉の目が大きく開かれた。

 

 すぐには何も言わず、柊を見つめている。やがて、その口から静かな声が漏れた。

 

「それが、貴殿の誇りか……」

 

「……そうかもしれないね。誇りなんて大層なものかは分からないけど。俺にとって、勝負に勝つ名誉よりも、そっちの方が大切なんだと思う」

 

「そうか……」

 

 白哉は一度視線を落とした。暫くは悔しそうに唇を結んでいたが、顔を上げた時には、僅かに口元に緩みが見えた。

 

「柊三席。変わっているな、貴殿は」

 

「よく言われる」

 

 柊は笑いながら答える。少し離れた場所に降り立った夜一は、髪紐を手に、こちらを眺めていた。追いかけっこの最中より、その笑みは静かだった。

 

「それにしても、お主ら仲が良いのう。まさか、お姫様抱っことは」

 

 白哉の顔が、一気に赤くなった。

 

「柊! 貴様、いつまで抱えているつもりだ! 早く降ろせ!」

 

「あ、ごめん。完全に忘れてた」

 

 地面へ下ろすと、白哉はすぐに姿勢を正し、夜一へ向き直った。

 

「今回は貴様の勝ちだ。だが、次は同じようにはいかぬと思え!」

 

「ほう。それは楽しみじゃな」

 

 夜一が髪紐を放った。白哉がそれを受け取る頃には、もう姿が消えていた。

 

 二人はしばらく、夜一のいた場所を眺めていた。柊は刀の位置を直し、白哉へ顔を向ける。

 

「カッコつけたこと言っちゃったけど、負けちゃったね。ごめん、白哉君」

 

「そもそも、空中で奴を取り逃したのは私だ。別にお前のせいではない」

 

 白哉は鼻を鳴らし、乱れた髪を再び髪紐でまとめた。そのまま、少し声を落とす。

 

「それと、お前は私よりも遥かに年上だろう。別に、白哉でよい。柊」

 

 柊は少し目を丸くした。それから、口元を緩める。

 

「うん。そうだね、白哉」

 

 二人の間には、今度は風は吹かなかった。

 

 

***

 

 

 庭へ戻ると、蒼純と銀嶺が待っていた。

 

 白哉は二人の前へ進み、深く頭を下げる。

 

「爺様、父様。申し訳ございません。朽木家の名を傷つけてしまいました」

 

 蒼純は、その顔を覗き込むように少し身を屈めた。

 

「勝負には負けたかもしれないけど、何かを得たようだね。なら、次にそれを活かせればいいんじゃないかな」

 

 白哉が顔を上げる。その目を見て、蒼純は微笑んだ。

 

「それに、新たな友人を得られたのであれば、父としては、それ以上に嬉しいことなどないよ」

 

「なっ……!? 見ていたのですか、父様!」

 

「いや。ここへ戻ってきた夜一殿に聞いたんだ。白哉が新たな友を得たようだぞ、とね」

 

 蒼純の視線が、柊へ向いた。

 

「ああ、なるほど……まあ、そうですね」

 

「柊! 貴様まで何故、肯定している!」

 

 白哉が振り返る。柊は笑いながら、その顔を見た。

 庭に風が吹き込み、地に落ちていた桜の花弁を吹き上げる。花弁は二人の頭上へ高く舞い上がると陽射しと重なり、やがて、その光の中へと消えていった。

 

 

第9話 CHERRY BLOSSOMS IN THE BREEZE 完

 

Q. 今後の投稿頻度はどれくらいがいいですか?

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ほんの思い付きでとりあえず書いてみたものです。▼皆さんの目に少しでも面白いと思ってくれたら幸いです。


総合評価:929/評価:5.12/短編:56話/更新日時:2026年11月02日(月) 08:37 小説情報

三席は生き残りたい(作者:瓢箪から窯)(原作:BLEACH)

腹が減れば飯を食い、眠くなれば眠る。▼明日もまた、そうして過ごせればそれでいい。▼護廷十三隊三番隊第三席、望月輝夜。▼出世にも名誉にも興味はない。▼ただ、今日を生きて、明日を迎えたい。▼そんな男の平穏な日々は、瀞霊廷に旅禍が侵入したことで、少しばかり騒がしくなる。▼これは、何があっても生き残りたい、とある三席の物語。


総合評価:208/評価:7.25/連載:12話/更新日時:2026年11月03日(火) 12:00 小説情報

絶対の先制(作者:幻影の塔)(原作:BLEACH)

護廷十三隊どこにでもいる平隊員、だがその実力は最強格あえて実力を隠し平穏に生きてる。これはしがない平隊員が、絶対の先制をもって敵を葬る物語である


総合評価:288/評価:5.33/連載:110話/更新日時:2026年10月04日(日) 03:40 小説情報


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