IS レイヴンズ・レゾナンス   作:BLUE@

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構想はあったけど自分で文章を書ける自信が無くてAIのべりすとに頼りました。


一話

教室の空気は、ひどく乾いていた。

 

正確には、乾いているのは一夏の喉の奥だけなのだろう。女子生徒たちの好奇の視線が、まるで熱線のように背中に突き刺さっている。窓際の席に座り、一夏はできるだけ小さく息を吐いた。制服の襟を引っ張り、指の先で机の縁を叩く。規則正しく。三回。二回。一回。――無意味なリズムだ。だが、そうしていないと落ち着かない。

 

「はい、では出席番号順に一人ずつ自己紹介をしていってくださいね」

 

山田摩耶の声が妙に遠く聞こえた。教壇の向こうで、彼女はにこにこと笑っている。その笑顔が、どこかで見たような気がする。どこで? ――いや、知らない。知っているはずがない。

 

(――ブリーフィング、開始。ターゲットは……)

 

脳裏で、別の声が重なった。

 

低く、掠れた、無線越しのノイズを纏った声。日本語でも英語でもない、しかし意味だけは直接頭に流れ込んでくる、あの奇妙な感覚。一夏は軽く頭を振る。いつものことだ。幼い頃から、時折こうして「誰かの記憶」がフラッシュバックする。夢の中ならまだしも、起きているときに現れるのは珍しい。

 

「次は。篠ノ之箒さん」

 

山田の声に、教室の空気がわずかに揺れた。一夏は顔を上げる。前方の席から立ち上がった少女が、背筋をピンと伸ばして振り返った。長い黒髪を揺らし、一夏と視線が合うと彼女は一瞬だけ眉をひそめた。

 

「篠ノ之箒です。剣道をやっています。よろしく」

 

短い。端的。余計な言葉が一切ない。その潔さに、女子生徒たちから小さな拍手が起こった。箒は一礼すると、迷いなく着席する。その動作の一つ一つに無駄がない。――ブレードを納める動作、と一夏の脳のどこかが勝手に分析した。

 

(いい太刀筋だ。重心がぶれない。だが、踏み込みが浅い。あと半歩踏み込めれば……)

 

「……っ」

 

一夏は無意識に呟きかけた言葉を飲み込んだ。

 

自己紹介は続く。セシリア・オルコットが立ち上がったとき、一夏は思わず息を呑んだ。金髪を優雅にかき上げ、英国代表候補生としての自負を滲ませた完璧な微笑み。だが、その視線が一夏を捉えた瞬間ほんの一瞬だけ、彼女の目に剣呑な光が走った。

 

「セシリア・オルコットです。英国代表候補生として、この学園で最善を尽くす所存です。――特に、一部のイレギュラーな方々には、ご迷惑をおかけしないよう」

 

視線が、明確に一夏を刺した。教室のあちこちから、くすくすという笑いが漏れる。一夏は苦笑いを浮かべるしかない。――敵対的ターゲットを確認。交戦規則、未定義。まただ。頭の奥で、誰かが戦場のルールを当てはめようとしている。

 

(違う。これは戦場じゃない。教室だ。俺は、ただの高校生だ)

 

心の中で唱えても違和感は消えない。むしろ、教室という閉鎖空間が妙に窮屈に感じられた。出入口は一つ。窓は三つ。遮蔽物は机と椅子のみ。――退路、限定。不利な地形。そんな分析が、勝手に頭を巡る。

 

「次は織斑一夏さん」

 

山田の声で、一夏は現実に引き戻された。周囲の視線が、一斉に集まる。好奇軽蔑、期待、困惑そのすべてが混ざり合った、重い空気。一夏はゆっくりと立ち上がった。脚が、わずかに震えている。情けない。だが、震えを止める方法を一夏は知らない。

 

「織斑一夏です。えっと……ISのことは、まだよく分かってなくて。でも、頑張ります。よろしくお願いします」

 

平凡な、どこにでもある自己紹介。だが、その瞬間――一夏の脳裏で複数の声が重なった。

 

(――生き残れ)

 

(――任務を完了しろ)

 

(――傭兵に、保証はない)

 

(――それでも、俺は)

 

一夏は、小さく息を吸った。そして誰にも聞こえない声で、付け加えた。

 

「生き残ってやる」

 

教室が、しんと静まり返った。山田摩耶が、首をかしげる。

 

「えっと……織斑さん、何か言いました?」

 

「いえ、何でもありません」

一夏は首を振り、着席した。心臓がまだ少し速い。だが、不思議と恐怖はなかった。頭の奥で、誰かが満足げに笑った気がした。

 

――ようやく、挨拶らしい挨拶ができたな。

 

教室の扉が開いたのは、その直後だった。

 

音もなく、しかし確かな重みを持って扉が滑る。廊下の光が逆光となって教壇に立つ人影を縁取った。その姿を認めた瞬間、教室の空気が爆発した。

 

「きゃあああっ! 織斑先生よ!」

「本物だ! 生の千冬先生よ!」

「やばい、かっこよすぎる……!」

 

黄色い悲鳴が教室を埋め尽くす。女子生徒たちは机を叩き、立ち上がり、ある者は胸の前で手を握りしめて感激に震えている。まるでアイドルの登場だ。一夏はといえば、その喧騒の中で一人複雑な顔をして机に頬杖をついていた。

 

(千冬姉、やっぱすげえな……)

 

だが、その姉の姿を目にした瞬間一夏の脳裏にまた、あの感覚が這い上がってきた。

 

(――指揮官機確認。識別信号、一致)

 

一夏は小さく舌打ちをした。最近、この手のフラッシュバックが多い。特に千冬姉を見たときは決まって、妙に冷えた視線の記憶が蘇る。誰かの背中を追う記憶。あるいは、誰かに背中を預ける記憶。

 

「静まれ」

 

千冬の声は、低く、鋭く、たった一言で教室を沈黙させた。女子生徒たちは名残惜しそうに口を閉ざし、しかし目は爛々と輝かせている。千冬は教壇に立つと、腕を組んで教室を見渡した。その視線が一夏の席で、ほんの一瞬だけ止まる。一夏は思わず背筋を伸ばした。

 

「私は織斑千冬。このクラスの担任を務める。IS操縦者の育成が目的だが、まずは基礎学力を疎かにするな。以上だ」

 

短い。篠ノ之箒の自己紹介より、さらに短い。だがその一言一言に、有無を言わせぬ圧があった。女子生徒たちはうっとりとため息をついている。箒だけは真剣な表情で千冬を見つめ、セシリアは優雅に髪を弄りながらも、その瞳に僅かな緊張を宿していた。

 

「それから」

 

千冬が付け加えた。その声が、わずかに――ほんのわずかに――温度を下げた。

 

「このクラスには、特異なケースが一人いる。織斑一夏。お前だ」

 

一夏はびくりと肩を震わせた。教室中の視線が、再び自分に集まるのを感じる。

 

「IS学園史上初の男子操縦者。周囲が好奇の目を向けるのは仕方ない。だがお前自身がその立場に甘えることは許さない。いいな?」

「……はい」

 

一夏は素直に頷いた。姉の言葉には、いつも逆らえない。いや逆らう気にならない。その厳しさの奥に、いつも何か別のものが透けて見えるからだ。――*お前、どこでそれを覚えた*。以前そう問い詰められたときの姉の目を、一夏は忘れられない。怒りでも失望でもない、もっと別の感情。恐怖に近い何か。

 

「では、ホームルームを始める。教科書は――」

 

千冬が話し始めた瞬間、一夏の視界がふっと歪んだ。

 

(――通信入ります。全機、聞け)

 

頭の奥で、別の声が響く。姉の声と重なり、混ざり分解される。

 

(――ミッション・ブリーフィングを開始する。目標は――)

 

(――この戦場を生き残れ。それが唯一の命令だ)

 

(――レイヴン、応答せよ)

 

「っ……!」

 

一夏は机の下で拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。痛みで意識を繋ぎ止める。教室の音が遠い。姉の声も、女子生徒たちの囁きもまるで水中で聞いているようにくぐもっている。

 

(――私は、誰だ?)

 

その問いが浮かんだ瞬間、一夏の視界がはっきりと戻った。

 

「織斑、聞いているのか」

 

千冬がこちらを見ていた。その目が、わずかに細められている。何かを見抜こうとする、あの目だ。

 

「はい、聞いてます」

 

一夏は笑った。いつもの、能天気な笑顔を貼り付けて。

千冬は眉間の皺を深くしたが、それ以上追及してこなかった。

 

―――

 

一限目の授業は、一夏にとって奇妙な時間だった。

 

ISの基礎理論——操縦者と機体の同期率、シールドエネルギーの分配理論、展開時の空間認識プロセス。教科書をめくる指は自然と止まり、代わりに頭の奥で別の知識がざわめいた。

 

(——エネルギー配分前衛七割、後衛三割。ブースター出力は——違う。これはISの授業だ)

 

一夏は小さく首を振りシャーペンを握り直した。黒板に書かれた数式を追いかける。追いかけているはずなのに、気づけば脳裏では別の計算が走っている。弾薬の残数。装甲の耐久値。撤退経路の確保。そんなもの、どこにも書かれていない。

 

チャイムが鳴った瞬間、一夏はほうっと息を吐いた。

 

「終わった……」

 

背伸びをしようとして、やめた。周囲の視線がまだ痛い。一限目の間中、教室のあちこちからチラチラと盗み見られていた。男子がISに乗る。それだけでこの学園では十分に珍しいらしい。一夏は机に突っ伏したかったが、それをすればまた何か言われる気がして、仕方なく姿勢を保った。

 

「一夏」

 

声をかけられたのは、そのとき顔を上げると、篠ノ之箒が机の横に立っていた。長い黒髪が窓からの光を浴びて、わずかに艶めいている。その表情は——怒っているのか、困っているのかはっきりしない。眉は寄せられているが、目はどこか落ち着かない様子で揺れていた。

 

「箒……?」

 

一夏が名前を呼ぶと箒は一瞬だけ視線を逸らした。それから、意を決したように口を開く。

 

「お前、本当に来たんだな」

「ああ。まさか箒がここにいるとは思わなかったけど」

「それはこっちの台詞だ」

 

箒は小さく息を吐いて、一夏の前の席の椅子を引いた。座るでもなく、その背もたれに手を置いて立つ。距離は、近いようで遠い。六年という歳月が、その間にちょうど一人分の空白を挟んでいた。

 

「六年ぶり、だな」

 

一夏が言うと、箒は微かに頷いた。

 

「ああ。最後に会ったのは、小学校に上がる前だったか」

「剣道の道場、覚えてる。箒いつも竹刀振ってたよな。俺、見てるだけだったけど」

「お前はいつも邪魔しに来てただけだろう」

「ひでえ」

 

一夏は思わず笑った。箒も、口元がほんのわずかに緩む。その笑みを見て、一夏は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。六年経っても、箒は箒だった。真面目で不器用で、でも——どこか懐かしい。

 

「お前、ISに乗れるんだってな」

 

箒の声が、わずかに硬さを取り戻した。

 

「うん。自分でもよく分かってないんだけど。ISが俺を選んだっていうか……」

「選んだ、か」

 

箒はその言葉を繰り返した。何か引っかかるものでもあるのか、その目がわずかに細められる。

 

「なあ、一夏。お前、さっきの授業——」

「え?」

「いや、何でもない」

 

箒は首を振った。言いかけて、やめた。その仕草に一夏は何か引っかかりを覚えたが、その瞬間だった。

 

(——背後、警戒を怠るな)

 

一夏の背筋が、勝手に伸びた。

 

(——敵性反応至近距離。識別、待機)

 

教室のざわめきが、一瞬だけ遠のく。目の前の箒の姿が、なぜか妙に鮮明に見えた。その立ち姿、重心の位置両手の空き具合。どこにも武器はない。だが——。

 

「一夏?」

 

箒の声で、一夏は我に返った。

 

「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」

「……本当に、お前は」

 

箒は何か言いたげだった。だが、そのとき教室の扉が開き次の授業の準備をする生徒が動き始めた。時計を見れば、休み時間はあと一分もない。

 

「あ、やべ。戻らないと」

「ああ」

 

箒は一夏の机から離れた。だが、自分の席へ向かう途中一度だけ振り返る。

 

「一夏」

「ん?」

「お前、何か——」

 

チャイムが、箒の言葉を遮った。

 

「——何でもない。また後でな」

 

箒はそう言い残して自分の席へと戻っていった。一夏はその背中を見送りながら、小さく首をかしげた。

 

(何か、言いかけてたよな)

 

そのとき(——お前の中にいる「それ」は、誰だ?)

 

一夏の脳裏に、自分の声ではない声が響いた。低く、静かでどこか箒の声に似た——しかし全く別の誰かの声。

 

「……っ」

 

一夏は慌てて教科書を開いた。文字が目に入ってこない。頭の奥で、また別の誰かが笑っている気がした。

 

(——いい目をしている。あの娘は、見抜くぞ)

(うるさい、黙ってろ)

 

一夏は心の中でそう呟いてページをめくった。紙の音だけが、やけに大きく教室に響いた気がした。

 

二時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、一夏は小さく安堵の息を漏らした。

 

黒板にはISの機体構造に関する図がびっしりと書き込まれている。同期率の計算式、シールドエネルギーの循環経路、展開プロトコルの順序。どれもこれまで触れたことのない知識のはずなのに、なぜか頭の奥が「知っている」と囁く。指先が勝手にペンを動かし、ノートの隅に無意味な記号を書き込んでしまう。十字の照準マーク。弾道計算の略式図。――やめろ。一夏は慌ててその部分を消しゴムで塗り潰した。

 

「織斑一夏ですわね?」

 

声をかけられたのは、消しゴムの屑を払っているときだった。

 

顔を上げるとセシリア・オルコットが机の前に立っていた。金髪を優雅に流し、腕を組み顎をわずかに上げている。その立ち姿は絵画のように様式美に満ちているが、目だけは笑っていない。

 

「少し、よろしいかしら」

「え、あ、うん。何?」

 

一夏が椅子を引いて向き直ると、セシリアの眉がピクリと動いた。その反応の意味が一夏には分からない。ただ、彼女の視線が自分の制服の着こなしから顔の位置までを素早く往復したことだけは分かった。――観察。それも、かなり精度の高い。

 

「単刀直入に言いますわ。あなた、ISに乗れるんですってね」

「まあ、うん。一応」

「一応、ですって」

 

セシリアの声に、ほんのわずかな棘が混じった。

 

「IS学園の入学試験を通過した者として、その言い方はないんじゃなくて? ましてやあなたは――」

 

彼女はそこで言葉を切り、周囲を見回した。教室のあちこちで、女子生徒たちがこちらを盗み見ている。セシリアは小さく鼻を鳴らすと、声のトーンをわずかに落とした。

 

「史上初の男子操縦者。周囲の好奇の目も当然でしょうけど、あなた自身がそれを軽んじるのは感心しないですわ」

 

一夏は少しだけ目を瞬かせた。この言い方には覚えがある。――部下の規律を正す上官。あるいは、新人を叱咤する古参兵。どちらの記憶も、一夏の中にはないはずなのに。

 

「別に軽んじてるわけじゃないよ。ただ、まだ実感がなくてさ。ISに乗ったのも入学試験のときだけだし」

 

一夏は正直に言った。するとセシリアの眉が、今度ははっきりと寄せられた。

 

「実感がない、ですって? あなた自分が何を言っているか分かっているの?」

「え?」

「IS操縦者になるということが、どれほどのことか」

 

セシリアは一歩机に近づいた。その瞳には、先ほどまでの棘とは別のものが宿っている。怒りに近い、しかしもっと複雑な感情。――矜持。一夏の脳裏で、誰かがそう呟いた。

 

「いい? 私、セシリア・オルコットは英国代表候補生ですのよ。IS学園の入学試験において、教官を――現役のIS操縦者を、一対一で打ち負かしたの。新入生では、私だけ」

 

その言葉に、教室の空気がざわめいた。あちこちから「さすが代表候補性」「凄いなぁ」という囁きが聞こえる。セシリアはそれを当然のこととして受け止め、優雅に髪をかき上げた。

 

挑戦的な言葉だった。だが、一夏の脳裏では別の声が響いていた。

 

(――模擬戦か。懐かしいな。最初の教官は強かった。けど、三回目で勝った)

 

(――あああのときの感覚。機体の限界を、ほんの一瞬だけ超える。あれを覚えてから、何かが変わった)

 

(――俺も、教官を倒したな。あれは確か二度目の任務のあとだったか)

 

一夏は、ゆっくりと口を開いた。

 

「うん。俺も、教官を倒したよ」

 

教室が、静まり返った。

 

セシリアの表情がゆっくりと、しかし確実に変わっていく。驚愕。困惑。そして、否定。

 

「今、何て言いましたの?」

「だから、教官を倒したって。入学試験のとき、最後の試験官がISで相手してくれたんだけど、俺、勝っちゃって」

 

一夏は頭を掻いた。その仕草は、どこまでも能天気で無造作で、まるで「宿題を忘れた」と告白するかのような軽さだった。しかし、その言葉の重みはセシリアの言葉とまったく同じ重さを持っていた。

 

「あ、ありえない……」

 

セシリアの声が、わずかに震えた。

 

「あなたが? 男子の、あなたが? 教官を? 一対一で?」

「うん。まあ、あれは教官が手加減してたのかもしれないけど。でも最後は俺の勝ちだったよ。たぶん」

 

たぶん、という言葉にセシリアの顔が赤くなった。怒りか、屈辱かあるいはその両方か。

 

「たぶん、ですって? あなた自分が何をしたのか分かって――」

「あの、セシリアさん。声大きくなってるよ」

 

一夏が指摘するとセシリアはハッとして口を閉じた。周囲を見れば、教室中の女子生徒が固唾を飲んでこのやり取りを見守っている。その視線に気づいたセシリアは、一瞬だけ頬を染めそれから一夏をキッと睨みつけた。

 

「あなた、この話はまだ終わっていないわ。教官を倒したというなら、その詳細を――」

「え、詳細って言われても。えっと、最初に距離を詰めてそれから」

 

一夏が話し始めたそのとき――キーンコーンカーンコーン。

 

三時限目の始まりを告げるチャイムが、教室に響き渡った。

 

セシリアは口を開けたままその音を聞いていた。悔しさが、そのまま形になったような表情だった。唇を噛み、拳を握りしかしチャイムの前には無力だ。

 

「覚えておきなさい」

 

セシリアはそれだけ言い残すと、優雅さを取り戻すのに三秒かけて、自分の席へと戻っていった。その背中からは、確かな悔しさとほんの少しの興味が滲んでいた。

 

一夏はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。

 

(――敵性反応離脱。ただし、追跡の可能性あり)

 

(――厄介なことになったな)

 

(――いや、これくらいが丁度いい。退屈よりはマシだ)

 

三つの声が、頭の奥で重なった。一夏はこめかみを軽く叩いて、教科書を開いた。次の授業はISの実技に関する座学らしい。教科書のページをめくると、そこには見たこともない図解が広がっていた。

 

だが、一夏の目は、その図解のどこかで見覚えのある形を探してしまう。――パーツの配置。関節の構造。推進器の位置。ISの設計図は、なぜか一夏には「見慣れたもの」に見えた。

 

(――俺は、この機体を知っている)

 

そんなはずはない。今日初めて見る図面だ。なのに、指先が勝手にその構造をなぞり、頭の奥で別の機体のシルエットが重なる。

 

一夏は、そっと教科書を閉じた。

 

(――これは、授業だ。戦場じゃない)

 

心の中でそう唱えながら一夏は窓の外を見た。青空が広がっている。平和な、日常の空だ。だがその青のどこかに――焼け焦げた大気、舞い上がる砂塵そして、絶え間なく降り注ぐ光の雨――が重なって見えた気がした。

 

「織斑、教科書を開け」

 

千冬の声が、教室の前方から飛んできた。一夏は慌てて教科書を開き直した。姉の視線が、わずかに厳しさを増している。

 

(――見られてるな)

 

一夏は苦笑いを浮かべ黒板に目を向けた。頭の奥では、まだ誰かが囁いている。

 

(――お前は、どっちの世界の人間だ?)

 

その問いに、一夏はまだ答えを持っていなかった。




キャラ設定

主人公:織斑一夏

基本情報
年齢:15歳(IS学園入学時)
立場:IS学園唯一の男性IS操縦者(表向き)
本質:歴代アーマード・コアシリーズの傭兵「レイヴン」たちの記憶を内包する存在

レイヴンの記憶について

一夏の脳裏には幼少期から断続的に「他人の記憶」がフラッシュバックする。それは以下のような、複数の「レイヴン」として生きた人生の残滓である。

AC1~AC3系の記憶:荒廃した地球で企業間紛争に傭兵として加わった男の記憶。セラピスト(AI)の声、ミッションブリーフィングのノイズ、撃墜される僚機の最期。

AC4/ACfa系の記憶:リンクス(次世代操縦者)として、企業連合とレイヴンズ・アークの抗争を生き抜いた記憶。フラジールの光、白いグレネードの爆発コジマ粒子の不快感。

AC5/ACVD系の記憶:荒廃した地上で「傭兵」として生き残るための泥臭い戦いの記憶。UNACとの連携、オーバード・ウェポンの重み。

AC6系の記憶:コーラルという異質なエネルギーに触れた記憶。企業の思惑、独立傭兵の矜持そして「人間を超えた何か」への畏怖。

これらは「前世」というより、AC世界の側に刻まれた記録が一夏という器に流れ込んでいるという方が近い。一夏自身は「夢で見た戦場の記憶」程度にしか認識しておらず、それが自分とどう関わるのかも理解していない。

性格と二面性

表向きはIS世界の一夏そのもの――能天気でお人好し、女心に鈍感、正義感は強いが空回りしがちな少年。しかしレイヴンの記憶が活性化すると、以下のような「別の顔」が滲む。

- 戦術的判断の異常な速さ(「この配置、どこかで見た」)
- 兵器への異常な愛着と理解(ISの武器を「ACのパーツ」のように捉える)
- 戦場での冷徹な生存本能(「まず敵を無力化する。交渉はそれからだ」)
- 企業や組織への根深い不信感(「上の連中の言うことを鵜呑みにするな」)

普段はこれらの断片が表に出ることはないが、実戦や窮地に陥るとレイヴンとしての人格が表層に浮上する。これは多重人格ではなく、一夏という人格の上に歴代レイヴンの「戦闘人格」がオーバーレイされるイメージである。
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