第二アリーナの観客席は試合開始からわずか数分で、異様な熱を帯びていた。
箒とセシリアは、最前列に近い席でその闘いを見つめていた。周囲の生徒たちは、一夏の動きに驚きの声を上げている。だが、箒とセシリアはその声に加わることはなかった。二人は、ただ黙って闘いの行方を見守っていた。
「……やはり、だな」
箒が、静かに呟いた。その目はアリーナの一夏をじっと捉えている。
「ええ。やはり、ですわ」
セシリアも、同じように呟いた。その声には、驚きとある種の諦めが混じっていた。
一夏の白鴉が鈴音の甲龍と鍔迫り合いを演じている。双天牙月とパルスブレードが激しくぶつかり合い、そのたびにアリーナに火花が散った。だが、その鍔迫り合いはすでに一夏のペースだった。一夏は鈴音の力を利用し体勢を崩そうとしている。その動きは、まるで鈴音の動きをすべて知っているかのようだった。
「鈴音の双天牙月は、確かに、強い。だが一夏はそれを、完全に読んでいる」
「ええ。あの太刀筋は、一直線ですわ。一夏さんに言わせれば、『読みやすい』のでしょうね」
「そうだろうな。だが、鈴音は、それを分かっていても変えられない。双天牙月の重みを活かした戦い方は、あの太刀筋でしか成立しないからだ」
「だから、一夏さんは、それを逆手に取っている。わざと鍔迫り合いに持ち込んで、鈴音さんを消耗させているのですわ」
「ああ。一夏は、鈴音の力を、利用している。あれは戦術だ。それも、かなり高度な」
箒は、そう言って、小さく息を吐いた。その目には、複雑な色が浮かんでいた。一夏の強さに対する賞賛と、その強さの出どころに対する漠然とした不安。その二つが、混ざり合っていた。
「箒さん」
「何だ」
「わたくし、一夏さんの戦い方を見ていて一つ気づいたことがありますの」
「何だ」
「一夏さんは、相手の強みをそのまま利用していますわ。鈴音さんの双天牙月の重みも、龍咆の衝撃砲もすべて一夏さんの戦術の中に組み込まれている。あれは、相手の強みを封じるのではなく、相手の強みをあえて使わせてそれを逆手に取る戦い方ですわ」
「ああ。私も、同じことを思った。一夏は相手の力を、否定しない。むしろ肯定する。その上で、それを上回る。あれはよほどの実戦を経験した者でなければ、できない戦い方だ」
「実戦……」
「そうだ。一夏の中の『何か』は、間違いなく、実戦を知っている。それも一度や二度ではない。何度も、何度も生き残るために戦ってきた者の、戦い方だ」
セシリアは、その言葉に、少しだけ息を呑んだ。箒の声は、静かだった。だがその中には、確かな確信が滲んでいた。
箒は、そう言って、再びアリーナに目を戻した。セシリアも、それに続いた。
アリーナでは、一夏が、パルスブレードを巧みに操り鈴音を追い詰めていた。鈴音は、必死に抗っている。だがその動きは、明らかに精彩を欠いていた。一夏の戦術に、完全にはまってしまっている。
「鈴音さん、かなり追い詰められていますわね」
「ああ。だが、鈴音も、よくやっている。一夏の戦術に、完全にはまってはいない。ところどころで、抵抗の動きを見せている」
「ええ。でも、その抵抗も、一夏さんには読まれているのでしょうね」
「そうだろうな。一夏は、鈴音の抵抗すら戦術の中に組み込んでいる。あれは、本当に厄介な戦い方だ」
箒は、そう言って、少しだけ眉をひそめた。その表情には、一夏の戦い方に対するある種の危惧が浮かんでいた。
「箒さん。どうしましたの」
「いや。一夏の戦い方は、確かに、強い。だがあの戦い方は、相手を完全に『敵』として扱う戦い方だ。訓練や試合であっても、一夏は相手を、無力化しようとしている。あれは、試合の戦い方ではない。戦場の戦い方だ」
「……ええ。わたくしも、そう思いますわ。一夏さんのあの動きは、試合を試合として、見ていない。あれは生き残るための戦い方ですわ」
「そうだ。そして、それが、一夏の『何か』の正体でもある。あの中の『何か』は、戦場でしか生きられない。だから、一夏は試合であっても、戦場の戦い方をしてしまう」
「……哀しいですわね」
「哀しい、か」
「ええ。一夏さんは、きっと、自分の中の『何か』に、振り回されている。自分ではどうすることもできない。それが、哀しいのですわ」
「……お前は、優しいな」
「優しくはありませんわ。ただ、一夏さんのことが気になるだけですの」
セシリアは、そう言って、少しだけ顔を赤らめた。箒はその様子を見て、少しだけ口元を緩めた。
「お前も、一夏のことが好きなんだな」
「なっ……! そ、そんなこと、ありませんわ!」
「隠さなくてもいい。私も、同じだからな」
「……箒さん。あなた、そういうことを平気で言うのですね」
「言って、何が悪い。事実だ」
「……もう。敵いませんわね、箒さんには」
セシリアは、そう言って、小さく笑った。その笑顔はどこか、照れくさそうだった。箒も小さく笑った。その笑顔は、どこか優しげだった。
アリーナでは一夏が、ついに鈴音の甲龍を追い詰めていた。白鴉のリニアライフルが、甲龍のシールドエネルギーを確実に削っていく。鈴音は、必死に抗っている。だがその動きは、もう、限界に近かった。
「……鈴音さん、もう、限界ですわね」
「ああ。だが、鈴音も、よくやった。一夏相手にここまで、食い下がるとは大したものだ」
「ええ。わたくしたちも、あそこまで、食い下がれるでしょうか」
「……分からん。だが、やってみるしかないだろう」
「そうですわね。わたくしたちも、一夏さんに、負けてられませんわ」
「ああ。そうだな」
箒とセシリアは、そう言って、再びアリーナに目を戻した。その目には、もう、迷いはなかった。一夏の中の『何か』に対する不安も、恐怖ももう、なかった。あるのは、ただ、一夏という存在への確かな想いだけだった。
(一夏。お前の中に何があろうと、私は、お前の隣にいる。それが私の決めたことだ)
箒は、心の中で、そう呟いた。セシリアも同じような想いを胸に、一夏の闘いを見つめていた。
一夏のリニアライフルが甲龍のシールドエネルギーをさらに削り取った。残量は、すでに三割を切っている。鈴音は歯を食いしばり、双天牙月を構え直した。その腕は、疲労でわずかに震えていた。だが、その目はまだ諦めていなかった。
「まだよ……! あたしは、まだ、負けてない!」
鈴音は、甲龍のスラスターを全開にして、一夏に突っ込んだ。その動きは、捨て身だった。双天牙月を振り上げ、一夏の白鴉に叩きつけようとする。一夏は、その動きを読んでいた。パルスブレードで受け流し、カウンターを叩き込もうとする。だが、その瞬間だった。
――轟音。
アリーナのバリアが、内側からではなく外側から、砕け散った。訓練用のシールドエネルギーが、ガラスのように粉々に飛び散る。その破片が、アリーナの中に降り注いだ。
「何だ!?」
一夏は、とっさに白鴉を反転させバリアの破片をやり過ごした。鈴音も、甲龍を後退させ破片を回避する。観客席から、悲鳴にも似たどよめきが上がった。
「な、何が……!?」
鈴音が、声を上げた。その視線の先に一機のISが、アリーナの中に滑り込んできた。漆黒の装甲。赤いライン。まるで、闇そのものを固めたような機体だった。その姿は、IS学園のどの機体とも似ていなかった。いや、ISのそれともどこか違う。角張った装甲板の集合体。背部の大型スラスター。それは、一夏の白鴉にどこか似ていた。
(——ACの様式だと?)
一夏の頭の中の声が、そう呟いた。一夏自身もその機体の姿に、強い違和感を覚えていた。あの機体は、ISではない。いやISの技術で作られてはいるが、その設計思想が根本的に違う。
「——織斑! 凰! すぐに退避してください!」
山田真耶の声が通信越しに響いた。その声は、切迫していた。
「あの機体は、所属不明! 正体も目的も分かりません! 先生たちが向かっていますが、到着まで時間がかかります! すぐに——」
「待ってください、山田先生」
一夏は、通信を遮るように言った。その声は、静かだった。だがその中には、確かな決意が滲んでいた。
「退避はしません。あの機体が、このまま暴れたら観客席の生徒たちが危ない。俺と鈴で、先生たちが来るまで抑えます」
「織斑! 何を言って——」
「大丈夫です。俺たちなら、何とかできます」
一夏は、そう言って、通信を切った。そして鈴音の方を振り返った。
「鈴。下がれ。これは、試合じゃない。お前がここにいる必要はない」
一夏の声は、冷徹だった。その目はさっきまでの試合の時とは、まるで違う色をしていた。鈴音は、その目を見て少しだけ息を呑んだ。だが、すぐに首を横に振った。
「嫌よ」
「鈴」
「あたしだって、IS操縦者よ。目の前に暴れてるやつがいるのに、黙って下がれるわけないでしょ」
「お前、さっきまで、俺と戦ってたんだぞ。疲れてるだろ」
「疲れてるわよ。でも、関係ないわ。あんた一人に格好いいところ、持って行かせるもんですか」
鈴音は、そう言って、一夏の隣に並んだ。甲龍の双天牙月を、しっかりと構え直す。その腕の震えは、もう、なかった。一夏はその姿を見て、少しだけ口元を緩めた。
「……分かった。だが、無茶はするな」
「あんたに言われたくないわよ」
鈴音は、そう言って、小さく笑った。一夏も小さく笑った。二人は、並んで所属不明のISと対峙した。
所属不明のISはそんな二人の様子を、じっと観察しているようだった。その機体から、低い駆動音が聞こえてくる。まるで、獣が、獲物を狙うかのような音だった。
(——来るぞ)
一夏の頭の中の声がそう告げた。その瞬間、所属不明のISが動いた。その動きは、速かった。白鴉のセンサーがその機体の動きを追いきれない。だが、一夏の体は自然に動いていた。白鴉が、横に跳ぶ。次の瞬間さっきまで一夏がいた場所を、漆黒の機体の腕が薙ぎ払った。その腕には、大型のブレードが装着されていた。
「速い……!」
鈴音が、声を上げた。その目は驚愕に見開かれていた。所属不明のISは、そのまま鈴音の方に、矛先を向けた。大型のブレードが、鈴音の甲龍に迫る。鈴音はとっさに双天牙月で受けようとした。だが——
「鈴!」
一夏の声が、響いた。白鴉が鈴音の前に割り込む。パルスブレードが、大型のブレードを受け止めた。激しい火花が、アリーナに散る。一夏はそのまま、所属不明のISを押し返した。
「大丈夫か、鈴!」
「あ、ああ。助かったわ」
鈴音は、そう答えたがその声は、まだ、震えていた。さっきの一撃はそれほどまでに、重かった。双天牙月で受けていたら、間違いなく甲龍の腕は、持っていかれていただろう。
「あの機体、パワーも、スピードも桁違いだ。普通のISじゃない」
「ええ。まるで、別の世界の技術で作られたみたい」
鈴音の言葉に一夏は、少しだけ眉をひそめた。別の世界の技術。その言葉が、妙に、引っかかった。だが今は、それを考える時ではない。
所属不明のISは体勢を立て直すと、再び、二人に向かってきた。その動きは、さっきよりもさらに速い。一夏と鈴音は、必死にその攻撃をかわし続けた。だが、防戦一方だった。一夏のリニアライフルが、その機体の装甲をかすめる。だが、装甲はほとんど、傷ついていなかった。
「硬い……! リニアライフルの徹甲弾が、通らない!?」
「どうなってるのよ、あの装甲!」
鈴音の龍咆が、その機体に直撃した。だが機体は、わずかによろけただけだった。
(——あの装甲ISのシールドエネルギーとは、違う。物理装甲だ。それもかなり、分厚い)
一夏の頭の中の声が、そう分析した。一夏はその声に、心の中で同意した。あの機体は、ISの防御思想とは根本的に違う。シールドエネルギーによる絶対防御ではなく、物理装甲による耐久。それはまるで——
(——白鴉と同じだ)
一夏は、その事実に、背筋が凍るのを感じた。あの機体は、白鴉と同じ設計思想を持っている。ということは、あの機体もACの技術で、作られているということか。だとしたら、あの機体は誰が、何のために——
(——考えるな。今は目の前の敵に集中しろ)
一夏は、頭の中の声にそう言われて、意識を切り替えた。今は戦うことだけを、考える。所属不明のISが再び、襲い掛かってくる。その大型のブレードが、一夏の白鴉を狙った。一夏は、パルスブレードで、それを受け止める。だがその力は、さっきよりも強い。白鴉の脚部が、アリーナの床を削った。
「くっ……!」
一夏は、歯を食いしばった。このままでは、押し切られる。そう思った時だった。
「一夏! 伏せて!」
鈴音の声が、響いた。一夏はその声に、反射的に白鴉をしゃがませた。次の瞬間、鈴音の龍咆が所属不明のISに、直撃した。至近距離からの衝撃砲。さすがの、漆黒の機体も大きく、よろめいた。
「今よ、一夏!」
「ああ!」
一夏は、すかさず、白鴉のリニアライフルをチャージショットに切り替えた。エネルギーを収束させた、大口径弾。それをよろめく、漆黒の機体に叩き込む。着弾と同時に、爆発的な運動エネルギーが、放出された。漆黒の機体がアリーナの壁まで、吹き飛ばされる。
「やった……!?」
鈴音が、そう言った。だが、一夏は油断しなかった。
(——まだだ)
頭の中の声がそう告げた。漆黒の機体は、壁に叩きつけられた後すぐに、体勢を立て直した。その装甲には、いくつかの傷がついている。だが、致命的な損傷では、なかった。
「しぶとい……!」
一夏は、そう呟いた。漆黒の機体はその場に、立ち尽くしていた。まるでこちらを、値踏みするかのように。
管制室の空気は、張り詰めていた。
山田真耶は、モニターの前で半ば叫ぶように通信を送っていた。画面には、アリーナで所属不明のISと対峙する一夏と鈴音の姿が映っている。その横には、機体のステータスがリアルタイムで表示されていた。白鴉のシールドエネルギー残量は、七割。甲龍は三割を切っている。
「織斑君! 凰さん! 本当に退避してください! あの機体の正体が分からない以上、危険すぎます!」
摩耶の声は、震えていた。だが通信の向こうから返ってくる一夏の声は、驚くほど落ち着いていた。
「大丈夫です、山田先生。まだ何とかできます」
「何とかって……! 二人共、さっきまで試合をしていたんですよ! 疲労も相当なものでしょう!」
「それは、分かってます。でもここで退いたら、観客席の生徒たちが危ない。それに、あの機体がこのまま外に出たら、被害はもっと広がります」
一夏の声には、確かな覚悟が滲んでいた。摩耶は、その声を聞いて言葉に詰まった。彼の言うことは、正しい。だが生徒を危険に晒すわけにはいかない。それが、教師としての責務だ。
「織斑君……」
摩耶が、そう呟いた時だった。
「山田先生。彼らに、やらせておけ」
背後から、静かだが、確かな威厳を伴った声が響いた。摩耶は、振り返った。そこには織斑千冬が、腕を組んで立っていた。その表情は、いつもの通り冷徹だった。だが、その目にはどこか、一夏の選択を認めるような色が浮かんでいた。
「で、ですが、織斑先生! 相手は正体不明のISです! いくら織斑君でも、危険すぎます!」
「分かっている。だから、私がここで、見ているんだ。彼らが限界を迎えたその瞬間に、私が出る。それまでは彼らに、やらせておけ。あの程度の相手、一夏なら何とかする」
千冬の声には確信があった。それは、姉としての確信ではなく、IS操縦者としての確信だった。摩耶は、その声を聞いて少しだけ、安心した。だがそれでも、まだ、落ち着かなかった。
「で、でも……」
「山田先生。落ち着け」
千冬は、そう言って、傍らのテーブルに置かれたカップを手に取った。そして、コーヒーに砂糖を入れた。スプーンで、かき混ぜる。その動作は驚くほど、ゆったりとしていた。
「織斑先生! そんなことしている場合じゃ——」
摩耶は、そう言いかけて千冬の手元を見た。そして、目を、丸くした。
「それ、塩ですよ!?」
千冬の手に握られていたのは砂糖の容器ではなく塩の容器だった。千冬は、その言葉に一瞬、動きを止めた。そしてカップの中身をじっと見つめた。
「……本当だな」
千冬は、そう呟いて、カップをテーブルに戻した。その表情は、いつもの冷徹さを保っていたが、どこか気まずそうだった。摩耶はそんな千冬の姿を見て思わず吹き出しそうになった。だが今はそんな場合ではない。そう思い直して再びモニターに目を戻した。
その時、管制室の扉が開いた。
「失礼します!」
セシリア・オルコットだった。その後ろには、篠ノ之箒の姿もあった。二人とも、息を切らしていた。どうやら観客席から、走ってきたらしい。
「セシリアさん、箒さん!? どうしてここに」
摩耶が驚いて声を上げた。セシリアは真っ直ぐに千冬の前に進み出た。
「織斑先生。わたくしと箒さんに、出撃の許可をお願いします」
セシリアの声は真剣だった。その目は、強い決意に満ちていた。千冬はそんなセシリアをじっと見つめた。そして静かに首を振った。
「駄目だ」
「なぜ、ですか!? わたくしたちもIS操縦者です! 一夏さんと鈴音さんが、あの機体と戦っているのにわたくしたちだけ、黙って見ているわけにはいきません!」
「セシリア。アリーナの遮断シールドは、現在、レベル4に設定されている。外部からの、干渉は一切、受け付けない。さらに、扉も、すべてロックされている。お前たちが、アリーナに入ることは、不可能だ」
千冬の説明は淡々としていた。だがその内容はセシリアにとってあまりにも残酷だった。遮断シールドレベル4。それは、IS学園の最高レベルの、防御機構だ。外部からの攻撃はもちろん内部からの干渉も遮断する。つまりセシリアたちがアリーナに入ることは物理的に不可能なのだ。
「そんな……!」
セシリアは悔しそうに唇を噛んだ。だが千冬はさらに言葉を続けた。
「それに、仮にシールドを解除できたとしてもだ。お前は突入部隊には入れない」
「なぜ、ですか!?」
「お前は代表候補生だ。その立場は責任を伴う。正体不明のISが乱入したこの状況でお前を危険に晒すわけにはいかない。それが上層部の判断だ」
千冬の言葉は、冷徹だった。だが、その中には教師としての、確かな責任感が、滲んでいた。セシリアはその言葉を聞いてぐっ、と、言葉を詰まらせた。代表候補生。その立場が、こんな形で自分を縛るとは思ってもみなかった。
「……分かりましたわ」
セシリアはそう言って肩を落とした。その表情は疲れ切っていた。千冬の細かい説明を聞かされて降参したというところだろう。摩耶はそんなセシリアを気の毒に思った。だが千冬の判断は正しい。セシリアを危険に晒すわけにはいかない。
セシリアは、疲れた顔で、モニターの前の椅子に、腰を、下ろした。その横で箒は、ただ、黙って、モニターを見つめていた。その目は、一点に釘付けに、なっていた。モニターに、映る、一夏の姿に。
箒の目には、一夏の白鴉が映っていた。所属不明のISと対峙するその姿。その動きは、試合の時と同じようで、どこか、違っていた。試合の時はどこか余裕があった。だが今は違う。あの漆黒の機体を相手に、一夏は本気で戦っている。その目は試合の時よりもさらに冷徹になっていた。
(一夏……)
箒は、心の中で、そう、呟いた。その声は誰にも、届かない。だがその想いは、確かに一夏に、届いている、ような気が、した。箒は、モニターを見つめながら、自分の、手を、ぎゅっと、握りしめた。
(私も、そこに、行きたい。お前の隣に)
だがそれは叶わない。今の箒にできることは、ただ一夏の無事を祈ることだけだ。箒はモニターの一夏の姿をじっと見つめ続けた。その目には強い想いが宿っていた。