IS レイヴンズ・レゾナンス   作:BLUE@

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十五話

月曜日の朝。一夏はいつものように教室の扉を開けた。

 

だが、その瞬間、教室の空気が少しだけ違うことに気づいた。女子たちが数人、机を囲むようにして何かのカタログを広げている。あちこちから「これ可愛くない?」「でも機能性も大事でしょ」という声が聞こえてくる。

 

一夏が席に向かおうとすると、女子の一人が顔を上げた。

 

「あ、織斑君。ねえねえ織斑君のISスーツってどんなの?」

「え? 俺の?」

 

突然話を振られて一夏は少しだけ面食らった。だが、すぐに思い出して答えた。

 

「ああ、特注品だよ。イングリッド社のストレートアームモデル」

 

その言葉に女子たちが一斉にこちらを向いた。

 

「イングリッド社!? あそこって確か高級志向で有名なところよね」

「ストレートアームモデルって、あの無駄を削ぎ落とした機能美が売りの?」

「特注品ってことはオーダーメイド? いいなあ」

 

女子たちが口々に言う。一夏はその反応に少しだけ気圧されながらも、頭をかいた。

 

教室の扉が開いて、山田真耶が入ってきた。手にはタブレット端末と、何枚かのプリントを抱えている。その姿を見て女子たちは慌てて席に戻りかけたが、真耶は「いいですよ、まだ時間ありますし」と笑って制した。

 

「ちょうどいい機会だから、ISスーツについて少し説明しておきますね」

 

真耶は教壇に立つと、タブレットを操作して黒板のスクリーンに図を映し出した。

 

「ISスーツは、IS操縦時に着用する専用のインナースーツ。ISとの神経接続を補助する役割と、パイロットの肉体を保護する役割の二つを担っています。素材は伸縮性と耐久性を両立させた特殊繊維で、パイロットの動きを妨げないように設計されています」

 

女子の一人が手を挙げた。

 

「先生、ISスーツってやっぱり機体ごとに違うんですか?」

「いい質問ですね。基本的にはISスーツは汎用性を持たせているから、どの機体でも着用できます。でも、専用機持ちは機体に合わせたカスタマイズをすることが多いですね。たとえば、セシリアさんのブルー・ティアーズなら、射撃時の安定性を重視した設計になっています」

「へえ」

 

女子たちが感心したように声を上げた。真耶はそんな様子を見て、少しだけ嬉しそうに笑った。

ふいに教室の扉が、今度は鋭く開いた。

 

「席に着け」

 

低い、よく通る声。織斑千冬が立っていた。その表情はいつもの冷徹なものだった。一夏と女子たちは、慌てて席に着いた。真耶も教壇の端に退いて、千冬に場所を譲った。千冬は教壇に立ち、クラスを見渡した。その視線は鋭く、一人ひとりの顔を確認するようだった。

 

「今日から、ISの本格的な実戦訓練を始める」

 

千冬のその一言に教室の空気が引き締まった。女子たちの表情が、一瞬で真剣なものに変わる。一夏も、背筋を伸ばした。

 

「今までは基礎訓練と模擬戦が中心だった。だが、先日のクラス対抗戦中止の件もある。実戦形式の訓練を積む必要があると判断した」

 

千冬の声は淡々としていたが、その中には確かな重みがあった。先日のクラス対抗戦中止。それはあの漆黒の無人機の襲撃によるものだった。あの事件があってから、学園の空気はどこか張り詰めている。千冬もそれを感じているのだろう。

 

「実戦訓練では、これまで以上に厳しい判断が求められる。敵の動きを読み、状況を把握し最善の手を打つ。それができなければ、お前たちは戦場では生き残れない」

 

戦場では生き残れない。その言葉に一夏は少しだけ目を細めた。頭の中の声が、静かに響く。

 

(——そうだ。戦場では一瞬の判断が生死を分ける。お前はそれを、体で覚えているはずだ)

 

一夏は心の中でその声に頷いた。そして、千冬の次の言葉を待った。

 

「連絡は以上だ。あとは山田先生に任せる」

 

千冬はそう言い残すと教壇を降りて教室を出ていった。その背中はいつも通り背筋が伸びていて、一分の隙もない。扉が閉まる音がやけに大きく響いた。

 

真耶が教壇に戻って、タブレットを軽く叩いた。

 

「はい、それではホームルームを続けますね。ええと、今日は皆さんにお知らせがあります。実は今日、このクラスに転校生が二人来ています」

 

その瞬間、教室の空気が変わりました。女子たちがざわめき始める。

 

「転校生? 二人も?」

「この時期に? 珍しいわね」

「どこから来るんだろう」

 

一夏はそのざわめきを聞きながら、少しだけ首を傾げた。転校生が二人。それ自体は珍しいことではない。だが、この時期に二人同時となると少し引っかかるものがあった。

 

(——二人同時、か)

 

頭の中の声が、ぼんやりと響いた。

 

(何か、意図を感じるな)

 

一夏は心の中でその声に同意した。だが、口には出さなかった。真耶が扉の方へ視線を向けて、明るい声で言った。

 

「では、入ってきてください」

 

扉が開いた。

 

最初に入ってきたのは、金髪の少年だった。背は一夏より少し低いくらいで、柔らかそうな金髪が特徴的だ。その顔立ちは中性的で、どこか華がある。続いて入ってきたのは、銀髪の少女だった。こちらは背筋がすっと伸びていて、目つきが鋭い。その姿にはどこか軍人のような規律を感じさせるものがあった。

 

教室が、しんと静まり返った。真耶が二人の傍らに立って、説明した。

 

「こちら、今日からこのクラスに加わるお二人です。では、自己紹介をお願いします」

 

金髪の少年が一歩前に出た。そして、にこやかに笑った。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、これからよろしくお願いします」

 

その声は明るく、人懐っこい響きだった。女子たちが、その笑顔に見入っている。だが、一人の女子がぽつりと呟いた。

 

「え……男?」

 

その言葉に、教室の空気が一瞬止まった。シャルルはその言葉に少しだけ目を瞬かせて、それからはっきりと答えた。

 

「はい。男です」

 

その瞬間だった。

 

一夏は、咄嗟に両耳を塞いだ。隣では箒が、その少し後ろではセシリアがほぼ同時に耳を塞いでいる。三人の視線が、一瞬だけ交差した。それはこの教室で何が起きるかを、三人とも分かっていたからだった。

 

そして、次の瞬間。

 

「「「「「きゃああああああ!!!」」」」」

 

教室が、爆発した。

 

女子たちが、文字通り、歓喜に震えながら叫んだ。机が揺れ、椅子が倒れ誰かが教科書を宙に放り投げた。その声は、もはや悲鳴に近い。いや悲鳴と歓声が混ざり合った、そんな声だった。

 

「男! 男よ! このクラスに男が増えたのよ!」

「織斑君だけじゃなかったの!?」

「しかも金髪! イケメン! フランスから!」

「神様ありがとう! 私、今日という日を忘れないわ!」

 

一夏は耳を塞いだまま、その光景を呆然と見つめていた。まあ、予想はしていた。この学園に男が転校してくれば、こうなるだろうとは。だが実際に目の当たりにすると、その迫力はすさまじいものがあった。

 

(——すごいな、これは)

 

頭の中の声が、どこか呆れたように呟いた。

 

(戦場の比じゃないな。これが、女の歓声か)

 

一夏は心の中で苦笑した。戦場の比じゃない、という表現が妙にしっくりきた。確かに、この歓声は戦場の爆音にも負けない迫力があった。

 

「皆さん、落ち着いてください! まだ自己紹介が終わっていません!」

 

真耶が必死に声を張り上げた。だが、女子たちの歓声はなかなか収まらない。シャルルはそんな光景を見て、少しだけ困ったように笑っていた。ラウラは、そんな女子たちの様子を冷めた目で見つめていた。

 

そして、ようやく歓声が少しだけ落ち着いた頃、ラウラが一歩前に出た。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツから来た」

 

その声は、短く、そして鋭かった。たったそれだけの自己紹介。だが、その声にはどこか近寄りがたい雰囲気があった。教室の空気が、一瞬だけ引き締まった。女子たちの歓声も、少しだけ小さくなった。一夏は、そんなラウラの姿をじっと見つめていた。

 

(——この娘只者じゃないな)

 

頭の中の声が、静かに告げた。

 

(立ち居振る舞いが軍人そのものだ。おそらく、ただの転校生ではない)

 

一夏は、心の中でその声に同意した。ラウラの姿には、どこか戦場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、そんな雰囲気があった。だが今は、それを口に出す時ではない。一夏は、静かに二人の転校生を、見つめ続けていた。

 

ラウラの自己紹介が終わると教室はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。真耶がホームルームを再開しようとした、ふいにラウラが、一夏の方を向いた。その目はまっすぐに一夏を捉えていた。鋭く、冷たい敵意にも似た視線。一夏はその視線を感じて、思わず背筋を伸ばした。ラウラは一歩、二歩と一夏の方へ歩き出そうとした。その手が、わずかに拳を握っている。

 

だが、その瞬間だった。

 

「止まれ」

 

低い、よく通る声が教室に響いた。千冬が、いつの間にか教室の入り口に立っていた。その目はラウラをまっすぐに見据えている。ラウラはその声に足を止めた。そして千冬の方を向いた。その表情には、わずかな緊張の色が浮かんでいた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。私の授業を妨害するつもりか」

 

千冬の声は静かだったがその中には逆らうことを許さない力があった。ラウラはその声にしばらく沈黙していた。そして、小さく息を吐いた。

 

「……いいえ。失礼しました」

 

ラウラはそう言って、一夏から視線を外した。一夏はそんなラウラの様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。だがその時だった。ラウラが一夏の傍らを通り過ぎる時、小さな声で呟いたのを一夏は聞き逃さなかった。

 

「認めない。お前が教官の弟などと」

 

その声は、一夏にだけ聞こえるほどの小さなものだった。だが、確かに一夏の耳に届いた。一夏はその言葉に、思わず首を傾げた。

 

(教官の弟? 何のことだ?)

 

一夏は心の中で呟いた。教官の弟。この学園で教官といえば、千冬のことだ。そしてその弟といえば、一夏自身。つまりラウラは一夏が千冬の弟であることを、認めていないということらしい。だが、それが何を意味するのか一夏には分からなかった。一夏は、首を傾げたままラウラの背中を見送った。

 

(——気をつけろ)

 

頭の中の声が、静かに告げた。

 

(あの女、お前に並々ならぬ敵意を抱いている。何か、理由があるはずだ)

 

一夏は心の中でその声に頷いた。確かにラウラの視線には、ただの初対面のそれではない何かがあった。だが、今はそれを考える時ではない。真耶が、ホームルームを終わらせようとしていた。

 

「ええと、それでは今日のホームルームはこれで終わりにします。連絡事項は以上です」

真耶がそう言うと千冬が一歩前に出た。その姿を見て、教室の空気が再び引き締まった。

 

「全員、聞け」

 

千冬の声に、女子たちが一斉に背筋を伸ばした。一夏も、思わず姿勢を正した。

 

「これから二組と合同でIS模擬戦闘を行う。すぐにISスーツに着替えて、第二グラウンドに来い」

 

その言葉に、教室が、わずかにざわめいた。二組との合同模擬戦闘。それは、クラス対抗戦が中止になった今、初めての本格的な実戦形式の訓練だった。女子たちの表情に、緊張と期待が入り混じる。

 

「着替えは各自、更衣室で済ませろ。時間は十五分。遅れた者は問答無用で減点する」

 

千冬の声は、淡々としていたがその中には一分の隙もない厳しさがあった。一夏は、その声を聞きながらふと、ある問題に気づいた。更衣室。女子たちは女子更衣室を使うだろう。だが、一夏は男子だ。男子の更衣室はあるのだろうか。いや、この学園に男子は一夏しかいなかったはずだ。だとすれば、男子更衣室なんてものは存在しないのではないか。一夏がそんなことを考えていると、千冬が一夏の方を向いた。

 

「織斑」

「はい」

 

一夏は、思わず背筋を伸ばして答えた。

 

「お前は、シャルルと一緒に空いているアリーナの更衣室で着替えろ」

 

千冬は、そう言った。一夏はその言葉に少しだけ驚いた。空いているアリーナの更衣室。それは、つまりシャルルと一緒に着替えろということらしい。一夏は、ちらりとシャルルの方を見た。シャルルは、一夏の視線に気づいてにこやかに笑った。

 

「よろしくね、織斑君」

 

その笑顔は、どこまでも明るく人懐っこいものだった。

 

「詳しい話は後だ。行くぞ」

 

一夏はそう言ってシャルルの手を引いた。シャルルは「え、あ、ちょっと」と声を上げたが一夏は構わず教室を出た。廊下に出た瞬間、一夏はその光景に思わず足を止めかけた。

 

廊下の両側に女子たちが鈴なりになっていた。別のクラスの生徒たちだ。どうやら噂を聞きつけて、一夏とシャルルを一目見ようと集まってきたらしい。その数は二十人を超えている。いや、廊下の先まで続いていることを思えば、もっとだろう。

 

「いた! 織斑君と、新しい男の子!」

「本当だ! 金髪の子、すごく可愛い!」

「ちょっと待って、二人とも手を繋いでる!?」

「きゃああ! 何あれ、何あれ!?」

 

女子たちの声が、四方八方から飛んでくる。一夏はその声に辟易しながらも、足を止めるわけにはいかなかった。授業に遅れるわけにはいかないのだ。

 

(——右の階段を下りろ。人混みの薄い方だ)

 

頭の中の声が静かに告げた。一夏はその声に従って、右へ曲がった。シャルルの手を引いたまま、階段を下りる。女子たちが追いかけてくる気配がしたが、一夏は振り返らなかった。

 

(——次の角を左。そこから渡り廊下に出る)

 

声の指示に従って、一夏は迷わず進む。まるでこの学園の構造を、最初から知っているかのように。いや、実際そうなのだろう。頭の中の声は、この学園の構造を把握している。それはおかしな話だが、今はそれを考える時ではない。

 

「織斑君、どこに行くの!?」

「待って! 写真だけでも!」

「お願い、サインして!」

 

女子たちの声が後ろから追いかけてくる。一夏はその声を振り切りながら、ようやく目的の更衣室に辿り着いた。扉を開けて、シャルルを中に押し込むように入る。そして、後ろ手に扉を閉めた。

 

「はあ……はあ……」

 

一夏は息を切らしながら、扉にもたれかかった。シャルルも、一夏の傍らで肩を上下させている。

 

「な、何なの、あれ……」

 

シャルルが、息も絶え絶えに言った。その声には、まだ驚きの色が残っている。一夏は、そんなシャルルの様子を見て少しだけ苦笑した。

 

「あれが、この学園の日常だよ。……まあ、俺以外に男がいなかったからこうなるのも無理はないんだけどな」

「え……? どういうこと?」

 

シャルルが、首を傾げた。一夏はその問いに少しだけ考え込んでから答えた。

 

「この学園、IS操縦者しかいないんだよ。で、IS操縦者は全員が女だ。男は俺一人だけだった。だから、男が二人も揃うなんてあの子たちにとっては大事件なんだよ」

 

一夏はそう説明した。シャルルは、その説明を聞いてようやく納得したように頷いた。だが、その頬は少しだけ赤くなっていた。

 

「そ、そうだね。男二人なんだから当然……だよね」

 

シャルルの声は少しだけ上ずっていた。一夏は、そんなシャルルの様子に少しだけ違和感を覚えた。何か、引っかかる。だがそれが何なのかは分からない。そして、それを考える時間もなかった。

 

「悪い、シャルル。着替えよう。時間がない」

 

一夏はそう言って自分のロッカーを開けた。ISスーツを取り出して、手早く着替え始める。シャルルも、一夏に倣って着替え始めた。だが、一夏はふとシャルルの方を向いた。その瞬間、シャルルが慌てて視線を逸らしたのを見た。その顔は、さっきよりも赤くなっている。

 

(——どうしたんだシャルル?)

 

一夏は心の中で呟いた。だがそれを問いかける時間はない。一夏は手早く着替えを済ませて、シャルルの方を向いた。

 

「シャルル、着替え終わったか?」

「あ、うん。大丈夫」

 

シャルルはそう答えた。その声は、まだ少しだけ上ずっている。一夏は、そんなシャルルの様子にやはり何かあると感じながらも、今はそれを問い詰める時ではないと判断した。

 

「よし、行くぞ。第二グラウンドだ」

 

一夏はそう言って更衣室の扉を開けた。廊下には、もう女子たちの姿はなかった。どうやら、諦めたらしい。一夏はほっと胸を撫で下ろしながら、シャルルと一緒に第二グラウンドへと向かった。歩きながら、一夏は頭の中の声に問いかけた。

 

(なあ。シャルル、何か変だよな)

(——ああ。何か隠していることがあるな。だが、今はそれを問い詰める時ではない。模擬戦闘が終わってからでいい)

(だよな。……分かった)

 

一夏は心の中でそう答えて足を速めた。第二グラウンドには、もうすでに多くの生徒たちが集まっていた。

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