シャルルが転校してから五日目の土曜日。全開放されたアリーナで、一夏は四方八方から攻め立てられていた。
「右から行くぞ!」
「こちらもですわよ!」
「覚悟しなさい!」
「織斑君、ごめんね!」
箒の竹刀——いやIS用のブレードが右から迫る。セシリアのブルー・ティアーズのビットが死角からレーザーを放つ。鈴音の双天牙月が左右から斬りかかり、シャルルのラファール・リヴァイヴが上空から急降下してくる。
一夏は白鴉のスラスターを吹かし、そのすべてを紙一重でかわした。リニアライフルを最小限の動きで構え直し、四人の動きを同時に牽制する。
(——悪くない。だが、連携にまだ隙がある。箒の突進とセシリアの射撃のタイミングが微妙にずれている。そこを突けば崩せる)
頭の中の声が淡々と告げる。一夏はその声に従って、箒の突進に合わせてカウンターの一撃を放った。リニアライフルの連射モード。制圧射撃が箒の進路を塞ぎ、箒がたたらを踏む。その隙に一夏はセシリアのビットに向けてレーザーキャノンを拡散モードで撃ち、同時にシャルルの急降下に対しては六連装垂直ミサイルポットを発射した。
「くっ……!」
「ちょっと、また読まれた!?」
「一夏、本気でやりすぎだろ!」
「すごいな……ほんとに全部対応してる」
四人が距離を取って肩で息をしている。一夏も一度、白鴉の機動を止めた。
「いや、みんなの連携が良くなってるからさ。俺も必死だって」
「どこがだ。お前、まだ余裕あるだろ」
箒が悔しそうに言った。セシリアも頷く。
「ええ。私たち、これでも結構本気なんですのよ。なのに織斑さん、一度も本気を出していないでしょう」
「いや、出してるって。本当に」
一夏がそう言うと、四人は揃ってため息をついた。どうやら信用されていないらしい。
「もういい。一回休憩にしよう」
鈴音がそう言ってその場に座り込んだ。他の三人もそれに続く。一夏も白鴉を待機状態に戻して、輪の中に入った。
「しかし、困ったな。これだけやっても一夏の対応を崩せないとなると、新しい戦術を考える必要があるな」
「そうですね。何か、織斑さんの虚を突くような……」
「一夏の癖、もっとよく見ないといけないな」
「僕も、もっと連携を密にすればいけると思うんだけど……」
四人が頭を抱えていると、ふいに「——織斑一夏」
低い、よく通る声がアリーナに響いた。一夏はその声に振り返る。そこに立っていたのは、ISスーツに身を包んだラウラ・ボーデヴィッヒだった。彼女の背中には、大型のレールカノンがマウントされている。その目は、まっすぐに一夏を捉えていた。冷たい、敵意に満ちた視線。
「私と戦え」
ラウラはそう言った。その声には、有無を言わさぬ強さがあった。一夏はその言葉に、ゆっくりと立ち上がった。
「断る」
一夏の答えは、短く、そして明確だった。ラウラの眉が、わずかに動く。
「なぜだ」
「戦う理由がないからだ」
一夏はそう答えた。ラウラは、その答えに小さく笑った。だがその笑みには、一片の温かさもない。
「私にはある」
ラウラはそう言って、一歩前に出た。
「お前がいるから、教官は大会二連覇を逃した。お前が、教官の伝説に泥を塗った。私は、それが許せない」
ラウラの言葉に、一夏は静かに目を閉じた。そして、あの日のことを思い出した。第二回IS世界大会、モンド・グロッソ。あの日一夏は謎の組織に誘枴された。千冬は、そのせいで不戦敗となった。大会二連覇は果たされなかった。そして、一夏を助けた際に千冬はドイツに借りを作り、一年ほどドイツ軍IS部隊に教官として勤めた。その後、現役を引退してIS学園の教師に着いた。
(——そうだろうな)
一夏は心の中で呟いた。ラウラの言うことは、もっともだ。千冬の伝説を一夏が壊した。それは、紛れもない事実だ。だがそれでも。
「それでも、戦わない」
一夏は、目を開けてそう言った。ラウラの目が、わずかに見開かれた。
「お前、自分が何を言っているか分かっているのか」
「分かっている。俺が、千冬姉の邪魔をした。それは認める。でも、だからってお前と戦う理由にはならない」
一夏は、まっすぐにラウラを見つめ返した。ラウラは、しばらく黙っていた。そして静かに言った。
「ならば、戦わざるを得ないようにしてやる」
ラウラが、背中のレールカノンを展開した。その砲口が、一夏に向けられる。空気が張り詰めた。箒たちが、息を呑む気配がした。その時。
『アリーナの使用権限を持つ者として警告します。ボーデヴィッヒさん、織斑君。私闘行為は許可されていません。直ちに武装を収納しなさい』
アリーナを管理している教師の放送が、アリーナに響き渡った。ラウラはその声に、小さく舌打ちをした。
「……興が削がれた」
ラウラはそう呟いて、レールカノンを収納した。そして、一夏に背を向けてそのままアリーナを去っていった。その後ろ姿を、一夏はじっと見つめていた。
「一夏、大丈夫か?」
箒が、心配そうに駆け寄ってきた。セシリア、鈴音、シャルルも同じように一夏の周りに集まる。
「ああ、大丈夫だ」
一夏はそう答えた。だがその目は、まだラウラの去っていった方向を見つめていた。鋭い、どこか戦場のそれに似た目だった。
(——ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の敵意は、筋が通っている。だが……)
頭の中の声が、静かに告げた。
(——お前の戦い方は危うい。感情に任せた戦いは、いつかお前自身を滅ぼす)
一夏は心の中で、その声に同意した。ラウラの戦いには、危うさがあった。怒りに任せた、迷いのない刃。それは強い。だが、同時に脆い。一夏はそんなラウラの姿に、どこか懐かしさにも似たものを感じていた。
「一夏?」
シャルルが、一夏の顔を覗き込んだ。一夏は、はっと我に返った。
「あ、ああ。ごめん、少し考え事をしてた」
「本当に大丈夫なの? ラウラさん、すごく怒ってたみたいだけど……」
「大丈夫だって。俺が、ちゃんと話せば分かってくれるさ」
一夏は、そう言って笑った。だがその笑顔は、どこか無理をしているようにも見えた。箒は、そんな一夏の様子を見て何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
「とりあえず、今日はもう終わりにしようぜ。俺、ちょっと疲れた」
一夏のその言葉に、四人はそれぞれに頷いた。アリーナを後にする一夏の背中を、箒は複雑な表情で見つめていた。一夏の中にいる「別の誰か」。それは、今日、確かに顔を覗かせていた。ラウラに向けた、あの鋭い目。戦場を知る者の目。箒は、そんな一夏の背中に言い知れぬ不安を覚えずにはいられなかった。
―――
更衣室で一夏はISスーツから制服に着替えながら、ラウラのことを考えていた。
(ラウラ・ボーデヴィッヒ。あいつは、千冬姉のことを本気で尊敬しているんだな)
シャツのボタンを留めながら一夏は昼間のラウラの言葉を思い返す。あの目の強さ。あれは、単なる敵意ではない。もっと深い、信念に近いものだ。
(俺が千冬姉の伝説を壊した。それは事実だ。だから、あいつが俺を認めないのも無理はない)
一夏はそう思った。だが、同時に別の考えも浮かんでくる。
(でも、だからって戦うのは違う。あいつは、戦うことでしか自分の気持ちを整理できないんだ。それが、危うい)
頭の中の声が、静かに同意する。
(——ああ。あの戦い方は、いずれ自分を追い詰める。感情に任せた刃は、敵を斬る前に自分を斬る)
一夏は心の中で頷いた。どうにかして、ラウラと話をする方法はないものか。戦う以外の方法で、あいつの気持ちに応える方法は。
(——今は、まだ分からない。だがいつか必ず)
一夏はそう心に決めて着替えを終えた。ロッカーを閉めたその時、更衣室の扉が開いた。
「織斑君、いますか?」
山田真耶だった。アンダーリムの眼鏡の奥で、その目が穏やかに笑っている。
「あ、山田先生。どうしたんですか?」
「はい。織斑君と、それからシャルル君に伝えておきたいことがあって」
真耶はそう言って、手に持った書類を胸に抱え直した。
「実はですね、週に二回、大浴場が使えるようになったんです。」
「え、本当ですか?」
「はい。まだ慣れない環境で大変でしょうから、という配慮らしいです。時間は水曜と土曜の夜。詳しくは後で掲示板に貼り出しますね」
一夏はその言葉に、ぱっと顔を明るくした。寮の浴室は共同とはいえ、やはり大浴場は格別だ。
「ありがとうございます。シャルルにも伝えておきますね」
「お願いします。あ、それとですね……」
真耶はそう言って、書類を一枚、一夏に差し出した。
「これ、サインをお願いできますか?」
「サイン? なんのですか?」
「白式を開発した倉持技研への提出書類です。白鴉のデータの一部を、参考資料として提出する必要がありまして」
一夏は書類を受け取って、その内容に目を通した。白式と白鴉の基本構造に関するデータ。機体の運用記録。パイロットの戦闘データ。どれも、ISの研究開発には欠かせないものだという。
「白式の開発元、でしたっけ。倉持技研って」
「はい。篠ノ之博士の設計を基に、実用化した企業です。白式のデータは、今でもISの基礎研究に役立っているんですよ」
真耶はそう説明して、少しだけ照れたように笑った。
「本当は私が全部書類を整えるべきなんですけど、どうしてもパイロットのサインが必要で。お手数かけます」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ」
一夏はそう言って書類に目を落とした。その時、更衣室の扉が再び開いた。
「織斑君、着替え終わった?」
シャルルだった。ISスーツから着替え終えたのか、制服姿で扉のところに立っている。一夏はシャルルの方を振り返った。
「ああ、ちょうど終わったところ。シャルル、先に戻っててくれないか? 俺、山田先生とちょっと書類の手続きがあって」
「書類?」
「うん。白鴉のデータ提出のサイン。すぐ終わるから」
「そっか。分かった。先に戻ってるね」
シャルルはそう言って柔らかく笑った。そして真耶にも軽く会釈をして、更衣室を出ていった。一夏はそんなシャルルの後ろ姿を見送ってから、真耶に向き直った。
「じゃあ、サインしますね」
「お願いします。あ、ペンはこちらに」
真耶が差し出したペンを受け取って、一夏は書類にサインをした。その時、ふと書類の隅に目が留まった。「白式一次移行体」の文字。それが、白鴉の正式な開発区分だった。
(白式一次移行体。つまり白鴉は白式から派生した機体、なのか)
一夏はそう思いながら、ペンを置いた。その内心では頭の中の声が静かに呟いていた。
(——だが、その実態は白式の枠を超えている。誰が、何のためにこの機体を設計したのか。それは、まだ分からない)
一夏は心の中でその声に同意した。白鴉の謎は、まだ何も解けていない。だが今は目の前のことに集中しよう。一夏はそう思って、真耶に書類を返した。
「はい、これで大丈夫ですか?」
「ええ、完璧です。ありがとうございました、織斑君」
真耶はそう言って、書類を大切にしまった。そして、ふと何かを思い出したように一夏を見た。
「そういえば、織斑君。ラウラさんと何かあったんですか?」
「え?」
「いえ、さっきアリーナの方から出てきたラウラさんが、すごく難しい顔をしていて。何かあったのかなって」
真耶の問いに一夏は少しだけ言葉に詰まった。だが、すぐに首を横に振った。
「いえ、何でもないです。ちょっと話をしただけですから」
「そうですか。……ラウラさん、ああ見えて繊細なところがありますから。織斑君、良かったら仲良くしてあげてくださいね」
真耶はそう言って穏やかに笑った。一夏はその言葉に、小さく頷いた。
「はい。分かってます」
更衣室を出て、廊下を歩きながら一夏はもう一度、ラウラのことを考えた。真耶の言う通り、ラウラは繊細なのだろう。あの強い敵意の裏には、きっと別の感情が隠れている。それは、何なのか。一夏にはまだ分からない。だが、いつか必ず分かる日が来る。そんな予感が、一夏の中にあった。
(——焦るな。今は、一つずつだ)
頭の中の声が、静かに告げた。一夏は心の中で頷いて、寮へと続く廊下を歩いていった。