IS レイヴンズ・レゾナンス   作:BLUE@

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二十話

明かりをつけていない部屋の中で、ラウラ・ボーデヴィッヒはモニターの光だけを頼りに、一夏に関する情報を睨んでいた。

 

(織斑一夏。あの男の、どこが異常なのか)

 

画面にはIS学園の公開データと、ドイツ軍から回ってきた報告書の断片が並んでいる。戦闘記録、訓練時の数値装備の運用履歴。どれもこれといった特異点はない。強いて言えば、ISのパイロットとしての適性が高いというだけ。それだけなら、ラウラとてここまでこだわりはしなかった。

 

(だが、実際は違う)

 

ラウラは、あのアリーナでの光景を思い返していた。箒、セシリア、鈴音、シャルル。四人がかりの連携攻撃を、一夏はすべて紙一重でかわしていた。それも、苦戦している様子もなくまるで最初から攻撃の手順を知っているかのように。

 

(あの反応速度は訓練で身につくものではない。あれは、経験だ。実戦の)

 

ラウラは唇を噛んだ。実戦経験。IS学園の生徒には本来ありえないものだ。ましてやあの一夏のような能天気な男がそんなものを身につけているはずがない。だが現に、一夏の動きには戦場を知る者のそれがあった。迷いのない無駄のない生存のための動きが。

 

「……認めない」

 

ラウラは小さく呟いた。だがその声は自分自身に向けたものだった。認めたくないという気持ちと認めざるを得ないという事実。その狭間でラウラの思考は揺れていた。

 

(ならば、機体はどうだ。白鴉。あの機体の異常性は、一夏個人のそれとは別のものだ)

 

ラウラはモニターの表示を切り替えた。白鴉の機体データ。それは、IS学園が公開している範囲のものでしかないが、それでもラウラには十分だった。

 

(まず、機体性能。白式の一次移行体と分類されているが、出力は明らかに白式を上回っている。特に瞬間推力の発生能力が異常だ。あの加速は、第三世代の枠を超えている)

 

ラウラは指を動かして、データをスクロールさせた。

 

(物理装甲による耐久。シールドエネルギーとの併用。拡張空間の使用を最小限に抑え、固定武装の最適配置を前提とする設計。……これは、ISの思想ではない。戦争の思想だ)

 

ラウラの眉がわずかに寄った。ISは、スポーツとしての決闘を想定して設計されている。だからこそ、装甲は薄く機動性が重視される。だが白鴉は違う。あの機体は、生き残るために作られている。撃たれても落ちないために。そして、敵を確実に仕留めるために。

 

(武装も、同じだ)

 

ラウラは、白鴉の武装リストを確認した。

 

(右腕に大型リニアライフル。実弾兵装。シールドエネルギーを貫通する徹甲弾を発射する。連射モードにチャージショット。遠距離からの制圧に特化した兵装だ)

 

(右背部にレーザーキャノン。単発、照射、拡散の三モード。シールドブレイカーとしての機能も備えている。中距離での殲滅を想定している)

 

(左背部に六連装垂直ミサイルポット。六発を個別に発射可能。弾頭は状況に応じて選択。障害物越しの攻撃や、複数目標への同時攻撃が可能。……戦場の制圧を想定した兵装だ)

 

(左腕にパルスブレード。防御と攻撃の切り替えが瞬時に行える。近距離での排除を想定している)

 

(遠距離、中距離、近距離。すべての間合いをカバーしている。これは、一対一の決闘のための構成ではない。戦場での生存と殲滅のための構成だ)

 

ラウラは、モニターの前で腕を組んだ。

 

(特殊兵装も、異常だ)

 

(アサルトアーマー。周囲にパルス爆発を発生させ、実弾兵装をかき消す。至近距離での被弾を強制的に無効化する切り札。……これは、攻勢転換のための兵装だ。追い詰められた状況を、一瞬で覆す)

 

(パルスアーマー。一定時間、機体を球状のバリアで包み込む。全方位の攻撃を無効化する。……これは、守りの切り札だ。だが持続時間中も攻撃は可能。防御に特化しながらも、反撃の手を失わない)

 

(パルスプロテクション。半径五メートル以内の任意の位置に球状のバリアを設置。敵の攻撃は内側からも外側からも阻み、味方の攻撃は内外どちらからでも通過する。……これは、戦場の制御だ。味方にとっては透過する防御壁、敵にとっては貫通不可能な障壁。設置位置の選択が戦況を左右する)

 

ラウラは、そこで一度、思考を止めた。これらの特殊兵装は、どれもISの技術体系では説明がつかない。まるで、別の世界の技術だ。いや別の世界の「戦争」の技術だ。

 

(そして、単一仕様能力。聖天月華)

 

ラウラは、その一文を、何度も読み返した。

 

(搭乗者の能力を限界まで引き出す。身体能力、反射速度、空間認識能力、状況判断能力を文字通り限界値まで引き上げる。……シンプルだが、効果は絶大だ。IS操縦者としての潛在能力を、一時的に完全に開花させる)

 

(制約は、五分。それを超えれば搭乗者は深刻な疲労に陥る。だが、五分あれば戦況を覆すには十分すぎる)

 

ラウラは、モニターの光の中でゆっくりと息を吐いた。

 

(もし、これが)

 

その思考は、自然と浮かんでくるものだった。軍人としての思考が、否応なしにその結論へと導いていく。

 

(もし、これが再現され量産された場合)

 

ラウラの脳裏に一つの光景が浮かんだ。白鴉と同じ設計思想で作られた機体の群れ。リニアライフルを構え、レーザーキャノンを放ち、垂直ミサイルをばら撒き、パルスブレードで斬り込む。アサルトアーマーで被弾を無効化し、パルスアーマーで防御を固め、パルスプロテクションで戦場を制御する。そして、聖天月華で限界まで引き出された操縦者たち。

 

(……恐ろしい)

 

ラウラは、その光景を想像して背筋に冷たいものを感じた。ISはスポーツだ。決闘だ。だが白鴉は違う。白鴉は戦争のための機体だ。それが量産され、実戦に投入されたなら。ISの概念そのものが、根本から覆される。

 

(IS学園の他の機体とは、根本的に異なる運用思想。スポーツとしての決闘ではなく、戦争における生存と殲滅を想定している)

 

(これが、一夏の機体。あの能天気でお人好しな男の、専用機)

 

ラウラは、モニターを消した。暗闇が部屋を包み込む。椅子の背にもたれて、天井を見上げた。

 

(織斑一夏。お前は、何者だ)

 

その問いに、答えはない。だがラウラの中で、一つの確信が芽生えつつあった。一夏は、ただのIS操縦者ではない。あの機体もただのISではない。そしてその組み合わせが、IS学園という平和な世界の中に、確かに存在している。

 

(私は、お前を認めない。だが……)

 

ラウラは、目を閉じた。

 

(お前を、知る必要がある。お前が何者なのかを)

 

暗闇の中でラウラの思考は静かに、しかし確実に一夏という存在の核心へと近づいていった。

 

―――

 

月曜日の朝。一夏は男装したシャルルと共に教室へと向かった。土曜の夜に交わした言葉が、シャルルの中で少しずつ整理されてきたのか、その足取りは先週よりもしっかりしているように見えた。もっとも、男装の所作は変わらず自然ですれ違う生徒たちは誰一人としてシャルルが女子だと気づいていない。

 

教室の扉を開けるとすでに箒とセシリアが席に着いていた。二人はこちらに気づくと、立ち上がって近づいてくる。

 

「おはよう、一夏。シャルルも」

「おはようございます。織斑さんに、シャルルさん」

「おはよう。二人とも早いな」

「おはようございます」

 

一夏とシャルルがそれぞれに挨拶を返すと、箒とセシリアは少しだけ表情を引き締めて、シャルルの方をまっすぐに見た。

 

「シャルル。土曜日は、体調が良くなかったそうだな。今は大丈夫なのか?」

「うん。箒に心配をかけてしまってごめんね。もう大丈夫だから」

「そうか。ならいいんだが……」

 

箒はそう言って少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。セシリアがその続きを引き継ぐように、穏やかな声で口を開いた。

 

「シャルルさん。私たちは同じクラスで、同じアリーナで訓練する仲間ですわ。何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してくださいな。……土曜日のことは、私たちには詳しい事情は分かりませんけれど、力になれることがあるかもしれませんもの」

 

その言葉には詮索する気持ちは微塵もなかった。ただ、仲間としての気遣いがまっすぐに込められていた。シャルルは一瞬、言葉に詰まったように沈黙した。だがすぐに、その顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

 

「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ。何かあったらその時はお願いするね」

「ええ。いつでもどうぞ」

「私も、力になれることがあれば言ってくれ。遠慮はするな」

「うん。ありがとう、箒、セシリア」

 

シャルルの声は、土曜日に一夏と話したときのような張り詰めたものではなく、どこかほっとした響きがあった。箒とセシリアもそれを感じ取ったのか、満足そうに頷いてそれぞれの席へと戻っていった。

 

一夏はそんな二人の背中を見送りながら、自分の席に着いた。隣ではシャルルが鞄を置いて、静かに腰を下ろす。

 

「よかったな、シャルル」

「うん。……みんな、本当にいい人たちだね」

「だから言っただろ」

 

一夏がそう言って笑うと、シャルルもつられるように笑った。その笑顔は、先週まで見せていた明るい「少年」の笑顔ではなく、どこかしっとりと落ち着いた素の笑顔だった。

 

(少しずつ、だな)

 

一夏は心の中でそう思った。土曜日の夜に交わした約束を、少しずつ守っていければいい。そしてそのためには、まず自分が変わらなければならない。一夏はそう心に決めて、鞄から教科書を取り出した。教室の窓からは、月曜日の朝の柔らかな日差しが差し込んでいる。その光は、先週の出来事を優しく包み込むように、教室の中を明るく照らしていた。

 

やがて予鈴が鳴り、教室が静かになっていく。一夏は教科書を開きながら、隣のシャルルの横顔をちらりと見た。シャルルはもう、土曜日の夜のような怯えは見せていない。まっすぐに前を向いて、これからの時間を迎えようとしている。

 

(大丈夫だ。少しずつ、前に進めばいい)

 

一夏はそう心の中で呟いて黒板へと視線を戻した。月曜日の授業が、静かに始まろうとしていた。

 

―――

 

休み時間。一夏はトイレを済ませて廊下に出た。学園に男子用トイレが三カ所しかない現状に、ため息が漏れる。

 

「男子が俺一人しかいないんだから、当然っちゃ当然なんだけどな……」

 

ぶつぶつと呟きながら手を洗い、廊下を歩いて教室へ戻る。その途中、頭の中の声がふと囁いた。

 

(——誰かいる。声を潛めろ)

 

一夏は足を止めた。声のした方に目をやると、階段の踊り場の影に二人の姿が見えた。ラウラと、千冬だった。一夏は反射的に壁の陰に身を隠した。盗み聞きはよくないと思いつつも、自分の名前が聞こえた気がして耳を澄ませた。

 

「教官。織斑一夏について、お聞きしたいことがあります」

 

ラウラの声だった。低く、真剣な響きがある。千冬は少し間を置いてから答えた。

 

「何だ」

「あの男は、何者ですか」

 

その問いに、千冬はすぐには答えなかった。一夏は息を殺して、二人の会話に耳を傾けた。

 

「あの男の戦闘センスは、明らかに異常です。訓練で培われるものではない。あれは、実戦の経験です。ですがIS学園の生徒にそんな経験があるはずがない。ましてや、あの年齢で」

 

ラウラの声には、確信にも似た強さがあった。千冬は静かに、しかしはっきりと答えた。

 

「お前の言う通り、一夏の戦闘センスは異常だ。私も、何度か本人に聞いたことがある。どこでそれを覚えたのか、と」

「教官でも、分からないのですか」

「ああ。本人は自覚していない。夢で見た戦場の記憶、程度にしか思っていない。だが……」

 

千冬の声が、少しだけ低くなった。

 

「私は、一夏の中に別の何かがいるのではないかと、そう考えている」

 

一夏は、息を呑んだ。壁の陰で体がわずかに強張る。

 

「別の何か」

「あの機体、白鴉もそうだ。あれは私が知るISの設計思想とは根本的に異なる。白式を基にしているはずなのに、中身はまるで別物だ。誰が何のためにあの機体を設計したのか。それは、一夏自身にも分かっていない」

「では、教官はあの機体を危険だと?」

「危険かどうかではない。あの機体が、IS学園の枠を超えているというだけだ。そして、その操縦者である一夏もまた」

 

千冬の言葉は淡々としていた。だがその中には、姉としての複雑な思いが滲んでいるように一夏には聞こえた。

 

「教官は、あの男を信じているのですか」

 

ラウラの問いに、千冬は少しだけ笑った気配がした。

 

「信じているかどうかは関係ない。あれは私の弟だ。それ以上でも、それ以下でもない。……だがな、ラウラ。お前が一夏を気にかけている理由は、それだけではないだろう」

 

ラウラは、答えなかった。沈黙が二人の間に流れる。やがて、ラウラが口を開いた。

 

「私は、あの男を認めません。あの男が教官の伝説を壊したことは、事実です。ですが……」

 

そこでラウラの言葉が途切れた。一夏は、次の言葉を待った。

 

「あの男の戦い方には、危うさがある。感情に任せた私の戦い方を、あの男は見抜いていた。あの目は、戦場を知る者の目でした」

 

千冬は、何も言わなかった。

 

「だから、私はあの男を知りたい。あの男が何者なのか、何を持っているのか。それを知らなければ、私は先に進めない」

 

ラウラの声には迷いがあった。怒りでも、敵意でもない。もっと深い自分自身への問いかけのような迷いが。千冬が、静かに言った。

 

「好きにしろ。だが、一つだけ言っておく。一夏はお前が思っているよりずっと、お前のことを気にかけている」

「……なぜ、そう言えるのですか」

「あれはそういう奴だ。それだけだ」

 

千冬の声には確かな温かさがあった。一夏は、壁の陰でそっと息を吐いた。ラウラが、小さく息を吸う気配がした。

 

「……分かりました。失礼します、教官」

 

ラウラの足音が、遠ざかっていく。一夏は慌ててその場を離れようとしたが、千冬の声がそれを制した。

 

「そこにいるのは分かっているぞ、一夏」

 

一夏は、観念して壁の陰から出た。千冬が、腕を組んでこちらを見ていた。その目は、いつもの厳しいものだったがどこか苦笑いにも似た色が混じっている。

 

「盗み聞きとは、いい趣味だな」

「ごめん、千冬姉。たまたま通りかかって、俺の名前が聞こえたから……」

「言い訳はいい。……聞いていたな」

 

一夏は、素直に頷いた。千冬は小さくため息をついた。

 

「ラウラの言う通りだ。お前の戦い方には、危うさがある。それは自覚しておけ」

「……はい」

「だが、お前はお前だ。ラウラの言葉に、必要以上に囚われるな。お前がどうしたいのか、それを一番に考えろ」

 

一夏は、その言葉に顔を上げた。千冬はもう背を向けて、歩き始めていた。

 

「授業に遅れるなよ」

 

その背中を見送りながら、一夏はラウラの言葉を思い返していた。

 

(俺を知りたい、か)

 

頭の中の声が、静かに囁いた。

 

(——あの女は、お前を通して自分自身を見つめ直そうとしている。その姿勢は、尊重してやれ)

 

一夏は、心の中で頷いた。そして教室へと向かって歩き出した。

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