一夏が海に飛び込んでしばらくした頃、砂浜に賑やかな声が響き始めた。振り返ると、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの五人連れがそれぞれに水着姿で現れたところだった。
箒は白いワンピースタイプの水着を着ている。シンプルだが清楚で、彼女らしい選択だった。ただ本人は少し照れているのか、腕を組んでどこか落ち着かない様子である。
「箒、似合ってるな」
一夏がそう声をかけると、箒の顔が一瞬で赤くなった。
「なっ……! いきなり何を言うんだ、お前は!」
「え? いや、似合ってるって思ったから……」
「う、うるさい! そんなこと言わなくていい!」
箒はそう怒鳴りながらも、視線は一夏から逸らしたままだ。耳まで真っ赤になっている。
その隣でセシリアが胸を張った。鮮やかなブルーのビキニ。お嬢様らしい華やかさで、スタイルの良さが際立っている。
「織斑さん。わたくしの水着はいかがですの?」
「ああ、似合ってると思うよ。セシリアらしいっていうか」
「ふふん。でしょう?」
セシリアは満足そうに微笑んだ。だが、その頬はほんのりと赤い。鈴音が、そんなセシリアを見て呆れたように言った。
「あんた、そういうところは素直なのね」
「何よ、鈴音さん。あなたこそその水着で勝負する気あるの?」
鈴音が着ているのは黒いスポーティな水着だった。機能性重視のデザインだが、それがかえって彼女の引き締まった体躯によく似合っている。
「あたしは動きやすさ重視よ。海で泳ぐんだから当然でしょ」
「ふん。まあ、あなたらしいといえばあなたらしいですわね」
「あんたに言われたくないわよ」
二人のやり取りをシャルロットが穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。白と黒のツートンカラーのスポーティな水着。清楚でありながら、どこか凛とした雰囲気がある。
「みんな、似合ってるね」
シャルロットがそう言うと、一夏は頷いた。
「シャルロットも似合ってるよ。その水着、動きやすそうだな」
「ありがとう。僕も気に入ってるんだ」
シャルロットはそう言って少しだけ照れくさそうに笑った。そして、隣に立つラウラの方を見た。
「ラウラも、よく似合ってるよ」
ラウラは深紅のワンピースタイプの水着を着ていた。シャルロットが選んだものだ。軍人気質のラウラには少し意外な色合いだが、それがかえって彼女の隠れた可愛らしさを引き出している。
「そ、そうか?」
ラウラは少しだけ顔を赤らめて、そっけない返事をした。だがその口元はほんの少しだけ緩んでいる。
「ラウラ、その水着に決めたんだな」
一夏がそう言うと、ラウラは一層顔を赤くした。
「シャルロットが選んだのだ。私だけでは、選べなかったからな」
「でも似合ってるぞ。赤もいいな」
「う、うむ。ありがとう……」
ラウラはそう言って視線を逸らした。その耳まで赤くなっているのは、照れているからだろうか。
「さて、と」
一夏は海の方を見た。青い海が、どこまでも広がっている。波の音が、静かに響いていた。
「せっかく海に来たんだ。みんなで泳ごうぜ」
一夏の提案に、女子たちはそれぞれに頷いた。
「そうだな。泳ごう」
「ええ。せっかくですものね」
「あたしも賛成」
「うん。楽しく泳ごう」
「ああ。訓練も大事だが、たまにはこういうのも悪くない」
それぞれの返事を聞いて、一夏は笑顔で海へと走り出した。女子たちもそれに続く。
冷たい水が足元を洗う。一夏はそのまま海へと飛び込んだ。ざぶん、という音と共に水しぶきが上がる。水面から顔を出すと、女子たちもそれぞれに海へと入ってくるのが見えた。
「冷たくて気持ちいいな!」
一夏がそう叫ぶと、鈴音が近くで笑った。
「当たり前でしょ。夏の海なんだから」
「いや、それが分かってても気持ちいいんだよ」
一夏はそう言ってもう一度水中に潛った。目を開けると、青く透き通った世界が広がっている。光が水面から差し込み、揺らめいている。魚の影が遠くを泳いでいくのが見えた。一夏はしばらくの間、その美しい光景に見入っていた。やがて、息が続かなくなり水面へと浮上する。
「ぷはっ……」
大きく息を吐くと、すぐ近くに箒がいた。
「一夏。大丈夫か?」
「ああ。ちょっと潛ってただけだ」
「そうか。あまり無茶はするなよ」
箒の言葉に、一夏は素直に頷いた。
「きゃあっ!?」
悲鳴が聞こえた。一夏と箒はその声の方を見る。セシリアが、波に足を取られたのか転んでいた。水着が濡れ、髪が顔に張り付いている。
「セシリア! 大丈夫か?」
一夏が駆け寄ると、セシリアは顔を上げた。その顔は、少しだけ恥ずかしそうだ。
「え、ええ。大丈夫ですわ。ちょっと転んだだけですから」
「そっか。気をつけろよ、波が強いから」
「分かってますわ。……ありがとう」
セシリアは小さくそう言って、立ち上がった。その頬は転んだ恥ずかしさからかほんのりと赤い。鈴音が、そんなセシリアを見て笑った。
「セシリア、あんた泳ぐの苦手なんじゃないの?」
「そ、そんなことありませんわ! わたくしだって、ちゃんと泳げますのよ?」
「じゃあ、あたしと勝負する?」
「望むところですわ!」
二人は並んで、海へと向き直った。どうやら競争を始めるらしい。一夏は、その光景を微笑ましく見守っていた。
「二人とも、頑張れよー」
一夏が声をかけると二人は同時に海へと飛び込んだ。しばらくして、セシリアが先に顔を出した。どうやら彼女の勝ちらしい。
「ふふん。どうです、鈴音さん」
「くっ……。次は負けないわよ」
鈴音は悔しそうに言ったがその表情はどこか楽しそうだった。一夏は、そんな二人を見て笑った。そして、ふとシャルロットとラウラの姿を探す。二人は少し離れた場所で、何かを話していた。
「ラウラ。泳ぐのは得意なの?」
「ああ。軍では水泳訓練もあったからな」
「へえ。じゃあ、ちょっと勝負してみる?」
「望むところだ」
二人もまた、競争を始めるようだ。一夏はその光景を見ながら思わず呟いた。
「みんな、元気だなあ」
「お前もな」
隣から声がした。箒が、いつの間にか一夏の隣に立っていた。
「箒。泳がないのか?」
「あとでな。少し休んでいた」
「そっか」
一夏は、箒と並んで海を眺めた。波の音が、静かに響いている。潮風が二人の間を吹き抜けた。しばらくの間、二人は何も言わずに海を見ていた。
「なあ、一夏」
やがて、箒が口を開いた。
「なんだ?」
「お前、最近……いや、何でもない」
箒はそう言って、言葉を濁した。
「何だよ、気になるだろ」
「いや、本当に何でもないんだ。ただ……」
箒は、少しだけ言い淀んだ。そして、小さく息を吐いた。
「お前とこうして海に来られたことが、嬉しいと思っただけだ」
その言葉に、一夏は少しだけ驚いた。箒がこんなことを言うなんて。だが、その言葉はとても温かくて一夏の胸にすっと染み込んだ。
「俺もだ」
一夏は、そう答えた。箒は少しだけ顔を赤らめて、視線を海へと戻した。二人の間に、穏やかな風が吹き抜ける。遠くで、セシリアと鈴音の笑い声が聞こえた。シャルロットとラウラも、楽しそうに話している。夏の海は、どこまでも青く輝いていた。
(——いい一日だな)
(ああ。そうだな)
頭の中の声が、静かに囁いた。一夏はその声に心の中で答えた。そして、もう一度海へと飛び込んだ。冷たい水が、全身を包み込む。夏の太陽が水面にきらめいている。
一夏が海を満喫していると、砂浜の方から声がかかった。
「おりむー! ビーチバレーやらないー?」
振り返ると、布仏本音が砂浜で手を振っていた。その傍らには、何人かの女子生徒たちがネットを立てている。どうやら準備はすでに整っているらしい。一夏は海から上がりながら、近くにいる仲間たちに声をかけた。
「おーい、みんな! ビーチバレーだってさ! やらないか?」
「ビーチバレー?」
箒が水面から顔を出して、興味ありげな表情を浮かべた。
「面白そうですわね」
セシリアが砂浜に向かって歩き出した。
「あたし、バレーは得意よ」
鈴音も続く。シャルロットとラウラも顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ、チーム分けしようぜ」
一夏の提案に全員が砂浜へと集まった。本音と女子生徒たちも加わり、ああでもないこうでもないと相談が始まる。
「公平に分けないとねー」
本音が間延びした声で言った。話し合いの結果、こうなった。
一夏・箒・ラウラ組、対 セシリア・鈴音・シャルロット組
「よし。じゃあ、やるぞ!」
一夏が気合を入れると、向こうのチームから鈴音が笑った。
「あんた、張り切ってるわね」
「まあな。負けないぞ」
「ふん。こっちだって負けませんわよ」
セシリアが髪をかき上げて、不敵に微笑んだ。
試合が始まるとまずは一夏のチームがサーブを打った。箒がネット際に立つ。剣道で鍛えたフットワークは伊達ではなく、素早く動いてボールに反応する。
「それっ!」
箒のサーブは鋭く相手コートへと突き刺さった。鈴音が反応するが、わずかに届かない。
「くっ……!」
「よし、一本目!」
一夏が拳を握った。ラウラが隣で頷く。
「ふむ。なかなかやるな、箒」
「当然だ。これくらいできなければ」
だが、相手チームも負けてはいない。セシリアがサーブを打つ。その球は意外なほど正確にコートの隅を狙ってきた。
「セシリア、やるじゃないか」
一夏がボールを追いかける。だが、シャルロットがすでにネット際で構えていた。
「甘いよ、一夏」
シャルロットのトスが上がる。そこへ鈴音が飛び込んだ。
「はっ!」
鈴音のスパイクが、一夏たちのコートに突き刺さった。
「くそっ、やられた」
「ふふん。どうです、織斑さん。わたくしたちだってやりますわよ」
セシリアが得意げに言った。
試合は一進一退の攻防が続いた。一夏のチームは箒の正確なレシーブとラウラの力強いスパイクで得点を重ねる。対する相手チームは、セシリアの巧みなコース狙いと鈴音の機敏な動き、そしてシャルロットの的確な判断力で対抗する。
「ラウラ、ナイス!」
一夏が声をかけると、ラウラは短く応えた。
「当然だ。この程度でへばっては軍人失格だからな」
「いや、軍人関係ないだろ……」
一夏は思わず苦笑した。
「一夏、次来るぞ!」
箒の声が飛んだ。相手コートからセシリアのサーブが来る。一夏は素早く反応し、箒へとトスを上げた。箒が跳ぶ。そのスパイクは、相手コートの誰も届かない場所へと吸い込まれていった。
「よしっ!」
一夏がガッツポーズを取る。箒は着地して、少しだけ息を弾ませながらも満足そうな顔をしていた。
試合は白熱し気づけば日差しも少し和らいでいた。最終セット、両チームとも一歩も引かない。汗を流しながらボールを追いかける。一夏はふと、この時間がとても愛おしく感じられた。勝ち負けじゃない。みんなでこうして、一つのボールを追いかけている。そのことが、なんだかとても楽しかった。
(——悪くないな、こういうのも)
(ああ。戦場では味わえないものだ)
頭の中の声が、静かにそう言った。その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
そして最後のラリー。セシリアのサーブを箒が拾い、一夏がトスを上げる。ラウラが跳んだ。そのスパイクは相手コートに突き刺さる。同時に、試合終了の声が上がった。
「やった……! 勝った!」
一夏が叫ぶ。箒もラウラも、少しだけ笑みを浮かべていた。向こうのチームも、悔しそうだがどこか清々しい表情をしている。
「負けましたわ。でも、楽しかったですわね」
セシリアがそう言って、髪をかき上げた。
「そうね。久しぶりに本気で体を動かしたわ」
鈴音が息を弾ませながら笑った。
「またやろうね」
シャルロットの言葉に、全員が頷いた。
本音がのんびりと近づいてきた。
「みんな、お疲れさまー。すごくいい試合だったよー」
「ありがとう、本音。誘ってくれて助かったよ」
一夏がそう言うと、本音はえへへと笑った。
波の音が、静かに響いている。夏の太陽が、砂浜を照らしていた。