ビーチバレーが終わってしばらく経った頃、太陽はすっかり高く昇っていた。砂浜は白く輝き、海面がきらきらと反射している。一夏は砂浜に座って一息ついていた。隣にはシャルロットが腰を下ろしている。
「一夏。午後はどうするの?」
シャルロットがそう聞いてきた。その金髪が潮風に揺れている。
「少し休憩してから、また海に入ろうかなと思ってる」
「いいね。僕もそうしようかな」
シャルロットはそう言って微笑んだ。
「ねえねえ、おりむー」
本音がのんびりとした足取りで近づいてきた。その背後には、いつの間にか何人かの女子生徒が集まっている。
「ん? どうしたんだ、本音」
「おりむーのお部屋って、どこなのかなーって。さっき聞こうとしたら、はぐらかされちゃったから」
「ああ、そのことか」
一夏はそう言って、少しだけ言葉を濁した。女子生徒たちが興味津々といった様子で一夏を見つめている。一夏は少し迷ったが、隠しても仕方がないと思い正直に答えることにした。
「俺の部屋は……織斑先生と同室なんだ」
「「「えっ」」」
女子生徒たちの声が揃った。本音も目を丸くしている。空気が一瞬にして固まった。
「織斑先生と……同室?」
「うん。そうなんだ」
「そ、それはまた……」
女子生徒達の表情は複雑だ。納得したような、していないような。
「とにかく。俺の部屋に来るのは危ないぞ。何せ織斑先生がいるんだからな」
一夏がそう言うと、女子生徒たちは一斉に頷いた。
「そ、それは確かに……」
「織斑先生に睨まれたら、それだけで縮み上がるね」
「だね。私もできれば避けたいくらいだ」
女子生徒達はそう言って苦笑いした。
「誰が睨むって?」
低い声が背後から聞こえた。一夏はぎくりとして振り返る。そこには、水着姿の千冬が立っていた。黒いシックな水着。その姿は、スタイルの良さを嫌でも際立たせている。だが、その目は獲物を狙う鷹のように鋭い。
「ぎ、千冬姉!? いつからそこに……」
「今来たところだ。お前たちが私のことを話しているのが聞こえてな」
千冬はそう言って、じっと一夏を見つめた。一夏は冷や汗をかきながら視線を逸らす。
「いや、その、別に悪口を言ってたわけじゃ……」
「分かっている。冗談だ」
千冬はそう言って口元をわずかに緩めた。だが、すぐに真顔に戻る。
「昼食の時間だ。お前たちもそろそろ上がれ」
そう告げると、千冬はさっさとその場を離れていった。女子生徒たちは、ほっとしたように息を吐いた。
「驚いた……。織斑先生、水着姿も迫力があるな」
「ああ。あの目で見られると、なんでも白状してしまいそうだ」
女子生徒たちが口々にそう言い合っている。一夏は、そんな彼女たちを見ながら小さくため息をついた。すると、シャルロットが近づいてきた。
「一夏。お昼、一緒に食べに行かない?」
「ああ。そうだな。腹も減ってきたし」
一夏はそう答えた。シャルロットは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
二人は並んで砂浜を歩き出した。背後からは、まだ女子生徒たちの話し声が聞こえている。潮風が、二人の間を優しく吹き抜けた。
「にしても、千冬さんと同室なんだね」
「ああ。まさかとは思ったけどな」
「でも、なんだか安心だよね。千冬さんが一緒なら、色々と」
シャルロットがそう言って、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「お前までそんなこと言うのかよ」
「だって、事実だもの」
一夏は思わず苦笑した。シャルロットは、そんな一夏を見て楽しそうに笑っている。旅館の裏手に回ると、小さな食堂が見えてきた。どうやらここで昼食をとれるらしい。
「ここ、美味しそうだね」
「だな。入ってみようぜ」
一夏とシャルロットは、食堂の暖簾をくぐった。
―――
午後七時半。大広間を三つも繋げた大宴会場に、一年生たちの賑やかな声が響いていた。畳の上に長机が並べられ、その上には夕食の膳が所狭しと置かれている。刺身の盛り合わせに小鍋、山菜の和え物が二種類赤だしの味噌汁にお新香、そして湯気の立つ白いご飯。どれも旅館の料理らしい、丁寧な仕事ぶりが伺える品々だった。
一夏は自分の席に座り目の前の料理を眺めた。両隣にはシャルロットとセシリアが座っている。シャルロットは早速箸を手に取り、刺身を口へ運んでいた。
「おいしい。この刺身、すごく新鮮だね」
「だろうな。さすが海沿いの旅館って感じだ」
一夏も刺身を一切れ口に入れる。とろけるような食感と、ほのかな甘みが広がった。
「うまい!」
「ふふ。一夏、良かったね」
シャルロットが嬉しそうに笑う。その向こう側では、セシリアが正座をしたままどこかぎこちない動きで箸を進めていた。その背筋はぴんと伸びているが、時折、脚の位置を直すようにもぞもぞと動いている。どうやら正座には慣れていないらしい。それでも、何とか食べようとしている姿は健気だった。
(セシリア、大変そうだな……)
一夏はそう思いながらふと束のことを考えた。あの奇抜な登場を果たした束は、あれからどこへ行ったのだろうか。千冬に会いに行くと言っていたが、その後姿を見ていない。まさか、また何か企んでいるのではないだろうか。
(——気にするな。あの女は好き勝手やるタイプだ。放っておけ)
頭の中の声が、静かに囁いた。
(そうだな。今は目の前の飯を食おう)
一夏はそう思い直して小鍋の蓋を開けた。湯気と共に、いい香りが立ち上る。
ふいに「んっ……」
セシリアが小さく、辛そうな声を漏らした。一夏はすぐにそちらを見る。セシリアは箸を止め、少しだけ顔をしかめていた。
「セシリア、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫ですわ。ちょっと足がしびれただけですから」
セシリアはそう言って、にっこりと笑ってみせた。だが、その笑顔には少しだけ無理がある。それでも、席を変えようとはしない。お嬢様としての意地なのか、それとも別の理由があるのか。
一夏は少し考えてから、提案してみることにした。
「なあ、セシリア。よかったら俺が食べさせてやろうか?」
「え……」
セシリアの目が丸くなった。その頬に、じわじわと赤みが差していく。
「そ、そんな。わたくし子供ではないのですわよ」
「分かってるけど。足しびれてるなら、無理するよりいいだろ?」
「で、ですが……」
セシリアが戸惑っていると、周囲の女子生徒たちがざわつき始めた。
「えー! ずるい!」
「織斑くん、私にも!」
「あたしだって足しびれてる!」
あちこちから声が上がる。一夏は思わずたじろいだ。しまった、と思った。余計なことを言ってしまったらしい。
「お前ら、騒ぐな!」
凛とした声が響いた。千冬が腕を組んで立っている。その目は鋭く、女子生徒たちを一瞥しただけで、宴会場は静かになった。
「織斑。余計な手間を増やすな」
「す、すみません……」
一夏は素直に頭を下げた。千冬はそれ以上何も言わず、自分の席へと戻っていく。女子生徒たちも、しょんぼりとした様子で食事を再開した。
だが、セシリアはまだむくれている。せっかくの提案を断られ、挙句の果てに騒ぎになってしまったのだ。その不満は、無理もないだろう。
一夏は、そんなセシリアを見て小さくため息をついた。そして、声を潛めて言った。
「セシリア。さっきは悪かったな。お詫びに、後で俺の部屋に来てくれ」
「え……」
セシリアの顔が、ぱっと明るくなった。さっきまでのむくれた表情が、嘘のように消えていく。
「よ、よろしいのですか?」
「ああ。でも、織斑先生もいるからあんまり長居はできないけどな」
「構いませんわ。少しでも、お話しできれば」
セシリアはそう言って嬉しそうに笑った。その笑顔は、さっきまでの不満が嘘のように晴れやかで、まるで花が咲いたようだった。そして、改めて箸を手に取る。その動きは、さっきまでよりずっと軽やかだった。
「このお鍋、とても美味しいですわ」
「だろう? 俺もそう思う」
一夏がそう答えるとセシリアはさらに嬉しそうに笑った。シャルロットも、そんな二人のやり取りを見て穏やかな笑みを浮かべている。宴会場の喧騒は、まだ続いている。だが一夏の周りだけは、どこか温かい空気に包まれていた。