IS レイヴンズ・レゾナンス   作:BLUE@

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三十四話

旅館の一番奥。普段は宴会に使われる大座敷、風花の間。その広い空間に専用機持ちの六人が集められていた。畳の上に正座する一夏、箒、鈴音、セシリア、シャルロット、ラウラ。その前には千冬が立っている。障子は固く閉ざされ、外の光はほとんど入ってこない。部屋の隅では摩耶が端末を操作していた。

 

「これより、状況を説明する」

 

千冬の声が、静かな座敷に響いた。

 

「二時間前。ハワイ沖で稼働試験を行っていた軍用ISが、制御下を離れて暴走した」

 

一夏は息を呑んだ。軍用IS。その言葉が、頭の中で引っかかる。

 

「機体名は『銀の福音』。アメリカとイスラエルが合同で開発した第三世代型の軍用ISだ。試験運用中に外部からの不正アクセスを受け、コア・ネットワークから切断された。その結果、他の全てのISを敵機と誤認する暴走状態に陥った」

 

千冬は淡々と続ける。

 

「銀の福音は監視空域を離脱。その後、衛星による追跡の結果五十分後にここから二キロ先の空域を通過することが判明した。学園上層部からは、この事態を対処するよう通達が来ている」

 

一夏は、千冬の言葉を聞きながらある疑問を抱いた。なぜ、軍用のISが開発されていたのか。ISは本来、スポーツとしての側面が強い。だが、現実に軍用として開発されそしてそれが暴走している。その事実が、一夏の胸に重くのしかかった。

 

「先生」

 

一夏は、思わず口を開いていた。

 

「なぜ、軍用のISが開発されていたんですか」

 

千冬は一夏を見た。その目は、どこか複雑な色を宿している。

 

「ISは、その成立の経緯から軍事利用が禁止されているわけではない。現に、各国は軍用ISの研究を進めている。表沙汰にはなっていないがな」

 

千冬はそう言って、一夏から視線を外した。

 

「今は、その話をしている時間はない。作戦を説明する」

 

千冬は端末を手に取り空中にディスプレイを展開した。そこには、この周辺の海域と空域の地図が表示されている。

 

「教員は訓練機を用いて、空域および海域の封鎖を行う。銀の福音がこの区域に入る前に、民間人や他の船舶に被害が及ばないようにするためだ。その間に」

 

千冬の視線が、一夏たち六人を順番に射抜いた。

 

「専用機持ちが、銀の福音を止めろ」

 

その言葉に、座敷の空気が張り詰めた。箒が静かに息を呑む。鈴音は拳を握り、セシリアは背筋を伸ばした。シャルロットは穏やかな表情のまま、しかしその目は真剣だ。ラウラは、軍人としての顔つきになっている。

 

「作戦会議を始める。まず、銀の福音の詳細なデータを」

 

セシリアがそう言って手を挙げた。千冬は頷き、摩耶に視線を送る。摩耶が端末を操作すると、空中に銀の福音のデータが表示された。

 

「銀の福音。第三世代型軍用IS。武装は大型スラスターと広域射撃武器を融合させた『銀の鐘』。三十六の砲口を持つウィングスラスターから、高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出する。さらに、常時瞬時加速と同程度の急加速が可能な高出力の多方向推進装置を備えている」

 

セシリアはデータを読み上げながら、眉をひそめた。

 

「全方位への射撃……。これでは、近づくことすら難しいのでは」

「ああ。だが、弱点もある」

 

千冬が口を挟んだ。

 

「銀の鐘は、その構造上、連続使用には限界がある。エネルギー弾の生成には時間がかかる。その隙を突くしかない」

「なら、まずは注意を引きつける役が必要ですね」

 

シャルロットがそう言った。

 

「僕がやろうか。盾になってみせるよ」

「いや、私が行く」

 

ラウラが続く。

 

「軍用ISの戦い方なら、私が一番理解している。注意を引くのは私の役目だ」

「ちょっと待ちなさいよ。あたしだって」

 

鈴音が声を上げた。

 

「はいはーい! いい案があるよー!」

 

障子が勢いよく開き、束が飛び込んできた。千冬は眉をひそめる。

 

「束。今は作戦会議中だ」

「分かってるってー。だからいい案を持ってきたんじゃない」

 

束はそう言って空中にディスプレイを展開した。そこに表示されたのは、一つの武装だった。その形状は、白鴉のパルスブレードに酷似している。

 

「これは何だ?」

 

千冬が聞いた。

 

「これはねー。ちーちゃんのかつてのIS、暮桜の単一仕様能力『零落白夜』を再現したものだよ」

「零落白夜……」

 

千冬が小さく呟いた。その声には、どこか懐かしさのようなものが混じっている。

 

「零落白夜は、対象のエネルギー全てを消滅させる能力。これを白鴉に搭載すれば、銀の鐘一撃で無力化できる。そして、赤椿を速さに特化した調整をすれば、銀の福音に接近して零落白夜を叩き込むことが可能になる。成功率はぐっと上がるよ」

 

束はそう言って、にやりと笑った。

 

「さらにねー。白鴉の前の機体、白式は元々零落白夜を使用できるように開発された機体なんだよ。だから、白鴉にもその素地はある。搭載は難しくないはずだよ」

 

千冬はしばらく黙って考え込んでいた。やがて、顔を上げる。

 

「分かった。束の案を採用する」

 

その言葉に、一夏は少しだけ驚いた。千冬が、束の案をあっさりと受け入れたからだ。

 

「作戦開始は三十分後。それまでに、白鴉への零落白夜の搭載と赤椿の調整を完了させろ」

「了解!」

 

束が元気よく返事をした。一夏は、箒と顔を見合わせる。箒も同じように決意に満ちた表情をしていた。

 

「一夏」

 

千冬が呼びかけた。

 

「お前は、白鴉の操縦に集中しろ。零落白夜の使用は、お前の判断に任せる」

「分かった」

 

一夏はそう答えた。その胸の中では、不安が響いていた。

 

(俺に、使いこなせるかな)

(使うのはお前だ。だが、コツなら教えてやる。時間はないがな)

(頼む)

 

一夏は心の中でそう答えた。そして、立ち上がる。作戦開始まであと三十分。その時間は、一夏にとってあまりにも短くそして、あまりにも長いものだった。

 

―――

 

作戦開始の時刻が来た。旅館の玄関先に集まったのは、箒と一夏の二人だけだった。他の面々は別働隊として配置に就いている。鈴音とセシリアは海上封鎖の支援に、シャルロットとラウラは予備戦力として待機している。銀の福音を止めるのは、箒の紅椿と一夏の白鴉。その二機だけだった。

 

「行くぞ、一夏」

「ああ」

 

箒が紅椿を展開する。赤い装甲が、朝の光を受けて輝いた。一夏はその背にまたがるようにして乗り込む。白鴉は待機状態のまま腕輪に収めている。零落白夜は、必要になるまで温存するつもりだった。

 

『紅椿、起動。オールグリーン』

 

箒の声と共に紅椿が浮かび上がった。次の瞬間、凄まじい加速が一夏の体を襲う。

 

「うおっ!?」

 

思わず声が漏れた。紅椿はあっという間に高度を上げ、訓練場を眼下に置き去りにする。風が、耳元で唸りを上げた。

 

「すごいな、この機体……!」

「展開装甲を機動に特化させているからな。通常のISとは推力が桁違いだ」

 

箒は冷静に答えた。その声には、確かな自信が込められている。一夏は、紅椿の背にしがみつきながら改めてその性能に驚いていた。加速、旋回、上昇。どの動きも今まで乗ってきたどのISよりも鋭く、そして滑らかだ。まるで機体そのものが箒の意志を先読みしているかのようだった。

 

「見えた」

 

箒が短く言った。一夏は前方に目を凝らす。青い空の彼方、小さな銀色の点が一つ。それが、みるみるうちに大きくなっていく。

 

「あれが、銀の福音……」

 

銀色の機体は美しい流線型をしていた。背部には大型のウィングスラスター。三十六の砲口が、獲物を狙う獣の目のように光っている。その機体から、異様な気配が漂っていた。まるで、意思を持った機械がこちらを睨みつけているかのような。

 

「来るぞ!」

 

箒の叫びと同時に銀の福音が動いた。ウィングスラスターが光り、三十六の砲口が一斉に火を噴く。無数のエネルギー弾が、こちらに向かって殺到した。

 

「っ!」

 

箒が紅椿を急旋回させる。エネルギー弾が、間一髪で機体の横を通過していった。だが、それだけでは終わらない。銀の福音は、信じられない速さで追撃してくる。その加速は、紅椿のそれを上回っていた。

 

「速い……!」

「だが、負けるわけにはいかない」

 

箒は歯を食いしばりながら、必死に機体を操る。展開装甲がエネルギーソードへと変形し、迫り来る弾を斬り払う。だが銀の福音の弾幕は途切れることがない。

 

「一夏。隙を作る。その間に頼む」

「分かった!」

 

箒の声に、一夏は頷いた。紅椿が大きく機体を傾ける。展開装甲のすべてを機動に回し、銀の福音の正面へと飛び込んでいく。その動きは、まさに捨て身だった。

 

「今だ!」

 

箒の叫びと共に、一夏は白鴉を展開した。白亜の装甲が、一夏の全身を包み込む。背部のスラスターが、唸りを上げた。

 

「聖天月華、発動!」

 

一夏の体に、力が漲る。視界が研ぎ澄まされ、銀の福音の動きがまるでスローモーションのように見えた。弾幕の隙間、機体の軌道そのすべてが手に取るように分かる。一夏は、その隙間を縫うようにして銀の福音へと接近した。

 

「零落白夜!」

 

白鴉の左腕にエネルギー刃が形成される。白く輝く刃。一夏はそれを銀の福音のコア目がけて叩き込んだ。

 

「おおおおっ!」

 

刃が、銀の福音の装甲を貫く。同時に、機体のエネルギーが音もなく消滅していく。銀の鐘の砲口が、その光を失った。機体がゆっくりと傾いていく。

 

「やった……!」

 

箒が、安堵の声を漏らした。一夏も大きく息を吐く。銀の福音は、もう動かない。そう思った。

 

だが、次の瞬間だった。

 

銀の福音の機体が再び光を放ち始めた。消滅したはずのエネルギーが、機体の奥底から湧き上がるようにして蘇る。

 

「な……!?」

「再起動した……!?」

 

銀の福音の全身から翼のようなエネルギーの奔流が生じた。機体が、先ほどとは比べ物にならないほどの速さで加速する。第二形態。防衛機能として、機体が自らその姿を変えたのだ。

 

「まずい……!」

 

一夏がそう叫んだ時だった。どこからか、攻撃が飛んできた。光の弾丸が、紅椿の装甲をかすめる。

 

「何だ!?」

 

一夏と箒は、攻撃が飛んできた方向を見た。そこには、三機のISが浮かんでいた。白鴉によく似た、角張った装甲。近接装備、中距離装備、遠距離装備。それぞれが異なる武装を搭載している。そして、そのどれもがパイロットの姿を持っていなかった。

 

「無人機……!?」

 

箒が、信じられないといった声を上げた。三機の無人機ISは、まるで意思を持っているかのように、ゆっくりと包囲の陣形を敷いていく。銀の福音の第二形態と、三機の無人機。一夏と箒は、完全に挟み込まれる形になっていた。

 

「箒……」

「ああ。どうやら、簡単には終わらせてくれないようだ」

 

箒の声に、一夏は小さく頷いた。白鴉の装甲越しに、銀の福音と三機の無人機を見据える。聖天月華の効果は、まだ残っている。だが時間は限られている。五分が過ぎれば、一夏の体は限界を迎える。

 

「行くぞ、箒」

「ああ。一夏。お前のその力、無駄にするなよ」

「分かってる」

 

一夏は、ぐっと拳を握りしめた。白鴉の背部スラスターが、再び唸りを上げる。銀の福音の第二形態。そして、三機の無人機。そのすべてを相手に、一夏と箒は再び戦いの渦へと飛び込んでいった。

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