八月も半ばを過ぎた頃だった。あの賑やかな一日から四日が経ち、IS学園の遅めの夏休みも残り少なくなっていた。蝉の声はまだ鳴り止まないが、どこか以前よりも弱々しくなった気がする。一夏は自室で、白鴉・熾天の整備記録を端末にまとめていた。と、そこへノックの音が響いた。
「はーい」
一夏が応えると、扉がゆっくりと開いた。顔を覗かせたのはシャルロットだった。今日は私服だ。白い半袖のブラウスに、淡い水色のスカート。髪を一つにまとめている。その姿は、いつもの制服姿とはまた違った爽やかさがあった。
「一夏、今大丈夫?」
「おう。どうしたんだ、シャルロット」
「うん。ちょっと聞きたいことがあってさ」
シャルロットはそう言って部屋に入ってきた。そして一夏の向かいに座る。その表情はどこか楽しげだ。
「あのね、明後日なんだけど。一緒に買い物に行かない?」
「買い物?」
「うん。ちょっと欲しいものがあってさ。でも一人で行くのもなんだし。一夏も、何か買いたいものとかない?」
一夏は少しだけ考えた。確かに、そろそろ日用品が切れかかっていた。それに、白鴉・熾天の整備用に新しい工具も欲しいところだ。
「じゃあ、行こうかな」
「ほんと? やった」
シャルロットはそう言って嬉しそうに笑った。その笑顔は、どこか子どもっぽくてしかしどこか大人びてもいた。一夏はその笑顔を見て、なんだか自分まで嬉しくなった。
「で、どこ行くんだ?」
「そうだね……まずは駅前のショッピングモールかな。あそこなら色々揃ってるし」
「おう。じゃあ、明後日の午前中に集合ってことで」
「うん。楽しみにしてるね」
シャルロットはそう言って立ち上がった。そして扉に向かって歩き出し、途中で振り返る。
「あ、そうだ。一夏」
「ん?」
「その日、私服で来てね。制服じゃ買い物もなんだから」
「分かってるよ」
一夏がそう答えるとシャルロットは満足げに頷いて部屋を出ていった。その背中を見送りながら、一夏はふと考える。シャルロットと二人で買い物か。別に珍しいことではない。同じクラスメイトで、よく話もする。だがこうして改めて二人で出かけるとなると、少しだけ照れくさいような気もした。一夏は首を振って、その考えを振り払った。ただの買い物だ。そう自分に言い聞かせて、再び端末に向き直った。だがその日の午後は、なぜか作業がはかどらなかった。
約束の日、一夏は待ち合わせ場所の駅前に立っていた。私服は白のTシャツに薄手のブルーのシャツを羽織り、下はベージュのチノパン。特に洒落ているわけではないが、清潔感はある。一夏自身これでいいのかと何度も鏡の前で確認してきた。待つこと数分。改札から小走りで近づいてくる影が見えた。
「ごめん、待った?」
シャルロットだった。白いオフショルダーのトップスに、フレアの効いたスカート。髪は軽く編み込まれ、小さなピアスが陽の光を弾いている。その姿に、一夏は一瞬言葉を失った。
「いや、俺も今来たところ」
「よかった。じゃあ行こっか」
シャルロットはそう言って笑い、自然な足取りで一夏の隣に並んだ。ショッピングモールは夏休みのせいか、家族連れや学生の姿で賑わっていた。
「まずは何見る? 俺は工具とか日用品だけど」
「もう、一夏はそういうの後回しでしょ。まず服見ようよ。せっかく来たんだし」
そう言ってシャルロットは一夏の腕を軽く引き、アパレル店の並ぶフロアへと向かった。
最初に入ったのはカジュアルなセレクトショップだった。シャルロットは棚に並ぶ服を次々と手に取り、一夏の前で当ててみる。
「ねえ一夏、これどう思う?」
差し出されたのは、淡いグレーのリネンシャツだった。シンプルだが、生地の質感がいい。
「いいんじゃないか。シャルロットに似合いそうだ」
「え、僕に? 僕が聞いたのは一夏に似合うかどうかだよ」
そう言ってシャルロットはくすくす笑った。
「一夏って、本当に自分のこと後回しにするんだから。ほら、これ着てみて」
今度は濃紺のポロシャツを渡された。
「え、俺が?」
「うん。試着室あっちだから」
「分かったよ」
試着室に入り、シャツに袖を通す。鏡を見ると、思ったよりもしっくりきた。襟元のラインが、普段着るTシャツとは違う印象を与えている。
「どう?」
カーテンを開けると、シャルロットが目を輝かせた。
「いい! すごく似合ってる。一夏、そういうの着ればいいのに」
「そうか? なんか、ちょっと気恥ずかしいな」
「慣れれば平気だよ。ねえ、それ買いなよ」
一夏は鏡の前で改めて自分の姿を見た。悪くない。そう思えた。
「じゃあ、これにする」
「やった。次は僕の番だね」
シャルロットはそう言って今度は自分が試着室へと消えた。しばらくしてカーテンが開く。白いワンピースだった。シンプルなデザインだが、彼女の雰囲気によく合っている。
「どうかな」
「いいな。すごく似合ってる」
「ほんと? 嬉しい」
シャルロットは鏡の前でくるりと一回転してみせた。スカートの裾が、ふわりと広がる。
「一夏がそう言うなら、これにしようかな」
そう言って笑う顔がなんだかいつもより近く感じられた。二人はその後もいくつかの店を回った。一夏は結局ポロシャツのほかに、新しい工具セットと日用品を買った。シャルロットはワンピースのほか、小さなアクセサリーをいくつか選んだ。
そして昼、カフェの中は午後の陽射しと人の話し声で穏やかに満ちていた。一夏とシャルロットは窓際の席に向かい合って座り、昼食を取っていた。一夏は注文したオムライスを、シャルロットはサンドイッチを前に、午後の予定を話し合っている。
「午後はどうする? ゲームセンターとか、映画とか」
「映画もいいけど、せっかくだし服ももう少し見たいかな。あ、でも一夏は工具見たいんだよね」
「いや、工具はもう買ったから。シャルロットに付き合うよ」
「ほんと? じゃあ、もう少しアパレル見てから映画ってのはどう?」
「いいな、それ」
シャルロットは嬉しそうにサンドイッチを一口かじった。と、その時だった。彼女の視線がふと隣のテーブルへと向かった。その表情が、少しだけ真剣なものに変わる。
「ねえ、一夏」
シャルロットが声を潛めて言った。
「隣のテーブルの人、何か悩んでない?」
一夏は、さりげなく視線を横に向けた。隣のテーブルには、二十代後半くらいの女性が座っていた。グレーのスーツに身を包み、髪をきっちりとまとめている。頭を抱えたまま項垂れるその動作には、明らかな焦りが滲んでいた。
「ほんとだ。なんか、困ってそうだな」
「うん。ねえ、ちょっと声かけてみない? 何か手伝えるかもしれないし」
シャルロットの提案に一夏は少しだけ迷った。赤の他人に声をかけるのは、少しだけ勇気がいる。だが困っている人を放っておくのも、なんだか落ち着かない。一夏は小さく頷いた。
「そうだな。行ってみるか」
「うん」
二人は席を立ち隣のテーブルへと近づいた。女性は、まだ書類とにらめっこしている。どうやら、こちらには気づいていない様子だ。
「あの、すみません」
一夏が声をかけると女性が顔を上げた。その目は、少しだけ充血している。疲れているのが、一目で分かった。
「はい……? あ、えっと……」
女性は、一夏とシャルロットを交互に見た。その表情には、少しだけ警戒の色が混じっている。
「あの、何かお困りですか? さっきから、ずっと悩んでらしたので」
「え……ああ、いえ、その……」
女性は、言葉を濁した。だがシャルロットが優しく微笑みかけた。
「何か、お手伝いできることがあればと思って。私たち、別に怪しい者じゃないですから」
「あ、いえ、怪しいとかそういうんじゃなくて……」
女性は、そこで言葉を切った。そして一夏とシャルロットの顔を、まじまじと見つめた。その視線が、なぜかだんだんと熱を帯びていく。一夏は、少しだけ居心地の悪さを感じた。
「あの……?」
「あなたたち……学生さん? 高校生くらい?」
「え、はい。まあ、そんなところです」
「ということは、時間はある? 今暇?」
女性の質問が急に具体的になった。一夏とシャルロットは、顔を見合わせた。
「え、まあ、今日は休みで……」
「そう! 休み! それならちょうどいいわ!」
女性が、突然立ち上がった。その勢いで、椅子が後ろに倒れそうになる。一夏は、思わず手を伸ばして椅子を押さえた。
「あ、危ない」
「ごめんなさい、でも、それどころじゃなくて!」
女性は、一夏の手を取らんばかりに身を乗り出した。その目は、さっきまでの疲れた様子とは打って変わって、異様な輝きを放っている。
「ねえ、あなたたち。バイトしない?」
その言葉は、あまりにも突然だった。一夏とシャルロットは、揃って固まった。
―――
女性が一夏とシャルロットを連れてきたのは、駅前の雑居ビルの二階だった。エレベーターを降りると、そこには重厚な木の扉があった。真鍮のプレートに、優雅な筆記体で「@クルーズ」と刻まれている。女性は扉を開けながら振り返った。
「ここよ。私の店」
中に入ると、そこは別世界のようだった。アンティーク調の調度品に、柔らかな照明。革張りのソファと、つややかな木のテーブル。壁には古い絵画が飾られ、どこからかクラシック音楽が流れている。店内には数人の客がいたが、その傍らで給仕をしているのはメイド服の女性と、燕尾服の男性だった。
「あの……ここって」
「メイド喫茶……というより、執事喫茶ね。女性客には執事が、男性客にはメイドが接客するの。まあ、色々と融通は利かせてるけど」
女性はそう説明しながらカウンターの奥へと進んだ。一夏はきょろきょろと店内を見回した。メイド服に燕尾服。なるほど、そういう店か。
「実はね」
女性がカウンターに手をついて、深く息を吐いた。
「うちのメイドと執事が、昨夜突然やめちゃったのよ。駆け落ち同然で。二人で相談して、そのまま荷物まとめて出て行っちゃって」
その声には、諦めと疲労が混じっていた。
「え……それは、大変ですね」
「ええ。しかも今日は本社の人が視察に来る日で。こんな状態見せたら、店の存続に関わるのよ。だからお願い」
女性は、両手を合わせて頭を下げた。
「今日だけ! 今日だけでいいから、アルバイトしてくれない? あなたたちなら、絶対に様になると思ったのよ」
その必死な姿に一夏は思わずシャルロットを見た。シャルロットも一夏を見た。二人の目が、同じことを語っている。断れない。こんなに切羽詰まった人を、放っておけない。
「分かりました。今日だけ、ですけど」
「本当!? ありがとう! 助かるわ!」
女性は、飛び上がらんばかりに喜んだ。そして、早速とばかりに二人を奥の控室へと案内した。
「まずは着替えからね。あなたはこっちの執事服。あなたは……」
女性が、シャルロットを見た。その目が、少しだけきらりと光った。
「あなたも、執事で」
「え?」
シャルロットが、素っ頓狂な声を上げた。
「あの、僕、メイド服じゃないんですか?」
「うん。あなた、絶対執事の方が似合うわ。この雰囲気、このスタイル。メイドより断然執事よ」
女性は、自信満々にそう言った。シャルロットは、何とも言えない表情になった。確かに自分は、メイド服よりも燕尾服の方が似合うかもしれない。だが、一夏と同じ執事服というのもなんだか複雑な気持ちだった。一夏とお揃い、という事実が妙に意識されてしまう。
「ほら、早く着替えて。時間がないのよ」
女性に急かされ二人はそれぞれの服を受け取った。一夏は黒の燕尾服に、白の手袋。シャルロットも同じものを渡された。控室のカーテンを閉め、それぞれ着替えを始める。
「シャルロット、大丈夫か?」
「うん、なんとか。一夏こそちゃんと着れてる?」
「ああ、まあ……」
しばらくしてカーテンが開いた。一夏は燕尾服に身を包み、襟元を少しだけ気にしながら出てきた。その姿は、普段のIS学園の制服とはまた違った凛々しさがある。一方のシャルロットは、髪を後ろにまとめ燕尾服を完璧に着こなしていた。その姿は、まるでどこかの貴族の御曹司のようだった。
「おお……」
一夏が思わず声を漏らす。シャルロットは、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「似合ってる、シャルロット」
「……ありがと。一夏も、似合ってるよ」
その言葉に、二人はなぜか少しだけ顔を赤らめた。と、そこへ店長が入ってきた。
「ちょっと、いつまで着替えてるの。もうお客さん来てるわよ。ほら、行くわよ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。そして店長の後を追って、フロアへと足を踏み出した。
アルバイトを始めて一時間ほどが経った頃だった。一夏は慣れない燕尾服の襟元を気にしながら、客のテーブルに紅茶を運んでいた。シャルロットもまた、優雅な所作で給仕をこなしている。その立ち居振る舞いは、もはや本物の執事のようだった。
「ごゆっくりどうぞ」
一夏がそう言って頭を下げた時だった。店の扉が、乱暴に開け放たれた。乾いた音が店内に響く。一夏は反射的に顔を上げた。
「動くな! 全員そのままじっとしてろ!」
三人の男が、銃を構えて立っていた。黒い目出し帽に、だぼっとしたジャケット。いかにも場違いな、異様な空気を纏っている。一瞬の静寂の後、店内は悲鳴に包まれた。
「きゃあ!」
「静かにしろ! 騒ぐな!」
一人が天井に向けて発砲する。乾いた銃声が響き、客たちは悲鳴を押し殺して固まった。
「金を出せ! レジの中身、全部だ!」
男の一人がカウンターへと詰め寄る。店長が怯えながらもレジを開けようとした。一夏はその様子を、じっと観察していた。男たちの位置。銃の構え方。動きの癖。IS学園で叩き込まれた訓練が、自然と頭を働かせる。
(三人か。一人はカウンター、二人は入口付近。銃は……素人だな。構えが甘い)
一夏は、さりげなくシャルロットに視線を送った。シャルロットもまた、すでに状況を把握していた。その目が、静かに頷く。言葉は要らなかった。
「おら、早くしろ!」
「は、はい……」
店長の手が震えている。男がさらに声を荒げた、その瞬間だった。
一夏が動いた。燕尾服の裾を翻し、瞬時にカウンター脇の男へと迫る。男が振り向くより早く、その手首を掴んで捻り上げた。
「なっ……!?」
銃が床に落ちる。一夏はそのまま男の腕を背後に回し、体重をかけて押さえ込んだ。男がうめき声を上げる。
「てめえ!」
入口付近の二人が一夏に向けて銃口を向けた。だが、その隙をシャルロットは見逃さなかった。テーブルの上を滑るように移動し、一人の男の死角から近づく。そして、その膝裏に軽く蹴りを入れた。
「うおっ!?」
男が体勢を崩す。シャルロットはその腕を掴み、流れるような動作で床に組み伏せた。燕尾服が、優雅に舞う。
「一夏!」
「ああ!」
残る一人が、慌てて銃を構え直す。だがその手は震えていた。一夏は倒した男から素早く離れ、残る男へと向き直る。男が引き金を引くより早く、一夏は床に落ちていた銀のトレーを蹴り上げた。トレーが回転しながら男の顔面へと飛ぶ。
「ぐわっ!」
男が顔を覆った瞬間一夏は間合いを詰めていた。その腕を掴み、そのまま壁へと押し付ける。銃が、再び床に落ちた。
「……終わりだ」
一夏の声は、静かだった。店内はしんと静まり返っていた。三人の男たちは、あっという間に床に転がされている。一夏は息を整えながら、シャルロットを見た。
「シャルロット、大丈夫か?」
「うん。一夏こそ」
シャルロットが、小さく笑った。その額にはうっすらと汗が滲んでいる。だが、その目はどこか誇らしげだった。
「見事だったな」
「一夏もね」
二人は、倒れた男たちを確認しながらそっと息を吐いた。と、そこで客たちが恐る恐るといった様子で顔を上げ始めた。
「す、すごい……」
「助かった……」
「ありがとう……!」
拍手が、店内に広がった。店長が震える足で近づいてくる。
「あ、あなたたち……本当に、何者なの……?」
「えっと……まあ、ちょっとした訓練を受けてる学生です」
「学生で、あんな動きができるの……?」
店長は、信じられないといった顔で一夏とシャルロットを見つめていた。その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。どうやら、誰かが通報してくれたらしい。
「あ、警察が……」
「ええ。ちょうどいいわ。引き渡すのに」
店長は、そう言って安堵の息を吐いた。一夏は、床に落ちた銃を慎重に拾い上げ、テーブルの上に置いた。
「シャルロット」
「うん。なんか、疲れたね」
「だな。まさか、こんなことになるとは」
二人は、顔を見合わせて思わず笑った。燕尾服姿のまま、床に転がる男たちを前にして笑う二人。その光景は、どこか滑稽でしかしどこか頼もしかった。やがて警察官が到着し、男たちは連行されていった。店長は事情を説明し、一夏とシャルロットも簡単な事情聴取を受けた。
夕暮れの駅前は昼間の暑さが嘘のように穏やかだった。西の空が橙と紫に染まり、街灯がぼんやりと灯り始めている。一夏とシャルロットは、電車に揺られながらIS学園への帰路についていた。二人とも、すっかり元の私服に着替えている。だが、あの燕尾服の感触がまだ体に残っているような気がした。
「いやー、大変だったな」
一夏が、窓の外の流れる景色を見ながらぽつりと言った。その声には、疲れとどこか達成感のようなものが混じっている。
「そうだね。まさかあんなことになるとは思わなかったよ」
シャルロットも小さく笑いながら応えた。その横顔には、まだ少しだけ疲れの色が滲んでいる。買い物に来たはずが、まさかのアルバイト。しかも銀行強盗まで取り押さえることになるとは、誰が予想できただろうか。
「まあ、あの店長さんが喜んでくれたから、良かったけどな」
「うん。最後、すごく感謝されてたしね。『また来てください』って言ってくれたし」
「アルバイト代も、思ったより弾んでくれたしな」
一夏は、ポケットの中の封筒を軽く叩いた。店長が、申し訳なさそうにしながらもしっかりとした報酬を渡してくれたのだ。
「でも、疲れたね」
「だな。燕尾服、思ったより動きにくかったし」
「一夏、似合ってたよ。執事服」
「シャルロットこそ。なんか、本物の貴族の御曹司みたいだったぞ」
その言葉に、シャルロットは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「やめてよ。なんか、くすぐったい」
二人は、しばらく無言で電車の揺れに身を任せていた。窓の外では、夕焼けが少しずつ藍色に変わっていく。と、一夏がふと口を開いた。
「次は、こんなことが起こらないといいが」
その言葉に、シャルロットは苦笑いを浮かべた。
「ほんとだね。買い物に来て、強盗捕まえるなんて普通ないよ」
「だよな。でも、まあ……」
一夏は、少しだけ考え込むようにしてから、続けた。
「困ってる人がいたら、助けるのは当然だろ。あの時あの店長さん、本当に困ってたし」
その言葉は、あまりにも一夏らしかった。シャルロットは、なんだか胸の奥が温かくなるのを感じた。この人は、本当にそういう人なのだ。損得じゃなく、自然にそう思える人なのだ。
「一夏らしいね」
「ん?」
「なんでもない」
シャルロットは、そう言って笑った。電車がゆっくりと駅に滑り込む。二人は立ち上がり、扉へと向かった。改札を抜け学園へと続く坂道を歩く。街灯の光が、二人の影を長く伸ばしていた。
「今日はありがとな、シャルロット。付き合ってくれて」
「こっちこそ。楽しかったよ。色々あったけど……なんか、充実してた」
「だな」
二人は、顔を見合わせて笑った。その笑顔は、一日の終わりにふさわしい穏やかなものだった。
「また、一緒に出かけような」
「うん。今度は、普通の買い物がいいけどね」
「だな。できれば、銀行強盗のいないところで」
「当たり前でしょ」
二人の笑い声が夕暮れの坂道に響く。