四十六話
訓練場の空気は張り詰めていた。五人——箒、セシリア鈴音、シャルロット、ラウラがそれぞれのISで展開している。対するは一夏と、四機のUNAC。白鴉・熾天の拡張領域から展開されたU1からU4が、静かに空中に浮かんでいた。
「五人相手に、俺一人か」
「ふん。減らず口を。こちらは代表候補生五人ぞ」
「分かってる。だからこそ、だ」
一夏は、ゆっくりと息を吐いた。その瞬間だった。
(——聞こえるか?)
頭の奥で、声がした。低くどこかノイズが混じったような声。最近はこの声が妙に鮮明に聞こえる。訓練が始まる前からずっと、一夏の脳裏で囁き続けている。
(まずは陣形を崩せ。五人も連携しているが、お前にはUNACがいる。数は互角だ)
一夏は、静かに頷いた。声に従うという感覚はもう不思議ではなかった。戦場に立つと、自然と体が動く。まるで別の誰かの手足を借りているような、そんな感覚。
「行くぞ!」
一夏が叫んだ。同時に、U1とU2が前線へと飛び出す。
「来たわね!」
「全員、散開!」
箒の号令で、五人も動いた。セシリアのビットが展開され、鈴音が双天牙を構えシャルロットが盾を構え、ラウラがAICを展開する。一斉に、UNACへと攻撃が加えられた。
「U1、U2、回避!」
一夏の指示に従い、UNACが散開する。だが五人の攻撃は鋭い。U1のシールドが、セシリアのビットのレーザーを弾く。U2がガトリングを乱射するが、ラウラのAICがそれを止める。
(良い動きだ。だが相手も本気だ。ここは一度、下がれ)
一夏は、声に従って後退した。U3とU4が、その隙に射線を確保する。
「逃がさないわよ!」
鈴音が、双天牙を振りかざして迫ってくる。一夏は、白鴉・熾天のブレードでそれを受け止めた。だが、鈴音の攻撃は速い。二撃三撃と続く斬撃を、一夏は紙一重でかわしていく。
「一夏、どうしたの! いつものキレがないわよ!」
「まだまだ!」
一夏は、そう叫びながらも頭の中では冷静に戦況を分析していた。
(鈴音は速い。だが、攻めが単調だ。カウンターを狙え)
一夏は、わざと隙を作った。鈴音がそれに乗って踏み込んでくる。その瞬間——
「U3、狙撃!」
遠距離から、U3のスナイパーライフルが火を噴いた。鈴音は、それをギリギリでかわす。だが、その一瞬で体勢が崩れた。
「もらった!」
一夏のブレードが、鈴音のISをかすめた。訓練用のダメージ判定が、鈴音の機体に赤く表示される。
「くっ……!」
「鈴音さん!」
セシリアが、ビットを一夏へと集中させる。だが、U4が上空からプラズマ機雷をばら撒き、その動きを阻害する。
「援護はさせない」
一夏は、そう呟いた。いや正確には呟かされていた。一夏自身も、その感覚をどこか他人事のように感じていた。
(次は箒だ。あの真っ直ぐな剣筋、読める)
一夏は、箒の方へと向き直った。箒はすでに構えを取っている。
「一夏、覚悟しろ!」
「ああ、来い!」
箒の剣が、一夏へと迫る。速い。そして真っ直ぐだ。一夏は、それをあえて受け止めず横へと流した。そして、そのまま箒の背後へと回り込む。
「なっ……!」
「箒、お前の剣は真っ直ぐすぎる。だから、読みやすい」
「くっ……!」
箒が振り返りざまに斬撃を放つ。一夏はそれをUNACのU1に任せ、自身はセシリアの方へと向かった。セシリアはビットを展開し一夏を迎え撃とうとする。だがU2が横合いからガトリングを浴びせ、その集中を削ぐ。
「セシリア、悪いな」
「くっ……この程度で……!」
セシリアのビットが一夏を捉えようとする。だが一夏はそれを読んでいた。ビットの動きはセシリアの意識に依存している。つまりセシリア自身が動揺すればビットの動きも鈍る。一夏はあえてセシリアの眼前へと迫った。
「近距離戦は、得意じゃないんだろ?」
「なっ……!」
セシリアが、後退しようとする。だが一夏の方が速い。ブレードが、セシリアのISを捉えた。
「セシリア、アウトだ」
「う……うう……」
セシリアが、悔しそうに歯を食いしばる。残るは、シャルロットとラウラ。二人は、すでに連携を取っていた。
「シャルロット、私が前へ出る。お前は援護を」
「分かった!」
ラウラが、AICを展開しながら突っ込んでくる。一夏は、それをU1とU2で受け止めさせた。だが、ラウラの動きは速い。AICでUNACの動きを止め、そのまま一夏へと迫る。
「一夏、覚悟!」
「ラウラ、お前のAICは強力だ。だが複数相手には限界がある」
一夏は、そう言いながらU3とU4をラウラへと向かわせた。ラウラは、それをAICで防ごうとする。だが、四機同時の攻撃はさすがのラウラも防ぎきれない。
「くっ……!」
その隙に、一夏はシャルロットへと向き直った。シャルロットは、盾を構えて防御の姿勢を取っている。
「シャルロット、お前の盾は堅い。だが攻めには向かない」
「分かってる。でも、これが私の戦い方だから」
「ああ。だから、俺も正面から行く」
一夏は、白鴉・熾天のブレードを振り上げた。シャルロットも、盾を構えてそれを受ける。激しい火花が散った。一夏は、そのまま押し込む。シャルロットの盾が、じりじりと後退していく。
「シャルロット、悪いな」
「まだ……まだ……!」
「終わりだ!」
一夏の一撃が、シャルロットの盾を弾いた。判定が、シャルロットの機体に赤く表示される。
「シャルロット、アウト!」
「う……悔しい……」
シャルロットがそう呟いて後退する。残るは、ラウラ一人。ラウラはまだ諦めていなかった。
「一夏……お前、強いな」
「ラウラもな」
「だが、まだ終わらん!」
ラウラが、AICを全開にして突っ込んでくる。一夏は、それをUNACで受け止めさせながら、自身も前へと出た。ラウラのレーザーランスと、一夏のブレードが交錯する。激しい攻防。だが、一夏の動きはどこか機械的で、そして正確だった。
(ラウラの攻めは鋭い。だが、単調だ。カウンターを狙え)
一夏は、わざと隙を作った。ラウラがそれに乗って踏み込んでくる。その瞬間——
「U4、プラズマ機雷!」
上空から、プラズマ機雷が降り注いだ。ラウラは、それをAICで防ごうとする。だが、その一瞬で体勢が崩れた。
「もらった!」
一夏のブレードが、ラウラのISを捉えた。判定が、ラウラの機体に赤く表示される。
「……私の負けだ」
ラウラが、そう言って静かに降り立った。訓練場に、静寂が訪れた。一夏はゆっくりと息を吐いた。その瞬間、頭の中の声が静かに消えていった。
「はぁ……はぁ……」
一夏は、荒い息をついていた。五人の少女たちも、それぞれに疲労の色を浮かべている。だが、その表情はどこか晴れやかだった。
「一夏……お前、また強くなったな」
箒が、そう言って歩み寄ってきた。一夏は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「そうか? まだまだだと思うけどな」
「いや、本当に。UNACの連携もお前の判断も、前より鋭くなってる」
「ありがとう。でも、みんなも強かったよ」
「ふん。負け惜しみか?」
「違うよ。本当にそう思ってる」
一夏は、そう言って笑った。その笑顔は、いつもの一夏のものだった。だが、その奥には、どこか別の顔が潛んでいる。五人の少女たちは、そんな一夏の姿にそれぞれの想いを抱きながら、静かに訓練場を後にした。
―――
実戦訓練を終えた六人は学園の食堂へと足を運んでいた。訓練の疲れからか、いつもより少しだけ足取りが重い。だが、その表情にはどこか充実感のようなものが滲んでいた。食堂は昼時ということもあり、多くの生徒たちで賑わっている。六人は空いている席を見つけると、それぞれに昼食を注文した。
「私は鯖の味噌煮定食だ」
「私はカルボナーラを」
「私は醤油ラーメン」
「私はサンドイッチ」
「私はシュニッツェルだ」
「俺も鯖の味噌煮定食で」
それぞれが思い思いの料理を手に、テーブルを囲む。しばらくは全員が黙々と食事を取っていた。やがて、箒が口を開いた。
「改めて思ったんだが……UNACの連携、あれは脅威だな」
「ええ。あれだけ有機的に動かれると、正直なところ手に負えませんわ」
「でしょう? 私もそう思ったわよ。せっかく一夏を狙っても、UNACが邪魔してくるんだもの。本当に辟易するわ。しかも、四機がそれぞれ違う動きをするでしょう? あれを同時に相手にするのは面倒臭いの一言よ」
鈴音が、ラーメンを啜りながらそう言った。その声には、どこか諦めにも似た響きがある。シャルロットはサンドイッチを一口かじりながら、興味深そうに言った。
「僕は、UNACに搭載されている武装に興味があるな。包囲型ハンドミサイルに、プラズマ機雷投射器。レーザードローンにレーザータレット。どれもこれも、使い方次第でもっと化けると思うんだ」
「ふむ。シャルロットの言う通りだ。UNACの存在は、戦術の幅を広げるだろうな」
ラウラが、シュニッツェルをナイフで切りながらそう言った。その言葉には、どこか納得するような響きがあった。一夏は、鯖の味噌煮を箸でつつきながら、静かに言った。
「まあ、そうなんだけどな。まだまだ指示に甘いところがあるんだよ」
「甘い?」
「ああ。今のUNACは、俺の指示に従って動いてるだけだ。でも、本当に強いUNACってのは俺の指示がなくても状況を判断して動けるものなんだと思う。今はまだ、俺が指示を出してそれに従って動くだけの操り人形だ。そこが、まだ甘い」
「十分すぎないか?」
箒が、思わずそう言った。セシリアも、鈴音もシャルロットも同じことを思っていた。あれだけの連携を見せておいて、まだ甘いとは。だがラウラだけは違った。ラウラは、ナイフを置いて静かに頷いた。
「そうだな」
「ラウラ?」
「一夏の言う通りだ。UNACはまだ、一夏の指示に依存している部分が大きい。だが、それは裏を返せばまだ成長の余地があるということだ。一夏がそう言うなら、きっとこの先もっと強くなる」
「ラウラ……」
「私は、その日が楽しみだ」
ラウラは、そう言って微笑んだ。その笑顔は、どこか挑戦的でそして楽しげだった。一夏は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「ありがとう、ラウラ。まあまだまだ時間はかかると思うけどな」
「構わん。待つのは得意だ」
「ラウラがそう言うと、なんだか様になってるな」
「だろう?」
そんなやり取りをしながら六人は昼食を続けた。食堂の喧騒は変わらない。だが、そのテーブルだけはどこか温かい空気に包まれていた。