セシリアは、動かなかった。
白式がブレードを構えて踏み込もうとした、その瞬間。ブルー・ティアーズの右手に巨大なライフルが出現した。スターライトmkIII。セシリアの主力武装。その銃口が、まっすぐに一夏を捉えていた。
「まずは、小手調べですわ」
セシリアの声がアリーナに響く。その瞬間、一夏の脳裏で声が炸裂した。
(——撃ってくる。右だ)
考えるより先に、体が動いた。白式が右へ跳ぶ。直後、レーザーの光条が一夏のいた空間を貫いた。空気が、焦げた。避けた。避けられた。だが——
(——来る。連射だ。止まるな)
「っ!」
二射目。三射目。一夏は言われるがままに機体を動かした。左へ、上へ、後退。レーザーが紙一重で通過していく。観客席から、どよめきが上がった。だが一夏には、それを聞いている余裕はなかった。
(——次は左。二連射。一秒後)
「くっ」
体が反応する。頭で考えるより速く。まるで、未来が一瞬だけ見えているかのように。セシリアの指がトリガーを引く前に、一夏はすでにその射線から外れていた。
「……なかなか、やりますわね」
セシリアの声にわずかな驚きが混じった。その目が細められる。楽しげに、だが同時に警戒するように。
「でも——これは、どうかしら」
セシリアの背部から、四つの機体が展開した。ブルー・ティアーズ。ビット型の遠隔無線攻撃機。それが、一夏の周囲に散開する。
(——囲まれた。四方向。同時攻撃)
「っ」
一夏は、反射的に機体を後退させた。だが、遅かった。四つのビットが一斉に火を噴き、一夏を全方位から襲った。
(——まずい。これは、避けきれない)
その瞬間、一夏の体が勝手に動いた。白式が、信じられないような軌道でその攻撃の隙間を縫った。上へ、斜めに回転しながら。レーザーがかすめ、ミサイルが背後で爆発する。衝撃が機体を揺らしたが、一夏は耐えた。
(——今の動き。どこで覚えた)
(——知るか。だが、助かった)
一夏は、息を整えた。まだ生きている。シールドエネルギーも、ほとんど減っていない。だが——
(——このままではじり貧だ。防戦一方では、いつか当たる)
(——反撃の機会を、伺え)
(——分かってる)
一夏は、白式のブレードを握り直した。セシリアの攻撃は、正確だった。だが——一夏の目には、その攻撃の「隙」が見え始めていた。ビットが火を噴く瞬間。セシリアの意識が、そちらへ向かう一瞬。その一瞬が、反撃のチャンスだった。
(——次の斉射の後だ。ビットが再装填に入る。そのタイミングで、踏み込め)
(——だが、距離がある。一瞬で詰められるか)
(——やるんだ。ここで、決める)
一夏は、機体を低く構えた。セシリアの次の攻撃を、待つ。アリーナの空気が張り詰める。
―――
アリーナのピットは、観客席とは違う熱を持っていた。
モニター越しに映る白式とブルー・ティアーズ。その戦況を、千冬は腕を組んだままじっと見つめていた。隣では摩耶が身を乗り出すようにして画面を見ている。箒は少し離れた場所に立ち、固い表情で一夏の機体を追っていた。
「すごい……」
摩耶が、思わずといった様子で呟いた。
「織斑君、本当にISは初心者なんですか? あの動き、訓練を積んだ操縦者と遜色ないですよ」
その声には純粋な驚きがあった。無理もない、と千冬は思う。一夏はこの一週間、一度もISに触れていない。座学と剣道だけをやってきた。それなのに——あの動きだ。
「……ああ、そのはずだ」
千冬は短く答えた。目はモニターから離さない。画面の中では、一夏がセシリアのレーザーを紙一重でかわし続けている。その動きは、洗練されているとは言い難い。荒削りで、時折無駄もある。だが——その判断の速さが異常だった。レーザーが放たれるより先に、一夏はすでに動いている。まるで、攻撃の来る位置を最初から知っているかのように。
「これが……一夏の実力、なのか?」
箒が、ぽつりと言った。その声には驚きと、それから別の何かが混じっていた。千冬は箒を一瞥した。彼女の目は、モニターに釘付けになっている。
(箒。お前も、気づいているのか)
一夏の中の「何か」に。千冬は、モニターへと視線を戻した。白式が、セシリアのビット攻撃をかわしている。その軌道は、千冬の目にも異様に映った。まるで——戦場を幾度も生き抜いてきた老兵のような、無駄のない動き。
(お前、どこでそれを覚えた)
千冬の胸の内で、その問いが繰り返された。一夏は、ISの操縦を教わっていない。剣道はやっていたが、それは地上の戦いだ。空中での機動、三次元的な回避運動。そんなもの、経験がなければできるはずがない。
(それなのに——)
千冬は、ゆっくりと目を細めた。モニターの中で一夏が、セシリアの四つのビットによる斉射を、信じられないような軌道で抜けていく。上へ、斜めに回転しながら。レーザーがかすめる。だが、一夏は耐えた。その動きは明らかに「慣れている」ものだった。
(——私の目は誤魔化せない)
千冬は、かつて最強と呼ばれたIS操縦者だった。数多の戦いを経験し、幾人もの操縦者を見てきた。だから分かる。一夏の動きは、才能だけでは説明がつかない。何か——別のものが、彼を動かしている。
(あの日、束が言っていたこと)
千冬の脳裏に、十年前の記憶が甦った。縁側で、束が静かに言った。「あの子の中にね、何かがいる」。その言葉の意味を、千冬はあのとき理解できなかった。だが——今なら、分かる気がした。
「織斑先生」
摩耶が、声をかけてきた。その顔にはまだ驚きが残っている。
「織斑君の あの回避、尋常じゃないですよ。まるで何度も戦場を経験したみたいな——」
「そうだな」
千冬は、短く答えた。摩耶が少しだけ首をかしげる。
「え?」
「何でもない。それより、見ていろ。まだ終わっていない」
千冬は、そう言ってモニターへと視線を戻した。摩耶は、少し不思議そうな顔をしながらも、再び画面へと向き直る。箒は黙ったまま一夏の機体を見つめていた。その横顔には、複雑な感情が浮かんでいる。心配と、好奇心と——どこか怯えるような色。
(箒。お前も、見たんだな。一夏の中の「何か」を)
千冬は、心の中でそう呟いた。そしてモニターの中の弟を見つめた。白式が、低く構えている。セシリアの次の攻撃を待っている。その姿は、どこまでも真剣で——そしてどこか遠かった。
(一夏)
千冬は、腕を組んだまま弟の戦いを見つめ続けた。
―――
(——隙だ。今だ。突っ込め)
声が、頭の中で炸裂した。一夏ははっとした。セシリアの四つのビットが、今まさに斉射を終えたところだった。再装填に入る。ほんの一瞬の、隙。だが——
(——真正面から突っ切れ。攻撃の間を縫って、一気に距離を詰める)
(——無茶だ。あのレーザーの雨の中を、まっすぐ突っ込むなんて)
(——やるんだ。ためらえば、次はない。あの斉射の間隔は短い。今を逃せば、また防戦一方に戻る)
一夏は、歯を食いしばった。一か八か。そう思った。だが、体はもう動き始めていた。白式が、低く沈み込む。そして——踏み込んだ。まっすぐに、セシリアへ。レーザーの残滓が、頬をかすめる。ビットが反応する。だが、一夏は止まらなかった。攻撃の間を、縫うように。右へ左へ、最小限の動きで。まるで、弾幕の隙間を知っているかのように。
「——っ!」
セシリアの目が見開かれた。その顔に、初めて驚きの色が浮かぶ。
「まさか、突っ込んでくるなんて」
だが——すぐにその口元が、不敵な笑みに歪んだ。
「いいですわ。ならば——これは、どうかしら」
セシリアの背部装甲が、展開した。新たなビットが二つ。いや——違う。それは、これまでのビットとは形が異なっていた。細長く、先端が尖っている。ミサイル型のビットだった。
(——まずい。あれは——)
声が、警鐘を鳴らした。だが遅かった。セシリアが、優雅に腕を振る。
「行きなさい」
二つのミサイルビットが、一斉に発射された。一直線に一夏へ。いや——違う。軌道が、変わる。二つのミサイルがそれぞれ別の軌道を描いて一夏を囲い込むように迫ってくる。
(——回避しろ。全方位から来る。上だ。上へ抜けろ)
一夏は、機体を上昇させた。だが——ミサイルも、追従した。まるで一夏の動きを読んでいるかのように。いや、実際に読まれていた。セシリアは、一夏の回避パターンをこの短時間で分析していたのだ。
(——違う。上は塞がれてる。なら、下——)
(——下もだ。四方八方、すべての退路が——)
(——くそっ。なら、突破するしか——)
一夏は、ブレードを構えた。ミサイルを、斬る。そう思った。だがその判断が甘かった。四つのミサイルは、一夏がブレードを振るうより速く、そして巧妙にその軌道を変えた。一つのミサイルが、一夏のブレードの軌道を外れる。もう一つが、背後へ回り込む。そして——
「しま——」
言葉が、終わらなかった。二つのミサイルが、ほぼ同時に炸裂した。白式の装甲を、直撃した。衝撃が一夏の体を貫いた。
―――
気がつくと、そこはアリーナではなかった。
一夏は、立っていた。いや立たされていた。足の裏に感じるのは、ひび割れたコンクリートの感触。顔を上げる。視界に飛び込んできたのは、血のように赤く染まった空だった。太陽はない。雲もない。ただ、赤い。地平線の果てまで空が赤く爛れている。
「なんだ……ここ」
一夏の声が、ひどく小さく響いた。周囲を見渡す。破壊されたビル群。錆びついた鉄骨が、折れた肋骨のように突き出している。道路には、無数の残骸が転がっていた。戦車だったもの。飛行機だったもの。そして——人型の機体だったもの。それらが、黒く焦げひしゃげ、無造作に積み重なっている。
鉄と硝煙の匂いが、鼻を突いた。生々しい。夢のはずなのに、あまりにも生々しい。
「ここは……俺が見ていた、夢の場所か」
幾度となく、一夏の脳裏にフラッシュバックしてきた光景。戦場。荒廃。破壊。だが、これまで見てきた「夢」とは違った。今は、はっきりと「立っている」。五感がある。冷たい風が、頬を撫でる。遠くで何かが爆発する音がした。
(——ようこそ)
声が、した。一つではない。幾つも。幾重にも。重なり合い、反響し一夏の頭の中を満たしていく。
(——ここは、我らの記憶の底)
(——幾度となく、死と隣り合わせた戦場)
(——お前が、見てきた光景だ)
「っ……!」
一夏は、頭を押さえた。視界が白く飛んだ。いや——映像が、流れ込んでくる。無数の戦場。無数の戦い。無数の死。撃墜される僚機。炸裂する砲弾。崩れ落ちるビル。逃げ惑う人々。そして——それでも前に進み続ける、鉄の巨人たち。幾人もの「自分」が、幾つもの戦場で幾度も死にかけている。そのすべてが、一夏の精神を押し潰そうとしていた。
「やめ……ろ……」
膝が、震えた。立っているのがやっとだった。情報量が多すぎる。多すぎて、自分が誰なのか分からなくなりそうだった。
(——お前は、誰だ)
(——俺は……織斑、一夏……)
(——違う。お前は、我らだ)
(——我らの記憶を継ぐ者。幾度となく戦場を生き抜いた、レイヴン——)
「違う……!」
一夏は、叫んだ。声が荒廃した世界に吸い込まれていく。だが声は、止まらなかった。
(——お前は、戦うために生まれた)
(——お前の中に、我らはいる。我らの戦いがお前を形作る)
(——さあ、思い出せ。お前は誰だ)
「俺は……俺は……!」
視界が、真っ白になった。意識が遠のく。自分が誰なのか、分からなくなる。そんな恐怖が、一夏を包み込もうとした。
「——そこまで」
声が、した。
凛と澄んだ、少女の声だった。無数の声とは、明らかに違う。一つだけの確かな声。その声が、一夏の意識を引き戻した。視界が、徐々に戻ってくる。赤い空。荒廃した大地。そして——その中に、彼女は立っていた。
白いワンピースを着た、少女だった。腰まで届く白い髪。透き通るような白い肌。そして、赤い瞳。血のように赤いその目が、まっすぐに一夏を見つめていた。年齢は、一夏と同じくらいか。いや——もっと幼く見える。だが、その姿はあまりにも非現実的で、あまりにも——美しかった。
「君は、誰……?」
一夏は、掠れた声で問いかけた。少女は、答えなかった。ただ静かに一夏へと歩み寄る。その足音は、しなかった。まるで地面に触れていないかのように。少女は、一夏の目の前で立ち止まった。そして、その赤い瞳で一夏を見上げる。
「私は——」
少女は、一瞬だけ言葉を切った。その表情には、何の感情も浮かんでいない。だが、その声には——どこか懐かしむような響きがあった。
「私は、あなたを待っていた」
「俺を……?」
少女は、小さく頷いた。それから一夏の胸に手を当てた。冷たい感触が、服越しに伝わる。だが不快ではなかった。どこか、安心するような冷たさだった。
「あなたの中の声。それらは、あなたを壊そうとしている。でも——大丈夫。私が、ここにいる」
「君は……何なんだ」
一夏の問いに、少女は少しだけ首をかしげた。それから、ふっと——本当に微かにだが確かに——笑った。
「大丈夫。完全ではないけど彼等は私が抑える」
少女は、一夏の胸から手を離した。そして、一歩後退する。赤い空の下。荒廃した世界の中で、その白い姿はひどく浮いていた。だが、それでいて——この世界にあまりにも自然に溶け込んでいる。
「時間がない。あなたは、今、戦っている。だから——」
少女は、一夏を見つめた。その赤い瞳が、すっと細められる。
「目を覚まして。私の——」
その瞬間、世界が——砕けた。
―――
爆炎が、アリーナを包んでいた。
セシリアは、その光を見つめていた。口元には、自然と笑みが浮かんでいた。四つのミサイルビットが直撃した。あの至近距離で、回避は不可能だった。白式のシールドエネルギーは、あの一撃でほぼ削り切られたはずだ。
「——やりましたわね」
セシリアは、静かに呟いた。スターライトmkIIIを構えたまま、爆炎の中心を見つめていた。煙が、ゆっくりと晴れていく。だが——
(おかしい)
セシリアは、首をかしげた。試合終了のアナウンスが流れない。千冬の声も、ない。爆炎は収まりつつあるというのに、審判の宣告がない。観客席も妙に静かだった。驚きの声も、歓声もどよめきもない。ただ、静寂。それがセシリアの胸に小さな不安を灯した。
「——まだ、ですの?」
その瞬間だった。
爆炎の中から何かが飛び出した。白い機体。だが——違った。白式ではない。いや、白式なのだがその姿はセシリアが知る白式とはまるで異なっていた。全身が、白い装甲に覆われている。だがその装甲は、ISのものとは思えないほど重厚で、そして無駄がなかった。背部には、複数のスラスター。肩部には見たこともない形状の武装。右手には大型のライフル。背部にはレーザーキャノン。左背部には、六連装のミサイルポット。左腕には、光を纏ったブレード。
「——なんですの、あれ」
セシリアの声がわずかに震えた。機体の情報が、視界に表示される。型式。白式。だが、そのスペックは——セシリアの知る白式とは、比較にならないほどに向上していた。装甲強度。機動性。火力。そのすべてが、常軌を逸していた。
「なんですの、これ……第三世代? ありえない。こんなスペック、聞いたことがない」
セシリアは、思わず後退した。その動きに自分でも驚いた。英国代表候補生として、こんな反応はしたくなかった。だが——目の前の機体は、そうさせるだけの何かがあった。
「——来る」
セシリアは、そう直感した。白い機体——白鴉が、動いた。その動きは速かった。だが、単なる速さではなかった。無駄が、ない。一つの動きの中に複数の意図が込められているような。そんな、熟練の戦士の動きだった。白鴉が、全兵装を展開した。右手のリニアライフルが火を噴く。背部のレーザーキャノンが光を放つ。左背部のミサイルポットが、六発の弾頭を吐き出した。
「——近接特化じゃ、なかったのですの!?」
セシリアは叫んだ。白式の情報には、近接ブレードのみとあった。射撃兵装は一切ないと。なのに、目の前の機体は——ありとあらゆる射撃兵装を備えている。
(なにが、どうなって——)
セシリアは、ビットを展開した。ブルー・ティアーズの四つのビット。それらを、白鴉へと向かわせる。迎え撃つ。そうしなければ、やられる。だが——
「——遅い」
一夏の声が、聞こえた。いや一夏の声ではなかった。もっと低く、冷徹な。そんな声。白鴉のリニアライフルが、火を噴いた。一射。二射。三射。正確に、ビットを撃ち抜いていく。一機。二機。三機。四機。セシリアのビットが、次々と撃ち落とされていく。
「うそ……」
セシリアは、息を呑んだ。ビットはISの遠隔操作の要。それを、こんなにもあっさりと。しかも、一夏はISの操縦を今日始めたばかりのはずだ。なのに——
(なんなの、あの男)
白鴉が、距離を詰めてくる。セシリアは、スターライトmkIIIを構えた。狙撃で、迎え撃つ。ビットを失った今これしかない。引き金を引く。レーザーが、白鴉を貫かんと放たれる。だが——白鴉の左腕が、光を纏った。パルスブレードが、展開される。いや違う。シールドとして、使われた。レーザーが光の壁に阻まれる。
「防いだ……!?」
セシリアの声が裏返った。白鴉が、さらに接近する。その速度は先ほどとは比べ物にならない。パルスブレードが、振り抜かれた。セシリアは反射的にスターライトmkIIIを盾にした。だが——
「——甘い」
一夏の声。パルスブレードがスターライトmkIIIを切り裂いた。銃が、真っ二つになる。セシリアは目を見開いた。
「そんな……」
追い詰められた。セシリアは、苦し紛れに叫んだ。
「——インター・セプター!」
近接武器が、展開される。ブルー・ティアーズの唯一の近接兵装。セシリアは、それを構えた。だが——白鴉の動きは、それよりも速かった。一夏はセシリアの間合いに入り込むと、機体の脚を振り抜いた。白い脚が、ブルー・ティアーズの機体を蹴り飛ばす。セシリアの体が、激しく揺さぶられた。バランスを崩したところへ——
「——終わりだ」
白鴉の背部、レーザーキャノンが光を放った。至近距離から、ブルー・ティアーズを撃ち抜く。シールドエネルギーが、一気に削り取られていく。警告音が、セシリアの耳を劈いた。
「——試合終了」
千冬の声が、アリーナに響いた。その声はどこか驚きを含んでいた。観客席が、どっと沸いた。セシリアは機体の中で呆然としていた。敗北。よりによって、ISを始めたばかりの男に。
(なんですの……あの男……)
セシリアは、白鴉を見つめた。その白い機体は、静かにアリーナへと着地した。だが——その動きは、まだどこか余韻を残していた。まるで、戦場から戻ってきたばかりの老兵のように。セシリアは、知らず知らずのうちに唇を噛んでいた。
(あの機体——白式じゃない。何かが、変わった)
そう確信しながら、セシリアは機体を降りた。
機体解説
機体名:白鴉
型式番号:IS-01Kai “SHIROGARASU”
世代分類:第三世代(実質的には第三世代の枠を超えた性能を有する)
開発区分:白式一次移行体/レイヴン記憶干渉による再構成
外観的特徴
全身を覆う白亜の装甲はISの流線型デザインではなく、AC——アーマード・コア——の様式に近い。角張った装甲板の集合体でありながら、各部の継ぎ目には精密な稼働機構が覗く。背部には大型スラスターユニットが増設され、肩部、腰部、脚部にも推進器が埋め込まれている。その姿は「装甲を纏った人間」ではなく、「人型をした戦闘機械」と呼ぶにふさわしい。
IS特有の「シールドエネルギー」による防御層は健在だが、それに加えて物理装甲としての厚みも確保されており、防御思想が根本から異なっている。
内部機構
最大の特徴は、その機体構造とシステムが「ACの設計思想」で再構築されている点にある。
ISが「シールドエネルギーによる絶対防御」と「拡張空間への武器格納」を前提とするのに対し、白鴉は「物理装甲による耐久」と「固定武装の最適配置」を前提とする。拡張空間の使用は最小限に抑えられ、代わりに機体各所に直接搭載された武装群が、ACの「パーツ単位でのカスタマイズ性」を思わせる柔軟な運用を可能としている。
ジェネレーター出力は白式のそれを大幅に上回り、特に瞬間的な推力発生能力は他の第三世代機を凌駕する。これはAC世界の「オーバード・ウェポン」運用を想定した設計が反映された結果だと推測されるが、詳細は不明。
武装
右腕:大型リニアライフル
白鴉の主兵装。AC世界の「ライフル」カテゴリに相当する実弾兵装。
- 単発モード:高初速の徹甲弾を発射。ISのシールドエネルギーに対しても貫通効果を持つ。
- 連射モード:マガジン給弾による高速連射。制圧射撃に適する。
- チャージショット:エネルギーを収束させた大口径弾を発射。着弾時に爆発的な運動エネルギーを放出する。
リニア方式の採用により、火薬式を凌ぐ初速と貫通力を実現している。
右背部:レーザーキャノン
背部右側にマウントされたエネルギー兵装。
- 単発モード:収束したレーザービームを射出。高精度の狙撃に適する。
- 照射モード:持続的なレーザー照射により対象を溶断する。
- 拡散モード:広範囲にレーザーを拡散射出し、複数目標を同時攻撃する。
AC世界の「レーザーキャノン」に相当するが、ISの技術体系に適応させた結果、シールドエネルギーとの干渉を利用した「シールドブレイカー」としての機能も備わっている。
左背部:六連装垂直ミサイルポット
背部左側に装備されたミサイルランチャー。AC世界の「垂直ミサイル」を再現した兵装。
- 六発のミサイルを個別に発射可能。
- 弾頭は状況に応じて選択可能(炸裂/焼夷/電磁パルス/発煙/照明など)。
- 垂直発射方式により障害物越しの攻撃や、複数目標への同時攻撃が可能。
ISの「ミサイル」と異なり、一度に多数の弾頭を異なる軌道で運用できる点が特徴。
左腕:パルスブレード
左腕部に内蔵された近接兵装。AC6世界の「パルスブレード」に相当する。
- 通常は「パルスシールド」として機能し、左腕前面に展開するエネルギーシールドで防御を行う。
- 攻撃時には刀身状のパルスエネルギーを形成し、斬撃を行う。
ISの「ブレード」と異なり、防御と攻撃の切り替えが瞬時に行える点が最大の特徴。
特殊兵装
白鴉は任務に応じて、以下の特殊兵装のうち**一つだけ**を選択装備する。
アサルトアーマー
機体を中心とした球状のパルス爆発を発生させる攻防一体の兵装。
- 発動と同時に周囲にEN属性のダメージを与える。
- 爆発範囲内の銃弾・ミサイル等の実弾兵装をかき消す。
- 至近距離での被弾を強制的に無効化する「切り札」として機能する。
AC世界の「アサルトアーマー」を忠実に再現。ISの「絶対防御」が持続的な防御であるのに対し、これは瞬間的な「無効化」であり、攻勢転換の契機として運用される。
パルスアーマー
一定時間、機体を球状のバリアで包み込む防御兵装。
- バリアは全方位を覆い、物理・エネルギー双方の攻撃を無効化する。
- 持続時間中は攻撃も可能だが、バリア展開中は機動性が低下する。
- 防御に特化した「守りの切り札」。
AC世界の「パルスアーマー」に相当。ISのシールドエネルギーとは異なる系統の防御機構であり、特に「シールド貫通特性を持つ攻撃」に対して有効とされる。
パルスプロテクション
半径5メートル以内の任意の位置に、球状のバリアを設置する兵装。
- バリアは敵の攻撃を「内側からも外側からも」阻む。
- 逆に、味方の攻撃はバリアの内外どちらからでも通過する。
- つまり、味方にとっては「透過する防御壁」、敵にとっては「貫通不可能な障壁」として機能する。
AC世界の「パルスプロテクション」を再現。攻撃と防御を同時に成立させる、極めて戦術的な兵装である。設置位置の選択が戦況を左右するため、搭乗者には高度な状況判断力が求められる。
単一使用能力:聖天月華
白鴉に搭載された、唯一の「IS的」能力。
効果:搭乗者の能力を限界まで引き出す。
シンプルながらその効果は絶大である。搭乗者の身体能力・反射速度・空間認識能力・状況判断能力を、文字通り「限界値」まで引き上げる。IS操縦者としての潛在能力を、一時的にではあるが完全に開花させるのだ。
制約:搭乗者への負荷が極めて大きく、発動時間は五分が限界。
五分を超えた場合搭乗者は深刻な肉体的・精神的疲労に陥り、最悪の場合意識を失う。これは「能力の引き出し」が搭乗者の限界を超えた出力を強制的に引き出すためであり、一種の「オーバードライブ」と形容すべき状態である。
運用思想
白鴉は、その成り立ちからしてIS学園の他の機体とは根本的に異なる運用思想を持つ。
ISが「スポーツとしての決闘」を想定して設計されているのに対し、白鴉は「戦争における生存と殲滅」を想定している。その武装構成は「遠距離からの制圧」「中距離での殲滅」「近距離での排除」をすべてカバーし、特殊兵装は「被弾時の無効化」「防御の強化」「戦場の制御」という、実戦での「生き残るための手段」として選択される。
一夏自身はこの機体の真価をまだ完全には理解していない。しかし、彼の中に眠る「レイヴン」たちの記憶が、白鴉の操縦を通じて徐々に覚醒しつつある。
白鴉は——「戦うために生まれた機体」である。
そして、その操縦者である一夏もまたIS学園という平和な世界にあって、唯一「戦場を知る者」として、静かにその時を待っていた。