休憩が終わり一夏達は再び接客を続けていた。先ほどまでとは打って変わって、客の波も落ち着いてきている。そろそろ学園祭も終盤に差し掛かろうかという頃だった。その時、再び楯無が現れた。
「一夏君、ちょっと良いかしら」
「楯無先輩。今度は何の用ですか」
「生徒会の出し物に協力して欲しいのよ」
「出し物?」
「そう。今からやるの。何をやるかというとね——」
楯無はそこで一旦言葉を切り、にっこりと笑った。
「シンデレラよ」
一夏はその言葉の意味を理解する前に、とっさに嫌な予感を覚えた。だが、その予感が現実になるより先に事態は動いた。その瞬間だった。IS学園全体に、耳をつんざくような警報が鳴り響いた。教室中の誰もが動きを止め、窓の外を見る。そして放送が入った。
「IS学園へ高速で接近する飛行物体を確認!数は五十一。至急、教員は迎撃に向かってください!生徒達は来客と共に避難してください!」
一夏、箒、セシリアシャルロット、ラウラ楯無は互いに顔を見合わせた。その目はすべて同じことを語っている。ただ事じゃない、と。
「みんな、行くわよ!」
楯無の声に全員が頷き一夏達は直ぐに外へ出た。廊下を走り抜ける途中で、鈴音と合流する。彼女もまた事態を察して駆けつけたのだろう。
「鈴!」
「説明は後でいいわ。行くわよ!」
六人は一斉にISを展開した。一夏の白鴉・熾天、箒の紅椿、セシリアのブルー・ティアーズ、鈴音の甲龍、シャルロットのラファール・リヴァイヴ、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲン、そして楯無のミステリアス・レイディ。七機のISが空へと舞い上がる。そして、向こうから飛来するものを見た。五十一機の無人IS。そのどれもが、一夏の白鴉・熾天と同じ設計思想で作られており、更にVOBを装着していた。角張った装甲、背部の大型スラスターユニット、機体各所に埋め込まれた推進器。まさに白鴉の量産型とでも言うべき姿だ。
「なんだありゃ……!」
「白鴉と同じ設計思想……! どういうことだ!」
箒の叫びに一夏も答えることができない。無人ISはIS学園の空域に到着すると、VOBを切り離し迎撃に出た教師のIS部隊と交戦を始めた。攻撃を続ける教師陣だが、無人IS達は無人機とは思えない滑らかな動きと高い防御力、そして高火力の実弾兵装で教師陣を追い詰めていく。
「あの動き……とても無人機とは思えない!」
「ええ。明らかに、人の動きを模しているわ」
セシリアと鈴音がそう言った。一夏も同じことを感じていた。あの動きは、明らかに何かのデータを元にしている。人の操縦を学習させたのか、それとも——。考える暇はなかった。
「一夏! 来るぞ!」
箒の声に一夏は顔を上げた。だが、その時だった。一夏の機体が一機のISによって強襲された。深緑のIS。その機体もまた、白鴉・熾天と同じ設計思想で構築されていた。右手にリニアライフル、右背部に四連ミサイルポット左背部にパルスシールド、左腕にサブマシンガン。一夏はとっさに身構えた。
「よぉ、久しぶりだな。野良犬」
男性の声が響いた。その声を聞いた瞬間、一夏の脳裏に様々な映像と知識が過った。ルビコン3。コーラル。ベイラム。レッドガン。情報が流れ、誰かとの会話が聞こえる。
『調子に乗るなよ 野良犬』
『これで勝ったと思うんじゃねえぞ!』
『イラつくぜ…… 野良犬に…… 憧れたんだ……』
一夏は呆然とした様子で、目の前の深緑のISを見つめた。
「お前は……誰だ?」
それを聞いた深緑のISは、少しだけ黙り込んだ。そして低い声で言った。
「……まだ、完全に目覚めちゃあいねえようだな」
次の瞬間、深緑のISは武器を一夏に向けた。
「だったら、無理矢理思い出してもらうぜ野良犬!」
深緑のISが一夏に襲い掛かった。その動きは速い。白鴉・熾天と同じ設計思想、同じ機動性。一夏はとっさにリニアライフルを構えて迎え撃った。だが、深緑のISはその攻撃を紙一重でかわす。そして、サブマシンガンを乱射しながら一夏に迫ってきた。
「くっ……!」
「どうした、野良犬! その程度か!」
一夏はパルスシールドバリアを展開し、深緑のISの攻撃を防いだ。だが、相手も負けじとパルスシールドを展開する。二機のISが空中で激しくぶつかり合った。一夏の頭の中では、まだあの映像がちらついている。ルビコン。コーラル。そして——野良犬と呼ばれた誰かの記憶。一夏はそれを振り払うように、深緑のISに向かって叫んだ。
「お前、一体何者なんだ!」
「知りたいか?」
深緑のISは、少しだけ笑うような声を出した。
「なら、思い出せ。お前の中に眠るあの記憶を——レイヴンの記憶をな!」
「レイヴン……?」
一夏はその言葉に胸の奥がざわつくのを感じた。だが、そんなことを考えている暇はない。深緑のISが、再び襲い掛かってきた。
―――
一夏と深緑のISが激しい戦いを繰り広げている頃、箒、セシリア鈴音、シャルロット、ラウラ楯無の六人は連携を取りながら無人ISを相手にしていた。
「紅椿、薙ぎ払え!」
「ブルー・ティアーズ、ビット展開!」
「甲龍、砲撃準備!」
「ラファール・リヴァイヴ、行くよ!」
「シュヴァルツェア・レーゲン、沈め!」
「ミステリアス・レイディ、そこよ!」
六機のISがそれぞれの武器を振るい、無人ISを次々と撃墜していく。だが、数は五十一機。いくら倒しても次から次へと押し寄せてくる。
「きりがないわね!」
「ええ。でも、数は確実に減っているわ」
「このまま押し切るぞ!」
ラウラの言葉に全員が頷いた。その時だった。通信から新たに接近する機影を確認したと情報が入った。
「新手か!?」
「数は二機!」
「どこからだ!?」
六人は視線を向けた。そこには、白鴉・熾天と同じ設計思想で作られた二機のISがいた。深緑とは異なる配色で、一機は紅葉のような赤銅色もう一機は銀灰色の機体だ。六人は新手かと身構えた。だが、その二機はなんと無人IS達に向かって攻撃を始めたのだ。
「なっ……!?」
「敵じゃないのか!?」
六人が一体何だと戸惑っていると、二機のISから通信が入った。
「そこのIS、聞こえるか? あたしはオータム、お前らを援護する」
「同じくM、援護する」
その声は、どちらも女性のものだった。落ち着いた声のオータムと、少しだけぶっきらぼうな声のM。五人は戸惑いながら楯無を見た。楯無は一瞬だけ考えるように目を細めたが、すぐに頷いた。
「少なくとも敵じゃないわ。戦闘を続けて!」
「了解!」
楯無の指示に六人は再び戦闘を開始した。オータムとMの二機が加わったことで、戦況は大きく変わった。オータムの機体は右手に大型の実弾兵装、左腕にパルスブレードを装備しており、中距離から近距離まで隙なく対応する。Mの機体は背部に大型のレーザーキャノンを搭載しており、遠距離から正確な狙撃で無人ISを撃ち抜いていく。
「M、そっちの右翼任せる」
「了解」
息の合った連携だ。まるで最初から一緒に戦ってきたかのような。六人はそんな二機の戦いぶりに驚きつつも、負けじと無人ISを倒していく。
「この調子なら、いけるぞ!」
「ああ。このまま押し切る!」
箒とラウラが前線で突撃しセシリアと鈴音が中距離から援護する。シャルロットが機動力を活かして攪乱し、楯無が全体を見渡しながら指示を出す。オータムとMがその隙を埋めるように戦う。七機のISが一体となって、無人ISの群れを削っていった。
―――
一夏は深緑のISとの戦いに苦戦していた。深緑のISの攻撃を頭の中の声に従って掻い潛りながら反撃を行う。リニアライフルの連射を叩き込み、レーザーキャノンで牽制する。だが、先ほどから流れる誰かの記憶に苦しみ、その動きを鈍らせていた。
(——違う。俺は、俺はこんなところで……!)
頭の中に映像が流れ込んでくる。赤く染まった空。無数の機体が飛び交う戦場。聞いたこともない地名と組織の名前。そして——誰かの声。
『621』
『レイヴン』
『ヴィジター』
『戦友』
その声が、妙に優しくて妙に懐かしくて。一夏は首を振った。集中しなければ。だが、深緑のISはそんな一夏の隙を見逃さない。
「どうした、野良犬! 動きが鈍ってるぜ!」
リニアライフルの連射が一夏を襲う。一夏はパルスシールドバリアを展開して防いだが、数発が装甲をかすめた。
「くそっ……!」
一夏は体勢を立て直そうとする。だが、記憶の奔流は止まらない。
『俺は…621…お前を…消さなければならない』
『レイヴン、貴方は私が止めます。この星を焼かせはしない』
『来たか戦友。やはり君は……ルビコンを脅かす危険因子だったようだ』
『選ぶのはいいことだ 選ばない奴とは敵にも味方にもなれない』
誰だ。誰なんだ。この声は。この記憶は。一夏の頭の中で、知らないはずの感情が渦巻く。懐かしさと、喪失感とそして——怒り。
「うあああっ!」
一夏は叫んだ。記憶を振り払うように。深緑のISに向かって、リニアライフルを構える。
「お前……一体、俺に何をした!」
深緑のISは、少しだけ間を置いて答えた。
「何もしてねえよ。ただ、お前の中に眠ってるもんが目を覚まし始めてるだけだ」
「眠ってるもん……?」
「ああ。お前は知らないだろうがな。お前の中にはいるんだよ。レイヴンたちの記憶がな」
一夏はその言葉に息を呑んだ。レイヴン。さっきも聞いた言葉だ。だが、意味は分からない。分からないのに、なぜか胸の奥が痛む。
「ふざけるな……! 俺は、俺は織斑一夏だ! そんな記憶、俺のものじゃない!」
「そうか? なら、なんでお前はその記憶に苦しんでるんだ?」
深緑のISの指摘は、鋭く一夏の胸に突き刺さった。そうだ。なぜ苦しい。なぜ懐かしい。なぜ——悲しい。一夏は唇を噛んだ。そんなこと、考える暇はない。目の前に敵がいる。戦わなければ。だが、体が思うように動かない。記憶が、感情が一夏の動きを阻害する。
「くっ……!」
深緑のISがそんな一夏に容赦なく襲い掛かる。リニアライフルの連射が、ミサイルがパルスブレードが。一夏は必死にそれをかわしながら、頭の中の声に訴えかけた。
(——どうすればいい! 俺は、どうすれば!)
(落ち着け。お前は一人じゃない。俺がいる)
その声は、いつものように冷静だった。だが、どこか優しさを含んでいるようにも聞こえた。
(記憶に飲まれるな。お前はお前だ。だが、記憶を恐れるな。それはお前の一部になるものだ)
(俺の……一部……)
(ああ。だが、今は目の前の敵に集中しろ。記憶は後でいい。まずは——生き残れ)
その言葉に、一夏ははっとした。そうだ。今は、生き残らなければ。記憶のことは後でいい。一夏は深く息を吸い込んだ。そして、顔を上げた。その目に再び闘志が宿る。
「……そうだな。まずは、お前を倒す!」
一夏はリニアライフルを構え直した。深緑のISが、少しだけ嬉しそうな声を出した。
「ほう。やっとその気になったか、野良犬」
「ああ。お前の言う『レイヴン』の記憶は、後でゆっくり思い出すさ。だが——」
一夏はリニアライフルの照準を深緑のISに合わせた。
「今は、お前を止めるのが先だ!」
一夏の白鴉・熾天が再び戦場を駆け出す。深緑のISもそれに応じるように、加速した。二機のISが空中で激しくぶつかり合う。記憶の奔流は、まだ一夏の頭の中にあった。だが、もうそれに飲まれることはない。一夏は戦いながら、頭の片隅で考えていた。この戦いが終わったら。あの記憶のことを、もっと知らなければならない。そして——この深緑のISの男のことも。
一夏は激しい戦いの末ついに深緑のISを追い詰めた。リニアライフルの連射で相手のパルスシールドを削り、レーザーキャノンで機動を制限し、パルスブレードでとどめを刺す。深緑のISは大きく体勢を崩し、地面へと墜落していった。
「はぁ……はぁ……」
一夏は肩で息をしながら、墜落した深緑のISを見下ろした。機体はもう満身創痍で、まともに動ける状態ではない。深緑のISから、あの男性の声が聞こえてきた。
「……ちっ。やはりまだ調整が必要か」
その声は、先ほどまでの余裕のあるものではなく、悔しさを含んでいた。一夏は機体を降下させ、深緑のISに近づいた。
「お前……一体何者なんだ。俺の中にある記憶は、何なんだ」
一夏の問いに、深緑のISはしばらく黙っていた。そして、小さく笑うような声を出した。
「教えねえよ」
その瞬間だった。深緑のISの機体が、内側から赤く輝き始めた。自爆シーケンス。一夏はとっさに機体を後退させた。
「しまった……!」
白鴉・熾天のスラスターを全開にして離脱する。直後、深緑のISは激しい爆発を起こした。爆風が一夏の機体を襲うが、何とか耐えきる。爆発の光が収まり、一夏は息を吐いた。深緑のISは、もう跡形もなく消え去っていた。
「逃げられた……いや、最初からそのつもりだったのか」
一夏は呟いた。あの男は最初から自分を試すような戦い方をしていた。そして最後には自爆して、何も教えずに去っていった。だが、一夏の頭の中にはまだあの記憶の奔流が残っている。ルビコン。コーラル。レイヴン。そして、野良犬と呼ばれた誰かの記憶。
(俺の中に……レイヴンたちの記憶が眠っている……)
一夏は自分の手を見つめた。何も変わらない、いつもの自分の手。だがその中に自分ではない誰かがいる。そう思うと、なんだか不思議な気分だった。ふいに「一夏!」
「一夏君!」
「一夏!」
聞き慣れた声がいくつも重なって聞こえた。一夏が顔を上げると、箒、セシリア鈴音、シャルロット、ラウラ楯無の六人がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、無人ISはすべて排除したらしい。
「みんな……無事だったか」
「ああ。何とかね」
「そっちこそ、大丈夫なの? かなり激しい戦いだったみたいだけど」
「ああ。何とか……な」
一夏はそう答えたがその表情はどこか浮かない。箒がそんな一夏の様子に気づいて、眉をひそめた。
「一夏。何かあったのか」
「いや……ちょっと、な」
一夏は言葉を濁した。あの深緑のISの男のこと。自分の中に眠る記憶のこと。まだ、みんなに話すべきかどうか判断がつかなかった。楯無が一夏の様子を見て、静かに言った。
「一夏君。何があったかは分からないけど、今は生きて帰れたことを喜びましょう。話は、落ち着いてからでいいわ」
「楯無先輩……」
「さあ、みんな。まだ学園祭は終わってないわよ。片付けもしないといけないしね」
楯無の言葉に、一夏は少しだけ肩の力を抜いた。そうだ。今は、生きていることを喜ぼう。記憶のことは、後でゆっくり考えればいい。一夏は顔を上げて、仲間たちを見た。
「みんな、ありがとう。助かったよ」
「何を言ってるのよ。当然でしょ」
「そうだ。私たちは仲間だろう」
「うん。仲間だよ」
「ああ。仲間だな」
「当然ですわ」
「ふふ。仲間、ね」
六人の言葉に、一夏は思わず笑みをこぼした。そうだ。自分は一人じゃない。記憶の奔流に飲まれそうになった時も、頭の中の声が支えてくれた。そして、今こうして仲間がいる。一夏は空を見上げた。学園祭の賑わいが、徐々に戻ってくる。だがその中で一夏は静かに思っていた。あの深緑のISの男。そして、自分の中に眠るレイヴンの記憶。いつか、その真実を知る時が来るのだろう。その時、自分はどうするのか。一夏にはまだ分からなかった。だが、一つだけ分かることがある。自分は織斑一夏だ。そのことは、忘れない。一夏は仲間たちと共に、学園祭の片付けへと向かった。