週末。一夏とシャルロットは私服姿で駅前のショッピングモールに来ていた。シャルロットは白いブラウスに淡いブルーのスカートという涼しげな装いで、普段のISスーツとは違うその姿に一夏は少しだけ見惚れていた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「あ、いや。似合ってるなって思って」
「えっ……」
シャルロットは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ頬を染めて「ありがとう」と小さく呟いた。
まず二人が向かったのは服屋だった。シャルロットが買いたい物があるというのは、どうやら服らしい。店内に入り、シャルロットがあれこれと服を手に取っては一夏に見せる。一夏は正直服の良し悪しはよく分からないのだが、シャルロットが楽しそうなのでそれだけで良かった。
「一夏、これとこれ、どっちがいいと思う?」
「うーん……こっちの方がシャルロットには合ってるんじゃないか?」
「ほんと? じゃあこれにしようかな」
そんなやり取りをしていると、ふいに聞き覚えのある声がした。
「あれ? 一夏さん?」
振り返ると、そこには見慣れた顔があった。長い髪を降ろした少女——五反田蘭だ。彼女は一夏を見つけると、ぱっと表情を明るくした。
「蘭! 奇遇だな」
「本当ですね。一夏さんこそ、こんなところでどうしたんですか?」
「ああ、買い物に付き合っててな」
一夏はそう言って、隣に立つシャルロットを手で示した。
「紹介するよ。こっちは俺のクラスメイトのシャルロット。シャルロット、こっちは俺の悪友の妹で五反田蘭。弾の妹なんだ」
「初めまして、シャルロットです」
「五反田蘭です。初めまして」
蘭はそう言って、にこりと礼儀正しく頭を下げた。シャルロットもにこやかに笑い返す。だがその目は、一夏には分からない微妙な色を一瞬だけ宿していた。
「せっかくだし、三人で回ろうか?」
「ぜひ!」
蘭は満面の笑みで即答した。シャルロットは少しだけ残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻って「そうだね。賑やかでいいんじゃないかな」と同意した。
三人はモールの中を色々と見て回った。雑貨屋、本屋、アクセサリーショップ。蘭は終始上機嫌で、一夏に色々な話を振ってくる。話題は自然と、蘭のIS学園入学のことへと移っていった。
「私、IS学園に入るために勉強してるんです。ISの簡易適性試験も受けて、A判定もらえたんですよ」
「そうなんだ。すごいね」
「一夏さんと同じ学園で勉強できると思うと、今から楽しみで仕方ないです」
「蘭が来たら、また色々と教えてやれることがあるかもな」
「本当ですか! 楽しみにしてますね」
そんな会話をしていると、一夏はふと思い出したように言った。
「そうだ。あのチケット、まだ行けたはず。蘭、ケータイ持ってる?」
「え? はい、持ってますけど……」
蘭は首を傾げながら携帯電話を取り出した。一夏は自分の携帯電話と蘭の携帯電話をダイレクト接続に切り替えて、チケットデータの転送を行った。蘭は転送されたデータを覗き込み、目を丸くした。
「これは……キャノンボール・ファストの特別指定席のチケット!?」
「ああ。今月行われるんだ。学園祭の時に誘えなかったお詫びってことで」
「良いんですか!?」
蘭は驚きのあまり、声を裏返らせた。一夏はそんな蘭を見て、少し照れくさそうに笑った。
「勿論。せっかくIS学園を目指してるんだろ? 実際のレースを見るのも勉強になると思うぞ」
「絶対行きます!」
蘭は満面の笑みでそう言って、自身の携帯電話を大事そうにぎゅっと握った。
そして三人は時計店に足を踏み入れるとガラスケースの中に整然と並ぶ腕時計の数々に一夏は圧倒された。金属の輝き、革の質感文字盤の多彩なデザイン。どれもこれも一夏には同じに見えてしまう。
「うーん……どれがいいんだろうな」
一夏は腕を組んで唸っていた。そもそも腕時計を買うのが初めてなのだ。良し悪しが分からず、ただ途方に暮れるばかりだった。ふと、隣で一緒にケースを覗き込んでいた蘭に一夏は聞いてみた。
「蘭は腕時計とか持ってるのか?」
「え? いえ、持ってないですよ」
「そうなのか」
「はい。なかなか買う機会がなくて」
そのやり取りを聞いていたシャルロットが、呆れたようにため息をついた。
「もー、駄目だよ二人共。特に蘭ちゃんは女の子なんだから、もっとおしゃれなのしないと」
「でも時計って、お小遣いだと買えないですよ?」
蘭がそう返すとシャルロットは「ああ、そっか」と小さく呟いた。それから少し考えて、説明するように言った。
「代表候補生は一応国に所属している公務員に近い立場だからね。支給金があるんだよ」
「そうなのか」
「へえ……」
一夏と蘭は揃って興味深そうに声を上げた。シャルロットはそんな二人を見て、ふと一夏に問いかけた。
「一夏はまだ代表候補生じゃないんだよね?」
「ああ。国際IS機関の審議が長引いてるって聞いた」
「だろうね」
シャルロットはそう言って、少し真剣な表情を浮かべた。
「一夏と白鴉・熾天は、どこの国も喉から手が出るほど欲しがってるから。各国の思惑が絡み合って、簡単には決まらないんだろうね」
(その通りだな)
一夏は心の中で頭の中の声が同意するのを感じた。自分自身、この機体がどれほど異常な存在かは理解しているつもりだ。だからこそ、その扱いが簡単に決まらないのも仕方ないと思っている。
「このままじゃ決まりそうにないから、僕が決めてもいい?」
シャルロットがそう言って、ケースの中の腕時計に視線を移した。一夏は迷わず頷いた。
「ああ。シャルロットのセンスに任せるよ」
「任された。じゃあ、蘭ちゃんも一緒に選ぼう」
シャルロットは蘭を誘って二人でケースの前であれこれと腕時計を選び始めた。一夏はその後ろで、二人の楽しそうな様子を眺めていた。
(なかなか様になっているな)
(ああ。こういうのも悪くない)
数分後、シャルロットと蘭は一夏の前に戻ってきた。蘭の手には、白を基調とした金属製の腕時計が握られている。シンプルながら洗練されたデザインで、一夏にも似合いそうだった。
「これ、どうかな?」
「かっこいいと思います」
「二人が選んだものなら間違いないな。これにするよ」
一夏はそう言って、その腕時計を買うことに決めた。店員に渡して包装してもらう間、シャルロットと蘭は満足げな表情を浮かべていた。店を出ると、時間はちょうど十二時になっていた。
「昼時だな。近くにオープンカフェがあったから、行かないか?」
「いいね」
「賛成です!」
三人は近くのオープンカフェへと向かった。テラス席に案内され、一夏は店員にランチを尋ねた。
「今日のランチは何ですか?」
「今日のランチは蟹クリームスパゲッティです。デザートは梨のタルトです」
「じゃあ、それを三人分お願いします」
一夏が注文を済ませると三人は席に座った。開放的なテラス席は風が気持ちよく、ショッピングの疲れを癒してくれる。しばらくして、蘭がふと一夏とシャルロットを見比べるようにして聞いてきた。
「あの……一夏さんとシャルロットさんって、付き合ってるんですか?」
その質問に一夏は少し驚いた。シャルロットは一瞬言葉に詰まったあと、穏やかに笑って答えた。
「付き合ってないよ……今はね」
「そ、そうなんですか」
蘭はそう言いながら何かを考えるように視線を落とした。シャルロットの「今はね」という言葉。その意味を、蘭は正確に理解したようだった。ライバルが多すぎる。一夏を狙う人がこんなにいるなんて。蘭は内心で圧倒されながらも、それでも諦めずに闘志を燃やした。
そこに店員が蟹クリームスパゲッティを三人分乗せたトレーを持ってきた。丁寧に三人の前に料理を置き、「デザートは後ほどお持ちしますので」と言って去っていく。湯気の向こうに、たっぷりの蟹の身とクリーミーなソースが絡んだスパゲッティが姿を現していた。
「美味しそう……」
「だな。いただきます」
一夏がそう言うと三人は早速とばかりに蟹クリームスパゲッティを食べ始めた。口の中に広がる蟹の風味とクリームのまろやかさ。ランチにはちょうどいい量だ。蘭は食べながら、時折一夏とシャルロットのやり取りを盗み見ていた。シャルロットが一夏に笑いかけるたび、蘭の胸の奥で小さな火が燃える。
(負けないんだから)
蘭は心の中でそう呟きながら、もう一口スパゲッティを口に運んだ。
―――
昼食後、一夏とシャルロット蘭の三人は午後も色んな店を回った。雑貨屋で蘭が可愛らしい小物を見つけてはしゃいだり、本屋でシャルロットが分厚い料理本を抱えて一夏に「これ、参考になりそうだよね」と笑いかけたり。蘭が試着室から出てくるたびに一夏が「似合ってるぞ」と声をかけると、蘭は嬉しそうに何度も鏡を覗き込んでいた。あっという間に時間は過ぎ、午後四時。一夏とシャルロットは蘭を自宅である五反田食堂まで送り届けた。
「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。チケットのこと、忘れないでくれよ」
「はい! あの、キャノンボール・ファスト絶対行きますからね。楽しみにしてます」
「ああ。じゃあな、蘭」
「蘭ちゃん、またね」
「はい! お二人とも、気をつけてお帰りください」
蘭は丁寧にお辞儀をして店の扉を開けて中に入っていった。入り口からは「おかえり、蘭」という祖父の声と「ただいま、おじいちゃん」という蘭の元気な声が聞こえてきた。一夏とシャルロットはその声を背に、歩き出した。
「楽しかったね」
「ああ。まさか蘭に会うとは思わなかったけど、いい一日だった」
「うん。蘭ちゃん、いい子だよね。IS学園に入ったら、きっと友達になれると思う」
「そうだな。あいつが来たら、また色々と教えてやらないと」
一夏はそう言って、ふと空を見上げた。夕方の空は橙と紫が混ざり合った美しいグラデーションを描いている。頭の中の声が、静かに呟いた。
(いい一日だったな)
(ああ。たまにはこういうのもいい)
(しかしお前、女の子に囲まれて随分と楽しそうだったじゃないか)
(やめろよ。そういうんじゃないって)
(ふむ。どうだかな)
一夏は心の中で苦笑いを浮かべながら、隣を歩くシャルロットに視線を移した。彼女は満足そうな表情で、時折一夏の腕に視線を送っている。
「どうした?」
「ううん。ただ、今日買った腕時計早く一夏がしてるところ見たいなって」
「ああ。明日にでもつけてみるよ」
「本当? 楽しみにしてるね」
シャルロットはそう言ってふわりと笑った。その笑顔は、今日一日で一番嬉しそうに見えた。一夏はそんなシャルロットの笑顔を見ながら、改めて思った。こういう何気ない時間が、自分にとっては一番大切なのかもしれない、と。やがてIS学園の門が見えてきた。門をくぐり、寮へと続く道を歩く。シャルロットがふと口を開いた。
「一夏。今日はありがとう」
「ん? 俺は何も」
「ううん。一緒に来てくれただけで嬉しかったの。それに、蘭ちゃんとも仲良くなれたし」
「そうか。なら良かったよ」
一夏がそう答えるとシャルロットは少しだけ照れくさそうに笑った。そして、二人は並んで寮への坂道を登っていった。夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。