IS レイヴンズ・レゾナンス   作:BLUE@

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六話

アリーナのピットで白鴉が、静かに着地した。

 

機体の装甲がゆっくりと光を失っていく。一夏は深く息を吐いた。全身が、汗でびっしょりだった。疲労が、どっと押し寄せる。まるで何時間も戦い続けたかのような。実際には、ほんの数分のことだったはずだ。だが一夏の体は、それを何倍にも引き伸ばしたような倦怠感に包まれていた。

 

(戻って、きたのか)

 

赤い空の記憶がまだ脳裏にこびりついている。荒廃した大地。鉄と硝煙の匂い。そして——白いワンピースの少女。あの赤い瞳。何かを言いかけて、世界が砕けた。あれは何だったのか。夢? 幻? それとも——

 

「一夏!」

 

箒の声だった。一夏は顔を上げた。足が、わずかに震えていた。アリーナの床は、ひどく現実的だった。冷たく固い。箒が、駆け寄ってくる。その顔には困惑と心配が入り混じった表情が浮かんでいた。

 

「お前、今の……」

 

箒は、言葉を切った。何と言えばいいのか分からない。そんな顔だった。無理もない、と一夏は思った。自分でも何が起きたのか分からないのだから。摩耶も、近づいてきた。その目は驚きと好奇に満ちている。だが、どこか慎重な色もあった。

 

「織斑君。あの機体……白式が、変わってました。あれはどういうことですか?」

 

摩耶の声は、穏やかだった。だがその中に操縦者としての鋭さがあった。一夏は、首を振った。

 

「分かりません。俺も……よく」

「分からない……ですか……」

 

摩耶は、少し困ったように笑った。

 

「あれは明らかに異常です。白式のデータとはまるで違う。武装も、機動性も、装甲も。あれじゃあ別の機体です」

 

一夏は、答えられなかった。自分でも説明がつかない。ただ——あの瞬間、頭の中の声がはっきりと聞こえた。武装の展開の仕方。射撃のタイミング。接近の仕方。それらすべてが、声とともに流れ込んできた。まるで、最初から知っていたかのように。

 

「織斑」

 

その声で、一夏は顔を上げた。千冬が立っていた。その目は、鋭かった。冷たいとも違う。もっと深いところを見透かすような。そんな視線。一夏は、思わず背筋を伸ばした。

 

「千冬姉……」

「何があった?」

 

千冬の声は、短かった。だがその中に有無を言わせない強さがあった。一夏は、言葉に詰まった。何があったと聞かれても。自分でも、うまく説明できない。あの赤い空。無数の声。白い少女。それらは、あまりにも非現実的であまりにも——個人的なものだった。

 

「あの……機体が、変わったんです。俺が何かしたわけじゃ」

「そうじゃない」

 

千冬は、遮った。その目がさらに細められる。

 

「お前の動きだ。白式が変わった後の、お前の戦い方。あれはISの操縦を始めたばかりの人間の動きじゃない」

 

一夏は、息を呑んだ。千冬は続ける。

 

「射撃兵装の扱い。ビットの迎撃。シールドの展開。どれもこれも、一朝一夕で身につくものじゃない。お前、どこでそれを覚えた」

 

その問いは、鋭かった。一夏は唇を噛んだ。答えなければならない。だが、何と答えればいい。頭の中の声が、戦い方を教えてくれた。そんなことを言えば、どうなる。千冬は信じてくれるだろうか。それとも——

 

(——言うべきだ)

 

声が、した。今度ははっきりと。一夏は、顔を上げた。千冬の目をまっすぐに見返す。

 

「分かりません。でも——頭の中に、声が聞こえるんです。戦い方とか、動き方とか。そういうのが流れ込んでくる。前から、時々あったんです。でも今日は……特に、はっきりと」

 

千冬は、黙っていた。その表情は変わらない。だが、その目の奥で何かが動いたのを、一夏は見逃さなかった。千冬は、ゆっくりと口を開いた。

 

「声、か」

「はい」

「どんな声だ」

 

一夏は、少し考えた。どんな声と聞かれても。うまく言い表せない。だが、正直に話そうと思った。

 

「いろんな声です。男の声もあれば、性別が分からないような声も。それに……」

 

一夏は、ためらった。あの少女のことを、話すべきか。赤い空の夢のことを。千冬は、一夏の沈黙を待っていた。やがて、一夏は口を開いた。

 

「夢を見たんです。さっき、気を失ってる間に。赤い空の荒廃した世界。そこで、白いワンピースを着た女の子が……」

 

千冬の目が、わずかに見開かれた。ほんの一瞬だった。だが、一夏には分かった。千冬は何かを知っている。その反応は、初めて聞いた話に対するものではなかった。

 

「千冬姉。何か、知ってるんですか」

 

千冬は、答えなかった。ただ一夏を見つめていた。その視線は、どこまでも深く——そしてどこか遠かった。長い沈黙の後、千冬は小さく息を吐いた。

 

「今日のところは、それまでだ。詳しい話は後でする」

「でも」

「後でだ」

 

千冬は、繰り返した。その声には有無を言わせないものがあった。一夏は、黙って頷いた。千冬は背を向けた。そして、歩き出す。その背中に一夏は声をかけた。

 

「千冬姉。俺、勝ったよ」

 

千冬は、足を止めた。振り返らない。だが、その声はわずかに柔らかくなっていた。

 

「ああ。見ていた」

 

それだけ言って千冬はアリーナを出ていった。一夏は、その背中を見送った。胸の内に、小さな温かさが広がるのを感じながら。

 

「一夏」

 

箒が、隣に立っていた。その顔にはまだ困惑が残っている。だが、先ほどよりは落ち着いていた。

 

「お前、大丈夫なのか?」

「ああ。なんとか」

「そうか」

 

箒は、それだけ言って一夏の横に並んだ。摩耶も、反対側に立った。

 

「とりあえず、おめでとうございます。織斑君。勝ったんですよ」

 

摩耶は、そう言って笑った。その笑顔は、どこか無理をしているようにも見えたが、一夏はありがたく受け取った。

 

「ありがとうございます」

「でも、あとでちゃんと調べますからね。あの機体のこと」

「はい……分かりました」

 

一夏は、頷いた。頭の中ではまだ声がしていた。だが、さっきよりは静かだった。あの少女が、抑えてくれているのだろうか。そんなことを、ぼんやりと考えた。

 

(——ありがとう)

 

心の中で、そう呟いた。誰に届くわけでもない。だが、そうしたかった。アリーナの照明が、ゆっくりと落ちていく。観客席からは、まだ歓声が聞こえていた。一夏は、その中に立って自分の手を見つめた。この手で、勝った。ISを始めて間もない自分が、代表候補生に。その事実がまだ信じられなかった。だが——

 

(——勝ちは勝ちだ)

 

声が、した。一夏は小さく笑った。そうだ。勝った。それだけは、確かだった。

 

―――

 

湯が、髪を伝って流れ落ちていく。

セシリアは、両手を壁につきうつむいていた。シャワールームに響くのは、絶え間ない水音だけ。他の音は何もない。いや、ある。頭の中で何度も何度もあの光景が繰り返されていた。

 

(負けた)

 

その事実が、まだ胸の奥で燻っている。英国代表候補生。名門オルコット家の令嬢。ISのエリートとしての自負。それらすべてを、たった一人の少年に打ち砕かれた。

 

(よりによって、ISを始めたばかりの男に)

 

セシリアは、蛇口を捻った。湯が止まる。しばらく、そのままでいた。雫が髪の先から落ちて床を叩く音がした。やがて、顔を上げる。鏡に映った自分の顔は、ひどく悔しそうだった。

 

「……らしくないですわね」

 

セシリアは、そう呟いてタオルを手に取った。髪を拭きながら、思考を巡らせる。あの戦い。最初は、余裕があった。白式は近接特化。射撃兵装はない。そう聞いていた。だから、距離を取って狙撃すれば勝てる。そう思っていた。

 

(最初は、そうでしたわ)

 

確かに、最初のうちはセシリアのペースだった。スターライトmkIIIの狙撃を、一夏は必死に避けていた。あの動きは、決して洗練されていなかった。だが——異常なほどに正確だった。まるで攻撃の来る位置を最初から知っているかのように。それでも、まだセシリアは優位に立っていた。ビットを展開し、斉射を浴びせた。あの時点では、まだ。

 

(ミサイルビットが直撃した。あの時点では、わたくしの勝ちだったはず)

 

だが、試合終了のアナウンスは流れなかった。そして、爆炎の中から現れた白式は——まるで別の機体だった。あの白い装甲。重厚で、無駄がなくてどこか異様な威圧感を放っていた。武装も、機動性もまるで別物。あれは、ISではない。何か別の——もっと戦場に特化した何か。

 

(あの機体、一体何なの)

 

セシリアは、タオルを置いた。水滴が床に落ちる。あの機体の情報は、セシリアのISのセンサーにも表示された。型式は白式だが、スペックは明らかに常軌を逸していた。装甲強度、機動性火力。どれをとっても、第三世代機の枠を超えている。あんなもの、見たことがない。

 

(それに……あの男の動き)

 

セシリアは、唇を噛んだ。白式が変わってからの一夏の動きは、まるで別人だった。ビットを撃ち落とす正確な射撃。パルスシールドによる防御。そして、迷いのない接近。あれはISの操縦を始めたばかりの人間の動きではない。何年も、いや何十年も戦い続けてきたような——そんな熟練の戦士の動きだった。

 

「一夏さん」

 

セシリアは、その名前を口に出した。悔しさと、それから別の感情が混じっていた。あの戦いの中で、一夏は一度だけセシリアを驚かせた。ミサイルビットの斉射を、真正面から突破しようとしたとき。あの判断は、普通ではない。だがそれ以上に——

 

(最後の一撃)

 

パルスブレードでスターライトmkIIIを切り裂かれ、蹴り飛ばされレーザーキャノンで止めを刺された。あの一連の動きには、一切の迷いがなかった。確実に、セシリアを仕留めるための動き。あれは、戦場を知る者の動きだった。

 

(戦場を……知っている?)

 

セシリアは、首を振った。そんなはずはない。一夏は、IS学園に来たばかりの少年だ。ISの操縦も、今日が初めてに近い。戦場など、知るはずがない。だが——あの動きは、どう説明する?

 

(分からない)

 

セシリアは、シャワールームを出た。タオルを体に巻き、脱衣所のベンチに座る。まだ髪は濡れたままだ。だが、そんなこと気にならなかった。

 

(あの男には何かがある)

 

セシリアは、そう確信した。あの機体の変貌。あの動きの変貌。そして——爆炎の中で何かを見たような、あの一瞬の表情。一夏は何かを見た。何かを、知った。あの赤い空の夢のことを、セシリアは知らない。だが何かがあったことだけは、直感が告げていた。

 

(次は、負けませんわ)

 

セシリアは、立ち上がった。タオルを外し制服に袖を通す。髪を乾かしながら、決意を新たにする。

 

(次に戦うときは、わたくしも進化しています。あの機体のことも、あの男のことも——もっと知らなければなりませんわね)

 

セシリアは、脱衣所を出た。廊下に出ると夕陽が窓から差し込んでいた。オレンジ色の光が、床を染めている。その光を見て、セシリアはふと思った。あの赤い空は、こんな色をしていただろうか。いや、もっと赤くてもっと——血の色をしていた。

 

(なぜ、そんなことを)

 

セシリアは、首を振った。自分が見たわけではない。だが、一夏のあの表情を見た瞬間そんな光景が脳裏に浮かんだのだ。

 

(きっと、気のせいですわ)

 

そう言い聞かせて、セシリアは歩き出した。だが胸の奥の引っかかりは、簡単には消えそうになかった。

 

―――

 

模擬戦が終わって数時間。IS学園の訓練場は夕暮れの橙色に染まり、窓ガラス越しに差し込む光が廊下の床を細長く切り取っていた。

 

一夏は千冬の後ろを歩きながら、まだ右腕の感覚が妙に生々しいことに気づいていた。リニアライフルのトリガーを引いた瞬間の、あの衝撃。火薬の爆発ではなく、電磁力で撃ち出される金属の塊が、シールドエネルギーを貫く手応え。あれは――

 

(知ってる)

 

思考の底で、誰かがそう呟いた。

 

「おい、一夏。止まってるぞ」

 

千冬の声にはっとする。いつの間にか、彼女は振り返って仁王立ちになっていた。その隣で山田真耶が「織斑先生、そんなに急かさなくても」とおろおろと手を泳がせている。

 

「す、すみません。ちょっと考え事を」

「考え事? 模擬戦の反省なら後で聞く。今はお前のあの機体だ」

 

千冬は再び歩き出す。向かう先は整備棟の地下にある特殊解析室だった。通常のISとは異なる構造を持つ機体のデータを調べるための部屋で、学園でも滅多に使用されない。

 

「織斑先生、本当にそんなに気になるんですか? 織斑くんのISのこと」

「あの機体、おかしいところが多すぎる」

 

千冬はエレベーターのボタンを押しながら、低い声で言った。

 

「まず、あの装甲。ISの設計思想から完全に逸脱してる。拡張空間に武器を格納するのがISの基本なのに、あの機体は物理的に武装を搭載してる。おまけにシールドエネルギーの防御層を残したまま、物理装甲の厚みを確保してる。こんな設計、今の技術陣にはまず思いつかない」

「でも、実際に動いてましたし……」

「動くことと、それが合理的であることは別だ」

 

チン、とエレベーターが到着する。三人は乗り込み、千冬が地下三階のボタンを押した。

 

「あのリニアライフルもそうだ。実弾兵器でシールドエネルギーを貫通させるなんて、理論上は可能でも実用化には莫大なコストがかかる。企業連中が何十年もかけて取り組んで、未だに完成してない技術だ」

(企業連中――)

 

一夏の脳裏に、聞いたこともない単語が浮かんだ。企業連合。レイヴンズ・アーク。コジマ粒子。どれも意味は分からないのに、なぜか懐かしい響きだった。

 

「一夏」

 

千冬が振り返った。エレベーターの狭い空間で、その視線は真っ直ぐに一夏を捉えている。

 

「お前、あの機体をどうやって動かした」

「どうやってって……普通に」

「普通に、であの機動はない。あのミサイルの斉射タイミング、レーザーキャノンの切り替え、パルスブレードの防御展開。どれも一朝一夕で身につくものじゃない。お前、ISでの戦闘は二回だけだな?」

「はい……ですけど」

「けど?」

 

一夏は言葉に詰まった。説明のしようがなかった。あの時、確かに「わかっていた」のだ。白鴉の各兵装がどういう特性を持ち、どう使えば最も効率的かを。まるで何度も何度も、同じ機体に乗ってきたかのように。

 

「……なんか、体が覚えてるっていうか」

「体が覚えてる?」

 

千冬の眉が寄る。山田真耶が横から「あの、織斑先生。一夏くんは天才肌なのかもしれませんよ」とフォローを入れるが、千冬は首を振った。

 

「天才と、知識なしの即応は違う。お前は明らかに『知ってる』動きをしてた。セシリアのビットの軌道を読んでたし、インターセプターの間合いも正確に把握してた。初見でできることじゃない」

 

エレベーターが止まり扉が開く。薄暗い廊下の先に、特殊解析室の重厚な扉があった。

 

「まあいい。実際にデータを見てから判断する」

 

千冬が扉のロックを解除する。三日月形の認証画面に掌をかざすと、電子音と共に扉がスライドした。

 

室内はひんやりとしていて壁一面のモニターが青白い光を放っていた。中央の大型ホロテーブルに、白鴉の機体データが投影されている。

 

千冬がホロテーブルに近づき、指先で操作する。機体の断面図が表示され、内部構造が露わになった。

 

「見ろ。このフレーム構造。ISのそれはシールドエネルギーの循環を最優先に設計されてる。だが白鴉は、物理的な衝撃を分散させるための骨格が三重にもなってる。戦車か装甲車の設計だ」

「あの、織斑先生。このジェネレーター出力、数値がおかしいです」

 

真耶がモニターの一つを指差した。彼女の顔からいつもの柔らかい笑みが消え、代わりに技術者としての真剣さが浮かんでいる。

 

「白式のベース出力を大幅に上回ってます。特に瞬間推力……これ、第三世代の限界値を超えてますよ」

「だろうな。だが問題はそこじゃない」

 

千冬は腕を組み、ホログラムを見つめた。

 

「この機体、武装の配置が全部『実戦』を想定してる。リニアライフルは右腕。レーザーキャノンは右背部。ミサイルポットは左背部。パルスブレードは左腕。どれも『利き手で主兵装を扱い、逆の手で防御と近接を担う』という設計思想だ」

 

その言葉に、一夏の胸の奥がざわめいた。

 

(――そうだ。俺は、そういう戦い方を知ってる)

「一夏」

 

千冬の声が、また思考を断ち切った。彼女はいつの間にか、一夏の目の前に立っている。

 

「お前、さっきから時々『別の顔』になる。自覚はあるか?」

「別の顔?」

「ああ。模擬戦の最中、セシリアのビットを撃ち落とした時のことだ。一瞬、お前の目が――」

 

千冬は言葉を切り、小さく息を吐いた。

 

「いや、今はいい。それよりこのデータを見ろ」

 

ホロテーブルの表示が切り替わる。白鴉の特殊兵装のリストが浮かび上がった。

 

アサルトアーマー

パルスアーマー

パルスプロテクション

 

「この三つ。どれもISの技術体系には存在しない。いや、正確には『似たものはあるが、根本的に違う』と言うべきか」

 

千冬がアサルトアーマーの項目をタップする。詳細なスペックが展開された。

 

「球状のパルス爆発で、周囲の実弾をかき消すだと? そんな芸当、シールドエネルギーの干渉を利用しても難しい。だがこのデータでは、『EN属性のダメージ』とやらで敵を薙ぎ払いながら、同時に実弾を無効化するとある」

「織斑先生、この『EN属性』っていうのも聞いたことがない用語です。エネルギーの略称かもしれませんが、学園のデータベースには該当なし」

 

真耶がタブレットを操作しながら言った。その顔には、困惑と好奇心が混ざっている。

 

「それにこっちのパルスプロテクション。半径五メートル以内にバリアを設置して、敵の攻撃は通さず味方の攻撃は通す? こんな都合のいい防御、理論物理学的にありえませんよ」

「ありえない、か」

 

千冬は静かに繰り返した。

 

「だが、現にこの機体は存在してる。そして一夏はそれを動かした。なら、ありえないことを前提にするな。私たちが知らないだけで、これは『別の技術体系』なんだ」

「別の……技術体系」

 

一夏はホログラムの白鴉を見つめた。昼間、あれだけ自由に動かせた機体。まるで自分の手足のように感じられた。いや、それ以上に――

 

(――懐かしい)

 

その感覚に、一夏は戸惑った。初めて乗ったはずの機体なのに、なぜか懐かしい。なぜか帰ってきたような安心感がある。

 

「一夏」

 

千冬が、今度は少し柔らかい声で言った。

 

「お前、この機体について何か知ってることはないか? 」

「……いえ。何も」

「……そうか」

 

千冬はそれ以上問い詰めなかった。代わりに、ホロテーブルの電源を落とす。

 

「今日のところはこれで終わりだ。だが、このデータは預かる。学園上層部にも報告する必要がある」

「はい」

「では、部屋に戻ってゆっくり休め」

 

千冬はそれだけ言うと部屋を出て行った。真耶が「お疲れ様でした、一夏くん。あまり思い詰めないでくださいね」と微笑んでから、その後を追う。

 

一人残された解析室で、一夏はもう一度ホログラムを見た。電源が落ちた今、そこには何もない。ただ白鴉の腕輪がテーブルの上に置かれているだけだ。

 

(――お前は、何なんだ?)

 

腕輪を手に取る。ひんやりとした金属の感触。その瞬間、またあの感覚が蘇った。

 

ノイズ混じりの通信。誰かの声。ミッションブリーフィング。撃墜される僚機。白いグレネードの閃光。コーラルという異質なエネルギーの輝き。

 

(――俺は、誰だ?)

 

問いかけた声は、誰にも届かない。

 

ただ、腕輪がかすかに熱を持った気がした。

 

---

 

その夜、一夏は寮の自室でベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。

 

同室の筧了はまだ帰ってきていない。静かな部屋に、時計の針の音だけが響く。

 

(白鴉……)

 

目を閉じると、昼間の模擬戦が蘇る。セシリアのブルー・ティアーズ。美しい青の機体。そのビットの動きを読み、リニアライフルで撃ち抜いた時の感覚。

 

(あれは、俺の判断だったのか?)

 

いや、違う。あの瞬間確かに「別の何か」が判断していた。セシリアのビットの軌道パターン。インターセプターの間合い。最適な迎撃位置。

 

(俺は、剣道しかやってない。ISなんて今日が初めてだ。なのに、なぜ)

 

考えているうちに、意識がぼんやりとしてきた。今日は色々ありすぎた。疲れているんだろう。

 

――そうして、一夏は眠りに落ちた。

 

―――

 

夢を見た。

 

荒廃した大地。赤茶けた空。遠くで爆発が起き、黒煙が上がっている。足元には、見たこともない機械の残骸。人型の――だがISとは似ても似つかない――装甲の破片。

 

「レイヴン」

 

誰かが呼ぶ声。振り返るとそこには何もない。ただ、通信機から聞こえる声だけがある。

 

「ミッションを開始する。目標は敵ACの撃破」

 

(AC?)

 

聞き慣れない単語。なのに体は勝手に動く。手には見たこともない操縦桿。目の前には、計器盤とモニター。その画面に映るのは、白亜の装甲を持つ機体――

 

(白鴉……?)

 

違う。白鴉ではない。だが、よく似ている。角張った装甲無骨なフォルム、背部の大型スラスター。それは、白鴉の原型とも言うべき機体だった。

 

「行け、レイヴン」

 

声に従い、機体が動く。重い。だがその重さが心地いい。物理的な質量を感じる戦い。シールドエネルギーなんてものはない。ただ、装甲と火力と操縦者の技量だけが頼りだ。

 

敵機が現れる。こちらも人型の機械。互いに砲火を交わし、回避し、また撃つ。

 

(――楽しい)

 

ふと、そう思った自分に驚く。戦っているのに、楽しい? 命のやり取りをしているのに?

 

だが、それは確かに「喜び」だった。生きている実感。自分が自分の意思で動かしているという確信。誰かに守られるのではなく、自分の力だけで生き残るその緊張感。

 

「敵機、撃破」

 

声が告げる。モニターに映る敵機の残骸。勝利の表示。だが、喜びは長く続かない。

 

「次のミッションだ。移動しろ」

 

――そうして、夢は続く。幾つもの戦場。幾つもの機体。幾つもの死。

 

その全てが、懐かしかった。

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