葬送される側に転生したので、葬送されないように生きると決めました 作:夜刀神 闇
・フリーレンにみつからない
・いつかこのいえをでる
・そのためにまりょくをきたえる
この4行を3年かけてやる回です。
亀投稿のくせに1万字弱あります。3年分なので許してください。
原作知識チートというやつの正しい使い方を、私は記憶が戻った5歳の冬からずっと考えている。
結論から言うと、使い道はほとんど無かった。ちっさい脳ミソでず〜っと考えてみて、分かったのはひとつだけ。私が知っているのは、魔族の娘が生き延びる方法じゃなくて、魔族の娘が死ぬ方法だった。なかなかに不親切な攻略本である。苦情来んぞ。
それでも役に立つことはあって、一番は「魔族は魔力を隠さない」、二番は「魔法はイメージの世界」だった。三番目は今も探している。見つかったら書くことにした。
というわけで、あの夜から私は、しぬほどくそ真面目に魔力を鍛えている。
転生ものの主人公の修行パートなんて、だいたい書かれない。最強だからな?まあ書かれたとしても、2ページめくれば「3年後」とか書いてある。ふざけんなよマジでぇ!?その詳細が知りたいのに!コッチは!
省略されるほど簡単なのかと思うがやってみて分かった。やっている側からすると同じ朝が延々と続くだけで、3年後なんてどこにも書いていなかった。許すまじ。見てるほうがつまんなくなるから3年後とか優しくない省略のされ方するんだ。……はあ。
朝起きて、お母様の手伝いをする。薪を運んで、水を汲んで、鳥の巣から卵をくすねる。鳥さんごめんな?昼には森の端まで歩いて、空っぽになるまで魔力を練る。夕方はお父様の狩りを木の陰から見学して、夜は帳面に日記をつけて寝る。これを毎日やっていると中身が全部同じになるので、途中から「きょうも」としか書いていない日が増えた。不審者の日記としても、だいぶ手抜き。
魔力を隠す練習は、息を止める練習に似てる。最初は極わずか。コツを掴めば割といけるようになるがむずい。それでも1か月で30秒。半年で、寝ている間も止めていられるようになった。止めている間は自分が自分じゃないみたいに静かで、ちょっと寂しい。魔族が魔力を隠さない理由は誇りだと原作では言っていたけれど、たぶん半分は、この寂しさのせいだと思う。隠すのは、しんどい。人間やエルフがやったらまた違うのかもしれないけどね。
「この程度エルフなら誰でも出来るよ」とか言ってた奴挙手!!!その技を教えて欲しい。そう、そこの白髪ツインテのエルフ!!!お前だよ!!!
魔力を増やす方はもっと単純で、使い切って休む。それだけだ。というか鍛え方が分からないから、自分なりの方法でやっているだけなんだけど。
問題は、使い切るとめちゃくちゃ吐きそうになることだった。森で吐いてから帰れば大丈夫、と思っていたら、ある日お母様に見つかって、「アリス、森で何を食べたの?」と顔色を変えられた。毒きのこを疑われたのだ。違う違う、そうじゃ、そうじゃない、と言いたかったけれど本当のことはもっと言えないので、私はしばらく「森できのこを食べて吐く子」ということになった。不本意である。
ノートの話をすると、お母様が最後の1ページなんて、原作のメモにはぜんぜん足りなかった。字の練習がしたい、とねだったら、お母様は嬉しそうに新しいのをくれた。その最初の10ページを、冬のうちに原作のメモで埋めた。ぜんぶ、ひらがなとカタカナで。
・ヒンメルしんでる
・オレオール、きたのはて、しんだひとと、はなせる
以下、物騒な行がしばらく続く。
幼児の字で書いた、人が死ぬ順番の年表だ。お母様が嬉しそうにくれたノートの、最初の10ページである。読める人がいたら通報されると思う。
それでも書いているうちに手が震えてきたので、途中からは「ゼーリエこわい」みたいな感想文になった。年表としての価値は下がったが、精神衛生上はこちらの方がよかったと思う。
◇
妹が生まれたのは、春の終わりだった。
お母様は、産婆もいない森の小屋で、ひとりで産んだ。戻り森には誰も来ない。隠れて暮らすには最高の立地で、産婆も来ないのが唯一の欠点だ。
私は湯を沸かした。前世のドラマで、お産といえば湯を沸かしていたからだ。何に使うのかは今も知らない。とにかく沸かし続けた。沸かしていると、やることがある気がした。タオルを漬けて濡らしておくとかね。
お父様は、戸口の外に立っていた。お母様の声が聞こえているはずなのに、最初から最後まで、外に立っていた。人間の男の人がそうしているのを、どこかで見たのかな。見たところまでは真似をするけれど、中に入って何をするのかまでは見ていない。お父様の真似は、いつもそういうところで止まる。
(……まあ、入ってこられても困るけど)
生まれてきた妹は、黒い癖毛で、目が青くて、頭には小さな黒いツノがあった。
お母様は妹をリーゼロッテと名付けて、呼ぶときはリーゼにすると決めた。
帳面には「・いもうと、くろい、まぞく?」と書いた。前世の語彙力がどこへ行ったのかは、頭の中の開かずの引き出しに入れた。
……魔族と書いて、消そうと思ったが結局はそのままにしておいた。
◇
リーゼは、泣かない子だった。
お腹が空いても泣かないし、そのかわり、じっとこっちを見ている。誰かが気づくまで、ずっと見ている。目力で呼ぶ赤ん坊である。
お母様は「手のかからない子ね」と喜んだ。かからなさすぎて、ときどき存在を忘れる。家じゅう探し回ったら薪の山の上で気持ちよさそうに寝ていたことがあって、あれは私が悪いのか、薪で寝るリーゼが悪いのか、いまだに結論が出ていない。多分一生結論付けられることはない。
「おなかのこリーゼロッテを まぞくにしない」とノートに書いた以上、私にはやることがあった。
とりあえず、言葉だ。私は朝から晩まで話しかけた。おはよう、おいしい、ありがとう、お母様お父様。原作の魔族は、ほとんど言葉の意味を分からないまま喋る。だったならば、意味の方から先に詰め込めばいい。たぶんな?でも理屈はそれしかなかった。責任は取らないので試すなら自己責任で。試す相手がいるならそれはそれで。
リーゼは覚えるのが早かった。1歳半で、私の言ったことをそのまま言い返した。嬉しかった。嬉しかったのだけれど早すぎて、教えた覚えのない言葉まで覚えてしまった。私が魔力を練りながら「しんどい」だの「むり」だの「かえりたい」だの、ぶつぶつ言っていたのを、全部拾っていたのだ。
魔族の娘が、朝起きて第一声に「むり」と言う。
お姉様はそんな子に育てた覚えはなくってよ!?…………教育というのは、こういうところから失敗していくのだと思う。
「お母様」は、鍋に向かって言う。食べ物がそこから出てくるからだと思う。ペットの考え方かよ。……ただまぁ食べ物が出てくる云々の話をすると間違ってはいない。間違ってはいないけど、お母様はそのたびに笑って、私はそのたびに鍋とお母様を指さして訂正した。だいたい3分割くらいになった。半分は進歩だ。半分は鍋だ。半分はお母様だ。どうしてこうなった。
歩けるようになると、リーゼは欲しいものを自分で取りに行くようになった。棚の上のパンでも、鍋の中の肉でも、熱かろうが高かろうが取る。火傷をしても泣かない。私が手当てをしていると、包帯を巻かれていく自分の手を、不思議そうに眺めていた。
「リーゼ、痛い?」
「いたい」
「痛いときは、泣いていいんだよ」
「……なんで?」
いい質問だった。私も分からなくなってきた。
2歳の冬には、戸口に小鳥が置いてあった。首の折れた、まだ温かい小鳥だった。
「おねえさま、あげる」
満面の笑みである。
「……ありがとう」
猫を飼っている人の気持ちが、ほんの少し分かった。
お母様は小鳥を見て、少しだけ黙って、「お墓を作りましょうね」と言ってリーゼの手を引いた。リーゼは、土をかけられていく小鳥を、どうして埋めるのか分からない顔で見ていた。食べないの、という顔だった。
その夜、リーゼはお母様の膝で寝た。小鳥のことは、たぶんもう忘れている。
お父様は、私たちを見分けていない気がする。私も、お母様も、リーゼも、森の木と同じ扱いだ。酷いよな。百歩譲って、私らじゃなくても、仮にも自分の子供を産んだ人には優しくしない?私には、ほとんど口をきかない。きいても一言だ。喋ると決めたときにだけ喋る人なのだと思う。
それでもリーゼは、お父様が好きだった。好きという言葉が合っているかは分からないけれど、お父様が狩りから帰ってくると脚に抱きついて離れない。お父様は抱きつかれたまま立っている。木みたいに。リーゼが飽きるまで、ずっと。
お母様はそれを見て「仲良しね」と笑う。
仲良し、ということにしておく。……いやちょっとは反応してやれよな。頭の中に入れた。引き出し、だいぶ埋まってきた。要らねえ。
その冬、お母様の咳が長引いた。春には治ったので、お母様は「森の冬は冷えるから」と笑っていた。私は帳面の隅に「おかあさま せき」と書いて、春になってから、その下に「なおった」と足した。足せてよかった、と思った。
◇
6歳の夏には、ちょうど良さそうな木を見つけて、手に魔力を込めて枝のひとつをぶった切った。……死ぬほど痛かった。自業自得だけども。
フェルンあたりが使ってたような長めの杖にしようと考え、切り出す。長い杖がいい理由は、原作の魔法使いがみんな長い杖を持っていたから、以上である。短い杖を持ってたキャラもいた気がする。誰だったか。
まあでも、もっと言うと、格好いいからだ。他に理由はない。5歳から命がけで生きている人間(?)にも、格好をつける権利はあると思う。
皮を剥いで、乾かして、削って、磨いた。3か月かかった。なげえ。疲れた。指をささくれで切った回数は数えていない。治るのが早すぎて、数える前に治ってしまう。便利な体だ。使い道さえ間違えなければ。
お母様は見るたびに笑って、「旗でも立てるの?」と聞いた。立てねーよ。
飾りは、お母様がくれた石にした。
その石のほか、小さな赤い石がふたつ、細い金具に付いているピアスも取り出した。街にいた頃に買った安物よ、とお母様は言ったけれど、森にいる限り安物も高い物も区別がつかないので、私にとっては宝石である。
「大きくなったら着けなさい」と言われたけど、その時は着けなかった。耳に穴を開けるのが怖かったからだ。魔法で木の幹に穴を開ける子が、自分の耳には開けられない。人間の心というのは、よく分からない。
石を杖の先端と持ち手に嵌め、ピアスも着けた。
魔力を通すと、淡く赤く光った。蛍を2匹、止まらせたくらいの淡い光だ。それだけである。光るものは光る。
お母様がくれたものだから石が光るのか、それだけではないのかは定かではない。
◇
お父様の狩りは、見ていてとても勉強になる。
音を立てない。風下に立つ。むやみに近づかない。離れたまま、指先から光を放つ。光は細い光線で、鹿の頭を音もなく通り抜ける。鹿はそのまま倒れる。お父様は歩いていって、それを持って帰る。たまに持って帰らずその場で食べ始めるので、そういう日は見なかったことにしている。初めて見た時は思わずドン引きしてしまった。懐かしい。
あの光線の魔法を、私は知っていた。前世でさんざん見たから。
魔族が作って、人間が解析して、今では一般攻撃魔法なんて味気ない名前で、魔法使いなら誰でも撃てるようになった、あれ。
ただ、お父様のは黒かった。前世で見ていたフリーレンが使っているゾルトラークは白く光っていたのに、お父様の指先から出ていくのは、夜に黒い墨を一本引いたような光線だった。人間が解析して作り直す前の、元のままのゾルトラーク。人を殺すために作られた、そのままの色だ。
お父様は、それで晩ごはんを獲っている。
「……誰に教わったんだか」
魔族には学校がない。友達もいない。お父様はずっとひとりだったはずだ。考えれば考えるほど分からないのでまた引き出しの中に入れた。どこかで誰かが使っているのを見て、覚えたのだろう。そういうことにしよう。
真似を始めたのは、杖が出来上がってすぐの6歳の秋だった。
杖の先に魔力を集めて、細く、長く、真っ直ぐにする。
最初のは、何も出なかった。しばらくやってたら光が出るようになったけれど、すぐに消えた。イメージが悪いのかもしれないが。綺麗だけれど鹿は倒れない。というか届かない。その次の50回で、やっと3歩先の木の幹に爪の先ほどの穴が空いて、私は森の中でひとりで小躍りした。よっしゃ。3歩。3歩だよ。誰も見ていなくてよかったと思う。
そしてその次の50回で、干してあったお母様のシーツに穴が空いた。
魔法は森でやること、という家訓がその日できた。作ったのはお母様で、作られたのは私だ。理不尽である。シーツに向かって撃ったわけじゃない。許してくれやい……
ところで、私のゾルトラークは白かった。
お父様の黒いのを見て、黒くでる感じを真似したつもりだったのに、杖の先から出てきたのは、前世で見ていたのと同じ白い光線だった。たぶん、真似をしているうちに、頭の中で思い描いていたのが白い方だったのだ。1番登場回数が多いのが白い方だったから。
魔法はイメージの世界。原作で役に立つ一行の、二番目のやつだ。
だとしたら、私のゾルトラークの色は、血ではなく前世が決めたことになる。
「ありがとう、前世の私。人生よりアニメを大事にしていてくれて」
……そして私のゾルトラークが鹿の体に大穴を開けるようになるまでには、冬が2回来た。
◇
誰かに教わった魔法も、ひとつだけある。
お母様の、花を枯らさない魔法だ。お母様の街に伝わっていた民間魔法で、摘んだ花を1か月くらい、摘んだときのままにしておける。
「蝋燭を枯らさない魔法と対になってるのよ。火と花。いつか優しい人が教えてくれたわ」
お母様は窓辺の花に手をかざして見せてくれた。お母様の小さな魔力が茎を伝って、花びらの先まで、ゆっくり登っていくのが見えた。
私は1回で覚えた。
お母様はびっくりして、それから少し寂しそうに笑って、「アリスはすごいわね」と言った。
すごいと言われるたびに自分のツノを触る癖が、このころついた。…………すごいのは、たぶん私じゃない。
◇
お父様の本棚の本は、魔族の文字で書かれているのだと思っていた。5歳の私はそう決めつけて、ノートにも「・まぞくのもじをよむ」と書いた。
違った。
本棚から1冊引き抜いて開いた瞬間に分かった。前世の記憶に、同じ字の並びがある。原作に出てきた石碑に書かれてあったやつ。確か
エルフが栄えていた頃の文字で、今の大陸の文字のご先祖様にあたる。たぶん。たぶんと言うのは、答え合わせをしてくれる人がいないからだ。勝手な私の予想だ。
お父様は、読める。夜ごと同じ速さでページをめくっているから、たぶん本当に読んでいる。
一度だけ、お父様に聞いたことがある。
「これ、なに」
「本だ」
それで終わった。会話が二往復する未来が見えなかったので、二度と聞いていない。勝手に私だけが気まずくなる。それに、魔族のお父様から魔法を教わった、という事実は、将来どこかで誰かに嗅ぎつけられたとき、一番まずい種類の事実になる。例えばフリーレンとかゼーリエとか。エルフ多いな。
だから、自力で読む。紙が擦り切れてでも。
まず、お母様に今の文字を教わるところから始めた。お母様は街で少しだけ字を習っていて、40ほどの文字と数字なら読み書きできた。
今の文字を覚えて、本の文字と並べる。3つに1つくらい、似ている字がある。似ていない字は、挿絵から推理する。鹿の絵の横の単語は、たぶん鹿。火の絵の横は、たぶん火。1字ずつ埋めていくのは前世でやった暗号パズルによく似ていて、正直に言うと、けっこう楽しかった。
1冊目は、獣の解体の本だった。読めるようになった頃には、解体はお父様を見て覚えてしまっていた。
2冊目は薬草の本で、試しにひとつ煎じて飲んだら、1日中口の中が苦かった。薬草の本に「苦い」と書いておいてほしい。
3冊目は、よく分からない。同じ行が何度も出てくるので、詩だと思う。魔族の本棚に詩とか。
4冊目から6冊目は、狩りの魔法の本だった。
そして、7冊目に、それはあった。
あった。あったよ。昔の誰か、ありがとう。誰か知らんけど。
◇
7冊目は、狩人が獲物に近づくための魔法を集めた本だった。5歳の冬に「狩るために近づく魔法くらい、昔の誰かが作っていてもおかしくない」と考えた、あれだ。昔の誰かは、ちゃんと作っていた。
その中のひとつ。
自分の体の一部を、獣の目に映らなくする魔法だ。もともとは、構えた弓や光る刃を獲物に見せないためのもので、体の全部を隠すことはできない。隠せるのは、隠したいと強く思った、ほんの一部だけ。
ほんの一部。
ツノは、ほんの一部だ。頭の上に2本。全身からすれば数パーセント。範囲内である。
引っかかったのは「獣の目」という言葉だった。人間や魔族に効くとは、どこにも書いていない。
でも、人間だって獣だ。目の作りは鹿とそう変わらないはずで、少なくとも前世の理科の授業ではそう習った。信じるしかない。他に頼れる授業がない。
それに、魔族も人の言葉を話す猛獣と語られている。獣という文字が入ってるからこれくらいはセーフにして欲しい。
試した。
水桶に顔を映して、ツノに魔力を這わせる。それから、「ここは誰の目にも映らない」と、心の底から思う。
魔法はイメージの世界で、イメージできないものは実現できない。
だから私は、ツノのない自分を思い描いた。難しいことではなかった。前世の私には、当たり前にツノがなかった。前世の顔はもうだいぶぼやけてしまっているけれど、ツノがなかったことだけは、はっきり覚えている。
これが普通の魔族なら出来なかったのかもしれない。魔族にとってツノはあって当たり前のものだろうから。
水桶の中の女の子から、ツノが消えた。
触ると、ある。硬くて、冷たい。
8歳の春だった。
(……やった。やったじゃん、私)
水桶に向かって小声でそう言って、我に返って周りを見た。誰もいなかった。よかった。
小屋に戻る前に、ひとつ試したいことがあった。狩りから帰ってきたお父様の前に立って、聞いた。
「お父様、ツノ、見える?」
お父様は私の頭を見て、言った。
「無い」
魔族の目にも映らない。獣の目から隠れる魔法は、魔族の目からも隠れる魔法だった。昔の誰か、大発明である。
◇
その日の夕方、ツノを消したまま小屋に入った。
お母様は鍋をかき混ぜていて、振り向いて、私の顔を見て、お玉を落とした。
「アリス、ツノは」
「隠した」
「……隠せるの?」
「隠せたよ」
お母様はしばらく私の頭を見つめていた。それから手を伸ばして、ないはずの場所を触った。あった。お母様は「ある」と言って笑った。笑いながら、ちょっとだけ泣いた。何で泣いたのかは敢えて聞かなかった。
「人間の子みたい」
「人間だよ?」
「そうね。……でも、家ではいいのよ。出しておいても」
「うん」
床では、リーゼが木の匙を2本握って床を叩いていた。私の方をちらりと見て、すぐ床に戻る。
「リーゼ。私、何か違わない?」
リーゼは、もう1回だけ顔を上げた。
「ツノ、ないね」
「そう、隠したの。リーゼも大きくなったら、できるようになるかな」
「やだ」
……即答だった。
「なんで?」
「めんどくさい」
教えた覚えのない言葉が、こういうときに限って完璧に使われる。3年間、魔力を練りながら私が言っていたのを、全部拾っていたのだ。お前のそれ、私のだぞ。
リーゼは匙を叩くのに戻った。ツノがあろうがなかろうが、お姉様が人間に見えようが、リーゼにとってはどうでもいいらしい。隠すのは、めんどくさい。3歳の魔族の、正直な意見である。
ツノは、隠せた。
隠した私を見て、お母様は泣いて、リーゼは「めんどくさい」と言った。この差は、たぶん一生覚えていると思う。頭の中の引き出しには入れないでおく。
それから、もうひとつ決めた。
お父様に気づかれずに、お父様の真後ろに立てるようになったら、この森を出る。いつかと決めていなかったがいつかは出るべきだから。
鹿を撃つときのお父様は、風下のわずかな気配にも気づく。あれを騙せたら、だいたいの魔族と、だいたいの人間を騙せるはずだ。
試しに今日、狩りの途中のお父様の背中に忍び寄ってみた。10歩手前で、振り向かれた。
目が合って、お父様は私をしばらく見て、それから何も言わずに前に向き直り、狩りに集中した。
……それが娘に対する態度かいな。
その夜の日記。
・ツノ、かくせた
・おとうさまにも、みえない
・おかあさま、ないた
・リーゼ、めんどくさい
・おとうさま、むしされた(いみふめい)
・おとうさまのうしろ、まだまだかかる
5歳の冬の箇条書きと比べると、だいぶ生活感が出てきたと思う。生きている。少なくとも、まだ。
あと10歩。それでも大きな1歩だった。
鳥さんに謝りたい方は、感想へどうぞ。作者も謝ります。
耳に穴を開けるのが怖いのは作者です。アリスに責任はありません。ちなみに今でも開けてません。
妹が生まれました。可愛いです。作者も可愛いと思って書いています。……が、それが一番の問題なんですが、ガチの問題になるのはもう少し先です。
脳死で書いてる部分もあるので気になる点などあれば許してください、教えて下さると助かります