蒼穹の異邦人 ~魔王を倒した勇者、1942年のミッドウェー海戦に降り立つ~   作:Monutaka

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第10話 勇者の外交作戦

昭和十七年六月七日。

 

 東京。

 

 海軍省。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……その図は、何だね?」

 

 山本五十六は、机の上に置かれた一枚の紙を見つめていた。

 

 そこには、少年らしい大雑把な絵が描かれていた。

 

 大きな建物。

 

 その隣に、細長い何か。

 

 そして、細長い何かの上には、小さく『戦艦』と書かれている。

 

「作戦図です!」

 

「……そうか」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……では、この建物は?」

 

「ホワイトハウスです!」

 

「……なるほど」

 

「で、こっちが戦艦です!」

 

「…………」

 

 山本は、絵を見つめた。

 

 建物の隣に描かれた戦艦。

 

 なぜか、船首が下を向いている。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……この戦艦は、なぜ縦に描いてある?」

 

「え?」

 

 悠真は、きょとんとした。

 

「……縦に置くからですけど?」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……何?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……縦に置く?」

 

「はい!」

 

「……戦艦を?」

 

「はい!」

 

「……ホワイトハウスの隣に?」

 

「はい!」

 

 山本は、静かに目を閉じた。

 

「…………」

 

 隣に座る嶋田繁太郎海軍大臣が、恐る恐る口を開いた。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

「……戦艦というものは、海に浮かべるものではないのかね?」

 

「普通はそうですね!」

 

「……普通は?」

 

「はい!」

 

 悠真は、にこにこと笑った。

 

「でも、今回は見せるために置くんですよね?」

 

「……そうだが」

 

「だったら、縦のほうが目立つじゃないですか!」

 

「…………」

 

 山本は、嶋田を見た。

 

 嶋田も、山本を見た。

 

 そして、二人は同時に深く息を吐いた。

 

「……山本君」

 

「……はっ」

 

「……君は、この少年をどう思う?」

 

「……私にも、まだよくわかりません」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……しかし、天城君」

 

 山本は、絵を指さした。

 

「……これほど大きな艦を陸地に置けば、周囲に甚大な被害が出るぞ」

 

「あっ、それは大丈夫です!」

 

「……大丈夫?」

 

「はい! 空間魔法で固定しますから!」

 

「…………」

 

「地面に重さがかからないようにもできます!」

 

 山本は、しばらく黙っていた。

 

「……では、倒れる心配は?」

 

「ありません!」

 

「……周囲の建物は?」

 

「壊しません!」

 

「……乗員は?」

 

「先に安全な場所へ移します!」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと頷いた。

 

「……そうか」

 

 嶋田が、口を開いた。

 

「……それなら、人的被害は出ないということか」

 

「はい!」

 

 悠真は、胸を張った。

 

「誰も怪我させません!」

 

 山本は、再び絵を見つめた。

 

 ホワイトハウス。

 

 そして、その隣に直立する戦艦。

 

 常識では考えられない光景だった。

 

 だが、少年の説明によれば、実行は可能だという。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……一つ、聞いてもいいか」

 

「もちろんです!」

 

「……なぜ、戦艦なのだ?」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……だって」

 

「……うむ」

 

「……アメリカの偉い人なら、戦艦の大きさを知ってると思うんです」

 

「…………」

 

「それが急に目の前に現れたら、僕が何でも運べるってわかりますよね?」

 

 山本は、少年を見つめた。

 

 その発想は、あまりにも単純だった。

 

 だが、理屈は通っている。

 

 戦艦ほど巨大な物体を、敵国の首都へ一瞬で移動させる。

 

 それは、いかなる兵器の説明よりも雄弁に、少年の力を証明するだろう。

 

「……なるほど」

 

 山本は、静かに呟いた。

 

「……確かに、説得力はある」

 

 嶋田が、目を見開いた。

 

「……山本君!?」

 

「……いや、実行を認めたわけではありません」

 

「……そ、そうか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……それで、天城君」

 

 山本は、もう一度作戦図を見た。

 

「……こちらの絵は何だ?」

 

 紙の端には、もう一つの絵が描かれていた。

 

 右手を掲げた女性の像。

 

 その隣に、またしても縦長の何か。

 

「自由の女神です!」

 

「……自由の女神?」

 

「はい! ニューヨークにあるんです!」

 

「……それは知っている」

 

「で、その隣にも戦艦を置こうと思って!」

 

「…………」

 

 山本は、固まった。

 

 嶋田も、固まった。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……なぜ、二隻なのだ?」

 

「え?」

 

 悠真は、不思議そうに首を傾げた。

 

「……一隻だけだと、アメリカの国民が見られないじゃないですか」

 

「…………」

 

「ホワイトハウスは偉い人用!」

 

「……うむ」

 

「自由の女神は、みんな用です!」

 

「…………」

 

 山本は、ゆっくりと額に手を当てた。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……君は、なかなか恐ろしいことを考えるな」

 

「えっ!?」

 

 悠真は、目を丸くした。

 

「……そんなに怖いですか?」

 

「……ああ」

 

「……でも、誰も怪我しませんよ?」

 

「……そういう問題ではないのだ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しばらく後。

 

 山本は、窓の外を見つめていた。

 

 戦艦二隻。

 

 ホワイトハウス。

 

 自由の女神。

 

 それらを結びつける少年の発想は、軍人の常識から大きく外れていた。

 

 だが、彼が求めているのは、敵の壊滅ではない。

 

 敵国に、戦争を続ける意味を考え直させることだった。

 

「……天城君」

 

「はい」

 

「……君の考えは、わかった」

 

「……本当ですか!?」

 

「……ああ」

 

 山本は、机に向き直った。

 

「……だが、条件がある」

 

「……何ですか?」

 

「……この作戦は、アメリカへの攻撃と受け取られる可能性が高い」

 

「…………」

 

「……戦艦を目の前に置かれた大統領が、話し合いに応じるとは限らん」

 

 悠真は、少し考えた。

 

「……じゃあ」

 

「……うむ」

 

「……先に、手紙を送ったらどうですか?」

 

「…………」

 

 山本は、顔を上げた。

 

「……手紙?」

 

「はい!」

 

「……誰に?」

 

「……大統領に!」

 

 悠真は、にこにこと笑った。

 

「僕たちは戦争を終わらせたいです、って!」

 

 山本は、しばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……それは、悪くない」

 

 嶋田も、考え込んだ。

 

「……確かに、事前に意思を伝える必要はある」

 

 山本は、机の上の紙を一枚取った。

 

「……では、まず文面を考えよう」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同日。

 

 アメリカ合衆国。

 

 ワシントンD.C.。

 

 ホワイトハウス。

 

「……大統領」

 

 海軍長官フランク・ノックスが、一通の報告書を差し出した。

 

「……新たな情報が入りました」

 

 ルーズベルトは、書類を受け取った。

 

「……例の少年についてかね?」

 

「……はい」

 

「……何かわかったか?」

 

「……少年が、我が軍の将兵に対して語った言葉が確認されました」

 

「……言葉?」

 

「……はい」

 

 ノックスは、報告書の一節を指さした。

 

「……『誰も殺したくない』という趣旨の発言です」

 

「…………」

 

 ルーズベルトは、静かに書類を読んだ。

 

「……それは、興味深い」

 

「……はい」

 

「……日本軍の新兵器であるなら、なぜそのようなことを言うのだろうな」

 

 ノックスは、答えなかった。

 

 ルーズベルトは、しばらく考えていた。

 

「……ノックス君」

 

「……はい」

 

「……この少年を、何としても見つけたまえ」

 

「……承知しました」

 

「……ただし」

 

 大統領は、顔を上げた。

 

「……危害を加えるな」

 

「…………」

 

「……彼が本当に戦争を望んでいないのなら、話し合う余地がある」

 

 ノックスは、静かに頷いた。

 

「……承知しました」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その夜。

 

 東京。

 

 海軍省。

 

 山本五十六は、一通の書簡を見つめていた。

 

 そこには、アメリカ合衆国大統領に宛てた言葉が記されていた。

 

 日本は、戦争の終結について協議する用意があること。

 

 民間人への危害を望まないこと。

 

 そして、双方の将兵と国民の命を守るため、対話の機会を求めること。

 

 ただし、山本は、その書簡をまだ送ることができずにいた。

 

 正式な外交文書として送るには、政府の承認が必要だった。

 

 嶋田も、外務省との調整を進めていたが、結論は出ていない。

 

「……簡単にはいかんな」

 

 山本は、静かに呟いた。

 

 そのとき。

 

「……山本さん!」

 

 悠真が、部屋に入ってきた。

 

「……何だ、天城君」

 

「……手紙、できました?」

 

「……ああ」

 

「……じゃあ、届けてきましょうか?」

 

「…………」

 

 山本は、少年を見た。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……まだ、送る許可が下りておらん」

 

「……あっ」

 

 悠真は、少し肩を落とした。

 

「……そうなんですね」

 

「……ああ」

 

「……じゃあ、待ちます!」

 

 山本は、少しだけ微笑んだ。

 

「……ありがとう」

 

 悠真は、元気よく頷いた。

 

「約束しましたから!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝。

 

 六月八日。

 

 東京。

 

 海軍省。

 

「……山本君」

 

 嶋田は、険しい表情で言った。

 

「……外務省との協議は、まだまとまっておらん」

 

「……そうですか」

 

「……政府として、正式な講和提案を行う段階にはない」

 

「……承知しております」

 

「……だが」

 

 嶋田は、少し間を置いた。

 

「……非公式な接触の可能性については、検討を続けることになった」

 

 山本は、顔を上げた。

 

「……ありがとうございます」

 

「……ただし、条件がある」

 

「……何でしょうか」

 

「……天城君を、独断でアメリカへ向かわせないことだ」

 

「……当然です」

 

 嶋田は、深く息を吐いた。

 

「……あの少年の力は、あまりにも大きすぎる」

 

「……はい」

 

「……一歩間違えれば、戦争を終わらせるどころか、事態を悪化させかねん」

 

 山本は、静かに頷いた。

 

「……私も、そう考えております」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同日。

 

 海軍省。

 

「……天城君」

 

「はい!」

 

 山本は、少年を呼んだ。

 

「……作戦について、話がある」

 

「……はい!」

 

「……君の提案は、まだ認められていない」

 

「……あっ、そうなんですね」

 

「……ああ」

 

 悠真は、少し残念そうな顔をした。

 

「……じゃあ、戦艦はまだ運べないんですね」

 

「……そうだ」

 

「……わかりました!」

 

 山本は、ほっとした。

 

「……うむ」

 

 だが、悠真は続けた。

 

「……じゃあ、今のうちに準備だけしておきますね!」

 

「…………」

 

 山本の眉が、ぴくりと動いた。

 

「……準備?」

 

「はい!」

 

「……何の?」

 

「……戦艦を探しておくんです!」

 

「…………」

 

 山本は、静かに目を閉じた。

 

「……天城君」

 

「はい?」

 

「……まだ、何も決まっておらん」

 

「……はい! わかってます!」

 

「……本当に?」

 

「もちろんです!」

 

 悠真は、満面の笑みを浮かべた。

 

「……だから、見るだけです!」

 

 山本は、しばらく少年を見つめた。

 

 そして、深く息を吐いた。

 

「……見るだけなら、構わんが……」

 

「やったー!」

 

 悠真は、嬉しそうに飛び跳ねた。

 

 山本は、なぜか胸騒ぎを覚えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の午後。

 

 悠真は、海軍省の一室で目を閉じていた。

 

 空間魔法。

 

 遠く離れた場所を探る力。

 

 その感覚は、太平洋を越え、アメリカへと伸びていく。

 

「……あっ」

 

 悠真が、小さく声を上げた。

 

「……いた」

 

 遠い海。

 

 巨大な軍港。

 

 そこに停泊する、何隻もの軍艦。

 

 悠真は、嬉しそうに笑った。

 

「……おっきいなあ」

 

 そして、別の場所にも意識を向けた。

 

 アメリカ東海岸。

 

 そこにも、巨大な戦艦があった。

 

「……よし」

 

 悠真は、満足そうに頷いた。

 

「……二隻、見つけた!」

 

 もちろん、まだ何もしない。

 

 山本との約束がある。

 

 だが、少年の頭の中では、すでに作戦の準備が整いつつあった。

 

 ホワイトハウス。

 

 自由の女神。

 

 そして、二隻の巨大戦艦。

 

「……ふふふ」

 

 悠真は、楽しそうに笑った。

 

「……絶対、びっくりするぞ!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同じころ。

 

 ワシントンD.C.。

 

 ホワイトハウス。

 

 ルーズベルト大統領は、窓の外を眺めていた。

 

 穏やかな午後。

 

 庭には、いつもと変わらぬ風景が広がっている。

 

「……ノックス君」

 

「……はい」

 

「……例の少年について、何か進展は?」

 

「……まだ、ありません」

 

「……そうか」

 

 大統領は、静かに頷いた。

 

「……できることなら、平和的に接触したいものだ」

 

「……はい」

 

「……彼が何を望んでいるのか、知りたい」

 

 ノックスは、深く頭を下げた。

 

「……引き続き、調査を進めます」

 

 ルーズベルトは、もう一度、窓の外を見た。

 

 青い空。

 

 白い雲。

 

 静かな庭。

 

 その風景が、間もなく世界史に残る光景へと変わることを。

 

 このときの大統領は、まだ知らなかった。

 

 そして、太平洋の向こうでは。

 

 一人の少年が、二隻の戦艦を見つけていた。

 

 あとは、山本五十六の許可を待つだけだった。

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